第七章
| 第一話: |
〜わたしが見る景色〜
その日の午後は、義兄さんの提案で、庭のあずまやでのアフタヌーンティーになった。
それって、わたしが寝坊して朝食もランチも一緒にとれなかったからなのよね…
でもそのおかげで私は、思いがけず侑人さんと二人きりのブランチをとれて嬉しかったんだけど…
せっかく家族3人がそろった日曜なんだから、もっと楽しもうって義兄さんが言って、
それならお天気もいいから、庭でのお茶はいかがですかって侑人さんが勧めたみたい。
4月の初旬だけど、今日は朝から陽ざしが強くて、まるで初夏みたいな陽気。
室内にいるより、あずまやの方が風が通り抜けて気持ちいい。
アフタヌーンティーを用意してくれたのは、真壁さんと中岡さん、そして侑人さん。
急にあずまやで…なんて話になって、執事さんたちは結構バタバタで用意してくれたらしい。
前に侑人さんが言ってたのを思い出しちゃった。執事は突発的なハプニングにも強いって…
義兄さんについてたときは、ハプニングなんてしょっちゅうだったって…
なんとなく、その意味がわかったような気がした。
義兄さんは、自分がいいと思ったことは即実行なのよね…あと先考えないっていうか、
まぁ、それができちゃう財力と人力がそろってるからなんだけど。
それより何より、一度自分が良しとしたことには、もう何の迷いも持たない性格が凡人とは違うと思う。
姉さんとの結婚もそう。わたしと侑人さんのこともそう。
義兄さんて、すごい。
そしてその義兄さんについていくうちの執事さんたちもすごい。
それに…その執事さんたちを束ねる侑人さんは、最高にすごい…。
わたしは、真壁さんと中岡さんに指示を出しながら、てきぱきと動く侑人さんを、
とても誇らしい気持ちで見つめていた。
〜慎一郎が見る景色〜
さっきからずっと、春迦ちゃんは侑人を見ている。
侑人のことが好きでたまらないって目をしているね。
なんだかちょっと、ぼくの方が妬けちゃうぐらいだ。
昨日はあんなに不安そうな顔をしていたのに、侑人は何と言ってきみを慰めたんだろう。
もっとも、きみたちに余計な言葉なんてもういらないのかもしれない。
こうしていても、時々目を合わせて二人だけの声なき会話をしているようだ。
きみと侑人の間には、すでにしっかりした絆ができているんだね。
侑人が、きみのすべてを任せて信頼するに足る男であることは、誰よりぼくが知っている。
それにしても…きみに、これほど愛される侑人は、つくづく幸せなやつだと思うよ。
春迦ちゃん、きみたちのことは絶対に悪いようにはしないから、侑人だけじゃなくてぼくのことも、信じてよね。
| 第二話: |
〜樫原が見る景色〜
アフタヌーンティーで旦那さまご夫妻と和やかに歓談する春迦の姿を微笑ましく見ていると、
慎一郎さまが思い出されたようにおっしゃった。
「そうだ、侑人…」
「はい、慎一郎さま」
「ちょっと思いついたんだけどさ…」
「何でございましょう?」
「東の古い離れ、あれを建て替えようかと思うんだ。」
東の離れ…かつて慎一郎さまの祖父にあたる先々代ご当主が、隠居所として晩年お住まいになった古い建物だ。
九条院家の歴史的建造物と言えなくもない別棟だが、あれを建て替える…?
「慎一郎さま、と…おっしゃいますと?」
「あれは今の耐震基準に合わないから、母屋からつながっているとはいえ、ゲストの滞在用にも使ってないだろう?」
「さようでございますね、防火対策も煙感知器しか設置されておりませんので、お客様にお泊りいただくには
不向きと言えましょう。」
「これから新しい財団の関係で海外からゲストが来ることも増えると思うんだ。
母屋のゲストルームでは、家族で来たお客にはゆっくりしてもらえないだろ?」
「なるほど、ご家族でのご滞在用ということですね…」そう言われて得心した。
確かに、この先ご夫妻のお子様が生まれたら、『家族ぐるみ』のお付き合いも増えるだろう。
お子さま連れのゲストが気兼ねなく過ごされるなら、離れの方がいいということか…
「承知いたしました、それでは明日にでも、出入りの建築事務所に連絡いたします。」
「あぁ、頼むよ、それと、間取りその他デザイン諸々は、侑人が建築士と相談して決めてくれるかい?
ぼくは、できあがった図面と見積書で確認できればいいから。」
「は…しかし、本当にそれでよろしいのですか?」
「頼むよ。九条院家にふさわしい建物にしてくれ。ぼくは侑人のセンスを信じてるからね。」
「おそれいります。では僭越ながらわたくしの方でお話をすすめておきます。」
「よし、決まった。そうだ、春迦ちゃんも、女性目線で何か気づいたら侑人にアイデアを出してやってくれる?」
「え…わたしが?いいの?義兄さん。」
春迦は急に話を振られて少し驚いたように見えた。
「もちろん。だって、財団関係者だとしたら、春迦ちゃんのゲストになるんだからね。
侑人と相談して二人で決めてくれると助かるよ。」
春迦の目がみるみる輝いてくるのがわかる。
「わぁ、ありがとう義兄さん、わたし、ちょっと張り切っちゃう。」
彼女がとても嬉しそうにしているのを見て、ぼくも嬉しくなった。
大学を卒業したあと、きみは少し手持ち無沙汰に日々を過ごしていたからね…
明日からますます忙しくなりそうで、ぼくは気持ちを引き締めた。
| 第三話: |
〜わたしが見る景色〜
翌日から侑人さんは、目が回るような忙しさになった。
家令としてお屋敷を取り仕切り、わたしの執事としても手を抜くことはなかった。
一方で、財団の方も、まだ設立前だけど、その準備の打合せに義兄さんと出席したり、
そこで働く人の採用活動とか、正式な設立までにやることは山ほどあるようで、本当に朝から晩まで動きっぱなし。
それでいて、ちゃんと、恋人としての時間をとることも忘れないでいてくれる。
わたしも何か手伝いたいと思うけど、今の段階で財団に関してはわたしの出る幕はなくて、
なんだか侑人さん一人に全部背負ってもらってるみたいで申し訳ない気持ちになる。
今夜も、わたしの就寝の仕度をしてから執事ミーティングへ行って、
戻ってからは恋人の侑人さんとして、わたしが寝る前の短い時間で、一緒にお茶を飲んだ。
「ねぇ、侑人さん」
「うん?」
「そんなに頑張って、疲れてるんじゃないの?」
「疲れてるように見える?」
「…見えない…けど…」
「けど?」
「侑人さん、そういうところでは絶対にホンネを見せないから…」
彼はちょっと苦笑して応えた。
「春迦、ぼくも人間だからね、疲れないことはないよ。でもちゃんとリカバリーしてるから大丈夫。
心配してくれてありがとう。」
そう言うと、スッと手を伸ばして、指先で私の頬を撫でる。
「ただね、この先、東の離れの件も動き出すから、そうなると、ときどき、きみの執事としての仕事の一部を、
真壁か中岡に頼むことになるかもしれないんだ。」
申し訳なさそうにそう言った侑人さん。
「そんなの全然かまわないから、気にしないで、侑人さん。」
「そう言い切られると、専属執事としてはちょっと寂しいね…ぼくでなくてもいいんだ、春迦は…」
「え?あ・そ・そんなこと…!!」
慌てるわたしを見て侑人さんは可笑しそうに言う。
「ごめん、冗談。」
「っ…もう、心配してるのに…」
そうしたら侑人さん、いきなりわたしの肩を抱き寄せてささやいた。
「大丈夫、ぼくを信じて、春迦」
またこの決めゼリフ…ずるいよ、これを言われたらわたしはうなずくしかないもの…
でも、ずるい侑人さんもわたしは大好きだから…許しちゃう。
| 第四話: |
〜わたしが見る景色〜
それから数日して、ランチの後、わたしは庭で、庭師の隆也くんたちと雑談していた。
そのとき、東の離れの方から、見かけない人たちが侑人さんと歩いてきて、そのまま、門の方へ通り過ぎて行った。
「あぁ、建築事務所の人っすね、何日か前も来てたし…」
と、隆也くんが言う。
(そっか、新しい離れの図面、できたのかな?)
できたならきっと、侑人さんはわたしにも見せてくれるはず。
まずは、専門家のアイデアを聞くことにして、初回の図面には特に注文を出してないってこの前言ってた。
わたしは侑人さんが来るだろうと思って、そのまま母屋に戻って待ってたのだけど…
(来ないな…)
待ちきれなくなって、侑人さんを探しに部屋を出る。でも、どこにも見当たらない。
休憩中だった真壁さんや中岡さんを見つけて聞いてみたけど、やっぱりわからない。
(母屋にはいないのかな?)
もう一度、庭に出て、さっき侑人さんたちが歩いてきた方向に進むと、すぐに東の離れが目に入ってきた。
古いけど、外観はとてもモダンな建物で、そんなに大きくはないのに風格があって、
庭の風景に溶け込んでるような感じがした。
(これ壊しちゃうの、ちょっともったいないな…)
そんなことを思ってふと視線をずらすと、離れの脇にちょっとした木立があって、その陰に、ベンチがあるように見えた。
(あんなところに、ベンチがあったっけ?…今まで気づかなかった…)
そして、木立に向かっていくと、やっぱり木の向こうにベンチがあった。
「あれ…?」
思わず声に出してしまった。だって、よく見ると、そこに、侑人さんが座っていたから…。
「ゆうと…さ…っ」
大きな声で呼びかけようとしてわたしは口をつぐんだ。
(侑人さん…眠ってる…)
ベンチは背もたれとひじかけまでついている立派なもので、離れを見上げるような感じで置かれていた。
そして、そのベンチにもたれるように、侑人さんが座って目を閉じていた。
その寝顔が…とってもやすらかで、端正で…思わず見惚れてしまう。
そのとき、木立をスッと風が吹き抜けてざわざわと葉の揺れる音が響いた。
すると侑人さんがゆっくり目を開けて、そこに立ち尽くすわたしを見つけた。
「……はる…か…?」
そして、侑人さんは、にっこり微笑んで姿勢を正す。
「春迦、よくここがわかったね、一緒に座る?」
「うん。」
わたしは彼の隣に腰を掛けた。
「今はね、ちょっとだけ休憩時間…。」
「侑人さん、とっても気持ちよさそうに寝てた…」
「うん、気持ちいいからね、ここは…誰も来ないし…実はお気に入りの休憩場所なんだ。」
「そうだったんだ…知らなかった」
「執事の顔の時の、舞台裏の話だもの。」
「真壁さんとか中岡さんは知ってるの?」
「彼らは彼らで、お気に入りの休憩場所があるからね、ぼくがここにいることは知らないよ。」
「うん確かに、遊戯室にいた二人にきいたけど、休憩中の侑人さんがどこで何してるか全然知らない感じだった…」
「でしょ?」侑人さんは笑った。
「じゃ、ここは侑人さんにとって、特別な場所なのね」
「そう、古い離れの庭先にある、皆に忘れられた古いベンチ…ここにいると九条院家の歴史を感じられるんだ。」
侑人さん、ホントにここが好きなんだ。
「この建物、素敵だよね…」
わたしのつぶやきに、彼は嬉しそうに言った。
「春迦もそう思うの?」
「うん…ちょっともったいないなって思ってる…」
「本当にそうなんだ…」
侑人さんは持っていたファイルを開いて見せてくれた。
「あ・これ…新しい建物の図面?」
「そう」
「うん、全然今の面影はないね…」
「侑人さん、気に入らないんだ」
「春迦はどう?」
「うーん…ちょっと、イメージ違うかも。」
「ぼくもそう思う。それで、どうしようかなってここで考えてたら…」
「寝ちゃった…?」
「うん、夢を見てたんだ、春迦の夢。それで目が覚めたらそこにきみがいたから、
一瞬、夢かうつつか、わからなくなったよ…」
(あ・それでちょっと不思議そうな感じだったんだ…)
「どんな夢だったの?」
「春迦がこの離れの二階のバルコニーに立って、庭を見ているんだよ。
その後ろにぼくがいて、話しかけようとすると、きみが振り返ったんだ。
その笑顔がとても素敵で、ぼくは見惚れてしまうんだよ。」
(あれ、そういえば、わたしもさっき侑人さんに見惚れてたっけ…)
「なんだか不思議な夢を見たのね、侑人さん。」
「うん、不思議な感覚だね、今もそれが残ってる」
「侑人さん、この建物、壊さずにリノベーションでっていうのはダメ?」
「ぼくもそう思ってたところ。」
「わたしたち、気が合うね。」
「春迦とはこれから先、仕事とプライベート、両方でパートナーだからね…。」
そう言った侑人さんの笑顔は優しくて、わたしたちは自然に引き寄せられてキスをした。
穏やかな木漏れ日がふりそそぐ、二人だけの特別な場所で…