来たる10月31日。
平日の学校であるというのに、辺りはガヤガヤと騒がしく、生徒達は一向に教室に収まる気配は無い。 それどころか、校舎全体が甘い匂いに包まれているという異様な雰囲気。
廊下を忙しなく行き来する声と甘い菓子の匂いに眉を顰めながら自教室の戸口に申し訳なく寄り掛かり、立海大テニス部・・・いや、学校内における自慢のブレーン・柳蓮二は浮き足立った生徒達を眺めていた。
そう。今日10月31日。
文武において全国に名を轟かせる立海大附属中。







全国稀に見る全校挙げての、ハロウィーンパーティ真っ最中だった。














Trick or Treat?














昨年から始まったこのハロウィーンパーティは、去年の生徒会長自らが校長に申請した催しだった。

『受験生である我々は日々の勉学で疲れた脳と神経を癒し。後輩である1・2年生は学校の楽しさを味わい。 そして、団結を深め交流を広め文化を学ぶのです。何よりも、この立海大が素晴らしい学校であるということを、 今もって生徒達は確認すべき良い機会だと思うのです。 ―して、校長先生は、どう思われますか?』

おおよそこんな感じの内容を一息に捲くし立て、有無を言わさぬ眼差しでもって見事、 立海大附属中第一回:ハロウィーンパーティは承諾されたのだった。
その会長が卒業した今年も、例外なく去年の楽しさを味わった生徒らにより目出度く 第二回:ハロウィーンパーティが開催される運びとなった。
・・・しかし、これらの流れを目出度いと思っているのは何も全校生徒ではない。
中でも、中学生にしては老成しすぎている、この手の騒ぎが苦手な真田と人混みを苦手とする柳は喜ばしいとは思っていなかった。

『息抜きは大事だが何もこのようなことを全校でやらなくともいいではないか・・・。』

それは去年2年生だった真田(今とさして変わらぬ老け具合)が無理やりクラスの男子含め女子に仮装させられた時に、柳にぽつりと漏らした言葉で。
柳は回想の中でため息を吐いた真田を思い浮かべた。
確か去年真田は狼男の仮装をして(させられて)いた。明らかに、不似合いな犬耳のような狼の耳に長くふさふさとした尻尾。
堅物皇帝などと恐れられている彼にとって、不似合いなソレらが不似合いなまでに、奇妙なまでに、不貞腐れた顔と相まって可愛らしかったと、柳は薄い唇を僅かに持ち上げた。
そして自分は・・・・・・・と、一旦そこで思考を区切ってまた回想を再開する。 狼男に扮した真田の周りには、くるくると跳ねる黒髪にぴんと立った耳が実に可愛らしい、黒猫の赤也がいた。
まだまだ背も小さく、幼い彼とそのころよりアノ顔の真田の組み合わせはなんとも言えない和みであった。まるで親子のような。
他のメンバーもそれぞれに、赤也とおそろいの黒猫丸井やそのお守り役ミイラ男のジャッカル。 (仁王が)示し合わせたらしい天使と悪魔の柳生と仁王。そして・・・・・・・・魔女の幸村精市。(何故かフルネーム
何はともあれ、柳だって決して楽しく無かった訳ではないのだ。
ふいと纏った衣装を見下ろした柳の視界には、去年と大して変わらないが、黒と白を貴重とした神父であろう衣装が目に映る。 若干、地に着きそうなほどの裾は鬱陶しい。
ハイネックに隠された白い首の上からはシルバーの長い鎖の先に金の十字架。
これだけいる生徒の衣装はどう用意したか気になるところだ。

「蓮二!」

そこに廊下の端にいようが聞き違えることのない、凛とした声が響き柳を回想より引き戻した。

「―弦一郎。」

近寄ってきた存在に、よそよそしい雰囲気が馴染みの深いものに入れ替わる。 それに安心したようにほぅ、と短く息をついた柳はそれまでの無表情に艶やかな微笑みを浮かべて、いつもと違った幼馴染の名を軽やかに呼んだ。
うむ、と頷いて斜め前に立った真田の身を纏うのは柳とまったく同じ、黒と白の布地に垂れ下がった金の十字架。――こちらも神父のようだ。
校内ということでトレードマークのような黒い帽子はない。そのせいか、お陰か。
下りた(思いのほか長い)前髪が些か真田を若く見せている。

「蓮二、お前もその格好なのか。」
「ああ。なんだ、似合わないか?」

下げた十字架を持ち上げて、軽く唇に押し当てるようにすれば真田は顕著すぎるほどに首を横に振る。その様子に思わず笑ってしまった。
ふふ、と口に手を当て小さく微笑う柳の方を見て押し黙ってしまった真田を横目に、柳は爪先から頭の天辺までと、全身をゆるりと見上げてまた微笑んだ。
前髪を下ろしたいつもより、少し幼い彼の見慣れているはずのその顔も、普段の制服やジャージ・和服といったものとは違い、_ましてや神父服だ。印象がまるで違う。
周囲よりも大人びた顔立ちに、まっすぐに伸ばされた高い背。
染み入るような低い声音に、たくましくも綺麗な姿形。
協会にミサを受けに行くときの厳粛な空気さえも漂うようで。
それら合わせて、真田に神父服という選択は柳の予想を超えて似合っていたのだ。
滅多なことでは(むしろこの機会がなければ一生)見れないその姿に、うっとりとしたように見惚れる柳であった。
真田を見つめたまま、嬉しそうな表情で微笑う柳に真田はわざとらしくゴホン、と咳払いをする。蓮二、とまた呼ばれて柳は変わらぬ笑みのまま何だ、と問い返した。

「い、いや。どうして同じものを着ているのにこう、感じが違うのだろうな、」
「どういう意味だ?」

俺には似合わないのか?と視線で返せば先ほどと同様にブンブンと首を振る_否定。の意。

「その、お前がそれを着ているとなぜか近寄り難いのだ。」
「弦一郎、もう少し分かりやすく言え。」
「う、うむ。お前にその格好は良く似合う。だからだな、似合いすぎて仮装というよりも蓮二が神聖なものに思えるのだ。」
「・・・・弦一郎。全く分からない、」

真田にしては随分乙女チック(?)な発言に柳は小首を傾げた。そしてそれに従ってさら、と流れる漆黒の髪。僅かに覗く白い首筋。
どれを取っても綺麗すぎて神聖なものに。

「・・・神聖なものほど、穢したくなるのかもしれん、が」
「・・・・・お前にしては随分と。」

洒落たお誘いだな。
微笑んだまま柳は言う。真田は違うぞ!そういう訳じゃ!と必死に弁解しているが、柳はすっかりその気だ。
時計を見遣り、ふむ。と顎に手をかけ頷いた。あと、数十分すればうるさい集団がやってくる。だからその前に。

「逃避行と行こうじゃないか。」

幸いこの騒ぎじゃ、抜け出したとしても分からないだろう。それに教室はいくらでも空いている。見つかる確立は――0%だ。

「れ、蓮二!だから俺はそういう・・・ッ」

いまだ弁解しようと喚いている真田の腕をそっと掴み、引く。

「・・・・・・弦一郎、」

シィ、と一指し指を立てて滅多に見せない瞳に真田を映す。
れん、と紡ぐ唇にその指を当て微笑む。そして他の誰にも聞かせない甘い声音で囁いた。





『Trick or Treat?』







君に菓子よりも甘い悪戯を。











結局真柳でした。
ぎりぎり
Happy Halloween!

(05.10.31)