<< 20_麗しの北欧 ( 旅を終えて ) >>
スエーデンの国際空港はカストロップ空港、僅かばかりの、デンマーク、スエーデン通貨クローネをきれいに日本円に替えた、交換レートは高くない。交換して現地通貨を整理したのは初めて、僅かばかりの金額でも愛想よく対応してくれた。
北京着、翌8月17日9時45分。発は16時45分と7時間の長い待合わせ、格安航空券の落とし穴だ。乗換時、発着便のゲートを表示するディスプレーが一つしかない上、目立たない。搭乗券にゲート番号が記されていないから搭乗ゲートが分からず困惑した。通関を越していないから広いゲートに軽食店以外店舗はない。飛立つ飛行機を眺めていたら、毎分離陸しているように見える。ここは第三ターミナルだから空港全体としては少なくとも20秒ごとに一機離陸していることになる。広いゲート通路にどこかの名跡を模したと思われる中国建築がいくつか配され好ましい。
故宮印象と掲示した庵がある。四季の宮殿パネルが次々と写され、飽かず眺める。陶器のパネルは面白い。指で操作する方向に自在に回り、陶器の側面、背面はもちろん上面、底面も実際に手に取ってひねくり回すのと変わらない。実物展示で眺められるのは一方向だけ、このパネルは新鮮だった。機中泊だから36時間近くほとんど寝ていないが、格別疲れたという感じもない。7時間の待ち時間が2~3時間に思われた。
旅立つ前に漠然として抱いたキーワード「バイキング」と「カルマル同盟」、旅する中にそれを思わせる何かに接しられるかとの期待である。
「バイキング」に関しては、オスロのヴァイキング船博物館 ( Oseberg ship)があった他には、スエーデンで時折見かける男、髭に覆われた広い顎の風貌が「これぞその子孫」というのがいたくらいである。博物館の船は農場から発掘された副葬品であり、ヴァイキング活動との関連がよく分からない。埋葬者が特定されていないから、副葬された経緯もその意義に関する記述にも出会わなかった。
カルマル同盟の主催者は事実上のデンマーク女王マルグレーテ、カルマル城の同名肖像画はグスタフ・ヴァーサ王の妃である。カルマル市はスエーデン領だから、マルグレーテを置き換えたようにも思える。しかし、オーレスン・リンク( カルマル)は一つの経済圏、デンマークもスエーデンもない。通貨名称は3国ともクローネである。ヨーテボリはスエーデン領だが、オスロ、コペンハーゲンにより近いし、ヨーテボリ、オスロの街建設はデンマーク王・クリスチャン2世と4世に負っている。私の感触では汎スカンジナビア運動の精神がどこかに残っているようにも思えた。
3国を巡る時、国境の存在を感じなかった。気を付けたのはクローネ通貨の違いだけだ。共にEUに加盟しているがユーロは使用していない。通貨以外、どこも同じ自然、同じ街並みである。陸地に深く入り込み緑を映すフィヨルド(入り江)の風景はどこにでもあり、歴史に富んだ街並みも同様どこも魅力的だ。街角に立って見回すと、つくづくとここを旅した幸せに浸れた。しかもそれは至る所にある。
自然、風景の美しさ。碧い海と緑の島影、潮風、穏やかな波。青い空に白い雲、何時までも暮れやまぬ空の星。清澄な森の空気。街並み、街路の清潔さ、物乞いなどを見かけない平穏。ハエもいない衛生、清潔感。ロンドン・パリで見かける巨肥満の記憶もない。総じて女性は容姿端麗である。これらをひっくるめて「麗しの北欧」としたが、どうもしっくり感がない。今回、毎夕食をホテル部屋でのファーストフード物のとしたので、人と接する機会がより少なかった。僅かながらでも人との交流はホノボノとする。しっくり感が持てなかったのはそのせいかもしれない。
☆☆☆ ご愛読ありがとうございました ☆☆☆
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