一年かかって届いたラブレター
インタビュー・撮影=ida 2004/12/03
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…僕らの厚木祭が終わってから2年が経った。
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1年前(2003年)の9/16、第19回厚木祭の実行委員長だった大槻氏の元に、厚木市から唐突に一本の電話がきた。
なんと第19回厚木祭で売上金の一部を寄付したことにより、厚木市から表彰される、というのである。
もちろん募金や名誉を第一目的として祭を運営してきたわけではないが、実行委員として自分たちがやってきたことがこういった形で現れるのは素直に嬉しいと思う。
今回、表彰式に出席した大槻くんと改まって話をする機会があり「表彰式のこと」「今、あの当時を振り返ってみて」などの話を聞くことが出来た。そこで、居酒屋でなんとなく話した会話を対談形式でまとめてみたいと思う。
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まず話は表彰式のことから始まる。
●――表彰式の連絡はどういう風に来たのかなあ?
大槻 まず自宅に電話がかかってきたんです、それが確か9月の16日だったかな。
●――電話があったときはどうだった?
大槻 携帯に知らない番号がかかってきて、びっくりしましたね。
その電話ではまだ正式に表彰されると決まったわけじゃなかったんですが、でも、もし表彰されるようなことがあれば嬉しいことだと思いましたよ。
●――じゃあ、そもそも表彰される経緯っていうのは…
大槻 第19回厚木祭の縁日企画――例えば焼きそばとかフランクフルト、ヨーヨーやバルーンアート――の売上げの一部を、
厚木市社会福祉協議会善意銀行っていうところに寄付したんですよね。その寄付の額が一定以上ってことで表彰されることになったんです。
●――なるほど。で、その電話の後、正式な通知が来た、と。
大槻 そうですね。手紙が来たんですよ。これ(※右写真)。
●――よくとってあったねえ。…これ、切手がすごいね(笑)。
大槻 うん、寿になってるでしょ。
●――厚木は久しぶりだったの?
大槻 久しぶりでしたね。本厚木の駅前の変化にびっくりしました。本厚木にも愛甲石田にもTUTAYAができてて。
●――ホントに!?すごいね!
大槻 式が大学3年の11月だから…本厚木に行ったのは一年ぶりぐらいでしょうかねえ。
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●――(手紙を見ながら)場所は、総合福祉センターっていうところでやったんだね。
大槻 そうそう。本厚木のバスターミナルがありますよね?あの前の建物の中。
●――服装は平服ってあるけど、どんな服で行ったのかな?
大槻 スーツにノータイで行きました。僕も平服に悩んで…。どういう人が来るのかわかんないしなあと思って。
プログラム見てもらえればわかると思いますが、すごいいっぱい受賞者の名前が書いてあって、その中から何人来るかわからないんで、
一対一で表彰されるのかとかいろんな想像しちゃって。失礼のないようにってことで新しくシャツも買いーみたいな(笑)。
●――シャツ買っちゃったんだ(笑)。結局どれぐらい来てたのかなあ?
大槻 すごいたくさん来てましたよ。会場が体育館みたいなところで。
受付済ませて……何人ぐらいいたのかな。欠席の人もいたから…120人弱だったかなあ。ちなみに厚木市長さんや県会議員の方たちも何名か出席されてました。
受賞者は結構ご高齢の方が多くて、隣のおばちゃんに「私の隣は若い子ねー、良かったわー」って言われました(笑)。
●――あはは。じゃあ一人一人もらうわけじゃないんだね。
大槻 代表で一人が賞状を受け取って。後の人は名前が呼ばれました。卒業式みたいな感じですね。
名前を呼ばれたら立って、お辞儀をしたかな。
●――そうなんだ。
大槻 そうそう、さすが福祉大会だけあって、司会の言葉とか代表者の言葉を全部書いてプロジェクターでスクリーンに写し出してるんですよ。
まるっきり一緒じゃなくて要約みたいな感じなんですけど。よく出てくる固有名詞はあらかじめ作ってあって、その場合は紙でぱっと映すんです。
●――よく読める字で早く書けるねえ。
大槻 書く人が3人ぐらいいたかな。
●――へえー、なるほど。式はそんな感じだったのかな?
大槻 大体そんな感じです。10時から11時30分までで、集合写真を撮って、お弁当をもらって帰りました。
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ここで僕たちは何か注文することにした。なんとここのメニューには「ダチョウ」の文字があり、大変気になっていたのであった。 まだ僕らはダチョウを食べたこともなく、その響きに惹かれつつも手を出しかねていた。
大槻 なんか頼む?
●――…ダチョウ頼んでみようかな。
大槻 鍋もいいよねえ。
●――おー、鍋いいよねえ!あえてここでダチョウに走らなくてもいいよね。
大槻両方頼むっていう選択肢もあるよ。
●――!!
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そして話は厚木祭の話に移っていく。
大槻 でも、よく思うのが、相模原祭(※注 厚木キャンパスが相模原に移転し、現在は相模原祭が開かれている。2004年で第2回を迎えた)で去年と今年やって、――今年は台風で一日中止になっちゃったけど――来場者数にも表れているけど、確実に進化しているわけだよね。まあ来場者数もそうだし、企画の内容にしてもそうだし、規模が大きくなっているなあっていうのは見てわかる。他の大学の文化祭も派手なのがあって。それをうらやましいと思うことはあるけど、なんだろうな、でもやっぱり僕は厚木祭の雰囲気が好きだよ。
●――そうかあ。
大槻 だって精一杯やったもんって思うから…全然悔いはないんですよね。
●――夏休みは、学生が全然いないキャンパスに毎日のように集まったりしたもんね。
大槻 冷房が効いてない部室で、みんなで汗だくで作業をしたり。
●――そうそう。古い扇風機で頑張ったもんねえ。
大槻 本祭の前にみんなで円陣を組んだのもいい思い出です。
●――あれはいつだったっけ?
大槻 本祭のちょうど一週間前だったのかな、みんなで気合を入れようってことで円陣を組んだんですよね。
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そこへ例のダチョウが運ばれてきた。
●――ダチョウ、写真撮ろっか!
大槻 僕も携帯で撮ろう。…でもなんかすごい田舎もんじゃない?なんかダチョウごときでお前何って…
●――ダチョウは…もう田舎もんとかそういう次元を超越してるんだよ。
大槻 ダチョウを撮る男たち。
●――にんにくをつけるんだね。
大槻 ちょっとあぶってるのかなあ?元からこんな色かなあ?臭みはないね。
●――(食べてみて)どう?
大槻 うーん。
●――なんていうか、鶏肉の味ってわけでもないよね。鴨肉みたいな感じ。
大槻 思ったより、普通だよね。
●――でもさ、心の中では、ダチョウ食べちゃってるなあって感じで。
大槻 ダチョウが食えるんだって感じだよね。
にわかにダチョウで盛り上がる男たち。
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最後に…。
また一年が過ぎようとしています。本当に時間の過ぎるのは早いです。
もちろん厚木祭がなくなってからも日々、素敵な思い出ができています。しかし、最近とみに自分たちが厚木祭実行委員として活動していたのがひどく昔のことのように感じられ、そしてそれを懐かしく思うのは、僕が今年度をもって長い学生生活を卒業するという節目にいるからかもしれません。祭が終わった後、表彰式という形で自分たちがやってきたことを思い出さしてくれる出来事があり嬉しく思います。一生懸命やってきて良かった、と今、当時を思い出してみて思います。
このページの題名ですが、表彰式の手紙が届いたときの大槻くんの「一年かかって届いたラブレターみたいだよ」という言葉からつけさせていただきました。取材に協力してくれた大槻くん、ありがとうございました。。
そしてすべての厚木祭実行委員の皆様に感謝を込めて。
文章=2005年2月2日 第18〜19回厚木祭実行委員 ida