ピンボールに本格的にはまるきっかけになったのは、1979年の冬だった。新宿で、BALLYのSIX MILLION DOLLAR MANを高校時代の友人3人とやって、すっかり気に入ってしまった。そして、新宿の武蔵野館の前にあった昔のスポーツランドで、WILLIAMSのLASER BALLとSTERNのSEAWITCHを、それこそ朝から晩までやった。
大学時代は時間がたっぷりあったので、新宿や池袋でピンボールを手当たり次第プレーした。新宿のルナパークや喜川、池袋のロサ会館などはニューマシンのロケテストが行われる店で、頻繁に通ったものだ。どこのゲームセンターに行っても新旧取り混ぜたピンボールがたくさんあった時代だった。
それだけでなく、いろいろなボウリング場や近郊のスーパーの屋上などで、古いドラム式のマシンなども数多くプレーすることが出来た。今考えると、夢のような素晴らしい時代だったと思う。
とにかく知らないマシンを見つけたときの興奮と喜びは、今でも鮮明に思い出すことが出来る。
そして、1980年代初めのBALLYが自分にとって一番思い入れの深いマシン達である。MATA HARI、PLAYBOY、KISS、PARAGON、SKATEBALL、XENON、EIGHT BALL DELUXE、EMBRYON、CENTAUR、どのマシンも鮮明にとフィールドやルールを思い出すことができる。いつかは、これらのマシンを含めたミュージアムを作りたいと夢見ている。
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