明治維新・郷土のヒーロー

北島秀朝
きたじま ひでとも

北島秀朝プロフィール

 

1 生年月日  天保13年4月17日(1842.5.26)

          栃木県馬頭町(現那珂川町)大山田下郷生まれ

2 没年月日  明治10年10月10日(1877.10.10)

          長崎市で死す。

3 生い立ち

 北島の生まれた1842年は、アヘン戦争でアジアの大国清がイギリスに敗れ、日本全体に大きな衝撃を与えた年であった。6歳の時から、生家の近くにある総徳寺で読み書きを学び、16歳の時には、熟を開き弟子たちに教えるまでになった。ちょうどこの年に、馬頭に立てられた郷校で学び、尊皇攘夷思想を身につけ、やがて上洛する。

4 業績

○ 岩倉具視に出会い、倒幕軍の指揮官として活躍。

○ 都を京都から東京に移す意見を岩倉に進言。

○ 政府役人として、東京の統治や千葉県の開墾に尽くす。

○ 和歌山・佐賀・長崎など要地の県令を歴任。

○ 県令時代は、佐賀の乱の事後処理、長崎港の整備、師範学校設立などの業績を残す。

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