〜1993年、あなたは何をしていましたか?〜
想 い 出 甲 子 園
Column
〜 あのとき、思っていたこと、感じたこと 〜
17歳、18歳。
高校生だった私が書いたものを原文のまま載せてみました。
あの頃だから、あの頃にしか書けない文章ってきっとあると思います。
…というわけで。
乱文、誤字脱字はご容赦を。
甲子園には6回行ったことがあります。
行く度に、その広さに驚きます。
アルプススタンドで試合を見ていると、
なんだか選手と一体になっているようで、
大声出して応援してもちっとも恥ずかしくない。
今までテレビでしか見たことのない風景の中に自分がいる…
これ は何とも言えない感激でした。
球場外で選手を追いかけるのも大変だったけど、いい思い出です。
憧れの選手を「生」で見れるよろこび、
球児くんたちの素顔に会える。
これはファンにとっては最高なんじゃないでしょうか。
ただ選手に迷惑にならないようにしないとね。
甲子園は行くたびにワクワクする……そんなところです。
やっぱりいいなぁ、甲子園は!
〜サヨナラの明暗〜
月並みながら、サヨナラ試合というのには感動ものです。
ホームベース上で大喜びする選手、うなだれる選手…。
両方に精一杯の拍手を送りたくなります。
印象的なものとして、1991年の松商学園vs四日市工業戦があります。
松商学園・上田投手、四日市工業・井手元投手の投げ合いで
延長16回まで熱戦が繰り広げられた。
結局,16回裏、井手元投手の押し出し死球で、松商学園のサヨナラ勝ち。
皮肉にも、そのときバッターボックスにいたのは、
相手投手である上田投手だった。
そのときの井手元投手のうなだれる姿は何とも言えないほど切なかった。
サヨナラ試合。
どうしても負けたチームのことをひいき目に考えてしまうのは、
こんな切なさがあるからでしょう。
もう一つは、1990年の山陽vs葛生戦です。
9回二死まで4−1で葛生がリード。
ところが、そこから山陽の大逆転劇が始まり、結果4−5で逆転サヨナラ負け…。
野球って、本当に何が起こるかわかりません。
さらに1993年の徳島商業vs久慈商業もすごかった。
徳島商業が8回に0−7からアッという間に同点に追いつくと、9回にはサヨナラ…。
時には残酷なドラマになりうるサヨナラ試合だけど、
選手達の、野球の魅力を最大限に伝えてくれると思う。
〜甲子園と異常気象〜
1993年の甲子園は、春夏共に、異常気象に見舞われての開催だった。
まず、春の「大宮東ー崇徳」戦では、雨が降ったり、雪が降ったり、霧がかかったり…。
その雨の蒸気がドライアイスみたいに球場を包み込んでいたのは、
まさに幻想的というか何というか…。
次は夏の「鹿児島商工ー堀越」戦。
8回表、3−0で鹿児島商工がリードした地点で雨が降り試合が中断。
そのうち、雷まで鳴り出し、ゲーム続行が不可能になり、
非情の“降雨コールドゲーム”。
校歌の流れなかった鹿児島商工も、
最後までやれずに敗れた堀越もかわいそうだった。
最後は、同じく夏の「常総学院ー鹿児島商工」戦。
鹿児島商工が優勝候補・常総学院を相手に4−0とリードしていたにもかかわらず、
雨天ノーゲームに。
その次の日、常総・倉投手が好投したため、鹿児島商工は金星を逃した。
この大会を通して、甲子園の水はけの良さと阪神園芸の方々を始め、
スタッフの方がどれだけ大会に貢献しているのかを痛感できた。
でも、やっぱり甲子園は晴れたフィールドが一番いいっ♪
〜淋しげな背中〜
大量点を取られたピッチャーの背中は、どことなく淋しげです。
彼らは、このとき何を思っているのでしょうか。
思い通りのピッチングが出来なかった歯がゆさ、
実力を出しながらもかなわなかったやるせなさ。
これからどうなるのだろうという不安。
悔しさを通り越したそんな気持ちが、
表に出るピッチャーの孤独を感じることができるように思います。
チームメイトが、肩をポンポンと叩く。
「ドンマイ」「がんばれよ」
きっと、それが明日につながる…。
〜きみの精一杯〜
高校野球の魅力は、言うまでもなく、球児たちのはつらつとしたプレーにある。
投げて、打って、捕って、走って…。
アウト、セーフ。
この二つの判定に、泣き笑い。
ベース上で何度もするガッツポーズ、
打者を三振に仕留めたときのガッツポーズ。
チャンスに打てなくてうずくまり、
捕ったはずのボールがフィールドを転々と転がりうずくまる…。
みんなのそんな表情は、毎日の一生懸命の元にある。
大人たちは、「そんなことしている間があれば、次の塁を狙え」、
「余計なことはするな」とか言う。
でも、そんなのいいじゃない。
私はみんなの精一杯が大好き。
だから、思いっきり喜んで欲しい、悔しがって欲しい、
笑って欲しい、泣いて欲しい。
エラーとファインプレーは紙一重。
きみの精一杯…。
〜少年の夢〜
少年が野球を始めるきっかけの多くは、
お父さんやお兄ちゃんとやったキャッチボールにあるという。
ぶかぶかのユニフォームに袖を通し、重いバットによろめく。
そして、少年は白球を追い始める。
夏になると、テレビでは“甲子園”という大きな野球場で、
大きな歓声を受けてプレーしている高校生のお兄ちゃんたちがいる。
“ボクもあんな風になりたいな”と思い、少年の夢が始める。
しんどくても、辛くても、悔しくても、
ぐっと歯を食いしばって、涙をこらえる。
少年が大きくなったとき、夢はどれだけ純粋なままであるかはわからない。
諦めなきゃいけないようになるかもしれないし、
情熱がなくなってしまうかもしれない。
けど、今は声援を送りたい。
そして一人でも多くの少年が夢を叶えられたらいいなと切実に思ったりします…。
〜スタンドの声,聞こえてますか〜
当たり前なのだけど、野球をするには9人しか必要なく、
控え選手を入れてもだいたい15人だ。
大勢の野球少年の集うひとつの野球部という集団のなかで、
たったの15人。
それだけ。
1,2年生はまだチャンスがあるからいいとして、
3年生はそこで夢が断たれる。
監督がメンバーを発表するときに自分の名前を呼んでくれなかった。
そのときの気持ち、わたしはわかりたいと思うけど、
そうしちゃいけないように思う。
それは彼らの努力・情熱・夢といったものが彼らのものだから。
メンバーに選ばれた選手と同じくらい、
いやそれ以上に努力したという選手もいるはず。
脱力感とか悔しさもあるかもしれない。
けど、彼らは自分の夢をメンバーに託して、応援に専念する。
そして、あれこれ自分たちで工夫して楽しんでいるんだ。
私は試合を見ているとき、すぐにスタンドの声援が耳に入る。
そして、その声援はグランドにいる選手に聞こえているのかなと思う。
答えは、明確。
けれど、私が聞いているスタンドの声援と
グランドにいる選手が聞いているそれとは少し違うように思う。
試合中こそスタンドとグランドには距離はあるけど、
3年間一緒にに汗を流してきたし、泣きも笑いもした。
ケンカをしたこともあっただろうし、
シリアスにいろんなことを語りあった日もあったはず。
スタンドにいる選手の声援の中にそんな日々のことは
グランドにいる選手にしか聞こえない。
勝手な推測だけど、外れてもいないと思う。
試合に負けそうなとき、追いつめられたとき…。
スタンドの声は一層大きくなる。
そして、私はグランドにいる選手たちに改めて聞きたくなる。
「スタンドの声、聞こえてますか?」
〜1991年夏、49の甲子園で…〜
地区予選に中で心に残ったことを書いてみたいと思います。
福井大会決勝戦「福井ー福井商業」は、延長11回サヨナラ押し出
し四球でした。
また、ノーヒットノーラン試合もありました。
大阪大会の準決勝「大阪桐蔭ー渋谷」戦では、
大阪桐蔭・井上選手が、スタンドごみ箱を直撃するホームランを打ちました。
島根大会では、創部2年目の隠岐が決勝戦へ。
佐賀学園は、佐賀大会3回戦では、無安打での勝利でした。
札幌第一は三季連続決勝戦敗退。
大阪の香里丘の選手には、両投げ両打ちという面白い選手がいました。
秋田経法大付の三年連続を阻止したにはノーシードの秋田でした。
ファインプレーや思いがけないエラー。
信じられない勝ち方やまさかの敗戦。
多くのハンデを背負った球児達もいたことでしょう。
1991年夏、今年も49の甲子園ではドラマがありました…。
〜夏が終わった一瞬〜
テレビの画面で
君たちを見てた
ほんのほんの一瞬
グローブに届かなかった
白球を
じっと見つめていた
やるせなさが
伝わってきた
あれから
君たちは
どんな夏を過ごしたのでしょうか
〜君が精一杯の夏(その1)〜
夏って
素敵だなって思います
休みになると
毎日 テレビにしがみついて
君の精一杯を見ます
君は、投げて、打って、走って、守って…。
一生懸命
うらやましいな
私には 何もできない
こうして テレビの前で
祈るように手を合わせて
見つめることしかできない
〜君が精一杯の夏(その2)〜
君が笑ってる
勝ったんだ
9回裏 ツーアウト
ラストバッターを打ち取ると
君は、ガッツポーズ
君は、マウンドに駆けていって
君は、ウイニングボールを大切に受け取り
苦しみの後の喜びを かみしめる
君が、うつむいている
君が、座り込む
君が、悔しそうにバットを地にたたきつける
涙が頬を伝う
相手校の校歌を聞く辛さが続く
悔いは残る
歯がゆさをかみしめ
君の高校野球生活が終わる
私はブラウン管のこちらにいるだけ
声をかけることはできない
君のそのときだけ
私の中で通り過ぎていった
月日が流れるのは 少し淋しい
君を少しずつ忘れてしまうかもしれない
けど、次を待っている私
時間と共に 君は変わる
けど
私の心は変わらない
君の精一杯も変わらない
夏って素敵だなあ…って思います。
〜二番目に素敵な季節に〜
気づいたら冬でした
毎朝 寒さをしみじみ感じます
走っているときに
吐く息が白くなります
冬は
なんだか物足りない気分になります
けれど
みんなががんばっていると思うと
がんばろうと思います
みんなが素敵になるとき
私も素敵でいたいです
〜3時間5分のHERO〜
あこがれの人がいる
テレビの向こうにいるあの人
あの甲子園という
マウンドに立って
0−0の延長戦
汗をぬぐって あの人は
またボールを空間へ放つ
直球!
ズバリ
相手のバットに当たる
ボールが意味深に 内野をワンバウンド
そして 外野へ
相手校に1点入る
雨が激しくなってきた
相手校の声援が
たまらなく辛い
あの人は辛い表情
“マウンドではいつも笑っていたいです”
そうコメントしていたあの人なのに…
応援席 一塁アルプスで
チアガールの女の子が 泣いていた
私
たまならくなって 手に汗握っていた
初めてだ こんな気持ち
祈っても 祈っても
仕方ないのに
…手を合わせてる
スリーアウト チェンジ
これが最後の攻撃 14回裏
これで負けるかもしれない
そう思ったときの ツーアウト一塁二塁
あの人が バッターボックスに立つ
あの人にかかっているプレッシャーが
ひしと伝わる
私だけじゃない
ナインのみんなも
控えのみんなも
応援している人たちも…
あの人のバットが空を切る
終わったんだ
負けたんだ
一気に気が抜けた
ナイン同士が交わす握手
雨で濡れた手
ドロドロの手
それぞれの想いが
溢れ出すように クロスする
相手校の校歌が流れてる
あの人は
どんな想いで それを聞いていたのだろう
相手校の校歌が流れ終わる
選手たち 袋の中へ ドロドロに土を入れる
水気を拭くんだ だんごのような土
雨と 汗と
そして…涙
それは選手への 最高のお土産
あの人の涙
ベンチを去るときに見せてくれた
小さな 小さな 本音
ブラウン管の向こうに
めいいっぱいの拍手を送りたい
3時間5分のHERO あの人へ…
〜あの青空を君に見せたい〜
スタンドから ふと見上げる青空は
ぬけるように 澄んでいる
高くて 広くて
手を伸ばしても 伸ばしても
届かない
小さな丘の上 肩で息をする君は
きっと この空を知らない
夏が交差するフィールド
涙もこの空に溶けてしまえばいいのにね
あの青空を君に見せたい
負けないで メゲないで なんて言葉より
涙のあとの笑顔が好き
がんばったから それでいいじゃない
サイレンの音を聞いて思い出すのは
寒空の下の白い息
一生懸命だから
おしまいは いつも いつも 切ないよ
道にはぐれて 途方に暮れて
悲しいのに 笑ってた
どんなに好きでも
辛いものは 辛いよね
あの青空を君に見せたい
優しく 広く 包んでいるよ
時々弱音を吐く 君が好きだよ
叶わない夢でも きっと素敵さ
離したくない瞬間[とき]
もう少し大人になるまで 待っていて
〜これから〜
夏のワンシーンは
使い古されたドラマでしょうか
涙と汗がつもりつもっても
辿り着けない夢もあるのでしょうか
私は ただここで
祈っていることしか出来ないのでしょうか
時が経ち過ぎてゆき
私を置いていく
そして 届かない夏は
君を置いていく
2度と戻れないスタジアムに
取り残されたように置き忘れられてる
ポカリスエット
幻の白球が 今 フェンスを越える
時が経ち過ぎてゆき
私に明日が来る
そして 届かない夏は
君の証になる