意識がなくても繰り返す過食嘔吐
女性 無職 25歳 O型 東京都

ちょっと過去にさかのぼっちゃいますけど。。。

20歳で発病してそのまま22の時に東京で一人暮らしを始めて、誰に相談もできず、自分でマン喫行って周りの目を気にしてこそこそ調べて中野にある「はりかえクリニック」という精神科へ行くことにしました。
最初は入り口まで行っても怖くて何回も入ることなく帰ってしまって、精神科というところに凄く偏見と警戒心があったからなんです。
通ってしまったら、私は本当におかしい子なんだ、って変な方向に思ってしまって、でも過食嘔吐を止めたくて、やっと行くようになって、病院から出された薬漬けになるのは時間の問題でした。

気づくと薬のせいでもうろうとして2日寝たままというのも当たり前。
タバコをすっているから火をつけても もうろうとしてるから分かってなくて、手は火傷だらけ。
病院に行っても、薬と少々の話しだけなんです。

着目してたのはどう止めるか。
原因について考えることはなかったです。
思考回路もないのに、無意識なのか、それでも過食嘔吐は続くんです。

トイレには這いつくばっていく状態。
当然その時していた仕事はやむおえず辞めて、まともな生活もできない状態だから、その時初めて親に打ち明けて「迎えにきて。。。」と泣きながら言って。。。

それからは地元(長野)の有名な大病院(信州大学病院)から始まって、思いだせないくらいいくつも病院のたらい回しになって。
共通してたのが、いかに止めるかで原因は何か?っていうのはどこも言ってこなかったです。

当然薬漬けだから、検査中院内でも意識を失って倒れるのは当たり前。
実家でも、立ち上がるとそのまま意識がなくなって倒れてしまう。
そんな毎日がずっとで、いつのまにか点滴されてるなんてこともありで、胃になにも入れない状態が長く続いたせいで、ちゃんとまともに栄養も身体がうけとれなくなっていたみたいです。

その頃は、下剤も一緒に引用してたから、かすかに残った栄養も全てでてしまって、点滴で補ってました。
って聞くと体重がかなり落ちてたんだろうな。。。って思うかもですけど、その時の私の体重は意外にも35kgで、え?そんな軽くもないのに、って自分でも思いました。
ただ違ったのは身体が強い方ではなくて、元々病弱だったのに、そんなこと(過食嘔吐)してしまったからかな?と今は思います。

親は私の病気の事で絵に描いたように仲のよかった関係が見事に崩れ、もうろうとしてるかすかな記憶のなかで夫婦の喧嘩が耳に焼きついてます。
母は泣いていました。
父はお前(私)の意思が弱すぎなんだと非難、それに私がまたパニックに陥って、それを見て母が泣きながらに父にこれ以上この子を追い詰めないでとまた喧嘩が始まる。
そして私は意識を失う、ずっと続いて。。。

それでも親の検診的な介護で過食嘔吐はとまったので、それから間もなくして私は東京に戻ったのですが、それは突然やってきて、また過食嘔吐再発。

ここを知ってから思ったのが原因が分からずして止まってもそれは一時停止。
そんな事もここを知るまで分からない事でした。
結局原因よりもただ止まればいい。
それしかなかったし、どの病院行ってもそこのところしか言わなかったです。

これが過去の治療体験で学んだことでした。

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