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私の絵や、絵画の勉強方法について私なりの考えを書いてゆきたいと思います。 絵は言葉にすることの難しい世界です。誤解されたり、間違っているとお叱りを受けることもあるかとは思いますが、絵について言葉にして考えを伝えてゆくことも、私たち絵描きの仕事なのかもしれないと思っています。 かなり独断的な部分があるかとは思いますが、どうぞお許しください。 私の絵に対する考えなど、わずかでも伝われば嬉しく思っています。 私の絵 自然主義 私は自然から感じたものを、できるだけ正直に画面上に表現するように心がけています。その点で自然主義なのです。 自然主義というと、造形要素との取り組みを後回しにしているような印象があって少し抵抗もありますが、造形要素との取り組みも疎かにしないで、この二つの両立を目指したいと思っています。 そして、日本の自然をしっかりと呼吸しながら、現代の自然主義絵画とも言えるようなものを作ってゆきたいと思っています。
私は、ほとんどの場合、野外にイーゼルを立て自然を前にして制作します。 現場で描くことによって得られる空気感は、室内の制作ではなかなか出すことのできないものです。対象に引っ張られすぎてしまうという弊害のあることも事実ですが、この空気感を大切にしたいとの思いから現場での制作を続けています。
また、私の絵は、対象の形をあまり変えることなく、ほぼ「見えたまま」に描いています。それでは写真と同じじゃないか、と思われるかもしれませんが、そうでもありません。わずかではありますが、写真とは違ってきます。 個々の形や遠近法を、画面構成に合わせて変えてゆくということも当然ありますが、全くそんな意識をせずに「見えたまま」描いても写真とはだいぶ違うものになってくるのです。
私は、「見る」ということは写真のように機械的に映像を写し取るというのとは、少し違うものだと感じています。いろいろな角度から対象を見てその空間を認識しようとしますし、日射しの暖かさや、風の匂いなど、五感のすべてを使ってその魅力を感じようとします。それらが集まって「見る」という行為につながっていると思うのです。 このように五感のすべてで自然を感じながら、私の風景を絵にしてゆきたいと思っています。
しかし、実は私が現場で描くことにはもう一つの理由があります。それは、「楽しい」ということです。 自然を前に絵を描く喜びもありますが、それと同じ位大きなものが、自然との一体感を得られるということなのです。 若い頃から、野山を歩き、景色を眺めることが好きだった私ですが、そこに座ってスケッチを始めると、風景の見え方が変わってきます。歩きながらでは気がつかなかった細部の形や色の面白さも見えてきて、自然との距離がずっと近くなってゆくのです。自然の持っているリズムと自分のリズムを合わせるような感覚が出てきて、自然との一体感が生まれてきます。 私にとってスケッチは、自然を堪能する優れたツールでもあるのです。 |
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