
| 2000年7月23日(日) | 「MOON LOVE(ムーン・ラブ)」
今回で第199回目で次回で記念すべき第200回目になることに対し本当に番組も長い間続けてきていることを感じずにはいられませんし、今後も、番組内容の更なる多様性を期待したいところです。 さて、今回取り上げたロシアの作曲家チャイコフスキーは誰もが知るメロディラインの美しい旋律を持っていることはいうまでもないことであると思います。番組でもチェット・ベッカーの作曲曲が流れ、優雅で幻想的と称しておりまさにその通りであると思います。チャイコフスキーは1888年に交響曲第5番は運命というテーマであることに触れていましたがこれは初耳です。ベートーヴェンの交響曲第5番「運命」と番号が一致していることに対してチャイコフスキーがベートーヴェンを意識していたのではないかと感じ取ることができると思います。マーラーはベートーヴェンが交響曲第9番「合唱付」を最後の交響曲番号として死を迎えたことに対して本来なら順当なところからいけば交響曲第9番になるところを交響曲番号を付けなかった交響曲「大地の歌」の存在もありますし、ベートーヴェンによる何らかの怨念の現われ?なのでしょうか。ところでベートーヴェンの交響曲第10番ではないかと思われる第1楽章のみの草稿が発見されたという話はどうなったんでしょうかね?ご存知の方がいれば教えて頂ければ有り難いのですが。 かなり話が脱線してしまいましたがチャイコフスキーの交響曲第5番の第2楽章をポピュラーバンドのためにアレンジしたものが1980年に「MOON LOVE(ムーン・ラブ)」として発売され、あたかも月のように夜明けのように消えていく。映画ではマック・デーヴィッド、マック・デーヴィスについて触れていました。まさにLOVE SONG(ラブ・ソング)なのです。この主題旋律がホルンなのです。チャイコフスキーは10歳で法律学校へ進み、法務省に勤め22歳でペテルブルクへ、そしてその4年後にできたモスクワ音楽院の講師を務めた。チャイコフスキー記念国立モスクワ音楽院ではチャイコフスキー国際コンクールが開かれる。モスクワ音楽院大ホールも映し出され、スクリャービン、ラフマニノフ、スヴァストラフ・リヒテル、ウラディーミル・アシュケナージを輩出したというような歴史に触れていました。モスクワから北西クリン近郊のクロロフスコエでチャイコフスキーの家が現在は博物館として展示されピアノ(pf)と質素な机が残っていてそこで作曲をしていたようです。トランクがいつも玄関にあり1898年10月にはペテルブルクへ行き53歳という若さで亡くなったのです。以上でチャイコフスキーの人生についての話が終了しました。 次にクラシックをジャズ用に編曲したものをいくつか取り上げていました。最初にアンドレ・コステラネッツのグレン・ミラー&彼のオーケストラ、次にリストの愛の夢をトミードーシー楽団とクラリネット奏者として一世を風靡したベニー・グッドマンによるものを挙げ、1962年にロシアでアメリカ親善使節として大成功を収めたようです。 ところでチャイコフスキーの交響曲第5番の第2楽章を編曲したナンバーであればナット・キング・コールのLET'S FACE THE MUSIC!、レイ・コニフ楽団のCONCERT IN RHYTHM、デラ・レッサ(Della Reese)のTHE CLASSIC DELLA、そしてフランク・シナトラのMOON LIGHT(ムーン・ライト)を最後に挙げ、これは月の曲ばかりを集めたナンバーでその中に収められているのです。 この後にいつものように吉村エッセーがあってMOON LOVE(ムーン・ラブ) |