>> 表紙へ |
|
遊朝自身 - 僕が「書く」動機 - -------------------------------------------------------------------------------- すべての作品の「まえがき」に代えて。 最近では僕自身が誰かに自己紹介する、なんて事は滅多にありません。 勿論何らかの繋がりで名刺を交換したり、ちょっとした呑み会等でやり取りをしたり、そういう些細な事は沢山あるけれども、実は「自分を誰かに紹介する」なんて、本当は世の中のドコにも存在していないのかもしれません。 しかし、僕の中には確かに「相手を知りたい」という気持ちが存在します。 同時に「誰かに自分の事を判ってもらいたい」という気持ちも存在します。 この気持ちというのは、本能と呼ぶよりはむしろ衝動と呼ぶべき様なモノで、それは僕が単に寂しいだけなのかもしれないし、もっと他に深く根付いた何かがあるのかもしれない。 とにかくそれが何かはよく判らないんだけれども、僕の中には深く埋まっている。 このサイトで文章を書かせて頂いている「遊朝」という「僕の分身」もまた、きっとそんな願いを抱えてキーボードを叩いているのでしょう。 自分で書いた文章を読むたび、僕自身もきっと自分について新しい発見をするはずで。 伝えたい相手はきっと、作品を読んで下さる「貴方」であり、そして何よりも「僕自身」なのです。 僕は何かを書くことで、ずっと隠れ続けている自分を探していきたいと思っています。 自分が「素敵だ」とか「好きだ」とか思える文章を書けた時、僕は自分のことを「好きだ」と言ってあげられる気がするのです。そう、僕は自分を「好き」になりたい。そう強く思います。 つまり僕は精神的ナルシストなのかもしれません。そして面倒臭がりで、ちっぽけなプライドに日々振り回されながら、変な所で感動したり挫けたりしている。何かを悟った気になって、実はと言えばてんでカラッポ。そんなしょーもない自分を、僕は決して嫌いになりたくないのです。 作品において一番大事なのは、作者自身でありません。きっと貴方にとっては。 じゃあ僕にとってはどうか? その答えが、きっと僕にとっての「作品」です。一体全体、遊朝と作品の何がどう反応してこうなるのか。そこにある自分発の因果関係って、きっと僕にはとびきりの不思議です。 それは同時に僕から貴方へのちょっとした謎かけだったりもします。 では、ごきげんよう。 遊朝 かずき |
| >> 表紙へ |