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a  voy a  ↓           u
y  Gibraltar            n


     

つれづれ日記から「アルヘシラス→ジブラルタール」のレポート 貼り付けました!!(微笑)

2011年12月17日 土曜日 2:36:56

    ・・・スペインの「教育・文化・娯楽」・・・
12月の初頭に市ヶ谷にあるセルバンテス文化センターにてイベントがありました
1週間くらいの日程で芸術や文化などの催しものが開催されました

そのなかで池川兄弟によるフラメンコ演奏も組まれていました
ネットで無料予約の番号をゲットし行ってまいりました。

ライブの前に音楽大学の講師による「フラメンコ音楽の歴史」のたいへん貴重で
睡魔がおそってくるような穏やかな講義が30分ほどあり(笑)そのあと
何とスペインの至宝フラメンコ・ギタリスタ「パコデルシア」のドキュメント映画が上映されました。

本名は「Francisco Sanchez Gomes」(フランシスコ サンチェス ゴメス)というのをはじめて知りまた。
出身地は「Algeciras」(アルヘシラス)
スペインのアンダルシア地方の南、アフリカ大陸に程近い漁村の町であります。

「ジブラルタル海峡」を観るのが旅行の目的の一つだった為、近隣の町アルヘシラスには2泊した俺です
宿も予約しないままアルヘシラスに入り(ユースホステルのない町)飛び込みで

ホテルに入り「シャワー付き・トイレ別」(←安ホテルはこのパターンが普通)
アルヘシラスの宿「GONZALEZ HOTEL」(ゴンサレスオテル)は
1泊16ユーロと都会のユースホステルより安いくらいの値段
食事はつきませんが2−3分歩けば「メルカド」(市場)があり野菜、果物、魚、肉など手に入り
すべて、その朝 採れたものが並んでいて観て回るだけで楽しかったりします。


ジブラルタル」の町はスペインの最南端に位置しますが実は「イギリス領」です。
鉄道はつながっていないので手前の町「アルヘシラス」で宿泊し1日はジブラルタル観光にあてました

話が、とっ散らかりはじめましたが(笑) パコデルシアがアルヘシラスの出身だという知識が
その時あれば地元の「タブラオ」(フラメンコ酒場)さがしてライブを観たかったのに、、、と。
でも頑張って また行けばいいんだけどね!!

アルヘシラスの港へも近いロケーションのホテルですから歩いて散歩に行ってみました。
岸壁につながれた漁船は日本の港の風景にソックリでした。
アルヘシラスの漁師さんがいなければホンとに・・・おなじ。

自然に近い物事って世界中「共通」なものがたくさんあるんだって驚いてしまった
係留した船のすぐ近くの岸には「魚網」を広げて「ほころび」を縫っている老齢の漁師さんの姿も。
これまた地元の伊東の海でみていた風景と然も似たり(微笑)


鉄道はアルヘシラスまでで その先 南に下るにはバスしかありません
実質のスペイン最南端の町「La Linea」までは約40分のバスの旅
降りて数分ほど歩くと「国境」といってもゲート・ボックスがあり流れにのって
係官にパスポートを見せるだけで通過していくので自分も係官にパスポートを見せて
通過しようとしたら「STOP」と英語で制止される?!?!?

「VISA印」が無いぞ!!と申しておる。。。
マドリッドでイミグレーション通過してるから押して有るはずなのに!?

一度 パスポートを受け取り見ると「成田出国」のスタンプはあるが次に
スペイン入国のハンコが無い・・・一瞬ひきつる俺(苦笑)
最初のページから一枚ずつ落ち着いて開いていくと真ん中辺のとんでもないページに
スペイン入国のスタンプが見つかった。

係員も苦笑いしながら「OK」と通してくれたけど やっぱり日焼けした「怪しい東洋人」に
観られたようでありました。


ゲート通過するとジブラルタルの空港内を通るピストンバスに乗る
飛行場の滑走路の一部を通過する「路線バス」ってありかぁ!?

2ユーロでジブラルタルの街中まで数分で運んでくれる
バス停を降りると広場には観光の「ガラス細工工房」や土産屋やカフェが立ち並ぶ

10数分歩いて町並みを抜けるとアフリカ大陸が一望できる「ターリクの山」がある
標高400数十メートルの岩山はロープーウェイのある斜面はそこそこだけど
反対側は ほぼ垂直の断崖絶壁なのです。

とりあえずロープーウェイ乗り場にならび往復チケットを買い並ぶこと20分
数分間の旅で頂上の展望台へ、、、、
南北にのびた岩山は3つ山頂点
をもち その真ん中に展望台があり
雲のかかった南側には確かに黒い大地が見える
島のようにもみえるが それがアフリカ大陸なのでありました

50Kmくらいというから多分 伊豆から大島までくらいでしょうかね!?


なぜジブラルタルに来たか!?その理由はジーン・ケリーの
映画「巴里のアメリカ人」の挿入歌♪Our love is here to stay♪にあります。
セーヌ川のほとりで叶わぬ恋に悲しみを募らせる二人
そのときジーン・ケリーは唄います。
その詩の一説にこんな歌詞があります

In time the Rockies may crumble, Gibralter may tumble,
they're only made of clay
But our love is here to stay
ロッキー山脈が崩れたり、ジブラルタルが海に崩れ落ちたとしても、
もとがどんなに大きなものでも所詮は土。私たちの愛はそれとは違って
永遠に壊れずにここにある」
意訳

映画を観たり 自分がいたバンドで「フォー・フレッシュメン」の唄う♪Our love is here to stay♪を
コーラスでやっていたこともあり気になっていたのですが 数年前には夢に見たのでした。
笑えるのは夢で見た
ジブラルタル海峡は かなりの渓谷でしたが向こう岸
つまりアフリカ側まで数十メートルくらいのロケーションでした

カラーでみた夢はリアルでしたが距離があまりに近かったので目が覚めてから
笑っている自分に「笑っちゃいました」


展望台からは遊歩道が何本かひろがっていました
下のロープーウェイ乗り場に下りる道
さらに南側の頂に向かう道、、、→そちらに歩き始めるとジブラルタルの守り神的な
存在のサルたちが路上やら岩場の上にいました

餌をねだるサルや人間など興味ないといった感じで昼寝するサルなどさまざま。
そんなサルたちを横目にさらに南に歩きました。

遊歩道の10数メートルくらい上の岩場に白人の男女と別の男性の3人くらいが座っていました
その岩場の反対側(東側)は断崖絶壁です
展望台は頑固なコンクリートの手すり壁で囲われていましたが この辺はさえぎるものはありません。

自分もちょっとそこまで登ってみました。
大きな岩の上から下を覗くと まるでビルの屋上から地上をみるような感じ
さらに さえぎるものは何もない・・・

その岩から峰を登っていった、、、すでに遊歩道からは50メートルくらい上まで登る
そこには先ほどの観光客はおろかサルも登ってこない岩場
角度にしたら60度くらい もう這いつくばって よじ登る俺。

「そこに山があるから登る」という 訳のわからない衝動にかられ
とにかく一番 高い場所まで30分くらいかけて よじ登ってみた!!

その岩の頂から這いつくばるように恐る恐る東側の崖をのぞいてみたぁ〜〜
やばい。。。絶壁400メートル超え。。。落ちたら天国。。。
まわりには誰もサルもいない。

落ちたら いつ発見されるかもわかんないっ!!
変な怖さと快感のハザマで興奮気味。
ビビリながら写真と動画を撮って下り始めるけど くだりの方が怖かったりして(苦笑)


もう何をするのも深く考えずに思うままに行動し始めていた俺。
その頂のさらに南にも少し低い頂がある
とりあえず一番高いところは制覇したけど その南の頂点の場所には
なにか施設が建っているので気になった。。。

いったん遊歩道にもどり また獣道みたいな藪の中を建物めざして歩き始めたが
「イガイガ」のある雑木林で足元も落ち葉で沈んでしまうし、、、さらに急勾配
40-50メートルのぼると突然 10メートルくらいの城壁のような石垣が現れた

最初の段の2-3メートルは よじ登ったけど あとの5メートルくらいは石垣でなく
コンクリートを塗った感じで掴むところがない、、、
雨トイみたいなパイプが降りていたのでそこをよじ登ろうとしたけど
体重ささえるほど丈夫でなさそなのと その壁の上には鉄条網みたいのが張ってあるので
突破して「大事」になっては不味いとおもい40-50メートル戻り いったん遊歩道をくだり
南に行ってみるとその先は 遠回りにはなっていたけど普通に 先ほどの建物の正面に
つながつていたのでした(笑)

そこはイギリス軍の観測所となっていました
それ以上は敷地に入れないので建物を東に迂回すると断崖の側を「つづら折れ」の
急階段が設けられていました
これも階段とはいえ降り60度くらいの造り。

東側遥か下方には海岸沿いに道路が見えたので きっとそこまでつながっている!?と思い
下り始めてみました。
20分くらいすると少しだけ緩やかな階段になりました

階段の折り返し場所に何やら看板が・・・そこには写真も何枚か。。。
「植物」「野鳥」、、、など   そして「タランチュラ」みたいな大蜘蛛の写真も!!
ええっ!! 特別な植物、動物に混じってこの辺りにはこんな蜘蛛がいるのかぁっ!?

だいぶ写真でビビってしまったけど引き返すにはもう30分近く降りてるから
登りだと1時間くらいはかかる気がして 結局 小走りに降りだす(笑)

もうそこに海岸線が見えるころ 道は下りからなだらかに南側に向いて海岸線と遠ざかる。
カモメがたくさん上を飛んでいる←コンドルでなくて良かった(笑)
たぶんイワシみたいな小魚が岸辺に集まっているんだろうなぁ!?

カモメに導かれるように南へ南へ、、、、南端では何か大きな施設の大工事中
作業のトラックがたくさん見えた。

ゆるやかに南へと進むと みかん畑みたいな段々畑を抜けてやっと車道へ
下り始めて小1時間。。。ふぅ♪


10月の終わりだというのにアンダルシアの陽射しに、みちみちTシャツも脱いで
上半身はだか で歩いてたけどさすがにTシャツを着て歩き始めると
イギリス領事館のゲート前に出たらしい。
制服を着たイギリス人がミョ〜な顔して俺をみてるけど 特に質問など受けなかった

その辺りで緊張も解け一休みしていると反対側から白人青年が歩いてきた
「どこかで会ったなぁ!?」と俺
記憶をたどると。。。ロープーウェイで並んでから展望台まで同じ流れで会った青年でした。

彼も憶えていてくれたらしく お互い挨拶し「どうしたの!?」みたいな会話をする
「俺、反対の崖から下ってきたよ。この先は見るとこ無いよ!!」と告げると
彼はロープーウェイ側の緩やかな遊歩道を降りて南にやって来たと言う

それなら これ戻れば普通に街に戻れるとわかり二人で一緒に街へ歩いた
彼はカナダからきているといっていた。

俺は町に入って直ぐに絵葉書を買って何枚か日本に送った
郵便局に入り切手を買おうと思ったら「ここではユーロは使えないジブラルタル・ポンドが必要」という
仕方なく民芸品屋で買い物してポンドをつくり切手を買った、、、、

彼が郵便局をみつけ「はがきを出すから待ってて!!」というので「ユーロ使えないよ!!」というと
なんでという顔をした、、、「俺 おつりのポンドもってるから切手代あげるよ」と
どうせスペインでは使えない小銭をあげた。

広場にもどりカフェでしばし「これからどうするの!?」みたいな会話をしひとやすみ。
俺はアルヘシラスへもどるバスの時間もあるので その旨つたえると彼は
「まだ見たい場所があるから僕はアッチヘ」と別れを告げた。


文法間違いの英語でも通じればOK(笑)
ジブラルタル探検は旅の中では「スリルとサスペンスとインターナショナル」な一日となりました(微笑)

そういえば「革製品」がこの街の特産でしょうか!?
洋服屋の店頭ショーケースにはバイク用の「革つなぎスーツ」が何店舗か飾ってありましたが
安いのですが よくよくみると「バッタモン」、、、「YAMAHA」のロゴが大きく入っているけど
なんか文字の質感が安っぽい(笑)

バッタでも安いから買っても良かったけど旅の途中で革つなぎスーツはお荷物ですからね、、、



さあてセルバンテス文化センター→パコデルシア→アルヘシラス→ジブラルタル→「どこへ行くの!?」(苦笑)
でもってパコデルシアの生い立ちもさることながら「カマロン」というフラメンコの歌手存在を
セルバンテス文化センターの映画で知り 気になり映画鑑賞の帰宅後 you-tubeで見つけてみた

パコデルシアとカマロンは蜜月の中で惹かれ合い活動していたけど
46才の若さでカマロンは他界してしまったのでした。
カマロンの分まで頑張って 未だ進化し続けるパコデルシア!!

映画は2002年の製作でしたが次にパコデルシア氏が来日したら絶対 観にいこうと誓う俺でした(微笑)


そして やっと「池川兄弟ライブ」のステージの話となりました(苦笑)
お客様はフラメンコつながり、というよりもスペイン文化つながりのお客様が多く
いつものフラメンコショーやギターライブとは空気感が違いました。

さらに「天才パコデルシア」の映画のあとですから池川せんせも緊張気味
シーンとした中ステージ登場です。
「映画とはいえパコデルシアが前座で僕たちが『トリ』ですからねぇ!!」と笑いをとります。

1曲目が終わるころには観客も「池川兄弟」もリラックスしはじめ和やかな空気に変わりました
さらに池川兄さんの喋りがお客さんを和ませいつものライブ感ですすみます。

曲の途中で「♪オーレ♪」の掛け声をお客さんに参加してもらうと一体感もまします。

最後はオリジナル曲とアンコール曲でフラメンコな夜は幕をとじました(微笑)



そうだロープーウェイ往復買ったのに「のぼり片道」しか利用しないで損したの思い出した(笑)
長々 最後まで読破ありがとう!!

注※セルバンテス文化センターは1991年にスペイン政府により設立されました。
現在、スペイン語の振興と教育、そしてスペイン及びスペイン語圏文化の普及に努めています。
本部はマドリードおよび作家ミゲル・デ・セルバンテスの生誕地
アルカラ・デ・エナーレス(マドリード自治州)に置かれています