執事たちの(その後の)恋愛事情


第四章




第一話:

〜わたしが見る景色〜

サロンに近づいてくる足音で、わたしはすぐに侑人さんだとわかった。

「侑人さん…!」

そう言って、入口のところまで駆け寄って侑人さんを出迎える。

「春迦…待たせてごめんね」

侑人さんは私の耳元でささやくように言う。姉さんがいるから遠慮してるのね。

「樫原さん」

「はい、奥さま」

姉さんに呼ばれた途端、侑人さんは家令の顔に戻った。

「慎一郎さんから聞いた?わたしのこと…」

「奥さま、おめでとうございます。心からお慶び申し上げます。」

(あ・侑人さん、もう知ってるのね、姉さんのおめでたのこと…)

「まぁ、こまごましたことは真壁さんたちがやってくれるから問題ないとして…

 でも、大きなところではやっぱりあなたが必要。忙しくなるだろうけど、これからもよろしくお願いしますね。」

「え・姉さん?」

(それ、どういうこと?何か知ってるの?)

「奥さま…こちらこそ、よろしくお願いいたします。」

「え…侑人さん?」

「じゃ、春迦を部屋まで送ってもらえるかしら?こっちはもういいから。」

「おそれいります、それでは、失礼いたします。」

わたしは侑人さんに促されて、一緒に部屋に戻った。


〜樫原が見る景色〜

部屋に戻るなり、春迦がぼくの腕の中に飛び込んできた。

「侑人さん…侑人さん…!ごめんなさい、わたし…」

まるで子供みたいに、ぼくにしがみついて泣きじゃくっている。

「春迦、何をそんなに泣いているの?ほら、落ち着いて…ぼくは大丈夫だから。」

「だって、侑人さん、財団で仕事をするから、もう家令ではなくなるんでしょ?」

「春迦…。」

ぼくは彼女をそっと抱きしめて、その耳元に静かに語りかけた。

「そうだね、確かに、家令という立場ではなくなるね…でも、家令の仕事は続けるよ。」

「え?」

春迦が顔を上げてぼくを見上げる。

涙にぬれた瞳が愛おしくて、抱きしめる腕に、思わず少しだけ力が入る。

「座って話そうか…。」

春迦の肩を抱いて、ぼくたちは彼女のベッドに並んで腰掛けた。

「少し落ち着いた?」

「うん…」

ぼくは、慎一郎さまと話し合ったことを彼女に話し始めた。




第二話:

〜慎一郎が見る景色〜

「あぁ夏実、ここにいたの?」

「慎一郎さん」

ぼくはサロンに夏実の姿を見つけて、ソファに腰を下ろした。

「樫原さんに全部話したのね?」

「うん、話したよ。」

と、ぼくはその場に残されていたカップに気づいた。

「あれ、春迦ちゃんここに来たの?」

「えぇ、もうなだめるのが大変だったわ。でもわたしから具体的なことは話せないから、
 おめでたのことを話して、強引に話題を変えちゃった。」

そう言った夏実は、茶目っ気たっぷりに笑って見せた。

「うん、ぼくも本当は全部二人に話そうと思ったんだけどね、やっぱり侑人の意向を
 全然確かめずに進めるのは良くないかなと思って、一度春迦ちゃんを部屋に戻したんだ。

 さすがに侑人も動揺してたしね。」

「あの樫原さんが動揺…?ちょっと、見てみたかったかも…」

「…夏実。」

「あ・ごめんなさい、茶化すつもりはなかったの。

 わたしは結論を知ってたから気楽だったけど、本人たちにしてみれば青天の霹靂ってとこよね。」


ぼくは、今日侑人たちに伝えたことを、昨夜夏実に話していた。

夏実はとても喜んでくれて、そんな彼女を見て、ぼくも嬉しくなっていた。

ただ、侑人は、自らに与えられる一方的な厚意を、何も考えずに受け入れる男じゃない。

だから慎重になったんだけど、結果的に春迦ちゃんに不安を与えてしまったようだ。

「春迦ちゃんには可哀そうなことをしたかな…」

夏実はそれに対して満面の笑顔で答えてくれた。

「大丈夫よ、慎一郎さん。」

「おかげであの子、最愛の人が公私問わず常にそばにいてくれることがどれだけ幸せなことかよくわかったと思うわ。

 かつてのわたしのようにね…!」

「っ…夏実…」

ぼくは夏実との結婚前のいろいろを思い出した。

「あのときは、本当に、侑人に世話をかけた…」

「えぇ、家柄とか身分違いの恋とか周囲に言われ続けて、わたしも一度はあなたを諦めようとまで考えた…」

「最終的には父の理解に感謝したけど、そこに至るまでにきみには頑張ってもらったね…」

「それもこれも、全部、樫原さんのおかげよ。」

夏実は少し遠い目をして言う。

「『婚約披露パーティーまでの短期間で、貴女にはでレディーなっていただきます』って言われて…

 それから3カ月、本当につきっきりで指導されたもの…」

「侑人のしごきによく耐えてくれたと思ってるよ。」

「厳しかったけど、あれがなければ、わたしはあなたと結婚できなかった…」

でも、その陰では、実は侑人も大変だった。

通常の屋敷の業務に加えて婚約披露宴の準備もしなければならず、

日中、夏実の指導で時間を割いている分、自分の仕事は夜に回していたから、

パーティー直前には忙しくて3日ぐらい徹夜だったらしい。

ぼくの前ではそんな様子をおくびにも出さなかったけれど…

「そうなると、侑人はぼくたち夫婦と、そして生まれてくるこの子の恩人だね。」

ぼくはそう言って、夏実のおなかに軽くタッチした。

「ええ、だからわたしは、春迦だけじゃなくて、樫原さんにも幸せになってほしいわ。」

「うん、そうだね、そしてその道筋はぼくがつけなければならないんだ…」




第三話:

〜わたしが見る景色〜

「それじゃあ、侑人さんは財団とお屋敷、両方の仕事を兼務するの?」

侑人さんは、いつもの執事スマイルではなく、恋人のときの優しい笑顔でうなずいた。

「ただ、財団の運営なんてぼくは素人だからね、その点ではきみと変わらない。

 だから、慎一郎さまに頼んで、財団の方は実務にあたる理事を他にも置いてもらって…

 ぼくは人事・総務を中心とした事務方の管理だけをする方向にしてもらったんだ。」

「つまり…お屋敷の仕事とあまり変わらないってこと…?」

「それなら両立できるからね。」

「でも、さっき家令の立場ではなくなるって…」

そう尋ねると、侑人さんはギュッとわたしの肩を抱き寄せてちょっといたずらっぽく言う。

「ぼくが家令でも執事でもなくなったら、もうきみとこの屋敷にはいられないと思った?」

「うん…少なくとも…その…わたしがここを出るまで…っていうか…『結婚』…するまでは、
 生活場所が別々になるのかなって…」

「っ…春迦…」

侑人さん、ちょっと赤くなってる?

「ねぇ、春迦、それって…ぼくにプロポーズしてる?」

(え・え・えぇ――っ!?)

そっか、わたし、全然そういうつもりじゃなかったけど、たしかに…もしかして、めちゃくちゃ恥ずかしいかも…!!

「え・ち・違っ……?!」

そのあとのわたしの言葉は続かなかった。だって侑人さんがわたしの唇をキスで塞いだから…

甘くて情熱的な大人のキスのあと、侑人さんがささやいた。

「春迦、わかってる。ちょっとからかっただけ…。」

「も・もう、侑人さんっ…」

私は恥ずかしくて耳まで熱くなっていた。

「春迦、それはぼくの役目だからね、きみには任せないよ…」

「え?」

「プロポーズ…」

「侑人さん…」

「その時が来たら、ちゃんとするから…ぼくを信じて待っててくれる?」

「うん…」

結局、侑人さんがこのあとどうなるのか、全部は聞けなかった。

夜の執事ミーティングの時間がきて、彼が部屋を出て行ってしまったから…

でも、侑人さん、わたし、信じて待ってるね…