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覚えて・・おかなくてもいい!葬儀無駄知識
別に知らなくても 困らない。(^_^;)

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○世界には鳥葬・風葬・水葬・海葬という葬儀があります。

宗教的な意味合いもあるので それを行う地域の人にとっては意味があります。

鳥葬(ちょうそう)

遺体を裁断し鳥類に食させる。食べ残しは煩悩の証として忌み嫌われる。
宗教上は、魂の抜け出た遺体を“天へと送る”ための方法。鳥に食べさせるのはその手段です。


風葬
遺体を骨になるまで放置しておく。時期が来た頃に洗葬(洗う)する。


水葬
遺体を川に流す。


海葬
遺体をサンゴなどにくくりつける。

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○古代には、人間は死んでも霊魂は不滅であり、
その霊は根国(ねのくに)とよばれる世界へ行くと考えられていた。
死者の世界は地底深くにあるとされた。

○昔は喪服のことを『藤衣(ふじごろも)』と呼んだ。
生地に藤やかずらのつる性の植物で織った布を用いたことによる。

○神道の作法で手をパンパンと叩くのは、
武器になるものは何も持っていないということを
神様に示すためのものである。

○『喪』は、古くは『木の葉がすっかり落ちてしまうこと』を語源としている。
後に この意味を『人を失うこと』
『ものをなくすこと』にまで拡大して使うようになり、今日の『喪』に至った。

○塩は人間にとって命と密接な関係があるため、
神秘的なものとしてあがめ、塩に関する伝統や信仰が生まれた。
『清め』として塩が用いられ、相撲の土俵や葬式の帰りに、
けがれを祓う目的で塩をまいたりする。

○葬儀に関連した花といえば菊があげられるが、
菊は中国では昔から不老長寿の薬と考えられ、
日本に伝わった当所(奈良時代)も、薬用として使用された。

○榊(さかき)の字は、木と神からできている。
これは神様に捧げる木を表している。
本来は境(さか)木(き)であり、
神様のいる場所の境に植える木の意味といわれる。

○今では喪服といえば黒に決まっているが、
昔は遺族たちも死者と同じ白装束に身を包み、喪の時を過ごした。
一定期間これを脱ぐことができなかった。

○死者がでるとすぐにご飯を炊き、
枕元に供える。一膳飯(枕飯)は古くからの風習である。
ご飯の代わりに『枕団子』といって団子を据える地方もある。

○日本に戒名や位牌が現れたのは仏教が定着した鎌倉時代以降である。

○昔の人は祭壇の段数を多くして より高く、より極楽に近づこうと考えた。
また祭壇の高低で家の力を競い合ったとも言われる。

○江戸時代の高僧、沢庵和尚は 自らの死が近いことを知り、
ただ1文字『夢』と書いて世を去った。
これは日本で一番短い遺言である。
漬物の沢庵漬けは沢庵和尚の考案といわれている。

○墓碑の最初は、大化の改新(645年)の推進者と知られる
藤原鎌足(614〜669年)のものといわれる。
昔の墓碑は現在のような墓石ではなく、
卒塔婆(そとば)を建てることが多かった。

○遺族は喪に服している間、外出時に顔を必ず覆わねばならなかった。
今でも葬送のさいに、遺族が額に三角形の紙をあてる地方があるが、
これは顔を隠す風習が簡素化し、形式として残ったものである。

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