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八塚調べの切っ掛け
平成元年当時岡山県内に勤務しており、家族で尾道・因島旅行に行った際、因島の水軍城の資料館を見学していました。そこで私が何気なく通り過ぎた場所で、当時中学生の長男がパネルを指差して何か云っておりました。そのパネルは因島村上氏の家臣団組織図で、その中に旌旗隊として八塚(やつづか)隊と財満隊の名がありました。それまで石手寺で「八塚」伝説を聞いても「松山と伊予大島では同じ県内とは言え遠い、我々とは関係ない。それにご先祖は水軍だろう」位の認識しかなかった私も水軍関係で手掛りが出てきたので、調べる気になりました。
こうして先祖調べの本を参考にアンケートを出して、色々な方々にご迷惑を掛けながら「八塚氏族概要(第1報)」を作成し、希望者にお配りしました。その節皆さんからお礼やら励ましの手紙を頂き、そのお返事に「第2報の発行を目指します」と書きながら今まで忙しいことを言い訳に何もしませんでした。その申し訳なさが今回ホームページ開設の動機になりましたが、内容は前回から進歩していませんので申し訳なさは同じですね。ホームページの作成は初めてで参考書と首っ引きで作成しましたが、拙い作品でお許しください。
筆者がこのホームページを開設したもう一つの動機は若い人たちを意識しての事です。これからの人は生まれ故郷に一生涯過す幸せな人は少なくなり、益々父祖の地に対する愛着も薄れ、情報も少なくなり家系を調べる事も困難になるでしょう。私自身も祖父が大島から岡山に移住してきましたが、父が小さい内に亡くなったので何も聞いていないとのことで調べるのに苦労した経験があります。
伊予大島のご先祖たちは過去少なくとも2度一族で家系調査をした形跡があり、筆者も非常に助かった事及び前回調査時何の面識もない者からの依頼に拘らず多くの方から資料を頂き、中でも見ず知らずの人間に貴重な系図を貸し出して頂いた時の感謝の気持ちは今でも忘れられません。これらの恩返しの為にも資料を公開して、少しでも若い人の調査の何らかの手助けになればと思います。
尚、前回調査時貴重な資料を提供されたり、激励いただいた八塚 務、八ッ塚 実、八塚 彌左衛門の3氏は既に故人になられてしまいました。その後の調査が遅れた事をお詫びし、このホームページの開設をご報告いたします。
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