日本文学論 夢野久作 I ドグラ・マグラ I

「ドグラ・マグラ」と夢野久作についての短い序論


胎児よ
胎児よ
なぜ躍る
母親の心がわかって
おそろしいのか

本論では、日本を代表する作家夢野久作の代表作「ドグラ・マグラ」の構造解析を行う。まず断っておくが、この論評は「ドグラ・マグラ」を未読の人間は決して読んではいけない。それまでにその物語の構成は緻密で循環的でもあり、かつ、とても1900年代初頭に着想されたとは思えないほどの論理的非整合性をかね合わせた複合的な思想であるからだ。この「ドグラ・マグラ」は、「家畜人ヤプー」と並び日本三大奇書と賞される。両著も、そのもてあましたほどの破壊力を、読者という一介の人間の頭脳に対して用いているという、生きたまま体験可能な悪夢である。このような理由で、「ドグラ・マグラ」を未読の人間(国籍問わず)は、決してこの論評を軽々しく読んではならないのである。
また、本論は夢野久作の著作については扱うが、彼自身はあまり扱わない予定である。しかしこれであると論評の焦点が著しくぼやけてしまうので、簡単に著者である夢野久作の説明をも行う。

「ドグラ・マグラ」のメタ的構成

「ドグラ・マグラ」の魅力は、まずその物語の構造に存在している。物語の中に物語が位置し、それを縦横無尽に活用している点である。この構造は、今日「メタ構造」などと呼ばれている。物語全般を詳しくみれば他にも撞着的であり矛盾が数多く含まれ、循環的であり物語が結末を迎えるにもかかわらず、元の冒頭に帰着するという天外な運びにも、やはり常人ではおよびつかない構成力を感じさせるのである。
「ドグラ・マグラ」を物語的な論点から眺めれば、それは久作の代表的な著作である「あやかしの鼓」にその情緒的・構成的な類似点が見受けられるであろう。「ドグラ・マグラ」は、わたしという存在を中心に進むが、その中心人物たるやその話題の中心である『わたし』ではなく、メタ的な主人公である「呉一郎」を語る一種の叙事詩なのだ。
まず「ドグラ・マグラ」の深遠な循環性を感じさせるのは、物語の冒頭といっていい箇所に存在する。主人公である「わたし」が、九州帝国大学法医学教授医学部長若林鏡太郎に連れられ、前医学部長である正木敬之の部屋に入った時である。正木敬之の蒐集した、医学標本が山と置かれている、標本室である。その膨大な、「ミジメな、痛々しい」標本に混ざり、一種異様な物体、すなわち『ドグラ・マグラ』が置かれているのである。
そこでは、若林の言葉を借りて『ドグラ・マグラ』の物語内部において、ドグラ・マグラの詳細な概要の大略をおおむね説明しているのである。それによって、最早読者は久作の演出する巨大な迷宮に入り込んだも当然である。この箇所こそ、「ドグラ・マグラ」の方向性を決定付ける重要な部分である。よって、物語のメタ性が発現するこのくだりは、物語において無視すべからぬ意味を持つのである。
しかし、暗喩的な構成が物語りに意味を持たせることが出来る例というのは、世界の文学史上においてもまれに見るものである。一番良い例を挙げれば、スタニスワフ・レムの「完全な真空」である。が、これは階層の低いメタを含む物語であり、作品全体から発現するメタ性も低い。というのは、回想が複雑に絡まっておらず、劇中劇も全く見えてこないからである。これについては、別の機会において解析する。
話を元に戻すと、日本文学史上、あるいは世界の文学においても、これ以上のメタ性を持った物語は存在しないということがわかるのである。というのは、久作の演出する、登場人物の簡潔で明瞭な物言いにこの物語の特徴の一片があるからである。若林、正木両教授の、主人公に対する発言は、説明から全てにおいて、いかなる場面でも断定的であり、主人公あるいは読み手を圧迫する。大量に難解な熟語を用い、理解の妨げとなるように、あるいは読者・物語の主人公を混乱させるように、いかようにも解釈可能な言動を繰り返すのである。
この記述を手始めとして、「ドグラ・マグラ」には多種多様の幻惑的記述手法が用いられることとなる。この手法の完成された形こそが、「ドグラ・マグラ」といえよう。
また、作品全体に散りばめられている、「明確な」メタ構造とは、以下のものがある。一つは「キチガイ地獄外道祭文」である。これは正木敬之が扮した坊主によって全国各地で謳われたものであり、その内容は現在の精神病院および精神医学者に対する激しい弾劾と、その改善を求めた「狂人の開放治療」の概要を伝える文句である。
この文書を初めて目にする主人公は、その前に幾種類かの文章を見せられる。それは「キチガイ地獄外道祭文」、新聞記事「地球表面は狂人の一大開放治療場」、同様に新聞記事「絶対探偵小説 脳髄は物を考えるところに非ず =正木博士の学位論文=」、そして一番物々しい文章でありこの「ドグラ・マグラ」の思想の中核をなす「胎児の夢」である。その直後に、正木敬之の死を示す文章である「空前絶後の遺言書」と続き、読者あるいは主人公はこの過度に演出された物語の中に引きずり込まれるのである。
先ほど言及したように、この物語は先に「あやかしの鼓」を読んでおいたほうが、その理解により一層の明快さが加わる。というのは、この「ドグラ・マグラ」は、後半に移ると精神的・複雑的観点から話が本題に注目され、夢野久作が得意とする因縁絡みの展開を見せてくるのである。先に示した「あやかしの鼓」なる著作は、先祖が作成したいわくありげの鼓に翻弄される人間像を、主人公を中心として描いた物語であり、この「ドグラ・マグラ」も同等の構成を後半部において鮮やかに発揮しているのである。この観点から見ると、特殊ないわれがある事物を中心に物語が進んでいくという手法は、夢野久作の十八番であり、彼の最も得意とする手法であったに違いない。
さて、ここで正木敬之の遺した文章を解析すると、新聞記事「絶対探偵小説 脳髄は物を考えるところに非ず =正木博士の学位論文=」(以下「絶対探偵小説」とする)が一番難解である。この理由は、階層の深さと、階層の深い部分でその内容が本文とリンクしているところにある。「絶対探偵小説」は、「ドグラ・マグラ」の思想面には欠かせない部分であり、メタ性、循環性を示す好例でもある。循環性からいえば、物語の結末が冒頭に継続してゆくというのも一種の循環である。しかしそれだけでは久作の文章家としての本能は満足せず、物語に階層をつけて、その深部が上層を予感させるものとしている。これが、メタ性・劇中劇の中に含まれる循環性である。
先の「地球表面は狂人の一大開放治療場」は、「キチガイ地獄外道祭文」の内容補足であるから理解は容易である。しかし「絶対探偵小説」なる、「ドグラ・マグラ」中の内部文書はその構成からして只者ではなく、「ドグラ・マグラ」の深淵を垣間見るような論理的不整合をもって我々に迫ってくるのである。このトリックの手順としては、まず記者の取材ということで正木敬之が独白じみた述懐を始めるところに端を発する。そして全貌の見え出す、いわば輪郭だけの探偵小説が展開されてゆくのである。この手法は、先に述べたスタニスワフ・レムの「完全な真空」に似ている。レムの「完全な真空」とは、存在しない書物の書評という、難解なメタ的要素を多分に含み、それを一個の文学として成立させている名著だからである。

物語中間での入れ子構造

「家畜人ヤプー」が敗戦後、特に西洋人の捕虜となったときの体験を基に着想され、むしろその経験の正当化し、自己の精神的保身を行うためにSFという体裁を借りて著されたのに対して、「ドグラ・マグラ」は夢野久作がまさしく脳髄対脳髄の決闘を幾度となく行って完成されたという事実を看取ることは不思議ではない。日本的な物語の展開を除けば、論理面から眺望してもこの作品は時代・国籍を超えて普遍的な要素が含まれていることに気づく。これこそ日本三大奇書のひとつとして数えられる要因でもあり、昭和十年、すなわち1935年から今に至ってもその光芒を失わない理由なのである。
「絶対探偵小説」なる文書の冒頭で、正木敬之が着想し、構想もすでに終えているという探偵小説を記者、あるいは読者の眼前に展開してゆく様は、一種の快感を覚える。これは、実際に存在しない空想上の物体が目の前に構築されてゆくという、不可思議な体験を以ってして理解可能な快感である。文章の階層的にも我々は困惑するのだが、無存在を存在に変えてゆくという手法は、現在でこそ認知された文章構成であるが、1935年にそれが行われていたという事実を考え、「ドグラ・マグラ」を再び見直すと、非常に興味深い。正木敬之の構想する探偵小説は、さらに「ドグラ・マグラ」の複雑な稜線に絡み合う。この探偵小説で述べられている思想とは、「ドグラ・マグラ」中には存在しない「脳髄論」の内容を的確に示しているというのだ。そして、この新聞記事「絶対探偵小説」のなかで正木敬之がその探偵小説を賞するに、先に若林鏡太郎が「ドグラ・マグラ」の説明を行ったときと同等の発言をしている。この時点で、読者は二重三重に張り巡らされた迷宮の罠にかかり、軽い既視感に襲われる。読者に、現在読者が読んでいる物語の階層をぼかすという点で、早くも「ドグラ・マグラ」はその錯覚演出に成功しているのである。
「絶対探偵小説」の主人公は、「アンポンタン・ポカン」氏である。彼は、正木敬之は実際に名指しはしていないが、「ドグラ・マグラ」の主人公と全くそっくりであり、あまつさえ彼と断定するような物言いをしている。ここでもやはり、物語と虚構の境界が上手にぼやけ、読者を更なる困難の深淵に追いやっているのである。そして、物語「ドグラ・マグラ」は彼アンポンタン・ポカンの「演説」に、いつの間にか一人称に置き換わって流れが移行してゆくのである。
ここでの主題は、「脳髄は物を考える処である」という現在化学の潮流を批判し、さらには類推を進めて「脳髄は物を考える処に非ず」という結論を導くことである。物を考えるのは人体が有する一つ一つの細胞であり、脳はその交換機に過ぎない、と彼は結論する。恐ろしいことに、この結論こそが「ドグラ・マグラ」の物語展開の中枢と雰囲気を担う重要な思想なのだ。「脳髄は物を考える処に非ず」という結論こそ、「ドグラ・マグラ」を構成している不可欠の柱といえよう。もしこの着想がなければ、心理遺伝という重要な構成要素を「ドグラ・マグラ」は欠き、「ドグラ・マグラ」そのものが成立しなかったであろう。よって、「絶対探偵小説」は「ドグラ・マグラ」の、あるいは夢野久作の根幹を担う部分なのである。このように、一見無関係に見えるこれらの文章が複雑怪奇に絡まりあい、しかもそれらが相互に影響しあっているという点を見れば、いかに「ドグラ・マグラ」が奇書と呼ばれるに値するかがわかるだろう。
そして、ポカン氏の演説の中で提唱されている「脳髄局、ポカン式反射交感事務、加入規約」なるものは、「絶対探偵小説」のまとめであり、「ドグラ・マグラ」の結末に関する一種の回答あるいは謎解きである。
しかも、ポカン氏の演説が進むにつれ、話し手であるはずの正木敬之が演説中に登場するのも、階層をあやふやにすることに一役買っている。ポカン氏がいう彼、「正木キチガイ博士」は、自分(アンポンタン・ポカン)の主張をそのままそっくり喋っているのだという。その講義内容は特に長い鍵括弧で示され、「絶対探偵小説」の内容を学術的に難解にそして容易に理解可能なように喋っているのである。そして、この講義の内部においても、やはりアンポンタン・ポカンに対する言及が行われおり、一つ下の階層が上に突出するような錯覚に、読者は陥るのである。
ポカン氏は激昂して街頭に(正木敬之が言うには、本人がそう思って病室の中で)飛び出し、演説を行うのである。以上が正木敬之のいう「絶対探偵小説」の全貌であり、次の「胎児の夢」、細胞の記憶・心理遺伝に関わる重要な項目を、なるべく平易に、それと判らないような体裁を借りて言及しているのである。しかもこれらは、後半に激しくメタ的に動き始める物語の、本の序章でしかないことを、読者は知るであろう。そもそも、「ドグラ・マグラ」の本当の物語そのものは九州帝国大学のただ一室で展開されているにも等しいのだから。それが時間・空間的な広がりをもって我々の前に巨大な幻影を見せているのは、ひとえに夢野久作のストーリーテラーとしての才能であろう。
一言で言うと、「胎児の夢」とは生物が経験してきた、壮絶な苦労と恐怖を伴う進化の過程を夢で見る、という内容である。さらに負荷すれば、ごく近い人間の先祖が体験した内容も、ついでに夢に見るということである。
重ね重ねいうが、これもやはり夢野久作が用意周到に配置した、奇術の断片でしかない。後に説明される空前絶後の犯罪を解説するための、舞台装置の一つでしかないと読者は気づかされ、それと同時にこれもやはり「ドグラ・マグラ」を介して見ることの出来る幻影のうちの一つでもあると認識できるのだ。これほど緻密に構成され、論理的にも文章的にも相互に影響しあっている物語というのは、古今東西類を見ない。やはり「家畜人ヤプー」と並んで日本三大奇書に目される物語である。
ここで「胎児の夢」なる学位論文は、やはり正木敬之の論文「脳髄論」の逆定理、であると言及されている。「ドグラ・マグラ」においては、あまりにも複雑難解な「脳髄論」の本文を見ることは出来ないが、ありとあらゆるところで「脳髄論」が登場し、あたかもそれが物語中実在しているのかと思わせる。
しかして物語は進み、昨日死去したと言われる正木敬之の遺書が登場する。しかもこの時点で、巨大なトリックが仕掛けられていると言うことに読者は気づくはずもない。なぜなら、その虚構の巨大さに目がくらみまさしく堂々巡りのような状態に、すでに陥っているからである。この浮遊感ないしは瞠目感というのは、先の「絶対探偵小説」から演出された奇煙の残り香であり、その幻覚を追っているので錯覚が生じるのである。
そもそも読者あるいは「ドグラ・マグラ」の主人公たる存在には正木敬之の自殺の動機などまだ一切は明らかにされておらず、その点においても正木敬之の遺書と言う一風変わった文章が出てくること、あるいは標本室で渡された四つの文章のほかにこの遺書が登場することに、戸惑いを感じるのである。しかもこの「空前絶後の遺言書」なる文章も、やはり遺書と言う観点からいえばその概念に程遠く、時間空間を超えて物語を進行させるのである。

「空前絶後の遺言書」について

「空前絶後の遺言書」は、まず正木敬之の主催した開放治療場の描写から始まる。そこにおいて都合十人の精神病患者、いわゆるキチガイの説明が詳しくなされ、特に心理遺伝についてはより深部まで解釈するのである。ここではさらに階層を一つ下げ、それら狂人の解説に「天然色、浮き出し、発声映画」を用いているのである。遺言書の内部にこのような階層を設けることは常人では及びも就かず、また成功するかもわからない。さらに混乱を誘うのは、そのスクリーン上、映画において遺言書を書いているはずの正木敬之その人が登場する点であろう。これには階層をよりぼかすという効果のほかに、死んでいると言われた人間が登場すると言う独特の効果をもたらすのである。そして階層の切れ目にわざわざ【説明者喪失】と入れているのにも、やはり目くらましの効果がある。この階層の受け渡しが、果たして「遺言書を書いている正木敬之」であるか、「スクリーン上に写った正木敬之」であるかの判断が出来かねず、そこにも混沌とした整合性をもたらすのである。
スクリーン上の正木敬之はその屈折した物語の階層の内部で、先に質問のあった心理遺伝について長々と説明を続ける。この内容は、先の「胎児の夢」をさらに拡大して応用したような実例がいくつか出てきているものである。としても、これはスクリーンに映った十人の狂人の説明なので、心理遺伝なる概念がよりわかりやすく解説されているのである。そこで登場するのは、「先祖が見てはいけないと言った掛け軸を見た」「抜いてはいけないといましめられている宝刀を抜いた」などという、伝奇的な現象に言が及んでいるのである。さらには、そのような事物の暗示により、人間の精神が不安定となり犯罪へと走る、ということも仄めかす。この部分は次第に核心に迫り、あるいは久作の得意とする血縁者の因縁というモチーフをより前駆的な形で持ち上げるための、重要な輪郭でもあるのだ。
その独白に似た説明の中で登場するのが、若林鏡太郎博士の『精神科学応用の犯罪とその証拠』という草稿である。これはカタカナ混じりの古めかしい文体であるが、これも夢野久作のもつ人物書き分けの手法であるかも知れない。文体と言えば、芥川龍之介は様々な文体を駆使したことだけでも数多くの研究がなされている。が、芥川が追求したのは精神的な面であったので、特に文体などにはこだわらなくとも、充分に心理の深淵を描き出すことに成功したのだ。逆に夢野久作においては、その文体は一目見れば誰もが了解できるほどである。その一番の特徴としては、カタカナの多様である。この記号の用法により、久作の文章はそれだけでは堅苦しいものの、カタカナにより人を馬鹿にしたような、軽薄な印象を与えることに成功しているのである。あるいは、おそらく久作の持つ詩的な観点と心理動向の推察から、ある一定の語句をカタカナにしたほうがよい、と判断したのだろう。例えば、「しまった」「シマッタ」という語句を比較しただけでも、その表面上の表記の方法がもたらす効果は一目瞭然である。明治・大正という時代は、いわゆる西洋からモダンな雰囲気が流入してきて、日本人の感覚が大きく変転した時代であろう。それゆえ、このような些細でしかも多用されている表現が、「ドグラ・マグラ」と言う作品全体、あるいは久作自身にも影響するのであろう。

「空前絶後の遺言書」内の『精神科学応用の犯罪とその証拠』

『精神科学応用の犯罪とその証拠』は、若林が精神科学を応用した、暗示による犯罪を未然に防ぐための警鐘として挙げられている。というのも、若林鏡太郎と正木敬之は別の観点から同一の事実を追い求めた人間であることが、後々用意されている舞台装置によって明らかになるからである。
物語がさらに進むと、K・C・MASARKEY会社の超超特作と題し、「狂人の開放治療」という記録映画が、遺言書の内部で上演されるのである。ここに至る場合も、やはり前段階からの引継ぎと階層の移動が定かではないので、読者は正木敬之の組み上げた迷宮により一層引きずり込まれるのである。そして、これには正木敬之の存在性を疑わせるという重要な効果を持ち、しかもそれが遺言書の直後に効いてくるのである。
この映画の初めには、まず呉一郎の骨相学的な説明が行われている。「ドグラ・マグラ」の用意周到なことに、これも物語の根幹を担う部分であり、全て表現されたものが結末とその循環に向かって一身に走り出しているのである。また、事件の中心人物の姓名が初めて明かされるのもこの部分である。物語も半分を迎えた頃、やっと登場人物あるいは主人公のような存在の姓名が明らかになるところ、「ドグラ・マグラ」の構成にかかる時間と考慮をかんがみずには居られない。これほど周到に演出された怪奇は、世界にも数少ない。
次の【溶暗】では、死体解剖室という、いきなり不吉な場所に変わる。変わるのは遺言書上で上映されている「狂人の開放治療」という映画の内部においてであるが、そこにも理解が遠くなっている階層への飛翔が見られる。この場面では、一端は死亡した少女を蘇生させ、さらに死体交換を行うという非人道的な行為が描写されている。死体解剖室の場面では、行為の具体性を高めるためにおそらく意図的に複雑な階層を取らない。と言うのは、この死体交換の場面あるいは死体蘇生の場面も、前後の物語展開に深く関わって切り離せなく、蘇生したという事実がぼやけてしまっては話全体が悪い方向にぼやけてしまうからである。
さらなる【溶暗】を越えると、場面は正木博士と若林博士の会見となる。ここでは、「ドグラ・マグラ」の主題ともいえる呉一郎の犯罪、花嫁殺しについて両者が会見を行うのである。その中で登場する小道具、事件の関係書類は次において早々と読者の目に触れるのである。すなわち、「◆心理遺伝論付録◆………各種実例」である。これにおいて、実際におこなわれると思しき犯罪のほぼ全貌が、読者と「ドグラ・マグラ」の主人公に提示されるのである。しかも興味深いのは、この「心理遺伝論付録」なる文書が、遺言書の内部に構成されている点であり、しかも時間的には少し前であり、時間的に分断された物語に没入していると言う通常ありえない体験を行うことが可能なのである。後半の三分の一ほどを使って(全体の六分の一)、呉一郎なる人物が起こした騒動の詳細を、正木敬之の遺言書という形で表現しているのである。
さらに、スクリーン上には、呉一郎の精神鑑定なる場面が映し出される。これもやはり遺言書の一部であることに我々読者は驚異の目を向けるのであるが、それもやはり「ドグラ・マグラ」の一部であるという一点で、納得してしまうのである。ここで一番重要と思えるのは、呉一郎が若林ならびに正木を見て、父親である、と発言する場面である。これこそ「ドグラ・マグラ」の中心事件、花嫁殺しおよび呉一郎の動向の基幹を決定する場面であると言うことに、改めて読後に気づくのである。
次の場面は、「開放治療場に呉一郎が現れた最初の日」「それから約二ヵ月後の開放治療場における呉一郎」「再び同年十月十九日(前の場面より約一ヵ月後)」である。ここには、後の伝説伝奇に関わる重要な記述がある。それは、呉一郎が女の骨を掘っていた、という事実である。これこそが久作の仕掛けた無数の罠の一部であり、「ドグラ・マグラ」全体がその罠を形成して読者を縛り付けていると言う実例でもある。
そして、長い正木敬之の「空前絶後の遺言書」は結末する。それは一つのアスタリスク(*)で認識可能であるが、これこそ遺言書の最終尾としてよいだろう。遺言書の中には他にもアスタリスクで区切っている部分があるが、ここを以ってして遺言書の結末とするのが正しいと思われる。
そして次の場面、おそらく一番センセーショナルでありメタ性の顕著な表れと言っても良い部分である。すなわち、正木敬之博士その人の登場である。
いつの間にか若林博士が部屋から退出し、そしていつの間にか正木敬之博士が尊大な態度で登場しているのである。ここからこそが、「ドグラ・マグラ」においてその情緒面を如実に真に反映させた部分と言える。前述したように、「ドグラ・マグラ」の出版年は昭和十年、すなわち1935年である。また、代表作「あやかしの鼓」は1926年発表された。ここで注目したいのは、「ドグラ・マグラ」の構想は10年かかった、ということであり、その発想にしておそらく、「あやかしの鼓」と時期を同じくしたのであろう。事物の使用方法、あるいは情緒面での発露という面から見れば、この二作品は久作の著作のなかで非常に似通った手法を用いていることに気づく。「あやかしの鼓」は、物語の中心と言える鼓に翻弄される人間をまざまざと描き、同等に「ドグラ・マグラ」においては一巻の巻物に翻弄される人間を、情緒のみならずその発生時点から掘り返して意味を持たせていると言う点において、より一層の物語形成を行っている。あるいは、似通った二つの物語を通せば、どちらの事物(鼓か巻物か)を使って、「ドグラ・マグラ」という物語を形成したのかも知れない。さらには、「あやかしの鼓」で余すところなく表現された、たった一つの事物に運命すら曲げられる人間群像という表現を再び用いるとき、その手法をよりよい形で提案するために考えだされたのが、「ドグラ・マグラ」なのかも知れない。作家にとって、同一の手法を繰り返すことは、想像力の枯渇である。では、それを打開しかつ同等の展開を持った物語を再び世に問う時には、前回の手法を遥かに超越した作品を提示しなくてはならない。人間の想像力を扱うクリエータは、よりよい作品か、あるいはより緻密でショッキングな作品を創造しなくてはならない。同等の手法を神業までに発展させるのは職人の仕事である。その職人の作業手順を一番最初に思いつく人間こそ、創造的人間であり、文字の世界に照らし合わせればいわゆる文学者、となる。

物語後半―巻物の由来などについて

夢野久作が思いついた「ドグラ・マグラ」の核とは、多分巻物に係る物語であっただろう。そしてそれを「あやかしの鼓」よりもセンセーショナルな作品にする、あるいは久作自身の好みを反映させる文学的手法として、精神医学・脳髄学といった方面を加味したのであろう。夢野久作の詳細な文学活動は2003年段階で明らかになっては居ないが、物語の発表年時と物語の類似性から、「ドグラ・マグラ」と「あやかしの鼓」は同時期に着想されたと言える。もう少し推論を進めれば、没になったアイディアが無数にあると考えられる。「ドグラ・マグラ」でもあるように、いわくありげな刀とか、古くから伝わる人形などは、まあ一般的な物体であろう。しかし因縁のこもった鼓というのはこの「あやかしの鼓」意外にはあまり見受けられず、事物として鼓が採られたと解釈できる。また、「ドグラ・マグラ」において巻物が採られた点に関しては、物語の最後に明らかになるが、情報を伝える媒体としての性質が大きく関係しているのである。
同時に、後半部特に正木敬之が「ドグラ・マグラ」に登場してからは、複雑な階層構造は見られない。基本的には「私」と「正木敬之」の対話であるからだ。さらに正木敬之が登場している後半部は、二つに大別可能である。一つは、巻物の由来の話。もう一つは圧巻である、イニシャルを伏字として用いた、事件の真相である。また、巻物の由来のくだりの始まりに、に「離魂病」といった精神的症状の解釈が行われ、それが深く「ドグラ・マグラ」の結末に関わってくる。二つに大別された後半部の中間部にもやはり「離魂病」の説明がなされており、この事柄がいかに重要か強調されている。
「ドグラ・マグラ」の情緒面を司り結末に向かって疾走する後半部が終了すると、小間使いの登場によって「ドグラ・マグラ」は最終部へと突入する。
呉一族、ならびに若林・正木両博士を巡る一連の事件の終止符が、巻物に記されているのである。これこそ、呉一郎の真実の父親を示す一言であり、姪ヶ浜事件に関する一切の謎を解き明かす場面でもある。が、一向に「ドグラ・マグラ」の主人公であるべき「私」の正体は、一切判明しない。「ドグラ・マグラ」の中心である事柄だが、限りなく「私」を呉一郎と暗示してはいるものの、決定的な言動が存在しないのである。また、物語中幾度となく打たれている時刻の記載が、この「ドグラ・マグラ」という物語は実は本の数時間、朝に始まり正午に結末すると言う、まことに周到な演出を行っているのである。 さて、結末を迎えるにあたって一番重要なのは、先に言明されている「離魂病」である。実は、「私」が数時間に目撃した事柄全てが、自分の記憶によって再現された幻だ、という事実らしきことが明らかになるのである。物語の最後、遺された新聞記事には事の顛末が簡潔に記されている。
最後、「私」は体験を「胎児の夢」とまとめ、再び病棟に赴く。そして目撃した呉青秀の人相は、物語冒頭での描写に似ている。「……鼻が尖んがって……眼が落ち窪んで……頭髪が蓬々と乱れて……顎鬚がモジャモジャと延びて……。」これで、物語は終結すると共に、冒頭へと回帰すると言う至極当然で怪奇、かつ緻密・周到な構成をとるのである。

結言

おそらく、初読の際にはその物語の不吉さに驚き、構成の細部に目を見張るだろう。再度読めば、物語の冒頭から用意されている伏線に気づき、数え切れぬほどの暗示を見つけるだろう。三度も読めば、文章の持つ普遍性、平成の人間が読んでも容易に解釈可能な言い回しを感ずるだろう。
このように、いかなる方面からでも分析可能であり、それこそ「ドグラ・マグラ」の持つ万華鏡の輝きを実証している。さらに、回転させることにより終末を持たない万華鏡と「ドグラ・マグラ」は同等である。これにより、物語中に登場する全ての事柄が関係しあい、さらに結末すら冒頭に関係を持つと言う体裁を採った「ドグラ・マグラ」こそ、日本三大奇書に値すると言える。


子を思ふ心の暗も照しませ
ひらけ行く世の智慧のみ光り

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