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【だんしじょし・ファンファーレ】

1 名前:名無しさん 投稿日:05/03/12(土) 00:09:49

パパパパーンパーンパーンパッパパーン♪

テレビの画面から、単音のファンファーレが流れる。
「よっしゃあ! レベル上がった!」
僕はコントローラーを握り締めたまま大声をあげた。
「ねえねえ千聖ちゃん、それ楽しいの?」
そんな僕に、一人の少女が話しかける。
僕がロールプレイングゲームをやっているのを横からずっと見ていたのだが、あまりに退屈だったのだろう。
「"千聖ちゃん"って呼ぶな」
僕の名前は岡井千聖。 女みたいな名前だけど、男だ。
「でも千聖ちゃんは千聖ちゃんでしょー」
そして彼女の名前は萩原舞。 僕の幼馴染で、同じ小学3年生だ。

「はぁ・・・」
僕は構わずにゲームを続ける。
「そんなのやってて何が面白いの?」
「あー、うるさいなあ、楽しいからやってるんだろ」
「お兄ちゃんも言ってたけど、よくわかんないなあ私」
今やっているゲームは彼女の兄から借りたものだ。
「萩原には一生わかんないよ」
そう言って僕はまた画面に向かった。
「なによー! じゃあゲームばっかりやって頭悪くなっちゃえばいいんだ!」
頬を膨らませながら僕にそう言い放った。
「別に頭悪くなってもいいもんねー、お前には関係ないし」
僕は画面から目を離さずに、萩原に言った。
「知らない! もう帰るもん!」
萩原はわざと大きな音を立てながら部屋のドアを開けて出て行った。

「あーあ、舞ちゃん出てっちゃった」
そう言ったのは、萩原と同じように僕の部屋にいた同じく幼馴染の福田かのん。
「岡井ー、お前が構ってやんないからだぞー」
と僕をつつくのは、こちらも幼馴染の安達だ。

今日は僕と安達で、借りたばかりのこのゲームを楽しむつもりだったのだけど
ゲームを渡しに来てくれた萩原と、それに着いてきた福田がそのまま部屋に居座り
結果、僕がゲームをやるところを3人で眺めるという形になってしまったのだ。
僕と同じくゲーム好きな安達は大丈夫だったろうけど、萩原や福田には退屈でしょうがなかったに違いない。
「んな事言われても、僕が悪いわけじゃないし」
ようやくゲーム中のイベントが終了したので、セーブしてゲームを一旦終わらせた。
「悪かないけどさ、もうちょっと言い方あったと思うよ」
安達が僕を責める。
「そうだよー、舞ちゃんかわいそうじゃない」
福田がそれに追い討ちを掛ける。
「・・・」
「私、舞ちゃんと一緒に帰るね。 明日ちゃんと謝っといたほうがいいよ」
福田はそう言うと、萩原が開け放っていったドアを静かに閉めて出て行った。

福田が出て行ってからしばらくして、安達が口を開いた。
「俺も謝っといたほうがいいと思うよ」
「なんだよ、お前まで・・・」
僕が萩原にぶっきらぼうに接した事に対しては、悪いとは思っていない。
もともと二人でゲームをするつもりだったのに
居座って退屈なゲームを眺めていた萩原が一方的に苛立っただけじゃないか。

「あのさー岡井、面白いこと教えてあげよかっか」
「ん?」
「おいおい、そんな不機嫌になるなよ」
普通に返事をしたつもりだったのだが、声に出ていたのだろうか。
「いや、別に不機嫌になっているわけじゃないけど、何?」
「ま、たいしたことじゃないかもしれないんだけどな」
「うん」
「なんつうかさ・・・あ、いやホントにあんまり気にするなよ?」
安達は妙にもったいぶっている。
「なんだよ、気になるから言えよ」
「実はさ、お前がそのゲーム借りる前に、俺も萩原にそれ貸して欲しいって頼んだんだよ」
「え?」
「でもその時はダメだって言われたんだよなあ」
「なんで?」
「『お兄ちゃん人には絶対ゲーム貸さないから無理だよ』って言われてさ」
言いながら安達はニヤニヤしていた。
「僕が頼んだ時は『お兄ちゃんに頼んでみる』って言ってたけど」
「そこだよ、そこ」
「は?」
僕は安達が何を言いたいのかわからなかった。

安達は今まで座っていた僕の勉強机から立ち上がった。
「じゃ、俺もそろそろ帰るよ。 これ以上ゲームの内容知りたくないし」
「え、いや、どういうことだよさっきの」
「はぁ、君はほんと鈍いねえ、ち・さ・と・ちゃん」
「いやいや、お前の言ってる事がわかりにくすぎるんだって。 ちゃんと説明してくれよ」
俺の言葉を無視して、安達は帰る準備を始めている。
「おい、安達ってば」
「だからさ、あんまり気にするなって言ったじゃん。 それじゃな」
そう言って安達も僕の部屋から出て行った。
一体何を言いたいのかわからず、その日は一日中もやもやした気持ちのままだった。

次の日、僕は学校に着くなり萩原に声を掛けた。
「あのさ」
「なあに」
萩原は仏頂面で、もとからふっくらしている頬を更に膨らませて僕を睨みつけた。
「まだ怒ってんだ」
「からかいにきたの?」
昨日はちょっと悪態をついただけなのに、そんなに引きずることはないだろう…。
なんてことを思いつつも、福田や安達に言われた通りにすることにした。
「昨日は、ごめん」
萩原は、ちょっと意外そうな顔をした。
「…素直だね」
「まぁ、その、二人にも謝ったほうが良いって言われたし…」
言いながら、余計なこと言っちまったと思った。
「なあんだ、悪いと思って言ったわけじゃないんだ」
一瞬、いつもの朗らかな萩原の顔に戻ったが、またふくれっつらに戻ってしまった。
「そんなに怒るなよ、一応謝ったじゃんか」
「ふーんだ」
「怒ってるとぶさいくに見えるぞ」
「うるさいなあ!」

萩原を怒らせるつもりじゃなかったのだけど、いつもついこういう事を言ってしまう。
特に今日は、昨日安達が言っていた事を訊きたかったので、余計に怒らせたくなかった。
どうしていいかわからず口ごもっていると
萩原は何かに気づいたようにハッとして、仏頂面の表情を少し緩めた。
「あ…」
萩原は俺をちらっと見つめて、少し顔を紅くした。
「ん? なに?」

「なんでも、ない」
そう言うとすぐに顔を伏せてしまった。
「なに? 気になるから言ってよ」
昨日の安達の時もそうだけど、僕はそういった"気になること"を言われると、
ところん突き詰めたくなる性格だ。
だから今日も、安達が言ったことを詳しく知るために萩原にわざわざ謝りに来たのである。

「なんでもないの! それより、岡井くんこそ何の用なの?」
僕は怒っている萩原に、どうやってその話を切り出そうか迷っていたが
向こうから訊ねてくれたのでありがたい。
「ああ、用っていうか、借りたゲームの事なんだけど」
「あのよくわからないゲームがどうしたの?」
RPGというジャンルはまだ萩原には早いようだった。
もっとも、僕ら小学生の間でもようやく流行り始めた程度だけど。
「僕の前に、安達にも貸して欲しいって言われたんだろ?」
「え…う、うん…」
萩原は少し困ったような顔をした。
「安達は貸してもらえなかったって言ってたけど、なんで僕には貸してくれたの?」
「えっと、その…」
そう言い淀んで、萩原はなかなか話そうとしなかった。

「聞いてきた」
「はぁ!?」
安達は素っ頓狂な声を出し、眉をひそめて僕を見た。
「なんでそんなに驚くんだよ」
「いや、ていうか昨日のこと、そのまんま聞いたのか?」
「そうだけど」
ふぅ、とため息一つしてから、安達はやれやれといった感じで僕を見た。
「お前さんは、バカというか直球というか…」
「バカとはなんだ」
「ああスマンスマン。 それで、何て言ってた?」
「いや、『お兄ちゃんに彼女が出来て、ゲームあんまりしなくなったから、頼んだら貸してくれた』って」
「ははは、そりゃあタイミングがいいというかなんというか」
安達はニヤニヤ顔をして僕を見た。
萩原の答えを聞いても、昨日安達に言われたことはまったく僕の中で解決していない。
この様子だと、安達は何か隠しているに違いない。

「で、昨日は結局何を言いたかったの?」
「つうか、彼女って誰なんだろうな」
「何はぐらかしてんだよ」
「いやいや、だって気になるじゃん、萩原くんの彼女」
萩原くん、というのはもちろん萩原の兄ちゃんのことだ。
今はこの学校の生徒会長をやっている。

「佐紀姉ちゃんだってさ」
「マジで?」
佐紀姉ちゃんは近所に住んでいる6年生で、生徒会の副会長をやっている。
僕も二人が付き合っていると聞いた時にはびっくりした。
ちなみに姉ちゃんと呼んではいるけど、身長は僕らと同じくらいなのであまり年上という感じはしない。
「あの鈍感な萩原くんに彼女が出来たのも驚きだけど、まさか相手が佐紀姉ちゃんとはね」
「でも佐紀姉ちゃんってもうすぐ引っ越すんだろ? 付き合っても意味ないんじゃない?」
佐紀姉ちゃんは、"家庭の事情"とやらで卒業式が終わったら引っ越すらしいと聞いた。
付き合い始めたのはつい最近らしいけど、卒業式まで一週間も無い。
「意味がないとか、そういう事じゃないと思うよ、恋愛は」
安達はたまに、こういう大人びた事を言う。
「ふうん…」
「そういや岡井は、なんとなく萩原くんに似てるよな」
僕を見て、安達がまたニヤついている。
「似てる? どこが?」
「顔が似てるとかじゃないんだけどさ、雰囲気が」
「そうか?」
「似てるよ、鈍感なところとか」
そう言ってけらけらと笑った。
自分で鈍感だと思ったことは一度も無いが、人からはよく言われる。
そんなに鈍いだろうか、僕は。

放課後は部活をサボって帰ることにした。 もちろんゲームがやりたいから。
部活と言っても、僕が入っているのは放送部だ。
活動内容は放送室からお昼時間や掃除の時間に音楽を流す事と
休み時間中に生徒や先生を呼び出したりする時にマイクを使って放送する事くらい。
だから放課後は何も活動はないのだけど、一応みんなで集まって発声練習などしている。
僕がこの部活を選んだのは、昼の時間にかける音楽を好きに選べることと
放課後に早く帰りたいときには融通がきくこと。
運動が嫌いなわけではないけれど、学校が終わった後くらいは縛られずに自分の時間が欲しい。

そんなわけで、先生に「今日は帰ります」とだけ伝えて、今帰っているわけだ。
一目散に帰るつもりだったのだけど、帰り際の駄菓子屋にあるお菓子に見とれて少し遅れた。
もちろんそんな誘惑には負けずに、うまい棒一本だけで我慢しておいた。

角を曲がって、さあようやく自宅の玄関が見えると意気揚々としていたところに
玄関前にたたずむ一人の少女が目に入ってくる。 萩原だ。

僕は玄関に向かって、つまり萩原に向かって歩いているわけだけど
萩原は近づいている僕に一向に気づかない。
ずっと玄関前から僕の部屋のある2階をじっと見つめている。

「なあ」
「ふあっ!?」
僕が声をかけると、萩原はハトが豆鉄砲をくらったような顔をした。
そして一歩あとずさったかと思うと、勢いでそのまま仰向けにすってんと転んでしまった。
「なにやってんの」
「いったぁい・・・」
盛大にしりもちをついた萩原は、お尻を押さえて痛がっている。
見ようと思って見たわけではないけれど、灰色のスカートから萩原の白い・・・
「パンツ」
「えっ、あっ、ちょっと」
萩原は急いで立ち上がってパンツを隠し、僕を睨みつけて言った。
「エッチ! すけべ!」
「見せたのはそっちじゃんか」
「だっ、だって、おどかすからでしょ! 急に、声かけて、家にいると思ったんだもん!」
「だからそれもそっちが悪いんじゃないか」
僕が部屋にいると勝手に思い込んだのも萩原だし、勝手に転んでパンツを見せたのも萩原だ。
「悪くないもん!」
萩原はまた頬をフグのように膨らませている。
とりあえず寒かったので、萩原を家に入れることにした。

「それで、何してたの?」
こたつに入って、母親に出してもらったコーラを飲み、くつろいだ所で萩原に訊ねてみた。
「ええと、だからね、千聖ちゃんが部屋にいると思って見てたんだけど…」
「千聖ちゃんって言うなって」
「あ、ごめんね。 それでね、あのゲーム、どこが面白いのかなと思って」
またその事か…。
「あのさ、昨日も言ったけど、わからない人には一生わからないって」
「わからないことないよ! だから、どういうとこが面白いのか聞こうと思ってて
 でも、こういうこと言ったら千聖ちゃんまた怒るかもしれないし、どうしようか迷ってたの」
だから千聖ちゃんって・・・と言いたいところだけど
何度言っても呼び方を変えてくれないので半ば諦めてはいる。
「…教えてもいいけどさ、わかんないと思うけどなあ」
「わかるもん!」
「だって、マリオしかやったことないじゃん」
「違うよ! あの、なんか鉄砲でバンバンするやつもやったよ!」
鉄砲でバンバンするやつって・・・
「魂斗羅のことか。 あれはやっただけで、一面もクリアできなかったよね」
「れんしゅうすれば、できるもん…」
「……」
萩原はそのまま、俯いてしまった。

「千聖、女の子泣かすんじゃないの!」
と、たまたま様子を見ていた母親に怒鳴られた。
「泣かしてないって…」
しかし萩原は、確かに今にも泣きそうに見える。
「…できるもん」
「ホントに出来る?」
萩原は俯いたまま、無言でこくっと頷いた。
「僕もやりたいから教える時は僕んちになるけど」
また同じように頷く。
「絶対途中で飽きたりしないって約束してくれるならいいよ」
ちょっと間があったが、やはりこくっと頷いた。
「…泣いてる?」
今度は首をふるふる左右に振った。
「じゃあ、部屋に行こう」
それを聞くと萩原はすっと頭をあげて、えへへと笑った。
萩原のこういう笑顔は、昔から何故か、ちょっと気を許してしまう。

とにかく僕は、今日から萩原にRPGの面白さを教えることになってしまった。

萩原はテレビの前にぺたんと腰をおろした状態で
コントローラーを握り締めたままじっと固まっていた。
「スタートボタン」
「……」
オープニング画面から、どこをどうしたらいいのかわからないらしい。
「画面変えて、まず主人公に名前をつけるんだよ」
「……」
見かねた僕は横からスタートボタンをちょいと押して、キャラクター名の入力画面に切り替えた。
「じぶんでするからいいよ! 千聖ちゃんは見てて!」
萩原は僕の手をぱしっとはたいた。
「…いい度胸だ」
そしてまた画面に向かって固まっている。
「……」
「……」
「……」
「……」
「…おしえてよー」
萩原は眉毛を八の字にして僕を見つめた。

このやろう! だからさっきから教えてやろうとしてるんじゃないか!
教えたら教えたで怒るし! なんなんだよ!
…と怒鳴りたいところだけど、そんなこと言ったら泣きそうだからやめておく。

「カーソルを動かして文字を選んで、好きな名前入れて」
「カーソル?」
専門用語、というわけでもないけど、萩原の前でそういう言葉を使うのはやめておこうと思った。
「…十字ボタンを動かしたら文字の下の線が動くでしょ」
「ほんとだ!」
「それで一つずつ文字を選んで、好きな名前を決めるの。 ちなみに4文字までだから」
「えっと、わかった」
萩原は画面に向き直り、ピッ、ピッとゆっくりカーソルを動かして
一文字ずつ名前を入力していった。
「ち…さ…と…って、僕の名前じゃんそれ」
「ほえ?」
萩原は、何を言われているのかわからない、とでも言いたげな顔で僕を見る。
「好きな名前入れていいって言ってるのになんで僕の名前入れてるの」
「え、だって好きな名前って、…あ! うん、好きな名前ね」
ようやく僕の言ってる意味がわかったらしく、入力した文字を全部消して
新しく文字を入力し始めた。

「ま…い…、っと。 これでいいんだよね?」
「そうそう、普通は自分の名前入れたりするからね」
ほぅ、と一息ついてから萩原は次に進んだ。
オープニング、主人公の勇者が王様に呼び出されるシーンだ。
「ねえねえ千聖ちゃん」
「んー?」
「後から他のひとの名前もつけられるの?」
「つけられるよ」
「ふぅん…じゃあ、あとで千聖ちゃんの名前つけてもいーい?」
「別にいいけど…、ちゃんとストーリー見てる?」
言われてから、萩原は慌てて視線を画面に戻した。
「えーと、なんで旅に出るんだっけ?」
「はぁ…、だから、王様から竜王を倒すように頼まれたの」
きょとんとした顔で僕を見る。
「りゅうおう?」
やっぱり見てなかったな…。
「わるいやつのこと!」
「あ! うん、うん、わかるよ」
この調子だとゲームをクリアするのに何時間かかることやら。

萩原にゲームを教えているせいで、僕がゲームで遊ぶ時間が少なくなった。
ある程度ゲームをやり終えて、萩原が帰るのは6時半頃。
僕の家ではこの時間になると夕飯になるので、ゲームはお預け。
急いで風呂に入った後にようやく始めても、少ししたら母親に寝なさいと言われる。
もちろんゲームをほとんどやっていないのにそんな事言われたくらいでは寝ないけど
さすがに12時近くまでやっていると翌日は眠くてしょうがない。
そんな生活が3日ほど続いている…。

僕はここ3日、休み時間になると机に突っ伏して仮眠を取るのが日課になっていた。
退屈な科目の時は授業中でもかまわず寝てしまうことがある。
そして1時間目の休み時間、いつものように教科書の束を枕がわりにして仮眠していたのだけど
今日はその眠りを邪魔する者が現れた。
「岡井くん、起きてよ」
「ううう」
僕がなかなか起きないでいると、声の主は俺の体を揺さぶった。
「起きてってば!」
「なんだよ…僕の眠りをさまたげる者はなんぴとたりとも…」
「いいからちょっと起きて」
僕を揺り起こしたのは福田だった。
隣のクラスからわざわざ僕を起こしに来たのか?
「…なに?」
思いっきり不機嫌な声を出してみたが、福田は顔色ひとつ変えない。
「岡井くん、なんでこのごろ舞ちゃんとばっかり帰ってるの?」
僕の眠そうな顔など気にせずに、福田は僕を睨みつけながら問いかけた。
「なんでって…」
「教えて」
福田は無表情で、僕の答えを待っている。

萩原と福田はいつも2人一緒に下校していたが、最近の萩原は福田と帰るのを断っている。
何故かというと、萩原はうちにゲームしに来るようになってからは、毎日僕と帰っているからだ。
福田はそれが気に入らないらしい。
「最近、萩原にゲームを…」
「あのゲームをしに行ってるのは聞いたけど、一緒に帰らなくてもいいじゃない」
「そんなこと言ったって、あいつがついてくるんだからしかたないよ…」
「どうして?」
「だから、勝手についてくるんだってば」
「なんで勝手についてくるの?」
「知らない」
「なぜ?」
「さあ」
「なにゆえ?」
「存じませぬ」
「why?」
「I don't know」
「なんでやねん!」
「知らんがな!」
「もう、岡井くんいい加減にしてよ!」
いい加減にして欲しいのはこっちのほうだ! 僕は知らない!
と、答えようとしたけれどやめた。
知らないと言っても、納得しそうに無い。
「じゃあ福田も僕と一緒に帰れば?」
福田はそれを聞くと、腕組みして考えこんだ。

「だめ」
しばらく考えた結果がこれだそうだ。
だめ、って言われても僕にはどうしようもない。
「なんだよ、勝手にしてよもう」
僕はまた教科書の枕に突っ伏した。
「寝ないでよ!」
間髪いれずに福田が僕をまた揺り起こす。
「はぁ…」
「舞ちゃんにゲームをやめるように言ってよ」
今度はそう来たか。
「自分で言えばいいじゃん」
「岡井くんが言って!」
わがままな奴だ。 俺は何も悪いことしていないのに。
福田はとにかく僕と萩原が一緒に帰るのが嫌らしい。
僕に萩原を取られたとでも思っているのだろうか。
キッと睨みつけたまま、僕の答えを待っている。
福田には悪いが、僕にはいい対処法は思い浮かばない。

休み時間の間中、ずっと福田に睨みつけられ続けるのだろうかと思った矢先に、助け舟が来た。
「かのんちゃーん、授業に遅れるよー」
廊下から聞こえてきたのは萩原の声だ。
リコーダー入れの袋を腕からぶら下げて、福田に手招きしている。
どうやら隣のクラスの萩原や福田の次の授業は音楽らしい。
福田は僕をひと睨みしてから、萩原のほうに向き直って
「うん、今行くよ」
と、この教室を出て行った。

神様、仏様、萩原様! 僕に睡眠の時間を少しでも与えてくれてありがとう!

そして僕は、再び眠りに着いた、が。
「岡井、次は体育だぞ。 着替えないのか?」
安達の声で我にかえる。
しまった、体育か。 すっかり忘れてた。
もはや誰を恨んでいいのやらわからないので、とりあえず安達を睨んでみる。
「なにボサっとしてんだよ、早く行かないと怒鳴られるぞ」
既に体操服の安達は、そう言うとさっさと行ってしまった。
ため息一つして、僕も渋々着替えることにした。

カチャカチャカチャカチャ…
ピコピコピコピコ…
部屋の中にはボタンを押す音と電子音だけが響いている。
「あのさー、明日卒業式だよ?」
「そうだねえー」
萩原がテレビ画面を見たまま答えた。
画面の中では"まい"という名の主人公と"ちさと"という名の魔法使いが
モンスター相手に戦いを繰り広げている。
「卒業式なのに居眠りしたらまずいんじゃない?」
「舞は大丈夫だよー、6時半までには帰るから」
そりゃそうだ。
困るのは僕だけだ。
というか僕が困るから、早く帰らせようとしているわけだけど
卒業式前日だというのにきっちり6時半まで遊んでいく気らしい。
RPGのの遊び方を教えたら、すっかりはまってしまったようだ。
すぐに飽きるだろうと思っていたのに。
しかしなんとかしなければならない。
このままでは僕は卒業式でまで居眠りしてしまいそうだ。

カチャカチャカチャカチャ…
ピコピコピコピコ…
電子音をBGMにしばらく対策を考えていたところ
ふと、昼間に福田に言われたことを思い出した。
「そういえば今日さ、福田に言われたんだけど」
「んー? あ、休み時間になにか話してたね」
「最近、お前が一緒に帰ってくれないって寂しがってたよ」
「寂しいって言ってたの?」
相変わらず画面から目を離さずに喋っている。
「いや、寂しいっていうか、怒ってたよ。 僕とばっかり一緒に帰ってるから」
「そぉっかー」
萩原はさして気にしていない様子だった。
「福田が泣くぞ…」
言った後、僕は福田の、あの仔犬みたいな顔で泣きじゃくる姿を想像してしまった。
ううむ、あの顔で目の前で泣かれたら結構辛いかもしれない。
「あ、たおせない! 何これ、つよいよ! どうするの!?」
萩原は僕の考えていることなどおかましなしで、ゲームに夢中である。

「はぁ…」
「ねえねえ、ため息ついてないで教えてよー!」
どうやら萩原は僕や福田のことより、ボスキャラを倒そうと必死らしい。
「レベル上げずにどんどん進むからだよ…」
「えー? レベルって勝手に上がるんじゃないの?」
「上がるか! 敵をたくさん倒して経験値を上げるの!
 お金もたまらないから武器も買えなくて、弱いままだから勝てないんだよ!」
「なんで怒るのー」
ついイライラして怒ってしまい、萩原はしょぼんとしてしまった。
しかしレベル上げはRPGをプレイするにあたり、当然のことだ。
「とにかくたくさん敵を倒して、レベル上げて出直すしかないね」
「じゃあ今やってるのは負けるしかないの?」
「だろうね」
「えええー、だって、レベル上げなきゃダメって最初言わなかったよー」
確かにレベル上げをしなければいけないということは教えていなかった。
レベルという概念くらいはわかっているものだと思いこんでいたからだ。

「そのくらいわかると思ってたんだけど…」
「わからないから教えてもらってるんでしょー!」
「そうでした」
「もう! 今日はレベル上がるまでやる!」
「おいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃ!!!」
「やるったらやるの!」
「帰らなきゃだめだろ!」
「おうちに電話するから大丈夫だもん!」
「ご飯はどうするんだよ!」
「千聖ちゃんちで食べる!」
「マホー!(舞の奴なんて事を言うのか、あのアホォの略)」
そんなことされたら僕はどうなるんだ!
本当に卒業式でも寝かねない!
「そんなに怒らなくてもいいじゃない」
「だいたいね、萩原もゲームばっかやってないで
 ちゃんと福田といつもどおり帰ってればいいじゃんか!」
それを聞くと萩原は僕をちょっと見てから、にへへと笑った。
「ダメだよー、かのんちゃんはライバルだもん♪」
「は?」
ライバル?
ハッ、そうか! なるほど! わかったぞ!
福田が怒っていたのは、僕に萩原を取られたと思っていたからじゃなくて
同じゲームを福田もやっていて、どちらが先にクリアするか競争していたんだ!
謎は全て解けたー!

パパパパーンパーンパーンパッパパーン♪

晩ご飯を食べ終わり、午後8時頃。
ボスをどうしても倒したいと萩原が言ってから今までで、"まい"はレベルが2つあがった。
溜まったお金である程度強い武器と防具を買えば、おそらくボスは倒せるだろう。
「レベルも上がったことだし、続きは今度にしよう」
「えー」
「えー、じゃないよ。 僕は全然やってないんだから!」
「でーもー、これならあの変なのにも勝てるでしょー」
変なの、とはもちろん萩原が苦戦していたボスモンスターの事だ。
「変なのって、ちゃんと"ナカジェリーヌ31世"って名前があるんだよ」
「なまえは忘れたけど、でもすぐ倒せるからそこまでさせてよー」
「ダメ!」
"レベル上げ"というアビリティを覚えた萩原は
さっき言った事など忘れて、今度はボスを倒すまでやると言っている。
もう本当に僕が遊ぶ時間なんて無くなりそうだ。
「やあだ、やりたいの!」
萩原は食い下がらない。
「あのねえ、もともとこれは僕が萩原くんから…」
「千聖ー、ちょっと降りてらっしゃい」
僕の言葉を、母親の声が遮った。
「…もう」

「なーにー」
部屋から出て、階下の母親に呼びかける。
「お客さん来てるから、千聖ちょっと出て」
「母さんが出ればいいじゃーん」
「忙しいの! いいから早く出なさい!」
「…はぁーい」
僕は仕方なく階段を降りて、母親のいる台所へ向かった。
母親は夕飯で使った食器の片付けと
もうしばらくしたら帰ってくるであろう父親の食事の準備をしている。
「誰が来てるの?」
「さあ? わからないから千聖みてきて」
人を呼ぶ前に客人の確認くらいして欲しいものだ。

玄関へ向かい、ドアを開けようとしたところにチャイムが鳴った。
ピンポーン…ピンポーン…
「はいはい、今出まーす」
ガチャッ
「こんばんわ、夜分遅くすみませーん…って千聖か」
「あ、萩原くん」
訪問者の正体は、萩原くんだった。
今僕の部屋でゲームに夢中になっている妹を迎えにきたのだろう。
「舞がお邪魔してるみたいで」
「ああ、うん。 部屋で萩原くんから借りたゲームやってる」
「え? ああ、アレか。 なるほどなるほど…」
なるほど、って何がなるほどなんだか。
「千聖ー、どなたー?」
台所から母親の声。
「萩原くんだよー」
「あらあら、じゃあ上がってもらってー」

萩原くんを居間に通して、ソファに座ってもらった。
「千聖、ゲーム進んだ?」
「一応やってるけど、今はあいつが…」
天井を指差しながら言った。
「ははは、俺がやってる時にはさんざんつまらないとか言ってのに」
「僕の前でも言ってたよ。 でもちょっと教えたらはまっちゃったみたい」
「舞がはまるようなゲームでもないと思うんだけど、なんでだろうな」
言いながら萩原くんは、僕を見てニヤニヤと笑った。
それはいつかの安達の表情に似ていた。

「ごめんねえ、わざわざ来てもらって。 はい、これどうぞ」
母親がお茶をトレーに乗せて運んで来た。
「ああ、お構いなく。 すぐ連れて帰りますから」
萩原くんは、僕の母親にぺこりとおじぎをした。
うーん、萩原くんってこんなに礼儀正しかったっけ…
最近の萩原くんはなんだか少し大人びている感じがする。
「遠慮しなくてもいいのに、生徒会長が板についたのかしら?」
「もう、おばさん。 会長でいるのも明日までですよ」
「そうだったわねえ、萩原くんもついに春から中学生だものね」
まずい。 世間話が始まってしまった。
母親のことだから、長い話になりそうだ…。

「…それで、佐紀ちゃんとはどうなの?」
「あ、おばさん知ってたんですか」
「知ってるわよお、だってこの前の夕方に…」
母親と萩原くんが話し始めてからもう30分が経とうとしている。
このままほっといたら永遠に雑談が続きそうだ。
「あのさー萩原くん、そろそろあいつを連れて帰ってもらわないと…」
「ああ、悪い悪い。 千聖がゲームできないもんな」
「うん…」
萩原くんは母親が持ってきたお茶を一口すすると、ソファから立ち上がった。
「それじゃおばさん、どうも舞がご迷惑おかけしました」
「いいのよ、舞ちゃん可愛いから。 中学生になってもたまには遊びに来てね」
「はい、お言葉に甘えて遠慮なく遊びに来ますよ」
母親にまたおじぎをすると、萩原くんは居間を出て階段へ向かった。
僕もそれに続く。

僕の部屋の前まで来ると、ゲームのBGMが漏れて聞こえてきている。
時間的にはもうボスを倒していてもいい頃だ。
もしかして更にその続きまでやっているのだろうか。
「おーい舞、迎えにきたぞ」
萩原くんがドアを開けると、まず目に入ったのはテレビ画面。
ゲームの主人公達が洞窟の途中で立ち止まっている。
そして、そのテレビの前で横たわっている萩原の姿。
コントローラーを握り締めたまま、僕らに背中を向けて寝息を立てている。
『はぁ…』
僕らは思わず同時にため息をついてしまった。
「まったく、舞のやつ」
そう言って萩原くんは、眠りこけている萩原の体を揺さぶった。
「舞、帰るぞ。 ほら、立て」
「…んぁ、ううん」
目を覚ました萩原は、言われるまま立ち上がった。
そしてよろよろと歩いて、萩原くんが何も言う前に
座っている萩原くんの背中に勝手にだらりと覆いかぶさった。
僕と萩原くんは、顔を見合わせて小さく笑った。

萩原君は、またすぐに眠ってしまった妹をおぶって帰っていった。
ようやく自分の時間が出来たと思ったけれど
ふわあ、と大あくびが出てきたので、今日はやめておくことにした。
やっぱり卒業式でまで居眠りしてしまっては、卒業生のみんなに悪いし。
今日はおとなしく、早めに眠ろう。

翌日、卒業式。
壇上では卒業生が次々に卒業証書を受け取っている。
萩原くん、さくちゃん(橘)、かずくん(剣崎)、
佐紀姉ちゃん、桃ちゃん、舞波ちゃん、ママ(須藤)。
近所に住んでいるみんなが春からこの学校にいなくなることを思うと、やっぱり寂しい。
中学校はすぐ近くだから会えなくなるわけじゃないけど
みんな中学校で新しい友達とか出来たら僕らとあんまり遊んでくれなくなるだろうし
特に佐紀姉ちゃんは遠くの学校に行ってしまうから、今度はいつ会えるかわからない。
そういえば、萩原くんはどうするんだろうか…。

卒業式が終わった後の騒々しい教室。
「終わったなあ」
安達が机にだらしなく突っ伏している。
「ふぁあああ〜」
僕も椅子にもたれかかって、大きく伸びをした。
卒業式みたいな、ああいった緊張する行事は疲れてしょうがない。
他の生徒もみんな思い思いにだらけている。
「そういや萩原くん、どうするんだろうな」
安達も僕と同じ事を考えていたようだ。
萩原くんが、すぐ引越してしまう佐紀姉ちゃんと付き合いはじめた理由はわからない。
昔から仲が良かったのは知ってるけど、余計に悲しくなるだけだと思う。
「まあ、遠距離恋愛ってことになるんじゃない?」
「遠距離恋愛か、手紙とか電話とか」
「電話代、すごいだろうな」
「岡井はどうする? もし将来、遠距離恋愛とかしたら」
遠距離恋愛か。
恋愛のことすらよくわからないのに、どうすると言われても答えようがない。
「実際そうならないとわかんないけど、するとわかってるんなら付き合わないと思うよ」
「ほほー、クールだねえ」
別に、そんなつもりじゃないけど…。

「岡井くん!」
廊下のほうから僕を呼ぶ声がした。
見ると、福田が教室の扉の前に立っていて、僕を睨みつけている。
もしやまた萩原のことで怒られるんだろうか。
僕が萩原に教えているせいで、ハンディが生じていることに。
「なんだか、怖いんだけど…」
「なはは、いいから行って来いよ」
安達は僕の気持ちなど察してくれない。
しかたなく立ち上がり、僕は福田のもとに向かった。

「なに?」
「ちょっと来て」
廊下に出るなり、福田は僕の腕を引っ張った。
「ちょ、ちょ、ちょっと、どこ行くの?」
「いいから!」
言われるがまま、僕は福田についていった。
僕の腕をひっぱったまま、福田はずんずん進んでいく。
角を曲がり、渡り廊下を越えて、それでもまだ福田は止まらない。
そして図書室の扉の前に来て止まるまでのあいだ
眉間に皺を寄せたままの表情は一切崩さなかった。

「なんだよ、いきなり…」
ようやく腕を離してもらったので、問いかけてみる。
福田はふぅふぅと息をしながら、また僕を睨みつけた。
「岡井、くん…」
「な、なに?」
福田はまっすぐに僕を見つめた。
「昨日も、舞ちゃんと一緒に帰ってたでしょ?」
「やっぱりその事かあ。 うん、一緒に帰ったけど」
「…今日も、一緒に帰るの?」
今度は眉毛を下向きにして、少し泣きそうな顔をしている。
別に僕は、萩原を取った覚えはないし。ひいきしてゲームを教えているわけでもない。
勝手についてくる萩原が悪いのに、どうして僕が
福田に怒られたり泣きそうな顔されたりしなきゃいけないんだ…。
「なんで?」
また"なんで?"か。
そう言われても答えようが無い。 ついて来るからと答えても納得しないだろうし。

「なんでって言われても…」
「なんで、舞ちゃんばっかり……ずるいよ」
ずるい? ああ、ゲームのことか。 やっぱり僕の勘は当たっていたようだ。
「アレはだって、萩原が僕んちに押しかけてきて…」
「だから、一緒に帰ってるの?」
「一緒にっていうか、ついてきてるだけ」
「ホントに、岡井くんが誘ってるわけじゃないの?」
「違うよ」
「そっか、よかった」
福田は胸をひと撫でして、いつもの顔に戻った。
よかった、って何がよかったんだろう。
僕が萩原にばかりゲームを教えているから悔しいんじゃなかったのか?
「どういう意味?」

コホン、と咳払いをひとつして呼吸を整えた福田は
怒っている表情でも、泣きそうな表情でもない
ほんとに楽しい時にする、とびきりの笑顔で、僕をじっと見つめた。
「今度は、私と一緒に帰って欲しいな」
一緒に帰るって、それくらい別にいいけど
何もそんなにあらたまって言わなくてもいいのに。
「いいけどさ、だからこの前も3人で一緒に帰ろうって…」
それを聞くと福田は、はぁ、と一つため息をしてから
「ちがうの、私は岡井君と二人で帰りたいの」
「へ?」
「…だって私、岡井くんのこと大好きだもん」

僕は、言葉が出なかった。

うーん…。
好きだと言われた事は素直に嬉しい。
福田は可愛いほうだと思うし、実際人気もある。
でも僕は福田に対して幼馴染以上の気持ちは持てそうにない。
結局僕はあの時、福田が「じゃあね」と言って去っていくまで何も答えることができなかった。
しかしなんで僕に告白したんだろう。
今までそんな素振り見せたことなかったはずだ。
それともやはり、僕は鈍感すぎるのだろうか。

いろいろと考えながら教室に戻る途中、放送室から萩原が出てくるのが見えた。

「すみません、ありがとうございましたー」
萩原は放送室の中にぺこりとお辞儀をしてから、ドアを閉めた。
そして向き直ったところで僕と目が合った。
「何やってんの?」
「あれえ、千聖ちゃん! どこにいたのー」
言うなり、僕のもとにトテトテと駆けてくる。
「いや、僕はちょっと、その、福田と話してて」
「かのんちゃんと? 何を?」
「何っていうか…」
僕が口ごもっていると萩原は、あっ、と口に手を当てた。
何か知っているのだろうか。
いや、知っているというより、福田からすでに聞いていたのかもしれない。
告白をするんだから一番の親友に相談するのはよくあることだ。
「告白、とかされたの?」
やっぱり。
「まあ…そうだけど」
「そっかあ…」
と、廊下の窓に視線を移してつぶやいた。
告白された事を相談されていたのであれば、もっと違う反応があっていいものだ。

「萩原は放送室で何やってたの?」
「ん? 千聖ちゃん教室にいなかったから、探してたんだよ」
僕を探してた? 一緒に帰るためだろうか。
まさか卒業式だというのに今日もうちでゲームをする気とか?
いやいや、今日くらい一人でゆっくり楽しませて欲しいのに。
「一緒に帰るために探してたの?」
「じゃなくて、舞も千聖ちゃんに話したいことあったから…」
「なに?」
「ちょっと、ここじゃ話しにくいなあ」
萩原は視線を落とし、両手の指を合わせてもじもじしている。

萩原の提案で、僕らは校舎の外に出た。
校舎裏の焼却場があるところで、ちょうど生徒会室の真横にあたる。
あんまり人のいるところでは話したくないそうだ。
「それで?」
「うんとねえ…」
萩原は僕の顔を見ては視線を逸らし、なかなか話そうとしない。
「気になるじゃん、言ってよ」
「えっとね、かのんちゃんに、好きって言われたんでしょ?」
「うん…」
「千聖ちゃんは、かのんちゃんになんて言ったの?」
今度は僕をじっと見つめて、答えを待っている。
「いや、何も…」
「え?」
「何も言わなかったよ。 なんか、言葉が出なくて」
「そ、そうなんだ…」
ふぅ、とため息をついている。

「福田が僕に告白すること、知ってたんじゃないの?」
僕の言葉を聞いて、萩原がびくっと体を振るわせた。
「知ってた、っていうか、うん、知ってたけどお…」
「どういうこと?」
「…あのね、かのんちゃんと、決めてたことがあったの」
「決めてたことって?」
再び両手の指をあわせてもじもじしだした。
言い出しにくいことを隠している時の萩原のくせだ。
「今日、一緒に千聖ちゃんに告白しようって」
「へ!?」
一緒に、告白? 僕に?
「でもかのんちゃんが先に教室からいなくなっちゃったから、もしかしてと思ってたら…」
「……」
「でも、千聖ちゃんは何も答えなかったんだよね。 よかった。
 抜け駆けしたから、かのんちゃんにバチが当たったんだよ」
「え、いや、あの、それって」
そういう事じゃない、僕が聞きたいのは…

「舞も、千聖ちゃんのこと好きだよ、ずうっと」

なんてこった。
萩原も、僕のことを、好き…?

ガラッ、と音がした。 僕らの真横にある生徒会室の中からだ。
僕らは反射的に、外からカーテンの隙間を見つけて生徒会室の中を覗いた。
人影が見える。 二人。
一人は椅子に座っている女子、もう一人はドアの前にいる男子。
影になっていてよく見えないけど、先ほどの音は男がドアを開けた音だろう。
この時間、生徒はみんな帰り始めてるから、こんな所に人がいるはずはないのに。
部屋の電気が付けられて、ようやくその二人の顔が見えた。
「あ、あれって…」
「お兄ちゃん…」
中にいたのは萩原くんと、佐紀姉ちゃんだった。
二人は椅子に座って話しはじめた。
「何話してるんだろ」
「……」

中の二人はしばらく話した後、立ち上がった。
萩原くんは佐紀姉ちゃんを抱きしめて、そして、キスをした。
「あ、うわ、チューしてる」
「やあ…」
僕らはその光景に見入ってしまった。
テレビでそういうところは見たことがあるけど
実際に目の前で見たのはこれがはじめてだ。 しかも萩原くんと佐紀姉ちゃん。
キスしたら子供が出来ると聞いたことがあるけど、ホントかな…。
「なあ、そろそろ行かないか、覗き見ってあんまりいいことじゃないし…」
と言おうと向き直ったところで、異変に気づいた。
萩原は中の二人を見ながら、泣いていた。
「え、ちょ、萩原…」
「ひっく、やだあ、お兄ちゃぁん…」
両目からぼろぼろと涙をこぼしている。

なんで、萩原が泣くんだよ…。
今日はわからないことが急に起こりすぎる…。

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萩原舞の日記

3月○日(土)
あしたお兄ちゃんたちはゆうえん地にいくってゆっていた。
さき姉ちゃんと、ももちゃんと、舞はちゃんと、まあさちゃんと
さくちゃんと、かずくんもいっしょに行くんだって。
いいなー 舞もゆうえん地に行きたいな。
お兄ちゃんは舞もつれて行ってくれないのかなあ。

ちさとちゃんともいきたいな。
でもちさとちゃんはゆうえん地あんまり好きじゃなさそう!

3月○日(日)
お兄ちゃんがすっごくニコニコしてかえってきた。
おばけやしきとかかんらん車とかにのってきて
にがてなジェットコースタにものれたってゆってた。
そしてお兄ちゃんはさき姉ちゃんのかれしになったんだって。

おめでとうってゆったけど本当はいや。
お兄ちゃんは舞をおよめさんにしてくれるってやくそくしたのに
なんでやくそくやぶるの!
お兄ちゃんのバカ! バカ! バカ!

3月○日(月)
お兄ちゃんがやくそくをやぶっておこったから
お兄ちゃんのゲームをこっそりもってって
ちさとちゃんにかしてあげた。
すっごくよろこんでくれた。
ゲームしてるときのちさとちゃんってお兄ちゃんににてるとおもった。
でもずうっとゲームばっかりしてるから
舞はぜんぜんつまんなかった。
たのしいの?ってきいたらちさとちゃんは不きげんになって
舞はおこったからかえった。

おうちにかえったらお兄ちゃんにもおこられたけど、ゆるしてくれた。
お兄ちゃんはやさしいから好きだけど、やくそくやぶったからきらい。

かのんちゃんに電話をしたら
舞がお兄ちゃんを好きなのはへんだよってゆわれた。
でもちさとちゃんも好きだよってゆったら
かのんちゃんもちさとちゃんが好きだよってゆってた。
そつぎょう式の日にいっしょに告白しようねってきめた。
舞とかのんちゃんはライバルだね。

でも今日はちさとちゃんにきらわれちゃったかも。
きらわれたらお兄ちゃんのせい!

3月○日(火)
あさちさとちゃんが舞にあやまってくれた。
そして、おこったらブサイクにみえるぞってゆってた。
おこってなかったらかわいいってゆうことかなあと思ってちょっとうれしかった。

でもがっこうからかえるとちゅうに
お兄ちゃんとさき姉ちゃんが手をつないであるいてたから
舞はおうちにかえりたくなくなったから
ちさとちゃんのおうちに行こうとおもって行った。
げんかんの前でちさとちゃんがおどかすから
舞はびっくりしてころんだときにパンツをちさとちゃんにみられた
すっごくはずかしかった!

そしてちさとちゃんのうちでゲームをおしえてもらった。
本当はそんなつもりじゃなかったけど
おうちにいたくないからきたっていったら
また変っていわれるから舞はうそをつきました。
ゲームのゆうしゃのなまえをいれるときに
好きななまえをいれていいってゆわれたから
ちさとちゃんのなまえを入れようとしたら
ちさとちゃんにきづかれるところだった。
舞のなまえにしたけど、お兄ちゃんのなまえはぜったいいれてあげない!
でもゲームはたのしかった。

3月○日(水)
またお兄ちゃんとさき姉ちゃんがいっしょにかえってた。
舞はおにいちゃんのうしろにいたけど
お兄ちゃんはぜんぜんきづかなかった。
舞はかなしくなったけど
またちさとちゃんのうちでゲームをしたらたのしかった。
舞にゲームをおしえているときのちさとちゃんは
ちょっと不きげんそうにおしえるけど
おもしろくってやさしい。
やっぱりお兄ちゃんににてる。

3月○日(木)
休みじかんにあだちくんとしゃべったときに
あだちくんは6年生のみやびちゃんが好きだってゆってた。
みやびちゃんは舞もみたことあってすっごくキレイだと思う。
あだちくんはおとなっぽいから、おとなっぽいみやびちゃんが好きなのかな。
舞にだれか好きな人がいるのってきかれたから
ちさとちゃんってゆったら、やっぱりってゆわれた。
舞がちさとちゃんのことを好きなのを知っていたのかな?
あだちくんはものしりだ。

今日もお兄ちゃんたちがいっしょにかえっていた。
でもちさとちゃんのうちでゲームするからいいもんって思ったら
ゲームのときに、ちさとちゃんにすこしおこられた。
おこってるときのちさとちゃんのかおはおもしろいけど
でもおこられたからかなしかった。

でもばんごはんがおにくだったのでうれしかった。

3月○日(金)
今日もちさとちゃんのおうちにいってゲームをした。
たのしいのでずっとやってたら
大きいボスにやられそうになってやられて
ちさとちゃんにレベルをあげないとダメってゆわれた。
だからちさとちゃんのうちでずっとたたかってレベルをあげて
ちさとちゃんのうちでごはんをたべて
レベルをあげてからけんをかって、大きいボスをたおした。

舞はとちゅうでねむってしまって
お兄ちゃんがむかえにきてくれたからつれてかえってもらった。
お兄ちゃんのせなかが好き。

お兄ちゃんはあしたでそつぎょう式だからさみしいってゆったら
いっしょに寝てもいいよってゆってくれて、舞をなでてくれた。
ちさとちゃんが好きだけど、お兄ちゃんもやっぱり好き。
今日はお兄ちゃんといっしょに寝るからうれしい。

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僕はそんなにまだ、恋愛に興味があるわけじゃあない。
でも、それなりに理想というか、憧れというか、そういったものはある。
テレビや漫画とかの知識ではあるけれど
告白にしたって、そういった理想は持っているつもりだ。

しかし、こんなに気持ちの盛り上がらない告白のされ方もないと思う。
福田に告白された時も、急過ぎてで何がなんだかわからなかったし
続いて萩原に告白されたかと思ったら関係のない事で泣き出すし…。
いっそ無かったことにして欲しいくらいだ。

萩原くんと佐紀姉ちゃんが生徒会室から出て行ってから
30分ほど時間が過ぎていた。
「泣きやんだ?」
「…うん、ぐすっ」
僕は校舎の壁、つまり生徒会室の外の壁にもたれて座って、萩原から話を聞いていた。
萩原は僕の隣で泣きながら、萩原くんのことや、福田のことを話してくれた。
福田と萩原はゲームのクリアを競争していると思い込んでいたけれど、完全に見当違いだった。

萩原はすべて話してくれたから、僕も今思っていることをすべて伝えることにした。
「あのさ」
「ん…」
萩原は涙をぬぐいながら、僕を見上げた。
「福田はなんで僕のこと好きなんだろう」
「…舞も知らない。 そういうことまでは二人とも話してないから」
そしてまた、ぐすっと鼻をすすった。
「そっか。 じゃあ萩原はなんで僕が好きなの?」
「え? …なんでだろう、わかんない」
「わかんないけど好きなの?」
「うん…、好きだよ」
涙顔から無理やり笑顔を作って僕を見た。
「僕は、怒ってるよ」
「おこってるの? なんで?」
「たぶん、萩原が僕のことを好きなのは、萩原くん…兄ちゃんの代わりなんじゃない?」

萩原の話を聞きながら、ずっとそう思っていた。
たぶん、萩原くんと佐紀姉ちゃんが付き合うようになって、失恋に似たものを感じたんだろう。
そのせいで、兄妹愛と恋愛をごちゃ混ぜにして
代わりに、萩原くんに似ている僕に気持ちを無意識にスライドさせているんだと思う。
まあ、萩原くんとどこが似ているのかは僕にはわからないけど。

「そんなことないよ! だって好きだもん!」
「自分で気づいてないだけだって」
「そんなこと…ないもん…」
止まりかけていた涙が、再び萩原の目から溢れてきた。
それでも僕は続けた。
「僕は萩原の気持ちにはまだ答えない。 もちろん福田にも」
「……」
「萩原も、もっと自分の気持ちを考えてみてよ」
「きもち?」
「兄ちゃんと僕に対する気持ちを、はっきり分けられるようになってから
 その時、もしまだ僕のこと好きだったら、もう一回告白してよ」
「うーん…」

最初は僕の言ったことがどういう意味なのかよくわかっていなかったようだけど
しばらく考えこんでから、萩原は顔をあげた。
「レベル上げ、ってこと?」
「まぁ、そういうこと」
萩原は目を細めて、ふふっと笑った。
「じゃあ、いっぱいがんばって、レベル上げするよ!」
「おう」
「そしてたくさん強くなって、千聖ちゃんを倒す!」
「僕は倒さなくていいから! ていうか、僕も一緒にレベル上げする」
「一緒にするの? じゃあ誰を倒すの?」
「だから倒さなくていいってば!」

それから僕らは顔を見合わせて、めいっぱい笑った。
こんなに大笑いしたのもひさしぶりだし、そんな萩原を見るのもひさしぶりだ。
萩原の笑顔を見て、僕はちょっとだけ、どきっとした。
そんな自分の気持ちの変化に抵抗するつもりがあったのか
それとも逆にその気持ちを自分で受け止めたのか
僕自身にもわからないけど、無意識的に僕は萩原の頬を両手で包んでいた。
「ふあ、なに? どうしたの?」
「あっ、えっと、なんか、…ぷにゅぷにゅしてるね、このほっぺ」
「え、そう…かなあ。 へへへ」
まだ少し涙で湿っている頬を、そのままきゅっと掴んだ。
「うあ、ちしゃとひゃん何ひゅるのー」
「うーん、ほんとにぷにゅぷにゅしてる…」
なんとなく触ったものの、ホントになかなかいい触り心地だった。
「もお…」
やっぱり、可愛いかも。

「あー! いたいた!」
安達の声がして、素早く萩原の頬から手を離した。
二人で声のしたほうを向くと、安達が校舎の角から歩いてきていた。

「めちゃくちゃ探したんだぞ。 何やってたんだよー」
「いや、別に…」
「別にってこたあないでしょ、萩原は涙目なのに」
安達は萩原の顔をちらっと見てから言った。
「えっと、レベル上げの話をしてたんだよ、レベル上げ」
「レベル上げ? ゲームの? なんでそれで泣くんだ?」
僕が言い訳を思いつけないでいると、萩原がフォローを入れてくれた。
「千聖ちゃんに、もっとレベル上げなきゃダメだって怒られてたの」
「それで泣くか?」
「うーん、舞、泣き虫だからね」
「ふうん。 まあいいか、そろそろ帰ろう。 福田も待ってるし、お腹も減ったし」
そういえば、お昼はとっくに過ぎている。
「そうだね。 行こう、萩原」
萩原に手を差し出した。
「うん!」
萩原の小さな手が、僕の手を握る。

僕も萩原も、答えはまだ出せないけど
二人でレベルを上げてからでもまだ遅くない。
僕らには時間はたっぷりあるんだ。


そしてそれから、3年が経った。

 

2月、某日。

「千聖ちゃん!」
放課後の教室に、萩原の声が響き渡る。
クラスのみんなは声のした教室の入り口を見たあと
いっせいに僕のほうを向いてニヤニヤと笑う。
もはやそれは恒例になってしまっている。
みんな安達の笑い方が伝染ってしまったようだ。
もちろん安達本人も、その彼女の福田も、やはりニヤニヤ笑っている。
「いつまでその呼び方続けるつもりだよ…」
呟きながら見ると、萩原は教室の入り口から僕に手招きしている。

廊下に出ると、萩原はにへへと笑っていながら待っていた。
「なに?」
「いいもの見つけたんだあ〜」
そう言うと、持っているやけに大きいバッグから手帳のような物を取り出した。
「それ?」
「うん! 見たい? 見たい?」
「見たい見たくない以前に、それなんなの?」
僕の答えを待っていたかのように、にかっと笑うと
持っていたそれを勢いよく開いた。
「じゃーん! 昔のアルバムでーす!」
勢いよすぎて何枚もの写真が廊下の床にばらばらと散らばってしまった。
「あーあ…」
「あっ、もう、なによう!」
自分で開いたくせに誰にあたっているのかわからないが
ぷんぷん怒りながら散らばった写真を集めている。
しゃがんで一枚一枚拾い集めている萩原の、黒いスカートからピンク色の…
「パンツ、萩原、パンツ」
「えっ、あ! もう、見ないでよー!」
いつもみたく頬を膨らませて僕を見た。
その表情が、たまらなく愛しく感じる。
「いいね、その顔」
それを聞くと、萩原はまたにかっと笑った。
「ほんと? 可愛い? 舞の今の顔よかった?」
これも、いつものやり取りだ。

落ちた写真を全て拾い集めてから、萩原は改めてそれを僕に見せた。
「ほら、これ! 3年生の時の写真だよ」
一番に見せたのは、その年の卒業式の日に
4人で僕の家に集まって遊んだ時に母親が撮った写真だった。
『お兄ちゃん達ばっかり美味しいもの食べてばっかりでずるい!』と
萩原がだだをこねていたのを見た僕の母親がピザを注文してくれて
それをみんなで食べている写真。
萩原は僕の隣に寄り添ってピザを頬張っている。
現像した写真の中で、いくつか萩原が持っていったもののひとつだ。
写真の中の僕らはとても幼くて、身長も今に比べるとかなり低い。
萩原もこの時に比べるとかなり成長していた。
女の子は成長が早いというけれど、今の萩原も身長が伸び、僕に追いつこうとしている。
それに結構出るとこは出てきているのでたまに目のやり場に困る時がある。
しかしそんなことおかまいなしに、無邪気さだけはあの頃と変わっていないように見える。

「懐かしいなあ」
「でしょー! 見てたらなんだか嬉しくなって持ってきちゃった」
と、本当に嬉しそうに言っている。
「でもなんで昔の写真なんて見てたの?」
「…うーん、聞きたい?」
萩原は悪戯っぽく笑って、僕の顔を覗き込んだ。
「いや、別にそんなには」
「えー、そんなに聞きたいのー?」
会話になってないぞ。
「どうしてもって言うなら聞いてやってもいいよ?」
「どうしてもって言うなら教えてあげてもいいよ?」
僕の言う事はあまり聞く耳もたないらしい。
しかしこのまま意地を張り続けても意味がなさそうだ。
「聞きたいです。 教えてください」
「しょーがないなあ、じゃあこっそり教えてあげるからこっち来て!」
このやろう、と思いつつも萩原に連れられるまま僕は校舎の外へ向かった。

萩原が連れてきたのは、校舎裏の焼却場のある場所。
そこは生徒会室のすぐ真横で、つまり…
「なんで焼却場? 写真燃やすの?」
「燃やさないよっ! もう!」
とぼけてみたけど、もちろんここがどういう場所なのかはわかっている。
ゴミ焼きの時にしか来ることのない場所だけど
それ以外にここに来た思い出といえば、あの時のことしかない。
「この場所とそのアルバムが何の関係があるわけ?」
「えへへ、直接関係あるわけじゃないんだけどー」
と、両手の指をあわせてもじもじしている。
言いにくいことを隠している時の、萩原の癖。
「…なに?」
「その、写真、ひっくり返してみて」
さっき萩原から見せてもらった写真を僕はまだ手に持ったままだった。
これを、ひっくり返す?
「こうか?」
「ちっがーう! 逆さまにするんじゃなくて裏返すの!」
「…なるほど」
写真を裏返すと、色ペンを使ったまんまるい文字で手紙が書かれていた。

   千聖ちゃんへ
舞が千聖ちゃんに告白した日からもう3年くらいたつね。
千聖ちゃんは今どう思っているのかわからないけど
舞は今でも千聖ちゃんのことが大好きです!
3年間でたくさん成長したけど、好きな気持ちは変わらないよ。
だから千聖ちゃんが舞のレベルアップを認めてくれるなら
舞の彼氏になってください。


「……」
「…どう、かな?」
「レベルアップ、してるかなあ…」
「ええー、してるよう!」
萩原は眉毛の八の字に曲げて困ったような顔をしている。
「ほんとに?」
「ホントだよ!」
「じゃあ、兄ちゃんより好き?」
「うん! 千聖ちゃんのほうが好き!」
即答だ。 去年聞いた時はまだ迷っていたけど。
「うーん、しょうがないなあ。 認めてあげよう!」
「ほんと!? やったー!」
本当に嬉しそうに、飛び上がって喜んでいる。
そんな姿は、やっぱり可愛いらしい。

飛び跳ねていた萩原は、ふと何かを思い出したような顔をした。
「どうした?」
「まだ渡すものあったの! 忘れてた!」
「ん?」
そう言うと萩原は、さっきから持っていたバカでかいバッグを持ち上げると
そしてそこからまるでホームベースくらいの大きさの箱を取り出した。
「はい、これ!」
「あ、ありがとう。 これ何?」
「何って、今日が何の日じゃ知ってるでしょ!」
「今日は2月14日だけど、え、まさかこれって…」
「そう、チョコレート♪」
「まじで!?」
チョコレートっていうサイズじゃないと思うんだけど…。
「昔ね、お兄ちゃんが学校でもらってきたチョコレートを舞にくれたことがあったんだけど
 その時にもらったチョコレートがとっても美味しくて」
「それが、このくらいの大きさだったの…?」
「ううん、もっと大きかったよ? でも舞も好きな人には愛情たくさん込めて
 大きいチョコレートをあげたいなって思ってたんだー」
「そ、そっか…。 ありがとうね」
これよりもデカいチョコレートを作る人がいるのか…。

「それにしてもこんなチョコをもらうなんて、萩原の兄ちゃんてすごいね」
「6年の時はチョコレートたくさんもらってたよー」
「そんなにモテてたんだ…」
「でもお兄ちゃんは今もずっと佐紀姉ちゃんひとすじだからね
 高校もわざわざ福岡の高校に行くって言ってた」
「福岡に!?」
福岡というと3年前に佐紀姉ちゃんが引越したところだ。
追いかけていったのか、萩原くん…。
「だから千聖ちゃんもそれくらい舞のこと好きになってね!」

「うん…」
…言われなくても、僕はあの時からずっと、萩原のことが好きだ。
3年前のあの日は、『お兄ちゃんの代わり』って気がして素直に答えることができなかったけど
さっきの萩原の言葉に嘘はないと思うし、僕も今なら素直になれると思う。
「僕、萩原のこと好きだよ、たくさん」
「……」
萩原は真っ赤になって俯いてしまった。
「どうしたの?」
「なんか、あらためて言われると、照れるなあ」
そうやってまたもじもじしているところも、やっぱり可愛らしい。
「萩原」
「うん?」
僕の声を聞いて見上げた萩原の両頬を、すかさず両手で包んだ。
「わっ、わっ、千聖ちゃん、なに?」
「ちょっと、じっとして」
僕の手に包まれて、顔を真っ赤にしたまま、萩原は固まってしまった。
「……」
「……」
「……」
「……」

ぎゅうっ。

ひさしぶりにまた、萩原の頬を掴んでしまった。
ぷにゅぷにゅのほっぺの感触が気持ちいい。
「んぁあ、何ひゅるの」
「ひさしぶりに触りたくなっちゃって」
「んもう…!」
萩原は、僕の手に掴まれながら、そのほっぺを膨らました。
やっぱり萩原のそういう顔は可愛らしくって
それを見ていたら、つい、キスがしたくなって…

僕の唇は、萩原の頬に触れた。

「あっ」
「…えっと、ご、ごめ」
僕が言い終わる前に、今度は萩原が僕の頬にキスをした。
「お返し、ふふっ」
「う、うん」
それから僕らは、もう一度キスをした。

僕と萩原は、3年間でいったいいくつレベルが上がったんだろう。
キスなんて!とか思っていた時から考えると少しは成長していると思うけど
結局、数値にしたら1つか2つくらいしか上がっていなかったんじゃないかな。
それでも、僕らにとっては大きな成長だったのかも。
そして今日も、またひとつレベルが上がった気がする。
だって確実の僕らの頭上には、ファンファーレが鳴り響いているから。

 

おわり