陰謀についての解釈と議論

陰謀についての姿勢

BCLというページでは、その特性上数多くの陰謀を暴かなくてはならない。そのため、私AWAGAKI独自の調査もさることながら、皆様からの信頼の置ける情報提供も受け付けている。我々の活動によって社会的な悪を一掃し、より健全で安定した世界になればよいと切に願っている。 私AWAGAKIと数多くの情報提供者によって、このページでは幾多もの陰謀を社会に暴露してきた。その行為自体は崇高で、自己を省みず人間として徳の高いものだ。しかし、事実を公開したばかりに生活を脅かされ、職を追われ、果てはその貴重な生命までをも失ってしまった同志もいるのだ。彼らの死を無駄にしないためにも、ひいては命と同等の価値をもつ「真実」を、このページでは未来永劫、追求していきたい。

陰謀の発生とその起源

陰謀は、太古の昔から存在した。その多くは、謀殺、暗殺といったある程度計画的で表出する陰謀である。これらは主に宮廷・王族といった支配者階級で行われた行為である。さらには憎悪、嫉妬、金銭欲などの人間的感情がかなり明確に現れ、太古の陰謀というものの陰湿さを少しは軽減させている。また、専制国家などでの支配層はかなり狭い地域で行われてきたものなので、その全貌の把握が未来の歴史学者の手に余らない。

企業の陰謀と今昔

次に、近代の陰謀に目を向けてみよう。近代陰謀の特徴は資本主義にある。国家と企業の共同体制で陰謀が発生し醸成されてきたといっても過言ではない。国家の政府と企業は、大多数の国民の支配層となり、金銭的に国民を押さえつけ、彼ら支配層の確立と保護のためだけに行動している。政治は昔から腐敗するものだと言われつづけているし、企業もまた然りだ。巨大化し、資本を十二分につけた企業はまるで過去の「皇帝」や「国王」といったわけの分からない動向を示す。それは確実に強きもののおごりであり、肥え太った組織は腐って腐臭を放つのみである。その悪臭が限界に達するか田舎のところでごみためである政治と仲良く手を結び、おのずと陰謀が生み出されていくのである。もちろん、無知蒙昧な民衆をだまし搾取し、嘘の情報を叩き込むための陰謀である。

企業性陰謀の有害性

さて、企業での陰謀は、利益追求という資本主義の姿勢と、企業の特異的な閉鎖性によって生まれる。それは、技術、経営内容、人事など特定的な企業秘密の漏洩を防ぐという観点から見れば理解できる。とある会社・企業が成り立つのは、その経営内容がある程度社会にわかっていないということ、企業を支配している人間の資本が分散されて、会社を乗っ取られないようにしていること、その企業独自の技術があること、特に、サービス系ではなく作製系の企業ではその傾向が顕著であること、これらの要因からである。一昔前の半導体技術のように、いくら技術をもった企業でもその技術を他者に真似されれば潰れはしないまでもシェアを奪われることは必至である。それでも業界内でシェアを獲得するには、製品の品質を高水準に保つという正攻法で消費者にも歓迎される手法か、それとも立法が追いつかないほど多様化する企業間で、血で血を洗う陰謀やら何やらを繰り広げるのみである。

ここに来て、陰謀は人間の感情というものを払拭した。宮廷や王族といった、血族的である程度人間的な陰謀は姿を消し、残ったのは資本主義というレールで走らされた、組織的で無味乾燥で、それでいて実態の把握が容易ではない機械的な陰謀ばかりである。それは、時代が進むと共に、一人の人間が取り扱える情報の量が増え、組織も巨大あるいは冗長なものとなり、組織全体を知っているのはごく一部のピラミッドの頂上だけで、末端の構成員はその内実を全く知らないのである。よって、ごく普通に職を得て生活を送っている一般市民でも、その陰謀の一部をになっているということにもなりかねないである。ここに現代社会のひずみ、悪辣さがある。また、企業はそれ独自の判断基準、つまり国家の法のような決め事が少なからずある。これは法律ではなく、一般人間は遵守しなくていいが、社員にとっては命と同じくらい大事だ、と洗脳させるものである。この時点で最早陰謀くさいが、このくらいは日常茶飯事だ。法の内と外を上手くかいくぐって、企業やそれと連携を取る政府という組織は、名実ともにそれ自体が巨大な陰謀発生所なのである。

近代陰謀の源流は間違いなくアメリカにある。一番の陰謀的・国家的機密というのがそれで、多くはUFOに関する情報である。これは一時期流行し、一時期再燃し、そして今では国家公認の陰謀・機密となっている事実のような噂である。ここで、我々はエリア51やロズウェル、簡単に言うと冷戦下での非常に緊迫した状況を思い浮かべるだろう。世界の枢軸が二手に分かれ、そして核戦争直前の段階まで達したとなると、そうまるで歴史というのは安っぽい娯楽小説の観を呈していることになる。冷戦下で一番発達したのは科学でも技術でもなく、人間があらかじめもつ陰謀・策略の類である。要するに、人間が腐敗し、脳みそは国家維持だけで埋め尽くされ、飽和し堅くなった頭で生み出された幻想である。

また、近代の陰謀は数多くの噂で埋め尽くされ、あるいは政府がある効果を狙って意図的に陰謀の噂を流しているのではなかろうかという陰謀でさえあるのだから、もうどうしようもない。そして国家的機密と陰謀の垣根がかなり取り払われ、その両者は仲良く核融合を起こし、企業といった巨大組織の協力もあって、都市伝説の中核を成すに至っている。

さらに、戦争という人間の暗部も見逃してはならない。ここでは、平常時では陰謀に間違いなく属するものが、一個人の独断専行で白昼堂々と行われているのだから。第一次・第二次世界大戦などはその格好の例である。この戦争がいかに悲惨で無謀で、その後の欧州をいかに決め付けたかは衆知のとおりであろう。第一次世界大戦で堂々とおこわなれた残虐行為、それは近代兵器の登場であった。まぎれなく、この戦争はこれ以後の戦争の形態を一変させたのである。知恵と知恵、勇敢な名将、策略あふれる参謀といったものは登場せず、ただ人間はデータとして扱われ、その位置は明確となり、心理的な高揚感すら奪われ、人間と人間が殺しあっても良いという一種のカタルシスをも奪った、非人間的な現象であった。

歴史と陰謀

ここでは陰謀について一般論を引き出そうという趣旨は無い。ただ、陰謀を暴露しそれを無知な民衆に知ってもらおうという場所である。そして、歴史と陰謀を切り離して考えることは不可能であり、前後の文脈や経済的観点からもやはり、陰謀そのもののカテゴリ分けなどは出来ないのである。歴史と経済に沿った陰謀が発生し、それを歴史の当事者である我々は体感し、後世に向け記録してゆかなくてはならないのだ。

現代での陰謀、都市伝説

日本での陰謀を見てみると、冷戦・バブル期などとは比べなら無いほど、現実感が喪失している。それは、巨大な事件、企業がらみの陰謀があまりにも甚大な被害を起こしたせいだ。

それらの事件というのは、歴史と経済からとは切り離して考えてはいけない。2002年2月現在の事件というのは、その大部分を人間的欠損・モラルハザードというものに拠っている。これは国家が経済的に圧迫され人民に教育の余裕が無くなり、結果倫理的に欠陥のある人間が大量生産され、それを止める人間も少なくなったからである。資源の少ない日本という国は、高度な教育によってその頭脳を売り物にすべきであって、間違っても痴呆や白痴に近い人間を数多く生み出すべきではないのである。これを破ったのがバブル経済であり、そのツケが今まさに回ってこようという時代なのだ。日本は歴史的にみて中国の属国のような扱いであり、中国を中心とする秩序の中に存在してきた、といっても良い。

あるいは、ヨーロッパでのイギリスといった立場だろうか。イギリスはヨーロッパの中で、近代国家まで発展し産業革命をおこした国でもある。その前に、植民地を数限りなく増やし、それを資本主義で組織化し、巨大な富を築いたということを忘れてはならない。

日本が中国から内国の方に目を向け、政府を独自に立案し運営したのが江戸時代である。この政府は中国からの思想が少なからず入っていると予想されるが、200年ほども安定期が続いた強靭な組織であることは間違いなく、歴史が証明している。それは国民の管理システムが同時代の他国家に比べ高水準であり、さらには外交手腕として「鎖国」を取ったところにある。17世紀のヨーロッパ宗教、それはキリスト教であり、かの有名で犯罪的なピサロなどを生み出した狂信者集団とも言うべき危険団体である。これにまかれて文化を失ったのはアステカであるが、日本は国際的な観点から狂信者集団であるキリスト教を弾圧したのである。その当時は陰謀という大々的なものはむしろ日常であり、殺人すらも日常であり、幕府開設当時は戦乱後であったから、陰謀の終着地である人間の死というものがよほど身近であった。

江戸時代の経済は、200年にわたって安定していたとしか言い様が無く、それが所々綻びるのは天災・飢饉のためである。モラルハザードに代表されるような、個人的な見解から経済バランスが崩れるなどとは考え様も無いし、それほど巨大な組織も無く、経済単位も国ではなく藩単位で行っていたからであろう。また、将軍が暗殺された、謀殺されたという人物はいない。これは、いかに優秀な官僚が幕府で補佐にあたっていたかの証左でもある。あるいは、陰謀の隠蔽が比較的上手いという推測も成り立つ。

崩壊への陰謀

現代日本は、研究し分析するまでも無くその未来はある程度予測できる。衰退である。アルゼンチンの国家破綻に続き、バブル崩壊後経済価値が一挙に下がった日本は、もはや先の見えた社会である、と断定できる。モラルハザードは、まずは個人から現れる。猟奇・快楽殺人等の犯罪が増えると危険である。そういう類の犯罪は間違いなく人間の縮図である。潜在的な危険人物が平穏そうな仮面をかぶって密かに生活しているのである。そのような人種が増えて社会に浸透すると、後に来るのは企業の腐敗と衰退である。これは、政府・企業・政府機関などに顕著な傾向である。後に何度も述べるが、企業の起こした公害というのはそれだけで陰謀性を帯びた。日本初の公害といわれる足尾銅山公害事件などがその例だ。公害は本当に悲惨で、それは人間の生死と直接関わるものが多いからだ。不具になってしまったり、奇形児が生まれたりとその罪は重い。特に重金属に関する公害と薬害は、近代日本のみならず近代全般にいえる企業の過失である。その最初で大きなものがベトナム戦争で使われた枯葉剤であり、サリドマイドである。畸形というだけで陰謀めいた印象を与える。それは、政府と企業が手を組んで人間改造やら人間複製やらの研究をしているという都市伝説に基づくものだ。

政府と陰謀

現代の日本、特に戦後の陰謀や企業過失、政府のもみ消しは後を絶えない。政治家の汚職は、陰謀によって現れるものなので、どうしようもない。金銭的に搾取する類の陰謀は、人命が損なわれないだけまだマシというものだが、企業の関連する陰謀・事件というのは人間社会に密着し生活の一部となり、簡単に人間の生命を奪ってしまう性質だといえる。医療機器、薬品、乗用車などがその例であり、医療機器の欠陥は即座に人命に関わる。乗用車の欠陥も間違いなく人命を損ねる。また、プラントなど巨大プロジェクトの破綻は大量虐殺の性質を帯び、それはチェルノブイリであり、近くは東海村での被爆事件である。これは、先端技術に敬意を払わず、恐ろしさも知らず、ただ利益を優先させただけの、微視的観点しか持たない矮小な人間が起こした事件である。70年代、日航航空機が落ちたが、それはその場限り、ごく一部の人間の精神破綻によるものである。本当のモラルハザードとは、社会的・倫理的・人間的にどう見ても良心の呵責を引き起こすことが、一度のみならず幾度も、一人ではなく組織的に行われ、外部監査も入らずに不正と呼ばれるような行為が繰り返されることである。

経済と陰謀のモラル

日本経済が破綻するかそれ以前から、モラルハザードはあった。それが一気に噴出していったのは1990年代であり、混沌に叩き込んだのが新世紀に入ってからである。誠によろしくない始まり方をしたものだ。今2002年の日本は経済的に末期であり、江戸時代のように有望な人物の教育に失敗しているという状況だ。あるいは技術的に韓国に押され、いつのまにか半導体市場は奪われている。さらに国内は人的被害の嵐で、これが本当の現実か、実は陰謀だったのではと勘繰りたくなるような事実が目白押しである。記憶に新しいのはエイズ・血友病でのミドリ十字、狂牛病で大失態を犯し、2002年2月21日に廃業が決定した雪印食品などがある。あるいは角膜移植でのヤコブ病問題、先ほど紹介した東海村被爆事件、放射能関連で言うと「もんじゅ」などの失敗(これは「むつ」とあわせて、失敗させるような陰謀があったとの事)、やはり失敗したH2ロケット(これも然り)など、巨大プロジェクトの影には陰謀が蠢いているのである。

最後に

これらを事実として一方的に断定するのはいささか危険で偏見に満ちており、行き過ぎると思い込み、悪くて電波系と呼称されることであろう。あるいは、宗教がらみのたくらみや政治団体からの抹殺を受けるかも知れない。相当のバッシング・批判、妨害を受けても、これらの社会的見地から陰謀を暴き公開することは、ひいては自分の防衛のため、あるいは自分が歴史を紡ぐものの一人としての自覚を目覚めさせるためである。

命と真実、どちらが大切かと問われれば、誰もが返答に窮するだろう。しかし、真実はその貴重な生命を守り、人間としての尊厳を保つ唯一の基準であることを忘れてはいけない。そして、BCLは真実の追究に生命を懸ける人間の最後の砦であることを、私AWAGAKIは宣言しよう。

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© 2003 Bubble Child Laboratory