| 時間 |
AM10:00 |
PM1:30 |
2:00 |
2:00 |
2:30 |
7:00 |
8:00 |
9:00 |
10:30 |
| 内容 |
最終組織委員会 |
神社祈祷 |
実行部会 |
刈和野大綱太鼓 |
綱伸ばし
小綱つけ |
押し合い
綱だし |
合せ作業
準備完了 |
引き合い |
奉納 |
| 花火 |
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3発 |
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3発 |
4発 |
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3.交通
・鉄道:[東京・仙台・盛岡]−(秋田新幹線)−大曲駅−(奥羽本線)−刈和野駅
[仙台・盛岡]−(東北新幹線)−北上駅−(北上線)−横手駅−(奥羽本線)−刈和野駅
青森−(奥羽本線)−秋田駅−(奥羽本線)−刈和野駅
新潟−(羽越本線)−秋田駅−(奥羽本線)−刈和野駅
・自動車:[青森・盛岡]−(東北自動車道)−北上−(秋田自動車道)−西仙北IC.(SA)
新潟−(国道7・106・13号)−西仙北町
・航空:[東京・札幌・大阪・名古屋]−秋田空港−(リムジン)−秋田駅−(奥羽本線)−刈和野
2.期間
2月10日
綱引きは,周囲2.2メートルの2本の大綱,雄綱,雌綱をつなぎ合わせ,数千人で 引き合う。雄綱は長さが約60メートル,雌綱は約50メートルで,重さは各々 約10トンと巨大な,名曳きである。昭和59年1月21日に国の重要無形文化財に指定 されている
刈和野の大綱引きは,平将門が天慶2年(939)乱を起こして敗れ,その一族は 落ちのびて福島の在にひそみ,やがてその子孫は各地に散った。一族の長山氏が いつの頃からか刈和野に土着した。その長山氏が奉ずる氏神が「市神」であった。 そして市神の祭事が綱引きで,町を上,下に分けて勝負を決着し,その勝者が その年の市場開催権を獲得したことから始まったと言われている。「市神様」は 昭和40年2月13日に浮島神社に合祀されたが,現在でも綱引きの際には奉載され, 綱に奉仕する上町,下町は「市」の開設日であった二日と五日をとって二日町, 五日町と呼ばれてきた。
1.綱引きと刈和野の大綱引きの起源
綱引きは,後漢の明帝の永平14年(71)に,中国で行われた,仏教と道教の優劣を
試みるための行事が日本に伝来し,正月の飾り物を焼く左義長の大綱引きが その起源であるといわれている。関西,九州では大概,盆,仲秋の名月の夜の行事で
ある。近畿以東では,正月の行事である。九州では,葛曳(かつらひき), 茅曳(かやひき)といって,綱に葛,茅,藤のつるを使う。東日本では
藁縄(わらなわ)を使う。