ぐり、
かれたどる。



彼はいつも辛辣で、俺が一言えばその仄かに赤く色付いた唇で十にもして返してくるのだからたまったもんじゃない。
俺が何を言おうにも、しようにも、彼は常に口を挟み時に手を出してきた。
それが嫌なわけじゃない。
彼の言うことは全て尤もであるし、叩かれたと言っても幼い頃より鍛え抜かれてきた自分だ、別に苦痛というほどにはなりえない。
ただ、俺と彼は世間に認められずとも所謂、_恋仲であるはずなのだ。
だからこそ彼の所業が分からない。
俺の知る限り、恋仲のものはそれまでより距離は近まり、暇さえあれば睦言さえ紡ぎあい、幸せだと顔が語っているようなそんなものじゃぁ、ないのか。俺の知る限りでは。
だが、俺の好いている奴はそんな甘いものとは程遠い。
しかしそんな彼も春になるとどうしたことかめっきり大人しくなるのだ。
と、いうよりも、始終布団や畳、縁側に横になり寝入っていることが増え、無論俺の相手などしなくなる。
俺と幾分も変わらぬ身を丸め陽を浴びてすぅすぅと心地よさそうに寝息をたてている彼を見ると、普段のあの所業が嘘のように思えた。
もともと白い肌が照らされ更に白くなり。
紅い唇はそのままに、俺を惹きつけてやまない。
纏った乳白色に何かの華が散った着物が、彼が身じろぐたびに着崩れ、白い肌が覗く。 短く整えられたまるで、烏の濡れ羽色の艶やかな髪は癖などつきようがないほどに細く、美しいもので。

彼の寝姿は少なからず俺に緊張をもたらした。
うっかり手を出しでもしたら、どうなるか分からない。から、無理矢理伸びかけるその手をもう片方で制し、押しとどめる。それを先から何度となく繰り返している俺は傍から見たらさぞやおかしげだろう。
ああ、このまま彼の傍にいれば本当に襲ってしまいかねない。
その場合に起こり得る身への危険と、その場合の自分の理性のなさに軽く恐怖し、茶でも飲んで竹刀でも振ろう。と気を紛らわす手を考えた。
柔らかな春の陽に包まれた彼にそっと薄い布団をかけ、台所へと席を立った。
―と、僅かに後ろへ引かれて思わず大げさに仰け反る。
「何だ?」
「・・・・どこへいく・・・」
げんいちろう、と寝惚け声のままあまり力の入らぬ白い右手が俺の着物の端を掴んでいた。
俺は思わず目を瞠る。
彼が、自分をもとめているなんて。
「・・・・・どこ・・・行くんだ・・・・」
そしてその事実に些か動揺して口を噤んでしまった俺に彼はまたその不確かな口調で問うのだ。
ああ、こんな珍しいことがあるのか!
「・・・・・茶を注ぎにいくのだが、」
あまりにも常の彼と掛け離れた言動とその仕草にもしかしてまだ彼は寝ているのではないか。と相変らず伏せられた瞼を見ながらも、そう口にした。
「・・・・・・・・」
「蓮二・・・?・・・寝てしまったのか?」
再び訪れた沈黙に、やはり彼は寝言を言っていただけなのだ。と、端を掴んだ手の意味を思案しつつ、それを外そうと白い掌にそっと触れた。相変らず冷たい。
「・・・・弦一郎・・」
「・・・・・・・いくな・・・・・・」
「・・・ここに・・いろ・・・・・」
立て続けに届いた言葉とぎゅぅ。と再び掴まれた着物に今度こそ、言葉を失くした。
見下げれば彼の眦から伝うものがあった。
_そうだった。
春は、彼にとって_。
「・・・すまない。大丈夫だ、俺はお前の傍にいる」
そう囁いて横になったままの彼を抱き締めた。
彼の細い腕が背に回る。顔は埋められていて伺えないが、きっとまたあの表情をしているんだろう。

『いかないで』 『どこへいくの』 『俺をおいて、いかないで、ください』

始めて彼と会った日の、あの表情を。
彼にとっての春は、悲しみの季節なのだ。
いつか彼は言っていた。

眠りはなににも出会わず、捨てられないから好きだ。

ああ彼は、かつて愛しいものに捨て置かれたこの季節を厭うように、眠り続けるのか。
俺が目を閉じれば、彼の泣き顔と、彼の唯一の微笑み。
春は、再生の季節である。
だから、いつまでも、暗い眠りを続けるのは許さない。

俺はこの季節にお前を拾ったのだ。
俺はこの季節にお前を愛したのだ。
お前と、お前を、共にこれからも。
過ごし、触れ、愛していくのだ。
悲しみより深い温かさを。
何よりも大切な出会いをくれた、

「これからも放しはしない。」


この春を。




こっちを向いてよハニー。みたいなハ゜ラレル。