
●経歴
1927年、アゼルバイジャン共和国注)のバクー生まれのチェリスト、指揮者。7歳の時からチェロを学び始め、僅か10歳にしてサン=サーンスのチェロ協奏曲を弾くという神童ぶりであった。1943年モスクワ音楽院に入学し、チェロをコゾルーポフ、作曲をシェバーリンとショスタコーヴィチに学んだ。1950年にはソ連人民芸術家の称号を与えられた。この頃、ショスタコーヴィチ作曲の『チェロ協奏曲第1番』及びプロコフィエフ作曲の『協奏交響曲』が彼のために作曲され、献呈されている。1968年にはチャイコフスキー作曲の歌劇『エフゲニー・オネーギン』を振って指揮者としてもデビューした。1974年5月、政治的な理由によりソ連政府より強制的に退去させられ、その活動を以後西欧において行わねばならなくなった。1977年ワシントンのナショナル交響楽団の音楽監督に就任。1989年11月には東西冷戦の象徴であったベルリンの壁の前で、チェロを演奏し話題を呼んだ。しかし、婦人のソプラノ歌手ガリーナ・ヴィシネフスカヤと共に、実に16年ぶりに帰国し、ナショナル交響楽団(ワシントン)と共にモスクワとレニングラードでコンサートを行った。テルデック・レーベルへのショスタコーヴィチ:交響曲録音シリーズでは、これまでに第4番、第8番、第10番、第15番の録音を行っており、いずれも好評を博している。
著:大宅緒、発行者:Warner
Company、CD番号:WPCC5859 4509-90849-2
注)当時はソ連。
※ 一部抜粋及び改編を行っている場合があります。また、NetscapeCommunications社等Microsoft社以外の他社のウェブブラウザでは正しく表示されないことがあります。