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2006年3月14日の「弁護人欠席による最高裁での弁論延期問題」を考える

 被害者側が抱える諸問題のひとつに裁判があります。山口県光市の本村さんが記者会見で述べた「弁護人は遺族を侮辱している」の発言は至極当然のことと、犯罪被害者の立場で支持したいと考えます。被害者側にも弁護士さんの支援を請うことは可能ですが、現実的にはその余裕はありません。(事故や事件の発生以前も含めて主張できる加害者と、それ以前に戻して欲しいのに、前にはどうしても戻らないと判っている被害者とは出発点が違います) そんな状況で7年間にも渡って戦っている事を弁護人は知っているにも拘らず「ドタキャンによる弁論の延期」を強いたわけですから、「勝敗のみにとらわれ、他の事を見ようとしない、つまらない弁護人」或いは「他のことに本件を利用している人間」だと感じるのは私だけではないと信じています。

 昔の事になってしまいましたが、私も控訴審(高裁)で弁護人の被害者側に対する行動に疑問を感じたことがあります。弁護人は被告の利益と権利のために最善の弁護をするのは当然と思っていましたが、ある日、一線を越えた行動なのでは(?)と疑念を抱くことになりました。友人(M氏)に相談すると「弁護士倫理規定を犯しているかもしれない」とのヒントを授かり、日弁連への陳情や告訴に向けての準備を開始しました。法務局も立派な書類を整えてくれました。そんなある日、要職に就いているその弁護人に「あなたのやっていることは弁護活動を超えて、まるで代理人ですね」と代理人を連呼すると、とうとうその国選弁護人は「控訴趣意書の変更」を提案してきました。被告人の許可もなく、私に変更を約束してしまったのです。その瞬間、勝てると確信したと同時に依頼人である被告への背信となり、ここでも弁護士倫理規定に背いていると感じました。その弁護人は控訴審で裁判長から一喝され、その審理は5分で閉廷となりました。その後、上告(最高裁)となり、結審まではまだまだ時間を要することになるのですが、私の疑問や裁判のあり方に対する主張は検事さんや裁判官に届いていたと感じられるものでした。

 規則や法律は人として守らなければならない最低限のマナーなので、ルールさえ守れば何をしても良いという発想をする人は、いつの日か、プロの仕事人か否かを看破されることになるハズです。

 本村さんには最後まで正々堂々と戦って頂き、担当弁護人に「使命の自覚とはかくありなん」を示して頂きたいと願っています。きっと、同じ境遇の多くの方々に勇気を与えることになるのではないでしょうか。





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