旧皇族
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旧皇族(きゅうこうぞく)は、1947年(昭和22年)に連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)の命令に基づく皇室財産の事実上の没収により、従前の規模の皇室を維持できなくなったことなどから皇籍を離脱した皇族およびその男系子孫の総称である。
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概説
旧皇族は、すべて室町時代以来続く世襲親王家の筆頭であった伏見宮家の系統に属する傍系の皇族であり、南北朝時代の北朝第3代天皇・崇光天皇の末裔に当たる。現在の直系の皇室とは伏見宮家から出た室町時代の後花園天皇を境に分かれており、男系で見る限り現在の皇室とは非常に遠い親戚だが、明治天皇および昭和天皇の内親王との婚姻を通じて、女系では近親に当たる家も複数存在する。
皇籍離脱後は、それぞれ宮号を苗字として名乗って一民間人としての生活を始めたものの、慣れない商売に手を出して失敗したり、財産税を払い切れないために家屋敷を安価で買い叩かれるなど、苦難の生活を送った者が多い。なお、皇籍を離脱した後も皇室の親戚という立場には変わりがなく、皇室の親族が所属する親睦団体の菊栄親睦会に所属して現在でも皇室と親しく交流を続けている。皇族、旧皇族の墓地は豊島岡墓地にある。
現存する旧皇族の構成
伏見宮家、梨本宮家、山階宮家、久邇宮家、北白川宮家、閑院宮家、東伏見宮家、賀陽宮家、朝香宮家、東久邇宮家、竹田宮家
皇室との近親関係
- 昭和天皇の内親王を通じて近親に当たる家
東久邇宮家
- 明治天皇の内親王を通じて近親に当たる家
- 香淳皇后を通じて近親に当たる家
久邇宮家
旧皇族出身の著名人
- 東久邇宮稔彦王(皇籍離脱後は東久邇稔彦)(日本国第43代内閣総理大臣)
- 竹田宮恒徳王(皇籍離脱後は竹田恒徳)(日本オリンピック委員会(JOC)会長、日本馬術連盟会長)
- 竹田恒和(日本オリンピック委員会(JOC)会長)
- 久邇邦昭(神社本庁統理、伊勢神宮大宮司)
- 北白川道久(伊勢神宮大宮司)
皇族への復籍問題
秋篠宮文仁親王の誕生以来、皇室には男子が生まれていないことから、近い将来、皇位を継ぐべき男系男子が絶え、皇室典範に定める皇位継承者が存在しなくなり、皇統が断絶する可能性が出てきた。
そこで昨今、女性天皇・女系天皇を容認して皇位継承者の範囲を拡大すべきとする意見が政治家やマスメディアを中心に提起されている。時事通信社が2005年6月に行った世論調査においても、女系による皇位継承を容認する意見が7割を超える結果が出ている。しかし、女系による皇位継承の容認は、日本の建国以来神武天皇の男系の血統を連綿と継承してきたとされている「万世一系」と称される皇統の断絶を意味する。
そこで、皇室典範の養子禁止規定を改正するなどの方法により旧皇族を皇族に復籍させ、男系の皇位継承を維持するべきとする意見も保守論者を中心に提起されている。2005年10月6日には、小堀桂一郎東大名誉教授を代表とする「皇室典範問題研究会」が結成され「男系継承の皇室の伝統を維持するために旧皇族の復帰を検討するべき」「現在の皇族の方や旧皇族の方からも意向を伺うことが大事」等の声明を発している。
ただ、2005年10月5日に第13回目の会議を終えた小泉純一郎首相の私的諮問機関「皇室典範に関する有識者会議」においては、旧皇族の男系男子を皇族の養子とする案については「どの方の養子となるかにより継承順位がかわることになるので、当事者の意思により継承順位が左右されることになる」「どうしても当事者の意思が介在してしまい、一義性に欠けることになる」など皇位継承の安定性の観点から否定的な意見が強く、また、男系の血統の保持についても「男系男子だけによる継承が行き詰るということははっきりしている」などの消極的意見が大勢を占め、同会議が女系による皇位継承を容認する結論を出すことはほぼ確実と見られる。
しかし、同会議の構成員に皇室の伝統に精通した専門家が一人も存在しない事や、当事者である皇族の意見を一度も聴取せずに拙速に結論を出そうとする姿勢を疑問視する識者は多く、「女系容認の結論ありきの会議ではないか」「天皇の果たしてきた文化的・宗教的役割を無視している」との批判も根強い。また、同会議が旧皇族の復籍を否定し、男系の血統の保持を「行き詰まることは明らか」としたことについても「明確な根拠がない」との批判がなされている。
いずれにしても、様々な立場から議論が尽くされたとはいえない現時点で、同会議がどのような「結論」を出したとしても、その結論の正当性自体が再び議論の対象とされることは確実と見られる。

