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【妖精の奇跡・アイリーンの1週間】

1 名前:名無しさん 投稿日:05/01/27(木) 19:37:05

水曜日 20:55
「はあ・・・・・・・・・・・カワイイよなあ」
入浴後、部屋に閉じこもり鍵を閉め、修学旅行の時のクラスの集合写真を眺める
俺はため息をついた
この世のものとは思えない、妖精か、天使か、女神を思わせる眩しい笑顔
俺は机の秘密の引出しの鍵を開け、中から1枚の紙を取り出す
スキャナを使って妖精の笑顔をパソコンに取り込み、ペイントソフトでリタッチし、拡大してプリントした紙
俺の一番の宝物
大きな妖精の笑顔を見つめながら、俺はまたため息を漏らす
「ああ、やっぱりサイコーだよなあ・・・・・・・・・・・夏焼雅ちゃん」
夏焼 雅ちゃん
キメの細かいきれいな肌に細面で整った顔立ち
長くて美しいキラキラ輝く金髪に近い茶髪
大人びた雰囲気と子供っぽい無邪気な笑顔
クールで知的なオーラを漂わせているが、明るくて素直な性格
俺はそんな雅ちゃんが大好きだ
しかし、当然ながらライバルが多い
クラスの半分以上、それどころか他のクラス、他の学年、更には別の学校にもライバルがいる
男だけじゃなく、女子の中にも雅ちゃんを妖しい目つきで見ているのが何人かいる

「はあ、雅ちゃん・・・・・・・」
拡大写真を穴の開くほどじっくりと見つめる
鳩時計が9時を告げる
9回目の鳩の声に合わせて、後頭部に衝撃を受けた
強い力で頭を下に押された
雅ちゃんの写真にキスをしてしまった
インクの臭いと味がした

「はーい!こんばんわ〜!愛の妖精アイリーンちゃんでーす!」
頭の上で声がする
頭の上に誰かが乗っかっていて重い
机に打ちつけた額がズキズキ痛む
何が起こっているのかさっぱりわからないけど俺は不思議と冷静だった
「とりあえず降りてくれない?重いんだけど」
「あっ、ゴメンゴメン・・・・・よいしょっと、愛の妖精、アイリーンちゃんでーす!」
額のコブを摩りながら、頭の上から降りて俺の目の前に立った人物を観察した
歳は俺と同じか少し下くらいか?
クリーム色のダボっとしたワンピースを着ている
幼稚園児みたいでかわいらしい
ちょっと釣りあがった、気の強そうな澄んだ目が印象的
頭のてっぺんからつま先まで目線を2往復させてから俺は質問を始めた
「で、誰?」
「愛の妖精アイリーンちゃん」
「どこから入ってきたの?」
「妖精の国から妖精時空トンネルを通って」
・・・・・・・・・・・・・・・にわかには信じられない
「妖精って小さいんじゃないの?」
「小さくもなれるよ」
アイリーンはみるみるうちに小さくなり、見えなくなってしまった
「いけないいけない、小さくなりすぎちゃった」
そういう声が聞こえてくると、今度はアイリーンがだんだん大きくなった
どんどんどんどん大きくなり、天井に頭をぶつけた
「痛った〜い・・・・・・!」
アイリーンは元の大きさに戻った
「こんなこともできるよ」
アイリーンはふわりと空中に浮いた
信じられないが妖精だというのは本当らしい
額のコブがが痛いので夢でもないようだ

「んー・・・・・・・・妖精だっていうのはわかったけど、何しに来たの?」
「妖精の小学校の卒業試験を受けに来たのでーす」
「はぁ?卒業試験?何それ?」
「それはね、妖精の不思議な力を使ってね、人間界の誰か1人の願いを叶える、っていう・・・・・
『妖精の奇跡』を1週間以内に起こしたら合格なの」
「で、その誰か1人っていうのが俺なの?」
「ピンポーン!正解で〜す!あなかがアイリーンちゃんに選ばれたのでーす!」
妖精というものの存在さえ信じてしまえば、という仮定条件付きだが、話が読めてきた
「なんとなくわかった、と思いたい。で、どうして俺が選ばれたの?」
アイリーンが指を鳴らすと、雅ちゃんの写真がふわりと浮かび上がった
「妖精はね、人間の望みを叶えたいっていう想いに敏感なの」
アイリーンは雅ちゃんの写真を手に取った
「でね、キミの『雅ちゃんと両想いになりたいよ〜』って想いがとーっても強かったからね、
アイリーンちゃんが手伝ってあげるために人間界にやって来たんだ」
アイリーンは常に笑顔を絶やさずに楽しそうに語る
こいつ、よく見るとかわいいけどデリカシーってものが欠けている
「それじゃあ、アイリーンちゃんの合格と、キミのハッピーのために一緒に頑張ろう!」
頭のてっぺんのコブを左手で撫でながら、俺に右手を差し出してきた
アイリーンの勢いに呑まれた俺は、左手で額のコブを撫でながら思わずがっちり握手してしまった

「じゃあ、早速、その妖精の奇跡ってのを起こしてよ」
棚からボタ餅、妖精から雅ちゃん、いわゆるラッキーだ!
「ん?早速って、何をすればいいの?」
「だから、不思議な力を使って、雅ちゃんの心を変えちゃうの」
「それは・・・・・・すーっごく難しいから・・・・・小学生の私にはムリ」
拍子抜けすると同時に、世の中そんなにうまく行かないよな、って思った
「じゃあさ、どうやって俺と雅ちゃんを両想いにするの?」
「アイリーンちゃんパワーで、雅ちゃんがあなたに惚れちゃうような事件を演出するの」
「・・・・・・・・・・大丈夫?成功する?」
「うん、大丈夫!だって失敗したこと一度もないもんっ!」
「じゃあ、成功したことは?」
「・・・・・・・・・・・・・作戦を考えよ♪」
おいおい、大丈夫なのかな?この妖精さん・・・・・・・・・
「まだ私は雅ちゃんのことや人間界のことを知らないから、最初の作戦はあなたが考えてね」
「うーん、それじゃあ・・・・・・・・・」
俺が考えたのは、掃除の時間、まず俺が雅ちゃんにさり気なく近付く
そしてアイリーンが雅ちゃんが苦手なトカゲを不思議な力で出す
俺はそっと雅ちゃんの肩を抱いて、雅ちゃんが落ち着いたら、トカゲを遠くに逃がす
これで頼りになるところと、むやみに生き物を殺さない優しさをアピールする
という、手垢の染み込んだ古典的な作戦だった
「うわ〜!あなた天才!絶対雅ちゃんも惚れちゃうよ!」
「い、いや、これだけでコロっと行っちゃうことは無いと思うけど・・・・・・」
まあ、こんな作戦じゃせいぜいポイント稼ぎまでだろう
「じゃあ、作戦も決まったし、寝よ寝よ!」
アイリーンはそう言うと指をパチリと鳴らして煙とともにベッドを出した
「おやすみなさーい!」
そして、あっという間に無邪気な寝顔を晒して眠りについてしまった
鳩時計の鳩が10回鳴いた
なんなんだ、コイツ・・・・・・・・・・・

木曜日 07:55
学校に向かう俺に、アイリーンはついて来た
アイリーンの姿は俺以外、動物を含めて誰にも見えないらしい
アイリーンは初めて見る人間界が珍しいのか、「あれは何?これは何をするものなの?」と質問を繰り返す
俺は一つ一つ答えてやった
しかし、アイリーンの姿が見えない他人から見たら、今の俺はどう映っているだろう?
歩きながら時々「ポストだよ」とかブツブツ呟く俺の姿・・・・・・・・・想像したくない
「あ、あれが雅ちゃんだね!写真よりかわいいじゃん!・・・・・私ほどじゃないけど」
「バーカ、雅ちゃんの圧勝だよ」
「んもう、アイリーンちゃんもカワイイのに・・・・・・・」
そう言うとアイリーンはふわりと浮かび上がる
「今後の作戦の参考のためにも掃除の時間までちょっと人間界を調べてくるね!」
そして、俺が声をかける間もなく、市街地の方へ飛んで行ってしまった
なんだかものすごい不安を感じる

木曜日 13:15
給食が終わり掃除の時間
「おーい!」
アイリーンが空を飛んで戻ってきた
何やら赤いものを抱えている
「これ、拾ったんだ!カワイイでしょ?」
これは・・・・消防車とかの上に乗っている赤色灯だ!
「おい!これ、どうしたんだよ!?」
「赤い車の屋根の上に落ちてたの」
「バカ、今すぐ返して来い!」
アイリーンは文句をブーブー言いながら飛んで行った
アイリーンが戻ってきたのは掃除も終盤、チリトリの出番になってからだった
俺は急いで雅ちゃんの後ろに回りこんだ
アイリーンに目で合図を送る
アイリーンが指を鳴らすと俺たちの目の前に突然トカゲが現れた
体長10mはあろうかという巨大なトカゲ
俺は雅ちゃんより先に気を失った

木曜日 20:25
「ねえ、白馬の王子様作戦っていうのはどう?」
「・・・・・・・それ、どういう作戦?」
「女の子はねえ、白馬の王子様に弱いって本に書いてあったんだ」
何やら嫌な予感がする
「だからね、白馬の王子様にまたがって、雅ちゃんの前に現れるの!」
「あのねえ、王子様にまたがってどうするの?」
「あっ、そうそう、王子様じゃなくて白馬、白馬にまたがるの」
「えーっとねえ、この世界では白馬に乗って突然現れるなんて変な人だから」
「じゃあ、白くない馬?」
「そういう問題じゃなくって・・・・・・・・・」
「シマウマ?」
「だ・か・ら!馬に乗ってる人なんて競馬場くらいにしかいないの!」
「じゃあ、王子様の格好だけで我慢する?」
・・・・・・・・・・ダメだこりゃ
アイリーンにはまずこの人間界の常識を覚えてもらわなきゃならないな

結局、明日の作戦は、俺が考えた、
『給食の時間に雅ちゃんが嫌いのものを俺が代わりに食べてあげる作戦』に決まった
そして、雅ちゃんの土日の予定もアイリーンに調べさせることした

金曜日 12:22
女子仲間数人と教室を離れていた雅ちゃんが戻ってきた
アイリーンも雅ちゃんの背後にピッタリくっついている
「土日の雅ちゃんの予定、わかったよ!」
「おう、よくやった!で、どういう予定?」
「んーっとね、明日の土曜日はお友達と水族館!」
「お友達?それって、男?」
「違う違う、女の子だよ、クラス委員の清水さん、あのちっちゃい人?それと徳永さんと一緒」
俺は胸を撫で下ろした
「イルカのショーを見に行くんだって!ねえ、イルカってかわいいんでしょ?アイリーンも見たいなあ」
「よし、じゃあ俺たちも行こうか?」
「えっ!?いいの?やったあ! イ・ル・カ! イ・ル・カ!」
「で、日曜の予定は?」
嬉しそうに教室の天井近くを飛び回るアイリーンに声をかけた
「え!?ああ、日曜日はね、となりの市のおばあちゃんの家に家族で行くんだって」
じゃあ日曜は・・・・何もできないな

金曜日 12:33
給食がクラス全員の机に行き渡った
今日のメニューはクリームシチュー、具が多くて見えにくい
何かを紛れこませるにはもってこいのメニューだ
「アイリーン、雅ちゃんの嫌いなもの、わかるか?」
アイリーンはいつものように指を鳴らすと「バッチリだよ」と頷いた
クラス全員でいただきますの挨拶
直後にクリームシチューにスプーンを突っ込んだ雅ちゃんが悲鳴を上げた
「どうしたの?嫌いなものが入ってたの?代わりに食べてあげようか?」
雅ちゃんのスプーンにはゴキブリが乗っていた
「・・・・・・ゴメン、それは食べられません・・・・・・・・・・・」
俺はそう呟いて、アイリーンを睨んだ

金曜日 20:14
俺はテレビをつけて、学校の図書室で借りてきた魚類図鑑を見ていた
明日、水族館でさり気なく雅ちゃんに声をかけ、魚の解説をして知的な俺を見せるためだ
「あーいーあらばーIt's All Right♪」
アイリーンがミュージックステーションに出ているモーニング娘。の歌に合わせて、振り付きで歌ってる
小さな体を目一杯大きく動かして、眩しいばかりの最高の笑顔で楽しそうに踊っている
上手だな、という気持ちより見ていて幸せになるハッピーなダンスだな、という感想の方が強かった
CMになったのでテレビを消してアイリーンに聞いた
「ねえ、アイリーンは歌やダンスが好きなの?」
「うん!だーい好き! だって幸せな気分になれるもん!」
空中でY字バランスを決めながらアイリーンは嬉しそうに言った
その時のアイリーンの顔を見て、ドキっとした
『んもう、アイリーンちゃんもカワイイのに・・・・・・・』
という、昨日の朝のアイリーンの言葉が脳裏をよぎった
アイリーンの存在は、まだ雅ちゃんほどではないけれど、俺の中で大きく大きくなってきている
俺は慌てて魚類図鑑に目を落とした
「とくいーなこーとよりもー♪」
アイリーンはアカペラで歌い始めた
魚類図鑑を読もうとしているのに、どうしてもアイリーンのダンスに目がいってしまう
「あのさあ、『妖精の奇跡』が起こったら・・・・・・・・・・」
俺は何となく踊り続けるアイリーンに声をかけた
「俺と雅ちゃんが両想いになれたらさあ、アイリーンはどうなっちゃうの?」
「すぐに妖精の国に帰って卒業式」
「じゃあ1週間以内に奇跡が起こせなかったら?」
アイリーンは一瞬悲しそうな顔になったが、すぐにいつもの笑顔で
「もう!失敗した時のことなんて考えてたら本当に失敗しちゃうよ!」
と言ったが、笑顔には力が感じられなかった
そして、歌も踊りもやめてしまった

土曜日 10:13
「うわぁ〜電車だぁ!これ乗ってみたかったんだ〜!」
アイリーンはとっても嬉しそうだ
俺は雅ちゃんたちが乗りこんだ隣の車両の空いた席に座り、雅ちゃんたちの様子を伺う
雅ちゃんたち3人は、ボックスシートに腰を下ろして何やら楽しそうに話している
「うわっ!動き出したァ!揺れるね!キャハッ!楽しみだな〜!」
「ねえ、妖精の国には乗り物は無いの?」
俺は初めて電車に乗った田舎の子供のようにはしゃぐアイリーンに聞いた
「うん、無いよ!だってね、不思議な力使えば好きなときに好きなところに行けるもん」
「へ〜!じゃあ人間界は不便だろ?」
「そんなことないよ!とーっても、とぉ〜っても楽しいよ!ずーっとここにいたいな!」
そう言ってにっこり微笑むアイリーンの顔を見て、俺はず〜っとアイリーンが一緒の生活を想像した
毎日アイリーンの歌が聴ける
毎日アイリーンのダンスを見られる
毎日アイリーンと一緒に笑顔になれる
これはこれで、なかなか幸せなのかもしれない
アイリーンの方を見ると、車窓を楽しそうに眺めて即興の電車の歌を歌っている
電車の揺れとアイリーンの歌声で、俺は眠気を感じた
昨夜は遅くまで魚類図鑑見てたから眠いんだな・・・・・・・・・・・・
目的の駅に着くまで約1時間、寝ちゃおう・・・・かな・・・・・・・・・・・・
「・・・・てよ!起きてよ!おーきーて!」
俺はアイリーンに起こされた
「ねえ、海だよ!おっきいね〜!」
俺は寝ぼけ頭で考えた
この電車は海の方へ行くが、水族館は海が見えるずっとずっと手前、つまり・・・・・・・・
「寝過ごしたぁ!」
車内アナウンスが、もうすぐ終点に着くことを告げた

土曜日 12:58
俺は終着駅のホームのベンチに座りこみ、これからどうするか考え込んでいた
今から引き返して水族館に向かっても、到着するのは3時過ぎ
雅ちゃんたちはすぐに帰ってしまうだろう
アイリーンが楽しみにしているイルカショーも、確か2時30分のが最後だったはずだ
それでも水族館に向かおうか?それとも帰っちゃおうか?
「ゴメンネ・・・・・・・・・アイリーンが起こしてあげなかったから・・・・・・・」
悲しそうな、申し訳なさそうな表情でアイリーンが言った
「アイリーンは悪くないよ・・・・寝過ごした俺が悪いんだ・・・イルカショー、ごめんね」
俺はアイリーンの額に自分の額を擦りつけた
「そうだ!アイリーン、海、見に行こうか?イルカはいないけど」
「・・・・・・・・・・うん!!!」
今にも泣き出しそうだったアイリーンが、いつもの笑顔になった

土曜日 15:14
海水浴シーズンには人で埋め尽されるが、今は俺とアイリーンだけの海岸
俺たちは波を追いかけたり、貝殻を拾ったり、水を掛け合ったり、岩場でカニを捕まえたりして遊んだ
雅ちゃんのことはすっかり忘れていた
「じゃあ、そろそろ帰ろうか?」
帰りの電車の時間や、疲れを考えて俺が言った
「待って・・・・・・今からアイリーンちゃんのショータイムを開演しまーす!」
アイリーンがいつものように指を鳴らした
波打ち際の5mくらい先で、イワシくらいの大きさの魚が3匹、タイミングを揃えてジャンプした

土曜日 18:44
駅から家への帰り道
アイリーンは俺の背中で寝息を立てている
「・・・・・飛べ〜ぇ!イルカさーん!」と嬉しそうに寝言を言った
「今日は楽しかったね」と俺は背中のアイリーンに声をかけた

日曜日 12:53
今日は雅ちゃんは家族でお出かけ
俺とアイリーンは相談した結果、雅ちゃんへのプレゼントを買いに行くことにした
「ねえ、このお店がいいんじゃない?」
アイリーンがアクセサリーショップを指した
店内に入ると、大小様々、色とりどりのアクセサリーが所狭しと並べられていた
「ねえねえねえねえねえねえ、ちょとこれこれこれこれコレ!」
アイリーンが髪留めが飾られている一角で手招きをしている
「このイルカさんの髪留め、すっっっっっごくカワイイよ!」
「ああ・・・・・・・・・・・・」
これなら雅ちゃんも喜ぶよね、と俺は言おうとしたが、アイリーンがまくし立てる
「これ欲しい欲しい欲しい欲しい・欲・し・い!ねえ、これアイリーンに買って買って買ってぇ〜!」
俺の財布の中身だと、これをアイリーンに買ってあげると、雅ちゃんへのプレゼントは買えない
だけど、この髪留めを着けて、嬉しそうに微笑むアイリーンを見たいと思った
「うん、いいよ」
支払いを済ませて店を出てすぐに、俺はアイリーンに髪留めを手渡した
「うわあ〜!ありがとう!」
アイリーンは受け取るとすぐに包装を破いて髪留めを取りだし、俺の方に差し出してきた
「あのね、これを・・・・・・・着けて欲しいんだけど・・・・・・・」
アイリーンは初めて見せる、恥ずかしそうな表情をしていた
「アイリーンは甘えん坊さんだなあ、いいよ」
俺は了承したものの、女の子の髪をいじるのなんて初めてで、何度試行錯誤してもうまくいかない
10回以上試して、やっとこれなら・・・・という出来になった
「よし、出来たよ・・・・・・うん、似合ってる、カワイイよ」
アイリーンはニコっと笑って近くの店のショーウインドーの前に飛んで行った
そしてガラスに自分の姿を映し、表情や角度を色々変えて嬉しそうにしていた
アイリーンは宙に浮いたまま戻ってくると、俺の頬にキスをした
俺もアイリーンも顔が真っ赤になった
その後、2人で手を繋いで街をブラブラ歩きまわった
俺の中でのアイリーンの存在は大きく大きくなって、他の誰よりも、雅ちゃんよりも大きくなった

日曜日 15:42
「あああああぁ〜っ!大変大変大変大変大変!雅ちゃんへのプレゼント買うの忘れちゃったぁ!」
家まであと100mほどの所で、突然アイリーンが絶叫した
「ね、ね、ね、ね、さっきのお店に戻ろう?」
「いや、もうお小遣い残ってないから買えないよ」
「え〜っ!それじゃあ、このイルカさん・・・・・・・・・・・・・・」
アイリーンが寂しそうに言いながら自分の頭に伸ばした手を、俺は優しく握った
「これはいいの!アイリーンへのプレゼントなんだから!」
「でもぉ・・・・・でもでもでもでも・・・・・・・受け取れないよ・・・・・・・・」
「じゃあ、こうしよ?これは昨日のアイリーンのショータイムの貸し切り料金、ってことで」
「うん・・・・・それなら・・・・・」
アイリーンはちょっとだけ嬉しそうに言ったが、まだ少し心に引っ掛かっているようだ
「アイリーン、ちょっと公園で遊んでから帰ろうか?」
「うん!!」
公園で遊んでいるうちにアイリーンはいつもの笑顔を取り戻した
ブランコに乗っているアイリーンの背中を押しながら、俺は今、幸せだな、と感じた
だけどこの幸せは、もうすぐ終わってしまう
俺が別の女の子と両想いになったときに終わる
それをアイリーンも望んでいる
大好きなアイリーンを喜ばせるために、俺は別の女の子と・・・・・・・・・・・
考えるのが嫌になった
その時がくるまで、俺はアイリーンと一緒にいる幸せを十分に味わう、それでいい、と思った

だいぶ暗くなってきた
「アイリーン、そろそろ帰ろう!」
俺はアイリーンの小さくて暖かい手を握って家に向かった

日曜日 21:04
「・・・・・・で、明日の朝の会で席替えするんだけど、クジに細工することできる?」
毎月最初の月曜日の朝、俺のクラスでは席替えをする
「うん!それくらいならお安いご用だよ!」
「じゃあ、俺と雅ちゃんを隣の席にしてちょうだい」
「うん、いいよ!」
「・・・・で、3時間目の国語の時間、雅ちゃんの教科書を一時的に隠して欲しいんだけど」
『教科書を忘れちゃった雅ちゃんに教科書を見せてあげる作戦』だ
「おーけーおーけ、まかしぇなしゃい」
アイリーンを見ると顔を真っ赤にして、楽しそうな表情をしている
「ちょ、ちょっと、アイリーン、何飲んでるの!?」
「れいじょうこに入ってたんらよ・・・・・・しゅわしゅわして苦いけろいい感じ〜!」
アイリーンは缶ビールを1本飲み干してしまった
「おい、ダメだよ、それ飲んじゃ・・・・大丈夫かい?」
「らいじょうぶらいじょうぶ・・・・・・・らいじょう・・・ぶ・・・グー」
アイリーンはそのまま寝てしまった
「う〜ん・・・・・・・・イルカしゃ〜ん・・・・・・・・」
俺はアイリーンをお姫様だっこで抱え上た
両腕にずっしりと感じる重量が、アイリーンが今、この世界に存在していることを証明している
眠りつづけるアイリーンを俺は自分のベッドに寝かせた
そして明日の時間割の用意をした
雅ちゃんに見せてあげる教科書を忘れてしまっては元も子もない
俺は何度も何度も確認した
「・・・・・で、どうやって寝ようかな・・・・・・・?」
アイリーンの乱れた掛布団を直しながら考えた
さすがに一つのベッドに2人で潜りこむのはよくないよな・・・・・・・
俺は毛布にくるまって床で寝ることにした

月曜日 7:45
「ううう〜っ!体中痛い・・・・・・」
朝食を食べ終えて部屋に戻る
床で寝たもんだからあちこちが痛む
「アイリーン、学校行くよ、ほら起きて!」
「う゛え゛〜!頭痛い気分悪い・・・・・・今日は寝てる・・・・・・」
「だーめ!席替えは今日しかないの!」
二日酔いで苦しむアイリーンをムリヤリ叩き起こして学校に向かう

月曜日 8:30
席替えのくじ引きが始まった
「じゃ、アイリーン、頼むよ」
「うええええ、うん」
アイリーンは苦しそうに指を鳴らした
俺の席は・・・・・・アイリーンに指定した通り、教室の奥の窓際の角
隣の席は・・・・・・よしっ!雅ちゃんだ!
俺はアイリーンの頭を撫でた
「よし、いいぞ!じゃ、アイリーン、3時間目も頼むよ」
「うぇ?ざ、ざんじがんめ・・・・・・・?ああ、あいあい、オーゲーオーゲー」
アイリーン、大丈夫かな?
雅ちゃんが隣の席にやってきた
「よろしくね」と笑顔で語りかけてくれた
「お、おう」俺はクールに応えた
さあ、次の作戦は3時間目、国語の時間だ

月曜日 10:45
1,2時間目の内容はよく覚えていない
ロッカーの上に寝転がり、苦しそうにしているアイリーンが気になってしょうがなかったからだ
そして、鼻で大きく息を吸ったときに漂ってくる雅ちゃんの髪の甘くていい匂い
横を向かなくても視界に入ってくる雅ちゃんの素敵な横顔
もう特別な存在ではなくなったはずの雅ちゃんに、またドキドキさせられた
アイリーンに押されて小さくなっていた俺の中の雅ちゃんの存在が、再び大きくなった

「ねえ、アイリーン、大丈夫? あと5分で3時間目が始まるよ」
アイリーンは頷いたが目が泳いでいる
「先生が入ってきて、挨拶が済んだら、雅ちゃんの国語の教科書を消すんだぞ」
「うぇおぁい!」
アイリーンは苦しそうにメチャクチャな返事をした

月曜日 10:51
「起立!礼!着席!」
俺はアイリーンに合図した
アイリーンは指を鳴らした
雅ちゃんの教科書は消えた・・・・・・・・・・雅ちゃんと、机といっしょに
俺はあわててアイリーンに「戻せ!戻せ!」とアピールした
アイリーンは面倒くさそうに指を鳴らした
雅ちゃんと机が現れた
さいわい、雅ちゃんを含めてだれも気付いていないようだった
アイリーンに「帰っていいよ」と言おうとした時、アイリーンの方から「がえっでいい?」と聞いて来た
「うん・・・・・帰っちゃってくれると嬉しいな・・・・・あはははは」
俺はアイリーンの耳元で囁いた
アイリーンは千鳥足?で空を飛びながら俺んちの方へ消えていった
「大丈夫かな・・・・・・・・・・?」
アイリーンの体調もだが、奇跡が起こるのかどうかが大いに気になった

月曜日 16:12
「あ、おかえり〜!」
「ただいま、アイリーン、二日酔い治った?」
「うん、お昼寝したら元気になったー!」
アイリーンはちょっとバツの悪そうな笑顔で言った
俺は「もう冷蔵庫の中のもの勝手に飲み食いしちゃダメだぞ!」と叱った
「ハーイ、もう頭ズキズキいやぁ〜」
アイリーンは自分の頭をさすりながらいつもの笑顔で言った
もう大丈夫だろう
「これなら飲めるよ」
俺は牛乳をコップに注いでやった
「ありがとう!美味しいね」
アイリーンは口の回りを白く染めてニコっと笑った
「ねえ、ひょっとして今夜は満月?」
アイリーンが突然言った
「ああ、そうみたいだね」
夕刊を見たら『今夜の月齢:15.2』と書いてあった
「あのねあのねあのね、妖精の不思議な力はね、満月の夜はパワーアップするの」
アイリーンは興奮気味に早口でまくし立てる
「だからね、ひょっとしたらアイリーンちゃんの力でね、雅ちゃんの心を変えられるかも知れないの」
俺は窓から外を見た
まだ満月は昇っていない

月曜日 18:55
満月が昇った
アイリーンはいつになく真剣な表情で深呼吸している
「・・・・・・・・・じゃあ、やってみるね」
アイリーンは目を閉じて、軽く1回呼吸して、指を鳴らした
「・・・・・・・・・・・・どう?」
「・・・・・・・・・ちょっと力が足りなかったみたい・・・・・もう1回やってみる」
アイリーンは再び目を閉じて深呼吸して、今度は両手で同時に指を鳴らした
「・・・・・・・・・・あとほんの少し、ほんのちょっとだけ・・・・足りない・・・・」
「そう・・・・・・」
俺は複雑な気分だった
うまくいったら、アイリーンが喜べれば、それはそれで嬉しい
だけど、成功してしまうことは、俺とアイリーンの別れを意味する
どうせすぐに別れなければならないのだけど、できることならギリギリまで一緒にいたい
「神聖な場所・・・・・・・・・・不思議な力に守られている場所・・・・・・・」
アイリーンが突然つぶやいた
「ん? 何? シンセイな・・・・・・・・場所・・・・・・・?」
「そう、神様とか・・・・そういう特別な感じの場所・・・・・そこならちょっと力が強くなるの」
「それって・・・・・例えば神社とか?」
俺とアイリーンは急いで家を出た

月曜日 19:12
「そう、こんな感じ、神聖な力を感じる・・・・・・ちょっと弱いけど・・・・」
鳥居をくぐるなりアイリーンが言った
「ここじゃダメなの?」
「ううん、奥の方から力を感じるから・・・・そっちに行けば大丈夫だと思う」
社殿を通りすぎてなおも奥へ奥へと歩いていくアイリーンが1本の大木の前で立ち止まった
「ねえ、これなーに?」
「これは・・・・・・セミの抜け殻だね、茶色だからアブラゼミかな?」
俺はセミの生態について簡単に説明した
「ふーん、あの気持ち悪い虫がこんなにカワイイ抜け殻ちゃんから出てくるのか〜!」
アイリーンは手を伸ばして抜け殻を掴もうとしたが、抜け殻は砕けてしまった
「ダメだよ〜!そぉーっと触らないと壊れちゃうんだよ」
そう言ってアイリーンの顔を見ると、今にも泣き出しそうだ
「アイリーン、泣くなよ、抜け殻なんて探せばいっぱいあるから、ね? 探そうよ」
だが、セミのシーズンは過ぎていたので、抜け殻はなかなか見つからない
ツクツクホウシやニイニイゼミの抜け殻は見つかるのだが、
「カワイくない」「色がイヤ」などとアイリーンに却下されてしまう
「アイリーン!あったよ!」
30分ほど探してやっと1つ発見した
「はい、壊さないようにそーっと扱うんだよ」
「うわぁーい!ありがとう!この世界での、3つ目の宝物!」
「3つ目?」俺の質問に、アイリーンは自分の頭を指差した
「うん!イルカさんでしょ!?この抜け殻ちゃんでしょ!?そして、素敵な思い出!」
その時、ポツリ、ポツリ・・・・・・と、雨粒が落ちてきた
「ああーっ!雨だぁ!お月様隠れちゃったら力が・・・・・・・・・・」
「しょうがないよ、アイリーン、今日はもう帰ろう?」
俺は奇跡を起こせなくて、アイリーンともう少し一緒にいることができて、ホッとした
アイリーンは指を鳴らして1本だけ傘を出して俺に手渡した
「抜け殻ちゃんが壊れちゃうから・・・・・・・」
そう言って俺にピッタリと寄りそうアイリーンと相合傘で家に帰った

月曜日 20:05
「はい、できたよ」
俺はアイリーンの3つ目の宝物、抜け殻ちゃんに糸を通してペンダントにして、首にかけてやった
「うわぁ〜、ありがとう!」
いつものような笑顔だが、何かムリヤリ作ったような不自然さがあった
やはり最大のチャンスを逃してしまったことが引っ掛かっているのだろうか?
「ねえ、もしも奇跡を起こせなかったら・・・俺と雅ちゃんが両想いになれなかったら、どうなるの?」
アイリーンの作り笑いは壊れ、今まで見せたことのない不安そうな、悲しそうな顔をした
・・・・・・ゴメン、今言ったことは無かったことに・・・・・・・・・・
俺がそう言おうとしたとき、アイリーンが呟いた
「・・・・えちゃうん・・・だ・・・・・・・・・消えちゃうんだ・・・・・・・」
今にも消え入りそうな、弱弱しい声
「前にね、奇跡を起こすのに失敗した妖精を見たことがあるの・・・・・・」
アイリーンは目に涙を溜めている
「アイリーンが大好きだったお姉さんだったんだけど・・・・・人間界に現れてから・・・・・
 ちょうど1週間経った瞬間に・・・・・消えちゃったの・・・・・・・・
 でも、でも、アイリーンは・・・・・お姉さんが妖精の国に帰ってくるって思ってた・・・・・」
涙が1滴零れ落ちた
「でもね、アイリーンが大好きだったお姉さんは・・・・・ミチヨお姉さんは・・・・・・・
 1年経っても・・・2年経っても・・・・・・ずーっと待っていたのに・・・・・・・」
そこまで言うとアイリーンは俺の胸に顔を埋めて声をあげて泣き出した
「ごめんね、アイリーン・・・・・・・・」
俺は神社で奇跡を起こせなくてホッとしたことを謝った
「消えたくない、消えたくない、アイリーン消えるのヤダァ〜!うえええええーん!!!」
「大丈夫、俺が守ってあげるから、俺がアイリーンを守るから・・・・・・・・」
アイリーンの頭を撫でながら、俺は自分自身に言い聞かせるように言った
いつの間にか俺の目からも涙が零れていた

その夜、アイリーンは泣き疲れて眠ってしまうまで泣き続けた

火曜日 16:03
学校から帰ってくるなり、俺とアイリーンは無言でベッドに腰を下ろした
昨夜、作戦を考えることができなかったので、今日はとりあえずアイリーンと学校に行った
そしてチャンスがあればアイリーンの力を借りて・・・・・・と思っていた
だが、昨日のアイリーンの悲しい告白に動揺していた俺は、チャンスを見つけることができなかった

チャンスはあと一回・・・・・・・・・・・・・
明日の夜の9時までに決めないと、アイリーンは消えてしまう
次の、最後の作戦は、絶対に失敗できない
そう思うと、どうしても一つの作戦しか浮かんでこなかった
「ラブレター・・・・・・・・・・」
「ラブレター・・・・・・・・・・」
俺とアイリーンが同時に言った
「やっぱりそれしかないか・・・・・・・・・・」
「うん・・・・・・・・ラブレターじゃ不思議な力は使えないけど・・・・・・・」
俺はラブレターを書き始めた
雅ちゃんの笑顔を思い浮かべながらペンを走らせた
だが、いつの間にか頭の中で微笑んでいるのはアイリーンに変わっている
何度書き直しても、気付けばアイリーンが頭の中で歌い、踊っている
何度も何度も書き直し、書き上がるとアイリーンに添削してもらい、また書き直し
満足のいくラブレターが書き上がったのは日付が変わる寸前だった

2度目の水曜日 15:48
「雅ちゃん、来てくれるかな・・・・・・・・・・?」
アイリーンが不安げに言った
俺は雅ちゃんに「放課後、体育館の裏に来てくれ」と頼んだ
だが・・・・・・・まだ来る気配はない

足音が、落ち葉を踏む音が、近付いてくる
「誰か来る・・・・・・・・雅ちゃんかな?」
アイリーンの言葉が終わらないうちに、人影が見えた・・・・・・雅ちゃんだ
アイリーンのために、この告白は絶対に失敗できない
そう思うと心臓の鼓動がかつて無いほど速くなり、足が震え出した
「アイリーン、勇気が欲しい・・・・・・勇気をくれ」
アイリーンは黙って頷くと指を鳴らすポーズをしたが、ちょっと考え込んで、俺の頬にキスをした
震えが収まった直後、俺の目の前に雅ちゃんが立った
「ねえ、こんなところに呼び出して何の用なの?」
「これを・・・・・これを読んで、答えを聞かせて欲しい」
俺はラブレターを雅ちゃんに手渡した
雅ちゃんは口元に笑みを浮かべ、俺の顔をちらっと見てから手紙を読み始めた
アイリーンはさっきより不安そうな表情で雅ちゃんを見つめている
だが、俺は、さっきのアイリーンのキスの魔力のおかげだろうか、不思議なことに落ち着いていた
手紙を読み終えた雅ちゃんが顔を上げ、俺の方を見てニコっと笑った
もうすぐ全てが、アイリーンの運命が決まる

「えーと、返事なんですけど・・・・・・・・・・・・・・・」
雅ちゃんの言葉に、俺とアイリーンは生唾を飲み込んだ
「1週間後じゃダメ?前向きに考えるからさあ」
本来なら悪くない答えだ
だがアイリーンには・・・・・・・・俺たちには時間が無い
「そこを何とか、今ここで返事を聞かせて欲しいんだけど・・・・ダメ?」
必死に食い下がる俺に、雅ちゃんはちょっと怯えたように見えた
「うーんと、ね、キミはね、うーん・・・・・・・・・・・・・・
 100点満点でね、80点以上だったら私とお付き合いOKだとするとね、キミは78点くらいなの
 それでね、1週間の間に足りない2点分を探したいな、って思うの」
雅ちゃんはちょっと困ったような表情で言った
事実上のOKだと、告白は成功したも同然だと、普段なら言える
だけど今の俺には、アイリーンには、今、この場でOKしてもらえないと意味が無い
そこを何とか、今ここでOKしてくれ、2点くらいオマケしてくれ・・・・・・・・・・・
気付くと俺は泣きながら土下座して頼んでいた
自分自身だけのことなら、こんなに必死にはなれなかっただろう
だけどアイリーンを守るためなら、どんな苦痛も屈辱も何とも思わない
雅ちゃんは俺の右肩に手を当て、「あんまりしつこいと嫌いになっちゃうよ」と言った
アイリーンも俺の左肩に手を当てて、「もういいよ・・・・・・」と言っている
この上なく悲しそうな顔をしていた

2度目の水曜日 20:30
鳩時計が1度鳴いた
「あの鳩があと9回鳴いたら、私は消えちゃうんだよね・・・・・・・・・・・・・・・」
俺たちはベッドの上で横に並んで体育座りしている
アイリーンは今にも泣き出しそうだ
「ねえ、起こす奇跡を別のに変えることは・・・・・・・ダメ・・・・だよね・・・・・」
アイリーンは唇を噛み締めたまま頷いた
「妖精の国から逃げちゃうのも・・・・・こっちの世界で暮らすのも・・・・・ダメ?」
「うん・・・・どこに逃げても見つかっちゃう」
重い重い沈黙と、呼吸をするのも辛い空気に、押しつぶされそうになる
タイムリミットが近付く
「雅ちゃんに電話してみる・・・・・・・」
ベッドから立ち上がろうとする俺の手を、アイリーンが握った
「もういいの・・・・・・・それより、そばにいて欲しい」
アイリーンは目を潤ませながらも精一杯の笑顔で俺の顔を見上げた
俺は黙って頷き、アイリーンの手を強く握って再び腰を下ろした
掌を通してアイリーンの体温が伝わってくる
ひょっとしたらこのまましっかり手を握っていれば、アイリーンは消えないかもしれない
そんな甘い考えが頭を過った
「アイリーンを絶対守ってやるって言ったのに、ゴメンな」
「私の方こそ奇跡を起こせなくってゴメンね」
少し間が開いて、アイリーンが続ける
「もう覚悟を決めたから・・・・・・・・・私のことは気にしないでね」
俺は何も言えなかった
「素敵な思い出をありがとう・・・・・・・アイリーンのことは忘れて、雅ちゃんと幸せにね」

「もう雅ちゃんのことは・・・・・・・・・・・・・」
どうでもいいんだよ、と言おうと思った時、俺はアイリーンの体に起こった異変に気付いた
掌を通して伝わってくるアイリーンの体温が、少しだけ下がった
慌てて鳩時計を見ると、8時57分といったところだろうか
アイリーンの方を見ると、輪郭がボンヤリとして、色も薄くなっているように見える
アイリーンも自分の変化に気付いたようだ
「うわあああああああああんん!やっぱり消えたくないよお!」
大きな声を上げて泣き出してしまった
俺はきつくアイリーンを抱きしめた
「アイリーン、消えちゃダメだああ!どこにも行っちゃダメだああああ!ずっと一緒にいてくれよ!」
俺も大きな声を出して泣き叫ぶ
親や近所の人に聞かれるかも知れないがそんな場合じゃない
2人で抱き合って泣いてるうちにもアイリーンの変化は続く
抱きしめる両手に感じるアイリーンの体重がどんどん軽くなる
泣いてたアイリーンが呼吸を整えてから言う
「ねえ、最後にアイリーンのワガママ、聞いてくれる?」
俺はアイリーンを放して顔を見つめて聞いた
「うん、言ってごらん?」
「キスして」
アイリーンは俺の目をしっかり見つめてそう言った
俺は黙って頷いた
アイリーンが目を閉じるのとほぼ同時に悪魔の鳩が鳴き出した
1つ、2つ、3つ・・・・・・・・・・・・・・・
慌ててアイリーンの顔に唇を近付ける
アイリーンの唇と俺の唇が今にも触れようとした時、9回目の鳩が鳴いてしまった
俺の唇は虚空をさまよった
間に合わなかった
アイリーンは完全に消えてしまった
俺はアイリーンを守れなかった
そしてアイリーンの最後のワガママに応えられなかった

全てが終わった木曜日 0:39
眠れない

アイリーンに会いたい
アイリーンの笑顔が見たい
アイリーンの声を聞きたい
アイリーンの歌を聴きたい
アイリーンのダンスが見たい
アイリーンの手を握りた
それがダメなら・・・・せめて一瞬でいい・・・・・・・
アイリーンの最後のワガママだけでも叶えたい
そんな想いが頭の中でグルグルグルグル駆け巡り、涙が次から次へと溢れ出した

全てが終わった木曜日 5:48
一睡もできなかった
生まれて初めての徹夜は涙の味がした
カーテンの隙間から差し込む朝日が、机の上の何かを照らす
あれは・・・・・・・アイリーンの宝物の抜け殻ちゃんだ
置き忘れていっちゃったのか・・・・・・そそっかしいアイリーンらしいや
布団から出て起きあがると、ベッドの脇に女の子が3人立っていた
アイリーンと同じ服を着ているから妖精だろう
「アイリーンの友達?」
3人は黙って頷いた

「奇跡を起こせなかった妖精は・・・・・・・・・消えちゃった妖精はどうなっちゃうの?」
俺の質問に、背が高くて少しぽっちゃりした妖精が答える
「記憶と不思議な力を消されてね、すぐに人間界に送られるの」
幼い外見には似合わないハスキーボイスだ
「それでね、赤ちゃんとして産まれてくるの」
同じ妖精が続ける
「じゃあアイリーンは・・・・・今、こっちの世界に?」
3人は黙って頷いた
アイリーンは死んだり消滅したりしたんじゃない
この世界のどこかで生きている
そう思うと少しだけ、ほんのほんの少しだけ気が楽になった
「で、君達は何の用でここに来たの?」
「アイリーンちゃんに優しくしてくれたお礼と、奇跡を起こせなかったお詫び」
背が高くほっそりとした、色白の妖精が答える
「お詫びを言わなきゃならないのは・・・・キミ達の友達を守れなかった俺の方だよ」
「あなたは謝らなくていいの・・・・・消えちゃったのは奇跡を起こせなかったアイリーンの責任だもーん」
同じ妖精が少し寂しそうに言った
「それでね、アイリーンちゃんの代わりに私達3人でね、あなたに『妖精の奇跡』を起こしてあげたの」
色白の妖精が続けて喋る
「3人で力を合わせたからね、すっごい奇跡を起こせたんだよ!」
今まで黙っていた一番小さな妖精が嬉しそうに言った
「学校に行ってみたらわかるよ」
小さい妖精がそう言うと、3人は姿を消してしまった

全てが終わった木曜日 7:49
今日は学校を休みたいと思ったが、小さい妖精の言葉が気になって学校に行くことにした
眠い、だるい、何より気が重い
下を向いてとぼとぼだらだら歩いてると、後ろから誰かが声をかけてきた
「お・は・よー!」
雅ちゃんだった
1週間前の俺なら鼻血が出たかも知れない、最高級の笑顔で俺の顔を見ている
だが、今の俺には、アイリーンを失った俺には、空しいだけだ
俺の様子に気付いた雅ちゃんは
「どうしたの?体調悪いの?」
と心配そうに問い掛けてくる
ちょっとした気持ちの問題、と答えると、雅ちゃんはいきなり俺の手を握った
「急がないと遅刻しちゃうよー!」
俺を引っ張って走り出した
これが3人の妖精の言ってた奇跡か?
もう遅いよ・・・・・・・・・・・・

何かが始まる木曜日 8:32
俺は教室に入るとすぐに自分の席に座り、突っ伏してしまった
8時30分に朝の会を告げるチャイムが鳴り、少し遅れて藤本先生が入ってきた
「突然ですが、今日、このクラスに新しい仲間が加わりました」
転校生かな?ちょっと気になって顔を上げてみた
「鈴木愛理です!みなさんよろしくお願いします!」
アイリーンがいた
いや、アイリーンのはずが無い
他人の空似に決まっている
だってアイリーンは、俺が守れなかったアイリーンは・・・・・・・・・
そう思っていると、先生に導かれて転校生は俺の後ろの空いていた席に座った
「アイリーンちゃんでーす!よろしくね!」
そう言うと転校生はアイリーンが不思議な力を使うときにやっていたように、指を鳴らした
頭には俺が買ってあげた、アイリーンの宝物のイルカさんの髪留めが着いている
これがあの3人の『妖精の奇跡』か・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「アイリーンのこと、お願いね!」
あの3人の妖精の声が聞こえた
「おかえり、アイリーン」
「ただいま」
夕べ、もう一度見たいと強く願った、あの笑顔でアイリーンが答えた
夜中にあんなに泣いたのに、クラスのみんなが見ているのに、嬉し涙が止まらない

おしまい

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