09.06.03

庭の奥の方から家の様子を撮影しようとしたら、あまりに緑がこんもりしていて全景が写せないのだが、この緑のもりもりした様子が阿佐ヶ谷住宅の典型的なイメージである。引っ越し屋さんはサクサク荷物をトラックに積んでゆき、あれだけ物に溢れていた家は、1時間であっという間に空っぽになった。夕方まで掃除をして私が出たあとこの家を管理してくれるhanaさんがやって来てホッと一息。あとは夜に高速バスで移動するだけだと思ったら、トイレに携帯を水没。ああ、気を抜いた瞬間に!自業自得だけれども水没のおかげで貴重な時間を消耗する。パールセンターの携帯屋さんに行って仮の携帯を手配、さらに受け取りが県外なので手続きが大変めんどうくさいことになる。
引っ越しの途中、近所の三兄弟から素敵なプレゼントをもらう。彼らには家に溜まっていたたくさん紙類を大量にもらっていただいた。いっぱい描いてね。引っ越しを手伝ってくれた友人とhanaさんにお別れを言い、夜10時くらいまで空っぽの家であれこれ思うことをメモに書きつける。2階はほぼ空っぽだが、1階にはオーナーから引き継いだ家具が置いてあり、TOTAN
GALLERYのときの作品はまったくそのまんまだったので可笑しな感じだ。個人的にもらった作品とギャラリーの看板と絵が描いてある姿鏡は持っていくことにしたが、それ以外のここにあるべきものは残していく。住人不在という様子はあまりしない。それに私はこの家にとって長い長い同居人だったのだ。それは物理的な意味でも精神的な意味でも。
ろくすっぽ、ぼんやりする時間もなかったけども、安孫子先生がコラムで書いてくれたことが少しずつ身に沁みてわかるような気がしている。「引っ越しする=(私の中で)終わる」というわけではない。もしいつか取り壊される日が来るのだとしたら、私は立ち会うつもりでいる。じゃあ、取り壊されたのを見て「終わる」かといえばそうでもないような気配がする。
何かが「終わる」ということは実はとても漠然としている。TOTAN
GALLERY PROJECTに参加してくれたアーティストに私たちが投げかけたアンケートでの質問――「作品の完成あるいは終わりについて」のみんなの考えのように、ひとりひとりかたちは異なるだろう。それに「終わり」にもいろいろ種類があるようで、物理的な終わりと目に見えない終わりがあり、自分の中で(選択を続けた結果)完結するものと、まったく自分の中では終わりは見出せず(とりあえずの区切りを設けたのちに)他人や環境や世界を通してどうやら終わったらしいという種類のものもある。決して悪い意味ではなくく、終わりは人や人生に対して便宜的に作用しているという側面もある。
とにかくそれは唐突にやってきたり、あるいは、いつまでたってもやって来ないものかもしれない。今、私にわかる唯一のことは、終わらせようと意図して(そして納得したかたちで)終わらせることはできない代物が世の中にはたくさんある、ということだけだ。何かが終わることが「いい」ことだとか「悪い」ことだとかいう判断は人それぞれである。終わることの善し悪しを判断するよりも、その「終わりらしきもの」あるいは「終わるであろうもの」の只中で、自分が何を見たのかということの方が大事なことのように思う。あわよくばその「自分が見たもの」を一番適していると思うかたちにアウトプットできれば、そのときにようやく、自分にとって「蹴りがつく(区切りがつく)」のではないかと想像する。でもそれも今は、想像でしかない。
ところで、夜静まった阿佐ヶ谷住宅を出る時に「さようなら」ではなく「いってきます」という言葉が口から飛び出したので、その時は不思議な感触と可笑しみのようなものが込み上げてきたけれども、不思議でもなんでもないと今になって思う。
09.06.02

散歩が日課になっている。久しぶりに団地の北の広場を歩いていたら、団地を管理してくれているおじさんたちが馬屋みたいな空き家の庭を草刈りしていた。これからの季節、あっという間に草がぼうぼうになってしまうから、最近は植木屋さんじゃなくてお掃除をしてくれているおじさんたちが毎日のように草を刈ってくれている。ちょっと立ち話して写真許可をいただいたのでパチリ。50号棟の裏の妙な三角形の空地には、草ではなくピンク色の花が一面びっしり生えていた。生まれ育った場所や今まで生活していた場所で花畑なんて見たことないけど、ここでは日常風景なのね。
夕方、管理人室へお菓子をお届け。あれこれ立ち話。そのあと、週に2,3度は通っていた五日市街道の肉屋でおいしいメンチカツを買う。しばらくの間、食べ納め。35年この場所で店をやっている肉屋さん(肉屋ながら魚も野菜も売っているスペシャルな店)は、その場で揚げ物を揚げてくれて待っている間に肉はどこの部位がどの料理に適しているかいろいろ教えてくれる。揚げたてをガブリ、100円でこのうまさはなかなかない。夜、友だちが再びやって来て荷詰めを手伝ってくれる。明日は引っ越し。ガランとした2階で就寝、空っぽになった部屋は声が響く。
09.06.01

晴天。すぎ丸に乗って帰る友人を見送って、団地の知人にお借りしたNikonのD70を片手に散歩。団地内をぶらぶら歩いていたら、ぶーんと不思議な音がして空を見上げると飛行船。今どきめずらしい。その速度は飛行機とは比にならないくらい遅くて、こういうのんきな天気にぴったりのスピードであった。一眼レフは撮っていてやっぱ楽しい。
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