執事たちの(その後の)恋愛事情


第五章




第一話:

〜中岡が見る景色〜

その晩のミーティングは、樫原さんの予告通り長引いた。

いつもの進行に加えて、奥さまご懐妊に伴う注意事項とか…

それに…今日の俺の行動を、かなり手厳しく注意されたからだ。

『執事は主のそばにあって見聞きしたことを決してみだりに漏らしてはならない…』

『そんな基礎的なところをおまえは忘れたのか』

…ってね。

さらに、

『あまつさえ、本来すぐに伝えるべきであるお嬢さまからの伝言を失念するとは本末転倒も甚だしい』

…とも。

まったくその通りで、一言も返せず、俺はただ反省するしかなかった。

真壁は俺に巻き込まれてとばっちりみたいなものだったが、黙って一緒に叱られてくれた。

樫原さんの口調は穏やかだが、目はとても厳しくて、気づけば背中にびっしょり冷や汗をかいていた。

そのとき、樫原さんの表情がふっとやわらいだ。

「…と、ここまでの話は一般論だ。」

「…?」

「今日のことに限っては、まぁ、大目に見よう。」

「樫原さん…?」

「二人ともお嬢さまを心配するがゆえの脱線だし、わたしの件は特に、
 おまえたちの業務にも深くかかわることだからね、気にならない方が不自然だろう。」

すると、それまで一言も発しなかった真壁が初めて口を開いた。

「樫原さん、先ほどわたくしが中岡から耳にしたことは、事実なのですか?」

「おい、真壁…」

俺は慌てて真壁を制しようとしたが、樫原さんが構わないと手で合図した。

「耳にした内容によるね、何を聞いた?」

「樫原さんが家令を辞してお屋敷から出て行かれると…」

「なるほど…わたしがいなくなったら、おまえたちは嬉しいかな?」

と、真壁が語気を強めて言う。

「なっ…なんてことをおっしゃるのですか!樫原さんはわたくしたち執事の目標です。

 まだまだ、おそばで学ばせていただかなければならないことが沢山あるのに…!」

少しだけ興奮した真壁の言葉を樫原さんがやわらかく遮った。

「真壁…」

「は・はい…」

「ありがとう」

「……え…」

「その場所で、どれほど自分が必要とされているかなんて、そうそうストレートに言ってもらえることではないからね…」

「実際、おまえたちには厳しく接することも多いのに、そう考えてくれているのなら、
 わたしがやってきたことは間違いではなかったと思えて嬉しいよ。」

そう言った樫原さんの微笑み…だが…

(いつもの微笑とは違う。なんとなく寂しく感じるのは、気のせいか?…)

と思ったとき、いきなり話は核心に入った。

「わたしは、間もなく執事ではなくなる。そして、九条院家においては
 『家令』というポジションは廃止されることになった。」

俺も真壁も言葉を失って、ただ二人で顔を見合わせるだけだった。


〜真壁が見る景色〜

(樫原さんが執事ではなくなる!?家令もいなくなる!?)

事態の急展開に俺は必死でついていこうと、動揺する心を押さえてようやく言葉を発する。

「それは…それは一体どういうことですかっ…!」

樫原さんは、静かな笑みを浮かべて今日の旦那さまとの話を聞かせてくれた…


「…それじゃあ、今後は、家令という立場ではないものの、九条院の姻戚として、
 この家の裏方を取り仕切られるということですか?それで執事でもいられないと…?」

中岡の問いに樫原さんはうなずいた。

「封建時代ならいざ知らず、今は使用人といっても身分制に縛られる時代ではない。

 わたしも、おまえたちも、自ら選んでここを職場として来ているわけで、その意味では普通の会社勤めと、
 そう違うものでもないのかもしれない。

 しかし、たとえば社長令嬢と社員が恋におちて結婚するのと、お仕えする家のお嬢さまと執事がそうなるのとは
 どうしても状況が異なる…。」

中岡が言いにくそうにつぶやく。

「……まして、九条院家ともなれば…ですか…」

俺は知らず知らず軽いため息をついていた。

「状況は理解できますが…わたくしは…樫原さんには執事服こそが一番お似合いだと思っています。」

「真壁…わたしも自分でそう思っているよ。この仕事を誇りにしてきたのも事実だ…。」

樫原さんは、視線を少し下向きにして、そうつぶやくように言ったあと、俺たちの方を真っ直ぐ見据えた。

「とはいえ、わたしにはそれよりもずっと大切な存在ができた。」

「っ…春迦お嬢さま…ですか…」

「ああ、これはね、主家のお嬢さまを頂戴する代償だと思っている…

 お嬢さまとのことをお許しいただいたときから覚悟はしていたはずだが、それでも、もう少し先のことと思っていた。

 せめておまえたちが私の代わりを果たしてくれるぐらいの力量をもつまでね…」

「それが…なぜ今、このタイミングなのですか?」

「それは…お嬢さまが、九条院家の令嬢として、完璧になったから…ということかな…」

「?」




第二話:

〜樫原が見る景色〜

納得できない様子の真壁と中岡を前に、ぼくは慎一郎さまとの話の内容を続けた。

「ここから先は、家令のわたしではなく、樫原侑人、一個人として話そう。」

「春迦は、ぼくを『侑人さん』と呼ぶようになったあとも、公の場では、ずっと『お嬢さま』を『演じて』きた。

 でも彼女は、そうやって演じているうちに、いつの間にか本物のレディーになっていた…

 彼女がパーティーで放つオーラは、今や紛れもなく良家のお嬢さまそのものだ。

 それは、お前たちも感じているのではないかな?」

中岡が深くうなずく。

「はい、確かに…特に、成人式をお迎えになってからは日に日に輝きを強められていて、
 今ではどちらのお招きでお伺いしても、その会合の華になられています。」

「同感です…どのような集まりであってもお嬢さまがおいでになると一際目を引くので
 わたくしたちも、おそばに控えつつさりげなくガードを固くしている状況があります。」

と、真壁も同意したところで、ぼくは切り出した。

「それは、九条院家の家令としては喜ぶべきことなのだが、皮肉なことに、このことが、
 最近では僕たちの関係に仇をなすようになってきた。」

「と、おっしゃいますと…?」

「春迦が学生の間は控えられていた縁談が、慎一郎さまの元に次々届きはじめたそうだ。」

「え・えんだん…!?」

二人とも顔を見合わせて驚いている。

「もちろん慎一郎さまには、それらをとりあうおつもりはない。

 だが、大学を卒業したこの後は、この手の話がひきもきらなくなるはずだし、
 お相手も、かなりな家柄から出てくるだろう。」


「九条院と縁続きになりたい家は、たくさんありますでしょうからね…」と真壁。

中岡は真っ直ぐにこちらを見て言い切る。

「でも、そんな政略結婚みたいなこと、たとえ樫原さんという存在がなかったとしても
 旦那さまはお断りになるはずです…!」

真壁も中岡も、春迦のこととなると熱くなる。それだけ彼女は皆に愛されているのだ。

「そうだね、そして、慎一郎さまは現に、すべてお断りになっている。

 だが、お断りをし続けた挙句、春迦が、屋敷の使用人と結婚したと知れたらどうなる?」

二人が息を呑むのがわかった。中岡が難しい顔をして、伏し目がちに応える。

「…九条院家や旦那さまの対面が損なわれるということですか…」

「もとより慎一郎さまは、対面をはばかられるような方ではないが、ぼくが我慢できないし、
 春迦も深く傷つくだろうね…自分のせいで慎一郎さまが悪く言われていると…。」

そこまで言うと、中岡が思いついたように言葉を発した。

「あ…で・では、旦那さまは、そんな事態になることを想定されて、今回のお話を!?」

「そういうこと…だからね、真壁…」

ぼくは真壁に向き直って言う。

「この九条院家と最愛の春迦をそれで守れるなら、ぼくはどんな代償も払う覚悟を決めたんだよ。

 それがどれほど、自分にとって価値あるものでも、春迦とは比べようもない。」

あ・最後はちょっとのろけになったかもしれないな、真壁が少し赤くなっている。


「二人とも遅くまでご苦労だった、今日はもう下がって休んでいいよ。」

そこでぼくは家令の顔に戻る。

「最終の見回りは、わたしが行くから。」


〜真壁の見る景色〜

時計を見ると、もうとっくに午前零時を回っていた。

中岡と俺は、それぞれの自室へ向かう道すがらを、言葉もなく歩いていたが、
ふと中岡がつぶやくように言った。

「俺たち、すごい旦那さまと、ものすごくカッコいい上司に恵まれたな…」

「あぁ」…と俺は応じる。

「たとえ、樫原さんが執事でなくなっても、俺の目標はあの人だ。」

中岡もうなずく。

「そうだな…あんな大人の男になりたいな。」

「まぁ、それ以前に…」俺は続けた。

「中岡はまず、執事たるものの心得をもう一度勉強しなおしだ。」

「え?お・おい真壁…」

「俺は、お前のとばっちりで延々と説教された今夜のことを生涯忘れない…。」

「だからぁ、それは悪かったって何度も謝っただろう…!」

「中岡…この貸しはいずれきっちり返してもらうからな。」

そんな他愛のないやりとりをせずにはいられない気分だった。

樫原さん…それでも俺は、やはりあなたにはその執事服が一番似合うと思います。




第三話:

〜わたしが見る景色〜

遅いな、侑人さん。

『今日は少し長引くから』とは言ってたけど、もう夜中の1時を過ぎてる。

(もう、働き過ぎだよ…これで財団の仕事までするようになって大丈夫なのかな…)

わたしは、与えられた職務にはどこまでも忠実で完璧であろうとする侑人さんを尊敬している。

けど、同時に心配もしている。

(疲れていても絶対、くたびれた様子を見せないもんね…)

一応、ミーティングに行く前にわたしの就寝の仕度はしていってくれた。

それってつまり、それだけ遅くなるかもってことだったんだと思うの…

(なんだか今日はちょっと疲れたな……後半、いろいろありすぎて…)

ゴロンとベッドに横になる。

(ただ大好きっていうだけでは済まされないのね、お嬢さまの結婚は…)

今さらながら、自分の甘さに気づいて嫌になる。


私は、いずれ侑人さんと結婚したら、お屋敷を出て、普通に主婦をするつもりだった。

もともと私は一般人というか、普通の家庭で育ったので、元にもどるだけ。

料理だってホントは得意だし、両親が亡くなったあと姉さんと二人暮らしする中で、
私が家事全般を担当していた。

だから、結婚したら普通に夫婦で暮らして、侑人さんはお屋敷に通うのだと思ってた。

それが、義兄さんから、もう普通の女の子の人生には戻してあげられないって言われて、

それまでの考えがぜーんぶ飛んじゃった感じがした。

どうしよう…って思った。

お嬢さまのままでは、私、侑人さんの奥さんになれないかもしれない?って…

そしたら義兄さんが、素敵な提案をしてくれた。

やっぱり義兄さんは私のことを本当に考えてくれてるって嬉しかったけど、
侑人さんは…もしかして少し無理してるんじゃないのかな…

いろいろ考えることはあるけど…

でも…なんだか…

眠い……。

………


〜樫原が見る景色〜

一日の最後の見回りをする。

屋敷の中はシンとして、自分の足音だけが聞こえる。

執事としての一日の締めくくりの仕事。

ぼくは、この時間が好きだ。

外に通じるすべてのドア・窓の戸締りや、厨房やランドリーなどの火の元を確かめる。

そして、大木たち外の管理をする人間から届いている外回りの巡回報告書を確認する。

上階の様子をチェックしながら、春迦の部屋の前にさしかかる。

(こんな時間だ…もう寝てしまっただろう。)

そう思いながら、それでも気になってドアを静かにノックする。

返事がない。やはり寝てしまったか…

そっとドアを開けて室内に入る。

(おや…)

彼女はベッドに腰掛けた状態からそのまま倒れこんだような感じで寝息をたてていた。

(待ちくたびれたんだ、ごめんね、でもこれじゃあ風邪をひくよ、春迦…)

ぼくは苦笑して、そっと彼女を抱きかかえ、ベッドの中に寝かせた。

(興奮して疲れたのか…ぜんぜん気づかずに眠っている)

きみのこういう寝顔は、5年前から変わらない。

あどけなく、無防備で、少女のようだ。

ぼくはこの寝顔で君に恋をしたのだった。

宝石のように輝く思い出が鮮やかに脳裏によみがえる。

「おやすみ」

そうささやいて、ぼくは彼女の額にキスを落とし、部屋を出た。




第四話:

〜わたしが見る景色〜

はっと目が覚めて時計を見たら2時半になるところだった。

(あれ、わたし、ベッドの中…?)

(侑人さん、来てくれたんだ。なのに私、気づかないで寝ちゃってた。)

なんだか申し訳ない思いに駆られる。

今日は侑人さんの方がもっと大変だったのに…

急に、いてもたってもいられなくなって、ガウンを羽織って廊下に出る。

侑人さんがいるのは隣の部屋。

(もう寝ちゃってるよね…さすがに…でも…)

そう思ってドアの前に立つと、ドアの下からかすかに光がもれている。

(侑人さん、まだ起きてる!)

『コンコン』

わたしは廊下に響かないようにそっとノックをした。


〜樫原が見る景色〜

自室に戻ってシャワーを浴び、私服に着替えてから、ぼくはデスクの前でPCに向かって仕事をしていた。

家令の仕事自体は続けるとはいえ、執事の職務とかぶる部分もあるから、
それらを整理して、真壁や中岡ができることは彼らに渡さなければならない。

それもなるべく早めに整理する必要が出てきたため、寝る前のこの時間を使って少しずつでも進めておきたかった。

(…え…?)

控えめに部屋のドアがノックされた。

時計を見ると2時半を回っている。

(まさか?)

「はい…」

そう応えてドアを開けると、そこには、ガウン姿の春迦が立っていた。

「春迦…どうしたの?目が覚めちゃった?」

「侑人さんに会いたかったの…待ってたのに、寝ちゃって…」

そう言ってうつむく彼女…

「ちょっとだけ…入ってもいい?」

愛おしさが一気にこみ上げてくる。

「春迦…少しだけだよ、きみはここに来てはいけないんだから…」

春迦のことは可愛い、しかし、ぼくがこの家の執事を続ける限り、
屋敷の中、春迦と同じベッドで朝を迎えることはできない。

仮に慎一郎さまや夏実さまが許してくださったとしても、それだけはしないと誓っている。

だから、こんな彼女を目にしたら、ぼくには毒以外のなんでもない。

本当ならすぐに部屋へ連れ戻すべきなのだが…

それをできないもう一人のわがままな自分が、心の中で頭をもたげる。

「どうぞ…入って」

彼女の顔がぱっと明るくなる。

(この表情には、勝てるはずもないね…)

ぼくは内心で春迦に白旗を挙げ、彼女を招き入れた。


〜わたしが見る景色〜 change of the view point

わたしのノックに、中から返事が聞こえて、足音が近づいてくる。

扉が開くと、侑人さんのちょっと驚いた顔があった。

「春迦…どうしたの?目が覚めちゃった?」

恋人のときの優しい侑人さんの声…

「侑人さんに会いたかったの…待ってたのに、寝ちゃって…」

そこまで言うと、わたしは急に恥ずかしくなって思わず下を向いた。

「ちょっとだけ…入ってもいい?」

(もしかして…このままわたしの部屋に連れて行かれる?…こんな時間だもの…でも…)

すると、侑人さんが仕方ないというように微笑んで言った。

「春迦…少しだけだよ、きみはここに来てはいけないんだから…」

(え…いいの…!?)

見上げた侑人さんの表情はすごく優しくて、私は嬉しさでいっぱいになる。

「どうぞ…入って」

そう言って、大きくドアを開いてくれた。


第五話:

〜わたしが見る景色〜

侑人さんはわたしを部屋へ招き入れると、静かにドアを閉めて日頃は使わない鍵をかけた。

ちょっとしたことなのに、胸がトクっと鳴るのを感じた。

次の瞬間、わたしは背中から包まれるようにして、彼の腕の中に閉じ込められた。

その腕をそっと掴んで、わたしは侑人さんにもたれかかる。

「侑人さんいい匂い…それに…あったかい…」

フランス製のボディソープの香り。

それは、わたしが侑人さんにプレゼントしたもの。

「今さっきシャワーを浴びたところだから、まだ香りが残ってるんだよ…」

「春迦はちょっと冷えてるね…寒い?」

「ううん、大丈夫…今はもう…」

侑人さんは、ストレッチコットンのパンツに長袖のカットソー1枚という姿で、
執事服のときには感じられない体温とか心臓の音とかが背中に直接伝わってくる。

「侑人さん…まだ仕事してたの?」

わたしは、視線の先にあるデスクの上のノートパソコンに気づいて尋ねた。

「うん、ちょっとね…」

「もう、こんな時間だよ?」

「でも、仕事して起きてたからこうしてきみに会えた…。」

「うん…早起きだけじゃなくて、夜更かしも三文の得?」

「はは…面白いね…でも…」

侑人さんは私の背中から離れ、向き直って言った。

「きみの価値は三文なんてものじゃない…」

そして降ってくるキスの雨…

わたしは、このままずっと、お屋敷の外でのデートの時のように、
二人だけの時間を朝まで過ごしたい気持ちになったけれど、侑人さんは『今夜はここまで』って離れてしまった。

「侑人さん…」

「春迦、そんな顔をしないで…わかってるよね?ぼくたちのルール…」

「うん…でも…」

「あのね、春迦、もし今、ぼくがきみの気持ちを受け取ると、それが何を意味するかわかる?」

「え…?」

「きみは、真夜中に、こっそりぼくのところに来たんだよ。そういうの、俗になんていうか知ってる?」

「あ…」

わたしは言われて始めて気がついた。そしてたちまち恥ずかしさで顔が熱くなる。

「はい、わかったらもうお部屋に戻りましょう、お嬢さま。」

「……侑人さんの…意地悪…」

「ぼくはまだ、きみの執事でもあるんだもの…」

侑人さんはそう言うと、ハンガーにかかっていたコットンジャケットを羽織って、わたしを部屋まで送ってくれた。

「おやすみ、春迦」

「侑人さん…やっぱりもうちょっとだけ…」

「春迦…今何時?」

はっとして時計を見ると、もう3時半になろうとしていた。

「ごめん…寝ます…」

「じゃ、もう一度、おやすみ…」

「おやすみ…なさい。」

わたしはあきらめてベッドに入る。

侑人さんはにっこり微笑むと、部屋の明かりを消して出て行った。

(ごめんね侑人さん、侑人さんは朝が早いのに…)

わたしのわがままに、どこまでも優しく付き合ってくれる侑人さん。

そしてわたしは、ほどなく、深い眠りに落ちていった。


〜樫原が見る景色〜

再び自室に戻ってふぅと息を吐く。

我ながら自らの自制心に拍手を送りたい気分だ。

(春迦…ぼくだって、いつでもきみの望むように、きみを愛してあげたいと思う。

 でも、もう少しだけ待って…切ない気持ちはぼくも同じだから…)

結局その晩のぼくは、そのまま朝まで、デスクに向かって仕事を続けた。

目を閉じれば、部屋を訪ねてきた春迦の切なげな表情が浮かんできて、とても眠れる気分ではなかったから…

こういうこともまた、春迦という宝物を得たことへの代償なのだろうか。

そうであるなら、ぼくは喜んでその代償を払うつもりだ。

これからも、ずっと…