
2001/07/12
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1936年(昭和11年),日本職業野球連盟の発足に参加した7球団のうち阪急を除く6球団は都市名を戴いていました。しかし,「プロ野球それ自体は採算がとれなくても,本業を利するものであればいいのではないか」ということで始まったプロ野球は,現在でもなお,親会社の宣伝機関に甘んじており,球団名も,1947年「東京ジャイアンツ」が「読売ジャイアンツ」,1954年「名古屋ドラゴンズ」が「中日ドラゴンズ」に,1961年「大阪タイガース」が「阪神タイガース」となり,横浜と広島を除いて10球団が企業名を名乗っています。
都市は,プロ野球にとってマーケットですが,大リーグにおける都市との関係を見ていると,それだけでなく,プロ野球は,都市にとって欠くことのできない存在になっていることがわかります。なぜ,日本では,都市との結びつきが薄いのでしょうか。採算面から,親会社の宣伝機関として出発した経緯はありますが,2000万人以上の観客を動員する今日においてもなお,親会社に依存し続け,地域との結びつきが生まれないのはなぜでしょうか。
プロ野球と都市の関わりを見ていきたいと思います。
目次 第1章 第2章 第3章 第4章 第5章 第6章 第7章
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目次
まえがき
第1章 都市はマーケット
1 プロスポーツのメディア化
2 観客で満杯の球場
3 観客はどこから来るのか
第2章 アメリカにおける都市との関係
1 フランチャイズ
2 大リーグファン気質
3 球団と都市との関係
第3章 都市の魅力
1 都市の本質
2 都市の魅力
3 都市の矛盾
第4章 都市の担い手
1 アメリカの担い手
2 日本の担い手
3 戦前の都市とプロ野球
4 都市とプロ野球の関係
第5章 魅力の喪失
1 近代工業社会
2 受け皿としての会社共同体
3 東京一極集中
4 シャウプ税制・財政改革
5 なぜ,都市は魅力を失い,なぜ,プロ野球は地域性がないのか
都市社会学からの若干の説明
第6章 都市とスポーツの新しい関係
1 近代工業社会の行き詰まりとスポーツ産業の発展
2 経済効果
3 シンボルとしてのスタジアム
4 ロールモデルと公共心の確立
5 遊び,気晴らし,運動
6 スポーツの中心性
7 都市間競争とスポーツ
8 スポーツが都市にできること
第7章 プロ野球と都市
1 ムラからカイシャへ
2 カイシャから都市(マチ)へ
3 プロ野球の行き詰まり
4 球団名とは
5 プロ野球都市宣言
あとがき
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1980年代以降,メディアの巨大化により,スポーツ自体がメディアと化すようになりました。ところが日本のプロ野球は,親会社の宣伝機関として出発したことからも分かるように,1936年の日本職業野球連盟の発足時からメディア化していました。スポーツがメディア化した世界では,都市=マーケットと図式が成り立つのでしょうか。
もともと,プロスポーツは,見物人から入場料を徴収したことから始まり,プロスポーツの収入といえば,入場料や売店収入など球場での収入が中心でした。ところが,メディアの発達とそれに伴うプロスポーツのメディア化は,プロスポーツの世界に,放送収入やスポンサー収入といった球場外の収入をもたらすようになりました。
近年では,この球場外の収入の割合が増大しています。「大リーグと都市の物語(宇佐見陽著)」によれば,大リーグでは,球団収入に占める放送収入の割合が,1946年の3%から1990年には50%へと急増し,大リーグ全体を見ても1984年には入場料収入を初めて上回るようになったそうです。
球場からの収入は,観客によるものです。観客が支払う入場料,観客が飲食しグッズを購入することにより得られる売店収入,観客が見ることによって価値が生まれる球場広告。これらは,プロスポーツが誕生以来重要な位置を占めていました(NPBでは,広島カープを除いては,入場料とグッズによる収入のみでしたが)。ところが,近年のプロスポーツのメディア化により,収入面において,観客収入の割合は,相対的に低下しつつあります。
確かに,観客収入の比重は低下しています。それでは,メディア化したプロスポーツにとって,球場に訪れる観客の価値が,低下したのでしょうか。「スポーツ産業論入門」(原田宗彦編)によると,球団経営において「最も大切なことは,スタンドを観客で満杯にすることだ」としています。これは入場料収入のことを言っているのではなく(もちろん,球団経営にとって入場料収入は非常に大切ですが),常時球場が満杯である状況が大切だいうことなのです。満杯の球場という状況が,あらゆる収益獲得手段に大きな影響を及ぼすことになるのです。
満杯の球場の大切さを説明する例として,NFLのブラックアウトルールをあげています。ブラックアウトルールとは,試合開始72時間前に入場料を完売できなかった試合は,球場を中心にして半径75マイル(120q)圏内でのテレビ放送が禁止される,というもので,入場券が完売しなければ,地元の人たちはおらが町のチームの試合をテレビで観ることができないというものです。
ブラックアウトルールはいろいろな問題を含んでいますが,NFLの見解は「NFLの基盤は球場に足を運ぶ観客であり,満杯の球場での熱狂的な雰囲気無くして,NFLはテレビにとって優良コンテンツとはなり得ない。スタンドに空席が目立てば,テレビ局だけでなく,スポンサー企業に対するアピール力も弱まり,ファンの興味も薄れてしまう。」というものです。つまり,満杯の球場自体が,メディア化したプロスポーツのメディア・ヴァリューを高めることになるのです。
このように,プロスポーツ自体がメディア化した状況においても,プロスポーツにとって球場を訪れる観客の重要性は変わってはいないのです。
では,その観客は,どこから来るのかを確認してみましょう。球場に足を運ぶ観客はどこに住んでいるのでしょうか。答えは簡単です。球場の近くに住んでいたのです。阪神甲子園球場で応援するファンは,関西在住者が圧倒的でしょう。東京の住民がわざわざ飛行機や新幹線を使って応援に行くということは滅多にありません。
これはサッカーの例ですが,1998年の大阪体育大学の調査によれば,関西エリアにホームスタジアムを持つ4つのJリーグクラブの観客は,クラブ間で若干異なりますが,球場から直線距離で30q以内に住んでいる人が約75%〜90%を占めており,自宅から球場までの所要時間は,観客全体の約70%〜80%が1時間30分以内となっています。また,観戦回数が多い観客は,球場までの所要時間が1時間圏内に居住していることも明らかになっています。
さらに,観戦回数の多い観客は球団に対するロイヤルティ(愛着心)も高いという結果もでており,野球やサッカーといったプロスポーツの観客は,地域に限定された存在であることがわかります。この球場から20〜30q(時間的距離で言えば1時間〜1時間半)以内の人口集積した地域が,球団にとってのマーケット,すなわち商圏ということになります。この商圏の人口集積度が高ければ高いほど,球団の観客動員力が高くなります。そして,その条件を満たす地域が都市です。
球団にとって都市はマーケットそのものです。親会社の宣伝機関である日本のプロ野球においても,都市は,マーケットなのです。
参考文献 「大リーグと都市の物語」 宇佐見陽著 平凡社新書 2001
「スポーツ産業論入門」 原田宗彦編著 杏林書院 1999
目次 第1章 第2章 第3章 第4章 第5章 第6章 第7章
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大リーグでは,球団は都市名を名乗り,観客も地元球団を熱狂的に応援します。本章では,前述の「大リーグと都市の物語(宇佐見陽著)」をもとに,アメリカにおける大リーグと都市との結びつきを見ていきたいと思います。
大リーグには,都市=マーケットという考え方は古くからあって,球団同士の共倒れを防ぐため,地域独占権と言えるフランチャイズ制が採用されています。これは,1876年のナ・リーグ結成時の憲章が基盤になっており,その内容は,第1に観客動員力と関係のある人口規模を定めた「本拠地となる都市」の人口規模が75000人以上,第2に球団相互の勢力範囲の適正規模を定めた,「各都市」は互いに5マイル(約8q)以上離れていること,の2点からなっています。
現在の大リーグ・フランチャイズに当てはめると,その適正規模は,核となる中心都市の人口50〜60万人,それを取り囲む大都市周辺人口は200万人以上,1都市2球団までとなります。都市圏の人口が1人増えるごとに球団の年間収入は2ドル40セント増えるという試算もあり,優勝争いに加わっていない年でも一定水準の集客力があるという点では大都市圏球団が有利とされています。
大リーグのファンは,一般に,地元のホームチームを熱狂的に応援し,相手のビジター・チームに対しては冷ややかです。地方都市ほど,この傾向は強く,大都市では,ビジターを応援する者も多く見られます。大都市の場合,他の州や外国の出身者も多く,アメリカといえども,地元オンリーというわけにはいかないわけです。例えば,ニューヨークでは,ボストンの大学の出身者がレッドソックスに声援をおくったりします。
ニューヨーク,シカゴ,サンフランシスコ,ロサンゼルスには,1都市圏に2球団存在しますが,地元のファンは両チームを応援するのではなく,一方の球団のみを応援し,他方には反発する傾向があります。これは,サッカーのダービー・マッチ(同一都市内の二チーム間の対戦)が盛り上がるように,近親憎悪的関係に陥るためです。この関係を利用したのがインター・リーグです。
地元意識が高まると,プレーに関係なく,声援が飛び交うこともあり,「応援を受けているのは実際にプレーしているチームではなく,本拠地の街や都市の地名,そしてその土地に忠実で代表者にふさわしいサポーターである。」という意見さえもあります。「もともとスポーツ観戦,球団の声援は人間本来が持ち合わせている闘争本能の他者への委任行為であり,さしずめ古来のローマ対カルタゴの戦いを現代の都市対抗戦として,街の名前を冠した球団に託している」ようにも見えます。
地元意識は,地域外との敵対関係を持つことにより明確になります。「スポーツでいえば相手チームの存在があるからこそ地元チームの意識もより高く,研ぎ澄まされたものとなり,外部との違いを強調する手段」ともなります。特定カードでは,その意識が他カードよりも格段に高まります。
その代表例としてドジャーズ対ジャイアンツがあります。同リーグの同地区,同じ州に本拠地を持ち,それぞれ北カルフォルニアと南カルフォルニアを代表し,同じ年にそろってニューヨークから西海岸に移転したという共通点があり,そのライバル意識はニューヨーク時代にまで遡ります。
このように大リーグでは,ファンは地元密着型の応援を行い,球団は地域との一体感,AI(Area
Identitiy)=地域同一性をもっています。さらに,大リーグをはじめとするプロスポーツは「地元との一体感をもたらし,ファンにとっては興奮と日常の楽しみの両者をえることができる」ものであり,都市にとって欠くことのできない存在になっています。
大リーグは,都市の魅力の一つとなり,観光客,企業をを惹きつけ,都市住民に地元意識,共同体意識を高め市の地位を認識させます。また荒廃した都市中心部の再開発のきっかけ,災害や不況といった困難時の住民への激励といった働きをします。逆に球団を失った都市は,市民の重要な娯楽の喪失,都市のイメージ低下につながり,為政者の直後の選挙結果にも影響します。
1970年代のピッツバーグはNFLのスティーラーズが4回,パイレーツが2回全米を制覇したことで「チャンピオン都市」と呼ばれ,都市住民の活力の源となりました。この街に本社を置くウェスティンの会長は「大リーグ球団が都市にとって持っている意味は明快だ。ピッツバーグが大リーグ球団を持っていなかったとしたら,どうやって当社に勤務する人材をこの街へ引っ張ってくるかね?私はこのような効果は金銭には換算できないと思っている」と述べています。
一方,プロスポーツチームに去られた街は「妻に逃げられた男」という嘲笑を受けることになります。ミネアポリスの政治家,財界人は「市のイメージ上,大リーグチームを失うことは,1度も所有経験がないよりもまずい」「もしヴァイキングズ(NFL)とツインズに去られたら,ここは凍てついたオマハ(ミネソタ州の南西に位置するネブラスカ州の中心都市)への道を歩むことになる」と述べています。
参考文献 「大リーグと都市の物語」 宇佐見陽著 平凡社新書 2001
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大リーグは,都市の魅力の一つとなり,都市にとって不可欠な存在になっています。では,そもそも都市とはいかなるもので,都市の魅力とはなんでしょうか。
都市という言葉は,政治と経済の中心を意味しています。この中心性こそ,都市の本質の一つです。実際,都市の中心には,政治や経済,文化といった人々を吸引する力が存在します。都市には人々が集まり,人々が集まる都市は,集中のメリットにより,さらに人を集めます。
都市は,開放的な社会です。自給自足的で閉鎖的な村落(ムラ)と異なり,都市は,他の地域に開かれ繋がっています。都市には,多くの異なる人々が,各地から集まり,各地に移動します。また,都市には,人だけでなく,多様な物や情報が集まってきます。この開放性も都市の本質の一つといえます。
都市には情報が集積します。各地から人々が都市に集まるとき,各地の情報が集まり,人々が各地に戻っていっても,情報だけは都市に残り集積していきます。また,都市から他の地域に移動する人々は,都市に集積された情報を他の地域に伝達することになり,都市は情報発信基地になります。
村落は,同質的な社会ですが,都市は異質な社会です。都市には多くの異なる人や物,情報が集まります。都市は,多くの異質の職業,異質な考えや生活様式をもった人を住まわせる場所です。人々は,異なる人や物,情報に出会うために都市を目指します。異質性もまた都市の本質です。
都市は,多様な人々が集まり,情報を集積する開かれた社会です。都市には,大勢の異なる立場や行動や思想をもった人々が集まります。都市とは,多様な人々を惹きつける磁力であり,都市は異なる人と情報を繋ぎ合わせる人類の発明した素晴らしい装置なのです。
都市は富を生み出します。異なる人と情報を繋ぎ合わせることにより,新しい試みが生まれ,富が生産されます。その富を生み出す人々を模倣することによって富は都市の隅々まで広がって行きます。こうした新しい試みをしようとする心は,「魂の自由」から生まれます。そして,「魂の自由」は,都市の匿名性と機会均等性によってもたらされます。
都市は過去を消すことができます。過去を問わず,現在の努力と能力のみを問い,機会を与えてくれます。こうして都市は野心と才能を持った人々を惹きつける装置となります。また,都市は機会均等性をもたらすがゆえに,何かをなし遂げようとして来る人々を惹きつけます。都市の人々は,よそものが発展をもたらすことを知り,そのような人々を歓迎します。
富を創造した都市の人々は,都市自らに魅力をを発見し,魅力を創造します。他の都市に負けない魅力を創り出そうとします。都市は,魅力を創造することにより,「魂の自由」をもった人々を惹きつけ,その力を都市に役立てようとします。都市は富を創造し,創造した富を有意義に使うかに心を砕きます。
※ 「魂の自由」という言葉は,曽野綾子氏が上坂冬子氏の言葉として述べているもので,「都市の魅力学(原田泰著著)」の中で触れられているものです。「私の尊敬している友人の上坂冬子さんは,東京に生まれ地方に育ったが,彼女がある時,私に,東京の地価が高いのは当然だと思う,と語ったことがある。なぜなら東京の地価には『魂の自由代が含まれているから』というのが彼女の意見であった。これは都会を語る上での,最上の名言である。」(「都会の幸福」PHP研究所,1989)
都市は富を創造し,魅力あふれたものですが,それ自体大きな矛盾を抱えています。巨大化し便利になるほど,環境が汚染され緑や自然が減ります。さらに,災害の危険も大きくなり,人々の繋がりも希薄になっていきます。都市は,巨大化し便利にしていくだけで,そこに人間の英知が働かないと,本当の「まち」とはいえません。
都市は「魂の自由」をもたらしますが,それが欲しいままの自由にならないためには野心は秩序と折り合い,才能は自己抑制を必要とします。都市において「隣人と隣人とが互いに知らず,個人の行為は自由であって,何等周囲の監視を蒙らない。げに都会の生活は非人情であり,そしてそれ故に,遙かに奥床しい高貴な道徳に適っている」(萩原朔太郎)

都市は,人を惹きつけます。それは,都市に魅力があるからです。しかし,その魅力はいつまでもあり続けるわけではありません。何もしなければ無くなったり消えていってしまいます。都市は,常に矛盾を抱えています。都市は,常にその矛盾を克服し,魅力を持ち続ける必要があります。
都市は民主主義の学校です。都市の人々は「魂の自由」を持ち続けるために,努力し英知を働かせます。この「魂の自由」をもった人々を「市民」とよぶことができます。第4章では,都市の担い手を見ていくことにします。「市民」は,都市の担い手になれたのでしょうか。
参考文献 「都市の魅力学」 原田泰著 文春新書 2001
「まちづくりの実践」 田村明著 岩波新書 1999
「現代の都市経営」 牛嶋正著 由斐閣ブックス 1999
目次 第1章 第2章 第3章 第4章 第5章 第6章 第7章
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アメリカの都市は,新しい事業やサービスを行うときに,自らの負担を伴うということを具体的に示して,その資金を得るために,住民投票に懸けて増税することがあります。実際,大リーグの新球場建設のために,市債発行や新税導入について住民投票を実施した都市はシカゴ,デトロイト,クリーブランド,デンバー等があります。いずれの場合も,否決された場合は大リーグ球団を失うことになっていたと,いわれています。
アメリカの都市は,自らが創造した富で,球場をつくり,大リーグを誘致します。大リーグは都市のシンボルなり,人々を惹きつけ,都市の魅力の一つになっています。アメリカでは,球場(ボールパーク)というハードと球団(大リーグ)というソフトが相俟って,都市の魅力を醸し出しています。
アメリカの都市は,1950年代から60年代にかけて,自動車の発達により郊外化とそれに伴う都心部の空洞化が起こりました。都心部の施設は老朽化したまま放置され,住民数の減少,犯罪数の増加が顕著でした。このような都市問題を解決しようと都心部再開発が行われ,その象徴・総仕上げとして大リーグの球場を核に据えようとしました。その典型としてボルチモアのオリオールパーク・アット・カムデンヤーズとクリーブランドのジェイコブズ・フィールドがあります。
大リーグ以外の例としては,サンディエゴ動物園のズーフレンドがあげられます。サンディエゴ市の動物園は,世界的に有名でツアー客の定番になっています。しかし,何よりも動物園のファンは,地元のファンであり,サンディエゴ市民の半分がズーフレンドとなっています。このズーフレンドは単なる友の会では無く,資金調達からベビーシッターなどあらゆる面で活躍する総合支援組織なのです。サンディエゴ空港でタクシーに乗り,動物園へと言うとドライバーが「俺はズーフレンドだ」だと胸を張るというエピソードは有名です。
このように,アメリカの都市は,都市を魅力的なものにするため,市民自ら努力しているのです。都市は,他の都市に負けないよう魅力を創造しようとします。都市間競争が,都市を魅力的なものにしています。
戦国時代の権力者は,軍事要塞として城を築き,その近くに商人や職人を集めて町を造りました。織田信長の楽市楽座はその典型で,都市を充実した賑わいの場にすることに成功しました。権力者が町を造り住民を住まわせる城下町が都市の主流になりました。明治になってからも,都市は「お上」が造り,「企業」がその城下町を造ってきました。西欧では中世から,商工業者を中心にした市民が,権力者である領主から自立して,自治都市あるいは自由都市をつくることが多くありましたが,日本にはその例はほとんどありません。ですから受動的な「住民」はいても,主体的な都市をつくろうという「市民」は不在でした。
こんな中にあっても,戦前の都市の官吏や企業家は,自ら都市づくりを行ってきました。戦前の中央政府には都市基盤の整備を賄う資金がなかったのです。第一次世界大戦前の日本は,今でいう累積債務国になりかけていました。このころ,日本は,工業化にともない人口が都市に集中し,上下水道,道路・港湾,電気・ガスといった都市基盤の整備が急務でした。そのため,政府からの支援が受けられない都市は,外国から資金を借りて都市基盤の整備を行いました。
ところが,第一次世界大戦を契機に日本経済は発展し,資本輸出国に転じます。経常収支が苦しいときも,外国資本を取り入れ,都市づくりを行ってきたわけですから,資本輸出国になってからは,都市は,さらに積極的に都市づくりに励むようになりました。1920年代には関東大震災(1923)を契機に東京や横浜も近代都市の形を整え,それに劣らず大阪,名古屋,神戸も面目の一新を図りました。それを促進したのが人口の集中とともに大都市間の競争でした。東京は世界の都市を目指し,大阪と名古屋は東京を目指し,他の都市はそれぞれライバルに負けないよう果敢な投資が行われました。
このころの代表的な都市の担い手に大阪市長であった関一(せきはじめ)がいます。関は御堂筋や地下鉄を造り,築港にも取り組み,ハードをりっぱに整備しましたが,本当に必要なのは「住み心地よき都市」を造ることだといっていました。この関の考え方は当時の代表的な都市行政官に共通していました。しかし,このような考え方を実現してゆくには,「市民」のバックアップが必要でした。ここに,戦前における都市づくりの限界がありました。
1920年代というのは日本で最初に出現した大衆消費社会の時代でした。第一次世界大戦を契機に日本経済は発展し,都市に人口は集中し,人々の購買力・消費力も向上します。こうした都市への人口集中,都市住民の消費力向上を背景に,娯楽としてのスポーツ,野球観戦に対するニーズを高まり,野球はスペクテイター・スポーツ(見るスポーツ)として確立していきます。1924年,阪神甲子園球場が完成し,第10回全国中等野球大会には1日8万人の観衆を集めました。また,この年から選抜中等野球大会も始まっています。
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こうした中で,1921年最初のプロ球団である日本運動協会が生まれますが,それが関東大震災(1923)を契機に関西に移転し小林一三による宝塚協会に引き継がれます。しかし,宝塚協会も数年で消滅(1929)してしまいます。プロ野球はの成立は1930年代,人口集中の著しい大都市(東京,大阪,名古屋)において,新聞社と鉄道会社をバックに1936年日本職業野球連盟まで待つことになります。日本の野球は,学生野球から始まったため,プロ野球は,独立採算は難しいものとして新聞社や鉄道会社の宣伝機関として再出発しました。
日本のプロ野球は,新聞社と鉄道会社の宣伝機関として再出発しましたが,新聞社や鉄道会社も第一次世界大戦後の,人口の都市集中を背景に発展してきたもであり,親会社自体も地域性を有していました。読売新聞社の正力松太郎も,阪急の小林一三も,都市の担い手でした。都市の担い手たちは,(親会社の宣伝機関であったとしてもても)職業(プロ)野球を使って,富を生産し,都市の魅力を創り出そうとしていました。正力松太郎は,大阪の朝日新聞や毎日新聞に対抗するため,プロ野球を創りました。都市間の競争が新しい試みを起こさせます。
しかし,球団は球場を通して地域と結びつきますが,鉄道系の球団は,都市の郊外に球場があり,都市との関係は希薄でした。大阪タイガースは,大阪を名乗りながら兵庫県に球場がありました。新聞社系の球団になると,大東京の洲崎球場以外は専用球場がなく,その州崎球場は,満潮時にはグラウンドが浸水するという有様でした。球団は,直接的には都市と結びついてはいませんでした。このように日本のプロ野球は,親会社が地域から離れるとき,球団も地域から離れるという宿命を背負っていました。
第二次大戦後,プロ野球は,地域性を失っていきます。同時に,都市もまた急速に個性を失い,魅力を失ってきます。第5章では,いかに日本の都市が魅力を失っていったのかを見ながら,プロ野球がどうして地域と結びつかなかったかを考えていきたいと思います。その前に,都市人口とプロ野球の成立について,みておきたいと思います。
第1章で見てきたように,プロ野球にとって都市はマーケットであり,都市の存在は,プロ野球成立のための必須条件です。日本職業野球連盟が成立した1930年代というのは,都市人口が全国人口に占める割合が1930年の24.0%から1940年の37.7%と急速に都市化が進んだ時代でした。因みに,アメリカで初めての大リーグ・ナショナル・リーグが生まれた1876年当時の割合は28.2%(1880年)でしたから,プロ野球成立のため,都市集中度は30%近く必要だということです。日本で最初のプロ球団,日本運動協会が誕生し,解散した1920年代というのは,1920年18.0%から1930年代24.0%でした。
次に,1920年から1940年にかけての大都市人口を見てみましょう。日本にプロ野球が成立した1936年の東京,大阪,名古屋の人口集中が際だっていたこと分かると思います。
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参考文献 「大リーグと都市の物語」 宇佐見陽著 平凡社新書 2001
「まちづくりの実践」 田村明著 岩波新書 1999
「都市の魅力学」 原田泰著 文春新書 2001
「近代プロ・スポーツ」の歴史社会学 菊幸一著 不味堂 1993
「都市と経済」 宮本憲一 NHK大学講座 1980
目次 第1章 第2章 第3章 第4章 第5章 第6章 第7章
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戦前といっても,1920年代には経済的に発展し,工業化や都市化が急速に進みました。しかし,社会的には農村型の村落共同体が支配していました。1940年でさえ,第一次産業の比率は44.3%もあり,全国人口に占める都市人口の割合は37.7%に過ぎませんでした。戦後,その農村社会は,急速に崩壊し,全国的規模での都市化と工業化が進みます。第一次産業の割合と全国人口に占める都市人口のそれは,それぞれ1960年32.7%,63.3%,1970年19.3%,72.1%となっています。日本が近代工業社会になったのは戦後の60年代,70年代でした。そして,この近代工業社会をもたらしたのは1940年に生まれ1955年に完成した国家官僚主導による近代工業化政策です。この近代工業化政策の影響の中で,都市は,魅力を失っていきます。
まず,近代工業社会そのものが,都市の魅力を失わせる働きを持っているということができます。近代工業社会は,「地域という場所」から人々を解放し,地域という枠組みを超えた国家という空間の中で商品や労働力を流通させ,同時に,土地や空間を資本として生産・流通・消費するようになります。それを技術的に支えるのが鉄道や自動車,電信や電話などの高速化した交通・通信メディアによる時間と空間の変容です。豊富な商品が国内の隅々まで行き渡り,人々は自動車や鉄道・航空機により全国を自由に移動し,情報は電話やテレビ,そしてネットワークによって国中に広がって行きます。人々の生活様式や生活環境が均一化,同一化,画一化していきます。
近代工業社会は,大量生産・大量消費社会で,集中のメリットが働き,都市を巨大化します。都市と都市は連なり,大都市は膨張し小都市を呑み込みます。神戸と大阪の間には阪神工業地帯が,東京と横浜の間には京浜工業地帯が形成され,東京圏,名古屋圏,大阪圏といった三大都市圏に人口が集中します。その三大都市圏の人口は1950年から75年にかけて3496万人から5029万人と1533万人も増加しています。大都市圏の膨張は,自治体の枠組みを超えて広がり,自治体は人口急増に伴う住宅,教育,交通,ゴミ,公害問題に振り回され,自主性を失って行きます。
こういった近代工業化や大都市膨張に対応するため都市計画においても,生産手段である工場や商店の集まる地区と労働力を再生産する住宅の集まる地区に分離し,その間を鉄道や高速道路といった大量輸送機関で結ぶという計画が進められ,大都市の郊外には広大な衛星都市群が形成されました。しかし,これは生産の場を都心部に,生活の場を郊外に分離するものであり,都市の共同体としての機能が喪失することを意味していました。戦後の都市は,人口集中により,急激に膨張していきますが,都市という社会を形成することはできず,都市としての独自性を失っていきます。
1947年の農地解放によって,農村の村落共同体は崩壊します。農民は小さいながらも自作農となり,若い余剰労働力が,都会に吸収されていきます。しかし,農地解放により,生まれた若い労働力を吸収したのは,都市社会ではなく会社社会でした。都市は,近代工業化と人口爆発に追われ,共同体としての役割を担うことはできませんでした。
戦時中の近代工業化政策により,会社は株主の所有物から社員の共同体へと変化していました。さらに戦後になると会社は,単なる生産の場ではなく,福利厚生のほか,本来,都市が提供すべき住宅や教育,さらには娯楽の提供といった生活の場としての役割を担うようになります。そもそも日本独自の企業スポーツは,社員の福利厚生としてスタートしており,国鉄や大洋漁業がプロ野球に参入したのは,社員の福利厚生や社員に一体感を持ってもらうためであり,会社共同体を維持するためでした。
会社共同体は,労働者だけでなく経営者の立場も変えました。1950年代,メインバンク・システムから株式の相互持ち合いにより,所有と経営が,分離します。経営者=株主という関係は無くなり,企業家が減少し,サラリーマン社長が増加します。プロ野球の世界でも小林一三や正力松太郎,田村駒治郎といった企業家が,球史に登場してくるのは戦前から戦後の50年代頃までであり,戦後は,親会社という名の「会社共同体」がプロ野球を牛耳るようになります。読売ジャイアンツのオーナーである渡邉恒雄氏は,読売新聞のサラリーマン社長に過ぎません。
また,近代工業社会の中で,会社共同体は「地域という場所」から解放され,ナショナル・マーケットを目指すようになります。梅田に始まった阪急百貨店は,東京や横浜にも進出しナショナル・ブランドになり,読売新聞は関西や中部地区にも進出し全国紙へと変わっていきます。これに伴って阪急や巨人は地域性を失っていきます。それに対し,阪神電鉄と中日新聞は地方にとどまり,阪神と中日はローカル球団として地域の人気を独占しています。
戦後の先進国の中で文化と経済に占める首都圏の占める比重が高くなったのは日本だけです。アメリカの首都圏というとワシントンやニューヨークのある東部ですが,その比重は下がり,カルフォルニア,テキサス,ジョージア,フロリダなど首都圏から遠い地域の比重が高まっています。これは,大リーグの移転や拡大を見れば明らかでしょう。ヨーロッパを見てもイギリスでさえ,ロンドンの比重は下がり,ロンドンに本社を置いている大企業は6割に過ぎません。フランスは典型的なパリ一極集中ですが,今や上位百社の中でパリに本社があるのは56社だけです。
なぜ,東京だけが一極集中したのでしょうか。作家で元経済企画庁長官堺屋太一氏によれば,これは自然に起こったわけではなく,官僚が大変なコストをかけて,行った結果ということになります。国家官僚は,全国の市場を均質化し,規格化した商品が売れやすくするため,日本全国を有機的に結合し,産業経済の中枢整理機能や情報発信機能,文化創造機能を,東京一極に集中することにしたというのです。
例えば,情報発信機能ですが,テレビ放送の免許を与えるときに,世界に類例のない「キー局システム」を作りました。これは全国ネットのキー局を指定し,全国のテレビ局はその系列にする,という仕組みです。そしてそのキー局は東京しか認めないというものです。キー局の重要なところは,全国放送の番組編成権を握っていることです。つまり,東京の日本テレビから日本全国に巨人戦が提供される仕組みは国家官僚による政策であり,日本全国のプロ野球ファンが巨人ファンと化したのも,国家官僚が求めたものです。全国のプロ野球ファンは,巨人ファンとして均質化し規格化されたのです。中日ファンは名古屋に封じられ,阪神ファンはアンチ巨人として巨人文化の中に組み込まれました。
東京の一極集中は,東京一極集中政策にだけによるものだけではなく,「都市の魅力学(原田泰著)」によれば東京だけが,都市の魅力を持っており,他の都市が都市の魅力を失ったためだとしています。そして,その原因をシャウプ税制・財政改革だとしています。同改革は,アメリカの財政学者シャウプ博士によって行われた戦後の日本の地方財政・税制の改革のことで,地方交付税制度が基本になります。地方交付税とは,国税である所得税・法人税・酒税の一定割合(約20%)を財源が不足している地方に交付金として配分するというものです。
この結果,日本の中央政府は,税収においては大きいが,支出においては小さいという奇妙な状態が生じるようになりました。中央の支出は対GDP比2.3%と小さいの対し,地方のそれは7.4%と大きくなっています。この大きな地方を支えているのが国からの補助金(国庫支出金,地方交付税)と地方債です。地方債が増大し,元利払いが大きくなれば,地方交付税交付金の基準が上昇するので,地方債は結局,交付税という国からの財源で賄われます。よく3割自治と言われるように,地方の自主財源である地方税は,支出の3割を満たすにすぎません。
地方において,その地域のために支出される金額と,その費用をである税がマッチしていれば,当然に公共支出に対する地方住民の監視が強くなります。しかし,地方の公共支出が地方の税とリンクしていなければ,監視は緩やかなものになります。しかも,公共支出は地方に投下されるので,公共支出それ自体が,地方への移転支出として地方住民に歓迎されるものとなっています。こうして税の中央集権が地方の独自性を破壊し,地方都市の魅力を失わせています。
2001年6月,札幌に札幌ドームが完成しました。この札幌ドームの場合,建設費の73%を市が20年返済の地方債をだして借金しました。利子負担を含め実質的な事業費は654億円にも達します。しかし,その地方債の元利返済額の半分(255億円)を地方交付税交付金が補填します。結果として市は費用の4割を負担するだけでドームをつくることができました。札幌ドームは,野球は人工芝,サッカーは自然芝というフローティング・システムを採用していますが,ドームにも拘わらず,冬季にはサッカーができないという代物で,維持費も嵩みます。これが全額市税の負担であれば,市民のチェックも働き,もっと少ない費用で魅力的なものにしようとしていたはずです。
参考文献 「都市と経済」 宮本憲一 NHK大学講座 1980
「都市の比較社会学」 若林幹夫 岩波書店 2000
「進むべき道」 堺屋太一・浜田宏一 PHP 2000
「自己責任とは」 桜井哲夫 講談社 1999
「都市の魅力学」 原田泰著 文春新書 2001

都市の本質の一つに,異質性をあります。戦後の近代工業化政策はこの異質性と相反する同質化の政策でした。同じ考え,同じ生活様式の人々の住む世界では,新しい出会い,新しい試みは生まれません。よそ者は,異質なものとして排除されます。1978年10月,福岡は,よそ者である坂井保之(福岡野球株式会社)を排除し,栄光のライオンズを失いました。よそ者を排除するという考え方は,都市の開放性という本質にも矛盾するものであり,こうして都市は,この近代工業政策の中で,本質を見失い都市としての魅力を喪失していきます。さらに,東京一極集中は,東京以外の都市の中心性を破壊し,情報の集積性を奪いとり,都市としての機能を失わせました。中央依存の財政構造は,地方の自主性をスポイルし,従順化していきます。
人々は,この都市の本質を喪失した都市には社会を見いださず,会社に社会を求めました。近代工業化政策は,この会社の共同体化を推進しました。会社共同体とは,会社のためという原理原則で支配され,個人よりも会社が優先する社会です。この会社共同体こそ,戦前の農村型の家父長制度と村落共同体と同じ,同質で閉鎖的で権威主義的な社会,すなわちムラ社会なのです。農村社会から放出され,都会に流入してきた人々にとって,「遙かに奥床しい高貴な道徳」が必要な都市生活よりも,ムラ社会の会社共同体のほうが受け入れやすかったのです。日本の都市には,都市という共同体は存在せず,都会に会社と学校と家族がそれぞれの共同体を構成しているにすぎませんでした。ですから,都市には社会性や公共性というものは育たなかったのです。
戦後,こうして都市は地域性を失い,会社は地域性から離れ,プロ野球は地域性を忘れ去りました。親会社の宣伝機関として出発した日本のプロ野球は,親会社の地域離れとともに,プロ野球のもっている地域性を忘れ,地域性を失った都市と地域性を忘れたプロ野球は容易に結びつくことはできなくなってしまいました。
目次 第1章 第2章 第3章 第4章 第5章 第6章 第7章

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第1章で見てきたようにプロ野球にとって都市はマーケットですが,ここでいう都市は地域としての都市であり,人口集積地としての都市です。第2章で大リーグにおける都市とプロ野球の関係を見たとき,都市が単なる地域という場所だけではないことが分かります。そして第3章,第4章,第5章で都市とは何かを見てきたつもりですが,第6章に入る前に,「都市とプロ野球」における地域や都市といった概念の整理を「都市の社会学(社会がかたちをあらわすとき)」(町村敬志・西澤晃彦著 有斐閣アルマ 2000)を基に行っておきたいと思います。
まず,地域という言葉は,社会学においては,空間的な範域を示すのに加えて,その地域における相対的に統一され共同性を持った「地域社会」(コミュニティ)も含意して用いられています。
次にこの地域が統合力を失いつつある都市の現実を定式化したものにL.ワース(1965)のアーバニズム理論があります。ワースは,都市とは人口量が多く高密度で異質性の高い集落であると規定し,都市化とは,ある集落の人口が増加し密度が高まり異質性も大きくなることとしています。ある集落が都市化すると,そこでは分業が進み,全人格的な関係の比重が低下し,貨幣や利害を介した部分的で一時的な第二次的接触に置き換えられ,家族や近隣の結びつきも弱まっていきます。その結果,都市においてはリアリティ感覚の喪失やアイデンティティが失われ,都市はばらばらな砂粒のような個人からなる大衆社会となり,都市化は,社会の解体を帰結するということになります。当然,都市の中の地域(あるいは地域としての都市)も,この流れの中で弱体化することになります。
一方,第二次的接触が増えると,匿名性と機会均等性が高まり,全人格的な関係から解放され,魂の自由が生まれることにもなります。このように,このアーバニズム理論には,多くの反証があり,実際,ワース以後の多くの地域をめぐる都市社会学的研究は,ワース理論を直接,間接に批判,修正しようというねらいを含んでいます。
ところで,ワースのアーバニズム理論と並んで有名なのがF.テンニース(1957)によるゲマインシャフトとゲゼルシャフトです。ゲマインシャフトとは,そもそも人間に備わっているとされた本質意思により人々が全人格的に結びついた共同体のことで,例としては家族や村落,民族,中世的都市,教会があげられます。そこでは,個性は共同性の中に溶け込んでいます。ゲゼルシャフトとは,個々の思考を介した選択意思により人々が作り出した社会のことであり,例としては大都市や国民国家や「世界」があげられます。そこでの共同性は,各人の合理的な計算に基づいて選び取られるものに限定され,ゲマインシャフトに比べれば弱い結びつきにとどまっています。そして,テンニースは,近代化の過程をゲマインシャフトからゲゼルシャフトへの転換過程として捉えています。
このテンニースの概念を用いて,近代に対する立場(ポストモダニズムに対する考え方を含む)を整理すると次のようになります。第1の立場は,ゲゼルシャフトへの移行を必然とみつつ,いっそうのゲゼルシャフト化を促そうとするもの。そこでは,合理的な個人と個人の間の対等な結びつきが追求さます。第2の立場は,ゲゼルシャフトへと一元的に収斂していくような社会変動は現実にありえないと見て,そこに形成される「ゲマインシャフト的なもの」を再評価しようというもの。もう1つ,ゲマインシャフト回帰を説く立場もあります。これは一部の熱狂的なナショナリズムや宗教運動において疑似共同体への回帰運動として現れることがあります。「都市の社会学」においては,最後のゲマインシャフト回帰は,事実認識の枠組みが粗雑であるとしてこれ以上は論じていません。
第1の立場では近代化あるいは民主化の立場から,地域が中間集団たりうるかを見,地域における多様な集団の形成を課題としてきました。ばらばらであるからこそかえって容易に画一化してしまう。さまざまな関係世界が形成され各人がその世界に出入りしてその世界の「色」を引き受けてこそ,ようやく社会が多様化します。実際,大衆社会状況は,ファシズムの温床になりました。だとすると,国家と無力な個人が直接に向かい合うのではなく,それに参加することによって個々の利害や要求を国家へと媒介する集団が重要になってきます。それが中間集団です(井上・作田(1968))。
この立場の論者が民主化の文脈においてとくに重要と見なしてきたのが,とりわけ地域における中間集団(あるいは中間集団としての地域)でした。地方自治が民主主義の基礎であり学校であると考えたからです。もちろん,ただ「地域」がまとまっていればそれでよい,というわけではなく,地域が一部の地域ボスに牛耳られることがあってはならず,個々の主体性・選択性が尊重されなければならない。また,地域は,国家とも距離をおいて,独自の判断力を持たなければならない。そうでなければ,中間集団の要件をみたさないことになります。
そこで重要視されるのが,ヴォランタリー・アソシエーション(自発的結社)です。ヴォランタリー・アソシエーションとは,諸個人がそれぞれの利害や関心をみたすために自発的・協同的に作り出す集団のことです。ヴォランタリー・アソシエーションが多く生み出され力強く活動しているというそのことが,個々の主体性・選択性の余地の大きさを示すものと捉えられ,その条件が探求されてきました。
第2の立場は,第1の立場と真っ向から対立するもので,近代批判を積極的に打ち出すものでした。ヴァリエーションはありますが,いずれも近代化に逆行するかに見えるゲマインシャフト的結合を積極的に見いだそうというところに特徴があります。
以上,「都市の社会学」から見てきましたが,本書は,基本的には第1の立場にたっています。それは,地方自治(中間集団としての地域)が民主主義の基本だからです。そして,プロ野球にとって地域又は地域としての都市が基礎だからです。野球は,タウンボールという遊びから生まれました。タウンボールは,タウンミーティングが行われたときタウンの親睦のため行われたボール遊びです。タウンミーティングとは民主主義の原点でもあります。
しかしながら,現実の日本で第1の立場をとることは難しいものになっていると思いますます。なぜなら日本の近代化の過程が,ゲマインシャフトからゲゼルシャフトへの転換過程で説明できないからです。戦後における農業社会から工業社会への急激な変化は,ゲマインシャフトからゲゼルシャフトへの転換ではなく,ムラというゲマインシャフトからは,カイシャ(会社共同体)という擬似ゲマインシャフトへの転換だったからです。本来,会社は利害関係で結びついた組織でゲゼルシャフトの典型のはずです。事実,ドイツ語で会社のことはゲゼルシャフトというそうです。本来ゲゼルシャフトであるはずのカイシャが,ゲマインシャフト的結合により結びついていた社会が,戦後の日本社会でした。
一方,大都市はどうだったかといえば,工業化の中で巨大化していきますが,第5章で見てきたように,中央依存・東京一極集中体制のため画一化され,無個性化し,ゲゼルシャフトとして未成熟なものになっています。
以上,若干の説明を長々としてきましたが,これを踏まえ,第6章では近代工業社会の行き詰まりに始まる,脱工業化・ポストモダニズムへの転換過程における都市とスポーツの新しい関係を見ていくことにします。
参考文献 「都市の社会学」 町村敬志・西澤晃彦著 有斐閣アルマ 2000
目次 第1章 第2章 第3章 第4章 第5章 第6章 第7章
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1970年代を境に,先進国では近代工業社会が行き詰まりをみせ,工業社会から脱工業化社会に移行します。それに付随して科学万能のモダニズムから自然との共生というポストモダニズムへの転換という大きな流れが起こります。こういう中,スポーツは,80年代から90年代にかけて,一つの産業として急速に成長していきます。メディアが巨大化し,それに伴って「見るスポーツ」のメディア・ヴァリューが高騰し,オリンピックやワールドカップの放送権料は1000億円を超える時代になりました。
都市においても,公害問題・交通渋滞,都市の空洞化といった問題や重厚長大産業の衰退による経済の疲弊といった近代工業社会の矛盾に苦しみ,脱工業化,ポストモダンを模索するようになります。そんな中,メディア化したスポーツ産業を,新しい鉱脈として捉え,都市の活性化に利用しようという試みが生まれます。世界が国家という古い枠組みを超えてボーダーレス化することにより,それまで国家の中に埋没していた都市に対する関心が高まり,都市の魅力を世界にアピールするとともに,独自の産業として育成する必要が生じ,スポーツというポストモダンな産業が注目を集めるようになりました。
近代工業社会に最適化した日本は,この脱工業化,ポストモダンの流れに遅れ,スポーツを都市の活性化に利用する試みも,バブル崩壊後の1993年Jリーグの誕生からとなります。このJリーグの成功を機にスポーツ産業が日本でも認知され,スポーツ産業論という学問がスタートします。日本においても,80年代半ばから各地に大型スポーツレジャー施設や大規模スタジアムが建設されるようになりますが,これらは従来の工業社会的な考えによるものでした。この工業社会的な考え方は,バブルが崩壊し10年たった現在においてもなお引きずっている問題です。
また,90年代にはいるとグローバル化とバブルの崩壊により,日本の近代工業社会を引っ張ってきた会社共同体も行き詰まりを見せます。会社共同体は,戦後社会の担い手であり,スポーツの担い手でした。その担い手の行き詰まりは,社会とスポーツの行き詰まりを意味していました。そして,社会とスポーツの担い手として登場するのが都市なのです。
しかし,都市は,依然として中央依存型の財政制度に縛られ,個性を失い,人も街並みもクッキーカッター(金太郎飴)状態になってしまっています。このため住民も都市に魅力を感じず,受動的な都市住民が大勢を占め,自律的で主体的な都市市民は十分に育っていません。社会とスポーツの担い手としての都市,スポーツは都市の期待に,都市はスポーツの期待に応えることができるのでしょうか。本章では,都市とスポーツの新しい関係を見ていきたいと思います。そしてその中でプロ野球の新しい可能性を見いだしていきたいと思います。
参考文献 「スポーツ産業論入門」 原田宗彦編著 杏林書院 1999
「都市の社会学」 町村敬志・西澤晃彦著 有斐閣アルマ 2000
スポーツと都市との関係を見た場合,まず,真っ先にあげられるのがスポーツが都市にもたらす「経済効果」です。従来,この経済効果は,建築土木事業的側面が強調され,直接的短期的波及効果しか見ていませんでした。
地方の財源が乏しく,国からの富の配分に依存している状態では,地域住民の監視が甘くなり,公的支出は,その支出がもたらす地域住民へのサービスの内容ではなく,支出自体が価値を持つようになります。スポーツイベントの開催についても,そのために投入される競技場や道路の整備といった巨額の投資が目的化され,イベント開催後の施設の有効利用や市民のスポーツへの関心の高まりについては,無視されてきました。
現在,大型スタジアムを建設するのにも数百億円という巨額の投資を必要としています。この巨額の投資も,単なる建築土木事業では,地域活性化といっても,短期的波及にとどまってしまいますし,完成後の維持費も馬鹿になりません。FIFAワールドカップ決勝戦の会場となる横浜国際総合競技場の建設には,603億円の経費を要し,しかも毎年7億円の赤字がでています。大型スタジアムや大規模スポーツ施設の建設にあたっては,いかに施設を運営していくのか,いかに施設を住民に貢献するものにできるかを考え,運営ソフトや地場産業との提携といった長期的な経済波及や地域住民の連帯感の向上・都市のイメージ向上といった機能を含めて評価する必要があります。
この横浜国際総合競技場をはじめ,2002年のFIFAワールドカップ大会のため,4万人から7万人級のスタジアムが各地で建設されましたが,問題なのは,各自治体にワールドカップ終了後の施設を有効利用するためのノウハウが足りないことです。スタジアムやスポーツ施設をいかに建設し,整備しても,それが社会で有効に活用されなければそれは,社会資本としてストックされたことにはなりません。「スポーツに参加する人々を増やし,施設をフル活用することによって入場料や施設利用料から収益を上げ,施設経営を安定させて地域活性化を促進すること」や「プロスポーツの興行やスポーツイベントの誘致し場料収入や放送権料,スポンサー料によって収益を上げ,地元経済への還元を図る」ことによって初めて社会資本として認められるのです。
1999年7月,地方自治法の大改正により,「国の出先」としての機関委任事務が廃止され,国と自治体の行政面での対等原則が定められました。しかし,その財源上の変革は後回しにされ「財源なしの権限」分権となっています。財源の裏付けなしには,地方分権などありえません。都市の活性化のためには,自主財源の確保が必要です。しかし,バブル崩壊後の長引く不況下で国も地方も借金まみれになり,国が地方を助けられない状態になってきています。都市を豊にするためには,都市を魅力的なものにし,人々を惹きつける必要があります。都市間競争が始まろうとしているのです。こういった中,経済効果を考えるとき,スタジアムやスポーツ施設といったハードだけでなく,プロスポーツや地域スポーツクラブといったソフトも重要になってきます。集客力という点だけでなく,スポーツ文化という点からも,プロ野球やJリーグといったプロスポーツの役割が再認識する必要があります。
参考文献 「スポーツ産業論入門」 原田宗彦編著 杏林書院 1999
「都市の魅力学」 原田泰著 文春新書 2001
「新 地方自治法」 兼子仁著 岩波新書 1999
スポーツの舞台である球場や競技場は,経済的な効果の他に,都市や地域のシンボルとしての働きも持っています。都市には,人々を惹きつける政治や経済・文化の中心が存在しますが,それだけでなく,宗教における偶像崇拝と同じように,都市の中心性を象徴する巨大な建築物が存在します。アメリカのジェームズ・A・ミッチェナーは,著書「スポーツの危機(1978)」の中で「各時代の文明はそれぞれの特異な建築のシンボルを生み,それらは単なる実利的な目的を超えた精神的な意義を持っている」と述べています。高層建築,インターチェンジ,巨大ショッピングセンターの時代を経て,「現代はスタジアムの時代」であると書いています。以下,アメリカおけるスタジアムの歴史を中心に振り返ってみましょう
1960年代後半から70年代にかけて,アメリカでは近代的な円形スタジアムが各地で建設されました。これらのスタジアムには共通性があり,フットボールとの兼用で人工芝,円形のすり鉢型をしており外野席部分もぐるりと座席で覆われています。ピッツバーグのスリーリバーズ・スタジアム,フィラデルフィアのヴェテランズ・スタジアム,セントルイスのブッシュ・スタジアムなどがその例です。当時は近代的な機能美が賞賛され,人工芝も雨に強いという機能性の他,美しさも評価されていました。日本にもこのタイプの球場として横浜スタジアムが1978年建設され,そのモダン性と機能性が評価されました。しかし,現在この種の球場は,クッキーカッター(金太郎飴)といわれ,どこの球場も同じに見えると悪評です。
ドーム球場が現れたのも60年代です。1965年ヒューストンに「世界8番目の不思議」アストロ・ドームが暑さと虫対策のため建設されました。そして,ドーム球場は寒冷地の都市に広まり,1982年に完成したミネソタのメトロ・ドームはエアドーム型で,東京ドームの手本になったものです。その後開閉型の球場が登場し,1989年トロントのスカイドームが完成します。この球場は,「完璧な野球場」「これが本当の野球場だ」と野球関係者の間では称えられました。スカイドームにはホテルも併設され,これは福岡ドームの手本になっています。しかし,近代的で機能美を競う近代型のドーム球場は,スカイドームを最後にネオ・クラシック(新古典派)といわれる球場にとって変わられます。
1980年代になると,アメリカはポスト工業化社会を迎え,機能追求に走ったこれら60年代の二つの流れ−威圧感のあるすり鉢型,人工芝,息苦しいドーム球場に対する反動が起き始めます。26球団時代の87年に行われたある人気投票では下位にクッキーカッター型やドーム型の球場が名を連ね不人気ぶりが伺われます。また,各分野の学者からも「見るスポーツの合理化は,観客に不満を生じさせる」「スポーツの行われる場所の風景の中に景観のアンサンブルに影響を及ぼす要素が多いほど,スポーツ経験から生じる満足度も増加する」等の指摘が相次ぎました。しかし,ドーム球場はさながらテレビスタジオと化し,建物が都市機能を内部化する動きが加速しました。日本でも東京ドームの完成で天候に関係なく巨人戦の中継が可能になったとき「これでスタジアムがスタジオになった!」と喜んだディレクターがいたということです。日本では,この影響を未だに受けており,ナゴヤドームや大阪ドームが90年代後半に建設され,2001年5月にはサッカー兼用の札幌ドームが完成しました。
1990年代には,ポストモダニズムの影響を受け自然と協調し,都市の光景と一体になるような施設が望まれるようになります。オールドファンが少年期に通った「古き良き球場に対するノスタルジックな思い」に合わせて誕生したのが新古典派といわれる球場で,シカゴのコミスキー・パーク以降,ボルティモア,アーリントン(テキサス),クリーブランド,デンバーの新球場がその例です。これらの球場は,スタジアムというよりボールパークといったほうがふさわしいもので,自然芝の野球専用球場です。ファウル・グラウンドが狭く,観客と選手との距離は近く,また,観客数は比較的少なく抑えられ,満員の観客席を演出します。ドーム球場もシアトルのセーフコ・フィールドのような開閉型・自然芝の新古典派型です。日本では2001年3月発表された広島の新球場案は新古典派の球場として注目されます。
札幌ドームの試合をテレビで観ていると,球場としての個性が感じられません。建物も近未来的で,設備も画期的なフローティング・システムを採用しています。しかし,野球場としてはファウル・グラウンドが広く,フェンスも高い,しかも人工芝という魅力に乏しい球場です。これを見ていると札幌ドームは工業社会の延長上のデザインであり,日本は未だ,ポスト工業化社会に至っていないのではないか,ポストモダニズムを理解できていないのではと思えます。そこへ行くと,広島の新球場案や甲子園球場の改造案はポストモダンを感じさせます。都市の魅力を創るためには,野球場やサッカー場も魅力的なものでなけれなりません。野球場やサッカー場が魅力的でなければ,野球やサッカーも魅力的なものにはなれません。
参考文献 「大リーグと都市の物語」 宇佐見陽著 平凡社新書 2001
「熱闘!大リーグ観戦事典」 池井優+アメリカ野球愛好会 宝島社新書 2001
「スポーツの危機」 ジェームズ・A・ミッチェナー著 サイマル出版社 1978
ここでは,スポーツが持っている公共性に注目し,この公共性を媒介にしたスポーツと社会との関わりを見ていくことにします。スポーツは,簡単なルールと身体的活動という非言語的な行為によって表現され,年齢や性別・所属集団といった違いを超えて人々に受け入れられ,意識を共有化することができます。また,スポーツは,非日常的でかつ非実用的なものであり,日常的な利害関係にはとらわれない「リスク・フリー」なトピックです。さらに,スポーツは,社会性を持った遊びであり,遊びの中で社会性を身につけることができます。このように,スポーツには誰もが受け入れ,誰もが受け入れられるという「公共性」が備わっているということができます。今日,世界共通のイベントといえば,オリンピックとサッカーのワールドカップというスポーツです。このことは,スポーツが世界中の誰もが関心を持つものであり,公共性があることを示しています。
現代社会は,都市が巨大化し,社会が複雑化し,自己と社会との関係が見えにくくなっています。人々の帰属意識(アイデンティティー)が薄れ,しかも,日本社会は,会社,家族,学校といった近代社会を支えてきた共同体が崩壊しつつあり,日本社会における社会的な規範が失われ,「モラル・ハザード」が起こっています。人間は社会的な動物であり,社会の中で生き,社会の中で生かされる存在です。その社会での生き方のモデルが社会規範であり,生きるためのルールが公共心です。「モラルハザード」を防ぐ手段として,社会的な規範の確立と公共心の育成が急務となります。
社会的規範の確立のために必要なのがロール・モデルです。「ロール・モデル」とは,社会的に果たす模範(モデル)としての役割(ロール)を演じる人物のことです。アメリカにおける最大のロール・モデルとして大統領がこの任を担ってきましたが,1998年に起きたいわゆる「モニカ・ルインスキー事件」により,この神話は崩れてしまいました。そしてこの危機を救ったのが大リーグのホームラン競争を演じたマグワイアとサミー・ソーサの二人でした。相手に対する尊敬と自分に対するプライドを持ちつつ,正々堂々と渡り合う二人の振る舞い方こそ,アメリカ人が目指すべき人物像の規範となったといわれています。
スポーツの公共性,中でもプロ野球やJリーグといったプロスポーツの公共性は高く,選手の振るまいは青少年に大きな影響を与えています。このためサッカー・Jリーグは,関西の児童殺傷事件では,毅然たる態度を示し,コンフィデ杯の決勝での黙祷に続き,同小の児童を対象にしたJリーグ選手によるサッカー教室の開催を計画しています。これはサッカー教室開催によって、事件の衝撃を受けた子供たちの心をいやし、勇気づけることが目的としています。このように,プロスポーツ選手は,単なるスターではなく,社会のロール・モデルとしての役割を担うべき存在なのです。
スポーツは,選手というロール・モデルを通して,人々の公共心を養うだけでなく,社会性を持った遊びとしてのスポーツは,民主主義の学校として直接,人々の公共心を育成することが期待できます。そのとき監督やコーチがロール・モデルとなります。会社や家庭,学校といった共同体が崩れようとしている現在,それに代わるものとして都市や地域が期待されています。その都市や地域における社会という共同体の復活に,スポーツ,なかでもプロ野球とJリーグの果たす役割は大きいものと思われます。
ただし,ここで注意しなければならないのが,ロールモデルとしてのスポーツ選手がしばしば,支配のための文化装置として使われてきたことです。その典型的な例が,ヒトラー・ナチスによるベルリン・オリンピックであり,日本でもプロ野球が戦意高揚としての役割を担わされた時代もありました。ロール・モデルが,国家や依存型の共同体,体育会的なスポーツ界と結びつくと,一方的な押しつけとなり危険な側面を持っています。例えば,高校野球というのもロールモデルの一種といえますが,ただしこれは,大人が勝手に作った高校野球というモデル像を選手に押しつけ,選手は選手でロールモデルとしての高校生を演じているという幻想としてのロール・モデルです。
参考文献 「ドットコム・スポーツ」 広瀬一郎著 TBSブリタニカ 2000
「スポーツ産業論入門」 原田宗彦編著 杏林書院 1999
次に,スポーツが固有に持っている機能がいかに社会に貢献できるかを見ていきます。
スポーツは遊びの一種です。しかも,公共性が高く年齢や性別,所属集団の利害を越えて楽しむことができる遊びです。戦後の高度経済成長の結果,社会は物質的には豊かになり,一億総中流化時代を迎えますが,急激な経済成長は世代間に価値観のギャップをもたらし,世代を越えた共通性が失われていきました。また,物質的豊かさでの総中流化は,持ち家・マイカー・マイルームといった私化が進みました。そんな中,世代を越え,住民共通でできる遊びがスポーツなのです。するスポーツの場合,体力や能力の関係から年齢別や性別になってしまいますが,見るスポーツは,そういった制限はありません。見るスポーツは健全な遊びであり,プロ野球やJリーグは健全な遊びを提供することができます。
スポーツの語源には,気散じや気晴らしといった意味があり,スポーツには日常生活での精神的な疲れを,非日常世界で発散する働きがあります。特に,この働きは「見るスポーツ」にとって重要なもので,「見るスポーツ」の役割を説明します。社会におけるストレスの増加とアイデンティティの喪失は,人々の心に不満と不安をもたらし,これが現代社会における病理のひとつになっています。これに対し,スポーツは,例えそれが見るスポーツであっても,これらの不満や不安を解消する働きがあり,犯罪の抑止や病気の抑制をはかることができるものと考えられます。
スポーツは,身体的な運動です。スポーツが健康増進に役立つことは広く知られ,適度な運動は医療費を抑制する働きが期待できます。見るスポーツについては,精神面からの健康化の他,「するスポーツ」の競技人口を増やす働きがあります。中田を筆頭とするサッカーの躍進は,サッカー人口を増やしていますが,逆にバレーボールやラグビーの国際試合での低迷は,バレーボール人口やラグビー人口の減少をもたらしています。「するスポーツ」の普及のためには,見るスポーツを発展させる必要があります。
娯楽の提供,健康の増進,犯罪の抑止といった効用が期待できるスポーツですが,今そのスポーツは危機に瀕しています。いままでスポーツを牽引していた企業スポーツがリストラの対象になっており,名門チープであっても安泰というわけにいかなくなりました。女子バレーの日立,男子バレーの新日鐵堺,ラグビーの新日鐵釜石といったかつての名門チームも,休部や廃部になり,その受け皿として地域スポーツクラブ化が試みられています。また,スポーツ普及を底辺で担ってきた小中学校のスポーツの部活動も生徒数の減少,教師の高齢化,週休2日制の実施によって危機に瀕しています。チームが成立しない,教えいる人がいない,教える時間がないといった問題です。
日本におけるスポーツ施設を見た場合,数から見れば欧米にくらべ遜色がありませんが,内容的にみればその多くが学校や企業の施設であり,公共施設は不足しているのが実情です。また数少ない公共施設についても,利用時間や利用方法の制限があったり,シャワーをはじめとする付加施設が不足があったりで施設的にも貧弱です。こういった中でのスポーツの効率的利用をどうしたらよいでしょうか。それには学校施設の多目的利用があげられます。
Jリーグでも学校運動場の芝生化をとなえていますが,さらに空き教室を利用したクラブハウス化,運動場のナイター利用,体育館の冷暖房化,プールの温水化を行うことによって,学校施設をスポーツ拠点として利用することが可能です。現在,学校解放などは一般化していますが,今後は学校施設を丸ごとスポーツ施設,防災拠点,福祉施設,コミュニティ施設として複合・高度利用する必要がとなります。これらの試みは一部の市町村で始まっていますが,このうちスポーツ施設の推進母体の一つとして,地域スポーツクラブがあると思います。
参考文献 「ドットコム・スポーツ」 広瀬一郎著 TBSブリタニカ 2000
「スポーツ産業論入門」 原田宗彦編著 杏林書院 1999
「近代スポーツの誕生」 松井良明著 講談社現代新書 2000
都市には中心性ありますが,都市が巨大化し複雑なると,次第にその中心性もぼやけてきます。また,日本の都市は,戦後その独自性を失い,都市の中心性も曖昧なものになっています。中央依存・東京一極集中化における都市の中心性とは,中央や東京へのパイブの太さを意味し,都市独自の中心性は希薄になっています。戦後の人口増からその中心性を見てみると,都道府県レベルでは,中央と結びついた県庁所在地の人口が増え,北海道・東北・中国・九州地方においては,地方局が置かれている札幌・仙台・広島・福岡といった地方中枢都市の人口が急増しているのが分かります。また,東京・大阪・名古屋といった三大都市圏でも,80年代以降,東京圏への人口集中が目立っています。
このように中心性を失った都市において,近年,自治体や住民により,逆に都市の中心性を見つけだしたり,創り出そうという動きが活発になっています。それが「まちづくり」や「まちおこし」といわれるものです。その中にスポーツによるまちの活性化があります。そもそも,スポーツにも,中心性があり,競技場全体を1個のボールや一つのプレーに凝集する力があります。また,スポーツは,非実用的で非日常的ですから,年齢や性別,所属集団の利害に関係なく,住民全体の共通の話題とすることができます。このスポーツの中心性を利用して,都市における中心性を再生しようというものです。特に都市住民は,喪失したアイデンティティを都市社会に確立するため,スポーツや特定のチームを通して地域と一体化しようとする傾向があります。
また,自治体にとっても,住民への一方的なサービスの提供ではもはや行政は成り立たず,住民との協働が必要不可欠になっています。しかし,都市が中心性を失い,住民が地域に対する興味や関心を失っていない状態では,住民の自治体に対する協力も得られないでしょう。自治体にとっても,住民の核となるスポーツは不可欠な存在になっています。
Jリーグの鹿島アントラーズは,Jリーグの中でも最も成功したクラブの一つとされています。もともと,旧鹿島町一帯は,60年代にできた典型的な工業都市で単なる生産の場にすぎず,労働者がストレスを発散する遊び場所すらありませんでした。工業開発で土地を売って大金を手にした地元の住民には,退廃的な生活をおくる者もいました。また,地域の教育力の低下によって,学校でも暴力事件が他の地域に比べ早い時期に発生したそうです。
楽しみがなく,工場の煙突に囲まれ,大型トラックが疾走する鹿島町の課題は,@地域住民や企業の従業員の生活環境をどう整備するか,A地域住民と企業の従業員の交流をいかに行うか,B若者が東京を向き鹿島から離れていくのをどうするか,ということでした。1990年にこれらの課題の克服に向けて「鹿島の楽しいまちづくり懇談会」を発足させ,この懇談会で,旧鹿島町,旧神栖町,旧波崎町をいかに「賑わいの場」「交流の場」にするかを模索していたところ,Jリーグの話が持ちかけられすばやく飛びついたということです。
巨大で複雑化した現代社会において,社会が豊かになり,人々の要求が多様化してくると,公共サービスや民間サービスだけでは対応できない部分が増えてきます。そこでボランティアという自発的で主体的な相互扶助が注目され,非営利組織(NPO)や非政府組織(NGO)といった組織も整備されています。ボランティアの中に社会における存在意義を見つけだそうという人達も増えています。Jリーグでもスポーツボランティアといわれる人達がいます。例えば,鹿島アントラーズでは,地域のボランティアがスタンドの警備やゲートの業務を行っています。彼らは,素人の手伝いではなく,試合の開始4時間前には集合してミーティングを行い,再度試合終了後にもミーティングをし,そこで反省点や改善点などが話し合わされているということです。
「スポーツ産業論入門」では,スポーツが都市や地域に果たす機能の三つ目として地域連帯性向上機能をあげ,次のように説明しています。「見るスポーツがスタジアムで提供してくれる,スペクタクルに満ちた劇的な体験や,他の観客との間に生じるカジュアルな社交の場は,地域の人々にとって健全な娯楽の機会となる。また,日常生活の中に頻繁に登場するスポーツは,社会階級や年齢,そして所属集団に関係なく会話を交わすことができる。時と場所を選ばない「リスク・フリー」なトピックである。それは日常生活の潤滑油となり,地域の連帯感の高揚や社会的交流に役立つ。特に都市住民は,所属意識や自分のアイデンティティを確立するために,スポーツや特定のチームと強く結びついているという指摘もある。スポーツによって地域が一体化し,共通の話題が人々のコミュニケーションを深め,社会的憂鬱の解放と社会的交流が活発になり,地域モラールの向上が図られるのである。」
参考文献 「スポーツ産業論入門」 原田宗彦編著 杏林書院 1999
「都市の社会学」 町村敬志・西澤晃彦著 有斐閣アルマ 2000
「都市の魅力学」 原田泰著 文春新書 2001
「サッカーの社会学」 高橋義雄著 NHKブックス 1994
「アイデンティティは,他者との関係を通じてのみ見いだされる。女性は子供がいなければ母親ではないし,愛する人のいない恋人は自称恋人のままである。」R.D.レイン 1975
相手がいて初めて「私」が意識され,共通の相手として「我々」が浮かび上がります。つまり,人の帰属意識は,他者があって初めて存在するものであり,当然に,同質化した社会では帰属意識は希薄化します。人間は社会的な動物として,帰属集団が必要であり,帰属意識が必要です。しかし,都市化した社会において全人格的に依存するゲマインシャフトは最早存在せず,利害関係により選択的な意思によって結びついたゲゼルシャフトのみが存在します。このゲゼルシャフトとしての都市への帰属意識を高めるものとして,他都市との差違性がありますが,これは都市間競争がなければ始まりません。
他都市との差違性や都市間競争は,暴力や差別といった危険性を持っています。そこへ行くと,スポーツは,危険性が少なく,安全な都市間競争です。ヨーロッパや南米におけるサッカー・クラブ,北米の四大スポーツは,都市に帰属し,都市間競争の上に成り立っています。しかし,都市が同質化し独自性を失った日本では,都市間競争が存在せず,プロ野球は都市に帰属するのではなく,擬似的なゲマインシャフトである会社共同体に帰属します。また,プロ野球ファンも,非日常世界(スポーツ)における擬似的なゲマインシャフト(例 私設応援団)を形成するようになります。これについては,日本ではムラ社会というゲマインシャフトの歴史が長いのに対し,都市というゲゼルシャフトの経験が乏しいという点が上げられます。
しかし,近代工業社会の行き詰まり,会社共同体の崩壊は,日本においても都市におけるゲゼルシャフトの必要性を作りだし,都市間競争をもたらそうとしています。スポーツにおける都市間競争として1993年Jリーグがスタートしました。Jリーグ都市は,都市への帰属意識が高めにくい大都市よりも,帰属意識が高めやすい地方都市の方が成功しています。サッカーは,国際的なスポーツであり,Jリーグ都市は,サッカーという共通項で世界を括ることができ,サッカーへの帰属意識によって,世界と連帯することができます。これに対し,Jリーグを持たない都市は,この連帯に加わることさえできません。
横浜という都市は,船が主役であった時代は,「みなとヨコハマ」として世界的に知れた存在でしたが,航空機時代になると,国際都市東京の影に隠れ,世界的に知名度が低くなってしまいました。その中で,FIFAワールドカップのファイナル(決勝戦)は,20億の人が注目するまたとないチャンスでもあります。横浜は,東京への対抗意識によりまちづくりを進め,横浜の独自性を創ってきましたが,東京の巨大な衛星都市としての顔を持つ横浜は,住民の帰属意識が低く,ファイナル都市としての意識も高いとはいえなのが現状です。しかしまた,ワールドカップのファイナル都市としての意識が低いのは,横浜における世界性の低さでもあります。つまり,世界の中の横浜,世界の中のサッカー,世界の中のワールドカップがなんであるかを知らないことによります。横浜の住民がワールドカップを通じて世界と接触したとき,市民としての意識が高まることが期待できます。
また,横浜は,都市の活性化のためコンベンション都市を目指しています。これは,国際イベントや国際会議を誘致し,集客をはじめとする経済効果や都市のイメージ向上を図り,しいては外国企業を誘致しようというものです。このコンベンション都市という意味では,東京も千葉もライバルになります。シティーセールスといった売り込みが行われますが,ワールドカップのファイナルは恰好のシティーセールスになります。横浜には,マリノスとベイスターズというプロ球団がありますが,これらが国際的に活躍すれば,まさにシティーセールスマンになれるわけです。
参考文献 「都市の社会学」 町村敬志・西澤晃彦著 有斐閣アルマ 2000
最後に,スポーツが都市や地域に何ができるかをまとめておきます。
スポーツが都市や地域に果たす機能として,「スポーツ産業論入門」では,@資本を蓄積する機能(社会資本蓄積機能),A消費を誘導する機能(消費誘導機能),B地域の連帯感を高める機能(地域連帯感向上機能),C都市イメージを高める機能(都市イメージ向上機能)という4つの機能を上げています。
@の社会資本蓄積機能とは,自治体が様々な方法によって公園や緑地を含むスポーツ施設を建設し,それを住民の生活の質的向上に用いるために資本を蓄積する機能のことです。
Aの消費誘導機能とは,市民に対して健全なレクリエーションやエンターテイメントの機会を提供し,活発な消費活動を誘導することによって経済を活性化する機能です。
Bの地域連帯感向上機能とはスポーツによって地域が一体化し,共通の話題が人々のコミュニケーションを深め,社会的憂鬱の解放と社会的交流が活発になり,地域モラールの向上が図られるというものです。
最後のC都市イメージ向上機能ですが,イメージとは,人が心の中につくる心象であり,信念や考え,そして印象がすべて合体することによって生まれるものですが,スポーツイベントの場合,開催都市のイメージは,単なる地理的な場所のイメージではなく,スポーツが生み出した感動や興奮,スペクタクルな祝祭経験とともに人々の心の中に定着するというものです。
@社会資本蓄積機能とA消費誘導機能は,スポーツの持っている経済的機能で前者がストックであり,後者がフローとしての機能です。B地域連帯感向上機能とC都市イメージ向上機能は,スポーツの社会的機能ですが,前者が内的で後者が外的なものです。
このようにスポーツは,都市や地域の活性化に貢献することができます。そして,都市や地域はスポーツを媒介にして,社会を再構築していくことが期待できます。
Jリーグは,日本に「地域に根差した総合スポーツクラブ」を100年かかっても作り上げようという「Jリーグ百年構想」を掲げ取り組んでいます。Jリーグが目指しているのはヨーロッパの各国でみられるような,スポーツが生活の一部となっている,いわゆる“スポーツ文化”の確立ということです。Jリーグの構想は「するスポーツ」と「見るスポーツ」を両輪と見据え,そしてこの「スポーツが都市や地域に果たす機能」を認識し,「スポーツ文化」確立のための「スポーツ産業」の確立を前提にしています。これは単なる興行に終始しているプロ野球とは大きく異なります。また,このJリーグの動きは,脱工業化とポストモダニズム,グローバリゼイションとローカリゼイションといった現代の潮流に合致するものです。
参考文献 「スポーツ産業論入門」 原田宗彦編著 杏林書院 1999
目次 第1章 第2章 第3章 第4章 第5章 第6章 第7章
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日本という国は,個人が全人格的に依存するゲマインシャフト=ムラ社会の歴史が長く,利害関係により選択的な意思によって結びついたゲゼルシャフト=都市社会の経験が浅いということがいえます。この都市社会では,匿名性と機会均等性があり,人々は魂の自由を獲得することができますが,それと引き替えに,「遙かに奥床しい高貴な道徳(モラル)」を必要とします。
戦後まもなくまで日本は農業社会であり,家父長制度と村落共同体による伝統的な共同体(ゲマインシャフト)が支配していました。しかし,戦後の近代工業社会では,この地域に根差した「ムラ」共同体に代わって「カイシャ」という会社共同体が支配するようになります。工業社会における都市部への人口集中が起こると都市社会が形成されるはずでしたが,実際に形成されたのは会社共同体でした。この会社共同体は,擬似的なゲマインシャフトで社員は,全人格的に会社に支配されます。この会社共同体は規格品大量生産主体であり,生産性と勤労勤勉が社会的規範になりました。
ところが地方にはムラ社会がそのまま温存されていました。近代工業社会での生産性からいえば伝統的農村社会の生産性は低く,富の格差が生まれます。この格差を是正するために,地方交付税を裏付けとする富の再分配が行われました。そしてそれを具体化したのが田中角栄の日本列島改造論でした。日本列島改造論を契機に公共事業による富の再分配が行われ,地方においても昔ながらの伝統社会が崩壊し,それに代わって土建業や農協を中心にした疑似的なゲマインシャフトが成立していきます。
都市においては,生産性優先から,職住分離が起こり,都心(職場)と郊外(住居)とに分化が進みました。都心部には会社共同体という共同体がありましたが,郊外には共同体は生まれませんでした。郊外は夜寝るだけの場所であり,共同体は必要なかったのです。このため郊外ではアイデンティティの崩壊が早くから起こり校内暴力や家庭内暴力などが社会問題化します。
生産性優先の観点からいえば,職住分離においても,労働者の流動性が担保されていなければならず,持ち家という定住化は否定されるものです。ところが,ムラ社会選出の政治家の圧力により,郊外において持ち家政策が採られました。このため,持ち家を求めて郊外が拡大し,2時間・3時間という遠距離通勤が生まれました。また,横浜市に住んでいた社員の会社が東京から埼玉に移動した場合,その社員は東京を越えて埼玉県まで通勤するという事態も生じています。こうした矛盾を防ぐため,米国では職場の郊外移転や住居の都心回帰によって,職住近接が起きています。この最後の仕上げが都心部における球場の建設でした。
戦後社会の主役は「カイシャ」でした。この「カイシャ」は,擬似的なゲマインシャフトでした。ところが,会社というのはそもそも,会社をドイツ語でゲゼルシャフトいうように,利害関係により結びついた結合体のはずです。この矛盾した存在がカイシャで,カイシャは,ゲゼルシャフトとしての会社と疑似ゲマインシャフトとしての会社共同体という二つの顔を使い分けてきました。ところが,バブルの崩壊後のグローバル化の中で,カイシャはゲゼルシャフトとしての正体を露わにします。シャインは,運命共同体ともいわれたカイシャから,リストラと称して退職に追い込まれ,カイシャの象徴であった企業スポーツは休部や廃部にされ,各種の福祉施設も閉鎖や売却が進みました。失われた10年といわれたバブル後の10年間はこの会社共同体の崩壊の10年ということもできます。
近代工業社会や会社共同体の行き詰まりは,何も失敗によるものではなく,成功による行き詰まりでもありました。戦後の高度成長は,私たちに生活水準の向上と物質的な豊かさをもたらしました,そして,それと同時にニーズの多様化や個性化の動きがでてきます。それがゲゼルシャフト世界であれば,結合のより一層の多様化をもたらしますが,ゲマインシャフト世界では,それは全人格的関係社会に対する反発という形で現れます。その典型的な言葉が「自分で自分をほめてあげたい」という有森裕子の発言です。これは,日本では好意的に受け止められました。疑似的ゲマインシャフトの閉塞的世界からの自立という意味合いがあったからです。ところが同じ発言でも自立的社会であるゲゼルシャフト的社会からみると,自分勝手な発言としてしか評価されません。
戦後社会を担ってきたカイシャの崩壊は,多くの社会難民を発生させます。しかし,彼らの受け入れ場所は,地域や都市にしか存在していません。近代工業社会の成功は,日本全体を都市化し,日本にはもはや伝統的共同体であるムラは残っていないのです。地域や都市以外では,家庭や国家がありますが,家庭はさらに核家族化がすすみ,1人・2人世帯が増え,社会性を失っています。また,国家主義にしろ民族主義にしろ,個人が国家に直接組みすることは危険です。個人が国家をコントロールするには単位が大きすぎるからです。そこで注目されるのが,中間集団としての地域や都市ということになります。地域や都市は,人々が直接参加できる社会であり,人々が主体的・選択的に生きることが可能な世界です。つまり,地域や都市というのは,アイデンティティを確立できる場であると同時に魂の自由が実現できる場になりうる社会ということができます。
ところが,日本の戦後社会で,地域や都市は,クッキーカッター状態になり,魅力を失い人々の関心を惹かなくなってしまいました。地域や都市はどこでも同じで,人々は一戸建て,マイカー,マイルームといった「私」世界が持てれば,どこでも同じという状態です。これは,住民についてもいえることで,高度成長により,人々は「一億総中流化」となりましたが,それと引き替えに均質化・無個性化していきました。70年代・80年代のニーズの多様化や個性化は,単に中意識化の差違性にすぎませんでした。このように,戦後社会は人々や都市を均質化・無個性化していきました。換言すれば,人々も都市も地域性を失い,そして地域でさえ地域性を失ってしまったのです。
90年代以降,カイシャが崩壊し,社会的規範も崩壊していきます。経済や産業は実際には70年代に転換期を迎えていました(人々は気がついていましたが,実際には,構造改革と言えるものは行われませんでした)。しかし,社会そのものは90年代が転換期ということができます(構造的には70年代からですが)。そこで必要なのが,地域や都市における社会の再生ということになります。そして,この地域や都市の再生における重要な概念が「まち」だと思います。「まち」とは,人々にとって共感があり,共同だという意識がもてて,生活を支えてくれる基礎単位になります。その「まち」は,実感できる「まち」です。実感できる「まち」とは,人々が目で見,音を聞き,手で触れることができる範囲,つまり,リアリティのある範囲です。その「まち」に実社会を創り出していく必要があると思います。この「まち」づくりに,スポーツは,そして,プロ野球は機能を果たすことができると思っています。
参考文献 「まちづくりの実践」 田村明著 岩波新書 1999
プロ野球も,90年代以降,行き詰まりを見せていきます。ドラフト逆指名・フリーエージェントといったナベツネ反革命,野茂・佐々木・イチローといったスーパースターのMLB進出(流出)そして,東京ドームに始まるドーム・ラッシュ。プロ野球で観客を惹きつける条件として,昔からいわれているのが,勝利・スター・スタジアムの三つです。ところが2001年になるとこれらの要素が,逆回転を始めます。
まず第1の勝利効果ですが,これは,勝つことにより観客を惹きつけるというもので,勝つことを目的とする野球にとってこれは当然のことです。しかし,観客は勝つことが100%保証されていないからこそスポーツに惹かれます。勝つことが保証されていてはスポーツではありません。このためプロ野球は,ドラフト制といった戦力均衡化策がとられています。ところが,読売ジャイアンツは,1993年,NPBに対しJリーグの誕生を理由にプロ野球の危機を演出し,ナベツネ反革命といえるドラフト逆指名とフリーエージェント制を導入させてしまいました。その結果が「金満野球」です。毎年30億円といわれる補強を行い,フリーエージェントで他球団の4番打者(落合,広沢,清原,江藤)とエース(工藤)をかき集め,逆指名で高橋由,上原,二岡を獲得し,カネがあれば何でもできるということをスポーツの世界にも見せつけてしまい,スポーツのドリームを壊してしまいました。巨人戦の視聴率は1999年が20.3%,2000年が18.5%,2001年には15.8%と視聴率は逆に低迷してしまっています。
次に第2のスター効果ですが,スーパー・スターの活躍はそれだけで,観客を惹きつけます。この例でいえば1994年,イチローの200安打デビューのとき,オリックスは,前年の118万人から140万人に増加しています。1999年の松坂が新人デビューしたとき,西武は前年の138万人から183万人に増加しています。ところがこのスーパー・スターが90年代以降,大リーグへと流出し始めます。1995年近鉄の野茂が大リーグ(ドジャース)への道を切り開きトルネード旋風を巻き起こしました。それに続き,2000年にはフリーエージェントで横浜の大魔神佐々木がマリナーズに移籍し成功します。そして,2001年にはポスティング制(入札制)でオリックスのイチローが,これまた,マリナーズに移籍し,大リーグにイチロー旋風を巻き起こしたばかりでなく,日本中に大リーグ・ブームを引き起こしています。巨人戦の視聴率が低迷する中,日本のメディアは連日,イチローを追い,NHKのBS放送は,連日マリナーズ戦を放映しています。そして,現在,ヤクルトの石井,西武の松井,巨人の松井といったスーパー・スターの大リーグ進出が噂されています。
第3の効果がスタジアム効果です。スタジアムは,野球の舞台ですが,それだけではなく,スタジアム自体が観客を惹きつけます。1988年日本ハムは,東京ドームの開場により,前年の後楽園球場の124万人から245万人に増加します。同様に,1993年の福岡ドームは167万人から246万人に,1997年のナゴヤドームは207万人から260万人,大阪ドームは96万人から186万人に増加します。しかし,ドーム球場は,多目的施設で,野球の魅力を半減させることになってしまいました。屋根の存在は本来アウトドアスポーツである野球の魅力である開放感を喪失してしてしまっています。人工芝により選手の故障が増え,思い切ったプレーも減少してしまいました。また,広いファウル・エリアは,観客と選手の距離を遠ざけ,高い外野フェンスは,守備とホームランの妙味を失わせてしまいました。そして,全てのドーム球場に個性がなく,クッキーカッター状態になっています。もはや,ドームというだけでは観客を呼ぶことはできません。大阪近鉄の大阪ドームは,1998年以降は125万人,115万人,114万人と低迷しています。密閉型・人工芝球場への反省から,アメリカでは既存球場の天然芝への張り替え,新古典派球場の建設ラッシュが進んでいます。
親会社の宣伝機関としてのプロ野球はもはや限界です。プロ野球にとっても,地域や都市との連携,そして「まちづくり」への参画が必要な時代にきています。そして,プロ野球は,それが可能なスポーツです。
プロ野球にとって球団名とは,球団という商品の名称です。
商品名は,無数の商品の中からその商品を区別する効果(識別効果)をもっています。消費者は,商品名によって,その商品を知り(知名効果),商品の中身が何であるかを理解します(理解効果)。商品名が知れわたり,商品名を通じて商品の中身についての理解が消費者の間に浸透すると,商品の存在や中身を知らしめるためのコスト,つまり広告宣伝するためのコストが節約できます。しかし,商品名には,さらに,商品名それ自体が独特のメッセージを発するようになると,つまり,商品が独特の意味を持ちブランド化した商品(ブランド商品)となれば,コスト節約や投資コスト分に還元できない価値(剰余価値)が生まれます。ブランドが,他のブランドにはないブランド固有の欲望を作り出すことにより剰余価値を持つようになるのです。そして,加えて,固有の欲望を作り出す世界の憧れを生み出す。
「コカ・コーラ」や「シャネル」に代わりうる商品の代替物はないわけではありません。例えば,「ペプシコーラ」や「クリスチャン・ディオール」はその有力な代替物です。しかし,「コカ・コーラ」や「シャネル」に代わりうる意味世界はありません。何ものも代わりにはなりえない創り出された意味世界は,当然ながらひとつの価値です。「コカ・コーラ」や「シャネル」のマークが入ったTシャツがそれなりの値段で売れる理由は,そうしたブランドが独自の意味世界という価値をもっているからです。そうしたマークが付くことによって高くなった価格分は,その意味世界への入場料ということになります。言い換えると,ブランドがそれに固有の欲望を付着させ独自の意味世界を創造することができれば,それへの入場料の分だけ,市場における他のブランド商品群との競争において差別的な優位を創ったということになります。
商品のブランド化プロセスを,私たちはMLBを通して見ることができます。もともとMLBは,大リーグとして日本のプロ野球とは識別されていましたが,イチローの加入によって,NHK・BSの大リーグ中継が増え,マスコミも連日報道することによって,MLBの名が日本中に知れ渡るようになりました。さらに,MLBやマリナーズのハウツー本がでたり連日の中継やニュースによってMLBへの理解度が増しています。そして,大リーガーの高度なプレーや真摯な態度,天然芝と個性あふれる魅力的な球場は,MLBの意味世界を広げていきます。今,日本ではこうのようにMLBのブランド化が急速に進んでいます。そして,オールスター・ゲームを見ていると,この日本におけるMLBのブランド化は,MLBの世界戦略であるのがはっきりとわかります。
このように商品名と商品名のブランド化は,商品のマーケティング戦略上,重要なものであることが分かります。このマーケティング上,重要な商品名を,他の商品の広告宣伝に使われているのが日本のプロ野球(NPB)なのです。NPBでは,本来,球団名は球団価値の増大(入場者の増加,メディア・ヴァリューの増加)に貢献すべきところ,他の商品の付加価値の増加に使われています。つまり,NPBは,他の商品名(親会社名)を名乗ることによって,NPBの価値を喪失していることになります。
プロ野球ファンは,自らを球団や選手に同一化して応援します。つまり,球団や選手にとって,ファンは,単に入場料を支払う顧客という存在ではなく,球団や選手を育てる存在でもあります。そのファンの多くは,球団の地元の都市や地域に棲んでいる人たちです。球団が,都市名や地域名,さらに,都市や地域に由来するニックネームを名乗れば,球団名が「球団が地元を代表するチームである」というメッセージを発することにより,球団にとってマーケットである都市や地域における戦略上の優位性を持つことができます。
参考文献 「ブランド 価値の創造」 石井淳蔵著 岩波新書 1999




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これで都市とプロ野球をたどる旅をひとまず終わることにします。今回の「都市とプロ野球」は,都市社会学については即席で論じているため,誤用や不適切な引用も多々あると思いますが,私なりに都市の流れとプロ野球の関わりをある程度整理できたと思います。では。
2001年7月12日 B_wind
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