|
愛しい命を亡くされた人に対してかける言葉で
今回自身の経験から考えさせられた言葉が幾つかありました。
ただこれは 決して相手を責めるものではなく、
こういう場合の言葉は どれほど言葉を慎重に選んでも
受け取る側の心に余裕がないどころか
過剰なほど傷つきやすくなっているために『凶器』だと感じてしまうようです。
ペコの逝った数日に頂いた言葉に深く傷ついていました。
そんな時にかけられた一言によって長い人間関係であろうとも
終わってしまう場合もあります。
そして それが『優しさ』だとわかっていながらも、
そんな風にしか相手の気持ちを受け取ることのできない自分自身を責めて
余計に落ち込む結果になっていました。
●決まり文句のような悔やみ
●通りすがりの悔やみ
●叱咤激励
●いつまでも思っていると逝ってしまった子が天国に行けない。
成仏できない。との言葉
●あなたのために言っているのよ。
●説教
●宗教的な話
●新しいのを買えば(飼えば)いい。との言葉
●他の命があるからとの慰め
★無視または敬遠
もしも大切な人が 力を落とし声をかけてあげたいと思われるなら、
どうか 共に泣いてあげてください。
溢れる言葉を聞いてあげてください。
受け止めてあげてください。
できるなら本人のわかるような場所で楽しく騒ぐようなことだけは
慎んであげてください。それだけで随分救われます。
○決まり文句のような悔やみ
悔やみ言葉というものは ある程度文章が決まっていますが、一言二言貴方なりの気持ちを盛り込んであげるだけで受け取る側の気持ちも違うと思います。
○通りすがりの悔やみ
例えば、道を歩いている時に葬式をみかけて貴方は声をかけますか?これはネット独特だと思いますが、『偶然アクセスしたら』と悔やみの言葉を残していかれる方がいらっしゃいますが、中には それを不快に思われる人もいます。そういう時は返って黙って立ち去り、言葉をかけたいのであれば後日ある程度の期間を置いてからの方がよいのではと思います。
○他の命があるからとの慰めには・・・
(もう一匹いるのだから その子のためにも元気を出して)等・・の慰めの言葉なのですが、意外にも、この言葉に私は拒否反応を起こしました。というよりペコを喪って『一時的』に猫を抱くことも触ることさえ できませんでした。それは、『猫を抱いてやる時間があるなら なぜもっとペコを抱いてやらなかったんだろう』との自責からです。気持ちがペコにしか向いていないので その時点で猫の話をされるのは、返って辛かったです。その後一ヶ月ほどで タイガーへの思いは元に戻り、この子がいてくれて 良かったと思えるようにはなりましたが・・・。
この言葉は 以前 私自身も使った経験があります。結局・・経験しなければ相手の痛みに気付かなかったということです。
○新しいのを買えば(飼えば)いい。との言葉は・・・
この言葉の全てに込められた人の深い思いを感じることができるのであれば、この言葉が一時的に「不快」をもたらしたとしても それはちゃんと伝わるのではないかと思えます。つまり この言葉は発する側と受け取る側の信頼関係が大きく作用するのかもしれません。言い返せば、あまり信頼関係のない相手や、つきあいの浅い相手には言われたくはない言葉でもあります。
○あなたのために言っているのよ(助言しているのよ)
本当に思っているのなら、哀しい気持ちの人に自身の感情を押し付けるのではなく、一時 受け止めることに徹してみてください。時がたてば、哀しい気持ちも移り変わり 周りの言葉も耳に入るようになってきます。亡くされた直後の心神喪失状態の人に「私はこうした」「私はこうする」などの話しをされることは 言い換えると「あなたもそうしなさい」と言っているように受け止められる場合があります。
☆無視または敬遠
愛しい命を喪って孤独感に包まれたような気持ちでいる時に 親しい人から避けられるのは余計苦しいものです。かける言葉がみつからなくても『ここにいるよ』と声をかけてあげるかネットの関係ならハンドルネームだけで相手に気持ちを伝えることは可能だと思います。言葉でなければならないのではなく 気持ちだと思います。 |