知識、ノウハウで身を守る
日本労働弁護団では93年から毎年2、3回、「雇用調整ホットライン」を設け、会社員からの相談を受け付けている。今年3月に行なわれた全国一斉のホットラインでは、わずか一目で東京だけで131件の相談が寄せられ、過去最高となった。解雇・退職強要や賃金・退職金・残業手当の未払いなどに対する訴えが上位を占めた。同じように、労政事務所などを通し東京都が受けた労働相談は、93年度で4万件以上にものぼっている。
しかし、これらの件数の割にサラリーマンの問題解決能力は低い。
「自分の身は自分で守るという意識が低く、こうした状況に対抗する知恵もない」。20数年間、相談を受けてきた都労政部計画課の金子雅臣課長補佐は指摘する。また、労働弁護団の鴨田哲郎弁護士はこう言う。「どうしたらいいのか、うろたえている人が多い。特に中高年管理職にその傾向が見られる」。
これら専門家の話を通していえることは「会社に遠慮せず言うべきことは言う」姿勢を持つことだ。
「指名解雇に対して、刃向かってくるような元気のある人なら、そもそも対象にならない」。指名解雇された部下の再就職を世話していたある中堅企業の部長のこの言葉は、自己主張の必要性を説いている。そして、納得がいかなければ会社と喧嘩するという覚悟も必要になる。
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アンテナと記録で保身
ところが、問題なのは喧嘩をするにも何の武器も持っていないということだ。サラリーマンは会社員としての権利を守る法律上の知識があまりにも乏しい。例えば賃金や退職規定などを定めた「就業規則」があるが、雇用相談に来るサラリーマンのほとんどがこの内容を知らないばかりか、持ってさえいない。会社と対立した場合、会社のガードが当然堅くなることを考えれば、必要なものは常にそばに置いておくに限る。
また「会社は、個人の能力不足などいろいろ理由をつけてくることがあるが、これに対抗するために自分の仕事の記録を資料とし.て保存しておくべきだ」と、同弁護団の一人、大塚達生弁護士は言う。業績の低迷を指摘されても、一人だけの責任ではない場合が多々あるからだ。
問題が人事異動にからむ場合は、それがどの程度の規模で、目的は何かなどという社内情報も把握している必要がある。「人事労務政策についてアンテナを張り巡らしておかないとダメ」 (鴨田弁護士)。
自己主張し、知識を蓄え、自分の仕事の記録を残し、社内の情報を収集する。そして問題があればいち早く専門家に相談する。これが身を守る基本である。
以下、専門家のアドバイスを基に、サラリーマンの危機への対処法を個別に解説する。
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●雇用調整の対応策−そのポイント 1)日ごろから就業規則のコピーは手元 に置いておくこと 2)会社の経営状態、人事政策など社内 情報に敏感でいること 3)中高年管理職、ホワイトカラーの生 産性や能力について、単に個人的な 責任として受けとめない。経営者の 生産性や能力の問題も指摘する 4)一人で悩まず仲間をつくる。会社の 外には管理職組合もある 5)「魚心あれば水心」は通用しない。 会社に従順なだけではタメ |
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「理由の明示」を強く求める
解雇は使用者 (会社)の側が社員に用いる最も厳しい手段だが、この「最後通牒」がここ数年頻繁に使われているようだ。東京都労働経済局の「労働相談およびあっせんの概要」によれば、95年度の相談内容では、「解雇」に関するものが全体の15%で初めて1位となった。
解雇は会社が社員との間の労働契約を一方的に解消することであり、それには合理的な理由がなければならない。また、その理由が重大でなければ、民法上の権利の乱用に当たる。解雇予告手当を支払えば済むというものではない。
かつて裁判にもなったが、容姿が仕事にそぐわない、という理由によるスチュワーデスの解雇などは認められない。
そこで重要なのは、解雇を通告された時、その理由を明確にすることだ。「不況だから、会社のために辞めてもらいたい」 などというのを鵜呑みにしてはいけない。会社に対してはつきりと具体的な説明を求める必要がある。できれば文書で通告してもらい、もしダメなら通告された内容を自分でメモして、会社に内容を確認させる。
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主張、要求をはっきり
さらにその際、解雇の種類をはっきり問いただすことも必要だ。解雇には「社員に期待された能力がないから」といった普通解雇、「職場の秩序を乱した」 などの懲戒解雇、それに、会社側の経営危機に伴う人員整理のための整理解雇がある。会社の就業規則のどれに当てはまるのかを明らかにすることが大切だ。
特に、不況を反映して最近では整理解雇が頻繁に行われている。レかし、@本当に会社は人員整理しなてはならないほどの危機なのか、A会社は役員報酬のカットなど、解雇回避のため努力をしたのか、B解雇される者の人選に客観的な基準があるのか、といったことも問題にする必要がある。
ただ、会社によっては当事者のこうした質問を聞こうとしない、あるいは責任の所在をごまかすといった対応もある。この場合は労働組合を通して交渉をし、そうでなければ自分の主張や要求を内容証明郵便で伝える方法がある。
こうした手段に訴えることで、解雇に正当な理由がないことがわかることがある。こうなれば@解雇を撤回させ現職に戻るか、A退職を前提として解決金を払わせるか、を自分の中でしっかり決めていくことだ。ただ、いずれの場合にしても、解雇が不当だということを訴えているわけだから、交渉中も仕事をする意思は示すべきだろう。
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「退職届を書かない」が鉄則
解雇と同様、近年サラリーマンからの相談が多いのが退職勧奨、退職強要だ。「何とか会社のために辞めてくれないか」 (勧奨)、「辞めてもらわなくては困る」 (強要) といった言動に会社側が出ることである。
これは解雇と密接な関係がある。会社は本音では解雇したい場合でも、合理的な理由が見つからず、法的に難しいため、退職を勧めたり、強要する。つまり、表面上は本人の意思で退職した形をとらせることが往々にしてあるからだ。
時には「退職しなければ懲戒解雇にする」 と、脅迫的な例もある。しかし、退職するかしないかはあくまで本人の自由だということをまずは肝に銘じておくことだ。そして、労働組合や専門家に相談する。仮に気持ちの上で退職を前提として会社と交渉するにしても、解雇通告をさせることで会社都合の退職金を得るなど、有利な条件を勝ち取ることが可能となる。
とはいってもさまざまな理由で退職を迫る会社への対応はたやすくはない。それはこれまで雇用調整ホットラインに寄せられた実例などをみてもわかる。マスコミでも話題になったが、ある家電メーカーの管理職は仕事も与えられず、地下室に机一つで移され、退職に追い込まれた。また、あるコンピュータソフト開発会社では山林伐採や寮の清掃作業をさせることで退職を強要した。
このほか、「会社が解散するから全員退職届を出すように」と言い、実際はその中から慰留する者を選ぶ予定だったという建築会社の例。また、ある中小のコーヒー販売会社では営業マンがノルマを達成できず、「自分で辞めなければ解雇するが、それでは再就職で不利になるだろうから退職届を出せ」と強要された例もある。
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嫌がらせには毅然と対処
こうした場合でも前述したように退職届を書く必要はなく、逆に書いてしまうと争った時、不利になる。だが、書かないとなると、会社側の執拗な嫌がらせも当然考えられる。その場合は嫌がらせの内容を具体的に記録しておくことが必要だ。
嫌がらせがひどい場合は、人件侵害に対する差し止めの仮処分申請を裁判所に申し立てることが考えられるし、精神的被害について慰謝料を.請求することもできる。この時、事実の記録が役に立つ。
また、だまされたり、嫌がらせどに耐えられなくなって退職届をいてしまった場合でも、対処の仕カはある。まず、弁護士に相談し、で
きるだけ早く内容証明郵便で退職届を撤回する。退職が錯誤に基づく意思表示ならば無効(民法九十五条)。脅迫に基づく意思表示であっても同じく取り消すことができる(同九十六条)。
それと同時に退職金については、終って受け取ると取り消しができなくなることがあり、内容証明郵便で「給与として受け取る」と意思表示をしておくことも必要だ。
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同意義務なし、約束違反ぬは撤回も
解雇、退職勧奨、希望退職者募集といった直接的な人員削減策のほかに、「退職に追い込むことをねらった」転籍・出向が多くなったのも最近の特徴だ。リストラや企業生き残りのための「雇用調整」 はますます巧妙になってきたといえる。
ここで転籍と出向の区別を明確にしておく。転籍は一度、元の会社を退職して出向先と新たな労働契約を結ぶもので、出向とは、元の会社との契約はそのままで出向先で働くというものだ。
こんなケースがある。親会社から子会社へ転籍する際、将来子会社を退職する時に親会社での勤続期間を通算して、子会社が退職金を払うといわれた。しかし、子会社が経営危機に陥り、退職金の支払い能力がなくなったというのだ。
転籍は親会社とは全く緑が切れるわけであるから、本人にとっては別会社への再就職と同じだ。後戻りができない片道切符である。前述した退職金のケースの場合でも、法的には親会社には支払いの義務はないのである。
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強い態度で臨む
だからこそ慎重な上にも憤重に対処しなくてはいけない。
もし転籍命令を受けた時は、次のことはしっかり肝に銘じておく必要がある。
まず、転籍には働く者の同意が必要なので、いやなら同意しないという強い態度で臨むことだ。転籍命令に従わなければならないというのは、当然のことながら間違いである。会社から再就職の強要をされるいわれなど、どこにもないのだ。まして転籍拒否を理由に解雇することはできない。
場合によっては会社に対し、同意しないことを内容証明郵便で通知することも必要である。一方、転籍を一度受け入れてしまった場合はどうなのだろう。例えば次のようなケースがある。上司かから関連子会社に行ってくれといわれた。よく聞くといったんいまの会社を退職して、新たに子会社に勤めてほしいということで、退職金ももらった。しかし、いつまでたっても子会社からは連絡はなく、結局、子会社では採用するつもりがなくなったということが判明したのである。
このように本人が退職・転籍を承諾したとしても、これは子会社で受け入れてくれることを前提条件に同意したのだから、その前提が崩れたら、承諾もなかったことになるのは当然である。
堂々と親会社に社員として出勤を続ければよい。
同様に嫌がらせなどによって、半強制的に転籍を押しっけられ、断り切れずにそれに応じてしまった場合にも転籍承諾の撤回ができる。転籍の条件を誤解して受け入れてしまった場合も同じである。
このような場合には早急に転籍を撤回すること、その理由を親会社と転籍先の子会社に文書で連絡することを忘れてはならない。
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労働条件期間の確認を忘れずに
出向は、親会社など(出向元) に在籍したまま、子会社など (出向先)で、かなり長期間、働くことをいう。これまでは出向でキャリアアップというケースも多かったが、最近はむしろ、合理化や人員削減の目的で行われるケースが増えてきた。
例えば、社員数およそ700人の製造業に勤める40代の男性社員は、会社の合理化策により別会社の生産部門に出向させられた。もともとは営業職だった人が、である。
出向期間は一年間という約束だったが、期間を延長された。さらにその先も延長される可能性があるという。それでいて出向元の会社は新卒社員を採用している。
また社員500人の建設業から、子会社へ出向させられ、さらに別の会社へ転籍を要求されている人もいる。
出向を命じられたが、出向先では給料が二割安くなるばかりか、倒産のうわさがあるといったケースや、希望退職か出向かの二者択一を迫られているといったケースなどもある。
このような出向を命じられた時は、次の二つのことをはっきり確認しておく必要がある。一つ目は出向先の労働条件である。現在は土・日の週休二日制だが、出向先では土曜出勤になるかもしれないし、勤務時間も異なってくることが多い。賃金などに相違がある場合は、補償はどうなっているのかを確認しておく。
二番目が出向の期間である。いつまでなのかをはっきり示してもらうことが必要だ。期間満了時には必ず本社に戻ること、その時配属される部署についても約束を取り付けることができればなお良い。
不安残れば拒否可能 これらの条件を調べて納得がいった場合は、出向に応じればいいわけで、条件が不満だったり、不安が残
るのであれば拒否すればいいのである。本人が労働契約を結んだ相手(出向元) とは異なる相手(出向先)が使用者になるので、会社側は本人の同意がないときは出向を発令できない。
業務上の合理的理由が見当たらないような、退職に追い込むためのものだったり、社員が著しく不利益を受けるような出向命令だと思う時は、会社に出向の理由を具体的に説明させることが重要だ。文書による回答を求めるようにする。すでに出向している場合は、出向に対する異議を文書で提出しておいて、とりあえず出向先で就労しながら弁護士に相談する。就労自体を放棄すると処分の口実を与えることになるので注意しなければならない。また出向を命じられてからではなく、普段から就業規則や労働協約の出向に関する部分を調べておく姿勢も大切である。慎重かつ十分に時間をかけて対処していくのが、危機回避鉄則である。
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役割を明確し成果をアピール
「今後、企業と従業員は戦闘になります」と、社会経済生産性本部の佐々木邦良・生産性研究所所長は言う。さしずめ、その第一ラウンドが年俸制かもしれない。会社は社員を業績で評価し処遇する。一方、社員は実績に見合った報酬を要求する。そこに緊張関係が生まれる可能性がある。
といえばスマートだが、年功序列の賃金体系に慣れきった日本のサラリーマンにとって、年俸制導入は新たな危機ともいえる。
すでに管理職に導入、数年内には全社員に拡大する方針のダイエーをはじめ、本田技研工業、東京ガス、山一証券など、年俸制はすでに大手企業のうち一割以上で導入されている。
例えば、92年6月から管理職に導入した本田技研の場合、直属の上司との話し合いで、自分の業務目標を決めると同時に、目標がどの程度達成されたかを上司と評価する。
上司との話し合いは一対一で行われ評価が出されるが、この後でより客観的な評価にするため、関連の部門長が集まり最終的に8段階の相対評価を下す。それをもとに年俸を決定する仕組みだ。
他の場合も、基本的システムはほぼ同様だ。また、プロ野球選手のようにまったくの業績給ではなく、従来の年功給も生きているので年収が極端に変化することはない。しかし、いくつかの点で仕事の仕方や意識を変化させなければならない。年俸制のほとんどが、従来のシステムに長く身を置いてきた管理職を対象にしたものだけに、意識を変えることは難しいが、避けては通れない。
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求められる「プロ化」
社会経済生産性本部生産性研究所が3年前に行った年俸制に関する調査によると、企業の年俸制導入の主な理由は「業績評価の明確化」「実力、能力主義の色彩を強める」「経営参加意識を強める」 というものだった。
つまり、社員側からみれば@自分の業績を明確にアピールする、A自分の職務の中で他人より優れている能力を身に着ける、B経営方針と自分の職務との関係を認識する、とい努力が必要になる。
特に@については具体的に工夫の余地がある。まず、自分の職務分野と役割を明確にする必要がある。日本企業はチームワーク的作業が多いが、その中でも自分の役割を曖昧にしてはいけない。次に自分の業務を具体的に記録しておくこと。業績を数値化しにくい場合でも、自分の提案や企画は明確にすることだ。上司との交渉で、弁解を含めた抽象論だけでは説得力に欠ける。
さらに、自分の業績についてのしっかりした提示をすることだ。攻撃的になる必要はないが、謙遜は美徳にはならないだろう。また、上司との一対一でのやりとりでも率直に主張することが求められる。
こうしてみると、全体的に個人として独立したプロフェッショナリズムが要求されているのがわかる。企業によっては年俸制が全体賃金の抑制と管理という色彩を帯びているだけに、プロ意識に欠ける者は徐々に落ちていくことも覚悟しなくてはならないだろう。
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男女の違い、きっちり整理を
日本ではリストラや合理化を対象とした解雇や希望退職、退職勧奨、あるいは転籍、出向といったことと、セクシャル・ハラスメント (セクハラ) は次元が遣うと思っている人が案外多い。あくまでセクハラは個人的問題だというわけだ。
セクハラは1960年代後半に米国でフェミニスト (女権拡張論者)・グループを中心に問題提起され、80年代以降、世界に広まって
いったもので、「女性の労働を巡る重要問題」として認識され、国連やILO(国際労働機関) などでもその解決策が論議されるほどになった。
日本でもすでに女性の就業人口は1900万人を超えた。高学歴化も進み、いままでのような結婚までの腰かけという考えも薄らいできている。そんな中でセクハラは職場秩序の乱れ、社員のモラルダウン、円滑な日常業務への支障など、個人レベルの問題ではなく、いまや企業全体の問題にもなっているのである。
セクハラを簡単に分類しておくと、 @卑猥なジョークや性的関係への誘いなど言葉によるハラスメントAヌード写異を職場に掲示するなどの視覚によるハラスメントB異性の体への不必要な接触、性的な暴力、強制猥褒などの行動によるハラスメントC猥褻文書を読み聞かせたり、読むことを強要したりといった文字によるハラスメントなどに分けられる。日本の場合、加害者の多くは男性だ。
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加害者敗訴の判例に学ぶ
ただ、日本の企業ではこれまであまりセクハラが表に出ることはなかった。男性を中心とした人事慣行の中で被害者であるはずの女性が退職していくケースが多いし、男性社員に対しては会社側も個人の問題だからと不問にするケースが普通だった。
しかし、ここ数年、日本でもセクハラの裁判が起こされるようになり加害者が法的に罰せられるケースが出てきた。福岡セクシャル・ハラスメント訴訟はその代表的なものだ。
編集会社の女子社員が、編集長からまったく身に覚えのない異性関係について言い触らされ、退職を余儀なくさせられたという事件で、判決は編集長と会社に慰謝料を払うよう命じた。このような行為が職場環境の悪化を招いたこと、さらに編集長の上司である専務も、職場環境を調整するよう配慮することを怠ったと指摘、会社側にも責任があるとしたのである。
こうした状況の中で、いま社員はセクハラについて真摯に考えなくてはならない。すなわち、男と女の性に対する考え方と行動の違い、男女の性差などについて日ごろから理解を深めることが必要である。それは社内における男女の役割分担や、労働の機会均等とは何かを常に頭の中で整理しておくことでもある。
サラリーマンの危機管理
その1(突然のリストラ解雇に最後の抵抗、出向4回の思い教訓)
その2(配転ショックで2度の辞表、失業給付も払えない、会社の不正を指摘懲戒解雇に)
その3(知識ノウハウで身を守る)
その4(タフに明るく脱会社人間を指南)