モンゴル帝国治下の東西ユーラシア諸地域では、統治下の多様な民族・宗教を反映して複数の言語が複合した文書行政がおこなわれました。その行政文書の内容には、現代まで通底するといっても過言ではない多民族・多宗教の社会的共存関係・相克関係が反映されています。しかし、細分化された単独の研究分野だけでは、その背景にある多元文化・多層社会の相互関係を理解することは困難です。本研究プロジェクトは学問分野や研究者の国籍を跨いだ複合的な研究基盤を形成し、当該文書の集成と研究をおこなうことを目的とします。
当プロジェクトは2005年に「アルダビール文書研究会」として発足し、以来、イラン側の研究者と共同研究体制の構築を模索しつつ、研究活動をおこなってきました。2006-07年は、東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所短期共同研究「イラン・イルハン朝期ペルシア語および多言語命令文書研究」(受入研究者:羽田亨一、共同研究者:四日市康博)、2007-08年は、東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所短期共同研究「イラン・イルハン朝期ペルシア語および多言語複合文書の発展的研究」(受入研究者:羽田亨一、共同研究者:四日市康博)と共同で研究会の活動を継続し、現在(2009-11年)は、トヨタ財団アジア隣人プログラム「アジアにおける伝統文書の保存、活用、継承」の研究助成プロジェクト「イラン・中国・日本共同によるアルダビール文書を中心としたモンゴル帝国期多言語複合官文書の史料集成――多民族・多言語社会の構造と官文書上のペルシア語・アラビア語・トルコ語・モンゴル語・漢語の相互関係の解明を目的として」を活動母体としています。
イルハン朝期所蔵史料が最も多いイランでモンゴル期文書を専門とする研究者、比較対象となるのモンゴル帝国〜元朝期の文書史料を扱う中国の歴史研究者、そしてペルシア語・アラビア語・トルコ語・漢語を扱う日本のイスラーム史・モンゴル史・中国史研究者が協力し、お互いの能力・環境を補い合って多言語複合文書の共同研究をおこないます。
現行のプロジェクト(トヨタ財団研究助成)で研究対象とする伝統文書は、モンゴル帝国の公文書の中でもイランのイルハン朝が発給したペルシア語・アラビア語・トルコ語・モンゴル語・漢語が複合した公文書です。これらの文書はイスラームの伝統的文書作成様式の影響を受けつつも、モンゴル帝国期以降、東西ユーラシアに広く見受けられるモンゴル命令文書様式も継承しており、モンゴル政権と各種社会の関係を考える上で極めて重要な意味を持っています。
イルハン朝文書のなかでも現存件数が多いのが、アルダビールのサファヴィー教団に対して歴代王朝から発給されたアルダビール文書群です。その内容は教団信仰から土地売買など経済活動・訴訟係争まで多彩で、モンゴル期の様々な社会層の人々の活動を明らかにしうる希有な史料群です。