『RPGアフター』第一話

 山の朝はまだ肌寒く、雪も所々残っています。
森の中にポツンと建てられた一軒のレンガの家から、若い男が斧を持って現れました。
この男の朝はいつも薪割りからはじまります。十二年前からずっと。

 薪割りを終えると、次は食料調達のために山の中を歩きます。
家の周りに設置しておいた、生け捕りのための罠に掛かっている動物を見つけます。
本日の収穫は野ウサギ二匹、親子連れのようです。

 川の水を引いて作った風呂に入り、食事を済ませると、
ひさしぶりに麓の村まで出かけようと身支度をはじめます。
山の中で暮らしていると、生活に必要な道具が足りなくなってくるものです。
今回の買い物は鉄と布と砂糖。
それを手に入れるためのわずかな銀貨と、物品交換のための薪と塩を袋に詰めます。

 家を出る前に、寝室に飾ってある写真の前で手を合わせます。
目を閉じると、外から小鳥のさえずりが聞こえてきます。
いつもと変わらない木の匂いが、良い旅立ちをと祝福しているようです。

 
 かつて世界は、悪の魔王による支配が続いていました。
最高の知能と最強の肉体を併せ持つとされていた絶対王が倒された後の世界は、魔王が解き放ったモンスターで溢れ返り、
人々はバラバラに散った町や村の中で、魔王の影に脅えながらの生活を送っていました。

 ある村人たちが一致団結し、「魔王討伐隊」を結成。
世界中で野放しにされているモンスターと戦いながら、勇士を募るために町から町へと渡り歩く冒険をはじめ、
見事魔王を討伐してみせたのが今から十二年前のことです。

 青年レオの父親は、妻と幼いレオを家に置いて討伐隊に参加したきり、いまだに帰ってきません。
夫との再会を果たせないままこの世を去った母親亡き後も、
レオは一人あの家で父親の帰りを待っています。十二年間ずっと――

 
 麓の田舎村は、いつにも増して静かな空気に包まれていました。
民家の壁などには貼り紙が貼られており、「盗賊に注意」と書かれています。
ぼんやりと貼り紙を眺めているレオに、初老のおばあさんが話しかけてきました。
「おや、珍しいお客さんが来たね。でも悪いけど、今は鉄はこの村にないんだよ」

 この方は、レオがこの村にやってくるたびに何かと世話を焼いてくれるおばあさんで、
レオが顔を覚えている数少ない村人の一人でもあります。
「鉄がない? 盗賊でも出るんですか?」
 レオが聞き返すと、おばあさんが腰を両手で押さえながら、
「それもあるけど、この頃鉄の物価が上がっちまってね。早く橋が完成してくれればいいんだけど」

 この村へのアクセスは非常に便が悪い。
北の大国は険しい山脈が邪魔をして通行止め。
東の町へは湖を南に回り込んでから森を突き進み、再び湖沿いを北に歩き続けることで辿り着きます。
物資の運搬は後者の方法に頼るしかないのですが、大人の足でも四半日は掛かる距離のうえ、
途中にある森は一本道で迷いこそしないが、よくないものを見たという話がよく出ている森なのです。
その問題を解消するための橋を建設中なのですが、完成にはまだしばらく時間が掛かるようです。

 多少の手間ではありますが、レオは自分の足で対岸の町に向かうことにしました。
家から持ってきた薪と塩をおばあさんに手渡し、布と砂糖を用意してもらうことにして、
二枚の銀貨を受け取ると、斧を背負って歩き出しました。

 
 魔王を討伐してから十二年が経った現在も、
モンスターの数は全盛期とほとんど変わっていないとされています。
多くは人目に付かない山奥などでひっそりと生活していますが、
それでも町の外を出歩く際には護身用の武器は欠かせません。

 レオは外出時には必ず斧を武器として持ち歩いているのですが、
モンスターにとってはその姿が威圧的なのだろうか、ほとんど出会わなくてすみます――

 
 いよいよ問題の森へと差し掛かりました。
まだ陽は高く、よほどのことがない限りは何事もなく通過できそうです。
この森は過去に何度も訪れたことがあります。
一番古い記憶では、まだモンスターが存在すらしていなかった頃、
父親と母親と、幼いレオの三人でピクニックにやって来たときの記憶です。

 森も出口付近に差し掛かったとき、レオは違和感を感じました。
この森は、昔も今も変わらない一本道のはず。
道を間違えるはずがないのに、今までに見てきた記憶の中の景色とどこか違います。
不審に思いながらもさらに足を進めると、今度は右手側から水の流れる音が聞こえてくるではありませんか。
足を速めてみると、見慣れない開けた空間と小川が視界に飛び込んできました。ますますおかしい。

 レオは歩く速度を落とし、ゆっくりとその小川に近づいてみます。
さほど深い川でもなく、川底では魚の泳いでいる姿が確認できます。
木々の隙間から日光が降り注ぎ、短く生え揃った芝生からは家の近くの森とは違う草の匂いがします。

 重い斧を置き、手で水をすくって飲んでみる。のどごしが良い。
ブーツを脱いで、歩き通しだった足を小川に浸してみると、心地よい水温が受け入れてくれます。
そのまま腰を落とし、上体を倒して横になってみると、長旅の疲れが一気に抜けていくような気持ちのよさだ。
太陽の光を全身に受けながら、そっと目を閉じてみる。
小川のせせらぎが心地良く、小鳥のさえずりが遠くから聞こえる、風も静かだ。

 
 はっと意識が飛んだ瞬間、木を掻き分ける物音を聞き取ったレオは、
とっさに体を起こして周りを見渡しました。
視界に飛び込んできたのは若い女性、銀の杖を構えてこちらの様子を伺っています。
レオはそれを見て一安心し、その女性に話しかけてみました。
「すみません。森で迷ったみたいなんだけど、出口は分かりますか?」
 レオの問いかけに対して、その女性は一歩引き下がってみせました。
そして信じられないものを見るような顔をしながら、なにか呟いています。

 レオが脱ぎ捨ててあった自分の靴に右手を伸ばしたとき、
その女性の足元から黒い影が広がりはじめていることに気付きました。
驚く暇もなく、その影の中から体長十メートルはあろうかという大きさの猛獣が――

 
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