現在の国家統治方法について

結論

アメリカにおける大統領制は、擬似独裁者を選出している。 この問題を考えるにあたって、以下の項目の考察が必要である。

  1. 国家の規定
  2. 統治の方法
  3. 独裁者の規定

国家とは何か?

国家とは人間がよりよく暮らすための運営基盤である。

歴史にみる国家統治の方法

一人の人間により、国家が統一されるのが望ましい。 言語族、文化、風習を一身で具現する個人が国家の代表となるべきである。

人間社会は一人のカリスマをもつ人物によって統治されてきた時代が長い。いわゆる部族長、国王、皇帝、総統、元首などがその例である。このような政治的指導者を挙げれば、歴史は彼らの名前で埋め尽くされる。精神的指導者おもに宗教関連の指導者も、得てして国家を牽引するに耐える人格を備える。国家統一の思想と宗教的思想の区別は、発展した近代国家では可能であるが、第二次世界大戦前ほどには、その区別が難儀である国家が多かった。国家の興亡と密接に関係したのが、戦争を含む一連の経済活動である。

また、戦争結果を残そうと人間が腐心して創出したのが、一般に言う「歴史」である。ローマの例をとると、そこには皇帝などと呼ばれる一種の治世者が存在した。また、古代中国ともなれば英雄と呼ばれる人間の数は膨大であり、ありとあらゆる書物が彼らの軍事的行動や政治的行動を残している。チベットを治めるのは間違いなくダライ・ダマである。これは血縁ではなく、一種の宗教的選考から次代のダライ・ダマが決定されるのである。一方バチカンに鎮座するのはローマ教皇である。両者ともその国土は限りなく小さいが、世界史においては一、二を争うほど重要な「聖地」である。イスラム世界では、宗教と生活が密接している。イスラム世界の生活方法が記された経典は今でも存在し、さらに驚くべきことに、21世紀を迎えた現在でもその様式・方法にのっとった生活がなされている。明確な指導者は現代に生存しないが、マホメットという一身にそのカリスマ性が付与されているのは明らかなことである。

共産主義、社会主義、赤などと資本主義社会から蔑視され敵対の対象となった社会も、例外ではない。ソビエト連邦は崩壊したものの、かつての連邦は第一書記なる人間にカリスマを与え、国家の統一に当たらせた。俗に言うレーニンやスターリンという人物などである。現在で存在している共産主義国は少ないが、中国もやはり一人のカリスマに国家統治の任を与えているし、例の北朝鮮はもっと分かりやすく、無口でめがねをかけてもじゃもじゃ頭の、どこをどうみても人心が傾かないような不肖の人間を当たらせている。

遠く異郷を眺めれば、中世欧州などでは国王がそれを担っていたはずである。それが崩壊し始めるフランス革命当時でも、やはり革命派の主導者が国家を代表していたのである。フランス革命後のフランスは、なにやら怪しげな男を輩出し、それが皇帝となるまで長い時間を要しなかったことから、よほど人間は武力を有した戦争馬鹿が好きであるに違いない。

この顕著な例は、20世紀中盤に出現する。例のアドルフという妄想者である。彼は間違いなく先人を模倣し、それもロシアと厳寒期に戦闘するという負の模倣まで行い、かの有名な第三帝国の総統となり得たのである。アドルフを生んだ時代背景は明らかに混乱し狂っていたが、それは現在21世紀に住まう我々からの視点である。1920年ころは、何しろ禁酒法ができるほど、人間の精神は荒廃していたのだ。また、カリブ海に浮かぶ小さな島の巨人、カストリだかスカトロだかカストロだか、とにかく間違えやすい名称を与えられた人物もやはり社会主義国のカリスマであった。

このように見れば、いかに人類という集合が国政を一人の人間に任せていたかが理解できる。これは人間がもっともよく好んで使う、一種の常套手段であったようだ。

もっと言えば、一人の治世者に国政を代表させるという思考法は、戦争行為とともに発展したように思われる。つまり、国王や皇帝や総統などを必要とする社会は、戦争の真っ只中にあったのだ。先進国による戦争がおよそ終結し、そのような皇帝・総統を必要としなくなっても、人間社会はまだまだ国家を代表してくれる人物を求めた。そのほうが国家の意味が容易に理解できるからであろう。これらの問題を解決したように見えるのが、今問題としているアメリカ大統領制である。

独裁者の規定

独裁者とは、国家という民衆の管理機関においてその権力を一身で具現する、たった一名の個人を指す。独裁者を規定するには法律的観念から述べたり、群集心理的な側面から分析することが可能である。ここでは、人間の集合体である群集が、いかにして独裁者を望むかを述べる。

歴史上のいかなる独裁者も、当初は法律な手続きに従って登場してきた。これは独裁者の一つの特質である。また、独裁者は自ら進んで、当時の法律の網を通り抜け、治世の壇に上がったのである。さらに、それに迎合するように民衆をうまく説得したのである。

back to index page.
© 2003 Bubble Child Laboratory