The Life of Tassatn No.1
北モンゴル・ツァガンノール村訪問記
(アサヒグラフ98年3月20日号に掲載)
 初めてこの地を訪れたのは2年前の寒さ厳しい2月であった。 モンゴル最北のフグスグル県ツァガンノール村から、
さらに奥地の雪深いタイガを進む。途中から吹雪いてきたので、本当にツァータンに会うことができるのか不安になった。



(上)飲料水の確保は重大事。水の大切さを教えるためもあり、水汲みは昔から子どもの仕事だ。冬ともなると、
清流の水は身を切るほどに冷たい

(下)冬は凍結した氷を割っての水汲み。また雪を溶かして水を確保する
 そんなときである、遠くからかすかに何かに乗る人影が見えた。そして私の前に現れたのは、トナカイに鞍をつけて乗って
きたツァータンだった。彼の名はオンボという。村まで小麦粉を買いに行くところだった。

 オンボの集落はヘブテルティと呼ばれるところにあった。5家族がここにすむ。男たちは凍った湖に漁に出ていて、村は
女と子どもたちだけだった。

 モンゴルで魚というと不思議に思うかもしれないが、湖や川のそばでは漁はよく行われる。ツァガンノール村でも年間を
通して行われ、かつては漁業組合もあったという。驚いたのは、セリョトカと呼ばれる、塩をした生の魚を食べることだった。
これはロシア料理で、以前に村にロシア人が教えたものだという。
(左)シャーマニズムは彼らの中心的な宗教。さまざまな守護神をささげた色とりどりの布と、鳥の羽などをまとったシャーマン
が吉凶を占う。

(右)翌日、オンボは狩りに行くという。豊猟と安全を祈願する儀式を見せてもらった。
それは、アルツと呼ばれる針葉樹アルツの葉をいぶらせ、その葉でミルクを空へ向かって撒くというものだった。

 私がオンボの家族の「ウルツ」(円錐形住居)で、トナカイの乳のスーティツァイ(ミルクティ)をご馳走になっていると、放牧を
終えた女たちがトナカイを連れてが戻ってきた。夕食は、狩りでとった鹿の肉のゴリヒテイシュル(肉うどん)である。

鹿肉はくせもなく、たいへんおいしい。
 北の太陽は早く沈む。食後、お土産に持ってきた、アルヒで乾杯となった。アルヒは麦でつくった蒸留酒で40度もある
モンゴルウオトカ。オンボはうまそうに飲み、ツァータンについての話してくれた。

(下)日本から持ってきた「いいちこ」も楽しんだ


 「昔々、タイガの森に貧しい男が妻と子どもとともに暮らしていた。厳しい冬になって食べるものがなくなって
しまった朝、テントの外に大きな角のある白いトナカイが現れた。・・・・・

さらにトナカイは増えていった。男はこれは神様からの授かり物だと思い、感謝した。・・・・・
白樺の皮で作った入れ物にトナカイのミルクを搾って飲み、 飢えをしのぐことができた。

やがて、子どもも増え、ツァータン部族が始まった」


(上)ツァータンは頻繁に移動するため、余計な家財は持たない。生活はきわめてシンプルだ。 (下)次への放牧地への
移動が始まった。子どもたちも総出で手伝う。ツァータンの男は酔っ払いが多いが、女性や子どもは働き者だ。


 タバコに火をつけながらオンボは2人の子どもの将来を危惧していた。 去年トナカイの数は23頭。
今年も同じで増えもしない。・・・・・
 デンマークからの援助でトナカイに寄生するハエの駆除ワクチン投与が年に2度行われるが、

モンゴル政府はわれわれに何もしてくれない。・・・・・
 外国人たちがよく来て、写真を撮ったり、研究したいという。映画会社も撮影にくる。アメリカ、ドイツ、フランス、
日本からも来た。・・・・・

 サバイバル・ツアーと称して冒険志望の人も来る。死亡事故もおこって騒々しくなった。・・・・・


(上)狩りでしとめたクマの毛皮をなめす。(下)クマの手、ロシア製の猟銃
 彼らが落とすお金が、トナカイの以外の現金収入だがツァガンノール村の村長が勝手に取っている、
入山料の分け前はこない。

 夜も更け、私は隣のウルツで眠りについたが、オンボの声は深夜までタイガの森に響いていた。酒を飲む機会などめった
にないからだろう。翌朝、二日酔いぎみのオンボだった。


(上)狩りは長いと1カ月の及ぶ。息子の狩りの準備をしてくれた母親、センデリさん

 次の年、初夏なのににフブスグルの山々では冷たい雨が雪に変わった。
 冬と違い、麓の村から馬に乗って山岳地帯を2日かかって、6家族が住むサイラグと呼ばれるところに着いた。

 トナカイのミルクを温めて飲ませてもらった。濃厚で甘みがあり、冷えた体にとてもおいしい。
 夏の遊牧民の食料は乏しい。多少の肉は近くの雪渓に埋めてあるそうだが、貴重な肉はめったに食べず、

毎日ミルクやビャスラグというカッテージチーズだけの食事である。
 泊めてもらったナラン一家の旦那は、仲間と狩りに行っていて、女手ひとつで子どもたちを守っている。


(上)野生のネギ、肉料理の薬味として欠かせない。(下)ネギは刻んで塩漬けにする

 前回はオンボがいたが今回は「女しかいないときに来るねえ」などと言われてしまった。彼らはそれだけ頻繁に狩りに行く
のである。ナラン一家は冬は村に下りて生活しているそうで、私を見かけたことがあるという。こうした生活サイクルの
ツァータンが最近増えた。ナラン一家は今年でトナカイ遊牧をやめるという。理由を聞いたが答えてはくれなかった。

ウルツの外では子供たちが、元気に遊びまわっている。
(上)フキの仲間、皮をむいてかじるとほんのりと甘い
(下)ママゴト遊びだ。雪を丸めてモンゴル料理のボーズに見立てている

(上)音楽好きのバトさん (下)おやつのヨーグルト
放牧から帰って来たトナカイの搾乳が始まった。午後10時を過ぎているが、この時期の北の大地はまだ明るい。

またトナカイの袋角を切るのも、この頃だそうだ。センデばあさんは65歳。その母親も健在で、東のタイガとは別の、
西のタイガにいるという。もう90歳を過ぎているが、ツァータンに残る数少ないシャーマンだという。

センデの住居をのぞくと、シャーマンの衣装があり、奥にはさまざまな守護神がゆわえてある布が幾重にも下がっていた。
私の訪問は突然だったが、
口琴を聞かせてもらった。



(上)切られたトナカイの血角、漢方薬の原料として高値で取引される
(下)放牧からかえってきたトナカイ