プロフィール

LNG船(MHI)

管 理 人 の プ ロ フィ ー ル
氏  名  八 塚  晃 (昭和19年生)
住  所  東京都在住
職  歴

 某造船会社で商船・電力プラント等の設計業務に従事
 現在は東京都の外郭団体に勤務

祖父の出身地  愛媛県今治市吉海町大字名


八塚調べの切っ掛け 

平成元年当時岡山県内に勤務しており、家族で尾道・因島旅行に行った際、因島の水軍城の資料館を見学していました。そこで私が何気なく通り過ぎた場所で、当時中学生の長男がパネルを指差して何か云っておりました。そのパネルは因島村上氏の家臣団組織図で、その中に旌旗隊として八塚(やつづか)隊と財満隊の名がありました。それまで石手寺で「八塚」伝説を聞いても「松山と伊予大島では同じ県内とは言え遠い、我々とは関係ない。それにご先祖は水軍だろう」位の認識しかなかった私も水軍関係で手掛りが出てきたので、調べる気になりました。

こうして先祖調べの本を参考にアンケートを出して、色々な方々にご迷惑を掛けながら「八塚氏族概要(第1報)」を作成し、希望者にお配りしました。その節皆さんからお礼やら励ましの手紙を頂き、そのお返事に「第2報の発行を目指します」と書きながら今まで忙しいことを言い訳に何もしませんでした。その申し訳なさが今回ホームページ開設の動機になりましたが、内容は前回から進歩していませんので申し訳なさは同じですね。ホームページの作成は初めてで参考書と首っ引きで作成しましたが、拙い作品でお許しください。 

筆者がこのホームページを開設したもう一つの動機は若い人たちを意識しての事です。これからの人は生まれ故郷に一生涯過す幸せな人は少なくなり、益々父祖の地に対する愛着も薄れ、情報も少なくなり家系を調べる事も困難になるでしょう。私自身も祖父が大島から岡山に移住してきましたが、父が小さい内に亡くなったので何も聞いていないとのことで調べるのに苦労した経験があります。

伊予大島のご先祖たちは過去少なくとも2度一族で家系調査をした形跡があり、筆者も非常に助かった事及び前回調査時何の面識もない者からの依頼に拘らず多くの方から資料を頂き、中でも見ず知らずの人間に貴重な系図を貸し出して頂いた時の感謝の気持ちは今でも忘れられません。これらの恩返しの為にも資料を公開して、少しでも若い人の調査の何らかの手助けになればと思います。

尚、前回調査時貴重な資料を提供されたり、
激励いただいた八塚 務、八ッ塚 実、八塚 彌左衛門の3氏は既に故人になられてしまいました。その後の調査が遅れた事をお詫びし、このホームページの開設をご報告いたします。
           



今回及び前回の調査にご協力いただいた方々のお名前を記して、感謝の気持ちとさせていただきます。(順不同、敬称略)
近藤福太郎・藤田喜義・八塚厚夫・八塚昭吉・八塚一郎・八塚一茂・八塚和幸・八塚亀・八塚鬼志治・八塚鬼代幸・八塚競・八塚潔・八塚清志・八塚啓子・八塚サダコ・八塚茂敏・八塚繁・八塚シヅ子・八塚真次・八塚節也・八塚孝章・八塚高遠・八塚高市・八塚忠・八塚務・八塚剛・八塚哲朗・八塚敏弘・八塚留好・八塚利明・八塚長規・八塚登・八塚日出子・八塚洋・八塚博・八塚博三・八塚正則・八塚昌也・八塚正義・八塚道夫・八ッ塚実・八塚彌左衛門・八塚安枝・八塚康夫・八塚泰宏・八塚八千代・八塚ヤス子・八塚幸順・八塚陽一・八塚佳顕・松山市教育委員会・因島市教育委員会・吉海町教育委員会・宮窪町教育委員会・重信町立歴史民族資料館・久万町教育委員会・愛媛新聞  

なお、文中に船の写真を入れておりますが、これは本文とは何の関係も無いもので、管理人の遊びに過ぎません。写真はMHI、IHI、MESの各HPより掲載。