ネイティブアメリカン同様、ステッチ名の起源に関連しているアフリカ。
主に、西と南アフリカに住む部族の間に色々なビーズワークをみることができます。
アフリカで、現在見られるようなシードビーズを用いたビーズワークが作られ始めたのはそれほど昔ではありません。
それ以前はダチョウの卵の殻、貝殻、ライオンなど動物の牙や骨、木の実や石などの天然素材が主体でした。メタルビーズも使われていたようです。
しかし、紀元前200年ごろから、多からずガラスビーズも存在してました。
アラブの商人(主にフェニキア人)によってインドから運ばれたガラスビーズがアフリカの西側の海岸で見つかっているそうです。
17世紀になってヨーロッパ諸国がアフリカに東インド会社を設立したことから、今度はヨーロッパのガラスビーズも使われるようになります。。
このようなビーズは"Trade-wind beads"と呼ばれ貴重品でしたので、もっぱら部族長など位の高い人のみの手に渡っていたようです。
ガラスビーズが一般の人たちの手に入り始めたのは、18世紀後半から19世紀初めになってからのこと。ヨーロッパで大量生産されるようになってからです。
こうしてビーズはヨーロッパ人によって海路経由で持ち込まれました。貿易商や宣教師などからアフリカの人たちのもとへ届いたそうです。
ビーズワークの年代の見分け方は、ビーズを通している糸(紐)から大抵は判明するそうです。
コットンなどを用いず、食物繊維をねじった糸や動物の腱、薄い皮ひもなどを用いているものは第二次世界大戦以前のものだそうです。
伝統的に重要視されてきた色は白・赤・黒(または濃紺)。これは多くの部族で共通しており、色のもつ意味も似ています。
部族によって多少の差異はありますが、
白は清らかさや神などを意味することが多く、赤は血から転じて人生や若さ、または先祖を暗示、そして黒は雨(黒い雨雲から連想)や成熟さ、豊かさ、ゆえに神を意味する場合もあります。
ビーズが使われるようになる以前のこの3色の使われ方は、白は貝殻やダチョウの卵の殻などで、黒は鉄製のビーズ玉で装飾品を。
赤は赤土に動物の油や水を混ぜて、儀式の際に体にペインティングされていました。
長年ヨーロッパの植民地として、理不尽で過酷な環境を強いられてきたアフリカの人々。
部族によっては、ビーズを用いた装飾品は社会に不可欠なものになっていきます。
儀式や日常の衣装、装飾品としてだけでなく、社会的地位や身分を示す役割、教育手段、コミュニケーションの手段として使われています。
ビーズの作り手は女性である場合が多いです。年配の者から若い人へと部族に伝わるテクニックが教えられます。
これは収入源となる職業技術の教育だけでなく、社会教育の一端も担っているそうです。
近代化の波とともに、アフリカでも伝統的なビーズワークは衰退し、身につける機会も儀式などの限られた場面だけになっているそうです。
その一方で観光客向けの商品は収入源になっているため、現代風にアレンジされたビーズアートも生まれているそうです。
以下に私が興味をもったビーズワークをもつNdebele、Zulu、Xhosa、Maasai、Dinka、Yorubaについて少し詳細を書いていきます。
■Ndebele
Ndebeleは、南アフリカの北に位置するTransvaalという地域に住んでいます。Zulu、XhosaとともにNguniというBantu語の言語グループに属しており、南北に分けられたサブグループの北グループに属します。
彼らの町に行くと、家の壁もビーズワークに用いられている幾何学模様と同じデザインが描かれています。
そしてこの壁塗りもビーズワーク同様、女性の仕事だそうです。
ビーズワークは老若男女問わず身につけ、昔は個人や家族の社会的地位を示す役割を果たしていました。
Ndebeleのビーズワークの特徴は、白をベースにカラフルな幾何学模様のデザイン。
彼らのビーズワークもとても豊富でエプロン 、ケープ、スカート、ネックレス、人形など色々な物が作られています。
エプロンなど大判のものには、ネイティブインディアンなどもよく使うレイジーステッチが使われます。
Nyoga(またはNyoka)と呼ばれる長方形の長いケープなどには、ヘリンボーンステッチが使われるそうです。
このケープは花嫁さんがつける首からケープで、幅は10cm前後〜20cmぐらい、長さは1M前後の長さがあるそうです。
またNyokaとは蛇を意味し、ケープが引きづられる様子がちょうど蛇が動いているのに似ているそうです。
女性が身につけるエプロンは、身につけている人の立場によって名前も形も異なります。
例えば、Ghabi(Igabi)は小さい子供用。Pepetu(Isiphephetu)は若い未婚女性用。
Mapoto(またはAmaphotho)は既婚女性用。Jocolo(Itshogolo)は結婚式用など。
ビーズや糸が一般の人たちにも身近なものとなる前の1940年代までは、
20世紀初め頃までのビーズワークに使われる色はほとんど白ばかりで、
デザインもアクセント程度に赤や青のビーズでシンプルな模様が用いられるだけでした。
現在見られる色彩豊かな幾何学模様のデザインは、家の壁や庭の塀をペイントしたことから始まりました。
きっかけは、彼らのアイデンティティが脅かされたことからだそうです。
それが、第二次世界大戦後からビーズワークのデザインにも使われるようになったそうです。
また首や手足、腰につける太い円柱状のビーズワークisigolwanaがユニークです。これは男性も身につけます。
この輪の幅は12cmぐらいあります。しかし、1930年代までは2〜4cmと狭かったそうです。
金属製のコイルとともに着けるようになったのも近年になってからということです。
そして、このビーズワークはその人のもつ健康さや美しさを表しているそうです。
■Zulu
Zuluは、南アフリカのKwaZulu−Natal州に住んでいます。そしてNdebeleと同じくNguniの北グループに属します。アフリカで、もっとも多くのビーズワークの種類をもつのがこの部族だそうです。
ビーズは様々な装身具に用いられ、1950年代のビーズ輸入量は年間40トンにも及んでいたそうでず。
ビーズが入ってきたことで、部族長など高位の人たちの装身具は真鍮製からビーズへと代わり、
一般の人たちの装身具も天然素材のものからビーズへと代わっていきました。
Zuluのビーズワークで興味深いのが、「Zulu Love Letter」に代表されるようなものがコミュニケーションの一手段として重要な役割を果たしてきたことです。
若い女性は首からさげるポーチのようなビーズワーク(代表的なのはIBEQE)に自分の想いを表現し、好きな男性にプレゼントします。
各色、色の組み合わせ、デザインによって決まった意味があるそうで、文字のような役割を果たすのです。
例えば、白と青のビーズでストライプを作った場合、「ずっと一緒にいてね」を意味するそうです。
何人の女性から受け取ってもよいそうで、多く首からさげている男性ほどモテる!とひと目で分かるわけです。
また、一つも身に着けてないのが恥ずかしい・・・という少年は、男性がビーズ作業は禁じられているので、
仕方なしに姉妹など身内の女性に頼んで作ってもらう・・・なんてこともあるそうです。
これが正式に婚約すると、ucuと呼ばれるネックレスのようなものを二人は身につけます。
このネックレスは、婚約期間の交渉の過程を示すように出来ているそうです。
婚約期間が終わり、正式に結婚、出産などになるとその都度別種の装身具を着けるのです。
このように、年齢や現在の立場、状況などをビーズワークをとおして示すようになっています。
観光名物にもなっている車夫(下記の「アフリカのビーズワークが見られるサイト」をチェックしてください。)のビーズで作られた衣装ですが、
これはZuluの伝統的なデザインとはほとんど関連性がないそうです。
それにしても、これだけの衣装を身につけて、人を乗せた車を引くって凄いですよね。
[ ビーズカラーの意味 ]
それぞれの色にはポジティブ・ネガティブな二つの意味を含んでいます(白は例外)。
これらの色が図形と組み合わされることで、意思が表現されます。
(『Beads and Beadwork of East and South Afirca.』「Eloquent Elegance Beadwork in the ZULU cultural tradition.」 参照)
| ポジティブ | ネガティブ | |
| 白 | 清純、潔白、真実 | (なし) |
| 黒 | 結婚(結婚式で黒のスカートを着るそうです) | 嘆き、絶望、死 |
| 赤 | 情熱的な愛、血 | 怒り、痛み、いらだち |
| 青 | 忠誠、忠実な愛、依頼、海、空 | よこしまな心、弱さ |
| 緑 | 草原、農場、安らぎ、家庭円満 | 病気、論争 |
| 黄 | 財産、家庭、肥沃(牛の肥料の意から) | 渇望、不運、乱用 |
| ピンク | 誓い、子沢山 | 困窮、怠慢 |
■Xhosa
Xhosaは南アフリカのイースタンケープ州に住んでいます。そしてNguniの南グループに属します。
この部族はバンツー語族(NdebeleやZuluなど)の中で最初にオランダ人移民と接触をもった部族ゆえ、Zuluに次いで多彩なビーズワークがあります。
XhosaとZuluは隣接する地域に住んでいます。そのためか、二つの部族のビーズワークには似ている点が時々見られます。
また、Zuluの「Love Letter」ではないけれど少女から少年への想いをこめたビーズワークのプレゼントも盛んで、結婚前の女性の方が頻繁にビーズワークをしたそうです。
特徴的なビーズワークはビーズカラー(えりの形をしたネックレス)。
昔は結婚した人だけが身につけることを許されたそうですが、現在では成人した男性なども儀式などの特別な機会では許されているようです。
ビーズカラーはネット編みのものやScallop stitchを用いたものなど色々なデザインがあります。
Scallop stitchはインド西部、アメリカ大陸など他の地域でも使われてきたステッチですが、
この部族の特徴はそれにバリエーションを加え、二重の層をなすステッチを何段もつないでネットカラーを作った点とのことです。
その他にも、エプロンやスカート、ヘアバンド、アンクレットなど、皮や布地に縫いつけるもの、縫いつけないものと色々なビーズワークがあります。
19世紀後半ごろまでの伝統的なビーズワークでは、白ビーズをベースに黒ビーズ(または濃紺)で幾何学模様といったデザインが主流でした。
新しいものには、これらに加えピンク、薄いブルーなどが好んで使われ、模様も幾何学に加えて人間の形なども編みこまれます。
ビーズワークは男性も女性も身につけますが、作り手は女性です。そして社会的立場、財産などを示す役割をします。
Xhosaのビーズドール(Fertility Doll)は黄色や緑のビーズを使って作られることが多いそうです。
黄色は豊かさをひいては繁殖力を意味し、緑は新しい生活を意味するからです。
ビーズドールは少女のお守りのような役割をします。人形が傷つくと自分に子供ができたとき、その子が死んでしまう
部族の人たちにとってビーズワークがどのような重要性をもっているのか・・・を垣間見ることができるような話があります。
Nelson Mandelaは黒人解放運動グループで主要人物となって、オランダからの移民によって組織されるアフリカーナ政府へ平等の権利を主張していました。
1962年に彼は国家反逆の罪で裁判にかけられます。その時、スーツではなくXhosaの伝統的衣装にビーズカラーを身につけて素足で現れたのです。
この行為は自分自身への鼓舞もありますが、その一方で政府への挑戦でもあり部族の強い意志を表明していたのです。
長年の懲役の後、1990年に釈放され、1994年には南アフリカで初めて民衆によって選ばれた初の黒人大統領となりました。
■Massai
Massaiはアフリカ東部のケニアに住む部族。特徴的なビーズワークはワイヤーでつながれたカラフルな色合いの円盤状のネックレスや空中にそびえたつようなイヤリング。
ビーズワークのテクニックはシンプルで、ワイヤーや糸にビーズを通してライン状のデザインを作るものが多いです。これは、皮に縫いつけるようなビーズワークでも同様です。
伝統的に用いられてきた色は、赤、白、黒(または青)。
赤は若さ、ひいては人生を、白は二つのものを結びつける役割を、黒は神につながるような成熟さを意味し、儀式において重要な役割を果たす色からきています。
その後、緑やオレンジ(もしくは黄色)が使われるようになり、青や赤と同様な使われ方をするようになりました。
デザインの特徴は、閉じられていないライン。
(例えば三角形のアウトラインも一辺は描かれずVラインになっていたり、円ではなく半円のラインが使われるなど)
このような特徴が生まれた要因は、この部族がもともと半遊牧民であったことに関連していると推測されています。
半遊牧民ゆえに荷物は最小限にする必要があったため、このような簡潔性がビーズワークにも影響しているのでは・・・という見方。
また、「ラインを閉じない」ということは「空中へと開かれた状態」を意味し、
土地に定着しないこの部族の奔放さの表現であり、神のいる空へのつながりを示すもの・・・などの見方があります。
ビーズワークは老若男女、身分を問わず身に着けられます。
女性は髪の毛を剃ってしまう人が多いので、色彩の鮮やかなネックレスやイヤリングがとても映えます。
また男性の身につけるものは、女性のものよりももっとシンプルなデザインになるそうです。
■Dinka
Dinkaはアフリカ北東部のスーダンに住む部族。特徴的なビーズワークは、糸通ししたストリング状のビーズを幾重にも連ねた衣装(皮や布に縫いつけないで)。
前身ごろと後身ごろにワイヤーの軸があり、その左右にビーズを通した糸を何十段も使ってつなぎ合わせます。
前身ごろのワイヤー部分は、脱ぎ着ができるようにボタンで作られていることもあります。
男性用はコルセットのような形をしており、背面の軸は角のように長くそびえたっています。
女性用は長いベストのような形をしていて、美しいドレープになっています。
使われるビーズの色やデザインは、個人の年齢、属しているグループ、家族の経済力などを示しています。
色の例をあげると、男性の場合初めに着るものは青、15〜25歳は赤と黒、25〜30歳はピンクや薄紫、30歳以上は黄色と黒。
女性の場合は10〜12歳ころから着始めて色は緑や青、10代から20代前半の若い女性は黄色と黒、20代後半は赤、それ以降は黒や濃紺。
この衣装は20世紀後半になり、ビーズが大量に出回るようになってから作られ始めたそうです。
それ以前は、ストリング状になったネックレスや腰巻がこれらの衣装の役割を果たしていたようです。
残念なのは長期に渡る内紛のため、この独創的な衣装は今ではほとんど見られないそうです。
■Yoruba
Yorubaはアフリカ西部のナイジェリア南西部からベナン(Benin)に住む部族。ビーズワークは一般の人たちの日常品ではなく、主に儀式の中で王族や聖職者が身に着ける衣装やアクセサリー、道具などを飾り立てるために使われてきました。
Yorubaにおけるビーズは彼らの宗教的世界観に関係しています。
その世界観とは、現実の世界 (aye)と、先祖や魂、神が存在するもう一つの世界 (orun)から成り立っています。
王はもう一つの世界(orun)の人であり、人々の加護にあたるために現実の世界に存在している人物だと考えられています。
このように、王をはじめとする聖職者や占い師など、神聖なるパワーをもった人物だけがビーズを身につけられます。
代表的なビーズワークは王冠。とんがり帽子のような形をしており、鳥や人の顔などがモチーフにされています。
そして帽子のふちには、顔にかかるようすだれ状のベールが付いています。
王は国を治める人としてだけでなく、神と通じた人物として存在しています。
この王冠は神の力を象徴し、不思議なパワーを秘めているものとして考えられています。
鳥のモチーフは、王を守るための女性の力を内包している象徴として用いられます。
人の顔は、初代の王Oduduwaをたたえる意味と、王族の祖先が子孫を見守るという意味をもつそうです。
また、Olokunという海の守護神も意味します。この守護神はビーズ職人にとっても重要で、ビーズを彼らに与えてくれた神と考えられているそうです。
ベールがついている理由は、他の人たちから顔を隠すためだけでなく、王の姿を見るものが顔ではなく王冠に注目するためでもあります。
このような事情から、Yorubaでのビーズの作り手は男性だそうです。
彼らは王族御用達のビーズ職人であり、その技術は親族内で受け継がれていくそうです。
そして現在でも王族のためにビーズワークは行われているそうです。
■アフリカのビーズワークが見られるサイト
他ではあまり売られていないビーズワークがたくさんあり、部族別に分けられて紹介されているので参考になります。
Dinkaの男性用衣装やYorubaのユニークな王冠もあります。
Eloquent Elegance ・・・ リンクになっている項目をクリックすると、Zuluのビーズワークが見れます。
TheBeadsite.com ・・・ Ndebeleのビーズワークが見れます。ドールがとてもかわいいです。
Iziko Museums of Cape Town ・・・ 記事内のリンクがついている単語をクリックしてもらうとNdebelのビーズワークが見れます。住居の写真もあります。
Natalie KnightさんのHP ・・・ Ndebeleの人たちがエプロンやケープを身につけている写真が見れます。
Canadian Museum of civilization ・・・ Massaiのネックレス、Dinkaの女性用衣装がありますので、男性用と比べてみてください。
Galerie Ezakwantu ・・・ Zuluの人たちの昔の写真(ancesterのページ)が見れます。車夫(Rickshasのページ)の衣装もスゴイです。
Exploring Africa ・・・ Yorubaのビーズで作られた王冠が見れます。
The bead museum ・・・ Yorubaの王様が座るビーズで作られた椅子が見れます。