離さいで、
すぐに摺り抜けて
しまうから。



三歩先を歩く彼がふと立ち止まる。
いつも、距離を保っているためか癖毛の後輩のように彼の背中に顔を押し付けるはめにはならない。まあ、俺の身長では後頭部になるだろうが。(それの方が鬱陶しいかもしれない)
「どうしたんだ」
彼だけに聞こえる程度に、問うた。 すると彼は短く唸ると唐突に此方を振り返った。
「助けろ!」
「…………何?」
これもまた唐突だ。 彼_弦一郎は、大抵主語がない。から、こういうとき困る。 それも俺だけのようだから構わないけれど。 振り返った体制のまま弦一郎が、下だ下だと足元を指差すからゆっくりと視線を落とす。

「ニャァ」

――弦一郎の足元に寄りそうようにして、小さな子猫が鳴いていた。
「蓮二!早くこいつをどかしてくれ!」
そういえば彼は小さい生き物が苦手だと言っていたはず。 いつか『可愛いのにな。』と呟いて道端で日向ぼっこをしていた三毛を撫でた俺に彼は憮然と_言ったのだと、固まってしまった弦一郎を見ながら馳せた。

「踏みつぶしそうでならん!」

おい蓮二! 呼ぶ声も同じに、いつかの日と全く代わり映えのない科白を吐いた彼を小さく笑って両手を軽く持ち上げた。
「すまない。生憎今日は荷物が多くてな」
そう、埋まった両手を掲げて、だから今日は助けてやれそうにない。と示す。その瞬間弦一郎は――絶望的――な表情をしたから上がりかけた口端を懸命に押さえ込んでもう一度吐いた、すまない。
「蓮二………」
「そんな声出されてもな」
「うぬぅ……」
「そんな顔されてもな」
「蓮二…っ」
「それぐらい自分でどうにかできるだろう。別に動物嫌いなのではないんだから。いくら弦一郎でもまさか、踏み潰したりはしないだろう?」
恐らく彼(と、精市)くらいしか分からない薄い笑いが浮かぶ。
そんな俺を見て、どうやら俺への助けは諦めたらしく弦一郎はゆっくりと体制を戻す。 そして今度は子猫を見下ろしたまま動かなくなってしまった彼に声を掛ける。
「可愛い子猫じゃないか」
とても綺麗な黒猫だ。 黒猫が不吉だとかなんとか思っているわけじゃないだろうな、とそろりと彼の横よりちょっと後ろに移動してことの行方を見守ることにした。 じりじりと僅かに後ずさり始めた弦一郎の姿はたまらなく愉快だった。 そして子猫を前にそろりと座りこむ。何をそんなに警戒する必要があるんだろうか。
「おっ、お前はどこの猫だ!?ふらふらするなどたるんどる!!」
座るときより更にそろり、そろりと、突っ張った腕で子猫を抱き上げると、開口一番吼えた。小さな猫は恐ろしげに身を竦める。まぁ当たり前だろう。猫はただでさえ耳がいい。それに弦一郎のあの声量はウチの部・・・否、学校でもひけをとらない。 つまり、彼の声は馬鹿でかいのだ。

「弦一郎、そんなにデカイ声で怒鳴ったら可哀相だろう。鼓膜が破れたらどうしてやるんだ?」
「むっ。……すまん」
「別にそこまで小さくしなくてもいい」
「そ、そうか」
「弦一郎は本当に馬鹿だな」
「おい、それは聞き捨てならんぞ!」
「馬鹿な子ほど可愛いと言うだろう。全く……可愛いな、本当に」
「なっ!!」
浅黒い彼の肌がみるみるうちに赤くなっていく。
弦一郎の赤面は面白いのだが目の毒だなと改めて思った。
精市曰く、レバーのようだそうで。気持ちが悪い!とやたら叫んでいたのを思い出す。 見えなくもないが。

「ところで弦一郎、その猫どうする」
ふい、とまた猫の話題に話を振ると彼はいつの間にかしっかりと抱いていた子猫を再び見下げ、どうするのだ……家でこいつは飼えん、と呟いた。大方捨て猫を拾ってしまったと考えているのだろう。弦一郎の家では猫が飼えないから。拾ってまた捨てれる子猫の気持ちでも思っているんだろう。弦一郎はこれでいて優しいから。とても。

「ああ、その猫、
__俺の家の隣の猫だぞ。探していたようだ」

すたすたと弦一郎を追い越してちらりと振り返って腕の中の子猫を指差した。
「なっ!!何故早くそれをいわん!!」
「俺だって今首輪を見て気付いたんだ」
ここ数日子猫が帰ってこないと家の人が騒いでいたからこの猫で間違いないだろう。赤い首輪に小さな鈴と花の飾りも一致する。

案の定、子猫は探し猫だった。泣いて礼を言う家人に気圧される弦一郎も見物で、見つかって良かったですね。と形ばかりの愛想笑いをした。 そのまま弦一郎は俺の家に来て、今、俺の部屋にいる。
「弦一郎、」
「何だ。」
「苦しい痛い」
「む、………すまん」
「いつも思うが、お前は力加減が出来ないのか?」
部屋に入って悪戯にキスを仕掛けた俺を、弦一郎はそれこそ骨が軋みそうなほど、強く抱き締めると急いたように口付けてきた。
ようやく解放されて、目の前の胸をどついてやるとびくともしない。 ここのところ忙しかったせいか、深いキスでさえ久しぶりだった。
だから再び彼が俺を抱き寄せて、首筋をきつく吸われてもびくりと肩を震わせるに留める。
「……蓮二は、」
「……何だ?」

「猫に似ているな」

顔を埋められたまま話されて彼の熱い吐息にも飢えた体は反応しそうになる。
「そうか?」
「特に黒猫だ。毛並みが美しい、な」
「先の子猫のようにか?」
「ああ」
「あんなに警戒しながらそんなことを考えていたのか?」
「突き放しては気まぐれに甘えてくるお前にそっくりだ」
背中に腕を回して彼の頭を抱えながら硬く、真っ直ぐな髪を撫でる。 まるで弦一郎のような芯の強い、黒髪。
「猫……か」
ふ…っ、と息を吐き出してすぐ傍に見える耳に軽く歯を立て猫撫で声で、囁いた。


「お望みなら首輪をつけてやっても構わないが?」


一拍おいた後、弦一郎は馬鹿なことを言うなと小さく呟いて、俺を抱く手にいっそう、力をこめた。



真柳は緩く微温いまどろみも似合うだろう。とか思ったんだけど。
あれ?