執事たちの(その後の)恋愛事情


第九章




第一話:

〜中岡が見る景色〜

夜のミーティングで樫原さんから、今日でお嬢さまの専属執事を廃止するという伝達があった。

樫原さんは、当面はまだ執事の業務を続けるものの、お嬢さまの専属は外れるという。

「樫原さん、そうなると、お嬢さまのお世話はわたくしたちが代わりますか?」

俺の問いかけに、樫原さんは首を横に振った。

「いや、お屋敷の中でのことはおおむね、ぼくがするよ。」

「え…?お嬢さまの執事でなくても…ですか?」

「執事としてやっていたことを、婚約者としてするだけのことだね。」

俺も真壁も息を呑んだ。

(い・いま…婚約者って…?)

俺がしどろもどろになっていると、真壁がためらうことなく口を開いた。

「婚約されたのですか…!」

「いや、これからするんだよ。」

(樫原さん、さらっと言ってくれるな…)


「ただ、春迦が執事を伴う外出をする場合は、二人のどちらかについてもらうことになるね。

 もうぼくは外へは執事服を着ていけない身になったから…。」

「はい…!そのときは、よろこんでお供させていただきます。」

俺がすかさず応えると、真壁も負けじと言ってきた。

「わたくしも、できる限りのことはさせていただきますので、なんなりとお申し付けください。」

「二人とも、春迦のことになるとずいぶん張りきるね。」

樫原さんは余裕に満ちた笑顔で言う。

「まぁ、それも仕方ないね、それだけ、魅力的ということなのだから…ぼくの春迦は。」

うっ…のろけているように見えて、さりげなくクギを刺された気がするのは俺だけか…いや、真壁も引いている。

(樫原さん…おそるべし…)


「それから…」と樫原さんが続ける。

「これは旦那さまからのご要望で、来週、春迦の誕生日に合わせて、
 お屋敷の中で内輪の者だけのささやかなパーティーを行うことになった。」

「あぁ、それはよろしいですね、きっとお嬢さまも喜ばれることでしょう。」

真壁がめずらしく、やわらかな笑みを浮かべて言った。

「大げさにはせず、サロンに軽食とシャンパンを用意してカクテルパーティー形式で行うことになったから、
 そのつもりで万事、仕度を頼むよ。」

「お任せください。ただ、内輪の会とはいえ、ゲストにはどなたも呼ばないのですか?」

「旦那さまのご厚意で、使用人たちも参加できる会になったから、外からのゲストはなしだ。」

「え…で・では…もしかして、俺たち…いえ…わたくしたちも、一緒にお祝いしてよろしいのですか…?」

俺の問いに樫原さんは笑顔でうなずいた。

「山科さまやウォルフさまも、国内においでになればお声がけするところだが、
 お二人とも今は海外においでだからね、わざわざそのためにお越しいただくのも申し訳ないだろう。」

と、ウォルフさまの名前に真壁が敏感に反応する。

「そうですね、カクテルパーティーに、はるばる遠方からお呼びするのは失礼でしょうから、
 それがよろしいかと、わたくしも存じます。」

樫原さんはやれやれというように俺の方に視線を投げる。

「とにかく、このパーティーの仕切りはおまえたちに頼んだよ。

 発注するものがあれば、リストをまとめて最終的にいくらになるかだけわたしに報告を。」

「はい、かしこまりました、お嬢さまに喜んでいただけるよう、精一杯、つとめます。」

俺たちは、内輪の集まりとはいえ、樫原さんから初めて任されたお屋敷のパーティーの仕切り役という任務を、
心が沸き立つ思いでうけたまわった。




第二話:

〜わたしが見る景色〜

「え?みんなでお祝いしてくれるの?」

「そう、慎一郎さまのはからいでね。」

執事ミーティングが終わったあと、わたしと侑人さんは、わたしの部屋でナイト・ティーを一緒に飲みながら
二人の時間を過ごすのが日課になっていた。

「誕生日をお屋敷で過ごすのって、ちょっと久しぶりかも…」

そう、だって、ここ数年はいつも、侑人さんが休みをとって、お屋敷の外で
二人だけの誕生祝いをしてもらっていたから…。

「本当は、慎一郎さまは春迦の誕生日をいつもご自身でお祝いしたいと思っておいでだったんだよ。」

「え…でも、いつも出張とか、お仕事で遅くなるとかで、プレゼントだけはもらっていたけど、
 義兄さんがわたしの誕生日にお屋敷にいたことって、あまりないよね…?」

「うん、それはまぁ、ここ数年は平日だったせいもあるけど…それより…」

(あれ…侑人さん、ちょっと照れてる?)

「侑人さん?」

「春迦の誕生日のたびにぼくが休みをとれたのは、慎一郎さまの、ぼくたちへのお心遣いだと思うよ。」

「あ…」

言われてわたしも急に恥ずかしくなる。

お屋敷ではなかなか恋人同士のデートができないから、誕生日はいつも侑人さんが外に連れ出してくれていた。

でも、考えてみたら、家令の侑人さんが日付指定で確実に休みをとれるなんて、
当主の理解がなければできるはずもなく…

「春迦の誕生日が近づくと決まっていつも命令が出るんだよ、休みをとるようにってね…」

「義兄さんたら…わたしの知らないところでそんなこと言ってたんだ。」

「それで、わざとその日はスケジュールを入れて、あまり屋敷にいないようにされていたと思うんだ。
 ぼくが気を遣わないようにね…」

「侑人さん、それがわかってたの?」

「慎一郎さまはそういう方だからね。ぼくもあえてそこは確かめなかったけど、暗黙の了解みたいな感じかな…」

(うん、やっぱり、義兄さんと侑人さんて、傍からはわからない強い信頼関係でつながってるんだ…)

「春迦…?」

「あ・なんでもない…」

「言っておくけど、今はもう春迦の考えてることだって、ぼくには手にとるようにわかるよ。」

「え!?」

「今、ちょっと『うらやましい』気持ち、起こったでしょ?」

「え…え?」

言い当てられ、ちょっと慌てるわたしを見て、侑人さんはクスッと笑いを漏らした。

「それ、春迦の悪いクセだね、ぼくはもうとっくにきみのもので、どこへも行かないし、他の誰のものにもならないよ。」

「でも、わたしはまだ、侑人さんが考えてること全部はわからないし…」

「それは…今まではきみの執事でもあったわけだし、仕方ないかな…
 執事の顔でいるときに簡単に考えを見透かされるようでは、執事失格だよ。」

「そ・そういう…もの?」

「そういうもの。」

「でも、義兄さんはわかるんだよね、侑人さんが何を思ってるか…」

「慎一郎さまはぼくだけじゃなくて、春迦のことも、奥さまのことも、真壁や中岡のことも、みんなおわかりだよ。
 当主として、全体を気にかけておいでだから…。」

「義兄さんて、細やかとはいえないけど、そういうところ、ホントにすごい…」

「そう、いわゆる上流階級のご当主で、ここまで下の者を心にかけてくださる方はなかなかいないだろうね。
 ぼくは本当に良いご主人に恵まれたと思って感謝しているんだ。」


そして、侑人さんはわたしの両手をそっと握って言う。

「春迦、その慎一郎さまのお言葉でね、ぼくはきみの執事を卒業して、
 明日からはきみに対しては『侑人』で通すから、そのつもりでいて。」

「侑人さん…?それって…お屋敷の中でも普通に恋人でいていいっていうこと?」

「そういうこと。」

「義兄さんや姉さんの前でも?他の人たちの前でも?」

子どもみたいに質問をするわたしに侑人さんは苦笑して答えた。

「きみより、ぼくの方が慣れるのに時間がかかりそうだよ、ついお嬢さまって呼びそうで…」

(うん、そうだよね、今まで侑人さんは義兄さんや姉さんの前では執事を通してきたし…)

「でも…」と言いかけてわたしは侑人さんの胸に飛び込む。

「すっごく嬉しい。もう誕生日プレゼントをもらったような気分。」

そうしたら侑人さん、「じゃ、もうプレゼントはいらない?とびきりのものを用意してあるんだけど?」って…

「なーに?」

「それはまだ内緒。」

「え――っ…」

わたしのブーイングにも侑人さんは笑うばかりで教えてくれそうもない感じ。

「じゃ、楽しみにしてるからね。」

侑人さんはうなずいて、わたしの頭を優しく撫でると、前髪にそっと口づけて微笑んだ。




第三話:

〜慎一郎が見る景色〜

明日の日曜日は、自慢のわが義妹、春迦ちゃんの誕生日だ。

おそらくこれが彼女にとって、独身最後のバースデーになるんじゃないかな。

だから、今回はあえて、屋敷のみんなで祝ってあげたいと思っていた。

また、明日は、もう一つ、特別なイベントを侑人に要望している。

それは、春迦ちゃんへのプロポーズだ。

侑人のやつ、まさかこういう形でプロポーズを迫られるとは思ってもいなかっただろう。

でも、これくらいしないと、執事服を着た侑人は容易に自分の気持ちを前に出さない。

春迦ちゃんの専属を外れたとはいえ、もうしばらく執事自体は続けることを許可したから、
放っておいたらまたぐずぐずと自分のことは先延ばしにしかねない。

だから、春迦ちゃんへの求婚に関しては、当主命令という伝家の宝刀の前にひれ伏してもらうことにした。

「旦那さま」

「うん?なんだい真壁?」

「旦那さま宛てにお荷物が届きました。こちらにお持ちしますか?」

「あぁ、届いたか…じゃあ、夏実を呼んでくれるかい?一緒に確認するから…」

「かしこまりました。」

ほどなくして、夏実がやってくる。

「慎一郎さん、届いたの?」

「うん、どんな仕上がりか楽しみだね」

大きな箱をあけると、中から一着のカクテルドレスが出てくる。

春迦ちゃんのために、夏実がデザインして海外のメーカーに作らせた、世界にたった一枚のドレスだ。

これを着た春迦ちゃんに、明日は一曲、ダンスを申し込むつもりでいる。

侑人の奥さんになったら、もう躍らせてはもらえないだろうからね。

可愛い義妹へのぼくの最後のわがままを、夏実が快く聞き入れて協力してくれた。

まぁ、サプライズということで、本人にはまだ言ってないんだけど…。

明日は春迦ちゃんにはサプライズの連続になりそうだ。


〜わたしが見る景色〜

今日は私の誕生日。

午後、お屋敷のみんなが集まってお祝いしてくれることになっている。

(なんだかちょっとわくわくするな…。)

侑人さんが朝、執事ではなく、恋人としてわたしを起こしに来て朝のお茶を淹れてくれた。

それを部屋でのんびり一緒に飲んでいたら、突然そこに、義兄さんがやってきた。

「春迦ちゃん、侑人、おはよう、邪魔してごめんね。」

「おはようございます、慎一郎さま。」

侑人さんが素早く立って、義兄さんを部屋へ迎え入れながら尋ねた。

「このような早い時間に、どうかなさいましたか?」

「うん、春迦ちゃんにね、夏実からのプレゼントを届けに来たんだ。」

「姉さんから?」

「そうだよ、実際はまぁ、だいぶ前に、ぼくが夏実に頼んだんだけどね。」

そう言って義兄さんが出した箱の中には…

「わぁ、義兄さん、これ…!」

丈が長めのローブデコルテ風カクテルドレスで、シャンパンゴールドのシルク生地がとても上品な光沢を出していた。

「今日のパーティーはこれを着てもらえると嬉しいんだけど?」

「ありがとう、義兄さん、さっそく着させてもらいます。」

「それとね…」

と、ちょっと照れたように口ごもった義兄さん。

「?」

「それを着た春迦ちゃんに、一曲、お相手をお願いしたいんだけど、いいかな?」

「え?」

思わず侑人さんを見てしまった。

「慎一郎さま、かねてからのご希望でございましたね?春迦とのダンスが…。」

侑人さんの笑顔の問いに義兄さんもうなずいて、

「これがおそらく最後のチャンスになると思うからね。」と笑って返す。

(侑人さん、OKしてもいい?)

わたしの目の合図に、侑人さんがうなずいたのを見て、即答した。

「ありがとう、義兄さん、喜んで…」