執事たちの(その後の)恋愛事情


第八章




第一話:

〜わたしが見る景色〜

その夜、侑人さんとわたしは、離れの件を義兄さんに話した。

「なるほど、外観を残してのリノベーションか…かなり大がかりになるけど、
 侑人と春迦ちゃんの意見がそろっての結論なら、ぼくはそれでいいよ。」

「おそれいります、旦那さま。」

「そうなると、敷地面積は今のままか…この際、脇にある木立のところを切り払って、
 少し敷地を拡げてもいいかなと思っていたんだけどね…」

「え・義兄さん、木立ってあの離れのところの?」

「うん、ゲスト用に小さめのプールを作るとか、必ずしも建物を広げるとは限らないけど、
 家族の長期滞在用に少し設備を充実させるのも悪くないかと思ってたんだ。」

「それは…だめ…」

「うん?なんでダメなの?春迦ちゃん…」

わたしはとっさに義兄さんのアイデアにダメ出ししてしまった。

「だって、あの、あそこはね、義兄さん…」

そう言いかけたら、侑人さんが執事の微笑みで静かにわたしを制した。

「春迦お嬢さま…。」

(こういうときは、侑人さんに任せるべきなのよね、うん、わかった、任せます。)

「?」

けげんそうな義兄さんに向かって、侑人さんが口を開いた。

「そうですね、慎一郎さま、ただ、今のクラシカルな外観を残すとなりますと、
 屋外のプールというのは少しミスマッチになるかもしれません。」

「そうか、まぁハリウッドの邸宅のような感じとは違うから、じゃ、それはあきらめよう。」

「でしたら…」と侑人さんが続ける。

「ゲストがおくつろぎいただけるよう、浴室に大きめのジェットバスを備えてはいかがでしょう。」

義兄さんは、少し身を乗り出して侑人さんの話を聞いている。

「窓を開けたときに、脇の木立の緑が目に入るようにすれば、
 ゲストには露天風呂のような解放感を味わっていただけますし、且つ表からは見えません…。」

「うん、侑人、いいね、それでいこう。」

さすが侑人さん、一切否定形を使わずに、速攻で義兄さんを納得させちゃった。

しかもジェットバス付きのお風呂なんて…ちょっと、びっくり。

そうして、さりげなく自分のお気に入りの場所を守っちゃうあたりも要領がいいというか、
…すごいな、侑人さん。


〜樫原が見る景色〜

旦那さまから東の離れの大改装について承認をいただいたあと、ぼくは春迦を彼女の部屋まで送った。

室内に入るとすぐに彼女は、嬉しさを満面にたたえた笑顔でぼくに飛びついてきた。

「春迦…?」

「だって、侑人さんすごいんだもの。」

ぼくを見上げる目がきらきらと輝いている。

「わたし、義兄さんが『木立を切りはらって』って言ったとき、どうしようかと思ったのに、
 侑人さんはぜんぜん平気な顔して、それでいて、義兄さんを納得させちゃったじゃない?
 ホントにすごい、侑人さん。」

そう言って春迦は、ぼくの背中にまわした腕にぎゅっと力を入れた。

ぼくは、そんな彼女が可愛くてどうしようもなくなる。

「ありがとう、春迦。」

「きみがあの場所を気に入ってくれて、とっさに慎一郎さまに話そうとしてくれたことはとても嬉しかったよ。

 でも、あれは、あの場面で旦那さまに申し上げるようなことではないからね…」

「そうなの?でも義兄さんならわかってくれると思うけど…」

「慎一郎さまはあのようなおおらかな方だから、実際は、きみがそういえばその通りになると思うよ。
 でも、大した理由もなしに、いたずらに当主の言葉を否定するようなことは、本来、あってはならないんだ。」

「うん、でも、結果的に侑人さん、ひっくり返してくれたものね?」

屈託のない彼女の笑みに、ぼくは、なすすべもなく本心を白状する。

「あれは…本当は反則だよ。でもあの場所はもう、ぼくだけの場所ではなくなったでしょ?」

「え・じゃ、わたしのために…?」

「うん、今日あの場所は、二人にとって特別になったから…つい…ね。」

さすがにちょっと照れくさくて、春迦の顔から目をそらしたそのとき、

「侑人さん、大好き、ホントに好き…!」

そう言うなり、彼女は思い切り背伸びをして、ぼくにキスをした。

「っ!…春迦っ」

まだ半分執事モードで話していたぼくは、完全にきみに一本とられたね。

「ね、侑人さん、お返しのキスは?」

「まったく…大胆なお嬢さまですね…」

ぼくはそっと白手袋をはずして、春迦の頬に両手を添え、深い返礼のキスを届けた…




第二話:

〜わたしが見る景色〜

それから、離れ改装の話は順調に進んで、建築士さんが図面から起こしたCG画像もできあがり、
イメージがどんどん具体化されてきた。

ゲスト家族の長期滞在を考えて、キッチンやダイニングルーム、ネット回線を通してのテレビ会議もできる書斎や、小さめのサロンまで整えて、もう離れというよりまるで一件のお屋敷みたいな『しつらえ』になってきている。

義兄さんのおじいさまは、この離れの中に、自分専属の使用人たちを何人も住まわせていたみたい。

昔のお屋敷では、通いの使用人なんてほとんどいなかったそうだし、そうなると、
この広さや部屋数の多さも納得…。

侑人さんは、こまごまとしていた部屋をまとめて一部屋の面積を広くとるなど、
滞在するゲストの便利さや快適さを基準に考えて、間取りを決めていった。

その日、建築士さんとの打ち合わせを終えた侑人さんは、わたしと、彼のお気に入りの休憩場所で、
できあがってきたばかりの最新の間取り図を見ていた。

「ねぇ、侑人さん、一階のこの部屋は何?」

私は、図面を見ながら、他の部屋に比べてあきらかに狭い一部屋を指さして尋ねた。

「あぁ、それは、執事の控え室だよ。」

「あ・ゲストによってはお屋敷の執事をつけるのね、滞在の間の…」

「それもあるけど、むしろ、ゲストが同行させた執事のための部屋というべきかな…」

そうか…義兄さんだって、海外へ行くときは真壁さんか中岡さんも一緒のことが多い。

ここへ来るゲストなら、当然そういう同行者があると想定するべきなのね。

「執事とはいえ、ゲストに随行してくるなら九条院のお客様であることに変わりない。

 だから、狭いように見えるけど、母屋の執事の私室よりは広いし、ホテルの客室なみに設備は整えるよ。」

さすが家令の侑人さん、どんなときも九条院家の対面を第一に考えてる…

うん、ホントに完璧な仕事ぶり…なんだよね…

「………」

「?…どうしたの春迦、急に黙って…」

「ううん…なんでも…ない…」

「春迦…?どう見ても、なんでもないようには見えないけど…?」

侑人さんの優しい微笑みが…ちょっと痛い。

「だって、やっぱり家令の侑人さんはカッコいいなって思ったら…なんだか、
 その肩書きをなくしてしまうのが、悲しくなってきて…」

侑人さんは、やれやれと言うように肩をすくめると、いきなり執事の顔になって言った。

「それでは、わたくしはこの後もずっと、家令としてお嬢さまに接した方がよろしゅうございますか?」

「え…」

「それがお嬢さまのご希望でしたら、そのように振る舞わせていただきますが…?」

 もちろん、その場合、家令の分を越えるような行いは差し控えますよ…?」

そう言って侑人さんは、わたしの隣から立ち上がると3歩離れた位置に後退する。

「もう、侑人さん…!またそういう意地悪をするんだから…」

「はい?」

「ダメに決まってるでしょ、そんなの…」

あぁ、もう、侑人さんを困らせるようなことを言って、拗ねて、わたし、何してるんだろ…でも、
財団の話があってからずっと抱えてきた心の重石のようなものがまだとりきれない…

「あのね、春迦…」

いつの間にか、侑人さんが私のすぐ脇にもどって、うつむくわたしの顔をやさしく両手で包んで上を向かせる。

「ぼくにとって一番大切で、何ものにも替えられないものは、何だと思う?」

「それって…わたしの…こと…?」

「ちゃんとわかってるじゃない。それなのに春迦は、恋人としてのぼくより、家令の樫原の方がいいの?」

「…そんなこと…ない…けど…」

「家令の樫原は、心の中でどれほどきみを慕っても、それを表に出すことは許されないし、
 こんなふうにきみに触れるなんて言語道断…」

「苦しいほどに、きみを思えば思うほど、きみとの距離を意識してとらなければならない…
 その切なさは、言葉では表現できないし、正直…もう味わいたくないね…」

そう言った侑人さんの表情は、何かを思い出したように、どこか苦しげに見えた。

「侑人さん…」

そうだったんだ、わたしも侑人さんを執事さん以上の存在に感じてから恋人になるまで、ずっと苦しかったけど、
侑人さんは、執事と家令の立場で、年上で、わたしの何倍も迷ったり、苦しんだりしたはずだよね…

「だからね、春迦、お願いだから、ぼくをきみの恋人でいさせてほしい。
 きみへの思いを心のうちに封印しなければならない家令の樫原は、とても哀れな男だよ。」

(こんなにわたしは侑人さんに愛されているのに…一人で勝手に悩んで、彼に気を遣わせて、ばかみたい…)

「侑人さん、わかったからもう言わないで…ごめん…ごめんなさい。
 ずっとずっと、わたしの侑人さんでいて…これから先も、ずっと…」

侑人さんは優しいまなざしで、わたしの頭を撫でてそのまま腕の中に引き寄せてくれた。

心の中から、いろいろな迷いがウソのようにスッと抜けていく気がして、
わたしは、いつまでも侑人さんにもたれかかって甘えていた。




第三話:

〜樫原が見る景色〜

夕刻、旦那さまが会社からお戻りになった。

真壁が車寄せまでお出迎えに行き、ぼくは玄関で慎一郎さまをお待ちした。

「ただいま。」

「おかえりなさいませ、旦那さま。」

「侑人、どうかしたのかい?こんなところでぼくを待ってるなんて…」

真壁から旦那さまの鞄を受け取り、ぼくはそのまま慎一郎さまのお部屋までお供する。

「少々お話がございまして…」

「春迦ちゃんは?」

「今は、英会話のレッスン中でいらっしゃいます。」

と、慎一郎さまがこちらを振り返られた。

「ねぇ、侑人、そろそろいいんじゃないの?」

「は…?」

「来週、春迦ちゃん、誕生日だろう?もういいかげん執事とお嬢さまは卒業したらどうなの?」

「っ…慎一郎さま…」

「ぼくだって、そのためにいろいろ考えて道を用意したんだよ?」

「………」

「どうもね、見ていて歯がゆいんだよ、おまえの『けじめ』のつけ方は…」

「はぁ…」

慎一郎さまに突然攻め込まれて、思わず言葉に詰まる。

「つきあいはじめてもう5年以上になるのに、まだ、ぼくや夏実に遠慮するのかい?」

「いえ…それは…」

「侑人、5年前、春迦ちゃんとの外泊許可を出した時点でもう、ぼくはおまえを彼女の執事とは思ってないんだよ。」

「だから、少なくともこの屋敷の中では、彼女の従者として振る舞う必要はもうない。 
 それよりさ… 春迦ちゃんの誕生日に合わせて、プロポーズでもしたらどうなの?」

「し・慎一郎さまっ…」

実際は、自分でも、春迦の誕生日を控えて、そのことは考えていた。

けれども、まさか慎一郎さまからこのような形で催促されるとは…

「お気にかけていただいて、恐縮に存じます、旦那さま。…とは申せ…。」

「なんだい?」

「はい、奥さまがまもなくご出産というこの時期、さらに東の離れの改装もあって敷地内が騒がしくなります。
 執事が真壁と中岡の二人では、少々手が回らないこともあり得るかと…」

「だから自分のことはあと回しで、まずは九条院家のために働きたいっていうこと?」

「はい、それはおそらく、お嬢さま…いえ…春迦も…わかってくれるかと。」

「あいかわらず妙に強情なところがあるね、侑人は…」

旦那さまはちょっと呆れたように笑みを漏らされる。

そして…

「わかった、じゃ、こうしよう。」

「…はい?」

「とりあえず、侑人は、春迦ちゃんとの間ではもう対等にすること。それはいいね?」

「…はい」

「その上で、財団が実際に動き出すまで、九条院家の執事としての仕事もしていい。

 ただし、それはあくまで内向きだよ。表に対しては、もう財団の専務理事として振る舞ってもらうからね。」

「は、かしこまりました。」

「それと、春迦ちゃんに、ちゃんとプロボースすること。これは命令。」

「慎一郎さま、ですから、それは…」

「だってそうでもしなければ、家令として、おまえはやっぱり僕たちに遠慮するんじゃないの?
 ときどき、春迦ちゃんの侑人を見る目がものすごく切なくて、ぼくまで辛くなることがあるんだよ、
 侑人はそれに気づいてる?」

気づいてないと言えばウソになる。けれどそれは二人だけの時間でフォローしているつもりだった。

「今宵の慎一郎さまはことのほか、手厳しくていらっしゃいますね。」

「かわいい義妹のためだからね、ぼくだってここまで首を突っ込みたくはないけど、
 頑固な侑人の背中を押すのは、ぼくしかいないだろうと思ってのことだよ。」

「…ありがとうございます、慎一郎さま。」

「あぁ、ところで、侑人の話っていうのは何?」

「はい…それは…もう、済みました。」

「え?」

「実は、財団の登記申請が終わって、離れの改装工事の契約も整ったところで、
 わたくしと春迦の今後をご相談するつもりでした。」

「なんだ、そうだったんだ、ぼくが先走りしたかな?…だとしたら、厳しいことを言って悪かったね、侑人。」

「いえ、慎一郎さま、お言葉ありがたく存じます。今後ともよろしくお願いいたします。」

そう言ってぼくは旦那さまに最敬礼した。

慎一郎さまは穏やかな笑顔でうなずいてくださった。