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 道祖の神々
道祖の神々 安曇野の民話 民話のお蔵
 道祖神のおこりは、日本の古来からあった生産、生殖の神として、五穀豊穣・無病息災・子孫繁栄や縁結びなどを祈願し、
また 自分達の村に悪いものが入ってくるのをさえぎる、護り神として信じまつられました。さらに 中国古来の道の神の思想が
日本に入ってきて、日本の古代信仰と結びついて、「旅」や「道」を守ってくれる神として、「道祖」の文字があてられたともいいます。
 安曇野の道祖神は、村の中心・道の辻・三叉路などに立てられ、最も身近な守り神として”安曇野の地”に数多く残っております。これらの道祖神は、
立てられた地域によってその表情も様々で、「道祖」の文字碑だけのもの、仲睦ましく男女が寄りそうもの、酒をくみかわすものなど様々で、
い昔より現代まで安曇野の人々に、親しみをこめて信じまつられてきました。
接吻道祖神
所在地 ・・ 安曇野市北小倉 所在地 ・・ 安曇野市堀金 所在地 ・・ 安曇野市明科
安曇野の民話

よくばり作兵衛 ・・・ 池田町 中鵜

 むかし、池田町の中鵜に、作兵衛というわかものが住んでいました。朝からばんまで、田んぼや畑に出て、ねるまもおしんで、よく働きました。ですから、
市場へやさいをもっていっても、ほかの家のものより、よく売れました。
 でも、作兵衛は、自分でたべるものは買ってきてたべますが、きんしょの人に「これたべてくんな」と、あげることは、いちどもありませんでした。
 村の人々は、そんな作兵衛のことを「欲作」とよんで、あいてにしませんでした。
 ある日、遠くの山おくかの村からきたというおばあさんが、このあたりでは、見かけない、美しいむすめをつれて、たずねて来ました。
「おめさんか、『めしもくわずに、働くよめをさがしている』と、聞いたでな。そんなら、おらのむすめの”おと”がいいと思って、つれて来ただよ。
なににもくわずによく働くで、ぜひ、よめさにしておくんな」 と、いいました。
 ちょうど、ひるごはんの時でしたので、さっそくためしてやろうと、作兵衛は、ごはんを山もりのように茶わんにもって食べてみせましたが、むすめのおとは、
気にもとめず、うらやましいかおひとつしないのです。
「おい、おとや。わりゃ、ほんとうに、くわねえでいいのかや。」 と、聞いても、
「おら、くいたくねえだ。そんなものくえば、死んでしまうだ。」
 と、いって、顔をそむけてしまいました。
(こりゃ、ほんとうに、めしをくわねえだな。)
 作兵衛は、そう思いましたので、
「ばあさま、いいむすめをつれて来てくれた。きょうから、おらのよめさんになってもらうで」
 と、いいました。
 おとは、朝はやくから、夜おそくまで、作兵衛といっしよに働きまとした。そのうえ、よく気がつき、作兵衛がなにをほしがっているかまで、すばやく見ぬいてしまうのでした。
 畑でしごとをしながら、(こん夜は、そばがくいていな)
 と、思って、家にかえってみると、手うちそばのおいしいのができています。
(とろろ汁がたべたい)
 と、思うと、ちゃんと、とろろ汁ができていました。ですから、
「おら、いいよめをむらってよかった。」
 と、あう人ごとに話していました。
 しかし、だんだん月日がたつにつれて、なんだか気みがわるくなってきました。
(よし、ひとつ、ほんまになんにもくわねえかどうか見てやらずよ)
 作兵衛は、ある日、
「きょうは、大穴山へ、草かりに行ってくるからな。」
 と、おとにいって、山へ出かけたふりをして、そうっとかくれて、見ていました。
 しばらくたつとおとは、おおきななべに、あふれるくらいたくさんのごはんをにました。
(あんなにたんとのめし、どうするだや)
 おどろいて見ていますと、おとは、頭の毛をかきわけ、耳までさけた大きなあなに、どんどんごはんを、ほおりこみはじめました。
(こりゃ、おれの食べる十日分もあるわい。なにもくわねえなんて、うそこいていた)
 作兵衛は、いきなりおとの前にとびだしていき、
「やい、おと。おめえのしたこと、みんな見てしまったが、よくもいままで、だましていたな、さあ、この家から出ていけ。」
 と、どなりました。
 それでもおとは、おちついてたもので、
「おらのしたこと見られたのでは、出ていくのいやだわね。」
 と、目をぎょろぎょろさせてにらみました。作兵衛はこわくなって、
「おらとこは、おとがしっているように、びんぼうだ。たんと、ほしいといわれても、こまるが、一つだけならなんとかするて、いってみろ。」
 と、いいました。
「それじゃあ、えんりょなしにいうがね。ふろおけを、くれておくりや。」
「ふろおけか。そんなもんでいいだかや。そんなら、いますぐにでも、おけやにたのんで、やるでな。」
 まもなく、ひのきの新しいふろおけが、とどきました。
「まあ、みましょや、いいふろおけじゃねえかい。ぷんぶんと、ひのきのにおいがするじ。」
 おとが喜んでいうので、作兵衛もふろおけのそばにいってみました。
「どうだい、この中もよくできてているに、いちど入ってみましょ。」
「そうかや。おめえが、そんなに喜んでいうなら、へえってみるかいなあ」
 と、作兵衛は中に入り、しゃがんでみました。
 ひのきのにおいがして、手でさわったかんじは、なんともいえないものでした。
(こんなにいいふろおけを、くれちまうなんて、もってねえなあ。」
 うまくだまして、もっとおぞいのをくれてやるかな)
 そんなことを考えながら、あちこちを、手でなでまわしていたときです。
 ふたが、ばたんとしめられて、ふろおけは、ぐらりと動いてもちあがりました。
 おとが、ふろおけをしょって、走りだしたのです。
「おい、こら!。おろせや。どこへ行くだや。おとや、おと・・・・。」
 作兵衛が、ふろおけをどんどんたたいていっても、とまるようすがありません。
(なんとか、にげだすては、ねえもんずらか)
 と、思っていると、
「ああ、くたびれたぞよ。いっぷくしていかずよ。」
 と、いう声が聞こえ、どしんと、ふろおけごと、地めんにたたきつけられました。
 そのひょうしに、ふろおけのふたが、少しずれました。
 作兵衛は、そのすきまから、上を見ますと、木の枝があったので、そうっとふたをずらしました。そして、ありったけの力をだして、枝につかまりにげだすと、
木から木へとびうって、そばのよるぎやしょうぶのたくさんはえている沼に、にげこみました。
 よもぎのやぶのすきまから、おとの方を見て、びっくりしてしまいました。
 それは、みるもおそろしい赤鬼でした。
(これが、うわさに聞いていた八面大王のけらいの鬼か、よかったぞよ。このまんまつれていかけたら、くわれちまうとこだったわい。)
 と、からだをぶるぶるふるわせました。
「どおれ、あんまりたんと休んでいると、なかまのところへ行くのが、おくれちまうわ。さて行かず。」
 赤鬼はふろおけをしょいましたが、あんまりかるいので、ふしぎに思い、ふろおけをゆすりましたが、中からは、ことりとも音がきこえません。
「はて、どうしちまっただや。にげたわけでもあるめえに。」
 と、ふたをとってみますと、作兵衛はいません。
「さては、にげたか。」
 赤鬼は、あたりをさがしましたが、よもぎやしょうぶの強いにおいのため、人間のにおいがけされてしまい、作兵衛を見つけ出すことができませでした。
「ああ、たすかった。」
 作兵衛は、ほっとして家にかえりました。
 ちょうどこの日は、6月4日でした。
 作兵衛は、それからというもの、鬼にまたこられてはこまるので、玄関の入り口に、よもぎとしょうぶを、さしておいたということです。

                                                               筑摩野の民話より  
                                            
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