横川巴人
 先日、兄の義父から横川巴人さんの「夢」という著作集を貸してもらいました。我家は、一本杉通りに面し、通りの西の入口である御祓川の仙対橋から100mほどの、山側(南側)にあります。横川巴人さんは、もう数十年前に亡くなりましたが、私の家の左斜め向かいに住んでいました。今は横川家はなく、松本呉服店の駐車場になっている交差点の東北角の一画が昔、その家があった場所です。
 このコーナーのタイトルはTopPageでは「横川巴人」としたが、「一本杉通り今昔」のインデックスの方では、「一本杉町のパーマン:ぱーじん(巴人)」となっています。それは次のような理由です。巴人は正式には「はじん」と読むようですが、私の周りの人でこの人を知っている方は、いまだに「ぱーじん」または「ぱじん」と言う方がほとんどで、その名前から、このコーナーを「一本杉通り今昔」からリンクする際、私が子供の頃観ていたマンガ「パーマン」を想起してしまったので、こういうタイトルにさせてもらいました。 
 
 
 しかし、巴人と言っても、地元七尾でも知っている方は少なく、ましてや七尾以外の人は、どういう方かほとんど知らないと思うので、一番手っ取り早い紹介は、略年譜だと思います。それで、彼の略年譜を記した頁を別に設けました。巴人の略年譜を知りたい方は、ココをクリックしてください。
 
 巴人さんは、書やその絵をみただけで、何となくその人柄がわかります。「百聞は一見にしかず」と申します。巴人さんの紹介文をよむより、まずその作品を見てください。
 巴人さんの作品は、「画廊・宇郎居庵-横川巴人作品集編」に、8点ばかり載せています。我家所蔵の巴人さんが書いた色紙や短冊類は、「ちょいお宝」のコーナーで紹介しているので、そちらを見てください。 
 また巴人氏を評伝している相川龍春(相澤道郎)氏の文章も載せましたので、興味のある人はそちらも読んでみてください。
 
 右の写真は、私が住む七尾市御祓地区6町の春祭り・チャンコ山(チャンチキ山、ちいさ山)の際に、私が住む一本杉町の山車で使う人形(楠正成)の首が入った箱と、囃子用のタイコです。タイコはここでは特に関係ないですが、首の箱書きは、巴人さんがしています。またこの頁の周囲の壁紙に使った写真は、巴人さんです。いつも、街を歩くときは、いかにも昔の文人ぽい身なりをしていました。