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日々あったことを徒然なるままに

わがままに書かせてもらいます。 <昔話>へ  baysun 123 


2015年06月05日 金曜日 15:54:34

    ・・・仕分けの進捗・・・
6/3の日記をアップしたあと夕方、ギターとアンプを積んで伊東に行きました。

iQはとても小さい車  なので積んで行ける量も限られます。

ですが、昔取った杵柄〜何度もジグソーパズルのように組み替えながら
「ギター7本」「アンプ大A/小A」「ギターシンセ・ユニット」「リズムマシン」と
運転席 以外は隙間なくのせて座布団で荷崩れ防止してバッチリ積み込みましたとさ

夕方4時に出発・・・先方の仕事終わり時間を目指したので節約もかねて
国道のみで往路を選びました。

「新青梅街道」→「環八」→「第三京浜」→「国道1号」→「135号線」→「伊東」という経路
新青梅街道に入ってからは右折「環八」→道なりななめ左「第三京浜」→「国道1号」→左折「135号線」→伊東と
2回曲がるだけで伊東の海岸通りまで行けちゃうのでした(途中、道なりや分岐Y字路あるけど)

4時間かかったけど道路状況は良く、渋滞もなく「した道」の景色を堪能?しながらドライブでした。


夜8時に伊東市内へ・・・昼飯からかなり経ったので同級生の経営するレストランで
「ヒレカツサンド&コーヒー」の夕飯済ませ、スペインへ行くことを報告(微笑)

友達は同じ同級生と結婚したので奥さんとも高校からの知り合いな俺・・・
自分はふたりと仲良かったので、逆に俺の性格もしってるわけで
「ベイサンんなら、どこ行っても生きていけるよ!!」とお褒め!?の言葉をかけられました(笑)

あっ、カツサンドのカツはオーダーしてから揚げるから美味しいのでした。


別れのあいさつして、楽器の「納品」へと向かいました。
店よこ駐車場にて電話し「ミニのせんせ」に連絡→ほどなく楽器を相続してくれる
息子くんの登場・・・

そして、通りからみたら「バイク」「車の部品」「アラジンストーブ」「バーカウンター」「ネオン」
、、、、何屋さんか不明な店舗に(商売してませんが、通りすがりの観光客が「一杯のませて下さい」と入ってくるらしい)(笑)
機材をおろし簡単に説明をすませ引き渡し完了。

これらのギターのなかで一番 ふるいのは1970年製造のアコースティックギター
当時 国産メーカーで販売する量産モデルは30000円が一番うえ

そのとき個人メーカーで35000円と当時の中学生の自分にはとても高いものでした
その1年後くらいにはヤマハとかモーリスが5万円超える商品販売を開始したけど・・・

このギターはフレットの指版に刻印で「35108」とあり3万5千円シリーズの108本目、製造と
これもまたレアなギター・・・米国マーチン社の「Dシリーズ・コピーモデルで」
当時のヤマハ・ヤイリなど問題にしないくらいのアメリカンな
♪シャラシャラ音(ギター弾く人でないとこの擬音表現つたわらないかなぁ)なのです。


USAフェンダー・ストラトキャスターは1974年製
このギターのボディ本体が「単板一枚もの」←この年代ではなかなかない
ギター材木が良いのが少なくなり始めた時期で、2枚(複数)合わせボディとかが出回り
USものがクオリティーひくくなり始めたころでもありました。

楽器屋めぐりし「山野楽器」「御茶ノ水楽器」「クロサワ楽器」と一軒ごとに
店にあるストラトキャスター全部、弾いて、最後にたどり着いたのは御茶ノ水「下倉楽器」
ここにあった2本のうちの1本を選んだ・・・つまりI数本試奏した中の「シンデレラ!?」なのでした。

USギブソンES-335 1980年製 は1950年代の「DOT」(フレットのしるしが円いマーク)モデルの
純正レプリカ・・・ネックの頭が小さく細く、倒したら「イッパツで折れるよ」と楽器屋さんに注意された品物

同じ時期に販売していたUSギブソンES-335 STDが20数万円で販売していた時に
42万円という純正レプリカはSTDモデルが雑な造り仕上げとなってしまっていたので
とても丁寧な仕上げと音色に驚き無理して購入したものでした。

勿論♪ラリーカールトン♪の音色に憧れたり、ジャズ・アンサンブルでも使えるという理由でね。


厳密には1970年代は「オールド・モデル」とは呼びませんが
製造から45年くらい経過したら充分「オールド」ですよね
それを持ってた俺は「MOST オールド」ですね(笑)

相続してくれた息子くんは、これらのギターが作られた後に生まれてるわけで・・・
でもギター、楽器の大好きな彼にもらっていただき「ギターたち」も幸せだと思います←擬人化するなぁ(笑)


自分はコレクターではなくプレイヤーなので売り買いで「損得」とかは考えず
好きな気に入ったものを買っていましたが・・・

1974ストラトはそれなりの中古販売価格がついてるようでした
30〜40万の値段・・・購入時20万くらいだからプレミア価格になってるんですね。
わが子(ストラト君)も出世しました(笑)おやばか←親がバカ(自爆)


でもね楽器屋に売ると、叩かれて二束三文(-_-;)
なので幸せなギターたちの余生が約束!?されて自分も幸せ気分で有ります。


まだまだ「相続」してもらう機材「エフェクター」「PA」「カセット・CD」「教則本」「譜面」あり
あと1〜2便、宅配予定であります。


さて納品すませ、そのあと「ミニのせんせ」と世間話すること2時間くらい・・・
夜中の1時45分にお礼を言い帰路につきました。
伊東への「とんぼ返り」は良くしていましたが、久しぶりなので帰りは高速つかってみた。

厚木インターから「圏央道」で埼玉むかい、入間下りて所沢経由
「鶴ヶ島」まで行き関越から所沢もどるより近いみたい。

2時間で帰宅、「圏央道」ガラ空きでトラックしか走ってないから快適だけど
高速代金が2倍くらいでビックリ(-_-;)

ま、帰りは早く帰りたいからね・・・



     ・・・分別ごみ処理・・・
金曜の朝が「燃えないゴミ(小物)」の回収日
分別の面倒なのが「30センチ立法までのもの」「商品そのままはNG」
なので壊せるもので少し大きなものはペンチ・カッターで壊して なるべく
有料粗大ごみにならないように前処理が大変なのでした。

セトもの、フライパン、など食器や台所用品は30センチ超えなきゃ
そのままでOKなんで「フライパン、マグカップ、鍋、箸、スプーン、包丁、プレート皿」を
各ひとつずつ残して全捨て。

ケーブル類や工具、機械ものメンテナンス道具なども ほぼ処理
これで「燃えないゴミ袋」に6袋・・・今朝3時半くらいまでかかって終了

だいぶ先が見えてきた(微笑)


そうそう「電子ピアノ(88鍵盤)」は総重量60キロくらいで車で運ぶのも大変だし
と考えてましたが、アパートの裏の「大地主さん」に引き取ってもらえました。

裏と言っても自分ち玄関がわにあり、そこには「竹林」があり 何度か
タケノコの季節に堀たてをもらって食べました

そんな付き合い経緯あり たまたま車に楽器を積んでる時に
そちらのお姑さんとスペイン行く話しててピアノもらってくれませんか!?と伝えると
快諾をいただけた次第・・・ときどき そちらのお屋敷ではピアノの音がしてたので
「だれかピアノ弾かれるんですね」
と聞くと 実の娘さん(婿さんとってる様子)とのこと

そしてピアノは「アップライト」と「グランドピアノ」があると言うではありませんか!?
聞けば゛娘さんは「音大・ピアノ科」卒業なんだそうです。


きのう午後に電子ピアノを掃除して玄関先まで引っ張り出し、準備して声掛け
すると若旦那さんが「いま居る」というので手伝ってもらい お屋敷に台車ではこびました。

庭を経て玄関あけると玄関先だけで土間と床ふくめると八畳間くらいの広さにビックリ。

すぐわきのドアが応接間で暖炉があったり(使ってないのか子供のオモチャがおいてあり)
・・・そのオモチャをよけてピアノセット終了。

電子ピアノには「プロのデモ演奏」が入っているので子供たちも大喜び
3兄弟が寄ってたかってピアノ弾き始めたとさぁ♪めでたしめでたし。


だいぶ家の中がすっきりしてきましたが、もともと「もの」が多い俺
例えるなら引越の車は「4t車」でないと載らない量・・・普通の家族なみ

ひとり者で4t車は普通必要ない

毎日、ホコリになるからマスクして都度つど掃除機かけであります。


あと大物は廃棄予定の洗濯機、電子レンジ、古いパソコンかな・・・
粗大ごみ有料廃棄品も少しで済みそうです。


渡西の数日まえには全て捨て「寝袋」「弁当」の生活が約束されてます(笑)
野宿は慣れてるのでチョロイもんです。

まして屋根の下ですから・・・


まだまだドタバタするなぁ・・・今夜か明日に伊東に行くかなぁ!?
今夜までの進捗によってだけどね。

スペイン渡航支度の「峠」はやっと過ぎた気がしてますが。


気分転換にトレーニングでも行ってこよ。






2015年05月27日 水曜日 15:39:38

    ・・・思い立ったが吉日・・・
論文的な言い回しでいうと「結論」から報告です(笑)
「スタップ細胞はあります」・・・あっ、間違えました(-_-;)

6月下旬にスペイン「グラナダ」に引っ越します(微笑)♪

現在「長期滞在ビザ」の申請すませてビザ発行待ちの最中。

アパート引き揚げにともない 様々な処理があります。
普通の引越(引越に普通とか特別はないかなぁ!?)なら多分、伊東から出できて
10回以上、引越してるから そこそこ大変ですが手慣れた?ものでしたが
今回は今、住んでいる
ところから「荷物を次へ」という流れがないわけで・・・
→→グラナダにはバックパックとフラメンコギター1本、プラスアルファくらいでしょうか!?・・・

つまり今、住居の中にあるものは99%は持っていけないのであります(-_-;)
ゴミで処分すると、とてつもない費用が発生するし・・・今まで「すてられネーゼ」で
使う機会などない沢山の宝(他人はそれをゴミと呼ぶそうです)にも捜査そして「仕分け」の
メスが入ることになりました・・・と言いつつ全然 捗ってないのが実情(苦笑)

仕事で使っていた音響装置や楽器関係(7本くらいかな・・・)は「ミニのせんせ」の
実息の「ヘビメタ・バンドマンくん!?」に相続(笑)していただく運びになり
家財道具で捨てられないものだけ「ミニのせんせ」ん家の隠れ家に隠し置くのです。
白い粉とか←あっ、これ日清の小麦粉ね(-_-;)・・・

冗談はさておき、
物理的な処理だけでなく済んでいることで発生している契約やインフラの解約なども
結構 たいへんだったりしてます。

電話で処理できるものは かえって簡単ですがネット関連はログインして契約解除とか大変です・・・
ネットのID登録や会員になるには大きなバナー(ロゴ)でわかりやすいですが
「退会」となると その退会出口にたどり着くのが容易ではありません。
まるで「大海」を さまようごとき←ここ笑うとこです。

まぁ行くと決めてからの長期ビザ申請までの書類集めや動きは「風林火山」!?はたまた
脱兎のごとくでしたが六本木にあるスペイン大使館へ申請書類をすべて
提出し終わってからは「牛歩」の如しで 毎日 荷物を処分するぞ!と
朝 起きた時に脳内でツブヤクのですが・・・この2週間 フリーズしてます(-_-;)

実はスペイン行きは父親に まだ言っていません・・・いろいろあり。
直前に「あと出し」気味には報告するつもりだけどね。

この下段にある「入院中」の日記から2年半が経とうとしています。
この期間にもいろいろありました。

@2013年10/19に母親が他界
A2014年3月に21年乗りつづけたMINIを手放したこと
B職場で3か月の間に同僚、二人もなくなった
C親父の素行がおかしい!?日々が続いた←ボケとかでなく、たぶん「色ボケ」・・・少し落ち着く。


@について・・・
→3年くらい抗がん剤治療を経て、なんだかんだ自立して動けた状態で生活するも
2013年9月に歩行困難となり入院し10/19に永眠、
姉のなくなったときを考えれば安らかな最期を迎えられたと思っております。合掌。

Aについて・・・
→車検間近に悩みぬいた末、買い替えを決意(-_-;)
ミニの専門ショップに5万円にて売却・・・トヨタ「iQ」
という全長3メートルの車を購入。
黒の6速マニュアルという装備は6速いるかぁ!?ってなギア。
ハイギアードすぎて2速だとホームセンターやビックモールなどの屋上駐車場に
上がるときエンジン停まりそうでローでないと上がらない(苦笑)

でもワイド・トレッド→ショート・ホイールベースのおかげで、そこそこ固いサスペンションとも
相まって意外とコーナーリング良い←社外製品の車高調整サスキットを買ったけど取りつけてない←「♪ホワァイ・ジャパニーズ・ピーポー!?
「せっかく買ったのに何で取り付けない!?」by 厚切りベーコンいやいや厚切りベーサン、もとい厚切りジェイソン風
まだ倉庫代わりの和室に段ボールに入ったまま置いてあります(苦笑)

Bについて・・・
→去年(2014)の六月ころ、自分の身の回りで色々なものが連続して壊れました
「パソコン・予兆なく突然クラッシュ」
「携帯電話・落とした濡らしたとかなく突然、起動不可能に」
「自転車通勤中(バイク修理中のため)タイヤがパンク・仕事場まで40分押していく」
「ビックスクーターのマジェスティがクラッチが滑ってしまい修理」
「↑↑マジェスティが修理あがり引き取り帰宅時(伊東から自宅へ陸送中)に恐怖の暴走」
↑↑キャブレター回り全部・新品交換
まだほかに壊れてたかなぁ・・・

あまりに続いたので少しばかり厄払いしてみた。

そして夏も盛りの8月1日に同僚、仕事あがり帰宅ののち運転中にに心臓麻痺で発作!?
追突事故して他界。

三か月後の11月1日に同僚23歳の青年が自らの命を絶って亡くなる。絶句。

職場も連続の出来事にスタッフ皆の士気も下がるし「空いたシフトの穴埋め」で
過労労働で大変でした。
集中力、注意力というものは「2時間限界説」がありますが そんなもの度外視した
勤務についていたみんなが助け合って数か月を乗り切ったのは 素晴らしいと思いました。

大きな声で言えないですが1か月「3百数十時間」も働いてたメンバーには感謝・頭がさがります。

自分も職場も何とか落ち着いて この年始には浅草寺に初詣に行った際に
毎年、買うお札以外に「厄除け札」も購入し仕事用のバッグの中に忍ばせていた俺でした(微笑)


年が明けてからは健康、体調は問題なくですが・・・不規則な仕事で基礎代謝カロリーが多い
体質や仕事のせいか体重が60キロを切るくらい。たぶん6キロくらい減った・・・
久しぶりに会った人には「やせたね」と必ず言われるので(としいってから痩せたといわれると凹む)
俺「体調よいし、よく食べてトレーニングもしてるから」と健康アピールするのでした。

さすがに58キロまで落ちたときは自分でも数字に焦ったけど・・・いくら食べても
睡眠不足と消費カロリーが大きい仕事でいたしかたなかったけどね。

いまは60キロで体調も良し、花粉症あと少し残ってる(ハクション苦笑)



・・・・・と書いてから数日 たってしまい 
今日は6/3です。2015年06月03日 水曜日 12:42:33


おととい洋服を整理しすてました(資源ごみとして)

90リッターの袋にパンパンに6個(笑)
ひとつ、たぶん15〜20キロくらいかな・・・腰を痛めそうになりながら
分別ごみ置き場まで片道100メートルくらいを「6往復」

とにかく未練なく捨てないと片付かないから
〜でもでも1970年後半に買った
「ベイツ社」の皮ジャン'(アメリカのハイウェイ・パトロール御用達のWジャンバー)
専門的にいうと脊髄を守る「ランバーサポート入り」で当時14万円弱の品物は迷ったよ・・・

残した衣類は「ジーパンD」「TシャツI」「パンツI」「トレーナB」「ジャンパーB」「礼服@」「タキシード@」


冷蔵庫も「もらい主」現れたし順調に整理できてるつもり(笑)

まぁ、なにを捨てたか何て皆様にはどうでも良いことでしょうけどね・・・
「断捨離」しはじめてなんとなく次のステップへの勢いがついてるような自己満足です(苦笑)


Cについて・・・
母が他界して半年も経たない頃から親父が変な生活パターンや服装・身なりになる(笑)

親父に何が起きたのか・・・出不精の父が朝8時〜夜8時過ぎまで
外出が頻繁で自宅電話はおろか、携帯に電話しても出ないとか・・・

「お姉ちゃん」でもできたか? たぶん(笑)
若くいられれば良いけど「のど元すぎない」とか無いらしく

まあ、このところ「別れた??」らしく 家にいることが多くなったけど・・・
少し前まで親父から預かっていた「住居の合いカギ」とか「車の敷地内駐車証明」とか
「車の合いカギ」(車は運転止めて廃車した)とか全部、返却没収されてたけど 先日、姉の墓参りに伊東にいった
帰りに「部屋カギ」を自主的によこした・・・なぜかは不明(苦笑)

なので「かなりのぎくしゃく感」があったのは少し雪解けたこの頃。

去年、親父は3度目の「循環器ステント挿入」の手術をうけ、心臓の調子が良くなっているので
顔色もよく「お姉ちゃん効果」か元気な日々が続いているので
「今がチャンス」と悟った!?俺はスペイン行むを決断した次第です・・・と、やっと結論へ導きできました。


さて、スペインへ持っていけるものが限られますが、パソコンは厳しいので
タブレット買ってネット生活になる予定ですので〜まぁほったらかしていた「baysun123」ではありましたが
「ホームページ・ビルダー」というソフトがないとヤフーにアップできないので
Facebookにスペインレポートや日々の出来事をアップするようになると思います。


あと3週間あるかないか くらいになりましたが片付けの合間をぬって数回は「baysun123」も
アップしたいと思ってます。

多分「誤字脱字」「文法まちがい」あると思いますがご指摘、苦情は受け付けません、あしからず。
「Hasta siempre」またいつか。。。





2012年10月30日 火曜日 1:29:28

    ・・・入院中、、、・・・
金曜日に また入院、、、といっても俺ではなく またまたミニです(苦笑)
前回の日記に書いた「バッテリー交換」の話の続きが、、、

バッテリー交換後は調子が良い気がしてましたが2−3週間くらい経ち
なんとなく始動時のセルのパワーが弱いような!?イグニッションキーを回しても
一瞬「♪クッ」といってからエンジン始動。

バッテリー換える前に ほんの少し「配線」「セルモーター」「ダイナモ」「ファンベルト」と
違う原因かなぁ!?と思っても見ましたが。


夜にミニで出かけました。
目的地について10数分くらい駐車してエンジンを止めていました
待ち人来たりて エンジンかけ出発、、、そのとき少しばかり鈍いエンジン始動

20数分 走り送り先に着いた途端にエンジン停止、、、駐車スペースに停めようと
エンストしたエンジン始動しようとセルを回すと 「無回答」♪クッと言ったきり

ニッチもサッチも「ルイ・アームストロング」←わかるかなぁ〜!?
       ↑ (サッチモ)が誰かネット検索してみてね!!

幸いブースターケーブルは車載しているので(ミニでは必須携帯グッズ)
すぐ近くの住まいから車を持ってきてくれてレスキューしてもらい かろうじてエンジン始動(汗)

自宅までエンストにビビリながら帰宅(苦笑)

翌朝 とりあえずエンジンかけてみたが全然 かからず。
想定内だったので直ぐにバッテリー充電作業→30分ほどしてエンジンかけてみたら
簡単にエンジン始動、、、どうやらセルは大丈夫

配線かダイナモかなぁ!?
いつも お世話になっている練馬の車屋さんに電話し その旨つたえて即 搬送です!!

1時間ほどで到着し症状を伝え帰宅の途に。。。

週末明けて今日の午後に電話在り「ダイナモがNGで交換工賃込みで5万円くらいです」、、、
まぁ、分かっちゃいましたが やっぱり5万円コースでありました

仕上がりは まだ先のことですが、、、今年に入り「キャブ・インジェクション」「ブレーキオイル漏れ」
そして今回のダイナモ交換と合計 足した金額が12万円くらいに・・・
これだけあれば安いツアーで8泊前後でスペイン旅行行けたのにぃ(苦笑)と。

近々、スペイン旅行をたくらんでるたげけに痛い出費ですが
それはそれ これはこれ。ミニは修理不可能になるまで乗り続けますぅ(苦笑)


幸いだったのがエンジンかからなくなったのが別の場所でなかったという「ラッキー」です。
だから良いほうに解釈して 比較的スムーズに帰宅できたことに感謝です
「Menos mal」(不幸中のさいわい)




    ・・・伯父の法事と勘違い(苦笑)・・・
日曜日に、去年亡くなった「母の兄さん」の法事に伊東に行ってまいりました
自分の両親が体調不良で遠出を敬遠しがちで代理で日帰りで行ってまいりました

前日は仕事が遅くなり帰宅が夜10時だったので夜走りはやめて当日、早朝にでかけました
5時に起きて5時半には出発→環八に出たころは6時くらいで道も空いていたので
東名の瀬田インターまでは45分くらいと昔の交通量を考えると「ガラ空き」です

途中、トイレ休憩&買い物で海老名サービスエリアに寄り 伊東までは休憩入れて
所要時間2時間20分と上出来でした。

伊東について「ミニの先生んち」に寄って仏壇にお線香あげさせてもらったり
おばさんと世間話したあと これまた親戚の家にお線香あげに行き
再度 「ミニの先生んち」に戻りコーヒーご馳走になり30分くらい過ごしました。


11時からのお寺での法事、そのまえにすぐ近くのお寺に「姉の墓参り」すませ法事にむかいました
法事は つつがなく終了し皆でお墓に向かいお線香をあげにいきました

じつは姉が亡くなったころに 法事に来たここの親戚のお墓の直ぐ後ろに
墓石の どデカイお墓があり、その大きさたるや楕円球体で横1.5m×高さ1mくらいの大きさ
その真ん中には「悠久」と書いてある墓石をみつけ 何を勘違いしたか
勝手に「阿久 悠」さんの名前と「悠久」が俺の頭のなかでは一緒になってしまい
「阿久 悠」さんのお墓に お線香をあげる、、、毎回 伊東の墓参りに行くと必ずしていました。


そして勘違い はなはだしい事実が発覚したのが この日の法事でした。

伯父の墓に皆が着いて 俺は親戚の兄貴に「阿久 悠」さんのお墓が 
すぐ後ろにあるから いつも お線香あげてるんだ!!というと
きていた別の地元の人が「阿久 悠」さんのお寺さんは別のお寺だよ!!と教えてくれました(苦笑)

たぶん墓参りに来た10回くらいは 違う人のお墓に お線香をあげていたのでした。
知らぬが何とやらで信じ込んでやっていた行為ですが 勘違いが分かると
ピエロ状態だった自分を笑えちゃうのでした。

「信じるものは救われる!!」




    ・・・天晴れインターネット・・・
愛車のマジェスティー(スクーター)のオイル交換をチョー久しぶりにしました
2万数千キロ走っていますが いつもバイク屋さんに頼んでいて自分ではしませんでした

オイル交換は、もう多分1万キロくらいはチェックし自分で足してるだけで交換してなかった!!
さすがに気になりオイルと給油用ポット買って来て 交換しました!!

工具はラチェット・レンチで緩め下に古いオイル缶を置いて廃油を受け交換
ドレンボルトは外れたときにオイル缶の中に落とし入れてみましたが
オイルの中のゴミをキャッチする網(ストレーナー)をスプリングで押さえ込み
ドレンボルトと一緒に外れてきました

一旦オイルでフラッシング(予備洗い)してから最終的にドレンボルトを締めようとしましたが
スプリングとストレーナーとワッシャーの上下関係が分からなくなってしまいました(汗)

ストレーナーが中の突起(オイル循環の出口)と ぶつかり どちらを上にしてもなかなか
上手くドレンボルトは入っていきません。

間違えるといけないので「ネットで整備マニュアル」を探してみようと
車種を入れてパーツリストと入力するとヤマハの二輪サイトにいき画面表示されました

右クリックで拡大できて分かりやすい!!
正しい向きを確認してボルトを締め直してシッカリと締め込み作業終了(微笑)

大昔なら何千円もするサービスマニュアルをメーカーに頼んで購入しないとダメなことが
今は無料で閲覧できる この素晴らしさに脱帽です。

ネットサーフィンとかツイッターとか全然 興味ありませんが
こんな使い方ができるコンピューターやネットのシステムは大歓迎です!!



話は飛びますがドコモのフォーマ携帯の付属品でCDロムがあり
インストールすると携帯内の色々なデータがパソコンで「読み書き」でき
一元管理できるソフトが入っています。
以前 これをパソコンにインストールしましたがソフトは立ち上がっても
携帯をつないでも「携帯を接続してください」と認識しませんでした

結果はソフトインストールでは「USBドライバー」が自動インストールされないもの

で、いろいろトライしてみたらドライバーを「Cドライブ」のプログラムファイルに
書き込まなければならないことがわかりました、、、が「WINDOWS」のドライバーフォルダーに
いれてもウンともスンとも動きません。

これまたネットで色々、検索した結果 2種類入っていたバージョンの一つを指定し
あるプログラムホルダーに展開したら認識したのでした。
こんな複雑なドライバーインストールは ほとんどの人は出来ねぇ〜ぞ!!


結果。 このおかげで2012 鈴鹿F1の動画もアップできそうです(微笑)
さてYou tubeへのアップがファイル違いとかで上手くできるか まだわかりません。
XPのOSですから新しいサイトではアップロード、ダウンロードに支障を
きたす事が多くて困ります(苦笑)


世間ではWINDOWS8が発売されたのでWINDOWS7のOSパソコンが値下がりしてました

新品でメモリー4ギカで5万円、展示品で39800円

You tubeやFaceboookが俺のパソコンでは重たすぎてまともに使えないので
そろそろ潮時かもしれません(苦笑)

Wifiもヤマダ電機のルーターが「1円」で買えて 使用料がプロバイター込みで4千数百円が魅力的!!
ネットサーフィンの波には乗り遅れてもいいけど 映像がカメのスピードは致命傷ですね(笑)


ミニもバイクもネットもセニョリータも「乗り味」が大切かぁっ!?
あらららっ←セクハラ発言!! ご意見ある方は「かきこ」に苦情を(汗)

でも もともと「baysun-world」エロサイト同然ですからぁ〜っ!!(笑)よろしく。


2012年10月16日 火曜日 19:08:32

    ・・・バッテリー交換・・・
最近、ミニのエンジン始動時に少し かかりが悪く補充電してみましたが
直ぐに にぶい感じにもどりました。

いつ交換したか考えてみたら 今の住まいに来る前、、、
以前のアパートの駐車場でヘッドライト点けっぱなしで あがり 古くなったので交換から〜
ここに来て次の春で6年ってことは7-8年前に交換したきり(笑)

すごいね(苦笑)
ミニを買ってから最初についていたバッテリーが6-7年で交換
そのときに国産バッテリーが使えるようなバッテリー・ターミナルを国産用に交換

だからディスカウントで買ってくる4-5千円のバッテリーで事足りる(微笑)

20年以上乗っていて「4個目」のバッテリーは日立製で4980円(微笑)

今日、天気もよいのでトランクを掃除しがてら交換しました。
もちろん かかり際に「♪クククッ」と鈍い感じで かかっていたエンジンも
「♪ブゥァルン〜」と一発始動であります。

相変わらずオーディオは おろかラジオも付いてない俺のミニ(笑)
たしかにバッテリーに負担になる装備はライト、冷暖房くらいですから
普通(どこが普通かわかんないけど、、、)より寿命が長いのも うなづけるのでありました。


先日 抜けてしまったウォッシャー・レバーは押し込んでから グラグラすることも
ないので そのままにしてありますが多分 大丈夫な気がします(笑)


あっ、ブレーキオイル漏れで 25000円くらいかかり10月始めに
車屋さんから請求書が届いていたのに鈴鹿から戻ったら振り込もうと思っていた明細
忘れてたぁ(汗)

まぁ、でも いつも請求書も1ヶ月以上経ってから送られてくるし
ゆるゆるな車屋さんなので大丈夫ですが→明日 忘れずに!!はいっ!!

人間は部品交換は ママならないですが車はシッカリ面倒見れば治るのです
あと何年ミニに乗れるんだろう!?


頭のキズの化膿は「イソジン消毒薬」を処方してもらい洗髪のあと消毒していて
様子は良いようですが 先日も手術後 7ヶ月経つのに化膿したわけで楽観は許されません。、

頭骸骨も交換できたらいいのに(苦笑)←ちょっとブラックな話題。


2012年10月16日 火曜日 18:35:46

    ・・・2012 F1日本GP 鈴鹿・・・
まずは行く前のいろいろ、、、プロローグ。

去年(2011)のF1の入場者について 自分の体感としては決勝日も空席あり
来場者11〜12万人と推察していたので今年の決勝日10万5千人の発表は妥当なところか!!

実は「フジテレビの地上波放送打ち切り」、「冠スポンサー・ニコスの撤退」と
日本GPにとって良い話題はなく 今年はガラガラと思って出かけたのですが
金曜日はグランド・スタンドを除き「全席自由席」という この3年くらいのオペレーションで
金曜日の朝7時には第一メインゲート前には ここ何年も見なかったゲート・オープン待ちの
長い列ができて 正直 驚いてしまった。

ゲートからの列は並びの駐車場にあるボーリング場(200〜300m)を過ぎて更に長くなり
列の隙間を詰めるように放送が流れたり 思いのほか盛況でした。

毎度 ゲート前のコイン・ロッカー辺りで寝袋 ひろげて野宿な俺ですが
「並ぶ」のは基本、大嫌いな性分でゲートが開いて15分くらいしてから
流れのスムーズな人波になってから数百メートル先の園内の売店に
ホットコーヒーを求めて歩みはじめます。

いまどきホットコーヒーは あまり売れないらしく第一ゲートからグランドスタンドの
第二ゲート辺りには2軒ほどしか販売している店はありません、、、
前は もう少し販売店や露店で売っていたんだけどね!!

確かに自分がコーヒー買う お店でホットコーヒー買う人は年配の人ばかりだしね、、、


というわけで金曜日 ガラガラかと思ってたサーキットは意外と混雑で
予想を裏切り、ある意味 よい流れ(微笑)



鈴鹿の街も不景気は否めない。
高速深夜バスの最寄ターミナルである「近鉄白子駅」 駅前には以前
バスロータリーに面したところにコンビニがあったが数年前に廃業!?

駅ロータリーを改装工事していたので出来上がったら またコンビニができると
思っていたが結局 富士GPから鈴鹿にもどった この3年間 コンビニはできなかった様子。

池袋を10時半ころ出発するバスは早朝6時くらいに白子駅着。
駅前は飲食店も空いてない時間、臨時の販売の弁当屋もまだスタンバイ前の時間
飲食物は入手不可。。。そこで池袋でバスに乗る前に「寝酒&つまみ」そして
翌朝の朝飯を仕入れて鈴鹿へ乗り込みます。

高速バスをおりて白子駅からサーキット行きのバスに乗り(朝6時は座っていける)
15〜20分でバス専用ルートを使いスムーズにサーキットへ、、、
その乗車中に「オニギリ4個、お茶」で空腹を満たします(微笑)。

サーキットには午前6時半くらいに着きますが バスターミナルを降りて
最初に向かうのは入り口ゲートではなく 反対方面に歩いて10分くらいにあるセブンイレブンです。
そのこころは・・・

昼飯&お3時の食料。

当たり前の時間に食事、トイレを済ませようとすると どちらも大混雑で大変です。
一人でのレース観戦ですから時間の やりくりは気ままなので食事のタイミングをずらし
その日のイベントが おおむね終わったころに空いている売店で つまみ&生ビールなど買って
一日あったことを考察し(笑)反省会←ひとりで自問自答。

午後4時にはゲート前のロッカーにもどりロッカーに保管していたバックパックをだして
自分のお気に入りの野宿場所にブルーシートと寝袋を半分くらいひろげて場所キープ!!

以前とは違い(昔は土曜の夜はサーキット内に終夜いられた) 毎日ゲートの外に
退出させられてしまうので金曜、土曜の夜は この場所に野宿です。
ここは雨が降っても吹き込んだり、浸水しないのでベストなのです

昔は雨のとき2コーナー・グランドスタンドの裏の屋根の下にブルーシート敷いて
テントを張って過ごしてましたけどね!!



今年は鈴鹿地方 「雨予報」はなかったのですが土曜日の夜に雷と豪雨が数時間ありました
いつもなら濡れないゲート前で寝ますが 何故か雨予報も知らなかったのですが
ボーリング場に移動し(まだ雨が降り出す前) 一般開放されたボーリング場のエントランスで
くつろぎ うとうとしていると何か騒がしくなりました!?

50人くらいは人が集まってきたので さすがに気になり人だかりのしているボーリング場の
レーンの方に行ってみました。

6人くらいの白人グループがボーリングをしていました
一人のTシャツの背中に「PETRONAS」とプリントしてある青年・・・
「ニコ・ロズベルグ」さんでした。

決勝前夜でも リラックスしてチームスタッフとボーリングするニコちゃん(微笑)さすが!!


以前 台風で予選が日曜午前に行われた年に 俺は金曜の夜 鈴鹿に向かい
土曜日 開場しないサーキットで日曜を待ちましたが そのときもボーリング場を
開放してくれて嵐をしのいでいるとレーサーたちが8人くらい来ました

最初はバリチェロ、フィジケラ、クルサードなどでしたが1時間くらいしたら
M・シューマッハも登場し 大騒ぎになったこともありました。

レーン手前の通路でのぞき見ていると うしろから俺のお尻をポンポンと
たたく人が!?、、、ふりかえるとロン・デニス ワオッ!!
ボーリングの球を持ってレーンに向かうため俺を どかそうとしたようでした(苦笑)

予測しないタイミングでレーサーに会えることはホンとにラッキーなのであります(微笑)



さて可夢偉くん→予選と決勝はといえば みなさんご存知の結果。
予選 繰上げ3位、決勝3位という快挙でありました。

スタート1コーナーで2位に上がれたことが このレースの「すべて」でしたね。
もし2−3台パスされていたらスタートのアクシデントに巻き込まれただろうし・・・

サーキットは「可夢偉」選手が通過するたびに旗振り、声援の嵐
ピットインで2回バトンの前に戻れた周回も♪やんや♪の声援でした。

最後の2周は もう冷や汗もんでしたね。

ゴールして表彰台に選手が上がる直前に どこからともなく「♪可・夢・偉!!可・夢・偉」の
大合唱が始まり サーキット全体に響き渡りました
これも感動的 過去の鈴鹿の「3大出来事」になったと思いました。

「中嶋さん引退の年の東コース全体ウェーブ」「亜久里さん3位表彰台」「可夢偉コール
これを鈴鹿3大盛り上がりと 勝手に定義づけさせてもらいます(笑)

あっ「富士」へGPが行ってしまう前の年の鈴鹿も「ありがとう鈴鹿」「さよなら鈴鹿」の
垂れ幕で 夕方のグランドスタンドとコース向こうにあるピットレーンで片付けする
スタッフとのコミュニケーションで遅くまで終わりを惜しむファンとで感傷的な年でした(涙)


今年も「可夢偉」選手は撤収中のスタッフにピットに挨拶に来ていて
それに気づいたファンが可夢偉コールし 皆もコールするとピットを横切り
コースの金網の隙間に上がってきてファンに しばし手を振ってくれました。
しかも1回 降りたのに「アンコール」して2度も声援に応えてくれました(微笑)


決勝・午後3時スタートに変わったタイムテーブル、、、レース終わり表彰式が終われば
秋の夕暮れは早く レースの録画映像をマルチビジョンで再放送

結果を分かっている観客ですが再放送で可夢偉選手がヘアピンでパスしたり
ピットインでバトン選手の前に戻るつどに大声援がおこります。
映像で3位ゴールが決まれば またまた「可夢偉コール」です。


俺は「今年は鈴鹿はガラガラ」と勝手に推理していた予想が裏切られたことに
ある意味 うれしい「敗北感!?」を感じました(苦笑)

決勝日10万数千人 この人たちはフジテレビが放送しなくても
秋に鈴鹿F1日本GPが開催されている限りは訪れる人たちなのだと確信しました!!
FIAは日本は「ドル箱」でしょうから そう簡単には消滅しないかもしれませんね!?


おととい日曜日の「韓国GP」の客席の状況・・・
人の姿よりも空席のカラフルなペイントばかり目だってミョーな景色
グランドスタンドもガラガラ、、、どうやら来年はなくなり「アルゼンチンGP」が
新たにカレンダーに加わるらしい!?

たぶん中国、バーレーンも無くなるのかなぁ!?


場内再放送が終われば午後7時すぎ、、、ピット撤収するスタッフも照明器具で照らしながら
「韓国GP」へと片づけを急ぎます。

そんな中でも概ね撤収終了したチームのスタッフはグランドスタンドにいる観客に
両手を振ってサヨナラ挨拶をしてくれます。


スペインがらみで色々 やっているこの数年な俺、、、で
やっぱりフェラーリ「フェルナンド・アロンソ氏」頑張ってほしいけど 非力なフェラーリで
残り4戦はつらいねぇ!?


いま2輪の世界では「Moto GP」でやはりスペイン人が上位の方で
3人くらい頑張ってます(微笑)

国が貧しくなるとスポンサーが付かずに日本人2輪レーサーも四苦八苦
でも20歳代の失業率50%のスペインでレーサーが活躍できているのは
経済だけの現象では説明できない、、、「ラテンの血」でしょうか!?

馬→自転車→バイク→四輪と歴史は現在にも脈々と引き継がれている
「DNA」なのかもしれませんね!?

Quiero ser un espanol !!(Risilla)

2012年10月4日 木曜日 16:00:29

    ・・・コントのような話、、、・・・
10/3(水)の夜に近くのスーパーにミニで買い物に行きました

数分でいけるのですが天気予報とおり「雨」
思ったより早く そして思ったより長い間 降っていました。

スーパーでは目的の品物2〜3点を買い求め すぐに帰路につきました
駐車場を出てバス通りにでる最初の信号を左折、、、
少し雨脚が強くなりワイパーを作動させました!?!?

ミニのワイパーはハンドルの右側に付いています
右手で下に押し下げると「1回」だけワイパーが動きますが、、、
「グニャっ!!」という感触とともにレバーが「無くなり」ました。

ハンドルやウインカーでなかったので 危険なことではありませんが
一瞬なにが起きたのか判断つかず、、、2〜3秒 冷静に考えました。

「レバーが折れた!?」 ハンドルの根元 レバーのあったはずの位置を
右手でまさぐると「付け根がフニャフニャ」なレバーが ぶら下がっていました。

またまた何が起きたのか推理する 久しぶりに探偵になった俺(笑)
どうやらレバーは折れてなく付け根が抜けていて 
電気系統のコードで辛うじてつながっていたのです(汗)

ハンドル本体側の付け根を指で動かしてもワイパーは動きません
運転中は危険なので ほどなく自宅の駐車場にもどり安全な状態で
冷静に何が起こったか確認してみました。

抜けたレバーの根っこを持ってハンドル側の付け根の穴に
少し力まかせに押し込んでみると なんとなく安定したので
エンジンをかけてレバーを上下にするとワイパーは作動しました(微笑)

レバーの先のプッシュボタンを押して「ウインドウォッシャー」も元気よくでました
「ウインドウォッシャー」でも何でも元気よく出ると 気持ちが良いものです(笑)

とりあえず現状復帰しましたが また取れるのは確実です(苦笑)
こりゃアロンアルファで「完治」できるかも、、、でも接着しちゃうと
なにかのメンテナンスの時に致命傷になるかなぁ!?

鈴鹿から帰ってきたら ゆっくり修理対策したいと思いますが
まるでドリフか何かのコントのように「グニャ→ポロッ」となったレバーの動作
車のハンドルが取れたりドアが はずれる「お笑い」を思い出して

家に入ってからも何度も「独り笑い」してた俺です。

「撤収ぅ〜♪チャチャチャ・チャンチャカチャン」by ドリフのドンデン。。。




すでにバックパッキング終了!!
リストチェックOK!!

車中 含め4泊5日のF1・野宿旅へ行ってまいりま〜す!!


2012年10月2日 火曜日 19:24:27

    ・・・2012 F1のお話・・・
さて10/7(日)は2012 F1日本GP鈴鹿の決勝日です。

例年とおり 木曜日の深夜バスで鈴鹿(近鉄白子駅)に向かい
金曜から日曜までF1三昧、、、そして日曜の深夜バスで池袋に
翌月曜日の朝 戻ってまいります。


鈴鹿地方の週間天気予報では期間中は「雨マーク」は無し
これを信じて装備の「テント」は持っていかない予定です。

雨具などの用具は もちろん持っていきますがF1観戦中は「雨傘」は厳禁です
なぜって後ろの人の視界が妨げられるから!!



1990年から行ってますが かずを重ねると「あると便利」「これは無駄」と
経験していく中で持ち物リストも分かってくるのでメモ用紙に
手書きでチェック表を書いて揃えたものは赤いペンで「レ点」で消していく

9割がた準備できたので あとは着替え3日分を揃えれば完了です。


絶対 忘れてはいけないもの→「入場券」「バスチケット」は当たり前ですが
たとえば「風邪薬」「バンドエイド」「鎮痛剤」などの薬関係は はずせませんね!!

初めのころは「一眼レフカメラ」や「ビデオカメラ」も持って行きましたが
年を重ねて だんだん「F1のツボ」が分かってくるとレンズ越しにマシンを
追いかけているとホンとのレースを見なくなり視野が狭まってしまうのです。


レンズの外でアクシデントがあっても見逃してしまいます
周りが「どよめき」!?何かがあったかなと肉眼で周りを見回したときには
すべてが終わったあとなのです。

「セナ」vs「プロスト」のマクラーレン時代にはズーム望遠の安い300mmと
キャノンでリバーサルフィルム使って撮影しましたがレンズがシグマという
メーカーの安いやつなんで「暗いレンズ」でキレイな写真は数枚しか
ありませんでしたがリバーサルフィルムは現像して「スライド化」してあるので
多分 いまどきのスキャナーで採り込めば鈴鹿を走るセナのマシンが
かなり美しく再現できるかもしれませんね!?

もう この10年くらいは絵柄を撮るのは携帯電話のカメラくらい。

フリー走行の時、自分の指定席以外のコーナーを歩き回り撮影
後は決勝のスタート前に1周してグリッドに付くとき
そしてスタート1周目、、、この後は「肉眼」でリアルタイムにレースを楽しみます!!

ただコースを見ていると誰が何位かまったくわからないので←近代F1は
ピットインが多いと1レースで3回もあるから2回目以降はホンとにわからない

しかも会場に設置された場内アナウンス用のスピーカーもF1マシンが通過中は
何を言っているのか全然 聞こえません(苦笑)

そこで役立つのが「場内ピットFM放送」です。

場内にあるマルチビジョンも細かな作業や「誰が何位」とかのテロップも
客席からは判断不可能、、、誰かを抜いたシーンやコースアウトしたのが
わかる程度ですから「おまけ」みたいなものです(苦笑)


俺はカード型のFMラジオを2つ持っていきます。
もしものため、または電池交換する時間が無駄だから交互に使うのです(微笑)


今年からフジテレビでは地上波でのF1シリーズの放送を打ち切りました(←スポンサーも降り、最低)
BSフジでは土曜の「予選」日曜の「決勝」だけは放送ありますが
・・・実は 俺んちは14インチのブラウン管テレビに「地デジ・チューナー」つなげて
観ていたのですが 今年からF1中継なくなり 仕方なく液晶地デジ・テレビを買いました。

そして安価に済ませるためBSアンテナをディスカウントスーパーで購入し
自分で設置してF1みたり録画できるようにバージョンアップしました(笑)

たぶんF1が今まで通りフジテレビで放送されていたら
未だに14インチのブラウン管テレビに「地デジ・チューナー」だったでしょう!!(笑)

設置は簡単だったけど「BS衛星」を狙う角度設定が しんどかった(汗)
まずは一人でアンテナの向きを調節しつつ テレビ画面に画像が現れるか
確認しながら・・・夜中にアンテナ持って路地まで10メートルくらい出ていき
衛星の電波キャッチできるまで 近所のアンテナの向き見ながら色んな方向を探る・・・

全然 映らなぁ〜い。。。30分くらいアンテナもってウロウロ
ちょっと心が折れかけたぁけど、いったん部屋にもどってパソコンで検索
「BSアンテナの設置方法」→あったあった

「ほんの少しの角度、方位が違うと受信しない」と書いてある、、、

気をとりなおして再トライ・・・10分くらいしたら ほんの一瞬 画面に何かが映った(微笑)
自分が思っていたより かなり(水平に対して)低い角度だったり

あたりが付いたら勇気百倍→今度は正式に取り付ける鉄の柱(庭には2階のベランダの柱がある)に
取り付け金具をビス止めし 先ほど受信した方にして締め付ける

脚立がないので3メートル近い鉄柱に取り付けるのにバイクを寄せ
シートに乗って設置だから ちょっと足りないのでさらにバイクシートに
電子ピアノ用のイスを載せて危うい作業。

金具付け終わるも 再度 BS衛星の方向をみつけるのに15分くらい(苦笑)
結局 トータルでケーブル引き込み作業なども含め2時間くらい掛かったかなぁ!?


画質もバッチリ!! 後日 ハードディスクを購入し録画もできるようになり
2012年のF1放送 視聴・録画対策も あい整い幸せなF1ライフを迎えられたのでした(微笑)


そうそう 準備の話に戻ります・・・F1チケットを入れる「パスケース」
去年のチケット入れたまま置いといたら 今年 準備し始め開いたら
チケットがケースの裏側のビニールに印刷ごと張り付いてしまい剥がれない

無理やりとると印刷が残って張り付いたまま(笑)
こりゃダメだ!!

パスケース、、、鈴鹿サーキット内で買うと1000〜1500円くらい
たかが細長いビニールケース 多少 ロゴが入ったりカッコいいけど高すぎ(笑)

そこで「ダイソー」の登場
ただ幅6センチ×長さ18センチのパスケースなんて売ってない、、、そこで
ダイソーの すみからすみまで見て廻ると 違う用途の縦長のケース発見

ビニールだし2重構造で しかも中が見えるからチケット確認も楽々(微笑)

自分でもっていた首から下げる「紐ホルダー」を付ける穴も開いていたので
理想的なパスケースの出来上がり!!

105円の幸せ見つけたり!!(笑)


あと あると便利は→快適グッズ「アイマスク」「耳栓」「首周り支え枕」
これはバスの中でのベストアイテム。

「ゴムネット」も結構 活躍します。
荷物が増えたり なにかを止めたいときとか。

バイク用のワイヤーロック・ケーブル←バックパックを置いて その場を離れるときに
どこかの柱とかと連結させちゃいます。


マルチ・スプーン・フォーク←缶切り・ナイフ・コルク抜きなど数種類の
御手元食器がついたやつ

、、、などなど ほとんどキャンプの感覚であります。

ビニール袋、ガムテープ、針金もね(笑)


寝袋は天気がよかった昨日 干してフカフカに。


あとは各チームのデータやレーサーのヘルメットやカラーリングを
予習して本戦に望むばかりであります。

マシンの色はテレビで見てる色合いとレース場でみる感じが全然違うので
予習は必須であります!!

メルセデスの「シルバーアロー」も実際は銀色には見えにくい
走ってきて視界に入りはじめは反射で黒っぽく見えたりね!!


F1興味ない人には 長い〜わりに退屈な日記で申し訳ないっ(苦笑)
でもね 一回 現場で「音」聴いてみてと言っておきます。
音でなく アソコに響く♪振動 ですからぁ〜♪




    ・・・古傷がぁ、、、・・・
前回の日記で「外傷性慢性硬膜下血腫」という病名を告げましたが、、、

7月の1週目に外来診療を終え「完治」といわれましたが、、、

先週の金曜日に手術の「傷口」あたりに違和感を覚えた
顔の表情を「眉毛を上に持っていくような」動作のときに少し変な感じがし
傷口に髪の毛の上から指先で軽く押してみたら ある部分で「ズキィ〜ん!!」と。

頭痛とか頭の中ではなく傷口付近
結構痛いし腫れてる気もする・・・痛い痛い。

土日は仕事もあり月曜日の午前に病院へ行く決意。
手術した病院の外来専門医師がダメな医者なので 執刀医の外来日を
電話で確認したら10/22とのこと、、、いやいや そんなに待てない。


父親の掛かりつけの開業医さんの所、、、うちからバイクで20分くらいと近い
なので特に連絡もせず月曜の朝 診察に行った。


駐車場に着いたら先生、駐車場わきの庭で 何故か水撒き。

「先生、また傷口が痛いので見てください!!」というと
「直射日光とかに当たったりしなかったかぁ!?」と問われた。。。。鋭い!!

確かに この2週間の平日は「ほこり・土まみれ」の外仕事したりで
直射日光に当たりっぱなし。

あらためて病院に入り受付済ませ 待つことしばし
「処置室」に通され患部の頭部を看護婦さんに示すと 看護婦さんが
処置用 絆創膏とピン止めで髪の毛を避けて 傷口が見えるようにする
そこで先生 登場。この2週間くらいの経緯を話すと
「汗」「ほこり」「日光」「疲れ」で傷口の病巣に雑菌が入ったからと言われる


傷口 みた先生は軽く触ると「膿がたまってるから」と指でギュッと押す
思わず「イテテテっ」と騒ぐ俺(苦笑)

「ほら、膿が出てる」というと 今度はピンセットと綿を使い傷口を、、、何かをつまむ・・・
さらに痛い感じ「イテテテっ」というと「痛いだろ!?俺は痛くねぇんだよ!!」と笑いながら
処置を続け 取り出した膿と巣食っている病巣の汚れの芯みたいなものを見せられた

毛根のようなものが混じってる。
先生 いわく「壺」のように中に凹んで膿んでるからだって

処置後 消毒し 5センチ四方の絆創膏を頭に張られ終了。
痛み止め&抗生物質をもらい帰宅、、、でも頭2日間 洗ったらダメだって!!


鈴鹿に行く前に通院処置できたのはラッキー(微笑)


思うに手術後 通院してみてもらった外来の医師がいい加減
患者の俺が「血が出る」とか「痛痒い」と何度も訴えているのに何もしなかった
術後から まめな「消毒」や「抗生物質」の処方などあったら もっと結果が良かったかと思える。


明日も消毒処置してもらいに通院し4日間 鈴鹿へ行く旨つたえたら
余分に薬も処方してくれるとの話。
患者さんが安心できる会話をしてくれる!! 良い先生です。

まぁ3月に倒れたときも この先生のアドバイスがなかったら
俺は日記の更新もできない状況になっていたのかもと思うと
先生には人生で2回(バイク事故の時も) 命を助けられたことに「感謝」です。


2012年9月7日 金曜日 15:24:13

    ・・・入退院、、、・・・
、、、と言っても自分の身体のことではありません!!

愛車のミニは3月に車検をすませて21年目に突入であります。

車検上がり 間もない5月にエンジン不調に!!
低速回転でエンジンが止まってしまう

信号で停まると「空ぶかし」していないとエンストする(汗)

日に日に ひどくなる症状は危なくて走っていられない状態に、、、
キャブレタークリーナー外してみたらホンの少し状態良くなったので
キャブクリーナーかけたりしたけど結局だめ!!

原因 何だろう!?
「最近、みょ〜に安いガソリンスタンドに変えた」


もう停車中にアクセル踏むのでごまかせない状況になり
自分でアクセルワイヤーを針金で引っ張り アイドリングを1500〜2000回転くらいにし
片道1時間弱の車屋さんまで決死のドライブ(笑)


原因はキャブレターからインジェクションに つながった「負圧センサーケーブル」の
ヒビ破損でコンピューターが誤動作していたらしい。


車屋さん曰く
「最近のインジェクションで負圧センサーケーブルがコンピューターに
つながっている車は皆無なんで分からなかった
」といってました。
でもミニ専門店でない修理工場でいろいろ調べて直してくれるので感謝してます。


仕上がり後は元のミニのコンディションに戻り安心して乗ってます(微笑)



しかし また先週 別の症状。
駐車場の地面にオイル跡!?

覗いてみると左リアタイヤからオイルの漏れ。


チョット前にも右リアからオイル漏れあり修理していたので すぐに
ブレーキオイルチェックするとオイルリザーブレベルが3/4くらいに減ってた!!

前回は気づくの遅く ブレーキすかすかして気がついた(苦笑)
ブレーキオイルのワーニングランプの結線端子が錆付いていて
オイルが空なのに反応しなかった、、、、

高速道路でなくてよかったねぇ〜(微笑)
今回は すぐ気づき対応したからよかった!!

おかげさまで5日間の入院で完治してまいりました!!


漏れはピストンカップからで「虫食い腐食」なんだって!!
まあ左右同じ材質のものだから右が壊れれば左も 逝っちゃうわけですね!!

ミニのリアブレーキはドラムだから熱がこもって金属腐食が進むのかな!?
フロントブレーキのディスクの部品は腐食は大丈夫かな!?
前ブレーキ 効かないとチョット危ない!!

「こころのブレーキ」で日頃から安全運転してねぇ〜って(苦笑)


2012年9月7日 金曜日 15:24:13

    ・・・何から話そうかぁ〜(苦笑)、、、・・・
「♪雪がとけて 川となって 流れてゆきますぅ〜」

もう直ぐ「春」どころか「秋」ですねぇ〜。。。


1月末の日記で「こけたぜぇ!!」と書きましたが、、、
さもない転倒と思っていた雪コケが大変なことになるとは俺も神様もつゆ知らず。



たまに「偏頭痛」のあった俺、、、あまりにひどいときは吐き気とか ありましたが
頭痛薬で何とか治まっていましたが。

2月の後半から酷い頭痛が続き 病院にも行かず1週間くらい寝込んでました
そのうち3日間くらいは嘔吐していて流動食はおろか「水」を飲んでも吐いてしまいました

しかも頭痛薬を飲んでも何にも効かない状態。

1週間 寝たきりでいて そのあと2日間くらいは食べられるようになり
少し起きた生活しましたが頭痛は治まらず。。。


普段は電話などしてこない父親から朝 電話がありました
「おい、元気か!?なにしてんだぁ!?」と、、、

俺は心配掛けないように「ちょっと頭痛がして寝てた!!」と答えると
親父が俺の様子が電話越しに おかしいと気づいたらしく
「今からそっちに(俺の住まい)行くから一緒に病院へいこう!!」といわれました。

「大丈夫だから・・・」という俺の言葉をさえぎり「いまからタクシーで行くから支度して待ってろ!!」と
告げられて待っていると 分かりにくい我が家へタクシー運転手も道々 迷いながら到着しました。

いま思えば、そのとき既に思考能力がかなり低下していた俺。
「ほら、行くぞ!!」と父親にうながされても「ちょっと待って!!」といい
なぜか「預金通帳」を探し始める俺、、、決められた場所に通帳あるのに
思い出せず たぶん10数分 考え込んでいた(汗)


両親を乗せてきてくれたタクシーが待機していてくれて新所沢の父親のかかりつけの
開業医さんの病院へ、、、

レントゲンや問診をうけたが「疲れやストレス」だろぅ!?といわれ飲み薬をもらい帰宅の途に。


あれだけ吐き気や頭痛があったにもかかわらず何故か「空腹」を訴え
和食の「とんでん」に寄って午後3時ころ 遅い昼食

駐車場から車を降りて入り口までの「ハンディキャップ用」の なだらかな上りで
身体が右に傾いてしまう、、、手すりにつかまりながら店内へ

注文した食事を食べ始めると「豆」とか細かい食べ物が箸でうまく掴めない俺。
それを観ていた親父が 直ぐに かかりつけの先生に電話連絡すると
「脳障害のおそれがある。自家用車でなく救急車で病院へ行け!!」と指示されたらしい。


両親宅に帰宅後、夕方 救急車で日大板橋病院へ
救急車に乗るときは すでに一人でまっすぐ歩けない状態なので
救急隊員さんが「ここで待っていてください!!」と制止され
ストレッチャーがくるのを待って搬送されました。

日大板橋病院での緊急検査でCTスキャナーをとると「脳内出血」し左脳が腫れている
CT写真を見せられ 唖然としました。

日大板橋病院では脳外科手術最中で俺の緊急手術は無理
終了待ちしていたら 俺の容態が悪くなるので 他の病院へ連絡
緊急手術が行われることに。

ほんとに「一刻一秒」をあらそう状態だと執刀医氏に
手術後に告げられました。
病名は外傷性慢性硬膜下血腫


日大板橋病院で撮ったCT映像、検査結果を持って紹介された「板橋総合中央病院」
再度 救急車で搬送され 着くとすぐ担当救命医師(女医さん)が
「いまから頭に穴をあけて出血した血を抜きますねぇ!!」
「いまから頭 剃りますよ!!」

病院へついて ほんとにわずかな時間で手術着に着替え
手術室に入ると即、剃髪(直径10センチ)されました

ターゲット部分の左側頭部あたりに剃髪のためにジェルが塗られました
電気バリカンか何かのモーター音が響く、、、♪ジョリジョリと音が聞こえる


そのあと まだ意識があるなか「穴あけますねぇ!!」と聞こえるころには意識が遠のく・・・。。。、、、
後で聞けば点滴の管を2本 確保して点滴から麻酔を投与していたらしい。

ドリルの痛みはないものの「空ける気配」を感じながら眠りについていた(苦笑)


3/11に診察うけて夜中に手術、、、3/12の午前2時くらいに意識が戻ると
ICUのベットのうえ、、、「あぁ〜頭に穴空けて 手術したんだっけ!?」
まだ痛くない、、、けど1〜2時間経過すると痛みがでてきた!!

キリで穴を空けられたような、、、というかドリルで穴 空けられた痛み そのもの(苦笑)
ずぅ〜っと針を脳みそに刺されているという形容がピタリか!?

数時間後 あまりにあまりに痛くて吐いちゃった。。。
頭の怪我、病気で「吐く」とヤバイという自分の認識があったので
「ああっ、このまま逝っちゃうのかなぁ!?」と不安がよぎる


頭皮自体は10センチくらい切り、頭蓋骨には直径1センチくらいの穴を空け
出血していた血を洗浄して抜き 直径数ミリの管(ドレナージ)を患部に入れたまま
1日半 血を抜く 負圧と浸透圧で抜けてきた血はビニールパックに収まる

術後 直後は200ml 1日半経って抜管するときには300mlに。

脳のなかに こんなに出血していれば そりゃ脳みそ圧迫されるわ!!

CT画像では左脳がかなり膨張していて右脳側に出っ張り 対称でなく
いびつな状態で左脳患部 近辺には出血の跡が鮮明に写っていました。


ここで良い偶然が重なっていたから助かった!?
@親父からの電話、そして迎え、、、
A途中 食事したときの俺の おかしい状態(箸がうまく使えない)
B救急車で行けと指示してくれた先生
C日大で検査した結果ですぐに紹介病院みつかり 即 手術


手術後、病棟での回診のときに担当医から
「手遅れになる寸前、迎えに来てくれたご両親に感謝してくださいね!!」と言われました。
それくらい一刻を争う状況を術後に知り「感謝」と「驚き」な俺でした。 


入院は10日間ほどでしたが術後が大変でした。

「頭痛」「傷口の痛みや出血」「身体に腫れと痒み」

リハビリをと思い公園散歩したら 歩くたびに頭に「振動」
シューズもシッカリしたもの履いていても傷口や脳みそにはビンビンに響くのでした(苦笑)

光が丘公園を一時間ほどゆっくり散歩したら そのあと激しい頭痛になったり

頭痛が治まるのには3〜4ヶ月 歩いても響かなくなるのには5ヶ月くらいかかりました
今でも板張りの場所を素足で歩くと脳への振動で違和感あったりしますけどね。


退院してすぐに「車の運転」してみました
車はガツンと揺れなければ頭への振動は軽微でした。

電車移動は階段とかコンクリートの上を歩くと影響あったようで
池袋あたりに出かけただけで妙につかれたり頭痛になったりと大変でした。


まぁ今になれば「悪い血」が抜けて「普通の人」に成れたかも!?しれないと
良いほうに解釈して生活しております(微笑)


穴空けた傷口は最近やっと肉が盛り上がってきました
ちょっと前までは少し凹んでいて やわらかい(骨ないからね)変な感じでした(苦笑)


ちなみに原因は特定できてません!!
ドクターは「1ヶ月くらい前に頭 ぶつけた!?」と聞きますが、、、

心当たりは1月末の雪のあとの凍結転倒!?
俺は今でも違うと思ってる、、、もっともっと前から出血してたんじゃないかと・・・

まぁ、7月のCT検査で完治!?で通院は終わりと診断されたので
一応、快気ということにいたします。



さて 痛い話は この辺で。。。


2012年3月1日 木曜日 15:37:33

    ・・・埋まっちゃうぅ〜(笑)・・・
うるう年の月末に大雪でありました。
午後から車移動することになりミニに積もった雪を掃いに駐車場に出てビックリ・ドンキー(笑)

一応かろうじて「東京都」ではありますが池袋から練馬を過ぎればそこは もう関所越えしてます(苦笑)
前回の大雪とは雪質や降り方が違うのか!?ミニの屋根には25センチくらいの積雪がありました。

ホウキとチリトリで屋根やボンネットの雪を落としてからミニの周りに「道」を作るべく
前後に少しずつずれて雪を圧雪し 明け方にかけて凍結しても出やすいようにと
グリグリ動かして作業しましたが さすがに地上高の低いミニは自分の駐車場でスタック(はまり)ぎみ(汗)

前後に数回 揺さぶりかけて脱出。
車の底が雪に触らなければ凍結していない限り走行できるミニは運転していても
挙動がわかりやすく安心です(微笑)


実際 走り出しても自分は良いけど 周りの車の挙動や「自転車」「歩行者」は
歩道が大雪で皆「車道」を歩いているので、そちらのほうが危険で気を使いました。


とまれ、前回の雪より今朝は雪解けが早く「春の積雪」な感じで安心しました。
うちん家の雪の降り方は都心とは かなり違うようでした。

ミニの屋根の雪のすごさを見てあげてくださいね!!
2012年2/29大雪写真→Vamos!!Ha nevado mucho!!




    ・・・あっぱれ車掌さん!!・・・
10日くらいまえの話だったか、、、土曜日の昼過ぎに西武池袋線に乗りました。

自分が電車の空席にすわると直ぐくらいに車内放送が入りました
「車内での携帯電話のご利用は禁止されておりますので〜」と普段からある
業務放送だと思って聞いていました。


たまたま自分は一番後ろの車両で車掌さんの近くのせきでした
すると駅の間の走行中に車掌さんが車内通路へのドアを開けて前方に歩き出しました

たまに駅の間隔が長いときは「様子見」で車掌さんが歩くので業務見回りと思っていたら
この車両の一番前がわの「優先席」に座っていた金髪に髪を染めた「イッちゃった感」のある
オバかお姉さんの携帯通話へ注意に行ったのでした。

俺は距離も離れていたので気がつかなかったのですが、、、
車掌室から見えるところで普通に電話している人はたまに見ますが 
見てみぬ振りの車掌さんも居るなか、直接 注意に行く車掌さんは見たことがなかったので
様子を伺っていました。

注意された20才まえくらいの女子は何か言い訳して反省する様子もなかったのですが
車掌さんはシッカリたしなめるように再度 注意していました。
その場で携帯を切ったオバか姉さんは車掌さんが戻っていくと 一つ空いた隣の席の
老人男性に「電話くらい良いじゃんねぇ」みたいなことを の賜っていましたが
全然 関係なさそなオジちゃんは無視していました(笑)

マナー・ルールも色々ですが「屁理屈」で言い訳 話題をすり替えて文句いう人も居ますが
日本人でありますから ほどほどにね!!

西武池袋線の車掌さん「あっぱれ!!」




    ・・・サル知恵・・・
話は飛びますが この数週間 毎週末にNHKで「サル→人間」に進化した訳を
研究して特集放送しています。
全編書けばきりがないので すこし、、、

@二足歩行が人間進化の主因ではない

A森から草原→平野に出たから進化した

B二足歩行で「骨盤形状」が変わり出産が基本 一人でできない人類が
 助け合う心を培った。

C食べ物を分け合う、共有する心が形成された

D「バラバラに飛散しない麦の穂の発見と栽培」が始まり比較的 安定した食料確保が
 可能になった時期から人口が飛躍的に増えた

Eテストテロン(攻撃性)とオキシトシン(ほっこり性)
 教会式にて挙式前の新郎新婦の血中オキシトシンの値と挙式後の値では
 20%ほっこり性があがる
 さらに参列者のオキシトシンも同じ効果があった

F米軍が治安維持に向かったアフリカの村へ進駐すると街の権力者や若者たちが
 一触即発の威嚇行動にでそうな険悪なムードの
なか
 それを見た米軍指揮官は「笑え!!」と自動小銃をもった兵士たちに伝えた
 、、、結果 子供たちなどが「微笑返し」し落ち着いた空気になり事なきを得た

Gとなり同士、仕切られたガラス張りのオリに別々にチンパンジー2匹を入れる 
 Aチンパンジーのオリには長いトッテのついた棒を
 Bチンパンジーのオリは道具はなく隙間10センチくらい空いた小屋の前方に果物
 だけど手を伸ばしても届かない
 
 BがAの小屋の棒に気づき「ちょうだい!!」するとAは部屋どうしに設置された小窓からBに渡す
 棒をもらったBはくだものを引っ掛けて手元にゲット
 だけど棒も果物も自分のもの。。。。
 二日目に同じ状況つくるけどAは知らん顔。Bが棒を「ちょうだい」するとあげる
 だけど「学習行動」はAには無い。 さらにBは果物独り占め。




「笑うことのできる人間」、「わかちあうこと」が争いをさける
しかし侵略の歴史がいろんな問題を起こし現在に至ってる。
基本 人間はやっぱり「性善説」なのだと思いたい俺。


自分で蒔いた種は自分で刈る。
他人の蒔いた種まで刈ってしまう経済。
土地や命までも奪ってしまう人種争いや宗教争いは如何なる理由もこれを許せないね!!

人間に決断を下すのは人間ではなく「地球」であり「太陽」であり「宇宙」であり「神様」なのです。
特定の「神」を固執し押し付け「正義」とすることも宇宙規模でみたら些細なことです。

人間ってすばらしい!!(微笑)


2012年2月27日 月曜日 2:19:58

    ・・・♪走る〜はしる〜俺たちぃ〜♪・・・
スペイン語の練習用アイテムとして買ったデジタル・オーディオ・プレーヤー
池袋ヤマダ電機で安売りしていた日記を以前に書きましたが

このメーカーは日本メーカーですが製造国は中国でした。
i-podなどから比べたら破格ですから「壊れても安いからよいかぁ!?」くらいの
気持ちで買ったのですが使い心地良く2台購入

まいにち2〜6時間くらい聞いていたプレーヤーは初めのころは
いちど「満充電」すると5−6時間再生が可能でしたが劣化してくると
2−3時間くらいで充電切れ、、、年末ころには1時間くらいしか再生できなくなりました

メーカーに問い合わせると「内臓充電電池交換」は保障期間なので無償ですとの返事
正月明けに修理に出すと「新品交換」で戻ってきました。

3流メーカーだし製造中国だからサービスの期待は無かったのですが
良い意味で「期待は裏切られるサービス」(笑)でした。


修理交換のあいだには、もう1台のバックアップで使っていましたが そのバックアップを
使い始めて1ヶ月ほどでボリューム・ボタンが利かなくなり そちらも修理に出しました
すると今度も新品に化けて戻ってきました(微笑)

小さい部品交換検査するより新品交換が経費の安上がりにつながるんでしょうね!?
こんな親切・敏速なアフターサービスができるメーカーに脱帽であます。


じつは修理上がりの電話連絡をうけて品物を取りに行くのに自宅から池袋東口の
ヤマダ電機まで自転車で行ってみました。。。。。

今日は「東京マラソン」の日、、、朝起きてテレビつけたら沢山の人が走ってる
他でもいろいろなイベントが地方でもあったようで 友人も「ハーフマラソン」参加してる
こともあり なんとなく池袋までトレーニングがてら行ってみようかと思いついた。


道順は分かっているけど いざ自転車となるとどんなものか!?

防寒はすれど なるべく軽装と思い荷物は「オレンジと紅茶」のみ
以前 買ったマウンテンバイク 川崎まで電車で行き梱包といて自転車組み立て
自宅まで帰ってきたときにシートが薄く「お尻」が痛いというより「股間がしびれて」
大変な思いをしたので その後 別売で「肉厚パッドのサドル」に付け替えたおかげで
「股間」は問題なく走れたけどね(笑)


池袋 行きは良いよい帰りは、、、、
車で移動時はわからないけど自転車だと「なだらかな坂」も200-300メートル続けば
「心臓破りの坂」に変身するのでありました。


ペットボトルに入れた紅茶は砂糖沢山の甘い「エネルギー」たっぷりに作りましたが
片道 休憩含め「2時間半」の復路はヘロヘロでした。

途中 なんど「オバちゃん自転車」に抜かされたか(笑)


昼飯たべて出かけ池袋でオレンジ食べて 途中途中で甘い紅茶飲んでも
夕方5時ごろに空腹が襲ってきたので 寒くなったこともあり「うどん」を一杯たべ
15分くらい休憩し復活。

帰りの道々 考えた「俺の自転車 重たくねえかぁ!?」
下りは別としても平地 こぐのに疲労もあるが なんか辛い。

ほかの自転車の走りと俺の体力差かぁ!?どうも疑問が残る。。。


帰宅後 「自宅⇔池袋」25キロ×2=50キロと地図検索で調べたが
体感は30×2くらいはあったような!?

さらに体重計に自転車持って載って体重差で「自転車重量」が20キロ近いことがわかった。。。
このマウンテンバイク 重いと思います「あると思います」(苦笑)

休憩ふくめて平均時速10キロじゃ情けない自転車の旅でありました。

運動不足ではないので筋肉痛にはならない感じです
坂道も脈拍あがりで息切れすることもなかったけど「蓄積疲労」はジワジワきますねぇ!!

もう少し良いペースで走れるか 「軽い自転車」を試走してみて楽だったら
伊東まで自転車往復をたくらんでみようかなぁ!?
夜明けとともに出発したら日暮れまでには着けるかなぁ!?


2012年2月10日 金曜日 15:46:29

    ・・・モントーヤ ファミリー・・・
フラメンコの調べたい「曲種」がありyou-tubeにて検索してたら
フラメンコの老舗ファミリー→モントーヤ ファミリーの動画があり飛んでみました。
そして ぶっ飛んだぁ〜。

砂浜で はだしで踊り唄い弾き、、、
唄ってる女性たちは「親子三代」 たぶん最初に踊りだしてる白ドレスの女の子は「ひ孫」かなぁ!?


これがホンとの形かもね!?
感動のモントーヤの女系フラメンコは→
こちら


2012年1月29日 日曜日 21:36:53

    ・・・来年の話、、、ではありません(笑)・・・
年末に「日記」を書いてから1ヶ月以上経ってしまいました。。。

去年の話なら「鬼」も笑わないでしょうから ひとつ ふたつ(苦笑)


「♪Last Christmas」→去年のクリスマス。。。
「Last」がつくと日本語英語的に「最後のクリスマス」と勘違いし易いですけどね。
去年(先月)のクリスマス時期にはテレビ映画ではアメリカ映画のクリスマス物語が
いくつか放映されていました。

日本のクリスマス・イベントは基本的にはイベント自体が「もらい物」の感がありますが
世間で この時期に街に流れるクリスマスソングにもかなりの違いがあります。

日本のシンガーのオリジナルのクリスマス・ソングといえば山下達郎さんの「クリスマス・イブ」や
ユーミンさんの「恋人がサンタクロース」とか、、、最近はどんなアーティストでも
クリスマスソングはリリースしているので数えたらきりがないかもしれませんね!?

「サンタが街にやってくる」「ジングルベル」「赤鼻のトナカイ」とか自分たちが
子供のころ習い 唄った歌 以外にもクリスマス・ソングはたくさんあるけど
自分は昔はあまり聞いたことがなかったですが クリスマスでは「聖歌」もたくさん
唄われることがあるんだとと知ったのはディズニーのミッキーのアニメを見てからです。

「♪グリーン・スリーブス」という曲も楽曲としては昔から知っていましたが
クリスマス時期にかかる曲だったり、、、洋楽ポップスなら
ジャクソン・ファイブのマイケル・ジャクソンが唄う「ママがサンタにキスをした!!」など
歌詞も簡素でわかりやすく何か元気をもらえる曲調で微笑ましいです。


サンタさんを信じる「こころ」については貰った文化のクリスマスプレゼントも含め
大半の日本人には誕生日の延長線上くらいにしかない気がします。


「サンタクロース」の存在やお話の数は明らかに日本では生活に根ざしていないと
思うし自分もそれほど知識、認識はありませんでした(苦笑)


自分が音楽やるようになったり、音楽編集をやるようになりクリスマス・ソングも知って
映画でその背景文化などもみて さらに何でこの場面でこの曲とかいろいろと
奥深いものがあることを知ると「雑学」として勉強になるのでした。



年末に見たクリスマス映画の一つに、、、映画のタイトルは確認しそこねましたが
「子供の国」のサンタクロース・ランドが北極のどこかにあり そこではクリスマス・イブに向け
子供のスタッフたちが世界中の子供たちにプレゼントを贈る発送作業をしている



ひょんなことから ある男性が「子供の国」にワープしてしまいサンタの配達業務を
無理やり命令されてしまう
もとの家に戻してくれと「子供の国」の責任者の少年に掛け合うがダメだともめる
すったもんだのうちに もとの家にて「夢!?」から覚めるとまた普通の生活に、、、

何度か「子供の国」へ突然ワープ、そのたびに自分がサンタの体型と長い髭のからだになってしまう
通勤で歩いていると すれ違う子供から「メリークリスマス!!サンタ」と声をかけられたり
主人公の息子の少年は「夢の中」で一緒に「子供の国」へ行っているのでサンタを信じている

主人公の妻であり少年の母は その話を聞かされても信じていなかった。
ついにサンタの風貌に変わってしまった主人公は会社を辞めて本物のサンタになることを決意
そんなドタバタ・クリスマスの物語・・・でも心のどこかでいつまでもサンタを信じているという
ファンタジー・ストーリー(微笑)


、、、たぶん子供の頃からこんな文化風習のなかで育たないと分からない微妙な心があるのかも!?
あっ、いろいろ検索してみたら映画の題名・ヒットしました(微笑)
ディズニー映画だったんだ!! やっぱり→「The Santa Clause(1994)Original Trailer



もう一つ「34丁目の奇跡」、、、かなり有名だったらしいクリスマス映画、、、ですが
恥ずかしながら俺は観たことかったのですが、、、こちらは皆さん各自で調べて内容把握してくださいね!!

ただひとつこの映画を観てから「気になったシーン」がありました。。。

少し前に封切上映されていた「素敵な金縛り」を観にいったのですが、このなかで
参考証人尋問に西田敏行さん演じる「落ち武者」を招致するという場面がありました。

裁判で「犯人だという証明」真逆の「犯人でないという証明」をし合い論争する。。。
検事に「落ち武者が世の中に存在しないことの立証」を迫る弁護士!!



これと同じく「34丁目の奇跡」では弁護士が裁判所に「トナカイ」を連れてきて
「サンタクロースなんかいない」という検事に対して「サンタクロースがいない証明証拠を示せ」と迫る!!

さきに「素敵な金縛り」を観ていた俺は「落ち武者」と「トナカイ」の違いはあれ
裁判所の証人に「常識ではありえない証人!?」を登場させたストーリーは「パクリ」と思っちゃいました(苦笑)

目に見えないものを想像したり信じたりするのは人間にしか出来ないのかもしれません!?
でも そう思っているのは人間だけで動物や植物も色んなことを想像しているのかもね!!(微笑)

映画の評論評価をしているつもりは 御座いませんので「そこんとこ宜しく」お手柔らかにお願いします(微笑)



    ・・・法事、、、・・・
ふるさと伊東に行くことがありますが この半年で3回くらい訪ねましたが 
ほぼ「葬式」「法事」「墓参り」「お見舞い」という用事でした
週末に親戚の法事があったのですが都合により木曜日に行って参りました。

父母は病気手術の跡もあり温泉へいっても大浴場は敬遠するので「貸切家族風呂」のある宿をとります
そのホテルは会員制らしいのですが「立ち寄り湯」もやっていて 両親はよく利用していたので
無理をいって飛び込みで頼んだにもかかわらず宿泊を受け付けてくれました(微笑)



しかし何ヶ月か前に最初に泊まった時に両親・親戚は温泉につかり就寝したのですが 地元に戻った俺は
午前様、、、正確に言えば午前4時すこし前にホテルにもどると正面玄関ドアが真っ暗で
自動ドアも閉まっていました(汗)

ドアエントランスの建物右側の壁にインターホンがあったので押してみた、、、!?
何回かトライしていると2分くらいで返事があり。。。「少々 お待ちください!!」
さらに待つこと2分。。。パジャマ姿にジャンバー羽織った男性スタッフが眠そうにして
出てきてドアを解除してくれました。

確認しない俺もいけませんがドア閉めてしまうホテルって(苦笑)、、、そんな訳で今回は門限の
5分まえ23時55分にホテルに戻り ひと風呂浴びて寝ましたとさぁ!!




   ・・・♪「しあわせ」ってなんだっけぇ なんだっけぇ!?・・・
そんな歌のコマーシャルがありましたが(笑)

伊東に行けば親戚以外にかならず親戚以上の付き合いの「ミニのせんせ」ん家に伺います。
彼は「ミニのせんせ」になる布石というか兆候は子供のころからありました(笑)
だから車体の小さなミニにも「ハマッタ」のでしょう!?

修学旅行も中学・高校と同じコースに行っているのですが観光地の土産物屋に入れば
ミニチュアのオモチャや飾り物で動きやデザインの面白いもの
しかし何処の観光地で買ったか分からないような「観光地名」の書いてない土産ばかり買ってたような!?

京都だったか!?ネジを巻くとミニチュア坊さんが木魚をポコポコたたくオモチャ土産買ったの憶えてるし(笑)
いろんな場所に旅行いってるけど大抵 旅行先に関係ない「ちいさい・面白い」にハマッてた。

プラモデルやラジコン飛行機などメカニカルな方向がそのままバイク→車と進み「ミニ・マエストロ」へと突き進み
だけど「仕事」にしないのが また「らしい」のであります。

伊東に帰るたびに「また何か新しい大人のおもちゃ」←(あっ、エッチなやつじゃありませんから・・・)が増えてないか
という楽しみもあったりします(微笑)

パソコンにつなげる100インチくらいの「液晶モニター」に「ヘリコプターゲーム」インストールしてゲームしたり
その次に行くと「映写プロジェクター+スクリーン」があり 自分がホテル設置で使ってる婚礼映像用の規模の
やつでDVD観たりと「しろうと範囲」をこえた趣味には脱帽です。。。


もう1年くらい前に池袋ヤマダ電機でみたオモチャがありました
10センチくらいのお人形が演奏するセット「ドラム」「ベース」「ピアノ」「ギター」「サックス」「トロンボーン」
そして真中には歌手の「美空ひばり」さん

ひばりさんの歌声は本物をサンプリングしてありバック演奏が「打ち込み」、、、つまり
ダム・カラオケなんかの音楽再生システム使い リアルに弾く動作も再現する優れもの!!

この売り場で ひばりさんのミニチュア・コンサートにハマリ40分くらい見ていた俺。
その経緯を「ミニのせんせ」に話すと そのあとオークションで落としたとのこと(笑)

数日前に訪ねた時に そのセットから別にオーディオに音をつなぎ再生してくれたので
ヤマダ電気で見たときよりベースやドラムの迫力がありバカ受けちゃった!!

ふたりで 「ひばりバンド」聞きながら世間話してましたが たぶん「下手くそなピアノトリオ」より
ひばりバンド」のほうが面白いという結論に達しました(微笑)


そんな「おとなのオモチャ」の演奏を見て幸せ感じたり、、、

最近似たような ささやかな幸せは。。。
ミニを運転していて対向車にミニを見つけるとお互いに手を上げて自然と挨拶しあうこと!!

「BMWミニ」は別物ですから しませんが古いミニに乗ってる人は大なり小なり「よいところ」「わるいところ」を
知っている訳ですし「共有意識」があるのかもしれませんね!!
ニッコリ微笑みあって「がんばって乗ってあげてね!!」って気持ちで手を振るときが「ささやかな幸せ」の瞬間であります

20年 乗りつづけてきたミニは愛犬などと同じ「家族」にも似た存在なのかもしれません(笑)




    ・・・手書き申請免許の真実、、、(笑)・・・
先日、掃除がてら手紙やら年賀状やら書類の整理をしていましたが何ケ所かに分かれて
しまってあった免許証が出てきたのでまとめてみましたが「手書き免許」がやはり自分でも面白く
写真にとって編集してアップしてみたいと思いました!!

笑える証拠写真はこちらへVamos!!→「怪しい免許証(笑)」




    ・・・コケタぜぇっ!!(苦笑)・・・
先日の雪は まだまだ根雪のようになっている場所があり北側に面した通りは危険です!!

ネットで買ったマウンテンバイクは最近 活躍しております
片道5キロほどの体育館を利用することが増えたので雨が降らなければマウンテンバイクで行きます。

出かけたときはお陽様が出ていましたがトレーニング終わりで寄り道
ドトールコーヒーで軽く食事して帰るころには しっかり日没後。

歩道や路肩の凍結をさけながら走りました、、、しかし違う経路の雪状態をわからず
車道が狭いので広めの歩道にうつり走ると前方に「凍結路」
しかも緩い下り坂、左は「塀」右は「ガードレール」、、、避けようがないので
歩くくらいの速さでブレーキもかけずに進行

10数メートルくらいある「凍結路」の中ほどまでは良かったのだけれど
少し「轍」の段差数センチがあり前輪が勝手に左へ♪ツルッ♪
バサァーっ!!やったね!!左に転倒。

スポーツバック背負ってたのと足をついてもマウンテンバイクの車高たかく
爪先立ちではこらえきれず みごとに転倒(笑)

救われたのは左の壁側の植え込みが土だったらしく雪がまだ溶けずに
数センチ積もっていたのでウェアーが雪で濡れたくらい
あとマウンテンバイクのハンドルが45度くらい曲がったけど電柱にあてて
ちからまかせに戻して事なきを得ました。

平地だとブレーキやハンドル切りしなきゃ大丈夫でしたが やはり凍結路は怖いです(苦笑)
壁側に障害物あったり右側にガードレールなく車道に飛び出していたら笑い事で
すまなかったですからね!?


雪をはらってハンドル直して帰りの10分くらいの道々、思い出しては笑いながら
無事に帰宅した俺でした。




    ・・・社会〜歴史のお話、、、・・・
ジャーナリストの「池上彰」さんが特別番組で講師をしていました。

「パレスチナ問題」など、、、
「イスラエル」「アラブ」「パレスチナ」そして「ユダヤ教」「イスラム教」「キリスト教」
これについては何か複雑で詳細もよく知りませんでした(苦笑)

俺は宗教家ではありませんので特番の「うけうり」の知識ですが
宗教うんぬんの意図はありませんのであしからず!!


スペインについて語学の教科書(まいにちスペイン語)に毎月 スペインの歴史が掲載
されていたり フラメンコの音楽・踊り・歌についてもいろいろ見聞きするようになり
自分が訪ねた地域がどんな成り立ちだったかなど興味ひかれるこの頃。


スペイン地域の王様たちが争う前には「イスラム・トルコ・オスマン帝国」の力で
ヨーロッパ〜アフリカ北部に勢力をのばした

中東がなんで複雑かってなかなか分からなかったけど「池上彰」さんの特番で分かったのでした。

宗教関連の人は「それは違う」という意見を持ってる人もいるかも知れませんが「聞いたまま」を書いてみます。

今のイスラエルのある場所には
「ユダヤ教」「イスラム教」「キリスト教」の聖地が共存していて
それぞれの人種、宗教
は小さな町の隣り合った教会で礼拝をあげ平和に暮らしていたけど
第1次大戦の前にイギリスが「フランス」「ユダヤ」「イスラム」の人たち別々に「3枚舌外交」をし
どちらに転んでもイギリスが利を得るように振舞った、、、結果

むかしイスラム・アラブ人たちに追いやられて世界中に散らばっていたユダヤ人が
今のイスラエルに独立国家の土地をもらえるとイギリスに言われ数十年前に戻ってきた
その地域に住んでいたアラブ人をイスラエルの土地の中にあるアラブ住人をパレスチナ人と呼ぶ。

国連とイスラエルとアラブ人の話がまとまらずイスラエルとパレスチナの領土割りが
武力紛争によって変な境界線が出来てしまってると、、、「飛び地」のように
イスラエルの中に「イスラム教会」があったり、、、


ユダヤ教の何百年後かにキリストが生まれて「ユダヤ新教」がキリスト教に、、、
これも受け売りですが、、、そうか今いち「ユダヤ教」「キリスト教」そしてローマ法王との
関わりが分からなかったのですが、、、
キリスト様の12人の弟子が世界中に布教に散らばってゆき
その1番弟子がイタリア・ローマでイスラムに苦戦しながらも力をつけていった、、、
だから「ローマ法王」が世界の注目をあびるんだって。なるほどね。

でもってローマ法王のいらっしゃる「バチカン」はイタリア・ローマにあってイタリアではない!!
イタリアの中の「独立国」だって。。。ビックリ!!
社会科まじめにやってた人はみな常識!? 俺 非常識、、、しらなかったもん(苦笑)

それ知って思い出したこと、、、ローマの旅のとき宿から歩いていける距離にバチカンがあり訪ねました
早い時間に行かないと入場の列がすごいと聞いていましたが観光地だし10時くらいに行けばいいかぁ
そんな程度で朝、バチカンに向かいました。

宿からは正面広場に向かうより東から迂回する経路が近いので地図でみた道を歩きました
バチカン近づくと高い塀が現れその塀に沿う道を歩いていきました
しばらくすると壁が途切れ門扉の開いた出入り口に、、、
詰め所が左右にある入り口を入ると帽子をかぶり小銃を背負った「兵隊さん!?」が詰め寄ってきました

英語でダメだ!!といわれ 謝って通りに戻ったのですが、その時は道路から少し入った
その場所が独立国「バチカン」だとは思いもしませんでしたから(苦笑)


池上さんがバチカン広場の敷石を指差し「この縁石を一歩入ったらイタリア・ローマからバチカン王国ですよ!!」と
いって同行の女性レポーターに説明していることで「外国」と認識した俺です。


「ミッションインポッシブルA」でバチカンに忍び込むイーサン(トムクルーズ氏)
映画ではバチカンの地下は超ハイテクの要塞に描かれていましたが、、、
番組では池上さんは「CIA」よりバチカンの情報の方が早い場合がある、、、
なぜならCIAは世界に基地局はあるが各国の田舎町には情報員がいないけど
キリスト教会は世界中にあり特別なことが起こるとバチカンに逸早く情報が届く!!と
言っていましたが これもある意味ほんとうだなぁと思えました。


武田鉄矢さん「バカチンがぁ!!」じゃなかった、、、「バチカン」恐るべし(笑)


読む人のこと考えて「今日はこのくらいにしといてあげる(笑)」


2011年12月23日 金曜日 2:46:00

    ・・・Cadiz(カディス)な映像・・・
スペイン各地の食文化をドキュメント・レポートする番組(国営放送局より)があります
最近NHKの「毎日スペイン語」のヒヤリング以外に文法本による勉強や
国営放送の閲覧にはまっています。


食文化レポートは歴史や自然、古い時代から最近の食事事情を
スペイン各地にまとを絞り30-60分くらいに編集してオンデマンドに
見られるライブラリーになっていて とてもありがたいのであります。

たまたま古いライブラリーを検索していたらCadiz(カディス)があったので飛んでみました
Cadiz(カディス)は「アルヘシラス・ジブラルタル」に近い場所ですがジブラルタルの
岬をはさんで東西に位置します

アルヘシラスからも近いのですが このときはまだセビーリヤに8日ほど
滞在していたのでレンフェ(高速鉄道)で2時間くらいかけてCadizそして
帰路の途中下車で→
Jerezに寄りました

Jerezを夕方でたのに鉄道車両故障でセビーリヤ行きの電車が2時間半遅れました
定刻20-30分たっても何のインフォメーションもなくホームで待つ人たちも
なにもなかったように待っていてました、、、

スペインらしいトラブルに遭遇し「思い出作り」になりました(笑)
こうでなくちゃスペイン。。。←パクリ。。。

やっとホームの電光掲示板にインフォメーション、、、、スペイン語は全然 わからなぁ〜い俺。
スペイン語に続き英語のメッセージでマシントラブルと表示

だけど駅員は全然ホームにも来ないし 1時間位して何か放送が・・・わからない(苦笑)
20-30人待ってるうちの数人が放送聴いたあとホームから階段下りてあきらめて帰っていった

 帰れないと泊まるとこないし とにかく待つ・・・待つ・・・待つ・・・松・竹・梅!?
結局、2時間半遅れて来た、、、たぶん夜の10時近かった
セビーリヤ着いたら午前0時過ぎでユースホステルまでのバスは終わってた。

夜中にタクシー乗るのも躊躇して記憶にあるバスの路線経路を歩いて帰ったら
ユースには午前1時ころ到着、、、途中 アフリカ人のヤンキーっぽい若者の乗った車に
声かけられたので ちょっとあせって きびすを返して歩き やり過ごしたり(汗)
                         ↑↑ 「アフリカ人のヤンキーっぽい」って
ちょっと変な表現かぁ!?(笑)


ジブラルタルの東側に地中海を望むアルヘシラス、西側は大西洋を望む Cadiz(カディス)や
Jerez(ヘレス)があります
Cadizの町は日記前出の歌手「カマロン氏」の出身地だと これまた今日 見た映像でしりました。
パコさんの映画ではマドリッドのタブラオで二人は出会ったとありましたが、、、

これでまたCadizも再び訪ねて カマロン縁の場所探訪 そして海岸の
コーラを飲んだタブラオ!?にも行ってみたいと思うしだいです。

先ほどスペイン版の「地球の歩き方」を引っ張り出して2009年の旅の足どりをみたら
Cadizの街中で「トマトとエビの平織り生パスタ」食べたとありました
そうそう オープンカフェになった外のテントの下でトマトパスタ食べたのを思い出した(微笑)
もちろんトマトソースが美味しかったのを憶えてます

探せば写真もパソコンにあるような、ないような。
また時差で「Cadiz+Jerez
の写真アップしたいです←いつになるやら!?年越ししない程度(苦笑)


41分あまりの映像ですが始まって10分過ぎくらいに出てくるチュロス!?売り(丸いヒモ形状のお菓子)の
オバさんが自己紹介するシーンが微笑ましかったのでアップしました
声がシャウトしていて今にもフラメンコ唄いだしそうな体格!?です。←唄わないけどね(笑)

スペイン語わからなくても笑える話っぷりなので ぜひ見てください!!

→→Vamos!!→カディス食文化


以前にも書いたかも知れませんがCadizの町の突端にはリゾートビーチの
カレータ・ビーチという貝の砂浜があり
 そこでイカの甲羅や、石ころ、貝殻なんぞひろってみたり
地球の歩き方には案内のない「古城」か昔の「刑務所」みたいな出島もありました。

観光案内書には無い素敵な場所に遭遇するのも これまた旅の醍醐味であります。


2011年12月21日 水曜日 1:54:38

    ・・・忘年会・・・
あっと気がつけば もうクリスマス。。。
忘れていた「baysun123」のトップの衣替えすませ(過去に使いまわしたイラストでお茶濁し)
昨夜は「アルヘシラス→ジブラルタル」の日記にシンクロした写真編集してみました。



年末ですが特に忘年会の予定もなかった俺ですが池川ギタースクールの
忘年会のお誘いがあり行ってまいりました(微笑)


赤坂の先生のお父さんの経営するお店が週末は おやすみのため
午後の6時から開始でした。
会費は「2000円+食べ物or飲み物・1品持寄り」です。

池袋の某家電量販店の地下食品売り場で つまみになる「ジャンクフード」沢山
そしてスペイン産の安いシャンパンを購入して参加です。


参加者リストは知りませんでしたが6時ピッタリくらいに行ってみると既に
20人くらいは到着していました。

乾杯するころには25人、、、入れ替わり立ち代りで30数人の盛況ぶり(微笑)

先月のフラメンコ発表会のDVD映像上映のためだけに池川先生は
「プロジェクター+スクリーン」をレンタルしてきたそうです。ご苦労様!!


スクリーンに対して映像がゆがんで はみ出したりしていたので
プロジェクター調整し放映準備も万端!!

自分は発表会参加はありませんでしたが 上映される映像をみながら
みんな「笑ったり」「はずかしがったり」「盛り上がったり」「ラジバンダリ」←死語!?(笑)


池川先生 じつは9月くらいから「落語」を習い始めたらしい、、、
宴たけなわのころ 突然「着物」に着替えたセンセが登場  大爆笑。。。

フラメンコギターの生徒さんが落語を習っているらしく その方のお誘いで始めたとか(微笑)
演題は「うち誉め」、、、与太郎が伯父さんの新築祝いに家を誉めに行って
伯父さんから「小遣い」をもらおうという笑い話。

なかなかの仕上がりの御噺は たぶん10数分と長く つっかえずに話しきるのも大変。
「ライブ」「生徒レッスン」「教則本執筆」「チャリティー活動」といろいろこなすなか「落語」を
いつ練習していたのかぁ!?と感心してしまいます。

そのあとセンセの落語の師匠の「ギターの生徒さん」←複雑(笑)による
演題「たらちね」、、、こちらは「さげ」(落ち)が古典的な場合は、、、ネットで

→「おい、おどかしちゃいけないよ。めしを食うのが恐惶謹言なら
酒を飲むのは、よってくだんのごとしか」 とありました。

「依って」と「酔って」をかけたという説明もあったが
その日の落ちは「わたしゃ、佐渡だよ!!」といって終わり 自分もふくめ
ほとんどの人が落ちが分からないまま終わっちゃったのでした(苦笑)

ただ物語の中の「お嫁さん」は「佐渡出身」といっていたので
「よってくだん(九段)のごとし」に対して「佐渡」といったのかなぁ〜なんて二日がかりで推理した俺です。


昨日の深夜 というより今朝方、TOKIOの国分太一さんが主演の
落語家の映画やってましたね。
師匠役が伊東四郎さんで練習風景では「たらちね」そして「火焔太鼓」をやっていました

映画とはいえ流暢に「火焔太鼓」を演じる国分太一さんは本物の落語家さんの
ような語り口で驚いてしまいました。


人前で何かをするということは とてもとても大変なことであります。
「上手くやろう」とか「間違ったら〜」とか思えば思うほど頭のなかは「真っ白」に
なっちゃったりするものです。。。(苦笑)


100回の練習より「1回の本番」といわれます
なるべく人前で披露し自分自身の映像をみるというのは思いのほか「客観的」に
自分を見つめなおせたりします。


フラメンコ発表会のDVD映像も自分が出てきたら恥ずかしくトイレへ逃げてしまう女性もいたり
かたや 一番プロジェクターに近い席に移動して「ガン見」する人とさまざま。

他人様に自分がどう「映って」いるのか良くも悪くも確認できる動画は正直です。


30年前にテレビに出た「baysun秘蔵映像」があります。
その昔、NHKの生放送を両親が録画してくれたVHSテープがあり
ずーっと両親が持っていました。
何年か前に両親宅のVHSデッキが壊れて使わなくなってしまったので俺にまわってきました。
過去に2回くらい見た記憶がありましたが ほんとに笑えて、、、ほとんど見てなかったですが

この数週間でまた2回観てみました
そして2年前のライブの映像も2回ほど観てみました

30年まえの自分は「野口五郎さん」みたいな髪型でステージで目がキョロキョロと
挙動不審な視線を(苦笑)


でも じっくり受け止めてみて「笑える部分」「ダメな部分」、そして少しだけ「よい部分」も
見出せたりして ある意味 勉強になるのでありました。


2009年12月のライブの映像と最近 フラメンコの「ブレリアス」というリズムの曲の
携帯での撮影映像を比べると音色も弾き方も全然違っていました

さらに10月のレッスンあとの映像も今と全然違うフォームで弾いている自分が
あまりにも「なんちゃってフラメンコ」だったりして驚いています。

2回/月 のペースのレッスン。
毎週では予習、復習でやっとで余裕をもって課題をこなせませんから「ちょ〜どエエ」感じです

「左手首」の曲がり具合はエレキギターでは克服する弾き方をしていましたが
フラメンコの指使いで いま「山」にさしかかっています。

左手の小指で「ある弦」を押さえたときに「押さえた弦の1本↓下の弦」を「開放元」で鳴らす
いまの俺の手首の状態では今までの弾き方を根本から変えないとダメみたい、、、
だから色々と弾き方、抱え方など試しています。

以前のように「肩」「肘」には負担をかけない弾き方が分かってきたので 
だいぶ楽になりましたが「腰」は少し要注意ですねぇ!!

クラシックギター用の「2点支持のストラップ」も試しています
これだとエレキギターのように立ったまま弾けるので特別な奏法でなければ
ストラップを使い立って弾いています
これがなかなかよくて腰痛が少し和らいできたので上手く完治してくれれば
練習時間も長くとれそうです。

普段からパソコンなど使うときの椅子も腰に負担かかっているのかもね。
布シートのディレクターチェアーが身体を包むよう座れるので
テレビを見ているときは これに腰掛けてますけどね、、、あまりにすわり心地良いので
ビールとか飲んでしまうと うたた寝してしまうのがたまにキズ(苦笑)




さて 話はそれましたが先生の「落語」の余興に続き生徒の皆さんが
いろいろと「芸」を披露します
ほとんどが習っている楽曲を演奏していたのですが中には他のジャンル
「ボサノバ」とか披露している方もチラホラ


発表会でも目立っていた女性は発表会当日はショルダーレスのニット着ていたので
映像でギターを抱えてると胸から上が露出しギターで隠れてて
だれかが「真っ裸で弾いてるみたい!!」と爆笑になりました
「そうだ裸ギターだぁ!!」と上手いこと言ってました(笑)

そしてその、だんな様(生徒さんではない)も同伴参加。
この方が存在感がすごかったぁ(微笑)
だってレゲエカラーのニット帽に白いフレームのサングラス
髪の毛はソバージュでロング

そして「ブルースやってますぅ!!」とポツリ!!


途中 余興が途切れても持ち込みのレアな日本酒やらワインやマッコリなど
もうチャンポンで何でもあり。


ステージにあるグランドピアノに自分の連れが座って「右手ピアノ」のメロディー弾き始めた。
アバの「♪ダンシング・クイーン」だけどほろ酔いで ずっこけ気味(苦笑)
池川先生が目ざとく見つけると「みなさん!!ピアノ・ソロでぇーす。」と注目の掛け声

視線があつまるとプレッシャーかフリーズ気味なので助け舟「baysun号」の出撃
伴奏しつつ無理やり合奏しみんなの「あたたかい声援」に後押しされて
俺の歌バージョンでゴールイン(笑)


その流れでクリスマスソング2曲演奏して俺のクリスマスステージ終了。

そのあと前出のブルース・マンの登場。
ほかのギター生徒さん3人も参加してブルース大会(微笑)

クマちゃんみたいなブルース・マンは70年代R&Bやローリングストーンズのブルースを
渋いシブイ声でシャウトするのでした。

俺はといえばお店においてあった「タンバリン」で「タンバリン・マン」(笑)

もともとベーシストの生徒さんが一人いてエレキベースとアンプ持参で参加
なのでリズム隊もと思いタンバリンを狂ったように振りまくり、叩きまくり。


一旦 「なか締め」してからもかなりの時間経過。
気がつけばまもなく「終電」、、、、やばいやばい!!

2度目の「なか締め」で退散→赤坂→走る→走る→永田町→走る→池袋→西武池袋→終電ゲット(微笑)
、、、なバカヤロウな楽しい6時間を過ごしましたとさ。。。

センセのお父様のお店だから時間の制約もなく楽しめた企画に感謝であります!!

聞けば近隣の方は夜中の2−3時まで盛り上がっていたらしい(笑)


自分が「スペイン」に入れ込んでいると思ってたらさにあらず。
この飲み会で話した人たちは「南米に4年住んでいた」とか「ブラジル3ヶ月放浪」
「奥さんと喧嘩しながら70万円のフラメンコギター購入」
「会社の休み時間や外回りと称してレッスン時間捻出」とか、、、

俺は良識ある普通の男かもしれない!?と勘違い(笑)してしまいそうな
愉快でイカレたやつ等の集まりなのでありました


宴たけなわで皆 話に盛り上がっている時にもズゥーッとステージで
ギターを弾いているオジさんも本気の「好きさ」が出ていて素敵でしたねぇ(微笑)

さて練習しよっと!!


2011年12月17日 土曜日 2:36:56

    ・・・スペインの「教育・文化・娯楽」・・・
12月の初頭に市ヶ谷にあるセルバンテス文化センターにてイベントがありました
1週間くらいの日程で芸術や文化などの催しものが開催されました

そのなかで池川兄弟によるフラメンコ演奏も組まれていました
ネットで無料予約の番号をゲットし行ってまいりました。

ライブの前に音楽大学の講師による「フラメンコ音楽の歴史」のたいへん貴重で
睡魔がおそってくるような穏やかな講義が30分ほどあり(笑)そのあと
何とスペインの至宝フラメンコ・ギタリスタ「パコデルシア」のドキュメント映画が上映されました。

本名は「Francisco Sanchez Gomes」(フランシスコ サンチェス ゴメス)というのをはじめて知りまた。
出身地は「Algeciras」(アルヘシラス)
スペインのアンダルシア地方の南、アフリカ大陸に程近い漁村の町であります。

「ジブラルタル海峡」を観るのが旅行の目的の一つだった為、近隣の町アルヘシラスには2泊した俺です
宿も予約しないままアルヘシラスに入り(ユースホステルのない町)飛び込みで

ホテルに入り「シャワー付き・トイレ別」(←安ホテルはこのパターンが普通)
アルヘシラスの宿「GONZALEZ HOTEL」(ゴンサレス オテル)は
1泊16ユーロと都会のユースホステルより安いくらいの値段
食事はつきませんが2−3分歩けば「メルカド」(市場)があり野菜、果物、魚、肉など手に入り
すべて、その朝 採れたものが並んでいて観て回るだけで楽しかったりします。


ジブラルタル」の町はスペインの最南端に位置しますが実は「イギリス領」です。
鉄道はつながっていないので手前の町「アルヘシラス」で宿泊し1日はジブラルタル観光にあてました

話が、とっ散らかりはじめましたが(笑) パコデルシアがアルヘシラスの出身だという知識が
その時あれば地元の「タブラオ」(フラメンコ酒場)さがしてライブを観たかったのに、、、と。
でも頑張って また行けばいいんだけどね!!

アルヘシラスの港へも近いロケーションのホテルですから歩いて散歩に行ってみました。
岸壁につながれた漁船は日本の港の風景にソックリでした。
アルヘシラスの漁師さんがいなければホンとに・・・おなじ。

自然に近い物事って世界中「共通」なものがたくさんあるんだって驚いてしまった
係留した船のすぐ近くの岸には「魚網」を広げて「ほころび」を縫っている老齢の漁師さんの姿も。
これまた地元の伊東の海でみていた風景と然も似たり(微笑)


鉄道はアルヘシラスまでで その先 南に下るにはバスしかありません
実質のスペイン最南端の町「La Linea」までは約40分のバスの旅
降りて数分ほど歩くと「国境」といってもゲート・ボックスがあり流れにのって
係官にパスポートを見せるだけで通過していくので自分も係官にパスポートを見せて
通過しようとしたら「STOP」と英語で制止される?!?!?

「VISA印」が無いぞ!!と申しておる。。。
マドリッドでイミグレーション通過してるから押して有るはずなのに!?

一度 パスポートを受け取り見ると「成田出国」のスタンプはあるが次に
スペイン入国のハンコが無い・・・一瞬ひきつる俺(苦笑)
最初のページから一枚ずつ落ち着いて開いていくと真ん中辺のとんでもないページに
スペイン入国のスタンプが見つかった。

係員も苦笑いしながら「OK」と通してくれたけど やっぱり日焼けした「怪しい東洋人」に
観られたようでありました。


ゲート通過するとジブラルタルの空港内を通るピストンバスに乗る
飛行場の滑走路の一部を通過する「路線バス」ってありかぁ!?

2ユーロでジブラルタルの街中まで数分で運んでくれる
バス停を降りると広場には観光の「ガラス細工工房」や土産屋やカフェが立ち並ぶ

10数分歩いて町並みを抜けるとアフリカ大陸が一望できる「ターリクの山」がある
標高400数十メートルの岩山はロープーウェイのある斜面はそこそこだけど
反対側は ほぼ垂直の断崖絶壁なのです。

とりあえずロープーウェイ乗り場にならび往復チケットを買い並ぶこと20分
数分間の旅で頂上の展望台へ、、、、
南北にのびた岩山は3つ山頂点
をもち その真ん中に展望台があり
雲のかかった南側には確かに黒い大地が見える
島のようにもみえるが それがアフリカ大陸なのでありました

50Kmくらいというから多分 伊豆から大島までくらいでしょうかね!?


なぜジブラルタルに来たか!?その理由はジーン・ケリーの
映画「巴里のアメリカ人」の挿入歌♪Our love is here to stay♪にあります。
セーヌ川のほとりで叶わぬ恋に悲しみを募らせる二人
そのときジーン・ケリーは唄います。
その詩の一説にこんな歌詞があります

In time the Rockies may crumble, Gibralter may tumble,
they're only made of clay
But our love is here to stay
ロッキー山脈が崩れたり、ジブラルタルが海に崩れ落ちたとしても、
もとがどんなに大きなものでも所詮は土。私たちの愛はそれとは違って
永遠に壊れずにここにある」
意訳

映画を観たり 自分がいたバンドで「フォー・フレッシュメン」の唄う♪Our love is here to stay♪を
コーラスでやっていたこともあり気になっていたのですが 数年前には夢に見たのでした。
笑えるのは夢で見た
ジブラルタル海峡は かなりの渓谷でしたが向こう岸
つまりアフリカ側まで数十メートルくらいのロケーションでした

カラーでみた夢はリアルでしたが距離があまりに近かったので目が覚めてから
笑っている自分に「笑っちゃいました」


展望台からは遊歩道が何本かひろがっていました
下のロープーウェイ乗り場に下りる道
さらに南側の頂に向かう道、、、→そちらに歩き始めるとジブラルタルの守り神的な
存在のサルたちが路上やら岩場の上にいました

餌をねだるサルや人間など興味ないといった感じで昼寝するサルなどさまざま。
そんなサルたちを横目にさらに南に歩きました。

遊歩道の10数メートルくらい上の岩場に白人の男女と別の男性の3人くらいが座っていました
その岩場の反対側(東側)は断崖絶壁です
展望台は頑固なコンクリートの手すり壁で囲われていましたが この辺はさえぎるものはありません。

自分もちょっとそこまで登ってみました。
大きな岩の上から下を覗くと まるでビルの屋上から地上をみるような感じ
さらに さえぎるものは何もない・・・

その岩から峰を登っていった、、、すでに遊歩道からは50メートルくらい上まで登る
そこには先ほどの観光客はおろかサルも登ってこない岩場
角度にしたら60度くらい もう這いつくばって よじ登る俺。

「そこに山があるから登る」という 訳のわからない衝動にかられ
とにかく一番 高い場所まで30分くらいかけて よじ登ってみた!!

その岩の頂から這いつくばるように恐る恐る東側の崖をのぞいてみたぁ〜〜
やばい。。。絶壁400メートル超え。。。落ちたら天国。。。
まわりには誰もサルもいない。

落ちたら いつ発見されるかもわかんないっ!!
変な怖さと快感のハザマで興奮気味。
ビビリながら写真と動画を撮って下り始めるけど くだりの方が怖かったりして(苦笑)


もう何をするのも深く考えずに思うままに行動し始めていた俺。
その頂のさらに南にも少し低い頂がある
とりあえず一番高いところは制覇したけど その南の頂点の場所には
なにか施設が建っているので気になった。。。

いったん遊歩道にもどり また獣道みたいな藪の中を建物めざして歩き始めたが
「イガイガ」のある雑木林で足元も落ち葉で沈んでしまうし、、、さらに急勾配
40-50メートルのぼると突然 10メートルくらいの城壁のような石垣が現れた

最初の段の2-3メートルは よじ登ったけど あとの5メートルくらいは石垣でなく
コンクリートを塗った感じで掴むところがない、、、
雨トイみたいなパイプが降りていたのでそこをよじ登ろうとしたけど
体重ささえるほど丈夫でなさそなのと その壁の上には鉄条網みたいのが張ってあるので
突破して「大事」になっては不味いとおもい40-50メートル戻り いったん遊歩道をくだり
南に行ってみるとその先は 遠回りにはなっていたけど普通に 先ほどの建物の正面に
つながつていたのでした(笑)

そこはイギリス軍の観測所となっていました
それ以上は敷地に入れないので建物を東に迂回すると断崖の側を「つづら折れ」の
急階段が設けられていました
これも階段とはいえ降り60度くらいの造り。

東側遥か下方には海岸沿いに道路が見えたので きっとそこまでつながっている!?と思い
下り始めてみました。
20分くらいすると少しだけ緩やかな階段になりました

階段の折り返し場所に何やら看板が・・・そこには写真も何枚か。。。
「植物」「野鳥」、、、など   そして「タランチュラ」みたいな大蜘蛛の写真も!!
ええっ!! 特別な植物、動物に混じってこの辺りにはこんな蜘蛛がいるのかぁっ!?

だいぶ写真でビビってしまったけど引き返すにはもう30分近く降りてるから
登りだと1時間くらいはかかる気がして 結局 小走りに降りだす(笑)

もうそこに海岸線が見えるころ 道は下りからなだらかに南側に向いて海岸線と遠ざかる。
カモメがたくさん上を飛んでいる←コンドルでなくて良かった(笑)
たぶんイワシみたいな小魚が岸辺に集まっているんだろうなぁ!?

カモメに導かれるように南へ南へ、、、、南端では何か大きな施設の大工事中
作業のトラックがたくさん見えた。

ゆるやかに南へと進むと みかん畑みたいな段々畑を抜けてやっと車道へ
下り始めて小1時間。。。ふぅ♪


10月の終わりだというのにアンダルシアの陽射しに、みちみちTシャツも脱いで
上半身はだか で歩いてたけどさすがにTシャツを着て歩き始めると
イギリス領事館のゲート前に出たらしい。
制服を着たイギリス人がミョ〜な顔して俺をみてるけど 特に質問など受けなかった

その辺りで緊張も解け一休みしていると反対側から白人青年が歩いてきた
「どこかで会ったなぁ!?」と俺
記憶をたどると。。。ロープーウェイで並んでから展望台まで同じ流れで会った青年でした。

彼も憶えていてくれたらしく お互い挨拶し「どうしたの!?」みたいな会話をする
「俺、反対の崖から下ってきたよ。この先は見るとこ無いよ!!」と告げると
彼はロープーウェイ側の緩やかな遊歩道を降りて南にやって来たと言う

それなら これ戻れば普通に街に戻れるとわかり二人で一緒に街へ歩いた
彼はカナダからきているといっていた。

俺は町に入って直ぐに絵葉書を買って何枚か日本に送った
郵便局に入り切手を買おうと思ったら「ここではユーロは使えないジブラルタル・ポンドが必要」という
仕方なく民芸品屋で買い物してポンドをつくり切手を買った、、、、

彼が郵便局をみつけ「はがきを出すから待ってて!!」というので「ユーロ使えないよ!!」というと
なんでという顔をした、、、「俺 おつりのポンドもってるから切手代あげるよ」と
どうせスペインでは使えない小銭をあげた。

広場にもどりカフェでしばし「これからどうするの!?」みたいな会話をしひとやすみ。
俺はアルヘシラスへもどるバスの時間もあるので その旨つたえると彼は
「まだ見たい場所があるから僕はアッチヘ」と別れを告げた。


文法間違いの英語でも通じればOK(笑)
ジブラルタル探検は旅の中では「スリルとサスペンスとインターナショナル」な一日となりました(微笑)

そういえば「革製品」がこの街の特産でしょうか!?
洋服屋の店頭ショーケースにはバイク用の「革つなぎスーツ」が何店舗か飾ってありましたが
安いのですが よくよくみると「バッタモン」、、、「YAMAHA」のロゴが大きく入っているけど
なんか文字の質感が安っぽい(笑)

バッタでも安いから買っても良かったけど旅の途中で革つなぎスーツはお荷物ですからね、、、



さあてセルバンテス文化センター→パコデルシア→アルヘシラス→ジブラルタル→「どこへ行くの!?」(苦笑)
でもってパコデルシアの生い立ちもさることながら「カマロン」というフラメンコの歌手存在を
セルバンテス文化センターの映画で知り 気になり映画鑑賞の帰宅後 you-tubeで見つけてみた

パコデルシアとカマロンは蜜月の中で惹かれ合い活動していたけど
46才の若さでカマロンは他界してしまったのでした。
カマロンの分まで頑張って 未だ進化し続けるパコデルシア!!

映画は2002年の製作でしたが次にパコデルシア氏が来日したら絶対 観にいこうと誓う俺でした(微笑)


そして やっと「池川兄弟ライブ」のステージの話となりました(苦笑)
お客様はフラメンコつながり、というよりもスペイン文化つながりのお客様が多く
いつものフラメンコショーやギターライブとは空気感が違いました。

さらに「天才パコデルシア」の映画のあとですから池川せんせも緊張気味
シーンとした中ステージ登場です。
「映画とはいえパコデルシアが前座で僕たちが『トリ』ですからねぇ!!」と笑いをとります。

1曲目が終わるころには観客も「池川兄弟」もリラックスしはじめ和やかな空気に変わりました
さらに池川兄さんの喋りがお客さんを和ませいつものライブ感ですすみます。

曲の途中で「♪オーレ♪」の掛け声をお客さんに参加してもらうと一体感もまします。

最後はオリジナル曲とアンコール曲でフラメンコな夜は幕をとじました(微笑)



そうだロープーウェイ往復買ったのに「のぼり片道」しか利用しないで損したの思い出した(笑)
長々 最後まで読破ありがとう!!

注※セルバンテス文化センターは1991年にスペイン政府により設立されました。
現在、スペイン語の振興と教育、そしてスペイン及びスペイン語圏文化の普及に努めています。
本部はマドリードおよび作家ミゲル・デ・セルバンテスの生誕地
アルカラ・デ・エナーレス(マドリード自治州)に置かれています


2011年11月25日 金曜日 3:21:21

    ・・・「吹き出物」・・・
吹き出物って顔にできる「ニキビ」、、、「はたち」を過ぎたら「吹き出物」って呼ぶって
都市伝説のような話を聞いたおぼえがありますが「真偽」やいかに(笑)


先日、フラメンコギターの先生「池川寿一ギター・スクール」の発表会があり
西日暮里の「アルハンブラ」に観にいってまいりました。


入って1ヶ月の俺にはまだ出番はありませんでしたが。
ふだん100十数席のお店の前のほうのテーブルは撤去し椅子だけ並べ
約140席にした会場は満員の大盛況でした。


池川先生の話によればスクールをはじめてまだ3年とのこと
それで、この日の盛況ぶりはすごいですね!!
先生もMC挨拶で「来年は武道館でやります」みたいなユーモアある会話に
会場は大爆笑でありました。

この日は昼からは「大雨」にもかかわらず開場まちで雨の中 列ができるほどでした。

レッスン生徒さんたちは女性ギターラも沢山。
先生の生徒さんの半数が女性というのもギター人口から考えたら割合が多いですね

発表会ではありますが「踊り」「歌」ともプロの助っ人が競演して後半はライブ会場のようでありました。
最後は先生と「弟さん」の池川兄弟の演奏は息もピッタリで最高です!!

「3/11震災」応援CDをプロデュース
フラメンコ・ミュージシャン10数人の曲をまとめた「〜祈り〜 oracion」は人脈の賜物でありましょう

2000円の入場料でワンドリンクもリーズナブル。

次回はぜひ「踊り伴奏」で出演するべく切磋琢磨いたします(微笑)


そんな楽しいひと時の帰り道「吹き出物」のお話に遭遇しました。
西日暮里から池袋へ向かう山手線で「空耳アワー」な会話をしている大学生がいました。

女の子と男子ふたり。
部活か何かの話から突然 女の子が「それで吹き出物が何々でね!!」というと
流れを知っている男子が結婚式の話だったらしく「それって《引き出物》じゃねぇ!?」と聞き返しました。
すると女の子は「えっ、だって吹き出物って言ったもの!!!!」と答えたら
突っ込み入れた男子も連れの男の子も大笑い

「あんまりでかい声で言うと恥ずかしいよ」と さらに突っ込まれる女の子

俺も可笑しすぎて笑っちゃいました、、、女の子は「でも吹き出物って言ってた、、、」と食い下がる。。。
さらに「じゃ、お葬式のは《引き出物》っていうの!?」と聞き返す
男子は「違うんじゃねぇ!!」と言いつつ正解は出せず???のまま。

冠婚葬祭の「飲食関連」では「引き物」という
両方 扱うお店は「めでたい事」→「引き出物」  「葬祭」→「引き物」と使い分けてましたけどね。

気になって少しネット検索したら「葬祭」でも「引き出物」と一緒くた だったりしてましたが
現場では「葬祭」→「引き物」が正解でしょうね。


単語の意味の整理、正解ができないまま会話が続く3人
池袋で降り際に女の子に「葬式は引き物」って言うんだよと「大きなお世話」の一言を告げ車両を降りました

大学に行っても冠婚葬祭の色々は教えてもらえないのかも知れませんね!?
こういう常識ってどこで習う、または憶えたらいいんでしょうね!?


先日、亡くなった伯父さんの「焼香」の時に おでこの前で祈ってパラパラと焼香するのは
坊さんが「3回でなく1回で済ませて」といってましたが「時間短縮なのか宗派の違い」なのか!?

これまた郷に入っては、、、の話なんでしょうかね!?




   ・・・「スーパーいなげや」のポイントカード・・・
最寄駅から自宅の間に「スーパーいなげや」というスーパーマーケットがあります
以前は「判子のポイントカード」でしたがクレジットカードタイプに変更され
ある程度たまると「500円商品券」に交換できるように変わりました

たぶん買い物時に忘れると「後加算」できないようであります
自分は財布に入れているので忘れることはありませんが


カードのキャラクターが「ひよこ」で会計時に加算終了すると「♪ぴよぴよ・ピヨピヨ♪」と鳴きます(微笑)


昨日の夜 いなげやで買い物をしレジに並びました。
閉店30分まえくらいでレジは2つだけ

自分のまえに2人女性が、、、あとから分かったのですが親子だったのですが
何故か60才代の母親の会計と40才くらいの娘さんの会計が別々でした
それは問題ないのですが 先に会計した母親は先ほど ちゃんと会計済ませ
♪ぴよぴよ・ピヨピヨ♪」も聞こえていて袋詰めしてました

つづく娘さんが会計の時、その会計のポイントを母親のカードにするらしく
「お母さん、ポイントカード」と娘さんが袋詰め中の母親に声をかけました
母親は今 会計すんだ財布をとりだしカードを捜しますが見つからない様子

結局 財布の中のものを全部だし 本人は一枚ずつ確認するも見つからない
買い物したカゴの中も、ひっ繰り返してみるけどない

この時点で2分くらい経過、、、、しまいには母親は「ポイントカード返してもらってない」と言い出す始末
娘も何もしないで母親のカード探し待ち

レジの女性はレジ周り確認し「こちらにはありません」といったままカード待ち
さらに母親が財布を再び、みたび探し始めたらやっと財布のカード入れから見つけた様子
これで約3分のレジ渋滞

隣のレジは何事もないようにスムーズに進み俺と同時に隣に並んだオジさんは
店からいなくなっていて さらに2組ほど会計すませている

渋滞原因の親子はその間 待っていた列の3組に一言も言わず
無視して会計済ませて行ったのでした

バカな親子と判断の悪いレジの女性、、、
「待っている方 隣のレジへ。。。」くらい言えばいいのにね!!


後ろに並んでる人いなけりゃ 隣に行ったけど列でサンドイッチになってる状態では
バックギアも入れられないので「♪ニッチモ・サッチモどうにもブルドック♪ワオッ!!」(苦笑)


2011年11月17日 木曜日 22:49:03

    ・・・大往生・・
先週、伊東の伯父さんがなくなりました。
享年89才。

この2年ほど入退院の日々でした。

俺んちは亡くなった姉と俺の2人兄弟。
伯父さんちは男3兄弟そして次男が姉と、三男が俺と同じ年なので家が近いこともあり
よく姉とふたりで遊びに行きました。

俺んちは狭い家だったので伯父さんちに行くと2階には「廊下」があり
従兄弟同士で追いかけ回って「♪ドタンバタン♪」

すると伯父さんが1階のお店から「こらぁー!!また洗濯屋(当時、俺んちの商売)が来てるなぁ」
「静かにしろぉー!!」と怒られていました(笑)


そんな思い出が昨日のように思い出されます。

伯父が亡くなっても父母が電車で直ぐ「お通夜」に駆けつけるのは容易ではありません
新宿の伯母さんも80才代の高齢ですから自分が両親をピックアップしてから
新宿(初台)に寄って伯母さんを乗せて一路 伊東に向かいました。

斎場には久しぶりに会う「親戚・従兄弟」がいて挨拶
うちの母は兄弟末っ子で亡くなった伯父さんは長男ですから沢山いた兄弟も
これで母と新宿の伯母さんの2人になってしまい寂しい限り

当然、従兄弟も40〜60才になる訳で葬儀が続くのも致し方ないか。。。「合掌」


この春に伊東に行ったときに伯父さんの入院している病院に見舞いに行きました。
ベットを少し起こし寝ている伯父さんに声をかけたとき「お前は食えるのかょ!!」と
俺の生活の心配をしてくれた病床の伯父さん。


お通夜が始まり 順番に焼香しているときは そんな思い出が頭をよぎりましたが
なんとか冷静でしたが お坊さんのお経が終わり 棺におさまった伯父さんの
顔を見にいったら急に悲しくなり涙があふれてしまいました。


そのむかし「うた」、、、和歌とか「5・7・5」みたいなのを編集して出版していた伯父。
1冊 いただき 自分の音楽専門書の棚にしまってありましたが 読破することも無く持っていました。

斎場の受付テーブルの脇には伯父が書いた本が10数冊ならんでいました。
「こんなに沢山の本を書いていたんだ!!」と驚きました。

その中には若いときに世界中を旅行したときの手記本もありました
ペラペラとめくると「南米の民族衣装」を着た子供たちの写真が、、、
少し読んでみると「メキシコ」の旅行の手記でした。
他にもギリシャとかいろいろ、、、

いまさらですが伯父さんの年齢で若いときにヨーロッパや南米はかなり
交通手段も大変だったと想像できます。


こんなにいろんな経験をしている伯父さんと知っていたら一杯 話を聞いてみたかったなぁ!?と
ちょっと残念な俺でした。


せめてもの救いは「本」として記録されているということです。
自分の手元には伯父さんの本が3冊ありますが 機会があればすべて読んでみたい気がしています。
小説ではなく「ドキュメント」ですから「生きた証」がそこにはありますからね!!


皆さんの「生きた証」は何でしょう!?





   ・・・アーティストとして、、、・・・
最近、安全地帯の玉置浩二さんがテレビ出演しているのを目にしています
「EXILE魂」「SONGS」



少し前まで彼の話題といえば青田典子さんとの「バカップル報道」
まぁ、少し「女ぐせ」が!?!?かなぁというミーハーな感じでみていました

しかし この2つの番組で玉置浩二さんがミュージシャンなんだと改めて感じられました
彼のアマチュア時代からの音楽への情熱、、、ここで俺が彼プロフィール書くよりも
みなさん色々 ネット検索してみてください(微笑)

「唄の上手さ」、、、これは
EXILEの「あつし」さんも言っていましたが
「男性歌手の唄でゾクゾク鳥肌がたったのは初めてです!!」と安全地帯のスタジオライブを
真横で観ていた
「あつし」さんが言っていたのは説得力がありました。


「色気」のある歌声、歌唱力、、、やっぱエロくないとあんな歌は唄えないのでしょうか!?(笑)
俺は自分がエロいと思っていたがモットもっと エロくならないと歌も上手くならないかも←そういう問題でないでしょ(苦笑)


ものを見る目、人を見る目、感じ方、、、同じこと、ものをみても表現力はみな違う。
「感性」というものでしょうか!?

なにごとも正面から受け止めて活き続けよう!!

安全地帯の新曲 飛んでみてね!!
 ♪清く 正しく 美しく♪ 





     ・・・不良中国人・・・
池袋から西武線に乗りました。
ギターレッスンの後のかえりみち
荷物もあるし座りたかったので1本 電車を遅らせて空いている電車に乗りました。

余裕のある座席の端っこに座りギターを膝の前にじゃまにならぬように立て
スペイン語の録音メモリーとテキストまとめを取り出し体勢をととのえました。


20才代くらいの女性が携帯電話をかけながら向かいの斜め前に座りました
電車が出る時間まであと5−6分あります
ずーっと話していました。

電車が出ました。「準急」なので次の練馬駅までは10分くらいかかります
電車が出たころから俺は「目線」でダメ!!と合図!?を送りました。
目が合っても「無視」です

電車が出てから1駅くらいは我慢する俺ですがすでに10分くらいヘラヘラ「雑談」しているので
「いい加減に切りなさい!!」と声をかけました

周りの人はその様子をチラッと見ましたが 直ぐに知らん顔です。
声をかけてから1分位しても同じ状態なので再び注意すると その1-2分後にやっと切りました。

俺は通話をやめたのを確認したのでイヤホンのスペイン語に聞き入っていると
俺を指差して中腰になって何か言っている「その女」に気づきました。

「訛った日本語」はどうやら中国人なまりの感じでした。

吊り上った目で俺に文句を言っているようでした
「他にも電話してる人いるのに!!」というのですが周りをみても誰一人 通話などしていません

「誰も電話なんかしてないよ」というとまた逆切れして何か怒鳴っています

「バカかお前は何、逆切れしてるんだ」と言うと また訛ったアクセントで「オマエモ・バカ」と怒鳴っています。

このバカ中国人はどうしたものか!?

日本に来てこんな態度は国民性か性格かは定かではありませんが
こんなやつは「強制送還」が妥当であります。
やつらには「郷に入っては郷に従え」という言葉はないのであります。
だから中国人は世界中で嫌われてるのでしょう。(俺たくさんの外国人から直接聞いたし)


しばし俺のことを睨んでいましたが俺も視線そらさずにいたらしばらくして
「ふん!!」という表情でよそを向くとオニギリとお茶を飲みはじめ
食べ終わると寝ていた よく分からない中国人でした。


見た目は日本人っぽい顔、服装でしたが中身はやっぱり「粗悪・中国製品」でありました。


2011年11月4日 金曜日 1:44:47

    ・・・同姓同名。。。・・・
とあるホテルのサービススタッフ。
二十歳前後の若い、バイトかなと思える女性

自分の目の前に来たとき胸につけたネームプレートに目がとまった
「田中真紀子」さんと書いてある!!

俺は頭の中で自問自答「この下の名前、あの『たなかまきこ』さんと漢字も同じだったかなぁ!?」
帰宅しネットで確認、、、同じだぁ!!

きっと小中学校のころは同姓同名で からかわれたんだろうなぁ!?

でも初めて会う人に1回で覚えてもらえるというポジティブな心でいればグットかもね!?

若い「田中真紀子」さん、素敵な人生を歩んでね!!(微笑)





    ・・・2011F1・・・
今年のF1グランプリも残り2戦(アブダビ・ブラジル)となりました。

先週のインドGPは映像を見る限り 韓国よりはかなりの盛り上がりをみせていましたね
やはり地元の「フォースインディア・チーム」があるというのは強みかもしれませんね。


少しばかり笑えたのは予選の時の映像でコースに犬が迷い込んで
予選中断というハプニングがあったこと

むかしドイツかな!?ホッケンハイムの森からウサギだかシカが
コースに現れたのが微かな記憶にありますが、、、F1新興国のインドらしい
と言ったら叱られてしまいますかね!?


その昔の話、伊東から数十分走ると伊豆高原という場所があり
さらに峠を登ると「天城ロッジ」という場所がありますが
そこはリゾート地でゴルフ場やらなにやら自然の風景を生かした
場所がたくさん点在しています。

頂上の駐車場付近は営業時間が過ぎると街灯も消され
「星の観察」←(いつからそんな科学趣味があるんだぁ!?)には「♪ちょーどエェ〜っ♪」
「しし座流星群」がすごいとか言われた年にたずねれば、そりゃもう
「流れ星のシャワー状態」、、、久保田利伸さんの♪タイムシャワーに射(う)たれて♪さながら、、、


いやいや そんな観光案内の話じゃなかった、、、その頂上のロッジ駐車場へむかう
つづら折れの峠道をあがっていく途中で少し前方に何か飛び出してきた
しかも犬猫やタヌキとかの大きさではない????なんだぁ〜!?

車のヘッドライトに映し出されたのは「ツノの生えたシカ」でした
しかも少しばかり霧のかかった夜道ですから映画のワンシーンのようなシルエット

たぶん2−3秒のことでしょう。
シカは「しかと」したとかしないとか(笑)疾風のように「→ひだりからみぎへ→」通り過ぎた。。。

他に経験した「うさぎ」「へび」「かえる」「犬猫」は走行中に見かけてもアリな感じでしたが
やっぱ「シカ」はシカですからねぇ!?


もっとすごい動物に走行中 遭遇したことあるかたは「カキコ」まで宜しくです
ただし「サファリパーク」とかはだめですよぉ〜。。。。(笑)





    ・・・スペインの影響!?・・・
先日NHKで放映していたメキシコの訪問記みたいので朝の町の風景で
仕事前のオジさんがシェリー酒に小さな生卵の黄身を数個いれて
一気飲みしてから仕事を始めるという映像がありました

オジさんに「仕事前に酔っ払いませんかぁ!?」みたいな質問すると
「みんな昔からこうしているよ!!元気が出るんだぁ!!」と豪語していました

日本でも風邪ひくと「卵酒」というのもありますから そんな感覚ですかね!?

シェリー酒はスペイン語の「Jerez」(ヘレス←スペイン語読み)です
シェリー酒の産地「Jerez de la Frontera」(ヘレス デ ラ フロンテーラ)には
2年前の旅行の時に半日ほど観光しました。

「TIO PEPE」というシェリー酒ブランドがありますが「Gonzalez Byass」という
創業200年ちかい歴史の酒蔵は観光用のトラム案内ツアーがあり
たしか10ユーロくらいでシェリー酒1ドリンク付きで施設を案内してくれます

トラムライドツアーは説明員が「スペイン語」か「英語」でチームが分かれます
自分が行ったときには20数名がスペイン語、英語チームは自分と
ドイツ人の家族4人の計5名

スペイン語チームはテントウ虫の連結のような5−6両の電気自動車で
こちらは6人のりのカーゴ1台で別々に出発でした


さて受付後 英語チームに呼ばれドイツ人家族と同乗し出発です
時速10数キロの安全速度で走り出し 案内のヒゲのおじさんが
建物の説明を英語で分かりやすく説明しはじめました。

7-8割がたは理解可能ですから一応「うんうん」とうなずいて聞いていると
とつぜん、どこかで聞いたことある言語が、、、、

旅半ば ほぼ英語か覚えたての数個のスペイン語で過ごし日本語はほとんど話して無かった俺
一生懸命におじさんの英語を聞いていたけど途中で「日本語」に変わったことに気づくのに
何秒かかかっていました(笑)
「あれ!?日本語でしゃべっている!!」
俺は「このおじさん日本語丸覚えかなぁ!?」と思い英語で「日本語話せるんですね!?」というと
日本語で「はい、わたしは日本に(たしか九州)すんでたことがあります」と答えてくれました

何往復か会話は日本語のやり取りの後「わたしはスペイン語、英語、日本語、ドイツ語、ポルトガル語〜」
といくつ言ったかわからないくらいたくさんの言語を話すようでした。


シェリー酒樽は直径1メートルくらいのものから数メートルくらいの巨大なものまで様々
ここを訪れた著名人、有名人のサインのある樽もたくさん存在していました

そこには「アイルトン・セナ」のサインした樽も・・・ここはさすがにミーハーになりきった俺
樽の写真を撮りました


ティオペペのマスコットは「ネズミ」です。
酒蔵のなかの広めの通路の地面の真ん中にポツンと小さな樽と何かが置いてありました
近づいていくと直系10センチくらいの小さなシェリー酒樽が これまた小さな台のうえに
乗せられていて樽の上部にかけて「ハシゴ」が立ててありました

案内おじさんが「これはネズミのためのハシゴです」といいました
むかし酒蔵でネズミが出たので退治しようといろいろしたら会社が上手くいかず
ネズミにシェリーを提供するようになって大成功したような逸話!?を聞かせてくれました。

酒蔵のなかにチョコンと置いてあるミニ樽とハシゴ。。。まぁそんな話も「ありかなぁ!?」と
思わせてくれるほのぼのなお話でした。


酒蔵を巡る途中に緑の果実のなる木がありました
ドイツ人の奥さんが「この木はなに!?」ときくと「レモン」と答え
おじさんはドイツ人家族と俺にレモンをもぎってくれました

でも酸っぱいよ!!とかじって見せて笑っていました。
たしかに熟れていないレモンは「たべレモン」(笑)



「Jerez」「Cadiz」はスペイン南部にありアンダルシア地域でも南に位置しフラメンコの本場
ジプシーがスペインへ流れてきて唄とギターが合体し始めてテンポの速い「ブレリアス」という
格好いいリズムの曲調がありますが その発祥本場の地が「Jerez」「Cadiz」だったと
帰国後しばらくして知った俺。

勉強不足、準備不足でいったのがいけないね!!
じつは
「Cadiz」にいって貝殻のリゾート海岸がある港まで行った時に
そこの海上に「古城跡」みたいな人工島があり岸から数百メートル沖に浮くようにしてあった
車がやっと通れるくらいの石畳の通路でつながっていた。

その岸の付け根の所に地元の人しか入らないような「BAR」があり入ってみた
カウンターに年配の店の主人らしい男性。

店にはほかに2-3人の地元のおっさん達が世間話!?してた。
壁には昔のフラメンコのギタリストやダンサーの写真!?絵!?がたくさん貼ってあり
小さいけどステージがあり椅子が何脚か置いてある

地元のおっさん達は「なんじゃ、この東洋人は!!」みたいな好奇な目で俺をみてた(笑)


カウンターの店主にコーラを注文するとグラスに氷をいれてガラス瓶のコカコーラを出してくれた
ステージがあるので、きっとフラメンコライブやるんだろうかと思い聞いてみた
「Que hora Flamenco」←そのとき知っていたスペイン語をならべただけで全然でたらめ(苦笑)
するとスペイン語で何か答えてくれたが、、、ぜんぜん分からない

俺が困惑していると「エイト」と教えてくれた(微笑)
今考えたら「ソン ラス オチョ」(8時)といってたんだろうね。



いまフラメンコギターのレッスンでは上記の「ブレリアス」というリズムを習っています

この旅の時(Cadiz)に夜8時のライブをみたら宿のユースホステルがある「セビーヤ」には
終電おわり帰れなくなるので断念したが いま考えると、、、というか
この町(Cadiz)、発祥としっていたら どうにかしてこの店でフラメンコ観てたと思うしだいです。

というわけで必ず「リベンジ!?」に「♪カディスへ行ってフラメンコみようツアーを
実現させたいと思うのであります。




    ・・・宮崎駿かぁっ!?・・・
ミニで移動中 前を走るシトロエン「2CV」に遭遇しました
たま〜にですが街中で2CVは目にしますが他に訳がありました

少し走ると信号で止まりましたが自分は直進、2CVは右折斜線に入りました
そのため俺と2CVは真横にならび車の運転手が真横から伺えました

チェックのふちアリ帽子をかぶり長髪の白髪で髭も口ひげ&あごひげ です。
一瞬ジブリの「宮崎駿」先生かぁ!?と思える風貌にビックリ
左ハンドルだから俺と宮崎駿モドキさんとは手が届きそうな距離(笑)

彼はダッシュボードから何か取ったので携帯電話!?と思いましたが
手にしたのは「携帯灰皿」でした
2CVって灰皿ないのか!?はたまた車を大切にして汚れないよう灰皿使わず
携帯灰皿をもっているのかなぁとか考えてみた

信号「青」になり右折車線より俺の直進が先に進む状態に、、、すると
車のなかもみわたせて見えたら・・・・あら、後ろの席に「薪のたば」
絵に描いたような暖炉にくべるような感じの太い木枝。

割った薪ではなく直径数センチの小枝をカットして「ちょーどええっ!!」太さの枝の薪たばでした

その薪をみただけで「この宮崎駿モドキさんちには本当のレンガの暖炉」がきっと
あるんだろうなぁ!?と思わせる「くるま」「風貌」「薪たば」でありました


横に並んでから過ぎるまでの、わずか10秒くらいで「その人」の人となりを
感じさせて想像させてくれるオーラはすごいのでありました。


ちなみに俺の好きな宮崎駿さん作品は「天空の城ラピュタ」です(微笑)


2011年10月21日 金曜日 1:39:18

    ・・・韓国2011 F1の放送を見て、、、・・・
先週末の韓国F1GPの放送を見て観客の少なさに驚きました。。。

日本GPのほうが断然、歴史があるわけですが それでも鈴鹿もやばい感じなのに
韓国のサーキットの映像はグランドスタンド以外は「無人」に近いような集客映像でした。

正面ストレートスタンドでも5-6割くらい
あるコーナーのスタンドにいたっては1割以下、、、というか人影を探すのも難しい

アジア・シリーズは日本以外には「シンガポール」「中国」「韓国」「バーレーン」(中東!?アジア!?)
まぁ、3−4年のうちには、どの国が無くなっても不思議じゃないですね。

「可夢偉くん」がF1GPから去ってしまったら本当に鈴鹿の継続やばい!!

これまた閲覧者や日本人の90数%の人たちには何の「不利益」も
もたらしませんが(苦笑) 唯一の俺のシリーズ化された遠足がなくなるのは耐え難い!!

俺にできることは
@「テレビ放映」を観て視聴率に貢献
A日本GPに行く
この二つくらいでしょうか!?


自分的にはお勧めできませんが鈴鹿サーキットは数年前から比べたら整備されたので
「ミニスカート&ハイヒール」や「小さな子供」でも ぼちぼち快適に観戦できる環境になりましたので
気が向いたら行ってみてください。。。←こんな程度の宣伝で行く人いないかぁ!!(苦笑)

俺は鈴鹿サーキットの広報室か!?
あくまでも1円ももらってませんからぁ〜(笑)




    ・・・ロゼッタ人な人・・・
「ロゼッタ」語学学校のCMです。

中年ヤンキーみたいなオジさんがパソコンのモニター見ながらネットで
外国人と会話しているやつです。

いま放映バージョンは「スペイン語」なのでした。
「マリア」とかなんとか言ってると奥さんが後ろから現れ「マリア!?」と微笑む。

英語ばかりの語学CMだったのが いろいろな言語を売り物にして生徒集めをしているんですね!!
以前「ノバ」も経営破たんしましたが やはりどの業界も価格戦争のあおりをうけて
当たり前の切り口ではやっていけないんですね!!


ゆっくりなテンポではありますが自分のスペイン語は進んでいます(微笑)

耳に入って覚えた会話との「文法的根拠」の結合、、、
手書きでまとめた6か月分のテキスト・ノートをみながら会話音を聞く作業で
かなり理解がというか「いい加減」「あいまい」だった部分が修正できる

一つの動詞で「人称活用E」×「時制活用などI」=60 の活用語尾や不規則動詞
これを覚えるのはもう 質より量 習うより慣れろで攻めるしかありません(苦笑)


まぁ、新しい部分の脳みそ使っているのですから「ボケ防止」には役立つかもね!!



数日前に電車の中で「スペイン語テキスト」を開いて手にしている女性を発見しました。
そこには「Es modelo」→モデルです、、、みたいな事書いてあった

気になり話かけようかとも思いましたが出入りの乗客に押し流され離れてしまいました

降りた駅が偶然同じで向かう改札も同じ方向で並びました

「スペイン語習ってらっしゃるんですね!?」と話しかけるとニッコリ笑って
「ええ、でも私は歳ですから、なかなか覚えられなくて!!」
「今日、夕方からレッスンなんですよ」と教えてくれました。

たぶん70才代の俺のお袋に近いくらいの女性でしたが
このくらいの年齢でも勉強する意欲があることに関心しました!!

↑↑はははっ!!「スペイン語」ネタにナンパした話と勘違いして読んだ皆様。残念でした(爆笑)




今夜のテレビのTBSの「物まね番組」でスターこと「にしきのあきら」さんが
フリオイグレシアスの「ナタリー」を歌っていましたが この曲もスペイン語だったんですね。

無知な俺はフリオさんも曲もイタリア語(イタリア人)だと思っていたぁ(笑)

スターが物まねで歌った歌詞がテロップ字幕で出て確信した(苦笑)
いまネットで調べたらスペイン人って書いてあったし、、、

むかしむかし興味なかった分野の音楽も自分の趣味趣向がかわると
こんになも違っちゃう自分が笑えるぅ〜。

スペイン語の歌詞もシンプルで意味も結構わかるから真剣に聞いちゃいました(微笑)



さて先日、火曜日にフラメンコ・ギターの正式レッスンがありました。
お試し体験の時に指摘されたことを修正・練習して望んだ1時間

まぁ、やさしい先生なので丁寧に的確に教えてくれます。
右手も左手も「筋肉」「筋」が今まで使われていなかった部分を総動員して弾きます

今までのエレキギターの「当たり前」は通用しないのは覚悟していましたが
特に右手の指や腕の動き方は「ピック」で弾くのとは違い 
人差し指で「でこピン」で伸ばすと同時に薬指は巻き込んで曲げてギターのボディーを叩く(←ゴルペ)
というまるで逆の動作をするのは至難の業

俺は不器用か!?と思うほど自由にならない右指たち、、、


まぁこんな動きはエレキギターや日常では無い動き。
これも何百回・何千回と繰り返し練習しかないのでしょう!!

薬指の「でこピン」は少し力強くなりましたが、まだまだ人差し指には追いつきません
暇さえあればエアーで「でこピン&ゴルペ」の特訓です。


来年の春ころには「スペイン人」になるのを目標にすべてを頑張って見ます。
Quisiera que hablo espanol muy bien .


2011年10月16日 日曜日 21:12:27

    ・・・2011鈴鹿F1 エピローグ・・・
決勝レースの詳細はテレビ放映もありましたので割愛させていただきますが
池袋からの木曜日の夜の出発(10:40)には雨は降っていませんでしたが
バスに乗るとすぐに途中から外は大雨に、、、

鈴鹿市の天気予報では木曜の夜は「雨」
金曜の早朝着のバスに乗る俺は雨を覚悟して寝付けない眠りにつきました。

例年、この時期には「東名高速・集中工事」のため東京から名古屋までは
「中央自動車道路」をつかう高速バス。

しかし今年は10/11からの工事らしく東京からの経路は
「池袋→横浜→桑名→四日市→鈴鹿(白子駅)」という変則コースでした

話は前後しますが「帰路コース」は逆行コースは
鈴鹿(白子駅)→桑名→四日市→桑名→立川→新宿→池袋」でした
過去には立川は停まらず「中野坂上」とかで停まっていたはずです。
時代とともにニーズもかわりコースも変わるのでありました。


近鉄白子駅に金曜日の午前6時着。
駅前あったコンビには無くなっていた!!
池袋のバス乗り場近くのコンビニで「オニギリ」を買っておいた読みは的中!!

サーキットまでのピストン・バス待ち時間に待合ベンチでオニギリの朝食。
バス専用の迂回路を経て15分・・・6時半にはサーキットのバス駐車場にスムースに到着

こんな時間に売店、飲食店もやっていないし金曜日のゲートオープンは午前8時
バス駐車場からゲートに向かわず少し離れた「7-11」に行き買出し。

営業が始まればサーキット内での飲食はもちろん可能ですが
当たり前の時間に食事に有り付こうとすれば売店の「長ぁ〜い列」のお世話になる(苦笑)
トイレも当たり前のタイミングでいくと男子の小用でも10数分まちとか、、、

当然、みんなと違うタイミングで動く俺は「買出し弁当」で混雑を避け
トイレも空いているトイレへタイミングずらしていくので待つことはなし、、、


この数年、金曜日は「グランドスタンド前」の特等席以外は自由に観覧できるというので
自分のチケット指定席ではなく鈴鹿の「西コース」を中心にフリー走行を見ます。

観覧のポイントを分けて場所を選びます、たとえば
「音の良い所」「立ち上がり」「ブレーキポイント」「最高速」「マシンに一番近い」など、、、

コース名で「西ストレート」という観覧席があります
その席の向かいはネットと植物だけの席は無い、マシンもそちらからは見られない
場所があります、、、が、、、、しかし。。。
「スプーンカーブ」から「西ストレート」へつながる連絡通路の途中に
泥の崖みたいな3メートルくらいの壁があり「木の根っこ」につかまると
何とか上まで登れます、、、当然、立ち入り禁止と思います。

だけど、そんなとこ登る人は少ないらしく「監視の目」は無いに等しい。
そこへ登りつくとコースネットの直ぐ目の前はコース上
そこを「130R」めがけて300キロオーバーで飛び込んでいくF1マシンが
スロットル全快で駆け抜けていくのでありました。

コントなどでテニスの試合で「右から左」に顔が動くがごとく「0.数秒」で
首をふらないとマシンの動きに追いつきません
携帯の動画に撮っても何が通過したか分からない(苦笑)

そんな秘密のポイントも含めて金曜日は楽しみます。


例年、金曜日の夜は一旦サーキットから全員出されます。
そして土曜日は終日オープンなのでサーキット内で夜をすごします
しかし今年は何故か土曜終日オープンでなくなっていました。

野宿の俺は第一ゲート前で2日間の野宿を強いられました
「大雨」が降っても濡れないポイントをキープするためには場所の確保が必要
まぁ、毎年のことだから今年も快適な野宿を決め込みました(微笑)


3年前に改修なった鈴鹿はトイレが充実し誰でも利用できる「ハンディー用・トイレ」がグット!!
何故ってお湯が出るシャワーつきのカランがあるのでした

昔は夜な夜なトイレに出向き、冷たい水で洗髪したり濡れタオルで
身体を拭いてすごしていましたが、最近は暖かい広い(6畳くらいある)トイレで
快適に野宿をできるのでした(微笑)


早朝オープンしてゲートを200-300メートルゲートを入った場所に毎年 お世話になる
コーヒーショップがあります。

ここのコーヒーは業務用のペーパー・ドリップで挽くコーヒーなので美味しいのです
「朝いち」で少し冷え込んだサーキットの朝を迎えると「ホットコーヒー」は心が「ほっと」する(笑)



さてレースの話。
「可夢偉くん」フリー走行は10数番手と苦戦してましたが
土曜日の予選「Q1」ではトップタイムを記録!!
まぁ、他のチームが華を持たせてくれた感はありましたが、、、でも1位は立派!!

今年は「可夢偉くん」、「アロンソ選手」、「バトン選手」を応援していました。

予選の「Q3」は1000分の数秒差で「ベッテル君」がポール!!
バトン選手は「がんばるねぇ〜!!がんばったねぇ〜!!」(もう中学生風)

決勝もバトン選手逆転優勝!! よかった・よかった。 しかもアロンソ選手2位!!


決勝開始時間が以前は13時だったのが今は15時からなのでレースが終わり
少しすると夕暮れがやってくる。

表彰式も終わりしばらくすると場内の巨大マルチビジョンでレースの模様を再放送
実はレース中はテレビのレースを見るように情報が整理されてない
というより「場内FM」や場内放送用のスピーカーも自分の目の前を
マシンが通過すると何を言っているのか分からない。

さらにコース上のマシンを追いかけているとモニターでおきたアクシデントや
ピット作業も瞬間、見逃してしまうのであります。

なので この場内マルチビジョンの再放送で決勝の「復習」をし
帰宅してからテレビの放送をプレイバックしてはじめてレースの全容が完結するのでした(苦笑)

でもテレビで整然と整理された放送では味わえないものが沢山あるのが
生での「レース観戦」なのであります。



今年サーキットにいって驚いたのはスポンサーの少なさ、、、やばいです!!
場内にあった広告看板は「DHL」「UBS」「PIRELLI」「LG」やば過ぎ!!
外国企業だけ、、、、唯一 レースコース上でなく丘の上に一つだけ「ALPINE」の看板

もっともっと一番驚いたのがフジテレビがスポンサーから降りていたこと!!
ストレートのシグナルのところに「目玉マーク」のフジテレビがなくなっていたぁ!!
「放映権」だけはキープしているらしいが、過去あれだけやってたのに
スポンサーから退くなんて「裏切り」じゃん!!


確かに日本企業だけではない不景気。
グランドスタンド前広場には去年まではかろうじてF1カーを「フェラーリ」「マクラーレン」は
展示していて直ぐ近くで写真が撮れたんだけどF1カーは今年は1メーカーも1台もなし

鈴鹿も契約年度過ぎたら新規更新しないかもしれないね!!
観られるうちは観に行かないとと つくずく思う俺でした。


携帯のカメラで「動画」を撮り自宅で携帯の動画ファイルが見られる「CODEC」を
入手したのでテストで動画つくって「you-tube」(baysun123)にアップしてみました
未完成ファイルですが、、、

ほかの映像を編集してみたら同じ編集してるのに「you-tube」で受け付けない!?
映像ソフト購入して編集トライしたいと思います。
パソコンに呼び込んだ携帯映像ファイルは全部見られるようになってきたので
2009のスペイン旅行の映像もアップしようと考えています。



そうそう今年、購入した「訳ありアウトレット」ですが「大正解」でした
まず、
@その席からは普通に観戦できる視界だったこと
A「逆バンク」エリアの実質観戦客は80%くらいで空席あり
  なので決勝30分くらい前にエリア全体を「偵察」
  スタート直前にチェックしてあった空席に向かうと誰もいないので最後まで観戦
B東コースの「S字コーナー」と「逆バンク」のつながるコーナーの上のほうなので
 東コースから逆バンクを抜けてくデグナー手前の上り坂まで観られた

という訳で「賭け」にでたチケット購入は「満塁逆転ホームラン」だったのだぁ〜(微笑)


写真、映像は気が向けば、、、上手く編集できればアップ予定←あやしい!!




    ・・・親戚の死去・・・
10月の初旬に母方の従兄弟が心筋梗塞で無くなっていたと数日前に聞きました
F1観戦後に両親宅に食事をしにいったときに聞きました

60歳の従兄弟は和歌山へ温泉・社員旅行中に心筋梗塞で倒れそのまま息絶えてしまったらしい。

彼とは親戚の葬式で時々、会うくらいで普段は行き来はありませんでしたが
去年、新宿の叔父さんが亡くなったときに俺と母親が葬式に出向き
小田原方面から来ていた従兄弟や伊東の親戚と一緒に
帰りに新宿で食事をしたので心筋梗塞とはいえ突然の死に驚きました。


3/11震災以降 「考え方」の自分の「枠」や「きめごと」が変わった俺。
年齢も近く従兄弟でもある人の突然死。。。

ますます、やりたいことや やらなければならない事をハッキリさせて
生きていかないといけないと思う次第であります。




    ・・・フラメンコダンスの先生・・・
以前の日記に書いた男前フラメンコダンスの先生
無事にサンティアゴ・デ・コンポステーラへ自転車で完走
帰路はマドリッドまで電車で戻ったので無難な旅のようでしたが
とにかく「サラマンカ」から「サンティアゴ・デ・コンポステーラ」までの
500km弱の自転車での旅日記はハラハラどきどきでした。

「ドキュメンタリー日記」だからすごく面白かったので また良かったら
旅の日記を読んであげてください!!
後半「電車の旅」になるとチョット スリル&スピード感が落ちましたが
でも一日60-70kmの走行はお見事でありました。(拍手!!)

http://flamenco-luna.iza.ne.jp/blog/





   ・・・ギターレッスン・・・

先週の火曜日に「フラメンコギター」のレッスンを開始いたしました。
8−9月の体調不良「左肘痛」(腕曲がらない)「腰痛」(朝、体が起こせない)
「腹痛」なんかお腹が一日中痛い、、、四六時中ってこと。。。←やばいかぁ!?

鈴鹿から帰ってきたころから好転、、、
ギターも弾ける体調になり10月初めに「この先生」と決めていた「池川寿一さん」に
連絡を取り まずはどのようなレッスンをするかを決める「体験レッスン」をしてきました

赤坂見附のお店(お父さんのお店らしい)でレッスンです
午後の2時指定でしたが初めての場所ですし10分ほど早く到着

まだ俺の前のレッスン中でありました。
60才すぎの年配の男性が「♪枯葉」をフラメンコアレンジした感じでレッスン

その間に自分のギターを取り出しレッスンのじゃまにならないようチューニング


さきのレッスン終わると自分をレッスンすんだ方に紹介してもらいレッスン開始


「何か目標ややりたいレッスンはありますか!?」と聞かれたので
「踊りの伴奏マスターしたいです」というと
「なにか知ってるフラメンコギターを弾いて。。。」というので自分が譜面や
you-tubeで覚えたギターを弾いてみた

すぐに「では、これをまねて弾いてください」と言い「ブレリアス」のリズムを
「1コンパス」(3拍子×4回の長さ)弾いて教えてもらう


フラメンコ特有の演奏法「ゴルペ」と言い「でこピン」のように人差指でギター弦を弾く奏法
これが右手の「人差指」「中指」「薬指」の3本で「♪ばきゅーん♪」という感じで弾くんですが
「薬指」のはじきが弱すぎで迫力、スピード感が全然、池川せんせと違います

指摘されてトライするも、その場でパワーある薬指の弾きはできる術もありません

ギターを弾いていない時も「指だけ」弾く練習を教えてもらいました。
「爪」の使い方と長さや手入れ、磨き方も参考になることをたくさん教えてもらいました

約30分の「お試しレッスン」でしたが具体的に指摘されたことで
その場で変わった弾き方と「練習」がかなり必要な弾き方を4つくらい教わりました。

基本「月2回」 /10000円
入会金     /5000円
お試しレッスン /2000円

個人レッスンなので内容は濃いのであります。

その日、以降「エアーでこピン」の練習で右手の指と腕の筋が痛いのでありました
心地よい!?痛みは何か薬指のパワーもこの2-3日強化されたような!?


3−6ヶ月くらいでプレイに変化が見られるように頑張りたい俺です。
その節は「瞬発力」のあるギターを弾ける自分でありたい!!がんばるぅ!!




話はスペイン語です。
9月でラジオ「まいにちスペイン語」講座が終了しました。
終わったからってマスターした訳でもなく、、、ただひたすら録音した教材を聞きまくります(微笑)

6ヶ月分のテキストの「まとめ」も自分でノートにまとめ 今度は文法もヒヤリングと
リンクさせるべく取り組んでいます。

ヤフオクで買った大当たりの「西和中辞典」には辞書としての機能だけでなく
スペイン語の歴史やスペイン統治の歴史までも記載されていて楽しいです

「まいにちスペイン語」を毎日 聞き返すことと文法まとめ復習
そして「スペイン国営テレビ」の閲覧を心がけていますが
辞書の「大重要単語2000語」
という「大文字・米印」の2000の単語を書き出し
またノートにまとめるという課題を課して「スペイン語・熱」で終わらぬように努めています。


今日も「スペイン国営テレビ」のニュース(約60分)を見ていましたが
スポーツニュースのトップがフットボールでなく「MOTO GP」というのもスペインを
理解するのには意味があるかも知れません、、、
ちなみに全体のトップニュースはアメリカのウォール街の「失業者デモ」でした。


まずは文法間違っていても「通じるスペイン語」を目指す俺であります。


2011年09月30日 金曜日 3:20:19

    ・・・アウトレットF1チケット・・・
鈴鹿サーキットのチケットセンターのネットで購入した東コースの
「逆バンク席」のチケットが届きました。

チケットによってはローソンとかでチケット発行できますがアウトレットは
鈴鹿サーキットからの郵送のみとなります
購入ガイドには「発注から2週間程度」とありましたが この月曜日には
18日を経過していたので電話で確認すると、あと2-3日後と回答。

無事、クロネコさんで届きました(微笑)

すべての座席番号のプリントが付いてきました
番号を確認すると前から5列目で「逆バンク」の中間席あたり、、、
たぶん「S字コーナー」を背にする傾斜席なので5列目だと
視界範囲のコースが短いのかもしれません!!

でもこの「逆バンク」は自分が1990年に初めて鈴鹿F1を観に行ったときに
自由席で陣取った「思い出」の席でもあります

現在の鈴鹿F1は基本「自由席」はありません。

初めての時の最初の「フリー走行」が始まるまえに、そこからは見えませんが
パドックでエンジンをかけて爆音を鳴らし準備が始まると その時点で
心拍数はレッドゾーンへ〜。。。。

かるく慣らし走行で目の前に来ただけなのに とんでもない大爆音をともない
ガソリンとオイルと「怪しい添加剤のかおり」を撒き散らしながら駆け抜ける
近代F1マシンにノックアウトされたのでありました。。。


そんな思い出もあるわけで この訳あり「アウトレット」がハズレであっても
それはそれで「2011年鈴鹿」の思い出となるのです。

レースの行方は もちろん気になるのでありますが今年はどのくらいの
入場客数がありスポンサーや来客者の変化が気になっている俺です。

佐藤琢磨さんの所属するインディーカートのレースも無くなるし
車のレースのスポンサーは大変だと思うと鈴鹿日本GPも いつ無くなっても
不思議じゃないですからね!?


そろそろF1ツアーの荷造りをしないといけません。
荷物リストで不足しているものは「電池」とかの消耗品で それ以外は
毎年 もって行くものが多いので それほど時間はかかりませんが
「ゴミ袋」「ガムテープ」とかサバイバルに対応できる小物も忘れると面倒です

子供の遠足=俺のF1ツアー なレベルで「遠足」に向かってドキドキしてるのでありました。




    ・・・ネットオークションにて、、、・・・
数日前にヤフーオークションで「スペイン語辞典」を購入しました。

もう何ヶ月も辞書を買うことを考えていましたが ほんとに自分にあってる辞書
良い辞書、、、ただレベルの問題もありますし
さらに「日本語→スペイン語」「スペイン語→日本語」と双方向が必要ですから
1冊に両方を足した辞書が良いか!?それぞれ1冊を持ったほうが良いか!?

自分の判断にはなかなか ゆだねられない状態でした。

そこで実際にスペイン語暦の長い人からの「おすすめ」情報を聞きました。

食べ物でも何でもそうですがテレビ・雑誌で「美味い」とか「最高」とか言っても
実際に見ないで買ってみると!?!?レレレっなことって多々ありますからね。


小学館の「西和中辞典」であります。
これは「スペイン語→日本語」のタイプですが とりあえずこれ1冊あれば
まず困ることはないらしいです。

もう少ししたら「和西辞典」(日本語→スペイン語)を購入検討。


ヤフーオークションで検索していたら小学館の辞書の名前に「中」の字が入っています
はじめはスペイン語とかで検索しても引っかからなかったのですが
正式名称の入力で2-3件 ピックアップされました。

現行の最新は6600円+消費税とけっして安価ではありません。
3000円くらいのものもありましたが「残り30分」で1000円(入札歴@)が目にとまりました
写真では「質感」は分かりにくいのですが これまた1000円なら「失敗」でもいいやぁ!!と
思いながら「30数秒前」に1100円にて入札してみました。

5分の「自動延長」がありましたが、無事 競り落とし完了!!

すぐに決済済ませ出品者さんにメール投稿。
ゆうメール340円+1100円=1440円にて今日の夕方 届きました。

梱包は外袋とプチプチ袋、そして薄いビニールと丁寧に梱包されていました
すべて解いて辞書を開いてみました
外箱はすこしだけ使った感がありますが中の本体は使った形跡が無いくらいの美品

そと帯ラベル、購入感想返信はがき、他の雑誌の宣伝チラシまで入っていて
買ったけど使っていないのがわかる
たぶん開いてないページは製本された直後のようにページとページが少し
くっついてるので まだ1枚ずつが開きにくかったり、、、


こんなタイミングで良い買い物ができたのは いつも「気にかけている」
音楽みたく いつも考え好きで気になってるからかもしれません!?

生活の一部になって「やっていること」も空気のように「無ければ困るけど吸ってる意識は無い」
そんな状態にまで持っていければと思うのであります。(微笑)


昨日の日記で紹介したフラメンコの「男前せんせ」のブログ更新が3日ほどありません。
現地の天気は晴れか曇りなので天候は大丈夫と思いますが日記に「山道」があると
書いていたので そのへんも
少しばかり気がかりでありますが、
無事にサンティアゴ・デ・コンポステーラへ到着する日を祈っております。


2011年09月28日 水曜日 2:08:42

    ・・・F1だぁ・・・
先日、シンガポールのナイターGPもベッテル君の圧勝で終わり
いよいよ鈴鹿の番であります。


以前にも書きましたが2011鈴鹿F1のチケットはゲットしていませんでしたが
売れ行きの悪いチケットは完売もせずに数日前までネット販売していました

席の場所や金額のことを色々と考えて購入サイトに入りましたが
なぜか先に売れてしまうはずの「アウトレット」(訳ありシート)が
「逆バンク」のところだけ売れ残っていました。

例年 というか過去はほとんど「S字コーナー」チケットを買っていましたが
大体 3日間通し指定席で4万円弱でした

ところが このアウトレットなんと「11000円」、、、安すぎ
しかも売れ残り・・・きっと 相当な訳あり席なんだろうなぁ??
でも「怖いもの見たさ」「ダメもと」で失敗と分かっていても買ってみようと
スケベ心が働いた俺・・・その顛末は10月の10日以降にご報告いたします。

・・・天の声→たぶん「視界のせまい席」なんだろうなぁ(苦笑)

明日の午前中(今朝)に宅配されてくるチケットを鈴鹿のホームページの
「座席表」で確認してみるけど 座席表じゃ「視野」は確認不可だなっ、、、

まぁ「同じ空間」で共有できることが意味がある←どうみても「強がり」でしょ(笑)
矢でも鉄砲でももってこい!!
台風で予選中止の時も鈴鹿に行ってるから ちょっとやそっとじゃ根をあげないのだ!!




    ・・・スペインetc、、、・・・
6ヶ月の「まいにちスペイン語ラジオ講座」が終了しました。
3ヶ月目くらいから日本語や英語にはない「文法用語」が出てきたり
「主語」の捕らえ方が難しい!!

「命令文」などは「命令される側」が主語になり動詞が「何人称」に活用するか変わる。
訳すときに「逆に」なっちゃう妙な日本語になる
講師の先生も「日本語に訳すと変な日本語になってしまいますが、、、」とか・・・

訳すと「日本語は短いのにスペイン語はミョーに長い」「日本語が長いのにスペイン語はかなり短い」とか
単語一つで「私は何々を食べました」とか、、、でも少しずつ分かってくると面白い面白い

まだネイティブさんとの会話など程遠いと思いますが映画やネットの「スペイン国営放送」見ると
発見だらけ、宝箱をひっくり返したような感じで全然「勉強」でなく「娯楽感覚」なのがグット!!

やっぱり俺って前世ラテン系だぁ!!(笑)


テレビスペイン語のメイン「翼くん」の放送も無事終了。
講師の日本人先生は翼くんに「スペイン語やスペイン紹介する親善大使をしてほしい!!」と
スペイン語の普及にはビックネームの彼を本気で押しているコメントに感動しました。

翼くんは「フラメンコダンス」を踊り、スペイン語も3年ほど勉強しているんだって!!
彼は、、、彼の姿勢は必ずスペイン語をマスターしてフラメンコもどんどん上手くなっていくと
確信させられるのがテレビのなかだけでも伝わってくるのが素晴らしいと思えた俺でした!!



フラメンコギターを先生について習うと宣言していた俺、、、
ちょっと動きが止まってしまいましたが10月から実行しようと動いてます

もちろん自主練習はしていますが「腰痛」「肘」が再発し日常生活にも
支障をきたすひどさです
ほんの少しだけ肘が落ち着いたのでギター弾いてはいますが無理すると
布団から起きられない、シャツの着替えや顔が洗えないとか病人なみ(苦笑)

トレーニングしていてもこのコンディション作りや体調管理は難しい・・・
エレキギターの時には「腰痛」「肘通」なんて一度もなく「腱鞘炎」にもなったことないのに
泣き言をいってもはじまりませんので自分で解決の道をさがします。


朗報!?といえば右手の「爪」の長さや形、そしてギター弦を弾くときの指の使い方
これが掴めてきたのはこの数ヶ月の中での進歩!!
あきらめかけていた「爪の作り方」「右指の使い方」、、、

ピックで弾けば簡単に弾けたフレーズも爪で弾くのは至難の業だったけど
なんだか「気がついたら」弾けるようになっていたような不思議な体験


他人がどうにかしてくれるとは思ってはいませんが先生につけば「得られるもの」は
必ずあると確信して信じて取り組みたいと思っています。



何か話が「とっちらかり」ですが、、、
深夜テレビで落語を放送していました。

演者は「立川談笑」さんというかた。
演目は「ときそば」もどきの新作、、、秋葉原の電気街で「取り込み詐欺」まがいの
買い物をする話ともう一つが「ガマの油」の古典のアレンジ作。

ガマの油売りが「さてさてお立会い。ここにあるのがガマの油〜〜」
「前足4本・後足6本〜」と流暢に口上を述べた後 とつぜん
「さて ここからはスペイン語・・・スペイン語風じゃないよ!!スペイン語」といってから
先ほどの口上をスペイン語でテンポ良くペラペラと話し始めました。

スタジオのお客さんは若い人が大半。
ガマの油売りなんて実際に見たことない人たちばかりだと思いますが
談笑さんは時々、日本語をまぜてダジャレを言い笑いを取ります

日本語のストーリーをすでに聞かされているからスペイン語でも
身振り手振りで話すので意味が分かるのでした。


まだ つたない俺のヒアリングですが談笑さんのスペイン語は本物のようでした。

たしか「春風亭小朝さん」とかも「英語落語」を
やってるのを観た記憶がありますが
ほかの言語では談笑さんのスペイン語が初めてでしたから偶然にしても驚いて
食い入って観てしまいました。



3ヶ月ほどまえだったでしょうか!?日記にも書きましたが「柴田亮太郎さん」という
フラメンコギタリストさんが自分が観にいったフラメンコ発表会での
サポートギタリストとして出演していて偶然に驚いた・・・という話。
亮太郎さんは「翼くん」のフラメンコダンスのNHK・BS放送の音楽監修でした

そのフラメンコ教室の先生が今、マドリッドからスペイン北西部のサンティアゴ・デ・コンポステーラという
「キリスト教3大聖地」に向かって独りで自転車で旅をしています。
先生(女性)はスペイン語は普通に話せる人ですが、あちらからの旅の様子を
ブログ日記に綴っています。

自分が旅したときにスペインの「良さ」の反面、「いい加減」なところには面食らいましたが
そのことも含め先生のスペインを熟知した面白日記は自分の経験も相まって
「笑える」「楽しめる」旅日記であります!!
下記、アドレスにてご愛読あれ!! 楽しめますよ!!

先生は「チョー男前!!」(微笑) がんばれー、、、そして旅のご無事を祈ってます!!

http://flamenco-luna.iza.ne.jp/blog/


2011年09月21日 水曜日 2:01:14

    ・・・またまた起こった「グルグル蛍光灯」!!??・・・
以前にも書いた「勘違い」かもしれない話、、、だけど・・・今度は勘違いじゃないのでした。

前に起きたときは「夢の続きかも!?」と自分に言い聞かせて書いた出来事。

夜中に寝室6畳間の和室の蛍光灯が大きく円を描いて♪グルグルとまわる現象。

蛍光灯の丸い蛍光管は闇の中では少し蛍光塗料の関係か照明を
消していても少し認識できるのですが以前の経験から自分が
真っ暗な中で眼球を上下したり円を描いて動かすと 錯覚のように
天井の照明器具も動いて見えたりすることがわかりました。

停まった電車に乗っていて反対側の電車が動くと自分の車両が動いたような気になるとか、、、
だから前回にはそういうことかも知れないと自分に言い聞かせました。


でも今朝は絶対に照明器具は回っていました。
午前四時にパッと目が覚めました
何故四時かは、、、目覚まし時計が「アラームセット」するとバックライトで
時計の針をはっきりと映し出してくれるから。

なぜか時計の時間を先に確認した俺。
まだ夜中だから寝ようと思ったとき天井の照明器具が やはり以前と同じくらい
大きな円(70-80センチくらいの軌道)を描いて回っていました。

「こりゃまた夢の中かか目球がまわってるかぁ!?」と冷静判断して
ゆっくりと布団から身体を起こし天井を見直しました。

「まだ揺れてる!!」
スイッチを切るのに便利なように数十センチの紐で延長した部分には
シェリー酒酒蔵で買ってきた「アクセサリー」をつけてありますが
鉄の柄杓のミニチュアなので小さい割には重たいので風でヒラヒラしたりはしません。

天井を確認しつつアクセサリーつきの紐を掴もうとしたけれど
それも回っていたので真芯に垂れ下がっていないで手を広げながら掴みました。

1回引っ張って蛍光灯は点くと照明器具の傘はまだグルグルまわっていました。
地震の可能性もあるかなぁ!?とは思いましたがテレビやパソコンを
つけるのも面倒くさいので そのまま寝ましたが朝起きてからパソコンで
地震があったか調べたけど何もなかったようです。。。


この住居の家賃が安いのは「これ」だったのかなぁ!?
「霊感」はまるでない俺ですが何だか不思議な現象にちょっと戸惑っちゃいますね!!

とりあえずこの日記を書いている時間で身近な知り合いには何もなかったようですが、、、




    ・・・できごころ・・・
もう2週間くらいは経つでしょうか、、、
最寄駅の近くの食品も扱うドラックストアーに買い物に寄りました

入り口を右側に行くと「くすり関係」で左に行くと「食品」といったレイアウトの
その店に入ると通路の棚の角で白衣を着たスタッフと小学校3年生くらいの
男の子とがなにやら話をしていました。

よくみると男の子は泣きべそ顔です
スタッフの男性は子供の腕をしっかりと掴んで中腰になって耳元に話しかけています。

はじめは「迷子」かなぁ!?と思いましたが どうも様子がおかしい。

ずっと見ているのも変なので自分の目的のコーナーへ向かいつつも気になる!!

ほんの3−4分で買うものは揃いレジへむかう途中で 先ほどのスタッフが
携帯電話を片手に「・・・はい、万引きです!!」と言うのを聞いてしまった俺。

レジにて会計済ませて先ほどの「現場」あたりを見たけれど少年の姿は無し。
たぶん事務所に保護されているのだろうなぁ!?と思いました。


スタッフの連絡先は「警察」か「両親」かは定かではありませんが
初犯かどうかも分からない俺ですが「いきなり通報」ってのは厳しい気もしてみたり、、、

でも「今のうち」なら ある意味取り返しはつくのかなぁ!?
ここで「見逃し」すると子供は味をしめてしまうといけないから、、、

俺たちにとって「万引き」はテレビで「警察24時間」みたいな番組で「万引きGメン」が
隠しカメラで犯人を捕らえるとかいうイメージだけれど 小売業界では「毎日」な
犯罪な訳で易々と許してはいけないのかもしれませんね!!

少年が「小さな傷」で目が覚めてくれれば一番ですね!!



むかしむかし・・・ある町に幼稚園くらいのbaysunが住んでいました
baysunは近所の悪ガキのお兄さんに連れられて遊んでいました
お兄さんは神社に行くと「お賽銭箱」に手を突っ込んで「お布施」を取っちゃいました

子供の手は「木の格子」の隙間から入ってしまうのでした。
だけどbaysunの腕はまだ短くて届きませんでした、、、

でも帰りに駄菓子屋さんでお兄さんと一緒に「ビスケット」を数枚、買ってもらって
大事に紙袋に入れて家に持って帰りましたとさ。

家に着くと「持たせていない小遣」なのに買い物をしてきたので
すぐに父親にバレてしまいましたとさ(苦笑)

父は「盗んだ賽銭で買ったビスケットは美味しいだろぅ!?」とbaysunをたしなめたそうな!!
baysunは「もう2度と盗んだりしない!!」と子供心に誓うのでありました。

もう半世紀も前の「御伽噺」なので「時効」ということで宜しくお願いいたします。。。↓ペコリ↓



    ・・・あぶらぜみ・・・
9月に入って直ぐだったろうか!?
最寄り駅に向かう道端で「地面にひっくり返っている・あぶらぜみ」を見つけました

まだ暑い日でしたが「地上に出て1週間」のアラームが点滅していたのかも知れませんねぇ!?
まだ動いていたのでかわいそうになり拾い上げて空中に放り投げてみました・・・

果たして俺の思惑とおり あぶらぜみは宙に舞って視界から消えてゆきました(微笑)


何日か前にテレビ番組で女性タレント(名前忘れたぁ)がセミは
「6日間地中にいて1日だけ地上に出て死んでしまう!!」と思っていたらしい
司会者さんや「雛壇」にいた出演者みんな笑い転げてました(笑)


セミはみんな裸らしい↓











「セミヌード」


せっかく地上に出て「ふ化」しても交尾できないオスがいたら不幸極まりないですねぇ!!
俺なら耐えられないから相手がセミじゃなくてもガンバルかも(笑)←やっぱり変体。
セミは「変態」の昆虫ではありませんかぁ!?
蝶々でしたっけ「変態」するのって。、、、


朽ち果てる寸前の あぶらぜみでも気合をいれて祈りを込めて「闘魂注入」すれば
ふたたび青空に羽ばたけることを目の当たりにして「せみ」でも「不死鳥」に
なれるんだぁ!?と あぶらぜみに教えられた俺でありまた。。。




    ・・・料理のトホホっ(苦笑)・・・
テレビのチャンネルを変えていて「料理」をやっているとそこで停止。
高価な食材を使えば美味いのは当たり前だけれど ちょっとしたアイデアで
美味しさを引き立てたりする小業が楽しくてチャンネルをホールドする俺。


テレビ東京の「1ヶ月1万円生活」、、、いつも見ていないけど たまたまスペシャルで
いろいろな安い食材で美味しそうなものを紹介してる中で「小麦粉」を使用していた
美味しそうだったので自宅にあった「薄力粉」に卵、豆乳、蜂蜜などなどいれて
こねくり回しバターで焼いてみた。。。

粘度としてはホットケーキの感じに仕上げて焼いてみたが全然 膨らまない。
焼き面をフライ返しを使ってみてみると「焦げ気味」、、、あわててひっくり返す(苦笑)

反対をほどほどに焼いて食べてみた。
ひと口サイズに切るときに「硬さ」と「重さ」の手ごたえが、、、失敗。。。

クッキーほど硬くはなくホットケーキよりは かなり硬い!!
中途半端な食べ物が出来あがってしまったぁ。

やっぱり「ベーキングパウダー」とかピザやパンのように「イースト菌」とか
使わないとダメなんですね!!



調味ドレッシングとして今 俺のブーム!?は「ポン酢+オリーブオイル」です
「タモリさん」だったか!?テレビで言ってたのでやってみた。

最近はサラダ、餃子、シュウマイとなんでもこれ(笑)



あと「マンゴー」の食べ方、、、
そのままだと少しばかり「くせ」のある香りや味があるけどプレーンヨーグルトと
和えて食べると甘みが増してるような そして匂いが気にならない。

B級グルメって言葉が適当かは定かではありませんが
けっして高価なお金を出さなくても「美味しいもの」にはめぐり合えるんです(微笑)


「露店の焼きそば」 「遠足のオニギリ」 「運動のあとの水道水」 「海の家のラーメン」などなど。。。
なにを食べるかでなく「誰と食べるか!?」「どこで食べるか!?」がとても重要だったりしませんか!?




    ・・・2011F1プロローグ・・・
鈴鹿F1までいよいよ1ヶ月をきりました。
世間の方々 人口のほぼ90数パーセントの方にはどうでもよいお話(笑)

去年の鈴鹿から帰ってきたときの日記に
「来年は鈴鹿地元の方が住民に提供の格安チケットが手に入りそう」と書きました、、、

なので信じつつもギリギリまで待ってみたけど連絡がこない、、、
電話番号はあるけれど厚かましいと思われてもイヤですから
結局 今年も売り切れないF1チケットなので鈴鹿サーキットに登録してある
メンバーでログインして、まだ残っていた「アウトレット・シート」(訳あり席)を購入


往復の交通機関は例年通り「西武バス・伊勢志摩ゆき」池袋⇔近鉄白子駅を9/6にゲット。

木曜日の深夜バスで鈴鹿へむかい金曜・土曜のフリー走行・予選をみて日曜の決勝観戦。
再び深夜バスで一路 東京へ 早朝に池袋。。。
このパターンは何回やってきたんだろう!?

いろいろ試したけどバスが一番!!「安い」「うまい」「早い」てきなノリであります。

もって行くアウトドアグッズも大体、頭に入っていますが必ず「書き出し」して
忘れ物ないようにしています

「寝袋」は必ずもって行きますが「テント」は直前に天候が決まるまでは保留です。
もっていっても必ず使うわけではありません。

数年前に改修なった鈴鹿サーキットは以前よりトイレなどが整備されて快適です。
健常者も利用可能な「ハンディ用トイレ」は「お湯シャワー」もあったりして最高!!

チープツアーな俺には「神様のご褒美」みたいな設備であります(微笑)


今年はベッテル君が鈴鹿でチャンプを決める感じで ぶっちぎりですが
先日の「バトン」「アロンソ」「シューマッハ」「ハミルトン」等の元チャンプ同士の
バトルが鈴鹿で見られるかと思うとワクワクします。

去年の可夢偉くんのようにヘアピンカーブでゴボウ抜きもきっと見られるでしょうし
ストレートや130Rでのパスも今年はレギュレーション変更でたくさん見られると思います。


今週末のシンガポールGPが終われば いよいよ鈴鹿であります(微笑)
それでも今年は そのあとに4レースも控えていますからF1パイロットたちは大変です。

他のスポーツと違い優勝の行方が決まっても「消化試合」はしない彼等!!
来年の わずかなシートを狙ってアクセル全快でサーキットを駆け巡る「性」を背負って
熱い2011年の幕を閉じるのであります。



XPパソコンの「成熟」のおかげでエクスプローラーやメディアプレーヤーのバージョンを
あげることができたらYou tubeのブラウザー「Google Chrome」をインストールできました
たしかに動画に限れば「遷移」は早いのでありました。


あるサイトでスペイン語に関するネタで「スペイン国営放送」のアドレスを見つけ
エクスプローラーで飛んでみました。
開くのに2分くらいかかってしまい とても使えませんでしたが←俺の回線契約に問題あり!!
「Google Chrome」で飛ぶと10秒くらいで表示できるようになりました

パソコンにインストールしてあるソフトも使っていないものはビシバシ捨てて軽くしたら
だいぶ俺の好みのパソコンに調教できてきました(笑)

F1ではスペイン人の「アロンソ氏」「アルグエルスアリ氏」も居ますし
テレビ局の扱いも日本の何倍も大きく取り上げられています。
しかし それよりすごいのはバイクレースの「モトGP」の扱いです。
「スペイン国営放送」のトップインデックスの動画のまた一番はじめに
レース結果を並べているのにもビックリしました。


「モトGP」も一時期は日本人も活躍していましたが やはりスポンサーの問題か
なかなか優勝にからむ選手は台頭してきません。
今は「スペイン人」「イタリア人」の天下。
「アメリカ人」「オーストラリア人」の活躍も以前ほどではありません

やはりラテンな人種は「馬」→「自転車」→「バイク」→「車」と乗りものには
DNAが影響するのかなぁ!?と思う俺でした。


以前に書いたか定かではありませんがスペイン語には「敗北」という名詞単語はあっても
「負ける」という動詞単語はないらしい
「無敵艦隊スペイン」の辞書には必要なかったのでしょう!?

ちなみに「perder」失うという意味が負けるに近いらしい。


中国語に「ありがとう」はあっても「ごめんなさい」はないらしい。
これは中国歴史の研究作家さんが講演会で言っていました。

ちなみにスペイン語は「ごめんなさい」は、ちゃんとありま〜す(微笑)→ Lo siento。


だんだん話が脱線してしまいました(笑)
そとは台風の影響で大雨です。 そろそろ店じまい。


    ・・・ダジャレかぁ・・・

2011年09月06日 火曜日 0:47:26
    ・・・ダジャレかぁ・・・
8/8の「タコの日」→調べたら10/10が「イカの日」とありましたが、、、
ほとんど こじつけとダジャレでありました(笑)

イカ じゃなかった以下 参照
「銭湯*千十」「転倒*テン10」「トマト」と全部10/10 俺(だけ!?)たちの感覚では
10/10は「体育の日」なのでありますが、、、

調べれば 1年365日が「記念日」なのでしょうね!?
林家ペーさんの「有名・著名人の誕生日」の記憶なら面白いけど
無理やり記念日はビミョーであります(苦笑)



ダジャレではなく「ほのぼの」としてしまう張り紙を発見しちゃいました。
しかも「おとな」な内容!? と書くと またbaysunのエロねたと思われちゃうかなぁ!?


先日(8月下旬) 父親の循環器の手術が終わり退院して体調も落ち着いたころに
両親と3人で池袋で食事をしました。

西口の繁華街からちょっと外れたネオン街・風俗街あたりに「うなぎ屋」さんがあります
久しぶりに行ったら ウナギの仕入れ価格が上がっているとのことで
ウナギ2倍入りの「うな重」が以前は2800円でしたが3000円になっていました。

でもでも ここのウナギは美味しい(微笑)
テーブルに置いてある「山椒」もペッパーミルの中に粒のまま入っていて
♪ガリガリ〜ガリガリ♪とやってかけるタイプなので山椒の「辛味」がすごい!!

初めて食べにいった時に たくさんかけたら舌がシビレてしまってビックリ!!
味がわからなくなるくらいでした。

「山椒」「しょうが」「わさび」などは薬味と申しますがチューブに入ったものでなく本物は
バイ菌や寄生虫などを殺す役目もしていたんだなぁと思った次第でした。


自分はこの「ダブルうな重+ご飯大盛」で美味しくいただきました。

もう何回も行っているお店ですが 先日、気がついた張り紙ポスターがありました。
A3サイズくらいの張り紙には縦書きの文字だけで こう書いてありました。

「うなぎを食べた翌朝は とうさん かあさん 仲がいい」だって!!


そうか もっと早くこのこと知っていたら 俺も「×」もらわなくてすんだかぁーっ!?(自爆)
いま「危機」を迎えてる方々(笑)
毎週「うなぎナイト」を実行してみてはいかがでしょうか!?って俺が言っても説得力なし!!


かの「平賀源内」さんがウナギ屋さんの相談にのって「丑の日」に「たんぱく質」「ビタミンE」豊富な
ウナギのプロモーションをしたとか!?
でも ある部分 一理あるのであります。




    ・・・新しいナンパ術!?・・・
西武池袋線での光景です。

池袋は始発駅ですから早めにホームに向かうか1本 遅い電車を選べば座ることができます。

その電車は俺が乗ったときには、まだ空席がありました
7人掛けの椅子は一つ二つは「はぬけ」で空いているくらいでした。

まもなく電車が出るころには ほぼ席もうまりパラパラと吊革につかまる人も、、、
すると向かいの中年女性の前にちょっと変な感じの60歳くらいのオッサンが立ちました

最初は気がつかなかったのですが立っていたオッサンの足に女性の傘とか荷物が
乗っかった様子で「踏んでんだよぉ!!」みたいな感じで大声をだしました。

女性は小さな声でひたすら謝ります。
オッサンは「常識がない」とか「ちゃんと謝れ」とか言い続けます
そんなあいだに次の駅に着きました

するとオッサンは女性の隣に座りました
女性は別の席に動くと思ってみていると その場所で座ったままでした。

座ったオッサンはさっきまで文句いっていたのに電車が動き出すとすぐに居眠りし始めました

さっきまでの勢いはどこへいったのかな!?
すると今度は女性の方に傾いて頭を乗せて寄りかかる始末。

電車が加速しているときもブレーキかけたときも女性のほうに寄りかかるのは何故!?

ひょっとしたら わざと足に「何か当たった」と因縁つけてナンパする
「中年ナンパおやじ」なのてありましょうか!?

「なんぱ」だろうが「見合い」だろうが「恋愛」だろうが 幸せになれれば
「なんでもアリ」な気がする俺でありました。



   ・・・相変わらず いまさらですが、、、・・・
以前 スペイン語のために買った音楽用「メモリースティック」の話です。

池袋のヤマダ電機で見つけた それは定価4980円とアップルやその他のメーカーから
比べたら破格だったのですが時々「2980円」で販売したりします
まめに通って価格をみていたら↑ ↓上がり下がりを繰り返し
「2980」「3980」「4980」と変化します。

たまたま最初に買ったとき2980円でしたので 買ってみてよかったので
もう1台と思い 2台目も2980円で購入してしまいました。


いままでウィンドウズ98でやっていた作業ではメモリーに記録できない状態だったので
CD→メモリーやSDカードにデータコピーできるCDプレーヤーも買いスペイン語と
フラメンコの音楽を録音していました。

話がとんで♂・・・   ウィンドウズXPの載ったパソコンを「ミニのセンセ」から
無償でもらっていましたがネットにつないで「エクスプローラー」や「メディアプレーヤー」を
バージョンアップ゛してみようとトライしましたが なかなか上手く載りませんでした

途中までインストールするのですが「何とかファイルが見つかりません」など
インフォでインストール失敗の連続で 実際に使いやすくするまでにはいたりませんでした

しかし時間をかけて色々な必要ないプログラムやファイルを整理し
パテーションしてあったCドライブの初期化などなど どんどん軽くしていったら
なぜかエクスプローラーがver8にメディアプレーヤーがver10にアップできちゃいました

自分では同じ作業しかしていないのに、、、やはり必要のないソフトはきれいにしたほうが良いんですね!!


この2週間くらいで旧パソコン「ウィンドウズ98」に入っているソフトの8割くらいは処理できました。

「USBメモリー」もver2が使えるのでメモリープレーヤーをパソコンで処理し編集できる環境に!!
WAVファイル→MP3のコンバートソフトをフリーウェアからダウンロードしインストール
おかげでCDの音楽編集もアーティスト+曲目も自動で引っ張ってくれるので
いままでスペイン語も音楽も「トラックナンバー表記」だったけどプレーヤーらしくなって
階層のあるホルダー管理ができてアーティストごとのホルダーにアルバムごとに記録

いま4ギガのメモリーはスペイン語・英語・その他音楽アルバム20タイトル以上で
まだ2ギガちかく残っています(微笑)

メモリー もう1本あるから 後々 「語学」と「音楽」に振り分ければ
かなり使いやすく膨大なデータが処理できそうです。

普通に「i-Pod」とか使ってた人からみたら笑われてしまうねぇ!?
でもこれだけ安価に処理しているひとは少ないと思って自己満足でチープな俺であります。

いま迷っているのは10月からスパンの変わる「毎日ラジオ・スペイン語」をやるべきか!?
「二兎を追うもの一兎も得ず」でしょうか!?

カキコにも書きましたがスペイン語の映画を3本(2.5かな)見たけど思った以上に
理解できてしまった俺って前世は「スペイン人」かもしれない!?
これからは俺のことbaysunでなくて「Jose」(ホセ)と呼んでね(笑)
「Me llamo Jose, Jose Baysun.」(risa!!)


日記も今日はじめてXPパソコンからアップしてみました。

「月刊baysun」よろしくお願いいたします。。。。(苦笑)


2011年08月04日 木曜日 22:44:13
    ・・・エロ センサー(笑)・・・
今日は何となく動きが鈍い朝の始まりでした
外は曇りだったので朝食のあとに 最近また伸び伸びしてきた雑草を
草刈りしようと思って食事の支度してゆっくり食べていました。

ふと庭側の音楽部屋の窓から外をみると見慣れない工務店?の
ワンボックスが駐車場をふさいで停まっていました。
???と観察してみるとアパートの管理会社のメンテナンスのようでした

30歳くらいの男性が作業服を着て素手で雑草を抜いていました

あらららっ、俺の楽しみを取っちゃって(笑)
でもアパートの敷地の公共部分だけの掃除なので自分の庭の中までは
除草はしていません

食事をすませ食器を洗ってから準備をしようと思っていたら
とつぜんの大雨が降ってきちゃいました。
いともたやすく「草刈り中止」←親父の「伊東行き中止!!」に さも似たり(爆)

びしょぬれの草刈りも嫌なので すこしウダウダ気味に時間をすごし
ネットのチェックを済ませました

デスクワークでもしようか!?と考えていましたが すこし身体が
軽い感じになったのでトレーニングの支度をして駅に向かいました。


原宿まで行くのが何か面倒な気分だったので大塚へ向かってみました
今日は「脚+上腕二頭筋」のトレーニングメニューですが
このところ「お腹」と「腰」に違和感があり軽いメニューでトレーニング終了。


大塚から池袋までは「山手線で一駅」ですが 時間や体力に余裕があれば
「サンシャイン・シティー」経由で歩いて池袋までいくことも しばしばです。
所要時間にして「30分弱」くらいかなぁ!?

大塚からJRの高架陸橋を越えて豊島郵便局の横を通りサンシャイン→池袋。

JRの陸橋脇には「逆さクラゲ」(ラブホテル)があります。
大塚駅周りは「風俗」やら「ホテル」が乱立してる感じもありますが、、、

 ↑ そのホテルの横の信号を渡ろうとしていたら正面玄関から
(横には目立たない入り口もあるのですが、、、)堂々と男女が出て参りました。

その組み合わせが気になり突然、探偵ベイサンに変身です(笑)

男性「グレーのハンチングからはハゲ頭が見える60才くらい」
女性「ロング金髪に染めた日本人!?サングラスでスタイルはグット!!25才くらい」

これって恋人同士には決してみえない俺の洞察。
そこで二つの推理

@ホテトル嬢とお客さん
Aキャバクラのお姉さんと同伴のおじさん
さて「♪ファイナル・アンサー!?」


不思議な組み合わせを目撃した俺は ここには書けないような
妄想を膨らませながら←(妄想だけぇっ!?)サンシャインを目指しました(笑)



サンシャインの中にはマックやバーガーキングなどのファースト・フードや
いろいろな飲食店があります。

今年の冬に見つけたというか気が付いた店があり時どき利用しています
「イタリアントマト」の系列で安くてまぁまぁ美味しい!!(微笑)

夕方18時までは夏限定で「グラス生ビール」が200円とお得!!
そんなお得メニューと比較的ヘルシーなツマミを頼みながら一息。

ガラス窓越しの席はサンシャインシティーから出てくる人が見渡せる
そんな中、若い女の子が目の前を通過←←←←←←←←「俺の視線」

ミニのワンピースの素材がヒラヒラしていたのですが 彼女自身の持っていた
手提げと紙袋で「右うしろの裾」がほぼ「全めくれ上がり」
気が付かないでズーッと歩いていく。

右のお尻のほぼ90%くらいが「生しり」でみえちゃってるぅー。。。
たぶん「Tバック」履いているらしいので下着らしい切れ端も何も見えず
ホントに大胆なカット!!

追いかけていって教えてあげるのも 難しいシチュエーションであります。

「ファスナー」が下りてたり「ボタン」が外れていても同性同士でも
なかなか教えにくいものですからね!?


彼女はサンシャイン付近の男性達に「夢と希望」を与えながら
東急ハンズのほうへと颯爽と歩いていきました。


挙動不審でキョロキョロしているといろいろな光景に出くわすことができます(笑)

俺の頭の中はいつになったら「エロエロ・センサー」が働かなくなるのでしょう!?
だれか俺のセンサーの電池を抜いてください!!(苦笑)


2011年08月04日 木曜日 0:45:31
    ・・・昼下がりのできごと・・・
「イタリア食堂」と銘打ったファミレス・イタリアンな「オリーブの丘」という
お店に入る機会がありました。

値段は「サイゼリアなみ」だけど店舗のつくりは業態をかえて
内装はそのまま居抜きで使用した感じで もともとは「ロイヤルホスト」っぽい
シートやテーブルのつくりも広々としているので 値段とは反比例して
くつろげるお店でした。


家族連れも多かった店内ですが 年配の女性のグループも沢山いました
二つ隣りの席にすわった60歳くらいの女性ふたりの会話がきになりました

というのも一人の「話し手」の女性が声が大きくしかも話す割合が8割くらい!!

探偵ベイサンの耳はダンボになりました(笑)

「わたしの人生 これからだから!!」→かなりなポジティブ・シンキングであります。
きっと「波乱万丈」な人生を過ごしてきたのでしょう!?

途中から人生観の話から男性の話に変わっていきました、、、
すると山本譲二さんの「♪みちのく一人旅」の歌詞のように
「自分が最後の女だから」と大胆発言。。。

そこで俺は考えました。
たしかに、この女性の「パートナーな男性」なら60数歳と推測すると
男性としての能力も次の機会には「おとこ」を真っ当できないかも、、、

諸所もろもろ含めて、この女性のお相手は「彼女が最後」なのかもしれませんね!?

でも言っている女性本人は「やる気満々」なパワフルな方でありました。
体格も引退したての関取くらいはあったかも!?
「現役」を暗示する話しッぷりには「脱帽」でありました。


けっしてイヤミな感じや高慢な感じもない人なのですが
話し声の大きさと「内容」がファミレスには ふさわしくないのは否めませんでしたが。

「壁に耳あり 兵隊アリ」???

自慢話をするときは「ロケーション」に注意しましょうね!?(苦笑)


そんな「日記ねた」を提供してくれたレストラン。
値段を考えると「お味」はお得なお店であります。。。ただしファミレスですけどね。(微笑)


さて会計をと思い 出口近くのレジに進みました。
伝票に示された値段に「おつり」がキレイに返ってくるように端数の「333えん」をつけて
お札と一緒に渡しました

俺がレジのお姉さんに「中途半端に端数を払っちゃったかなぁ!?」というと
「いいえ大丈夫ですよ!!」と快く返事をしてくれました。

もらったお釣りが「555えん」→俺は「5が三つきれいに並びましたね」というと
レシートとお釣りを渡してくれる時に「なにか良いことありますよ!!」と
ひとこと添えて渡してくれました。


たわいの無い一言に「また来よ!!」とおもう単純明快な俺の心でありました。




話がズぅーっと飛びますが、、、
去年の鈴鹿F1に行ったときの話になります。


ほぼ毎年 鈴鹿へは「高速バス」を使っていきます。
最寄駅の「白子駅」へは朝の5−6時に到着する便です。

そこからサーキットへのピストンバスで20分くらいでサーキットのバスターミナルへ、、、
7時過ぎくらいには第一ゲート(サーキットゲートの手前の遊園地内)が開きます。

鈴鹿の10月の早朝は寒いので毎年、園内のコーヒーショップで「挽いたコーヒー」を
買って暖をとりリラックスする俺。

園内の飲食店や売店は8時のオープンに向けて準備中です。
いつものコーヒーショップの近くへ行きましたが店のカウンターは窓が閉まっていました

そとでイスとテーブルを掃除する人しか居ないのであきらめかけました
すると売店の脇から若いお兄さんが出てきたので無理を承知で
「コーヒーなんてまだ販売していませんよね!?」とたずねました。

「はいまだ準備してないですが、少し待っていただければご用意いたします!!」と言ってくれました
「ありがとうございます。では待たせてもらいます!!」そう告げると
まだまだ販売開始には30分以上もあるのに すぐにコーヒーサーバーのスイッチをいれて
マメを挽いてマシンに入れる様子がガラス越しにみえました!!

ファーストフードやファミレスのサービスでいつもあきれている俺だったので
この対応には頭が下がりました。
自分が彼だったら同じ対応ができたかなぁ!?
「もう少々 お待ちください」と言ってしまったかなぁ!?

彼はこの日だけでなく いつもいつでも素敵な接客サービスが出来ているのだろうなぁ!?と
「ことばひとつ」「マニュアル漬けでない」こんな対応が世の中を「微笑みいっぱい」に
できるんだろうねぇ!!??

「大人だね」とか「大人の対応」というと ちょっと裏の考えもあるのですが、、、
「スマート」な対応、「ひと呼吸」で救われることも沢山あるんだね。





    ・・・前倒しのお盆。。。・・・
母方の義理のオバさんが手術入院したので両親に頼まれて伊東へ日帰りで
行ってまいりました。

母や父の病気、通院のこともあり 今週を外すとまた行くタイミングがなくなったり
お盆前後では車の移動は厳しいので火曜日の早朝から日帰りでいってまいりました

前日(月曜)のよるに両親宅に泊まり火曜日早く出かける約束で行ったのですが
月曜の深夜に伊豆で震度5の地震があり夜中に親子3人で飛び起き
テレビの情報を確認しました。
「伊豆市震度5」、、、それ見た父が「明日は中止だ!!」とつぶやきました。

それなりに段取りして用意して行った俺なのに一言「中止」は何なんだぁ!?
父は沢山の命に関わる病気をしてきましたが そのたびに「俺は歳だから関係ない」とか
「もう直ぐ死んでしまう」とか言ってる割に 地震が来ると準備万端の用意や
災害や原発の件でも「俺は死んじまうから関係ない」とか地下鉄サリン事件以降は
絶対に「地下鉄」に乗らないとか、、、つまりようは「長生きしたい」のでありました(苦笑)


父の「中止」という言葉は黙殺して首尾よく伊東に向かいました。

「墓参り・4箇所」「親戚周り・3箇所」「義理の兄貴と食事」「オバさんの病気見舞い」と
ハードなスケジュールをこなし 最後にミニのセンセにご挨拶をして
お盆までの「先取りスケジュール」をつつがなく済ませてまいりました。


最近 「冠婚葬祭」のなかでは「葬」がらみなことばかりで伊東に行っているので
なかなかユックリできませんが「ひま」「金」がなくても行かないと「次」がいつか!?わからないし。

「3/11」以降の自分が「やれることは今やろう主義」に変わり
自分の主義主張も少し「拡大解釈」して自由に(←いままでも充分自由だっろ!?)
生きることに路線変更なのでありました。





ノルウェーの原子力発電の話で、、、
「10万年後の人類に核廃棄物の存在を知らせる手立て」が「絵」だってのに
納得するやら笑えるやら・・・

でもその1国以外 廃棄施設を建設中の国は無いと、、、、
日本は「地震」「火山」があるから建設は不可だとか、、、

4000年まえのピラミッドの「建設理由」の確かなことも分かっていないらしい
「墓」といってますが、、、

だから10万年後に人類が生きていたとしてもインフォメーションは文字では
難しいから「絵」なんだって。。。


俺もこの日記は文字でなく「絵」に方針転換しましょうか!?
絵心のない俺には「無理無理」(自爆)

自分を生きよう。いまの自分。