インテリヤクザになる方法3



 その日、署内は特に騒がしかった。

「おい、山岸、何をのんきに座ってるんだ」
 人がわいわいとにぎやかに会議室へと群がる中で、一人のんびりとコーヒーを啜っていた山岸は係長に声をかけられ、眉をひそめた。
「だって休憩時間ですよ」
「そんなもん後にしろ後に。表彰式がもうすぐ始まるんだぞ」
 やたら興奮している係長。山岸だってそんなことはわかっているのだが。
「別に私たちが表彰されるわけじゃないんだし」
「バカ、うちの課関連の奴が表彰されるなんて、他じゃ一生お目にかかれないぞ!」
「……まあ、そうでしょうねぇ」
 お目にかかれるわけがない。四課は暴力団事件対応の課だ。
 ヤクザが警察に表彰される。とてもじゃないが、あってはならないこの状況。どちらにとっても。
 だからこそ山岸はのんきに座っているのだ。
 対して係長は握りこぶしで興奮を隠さない。
「歴史的瞬間だぞ! さすが八幡だ、あいつならいつかやってくれると思っていた!」
 本当に、いつやらかすだろうと思っていた。
 表彰が決まったと聞いたときは腹がよじれるまで笑わせてもらった。八幡を知っている人間であれば全員笑っただろう。表彰するという連絡をしたとき、電話に出た阿佐比組幹部ですら
「感謝状ッ! やった! やりやがった! さすがタク坊ッ!!」
と壁だか机だかをバンバン叩いて大爆笑だった。
 それもそのはず、八幡は中堅極道・阿佐比組のれっきとした稼ぎ頭なのだ。それが警察に感謝状を贈られてしまうというこの状況。笑えないのは当の八幡だけだ。烈火のごとく怒り狂っているさまが、容易に想像できる。
 だがしかし。
 山岸は手元に視線を落とす。署内全員に配られた表彰式の要項には、これまでの八幡の輝かしい経歴が記されていた。
 万引き・車上荒らし十九件。
 痴漢・変質者・盗撮二十三件。
 引ったくり七件。
 コンビニ強盗一件。
 当然、八幡の前科ではなく、八幡が犯人を捕まえた件数だ。
 これで表彰されないと思っていた八幡のほうがおかしい。
 ちなみにこれだけ貢献していても感謝状を出せなかった理由はもちろん八幡の家業にある。対立関係にある警察が、おいそれと感謝状なんて出すわけにはいかない。
 いかないのだが、放ってもおけないこの功績。
 コンビニ強盗を捕まえても、お偉方が渋ったときは、「これはもう無理だろう」と思ったのだが、今回の引ったくり逮捕でめでたく五十件に達したおかげで、さすがに無視できなくなったらしく、このありえない表彰式が実現することになったのだ。
 いや、本当に八幡には気の毒な話だが…………。
「山岸、いきなり吹き出すな」
「ダメだッ、おかしすぎるッ! あいつバカだ!!」
 何度考えても笑える。
 というかもう、これだけで一生笑えるかもしれない。
五十件ッ! 通りすがりに五十件って! ありえんだろ! フツーの警官だってありえんぞ、どこの正義の味方だあいつ!」
 机をバンバン叩きながら笑い転げ、数分。
 ハアハアと息を切らして山岸はようやく笑い止んだ。
「は、腹が痛い……」
「それだけ笑えばな……」
 係長が呆れたように言ってくれるが、これが笑わずにいられようか。腸捻転になったら八幡のせいだ。
「だ、だって係長……あいつ本当にヤクザを夢見てんですよ。それが表彰って……」
 必死に笑いを堪えて搾り出す。これ以上笑ったら笑い死にしそうだ。
 しかし係長は目を丸くした。
「まさか、本気じゃないだろう。これだけ正義感が強いんだぞ?」
「ぶはっ! ……こ、殺す気ですかッ、係長ッ!」
 普段使わない顔の筋肉が痛い。
 まさに正義感が強い以外の何物でないだろう、この功績は。
 問題はそれが八幡だという一点にある。
 八幡をあまり知らない係長は真顔で容赦なく続けた。
「いや、先入観にとらわれちゃいかんぞ。なんとなく極道に入ったものの、実は内心警察に憧れてるんだ、きっと。だが組長には言い出せなくてこうやって実績を……聞いてんのか、山岸」
「し、しぬッ……!」
 …………息ができるようになるまで数分かかった。本当に死ぬかと思った。顔と腹が痛い。
「ひきつけを起こすかと思いました……これ以上笑わさないでくださいよ、係長」
「本気で言ったんだぞ」
 これ以上は笑うまい。必死に堪える。
 ひょっとして、今頃になってお偉方が表彰しようとか思い立ったのは、そんな勘違いが元になっているんだろうか。これを知ったときの八幡の顔がぜひ見たい。
「まあ、これだけ見るとそう思えるかもしれませんけど、あいつはまったくその気はないですね。ガキの頃から本気でヤクザになりたがってますから」
 現在進行形で。
 実際には組に入っているんだからもうヤクザなんだが、その言動で一歩ヤクザに及ばない、というより全速力でヤクザらしさから遠ざかっているような八幡を、ヤクザと認めているものは、気の毒だがこの近辺にはいない。
 八幡は「親切で面白い名物お兄ちゃん」と子どもからお年寄りにまで幅広く人気者なのだ。本当に涙が出る。笑いすぎて。
「ん? 山岸、ガキのころから知ってるのか?」
「俺は初めはそこの交番勤務でしたからねえ」
「ほう。じゃあなんで勧誘しなかった? ガキのころから勧誘しとけば、奴も道を踏み外さずにすんだのに」
 いや、踏み外してはいない。むしろ踏み外し損ねて自分の夢から逆走している。
「でもあいつ、俺が会ったときにはもうヤクザ目指してましたよ」
「……何歳のときだ」
「八歳です」


 そう、八幡と初めて会ったのはまだ小学生のとき。
 いじめられっ子を助けてやっているのに出くわしたのだ。四名を相手に突っ込んだらしいが、当時から組の若い衆に遊ばれていただけあって大した怪我もなく勝った八幡は、いじめっ子たちに「男だったら弱いものいじめなんて情けねーことすんじゃねえよ!」と怒鳴り、いじめられっ子には「お前ももっと強くなれ!」と活を入れていた。
 元気のいい子だなあ、と笑顔で見ていたのだが、その後「坊主男らしいなあ、すごいぞ」と声をかけたところ(私服だったので八幡も警戒心がなかったらしい)、顔を輝かせた少年に
「本当か!? 俺、ヤクザになれるか!?」
と訊かれ、数秒固まった自分は世間知らずだった……まさかヤクザを夢見る小学生がいるとは。
「坊主……ヤクザになりたいのか?」
「おう! あ、でもただのヤクザじゃないんだぜ、頭もよくてかっこいいインテリヤクザってのになりたいんだ!」
 最近の教育は何を教えているのだろう。心から疑問だ。
「かっこいいよなあ! 俺もぜったいそうなるんだ!」
 と目を輝かせて憧れを語る少年に、若かった山岸は否定するようなことは言えなかった。ただ、ちょっと訊いてみたくらいだ。
「警察官も……男らしいぞ?」
「えー? ダメだよ、サツなんか。〈ケンリョクの犬〉なんだろ! えらそーなヤツらの言いなりじゃねえか!」
 …………本当に最近の教育は…………。
「ヤクザはちがうんだぞ、男の中の男だ! ヤクザになるためにがんばってるんだ!」
「な、何を頑張るんだ?」
 まさかこの年で酒やタバコをしているのでは!? と焦った自分は甘かった。
 少年は自信満々に胸を張った。
「勉強と運動!」
 えらい。
 究極に健全な答えが予想外すぎて、またつい動きを止めた山岸に、少年は得意顔で説明する。
「インテリヤクザなんだから、強くて頭よくなきゃいけないだろ。毎日ジョギングして、勉強だってやってるんだ。俺、オール5なんだぜ!」
 結果は素晴らしいが目指すところが大間違いな気がする。……それとも逆に、目標に向かうにはこの成果は大間違いというべきだろうか。
 おそるおそる突っ込んで訊いてみた。
「他に何か頑張ってることあるか?」
「あるぞ。ほら、さっきもいじめっ子退治しただろ」
 それがヤクザへの一歩だったとは知らなかった。
「『弱きを助け、強きをくじく』のが極道なんだって。俺、困った人見つけたら助けてやってるんだ!」
 …………どんな親がどのようにこの少年を育てているのか、とてつもなく知りたい。夢を妨害しているのか、少年が何か勘違いしているのか、一体どちらだ。というか、少年も何がしたくてヤクザになるのかもうわけがわからない。
 心底疑問だったので訊いてみた。
「ピストルとか、撃ちたいのか?」
「本当は暴力なんてヤバンなんだぞ。口で言ってわからないやつには仕方ないけどな、チテキに解決するのが一番いいんだ」
 そういえばインテリヤクザ狙いだったな。
 でもな、それはヤクザから少し離れてるぞ?
「働くのが嫌とか?」
「なんで? 男のカイショウってやつだろ」
「悪いことで金儲けしようとか」
「男は正々堂々と正面から勝負するんだ!」
「麻薬とかって知ってるか?」
「ヤクなんかぜったい許せねー!!」
 あ、よかった、この子ヤクザ無理だ。
 若く純真だった山岸は、心底ホッとし、表面だけは笑顔で励ました。
「坊主、頑張れよ」
「おう!!」

 まさか本当に頑張るとは露知らず。


「あのまま大きくなったのに、本当に組員になれるとは……俺はむしろ、阿佐比組のほうがわかりません」
 いや、絶対面白がって入れたんだろうが。本人の熱意もあったし。
 しみじみ呟く山岸を尻目に、係長は頭を抱えていた。
「なぜだ……なぜそんな若い身空で……親は!? 親は何してたんだ!?」
「母親は早死にしたそうですけど、父親は笑って傍観してました」
「なぜ!?」
「……無理だと思ったからじゃないですかねえ……」
 父親もきっと、将来は警察官にしかなれないと思っていたに違いない。山岸も心からそう思っていた。
「止めたところで聞くわけなかったでしょうし。目指すものはともかく、育ち方はいまどき感心するほど清く正しかったもんで、うっかり微笑ましく見守っちまったんですよねえ」
 そしたら、こうなった。
 もう何がどう間違っていたのかもよくわからない。おまけに最近では何も間違っていないような気すらしてきた。面白いからそのままにしておこうと思う自分もかなり末期だ。
 しかし、今初めて真実を知った係長は「奴を思い直させるにはどうすればいいんだ!?」と真剣に悩んでいる。……面白いのに。
「とりあえず今日来たときに警察のよさをじっくりと耳にタコができるまで……」
 そんなことしたら警察嫌いに拍車がかかると思う。
 逆効果な作戦が完成する前に、山岸は一つ忠告した。
「係長、八幡は来ませんから」
「え!?」
 本当に来ると思っていたのか。
 目を丸くする係長に、山岸は苦笑した。
「警察に表彰されると聞いて、八幡が来るわけないでしょう」
 だからこそ山岸もここにのんびり座っているのだ。
 だが聞いた係長は逆に慌て出した。
「じゃ、じゃあすっぽかしか!?」
「それも、八幡がするわけないです」
 奴は律儀だ。約束を、それがたとえ一方的なものだったにしろ、一言もなく反故にするわけはない。
 話を聞いていたかのようなタイミングで、そこに一人の青年が顔を出した。
 オールバックに赤いシャツ。大人しそうな顔にまったく似合わないが、とてもわかりやすい派手さは間違いなく八幡関係者。
「来たな、代理」
 チョロが来ると思っていたのだが、新顔だ。意外に思ったのは一瞬。
「あ、山岸さんですか?」
 ぱっと顔を輝かせた青年は、直角にお辞儀をした。
「初めまして! 僕……じゃなかった、オレ、八幡さんの代理で来ました小谷と申します! 今日はよろしくお願いします!」
 …………八幡、またどこで引っ掛けてきた。
 いまどきの若者らしくないこの礼儀正しさ、哀しいくらいに見覚えがある。
 山岸は顔を引きつらせた。
「八幡の二代目が……」
「え、二代目!? そんな恐れ多いっ……!」
 なぜ照れる。
 顔を赤らめて「僕なんかが二代目だなんてそんな〜」ともじもじする小谷。係長がさらに頭を抱えているのが視界の端に映る。
「あ、でももちろん目指すは八幡さんです! 僕の理想の塊です!」
 それはまた奇特な。
「山岸さんは八幡さんのことよくご存知だとうかがいまして、今日は用事がすみましたら、ちょっとお話うかがいたいなーなんて思ったりもしてるんですがいかがですか!?」
「もうちょっと鼻息抑えてくれるんなら話してもいいが」
「ああっ、すみませんっ、八幡さんのこととなるとつい興奮してしまって! 八幡さんの生い立ちを拝聴できるかと思うともう嬉しくて嬉しくて! 昨日は寝付けなかったんですっ!」
 鼻を押さえる小谷。鼻血出すなよ、頼むから。
「ところで阿佐比組組員か?」
「いいえ、残念ながら今は個人的に修行中です! 大学卒業したら入ります!」
「入るなーーーーッ!」
 我慢できなかったらしい係長が叫んだ。
 気の毒に、涙目だ。
 しかし、個人的な修行って何だ? 八幡がやってた人助けか?
「八幡を目指すのはいい、問題ない、だが組には入るな、入らないでくれ」
 問題ない、と言い切られてしまう極道稼ぎ頭。いいのか。
「え、ダメですよ! 組に入らないと八幡さんのことをアニキって呼べないじゃないですか!」
「そんなの入らなくても呼ばせてもらえ! 心の中で叫べ!」
「嫌です! 『男は正々堂々と正面から』!
「うわー、ソレ八幡が言ってたー……」
「山岸ぃ! どうにかしろ! 説得しろ!」
「いやあ、俺はもう自分の子どもだけで手一杯で」
「それはプライベートだろうがっ。とにかくこいつをっ……そうだまず君から! 君ならまだ間に合う! よし、来い!」
「え? え? あの? どこ行くんですか? 表彰式じゃあ?」
「人生の岐路にそんなものは捨てておけ!」
「ええー!? 僕、せっかく八幡さんの代理なのにー!?」
 ずるずると奥の部屋へと小谷を引きずっていく係長。八幡にやるつもりだった逆効果な作戦を実行するつもりらしい。まあどちらに転んでも大したことにはならないだろう。放っておこう。
 さしあたっての問題は……表彰式だ。


 代理の代理を頼まれたチョロの悲鳴と、八幡の必死な懇願が聞こえてくる電話を前に、息も絶え絶えに笑い転げた山岸が翌日全身筋肉痛に苦しんだのは言うまでもない。

 

 


<終>

 

 []  [小説]


 

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