Like,Like,I Love You.




 練習が終わって、部誌の記入も終わった放課後の部室。
 パイプ椅子に座って、机に腕を投げ出したまま。
 俺は着替える弦一郎の背中を見ていた。

 広いな。

 弦一郎の背中は広い。固い。暖かい。

 ふっと、影が差す。
 制服に着替えを終えた弦一郎が、俺の前に立った。
 弦一郎が俺を見て、言う。

 ―蓮二、寝てるのか。

 俺はそのまま黙ったまま。
 そしてまた、弦一郎が言う。

 ―おい、寝てるのか。

 俺はまた、黙ったまま。
 沈黙は肯定。
 すると、差していた影が揺らいで、代わりに明かりが差す。 弦一郎が離れた。 どうやら俺は寝ていると自分の中で結論付けたらしく、俺の前の椅子を音を立てないように引いて座るのが目が痛くなるほど見上げた視界の端に、ちらりと見えた。
 そして、いつものポーズ、偉そうに腕を組んで、凭れかかる。
 はず、なのに。_おかしいな、寄りかかったとき特有の、あの、古い椅子が ぎしりと軋む音がしない。

 おかしいな。

 もう一度心で繰り返したとき、さらりと、俺の髪を撫でる、手。
 誰のもの、など言うまでもない。
 不意のことに、心臓がらしくもなく、忙しなく動き出す。
 そうして、弦一郎は俺の髪をあの、大きくて骨張った指で、信じられないほど優しく撫で梳きながら、 

 ―お前は寝ていても分からん。
 大体、その目は本当に見えているのか。
 全く持って、分からんな。

 そんなことをぶつぶつ呟きだした。
 まだそんな風に思ってたのか、弦一郎め。
 以前にも、こっちに越してきたときにもそんなことを言っていた。
 大体、初めて会った相手に、  

 『おい、そんな風に目を瞑って遊ぶものではない。
 きちんと目を開けて歩け、転ぶぞ。全く持ってたるんどる。』   

 などと説教食らわすか?
 その上、俺がテニスをやっていると聞けば

 『ほぅ・・・お前もテニスをやっているのか。
 しかし、女子では同じ試合で当たれんな。残念だ、うむ。』  

 と平然と、瞬間頬を引きつらせた俺に気づかず、平然と言った。 
 無論俺はその両方の言い分に腹を立て、弦一郎の足を思い切り踏みつけて逃げ帰った。 あの時は、なんて偉そうな嫌なやつなんだ、と憤慨してとても仲良くなど出来るわけがないと思ったものだ。
 しかし付き合ってみれば、それが弦一郎なのだということが分かり、遠慮のない言い方は、只思ったことを素直に口に出す性格なのだと、知った。

   さらり、さらり、と。変わらぬ感覚で梳かれる。

 弦一郎の掌は大きい。固い。暖かい。
 寝たふりが居たたまれなくなって、弦一郎、と言おうと。
 口を僅かに開いた瞬間、   

 ―蓮二。

 まだ、呼んでもいないのに名を呼ばれ、開いた口を押し閉じる。
 何だ、心の中で言ってみる。   

 ―蓮二。

 それが聞こえたかのように、また、名を呼ばれた。
 聞こえた、のだろうか。
 否、それは有り得ない。
 弦一郎はエスパーじゃない。(勿論、俺もだが)
 そうする内に、再度名を呼ばれて意識を戻す。

 お前は何でもかんでも一人で溜め込む。
 俺はお前のことを誰より頼っている、もし、お前が倒れでもしたら俺は何をすればいいかさえ、見失うかもしれん。
 あまり、無理をするな。
 さ…支えられてるだけでは格好がつかんではないか。   

   ぶつぶつと聞こえる科白はどこか照れと、拗ねたような声音を含んでいて。 
 俺はそれを聞きながら、気づかれないようにそっと唇を噛んだ。 そうしなければ、今にでも飛び起きて、その唇に噛み付いて、愛してる、と叫んでしまいそうだった。

 蓮二、いつも苦労かけて済まない。
 ……ありがとう。   

 最後にそう言って、また俺の髪を優しく撫でた。

 ああ、もうだめだ。
 この男は、もう。
 愛しくて愛しくて、いっそどうにかなりそうだ。
 弦一郎、と呼んで抱きつきたい衝動が身体に走る。

 でも、それでも。
 この暖かい掌が離れるのが少しだけ惜しくて。
 俺は撫でられるままに、瞳を閉じた。   

 ああ、起きたら、すぐに言ってやろう。   



 『すきだ、 すきだ、 あいしてる。』



YRK--textNO.1