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出産DIARY


                    2004年10月29日 (金曜日) それは突然やって来る〜前半
          
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           出産前日

           妊娠後期に入りお腹はさらに大きくなり、座っていても立っていてもおっぱいの下辺りまで赤ちゃんがつっかえて
           苦しい。たびたび強烈なキックがおっぱい下の肋骨に入る。
           ボコンと赤ちゃんの足らしきものにもお腹の皮膚の上からわかるし、波うつ程の胎動だ。
           食事も一度にたくさんは食べれなくなった。
           臨月あたりになると赤ちゃんも子宮の下に下がり食欲が沸くと言うけど
           そろそろ下がってくるかなあ.....。
           って事で外食もだいぶ減った。それでも外食は私とチャンちにとっては良い刺激になるので
           今晩の夕食は外食に決定。心の中で29日だ、肉の日だ、焼肉か?などと何処へ食べに行こうか
           考えていたら仕事を済ませたチャンちが迎えに来た。
           結局、行き先は新しい住処探しで利用している不動産屋の営業の女子の大お勧めな
           郊外にある無国籍料理っぽいお酒も呑めるらしい店。
           彼女いわく、この店は数年前まで焼肉屋だったらしく数年前から騒動になっている狂牛病の件で
           リニューアルして無国籍料理屋になり、とにかく何でも美味しいという。
           どんなものかと行ってみることに。
           車を走らせ25分くらいでそこに着く。見た目は確かに無国籍っていうかアジアンな感じ。
           店はワンフロア−でバーカウンターもあった。
           床が木材なのだけれど歩くたびに響いてうるさいのが気になる。
           お客の話し声も妙にコダマしてこれもうるさいのでなんだか落ち着かないねえと言いつつ
           メニューを決めた。確かに安いし、生春巻きあったり石焼ビビンバあったり、ロコモコあったりと
           若者に受けそうだ。
           食事メインじゃなくやはり居酒屋って感じだったので私達には期待はずれだった。
           「リピートはなしだねえ。」と早々退散。

           住処に戻りTVを見たり、わりとゆっくり過ごすも徹夜続きのチャンちは眠気いっぱい。
           しかも早朝4時には新潟へ向かう。数日前にあった地震の件で取引のある会社の一泊かけての
           視察だそうだ。
           午後11時。何度も起こすけれど起きたくないチャンち。
           それでもようやく起きて車に乗り込み実家件自宅へ。途中、携帯からの電話でも
           半分眠っている感じ。会話がとんちんかんだ。
           事故など起こさずに戻れと案じつつ携帯を切った。

           そして妊婦の至福の時間のお風呂タイムな私。
           湯船につかるのがなんとも開放感があってお腹の重さも感じずに良い気持ちなのだ。

           ふへ〜〜とゆっくり足を伸ばし思考能力ほぼストップさせて本日も無事過ごせたことに
           やれやれだ。



                     2004年10月30日(土曜日) これがあの産みの苦しさか。
           
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           出産当日

           日付も30日の土曜日に突入した午前0時5分頃、お風呂入りたてホカホカの大玉スイカなんかより
           大きなお腹に妊娠線予防用のマッサージクリームを丁寧にすりこむ。
           妊娠4ヶ月から朝晩これはかかさない。お蔭様でこの予想以上より大きくなったお腹の皮膚に
           妊娠線、いわゆる肉離れはひとつも出来ていない。
           ヘソはこんな形になるのか?って程に居場所を失った感じだけど。

           TVを横目にこのマッサージを終えアデイダスのジャージを履く。
           
           すると、突然。

           「パチン!!!!!」

           と体のどこか(お腹だとわかった)で音がして水(温水みたい)が流れた。
          
           「え?嘘!!!!!!破水??????」

           まだ出産予定日まで一ヶ月もある。

           怖くなりジャージを脱いで妊婦用デカパンをも脱いで確認するとそれはぐっしょりになっていた。
           しかも水に薄められた血液も混ざっている。

           その破水らしきものは止まらず動くとダラダラと流れてくるのがわかる。

           パンツを履き替え生理夜用ナプキンを当てとりあえず母に告げる。
           携帯からチャンちにも電話するけど出ない。眠ってしまっているのか、なんなのか。
           とりあえず留守電を残す。
           チャンちの弟の携帯にも電話するがこちらも出ない。
           みんな、どうしてるんだ、寝てるのかよおおおおおおおおお。泣。

           病院に電話を入れる。看護師が冷静に状況を確認してくる。
           そしてすぐに病院へ来るように言われ母に運転して病院へ連れていってもらうことに。

           入院用バックも用意してあるけど完璧に整ってない。
           ちょっとでも動くと羊水が出てくるのがわかる。

           最後には車の後ろの席で横になっていた。病院へは深夜なら10分で着くだろうに
           とても長く感じた。

           大きな病院のエントランスの緊急用出入り口から入るも、もう自力で歩けない。
           歩けるけど歩くとどんどん羊水が出てきてしまうので
           車椅子にのる。深夜夜勤の緊急窓口の守衛さんが車椅子を押してくれた。

           産み月というか、出産予定日近くだったらこれほどに慌てないけど
           出産までまだあると思っていたのでなんだかとても怖くなる私。

           赤ちゃんは大丈夫なのか、きちんと成長しているのか、健康に産めるのか。。。。。

           すぐに診察。足がすごい勢いで震えだし自分自身がすごい動揺しているのがわかった。
          
           内診。

           「お産になりますね。」 医師

           「え?お腹がまったく痛くないんですけど(陣痛のこと)。」 夏緒

           「子宮口が3.5cmすでに開いているのでだんだんと陣痛も来ますよ。」 医師

           そこへすごい勢いで看護師が

           「それではお産になりますのでオシモを剃らせてもらいますね。」 看護師

           云無も言わないうちに内診台の上に乗ったままジョリジョリと剃られた。
           それもたった数秒の出来事。

           着替えを渡されて陣痛室へ通される。

           今度はなんだか「うん○」がしたくなってきた。なんだ、この感覚。

           「あの〜、私、なんだかうん○がしたいのですけど大丈夫なんでしょうか?」 夏緒

           「大丈夫ですよ、もしお産の時にしたくなったらしちゃってもいいんですよ。」 看護師

           なんだか突然のお産に心がついていかない。
           チャンちにだって連絡つかないし。お産の時はついているって約束したのに。。。。。!

           陣痛室にはカーテン越しに陣痛が始まった妊婦さんがいるらしかった。
           
           「ひひっ、ふ〜」と息遣いが聞こえるし話声も聞こえる。

           私はお腹に赤ちゃんの心音をモニターする機械と陣痛(子宮の収縮)の感覚を図るモニターを
           巻かれて横になる。

           「お腹まだ痛くないのに本当に産めるのか?」

           医師がお腹の赤ちゃんの予想体重をエコーで出す。2300グラム。
           36週の早産でも十分に育つと言われほっとする。

           それにしても来週に色々な検査の予定だったし、しばらくエコーでお腹の赤ちゃんの様子さえ
           見てないのに。

           まだこの辺りでは余裕があって「チャンち」ってなんなんだ!と思っていた私。

           みんな、旦那なりパートナーがついているのにいいいい。
        
           母もいったん私の入院バックに入っていなかったらしいタオル(入れたけど)をとりに
           実家へ戻っていった。

           どのくらいたったのかな、午前3時過ぎ。陣痛はやってきた。
           まだこのくらいだったら我慢出来る。陣痛間隔を測りたくても時計をしていない。
           仕方ないので携帯電話で見るもわからなくなる。
           頭の中では色々を思っていた。
           思いたくない事まで思ったり。

           となりの妊婦さんは陣痛が休憩してしまったりするらしい。
           それでもかなり痛そう。「ひひっふ〜」は聞こえてくるもののイビキまで聞こえる(後ほどわかったけど
           旦那さんが寝てしまったのだそうだ)

           そしていよいよ午前4時近く、なんだよ!チャンちと思う。
           携帯を見ないのかよ!

           母が戻ってきた。どうやらチャンちの会社の前を通ったら既に電気がついていて
           数人がいるもよう。ようするに新潟出発だ。

           母が戻ってきた頃にいきなり、すごい痛みが襲ってくる。
           陣痛間隔なんて何分だかわからない。
           陣痛の合間に助産師さんによって内診。これがめちゃくちゃ痛かった。

           「子宮口7.5cm、もうお産になりますよ。痛いのね、がんばろうね。」 助産師

           その頃、隣の妊婦さんが分娩室へ入っていた。
       
           すごい痛そうな声が聞こえてくる。

           「ひええええ、すごい怖いんですけど。」 陣痛の合間に思う私。

           私の陣痛の痛みもすごみを増す。母が腰をさするもそれがうざったい。
           お尻の穴から何かが出てきちゃいそう。つかイキミたくなるのだ。
           もうすごい痛みだ。

           思わずそのたびに体をよじり手でベッドのパイプを握り締めた。

           助産師さんがやってくる。

           「イキミたくなったっちゃうんです。」 夏緒

           「そんなに我慢しないでその時は「うんっ!」てちょっといきんでいいわよ。」 助産師

           多分、陣痛の間隔はかなり短くなっている。しかもその陣痛が今まで生きてきて味わった事の
           ない程の痛みだ。腰を打ち抜かれる感じ。
           ぐわああああああああああーーーーーーーーーーーんんんn!と腰、尻の穴周辺に
           それはやってくる。お腹は痛くない。とにかく腰、尻そのあたりなのだ。
           「ひひっふ〜」なんてもうやってられない。
         
           恥ずかしいけど唸り声が出てしまう。もうチャンちの事もいい。
           間に合わなくてもいい。そんな事を考える余裕は一ミクロンもなかった。

           すごい痛みの向こうに先程に分娩室に入った妊婦の声がまたもや聞こえる。

           とても苦しそうな唸り声と痛いというのが聞こえる。それとともに赤ちゃんの産声が聞こえた。

           自分自身の痛みのハザマで「あ、生まれた」と思った。

           んがああああ、こっちも生まれそうなのだ。もう本気でイキミたい。

           助産師さんがやってきて、お尻の穴周辺を腕でぎゅううっと押して陣痛の促しを手伝って
           くれる。ふと目を開けるとナース服から手術着に変わっていた。
           もう一度内診するも、陣痛が痛すぎてもうそれ自体は痛くなかった。

           「それでは分娩室へ行きましょうね、次の陣痛が来てからにしようか。」 助産師

           陣痛時はとにかく激痛(激痛って言葉もあってないいない気もする)で動けない。
           陣痛と陣痛の間に会話したり何かを考えたり水を飲んだり動いたりするのだ。

           この時点ではへんな話、お尻の穴に何か大きな物体が挟まっている感覚だった。
           赤ちゃんがぎゅんと子宮の上から下へ降りてきてる証拠だ。

           そして陣痛のハザマに分娩室へ。

           分娩台に上る寸前で陣痛が来た。動けない。それではそれを待ちましょうと
           分娩台につかまりながら陣痛がいくのを待つ。
           そして陣痛が治まった瞬間に分娩台にのぼる。

           のぼった瞬間、またもや陣痛が!ぐわああああああ!

           なるべく声を出したくないなんて夢みたいな事だった。もう声を出さずには我慢が出来ない。

           若い医師(彼は私が妊娠初期の担当だった。たまたま彼が本日の夜勤だ)が4歩くらい離れた
           ところで見守っている。そして3,4人のナース。ひとりの若い助産師さんが
           私のお産をリードする。
           点滴のパックの名前を確認される。

           そしてお産ははじまった。

           つか、なんだ、この突然さは。。。。!

           脇にグリップがついていたのでそれを思いきり握る。

           「もうイキンでいいのですか?」 夏緒

           「陣痛が来たらタイミングでイキンでね。」 助産師

           陣痛が来るとそれは既にMAXであろう痛みの陣痛なので自然といきみたくなるのでタイミングはわかった。

           心の中でイキムってうん○するみたいな感じだよな、きっと。
           ああ、便秘気味なのでイキム感覚はつかめる。

           そしてすっごい陣痛と供に思いきりイキム。

          「○○さん(私の氏)、目を開けてお腹を見る様に。」 助産師

          何度言われても目をつぶってしまう。

          息も苦しい。

          「はっ、はっ、はっ、だよ。がんばってね。もう赤ちゃん降りてきてるよ。見えてきたよ。」 助産師

          「ふんげええええええ!!!!」 夏緒

          「上手ですよ。その調子、がんばってイキもうね。」 助産師、その他ナース

          またもや全身の力をこめてイキム。

          「いたああああああい!!!!ふうううううううええええええ!」 夏緒

          「頭出てきたよ。痛いねえ、痛い場所で止まっちゃったからね。もう一度がんばって。」 助産師

          「いたあああああああ!」夏緒

          「赤ちゃんもがんばってますよ、がんばって!!!」 ナース

          あ、これTVドラマとかで見たシーンだ。妙に冷静に思う私。
          そしてまたもや全身の力をこめてイキムと

          「びーーーーーーーーーん!!!!!!」

          あそこが....あそこがもう縦、横、斜め、全ての方向にこれでもかって伸びてる感じ。
          でもこれ以上伸びませんって感じ。痛いよおお。

          「あ、きっと会陰切開されるんだ、今、されるんだ、怖い。怖い。」 夏緒心の声

          でも医師はまだ3歩離れたところで見守っている。がんばってと言っている。

          「ひえええええ、もうだめ、だめだけどいきもう。ぐえええええええええ!」 夏緒

          「あ、もう赤ちゃん出てきたからね、次の時、がんばっていきんでね。」 助産師

          いんや、これ以上、この痛みはだめだ、もうがんばって今、いきもうと思いきり思いきり
          イキム私。

          助産師さんがまわりのナースに指示を出している。
          ふたりがかりでどうやら私のお腹をぎゅうううっと押している。

          「イキむ時にこのお腹を押されているものを跳ね返す感じで力を入れてね」 助産師

          それが数回繰り返された瞬間。

          「○○さん、下を見て、ほら、ほらちゃんと見て!!!!」 助産師

          そんな余裕のない夏緒

          どぼおおおおーーーーーーー!

          と一気に何かが出た。水の音っていうか。それと共に

          「おんぎゃああああああ!おんぎゃあ!」

          と聞こえ、痛みも消えた。

          「おめでとうございます。男の赤ちゃんですよ、うわ、立派な臍の緒ですよ。」 みんな

          そして胸のところを看護師があけてそこへ赤ちゃんが載せられた。

          「おかあさんよ。」 看護師

          小さなまだ脂肪の様な白いものをちょっとつけた濡れた髪の赤ちゃんが私の胸の上に
          載せられた。暖かい。思ったより重みも感じた。

          でも、ここがTVと違った。感激の涙のはずが私にはもう余裕がなかった。
          うれしいながらもちょっと赤ちゃん、わたしゃ、もう力出ないよ。って感じなのだ。

          しばらくその時間が過ぎ赤ちゃんは産湯と体重を量ったりするようで
          連れていかれた。

         「○○さん、ちょっと気持ち悪いかもしれないけど後産があるからね。」 助産師

         痛いのかなと思ってたらそれは既に済んだようだ。

         次に3,4歩離れてた医師が近づいて来た。

         「会陰も切開しなかったし、切り傷程度しか切れてないけどちょっと縫いますね。」 医師

         「ひえ〜、怖い、あの、麻酔するんですか?」 夏緒

         どうやら私はもう痛いのは簡便なのだ。

         「はい、麻酔しますよ、それがちょっとチクってしますよ。」 医師

         それは痛くなかった。

         そしてその後、お産にかかった時間を算定する。私の破水の時刻を聞かれ
         破水から分娩まで4時間ちょっとってことになった。
         どうやら私は初産婦なのに安産な部類なのだそうだ。
         そして赤ちゃんも2690グラムあり元気で本当によかったと思う。            

         体を拭いてもらってから今度は産後6時間は回復室で休む。
   
         時刻は午前5時を過ぎていた。

         回復室の薄暗い快適なスペースでボーーーっとしているとブルーのニット帽をかぶった
         小さな息子がガラスのベッドに入ってやってきた。
    
         「このコが9ヶ月の間、私のお腹にいたコ。すっごいチャンちに似ているし....」

         医師によると36週なので早産扱いで産まれた時から小児科に入院になるそうだ。
         顔に妙にたくさん生えている銀色の産毛の多さも早産だからだという。
      
         しかし、信じられない、このコがお腹の中にいたとは。
         あと一ヶ月はまだお腹にいる予定だったのに。

         息子を目の前にとても不思議な感覚と時間の流れを感じた。

         そして息子もナースが集中して本日一日は検査やらなんやらになるそうだ。

         残された私。母も実家へ戻り静けさがある。なのになんだか興奮しているの眠れない私。
         するとカーテン越しに話し掛けられる。

         「おめでとうございます。」 知らない女子

         カーテン越しに私の前に出産された方だとわかった。
         お互いに一時間の時差で出産した私達。顔も見れないのにすごい勢いで話をする。

         「痛かったですね。でも自分の出産時よりここで出産の様子と産声を聞いて感動して涙が
          出ちゃいました。」 知らない女子

         彼女いわく、自分の出産時は痛くて余裕なくて感動がなく、出産した後にこの回復室で
         落ち着きを取り戻したら私の出産の様子が聞こえてきたのだそうだ。

         しかも分娩室でも私の陣痛室でのあまりの痛がる様子で追い越される(出産)と思ったのだそうだ。
         彼女は経産婦なのだけれどこの出産ではかなりの時間を要したのだそうだ。
         陣痛が長く18時間くらいかかっているのだそうだ。

         しかし、出産直後の女子は興奮するホルモンが大量に分泌されているのだろう。
         赤ちゃんを産みたて女子はすごい勢いで話す、話すです。
         そして眠らない....
         いつもなら見ず知らずのひとなのだから話さないだろうに
         この時ばかりはカーテン越しにまで話し込むだから。

         そして手元のポーチに入った携帯がブルブルしてこっそり出るとチャンちだった。

         「ど、ど、どうした。。。。さっき留守電聞いてびっくりしちゃったんだけど。」 チャンち

         「もう遅いよ!産まれちゃったよ!」 夏緒

         「なに?!本当かよ!!!!!ごめんーーーー。携帯をボンってぽっけに入れて
          留守電チェックしなかったんだよ、今、新潟へ行く道中の途中だよ。」 チャンち

         この時は既に午前8時。

         時すでに遅し...結局、私はチャンちいないままで産みました。きいいいいいいっ!

         そして本日、後半へ続く。  


                      2004年10月30日(土曜日) 入院生活はじまる
        
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         出産当日後編

         出産後6時間は経過観察なので快復室なのだけれど私の場合、午前5時24分出産なので
         お昼には産婦人科病棟に移れた。お昼ご飯もここでとなった。
         妊娠時は入院の際は個室と思っていたけれど経産婦さんのアドバイス等で
         逆に大部屋の方が勉強にもなるというのでリクエストは出さないでいた。
         ここは総合病院でリスク出産の方とか多いし私の様に30を越えた妊婦も多い。
         若い妊婦はホテル並の設備を備えた個人の産婦人科へ行くひとが多いだろう。
         やはり少子化なのかタイミングなのが大部屋は4人なのだけれどどこも多くて3人だったり
         二人だったり大部屋に一人という部屋も多かった。
         もしかして個室にしないで正解かも。

         この病院はカンガエル−ケア推奨しており、何かない限り完全母乳、母子同室だ。
         なので直接の病室での面会は出来ないでデイルームとかを利用する。
         これが後ほどにとても面倒になった。

         私の通された部屋には既に昨夜、息子さんを産まれた年齢が私に近い女性がいた。

         「よろしくお願いします」と簡単に挨拶。

         そしてランチがやってきた。数年前にこの病院へ一ヶ月入院したことがあったので
         知ってはいたけれど美味しくない食事だ。
         でも病気ではないし、なんたって母乳を製造しなきゃなのでご飯をいつもよりは食べた。
         それとお腹のつかえはもない。(当たり前か)

         ランチ後、ガラスのベッドに入った我が息子がナースに連れられてやってきた。
         早速、母乳を飲ませてくださいと言うのだ。

         ってか、どうやって飲ませるのだ???

         ナース(助産師)が手取り足取り教えてくれる。

         赤ちゃんには乳首の先だけではなく乳輪までを深く吸わせないとお乳は出ずらいのだそうだ。
         そして乳首の先だけ吸わせると乳首に傷がつきやすいのだそうだ。

         しかし助産師はすごい。
  
         だって血のついたナプキンは取り替えてくれるし、血のついたお産用のナプキンまで
         どのくらいの出血があるか調べるために見るし
         お乳まで絞ってくれるし。。。。

         すごい団結力を感じる。今の私にとって助産師はお助けマンだ。

         産まれたての赤ちゃん自身、本能でおっぱいを飲むのは出来るけど
         飲み方はまだまだ下手なのだそうだ。おっぱい飲ませるのが下手な母親とおっぱい飲むのが下手な
         赤ちゃんの組み合わせでは大変。入院中にお勉強なのだそうだ。

         本日はおかあさんの体も出産で疲れているのでほとんどナースステーションで預かってくれる。
         それにしても我がコはよく眠るおとなしいこだ。

         合い向かいのベッドの女子はさすがに3人目の子供ってことで育児慣れをしていて
         もう完璧って感じだった。それに赤ちゃんにも色々を話し掛けている。
       
         私は何かのスポーツの合宿に来た気分になっていた。

         そしてようやく眠ったのは午前0時近くだった。

         その間、何度かチャンちからメールが飛んできて「ごめよ〜、ごめんよ〜」の内容。
         この時は既にやっぱりあとひとりくらい子供が欲しいと思う。(すごいあの痛みを数時間後に忘れかけるホルモン
         も出ている様だ)
         明日か一週間後また産めって言われたらちょっとやだけどね。
         だってやはりチャンちは見るべきだよ、いかに子供を産むってすごい大変か。
         でも立会い分娩はいやだな、良いかなと思ってたけど。

         私の生きてきた中でこの日の私の顔は一番ブスだったと思うし、
         他人にしか見せられないと実感したもの。(他人ならもう会わないだろし)

         夕方、洗面台の鏡を見てびっくりした。瞼と眉毛と眉毛が黒ずんでいた。
         イキミ過ぎて内出血してた。。。。

         大仕事をやり遂げたみたいな充実感を感じつつ興奮して深夜まで眠れなかった。

                          
                        2004年10月31日(日曜日) 息子と父親の初ご対面
        
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        産後一日目  

        規則正しく午前7時半には晩茶が配られ朝食になる。
        今日は子宮収縮状態と浮腫があるかを診察して傷口の状態でシャワーの許可が出る。
        出産前に作家のお産本(よしもとばななさんとか横森理香さんとか)を読みこんでいたので
        出産後はあそこが痛くて座れないとかトイレに間に合わずおしっこをもらすとかかなり壮絶な事が
        書いてあったので実は覚悟していた。
        しかし、やはり私は安産だったのだろう。ドーナッツ座布団がなくても座れるし(そりゃ、少しは
        あそこがずきんとはするけど、我慢する程にも痛まない)
        おしっこだって漏らす感じもしない。
        でも確かに腹筋の筋力がなくなっているのとお尻の穴が痛いのですごーい便秘になっている。
        下剤も処方されているけど効かないし、ふんばれない。
        そのくらいかな、自分の体で困っていることって。

        そして、そして今日から我がコがやってきた。
        退院予定は出産から6日目(初産の場合)なのだけれど、それまでに助産師によって
        赤ちゃんのケアの仕方を徹底的に教わるのだ。
        
        まずは赤ちゃんの命の綱の母乳の飲ませ方。
        とにかくまめに助産師さんが朝から深夜にやってきて色々な飲ませ方を教えてくれるのだ。
        多分、この光景を男子が見たらびっくりだろう。
        ベッドに胡座をかいて子供を抱き、慣れずに不器用に我が子に乳首をふくませる新米母。
        そしてその前には椅子に座り大また開きで助産師(みんな若い)が手取り足取り
        教えてくれる。そしてたびたび、おっぱいを搾るのだ。
        これはまだ、乳腺がよく開いていないからだそうだ。
        私のおっぱいはどの助産師さんからも誉められる。

        「おっぱいの形も良いし、乳首も飲みやすい乳首だし、既にこんなにおっぱい出る
         なんてすごい理想のおっぱいですよ!!!」

        すごい誉められかただ。

        助産師さんがおっぱいを搾るとすごい勢いでお乳がぴゅーぴゅー飛ぶ。
        まるで牛の乳搾りだ。思わず笑ってしまった。

        そして午後、ベッドの横のナースコールのモニターからナース(この病棟のナースはほとんど助産師)
        から赤ちゃんを連れて新生児室まで来るように言われる。
        赤ちゃんの入ったガラスのベッドをガラガラしながらそこへ行く。
        もうひとりの女子がいた。

        「あ、もしかしてあの時の方ですか?」 知らない女子

        陣痛室で同じ時間にカーテン越しに陣痛の痛みを耐え、一時間の時間差で分娩して
        快復室ですごい興奮の中、これまたカーテン越しに話しをした女子だった。

        彼女も私と同じ早産で男のコの赤ちゃんだった。私の息子より小さく2300グラムだそうだ。

        そして一緒にレクチャーを受けた。まずはオムツの仕方。ここでは布オムツ。
        布オムツのたたみ方とオムツの付け方。
        そして新生児のうんちの色(まるで海苔の佃煮)だとか、おっぱいのことだとか。

        ここで教わったことを今日から全部自分でやるのだ。出来るのか夏緒。

        不安な気持ちと一緒にガラスのベッドに入った息子と病室にガラガラと戻る。

        赤ちゃん泣くおっぱい、赤ちゃん泣くおむつ交換、泣くおっぱい、泣くおむつ交換。

        とにかくこれがここでの全て。

        そして夕方、ベッドの脇のモニターで「ご家族のご面会です。」と告げられ
        ガラスのベッドの我がコと面会室へ行くとチャンちだった。

        緊張した面持ちのチャンち。新潟から戻ってやって来たのだ。
        
        「もう!すごく痛かったんだからね、みんな旦那さんとかついてたのに
         わたしゃ、ひとり(母がいたけど)で産んだんだからね!まさか知ってて仕事に向かってないでしょうね?」 夏緒

        「本当に気づかなかったんだよ、ごめんよ、ごめんよ。」 チャンち

        そして神経質に手をヒビテンで消毒をして初めて息子を抱くチャンち。

        「まっさか、あの夜、いつもと変わらないしお腹も痛いとか言ってないからまだ一ヶ月先だったし
         なんの不安もなく行ったのに、いやあ、、、、でもよかったよ、無事に産まれて。」 チャンち

        早速、これが親馬鹿なのかなんなのか

        「やっばい(何がやばいのだ?)、キー(だから早く名前をつけてよ!まだ名前が決定されずキーと
         呼んでいる)顔が整ってない?」 チャンち

        小さな我がコを抱きつつ何を思うチャンちよ。

        新潟での仕事の事を聞いたり、私の出産のことをさらりと話したりしつつ
        病院内放送が入る。

        「面会時間は午後7時にて終了となります。」

        午後7時5分前に数回繰り返される放送。ここの病院は面会時間にもうるさいのだ。

        そしてチャンちは「また明日ね」と言いつつ戻っていた。

        こうして父と息子の初めての対面は済んだ。

        この晩から私の眠れない夜は始まる。

        20分ごとに泣き喚く我が息子。どうやらおっぱいのやり方が下手な私と
        おっぱいの飲み方が下手な息子の組み合わせで息子はひもじくて泣いているのだった。

        消灯後もずっと泣き喚く息子のオムツを替え、乳を吸わせた。
        その回数もきちんとデータ−として残すのだ、このチェックシートもナースが確認するのだ。

        でもありがいことにそのたびにナースがやってきてマンツーマンでおっぱい指導は
        続くのだった。

    
                  2004年11月1日(月曜日) 泣き喚く赤ちゃん
       
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        産後二日目

        産まれた当日、あんなにおとなしく眠ってばかりいた我が子は産後二日目にして
        15分おきには泣いている。
        ナースいわく、出産当日はまだお腹の中にいる状態が続いているのと
        赤ちゃんもとっても疲れていて覚醒していないのだそうだ。
        いよいよ、この世の誕生を覚悟したのか、息子はすごい勢いで泣くも声がか細い。
        まわりの赤ちゃんはおっぱいを飲む時とおしめが濡れた時にしか泣いていない感じなのに
        我がコはひっきりなしにないている。何故だ???

        そして今、悟ったのだけれど産後の入院生活を優雅に過ごそうなんて夢だった。
        とにかく忙しいのだ。
        布おむつを使える様に折ったり、おむつを替えたり、おっぱいあげたり
        おっぱいの飲ませ方チェックをおよびマンツーマン講義があったり、赤ちゃんの体温を測ったり
        赤ちゃんのおっぱいの飲んだ時間の記入、おしっこの回数記入、うんちの回数記入、
        自分自身の回診、面会のひとへの対応などなどなど。。。

        もうヘロヘロだ。

        食事をしようとしても赤ちゃんが泣けば出来ないありさま。当たり前か。

        夜も15分おきに泣く我がコにベッドに越しかけおっぱいを吸わせる。
        やっと泣き止みベッドにおろすとまたもや泣き喚く我がコ。

        深夜もナースがやってきて泣き喚く我がコと新米母とのおっぱい講義が始まる。

        ナース様様だ。

        「おっぱいのあげる時はナースコールで呼んでね、いつでも来ますから...」

        ナースが天使に見えた。



                         2004年11月2日(火曜日) 我がコ日焼けサロンへ?!
        
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         産後3日目

         朝、私は血液検査と尿の検査あり。
         我がコも黄疸の血液検査あり。

         戻ってきた我がコの手の甲を見ると両手に白いパッチが貼られていた。
         痛痛しい。こんな小さな手に針を刺すのだなあ。

         そして恥ずかしいくらいに我がコはこの病棟新生児、一番に泣き虫だ。
         私に似たのだろうか.....涙。

         あまりの泣きっぷりに太っ腹かあちゃんって感じのベテランナースが

         「これは緊急処置ね、泣くのが落ち着いたらおっぱいの練習をしましょう。」

         と糖水を哺乳ビンで我がコに与えてくれた。
         すごい勢いで飲む我がコ。そして泣き止みその後はスヤスヤと眠った。

         ..............。

         「お腹空いて泣いてるだけじゃない。訳あってきちんと泣いてたんじゃん!」
        
         胸がきゅんとした。

         それでも糖水が消化された頃には泣き出す我がコ。
         私が休めるのはシャワーを浴びている時と我がコが沐浴に行ってる時だけだ。
         その時はほよよ〜〜って感じになり鏡を見ると目の下には青黒くなっているし相変わらずブスだ。

         それでも新米母特訓は進む。

         本日は赤ちゃんのお風呂の入れ方を習う。それから退院後の過ごし方や育児についても
         説明を受ける。母親学級を受けなかった私としてはありがたい。

         昼、ナースがやってきて

         「○○さん(私の氏)の赤ちゃんを沐浴のモデルにしてもいいですか?」

         「え?すごい泣き虫なのに大丈夫ですか?」 夏緒

         そして我がコは沐浴モデルに。

         沐浴室に我がコと行くと新米母達もやってきた。
         そう言えば我がコの丸裸を見るのは出産した直後依頼だ(お腹の上にのせられて以来)。
         臍の上のガーゼがはがされ臍の尾の部分をはじめてみてちょっとびっくり。
         痛そうだ。
         そして沐浴開始で若いかわいいナース(でも頼もしい)が手馴れた感じで
         説明しながら沐浴させていく。
         まーーーったく泣かない我がコ。
         逆にとても気持ち良さそうだ。お湯の中の感じがまるでお腹の中で
         こんな具合に羊水の中にいたのよねと新米母同士でしみじみする。
         我がコを新米母たちで囲みながら沐浴のお勉強が済んだ。

         そしてこの後は退院後の過ごし方や育児について。
         この間、我がコはナースステーションへ。 

         ナース(助産師)に退院後の生活の過ごし方やら育児について聞く。

         そしてこの後、我がコの今朝の黄疸の血液検査の結果を聞く。
         どうやら検査にひっかかり午後4時より24時間光線治療をワンクール小児科病棟で
         受けることになった。
         私は3時間置きに母乳を搾乳して小児病棟へ届けることになる。

         完全母乳の新生児は黄疸が出やすいらしいけれど24時間も光線治療する我がコを
         不憫になる。ガラスの保育器の中にオムツだけで入り上から光線をあてる。
         そして目を痛めない様に目には眼帯をするのだ。

         ずっと泣きつづけたらかわいそう、大丈夫だろうかと不安になるけれど
         あまり考えない様にする。

         チャンちにその旨をメールする。

         この保育器に入ると面会時間は限られ直接会えるのは両親だけとなる。
         そしてそれ以外の面会は窓越し。まるで動物園の様に。

         私は小児科の医師から治療についての説明を受ける。
         この医師がとても若く、そしてとても軟弱チックなへナへナ若造だった。
         説明の仕方もオカマちっくで驚いたけどなんとなく深刻な状況じゃない我がコに
         ほっとする。      

         正式名は「高ビリビン血症」という。

         そして我がコは光線治療へ。
         既に両手に採血をしてパッチを貼っている我がコの写メールで見たチャンちは
         「やっぱりあまりにも痛痛しいからかわいそうで見れない。」とメールが来た。
         でも結局、我がコもがんばっているので見なきゃとやって来たチャンち。

         んが我がコの面会時間は過ぎていた。 
         普通の病棟と違って面会時間には厳しいこのお部屋。
         当たり前か、どの赤ちゃんもわけありで保育器に入っているのだから。

         でもどうしても光線治療する我がコを見ておこうとナースに話をする。
         明日の午後4時までチャンちはもう来れないし。

         すると今回だけとお許しが出て無菌になっている部屋に入る。
         エアースプレーをして手をごしごし消毒して入る。
         一番奥の保育器に入っている我がコ。泣いていない。
         逆にぐっすりと気持ち良さそうだった。でも私達が入る前にいたいたしいので
         眼帯やら腕を拘束してある何かは外されていた。

         ナースが説明してくれる。でもこのナースなんだか私をじっと見る。

         「○○ちゃんだよね!」 ナース

         なんとこのナース、私の中学時代の同級生だった。

         ってことで裏情報も手に入れ、安心して我がコを任せた。

         そして明日の午後4時まで3時間おきに搾乳して我がコに届けた。
         差ほど苦にはならないのもこんな事しか出来ない我がコへの思いだよな。

         私もいよいよ母だ、新米だけど。
       
                        

                          2004年11月3日(水曜日)文化の日 面会客人続々と
            
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             産後4日目

            昨日、午後4時から3時間おきの搾乳、そして小児科へ届けるは我がコの治療が済む
            午後4時まで続き。
            我がコが一緒だとほとんど徹夜(泣くため)で眠ることが出来なかったけれど
            我がコが日焼けサロン(じゃなくて治療の為の保育器)にいるので朝方は搾乳の時間に
            眠ってしまって大慌てで搾乳した。
            ここでの搾乳は手搾り(!)だ。数回、深夜巡回の看護師の声で助けられた。

            さてさて、本日は祝日だ。週末、祝日の面会時間のこの病棟は面会客の気配で
            賑やかだ。また病室での面会は禁止なので面会客の来ているひとは
            赤ちゃんを引き連れてデイケアルームにいるので病室は静かだ。

            週末は私の場合、面会客はほとんどなく静かだったけれど
            今日は集中して面会客がやって来た。

            私とチャンちの勝手で未婚での出産となり、やはり他人から見たら
            びっくり仰天な事だけれど出産を知った私の身内や知人はありがたい事に
            我がコに会いに面会に来てくれた。

            まずは実家の近所のおばちゃんとその娘さん。
            小さい頃から何かとお世話になりその娘さんは私より4歳年上で私を小学校に毎朝
            連れていってくれたり遊んでくれたひとだ。
            このおばちゃんは私の状況を他人で唯一知ったひと。
            そしてチャンちのことも知るひとだ。
            母が私の妊娠をこのおばちゃんに言った直後に私に赤ちゃんに必要な便利なタオルとかを
            届けてくれた。うれしかったな。
            おばちゃんはお祝いのお金を包んできてくださり、娘さんは我がコが男のコと知って
            ベビー服のプレゼントを下さった。
            せっかく我がコに会いに来てくださったので我がコは治療中で
            その部屋をガラス越しに見れるけどそこはまだ面会の時間にならない事をわびた。

            それからは高校時代からの女子友(現在ふたりの男のコのシングルマザー)、
            私の父方の親戚、従妹達がわさわさやって来た。

            この間に搾乳もしなくてはならないのでかなり大変だった。
            なんと私は久しぶりに会った女子友の前でおっぱい出して乳搾りをしてしまった。
            色気より母心か....

            客人も落ち着いた午後4時、我がコが治療から戻る。
            24時間ぶりに会った我がコが妙に愛しいと思った。

            チャンち、面会時間終了ギリギリにやって来た。

            そして今晩もまたもや眠れず授乳、オムツ替え。


                          2004年11月4日(木曜日) 入院生活にも慣れ
            
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             産後5日目

             入院生活も5日目。育児も5日目。まだまだおっぱいは上手く飲ませられないし
             ほとんど眠れない状況だけど少しづつ赤ちゃんのいる生活に慣れはじめている。
             経産婦は初産婦より一日早く退院出きるので私と同部屋の女子(私より一歳年上の3人の母)
             も昨日、退院して行き昨夜、既に新しい女性が入って来た。
             多分、20代前半くらいの歳の方で私と同じはじめての赤ちゃんらしく
             泣き止まない赤ちゃんにヘトヘトになっていた。
             私も我がコが産まれた5日前の日、泣き止まない我がコにヘトヘトだった。
             赤ちゃん自体になれなくてどうしていいかわからない気持ち。
             赤ちゃんにうまく話し掛けれない感じ...
             5日経った今では我がコに話し掛けるのが自然になってきた。
             ただし、まだ名無しのゴンベイなのだ。
             一ヶ月早い出産とは言え、急いでくれチャンち。
             かなり悩んでいるらしく今日は候補の名前の字画をネットで調べプリントアウトしたものを
             ごっそり持ってきてその中から良いものを選抜してくれと言う。
             何しろ、未婚なので我がコは出産届と同時に私の氏を名乗るのだ。
             胎内認知しているものの氏は母親になるらしい。
             なので私の氏での名前の字画とチャンちの氏での名前の字画で
             画数の良い名前を名づけるのはとっても難しいらしい。
             どっちかが良いとどっちかが悪かったり。。。
             それにしても字画で運命決まるなんて変だよな。じゃ、外国人はどうなるのさ。
             でも見てしまうと気になるものだ。
             我がコには少しでも良い人生を送って欲しいし、いくら字画が関係なくても
             悪いより良い方が良いもの。
             候補の名前は8コくらいあり、どれも日本男児って感じの名前だ。
             チャンちの思い入れのある名前が数個。
             まるで歌舞伎役者の様な名前。私も気に入る。
             しかし字画が私の氏だと大吉だったり、チャンちの氏だと凶だとか
             その逆とか...

             悩む、悩む。

             我がコに話し掛けるのに名前がないのでへんなちょっとかわいそう。

             明日はいよいよ退院だけど
             今日は病室に新しい女性がやって来た。インドの女性。
             赤ちゃんは3000グラムちょっとらしいけど我がコと比べるととても大きく感じる。
             帝王切開だった様でお腹の傷が痛いらしく歩くのが前こごみの女性。
             この病棟では帝王切開の女性は皆、こんな姿勢で歩き
             自然分娩の女性は会陰切開したひとは座るのが大変で不自然ですぐわかる。
             私は会陰切開もしなかったのでスタスタ歩いているし、普通に座っているのでラッキーだ。
             それでも少し縫ったので少しは痛む。

             退院の診察を受けたのは午後8時過ぎ。

             傷口も綺麗で退院オッケーとなる。
             我がコの本日受けた血液検査の結果もオッケーで
             母子ともの退院だ。めでたい!                             


                          2004年11月5日(金曜日) 無事退院!
             
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              産後6日目

              退院の日。退院時間は好きな時間で良いとのこと。
              今日一日の医療費等々は既に支払わなくてはならないので食事も夕食まで食べれる。
              チャンちの仕事の都合もあり退院は昼頃になった。

              お昼も配膳された頃、チャンちが迎えにやって来る。
              今日は重要な会議やら何やらをしているらしく会社でお弁当が支給されたとそれを持って
              やって来た。私もパジャマから洋服に着替え
              デイケアルームで一緒に食事することに。
              我がコも一緒に。と言ってもまだガラスのベッドの中でだけれどね。
              小さく産まれた我がコは大きく産まれたコよりかわいいだとか親ばかポジテイブな
              話をしつつ食事。
              一週間ぶりに一緒にとる食事だけどなんだかとっても久しぶりって気がする。
              仕事の話を聞きながら食事する。

              一緒に写真を撮ってとチャンちが言うのでスーツ姿のチャンちと
              生後6日目の我がコをデジカメにおさめる。

              ふと気づいたのだけれど今日、着ている洋服ってとりあえず母に昨日持ってきてもらった
              ものだけど何気に妊婦用(妊娠初期でも着れる感じのもの)のワンピースなんだけど
              前開きじゃないのでおっぱいをあげれない事に気づいた。

              これから母乳を飲ませている限りは前開きの洋服じゃないと着れなくなるんだな。

              食事も済み一息ついて住処に戻ることに。

              ナースステーションは丁度、シフトの引継ぎでお世話になったナース達がおらず
              ちょっと年配のナースに挨拶をする。

              とーってもさっぱりした応対で実は私もびっくりしたのだけれど
              チャンちが「なんだ?ここの看護師は!」とちょっとむっとしていた。

              エレベーターを降りると産科病棟の若いナースに行き会い

              「退院ですか?おめでとうございます!がんばってくださいね!」

              と笑顔で挨拶してくれた。

              「普通はあれじゃない?こんな寂しい退院ってないよな。」

              不満なチャンち。実は私もちょっと感じたけどね。
              荷物をチャンちに運んでもらい私は我がコを抱っこしていざ退院。

              チャンちの車を病院の入り口につけてもらう。
              私と我がコは後部座席。
              不思議だ。チャンちと車に乗る時は必ず助手席でふたりだったから。。。

              はじめて見るこの街はどんな匂いがしているのだろうか。

              帰り道、コンビ二で大量にずっと飲みたかったものやチョコレートをチャンちに
              買ってきてもらう。

              そして私の実家へ。

              こうして出産、入院の私の人生の大切な大切な日々が過ぎ、育児の日々に
              突入となった。