【妖精の奇跡・初恋のマーサ】
うーん、どうして勝てないんだろう?
練習では、「おまえの技はキレがいい、おまえはなかなか筋がいい」って言われるのに
試合になるとコロっと負けてしまう
僕には柔道の才能が無いのだろうか?
僕が小さいときに死んでしまったお母さん
そのお母さんとの、たった一つ、僕が覚えている約束、それが・・・・・・・・・
『柔道を続けて、強い男の子になる』
だけど、だけど、だけど・・・・・・・・・・・・
いつまでたっても、どんなに練習しても、練習では誉められても・・・・・・・・
僕はなかなか強くなれない
強くなりたい、強くなりたい、強くなりたい!
ベッドに寝そべり、柔道の入門書の写真を眺めながら、いつものように考えていた
ああ、誰でもいい、僕に力をくれ!僕を強くしてくれ!
ドスン!
何か重くて柔らかいものが腰の上に突然落ちた
ベッドが激しく揺れる
「いてててて・・・・・・・・・・・・・・・・」
腰の上に降ってきたナニモノかを、振り返って見た
女の子が僕の腰の上に馬乗りになっている
「だ、誰?どこから入って来たの!?」
「ヤッホー!勇気の妖精、マーサです!」
腰の上の女の子がVサインを決めて、笑顔で答えた
「と、とりあえず重いから降りてくれない?」
「アッ!ゴメンね・・・・・・・でも重いなんて失礼だってゆいたいな・・・・・気にしてるんだから」
「妖精さん・・・・って言ったっけ?妖精なんて実在するの?」
僕は痛む腰をさすりながら、ベッドから降りて僕の脇に立つ女の子に聞いた
「実在するからここにいるの」
女の子はそう言いながら右手の人差し指で自分の鼻を2回こすった
女の子の右手がぼんやりと赤く光を帯びた
そしてその右手で僕の腰をさすった
女の子の手が触れた部分がじわっと温かくなり、その部分を中心に痛みが消えていく
「ね?こうゆう風に不思議な力だって使えるのよ」
痛みが消えたので、僕は起き上がってベッドに腰掛け、女の子と正対した
「えーっと・・・・・・・マーサちゃん、って言ったっけ?」
僕は質問しながら女の子を観察した
身長は160cmくらいで、ほんのちょっと太め、大人っぽい体つき、声も低め
だけど、顔つきが幼い感じで、着ている服もクリーム色の幼稚園児のようなワンピース、
そして喋り方や仕草、表情も幼い感じ・・・・・・・・6年生の僕と同い年くらい・・・・かな?
「そう、勇気の妖精、マーサだよ」
「その妖精のマーサちゃんは、何をしにここに来たの?」
「妖精の小学校の卒業試験だよ」
「卒業試験・・・・・って、何?」
マーサちゃんの話を要約すると、強くなりたい、という僕の願いを、不思議な力でサポートして、
1週間以内に叶えれば合格、ということらしい
「でも、何で僕を卒業試験の相手に選んだの?」
「だって、強くなりたいって思っていたでしょ?誰でもいいから強くしてくれ!って」
僕は黙って頷いた
「私達妖精はね、人間のそういう願いを叶えたい、って気持ちに敏感なの!」
マーサちゃんはそう言うと僕の右手をがっしりと握ってきた
「じゃあ、強くなれるように頑張ろうね!」
「で、強くなるってゆっても、何か目標みたいなものがあればいいんだけど・・・・・・・・」
「じゃあ、次の日曜日に柔道の昇級試験があるんだけど、それで1級合格って言うのは?」
僕ら6年生くらいの柔道少年の憧れは1級の茶帯である
黒帯は年齢制限があって15歳にならないと取れない
僕は来週、1級の試験を受けるのだが・・・・・・受かる自信は全く無い
「うん、その昇級試験で頑張る、ってことで良さそうね」
マーサちゃんが頷いた
「じゃあ、明日から特訓しようね!」
「えっ?!不思議な力ってやつで、僕をチョイチョイって強くすることって、できないの?」
「できるよ」
マーサちゃんはそう言うと、自分の鼻を右手の人差し指で2回こすった
僕の体の奥の方が熱くなり、力がみなぎり、胸や腕の筋肉が盛り上がる
「うわぁ!凄い凄い!これでマーサちゃんの卒業試験は合格じゃん!」
マーサちゃんは僕の様子をニヤニヤしながら眺めている
「ダーメ、この力はすぐ切れちゃうんだよね」
マーサちゃんの言葉が終わらないうちに、僕の筋肉はみるみる萎んでいった
「あああっ、戻っちゃった・・・・・・・・・・・」
「ね?だから、特訓して強くならないといけないの」
「・・・・・・・はい・・・・・・・・わかりました・・・・・・・・」
というわけで、道場の練習のある日は練習後、練習のない日は学校が終わってから、
僕はマーサちゃんと柔道の特訓をすることになった
「ただいま〜!」
いつもは学校から帰ってきても誰もいない
でも今日はマーサちゃんが僕の帰りを待っている
「おかえり〜」
ドアを開けて家に入るなり、驚いた
家の中がピカピカになっている
僕の家では平日は食器を洗う程度の最小限の家事しかしない
そして日曜日にお父さんと2人で、洗濯や掃除などの家事をこなすことになっている
でも、その週一の家事は手抜きがちなので、僕の家は基本的に汚い
「もうすぐお洗濯終わるから、ちょっと待っててね〜」
エプロン姿のマーサちゃんが顔を覗かせた
「これ、全部マーサちゃんがやったの!?!?!?」
「そうよ、晩御飯も美味しいもの作ってあげるからね」
胸の奥から熱いものがこみ上げてきた
「マーサちゃんって・・・・・・お母さんみたいだね」
「お母さん?それって、オバサンっぽいって意味?失礼ね」
「そうじゃなくって、そうじゃなくって・・・・・僕、お母さんがいないから・・・・・・・」
涙が溢れてきた
「あらあら、強くなりたいって男の子が泣いちゃダメでしょ?うふふふふ」
マーサちゃんはハンカチで優しく僕の涙を拭いてくれた
「ありがとう・・・・・マーサちゃんは絶対素敵なお母さんになれるよ・・・・」
マーサちゃんは、優しくてとっても温かい笑顔で僕のことを見つめていた
ほとんど覚えていないけど、僕のお母さんの笑顔もこんな感じだったんだろうな・・・・・・・
「じゃあ、特訓始めるよー!」
「ちょ、ちょっと、こんな所で柔道したらケガしちゃうよ!」
マーサちゃんが家事を終えてから、僕らは河川敷に行った
柔道は畳などクッションが効いている場所でないと危険だ
河川敷のような土で、所々に石が落ちているような場所など論外である
「あっ、そうだね」
マーサちゃんはそう言うと鼻を2回こすった
鉄橋の下の、土手の上からは死角になっている場所に、ピンク色の薄いマットが現れた
「こんなので大丈夫?」
「鉄橋の上から落ちてもケガしないよ」
触ってみると確かにクッションが効いていて、それでいて柔らかすぎず、踏ん張りも利きそうだ
「これなら大丈夫だね」
そう言って僕は準備運動を始めようとしたが・・・・・・・・・
「よーし!かかってこーい!」
マーサちゃんがいきなりファイティングポーズをとった
強そうだ
「あのねえ、まずは準備運動、柔軟、受身、それから立ち稽古、試合形式の乱取りはその後」
「なーんだ、つまんないの」
「それにねえ、その服じゃ柔道はムリ」
「じゃあ、これならいい?」
マーサちゃんが鼻を2回こすると、マーサちゃんの服が水色の柔道着に赤帯に変わった
「ねえ、その色は・・・・・・」
「カワイイでしょ?」
まあ、試合に出るわけじゃないからいいか・・・・・・
僕ら2人は仲良く準備運動を始めた
受身までのメニューが終わった
「じゃあ、立ち稽古やるけど、マーサちゃん受身取れる?投げるのはやめようか?」
マーサちゃんはニコっと笑うと、鼻を2回こすった
マーサちゃんの体が一回り大きくなり、力強そうな体型になった
「これでオリンピック金メダルの野球選手の奥さんより強くなったよ」
そう言うと僕に一本背負いを仕掛けた
技のスピードが速すぎて、受身を取るのを忘れたが、全く痛くない
達人の速くて美しい投げは、全然痛くない、と、ものすごく痛い投げ技を仕掛ける先生が言っていた
「ね?私のことを柔道の先生だと思って、思いっきりやっていいよ」
「・・・・・・・・うん」
最初は背負い投げの練習
袖と襟を握り、体を捻ると同時に相手を自分の方に引き寄せ、軽く担ぐ
これを何度か繰り返し、最後の一回だけ、実際に背負って、投げる、という練習だ
マーサちゃんの袖と襟を掴んだ
女の子って柔らかいんだな・・・・・・・
そして一気に担ぎ上げる
背中に当たったマーサちゃんの胸は、腕なんかよりもずっと柔らかい
急に胸のドキドキが激しくなり、顔が熱くなり、口の奥がなんとなく酸っぱくなった
「ごめん、ちょっと休憩」
そう言いながらマーサちゃんの顔を見たら、胸のドキドキがもっともっと激しくなった
なんだろう?この気持ちは・・・・・・・・・・・・・?
気持ちを落ち着かせて練習を再開するのに10分ほど必要だった
「なかなか技のキレはいいようね、これなら昇級試験は合格だよ」
立ち稽古が終わり、乱取り前の休憩中にマーサが言った
「それは先生にいつも言われているんだけどね・・・・・・・・・・」
相手が技を出してくる乱取りになると、なぜか僕は突然弱くなる
投げられるのが怖くって、技を出せなくなる
そして、おっかなびっくり出した中途半端な技を返されて、投げられて負けてしまう
柔道の場合、投げられてもそんなに痛くないんだけど・・・・・・・怖い
それに、受身のことを考えていると、どうしても攻めが鈍くなる
だから、投げられて、試合が終わると、ちょっとホッとする
僕はそんな情けない自分がイヤで、試合に負けた後はいつも泣く
負けた悔しさよりも、負けてホッとしている自分の情けなさに泣く
お母さんと約束した強い男の子とは程遠い自分に泣く
今日の乱取りも、技が全然出せないで、マーサちゃんに何度も何度も投げられた
そして、マーサちゃんが明らかにこっちの技を誘っている時に、ちょっとだけ技を出した
マーサちゃんはそんな情けない僕の様子を悲しそうに見つめている
なんか、天国のお母さんを悲しませているような気分になって、涙が出てきた
「じゃあ、今日はこれで終わり!」
僕の気配を察したマーサちゃんが言った
僕はマーサちゃんにもうバレているとは思いながらも、こっそり顔を背けて涙を拭った
「マーサちゃん、柔道では稽古が終わったら礼をするんだよ」
元の柔らかくて温かそうな体型に戻ったマーサちゃんに教え、向かい合って礼をした
「ありがとうございました!」
いつもは決まりだから何となく言っているけど、今日は心の底からのありがとうが言えた
「それじゃあ、晩御飯の材料の買い物して、帰ろう」
優しくて、温かい、素敵な笑顔のマーサちゃんに戻った
マーサちゃんの手作りのハンバーグは、レストランのような美味しさとは違う、懐かしい味がした
「ただいま〜」
今日は柔道教室のある日
学校から帰ってすぐに道場に行き、稽古を済ませて帰ってきた
今から日没まで、あまり時間はないけれどマーサちゃんと特訓だ
だけど・・・・・・・なぜかマーサちゃんはいなかった
仕方がないので算数の宿題を始めた
そろそろお腹がすいたな、って感じた8時ごろ、やっとマーサちゃんは帰ってきた
「ゴメンね、ちょっとお友達に会っていたの」
「へえ〜?こっちの世界に友達いるんだ・・・・・・・・ねえ、これ何?」
マーサちゃんは首から糸を通したセミの抜け殻をぶら下げていた
「これね、お友達にもらったの。宝物なんだって。カワイイでしょ?」
「うーん・・・・・こんなのが・・・・・珍しいの?」
「妖精の国には無いのよね、こうゆうの」
「ねえ、友達って、妖精仲間?」
「うーんと、ちょっと、まあ、いろいろあってね、ウフフフフ」
マーサちゃんは嬉しそうに晩御飯の準備を始めた
「ねえ、料理とかって、不思議な力でやっちゃったりできないの?」
「できるけど、手料理の方が美味しいでしょ?」
今晩のメニューは美味しいカレイの煮付だった
「はい、どうぞ」
デザートにマーサちゃんはリンゴをむいてくれた
小さいころ、友達の弁当のデザートを見て、ずーっと憧れていたウサギの形に皮をむいたリンゴ
普通に皮をむいたリンゴと変わらないはずなのに、いつもの何倍も甘くて美味しかった
昇級試験はいよいよ明日
午前中は道場で、午後は河川敷でマーサちゃんと、一通りの練習メニューをこなした
だけど、僕は強くなれたという実感が無い
「うーん、気持ちの問題だと思うんだけどな・・・・・・・」
「うん、僕もそう思うんだけど・・・・・・・・・どうすればいいのかな・・・・・・・・」
僕もマーサちゃんも腕組して考え込む
「ねえ、何か命懸けで守りたい、ってゆう大切なモノってある?」
「大切なモノかあ・・・・・・・・・・・・・・」
考え込んでみたが、思い浮かばない
お父さんは守りたい、というより、まだまだ守ってもらわないと、という気持ちである
それ以外で好きなモノ、というと柔道であり、その柔道で悩んでいるから、これは・・・・・・
「ねえ、好きな女の子はいないの?」
「うーん、女の子か・・・・・・・・・」
僕はお母さんが死んで以来、女の子というか女の人全般が、何となく苦手だ
女の子とちゃんと会話するのも、マーサちゃんが初めてだ
えっ?マーサちゃん?
マーサちゃんのことを考えた瞬間、心臓の鼓動が早くなり、顔が熱くなった
「あーっ!顔が赤くなった!好きな女の子、いるんだね!」
マーサちゃんが僕の気も知らないで嬉しそうに言った
「じゃあね、その女の子を守る、ってことをイメージしてみればいいんじゃない?」
マーサちゃんを守る、か・・・・・・・・・って、僕はマーサちゃんが好きなのか?
心臓の鼓動がさらに早くなり、鼻血が出そうなくらい顔に血が集まった
どう考えても、これが恋ってやつだろう
「それじゃあ、その子を守るイメージで、もう一度乱取りやってみよう!」
マーサちゃんの号令で乱取りを再開した
マーサちゃんを守ることをイメージしても、目の前にいる、倒すべき相手もマーサちゃん
やっぱりいつも通り技が出せずに投げられっぱなし
でも、ちょっとだけ闘える自信がついた
昇級試験当日
試験は試合形式で行われる
チャンスは午前と午後の2回
勝ち抜き戦で、6人抜きすると無条件で合格
途中で負けてしまっても、1勝するごとに1点もらえ、10点貯まると1級になれる
僕は今まで4回試験に挑戦したが、まだ1点しか持っていない
控え室で道場の仲間や先生と準備運動を済ませ、試合会場に向かった
大会ではないので、観客席には人がほとんどいない
まばらな観客席の一番前の席で、マーサちゃんが僕に手を振っている
同じ道場の仲間が次々と試合を済ませ、僕の番が近付く
僕の前の番の人が6人抜きを達成した
審判の人が僕の名前を呼んだ
相手はヒョロっとした5年生、これなら勝てそうだ
「頑張れー!」
マーサちゃんが笑顔で僕に手を振っている
僕はマーサちゃんの方を見て、自分の鼻を右手の人差し指で2回こすった
そう、マーサちゃんが不思議な力を使うときに、いつもやっているように
マーサちゃんはとびっきりの笑顔で、親指を突き立てた右の拳を見せた
よし、僕はあの笑顔を守るために闘うんだ―――――――――
今の僕は誰にも負ける気がしない
僕はあっという間に5人抜きをした
1級ゲットまであと1人
客席から歓声が挙がった
僕の活躍に対して・・・・・ではない
6人目として出てきた相手に対してだった
隣街の道場の小川君
4年生ながら体重100kgの巨体を武器に、市の大会で優勝したツワモノだ
年齢制限で、今回初めて昇級試験を受ける、という噂だ
ちょっと疲れを感じる6人目の相手としては戦いたくない相手だ
3分でいい、休憩したい・・・・そう思ったとき、鼻血が垂れてきた
そういえば、さっきの試合中に組手争いで相手の手が顔に当たったっけ
審判に鼻血の治療をするように言われた
畳を下りて1人で鼻血の処理をしていると、傍にマーサちゃんがやって来た
「あとちょっとだね・・・・・・・・・・勝てそう?」
「うん、気持ちは勝つ気でいる・・・・・でもちょっと厳しいかな?」
「力を貸してあげようか?」
鼻へと伸ばしたマーサの指をそっと握った
「いや、いい・・・・自分の力だけで、どこまでやれるか試したい」
僕はマーサちゃんの顔を見てニコっと笑った
「うん、頑張ってね!」
マーサちゃんは僕の右の頬に軽くキスをした
心の底にほんの少しだけ残っていた、『負けるかも』という気持ちが完全に消えた
「よっしゃあ!!」
僕は胸を張って畳に向かった
「互いに礼!」
試合が始まった
体重を活かして強引に接近して自分の間合いに持ち込み、力任せに投げる、というのが相手のスタイル
「簡単に組ませるな!様子を伺え!」
先生が僕にアドバイスをするが、僕はわざと相手とすんなりと組んだ
思った通り、力任せの強引な背負い投げを掛けられた
「ぐぅっ・・・・・・・・・!」
足が浮いたら、もう投げられるしかない
僕は必死に、足が浮かないように踏ん張る
「ぐわぁぁぁぁぁぁっ!」
今までに出したことのないような強い力が全身にみなぎる
止まっていた鼻血がまた出そうだ
僕の予想外の抵抗に驚いた相手が、背負いを諦めて正面を向いた
その瞬間、僕は相手の両足を後ろから右足で刈る・・・・・・大外刈りだ
相手は倒されまいとして体重を前へと掛ける
チャンスだ!
僕はすぐに一本背負いに切り替えた
体重が前に向かっていると、背負い投げは堪えきれない
体重100kgの巨体が浮いた
重くて潰されそうだが・・・・・マーサちゃんの笑顔のためだ
「うりゃあああああ〜!」
相手の体が華麗に宙を舞った
ずしん、という音と同時に畳が揺れた
僕は自分の倍の体重の相手を投げることに成功した
背筋に電流が走る
場内が沈黙して、全ての目が僕に向いているのを感じる
「いっぽ・・・・・・・技あり! 待て」
審判のコールに、会場が沸き立った
僕の思わぬ活躍への賞賛
そして一本でない判定に対するブーイング
周りのみんなが僕に注目し、僕に賞賛の声を上げる
この感じ、悪くない
だが、試合はまだ終わらない
審判の指示で柔道着の乱れを直した
あの歓声をまた起こしてやろう
試合再開
さっきと同じようにすんなり組んだ
また強引な背負いが来る
先ほどと同様に堪えた
しかし、これはフェイントだった
投げられまいと体重を後ろに掛けたところで、大外刈りを食らった
ひとたまりもなく倒されてしまった
天井が見える
「一本!」
僕は、負けてしまった
もうすぐ午後の試合が始まる
「ねえ、疲れをとってあげようか?」
マーサちゃんはそう言ったが、僕は断った
自分の力だけで茶帯を取らないと、意味がないと思う
だけど、100kgを持ち上げた疲れはかなりのものだ
握力は半分も出せないし、膝も時々震える
それでも、あと4勝すれば10点になり、僕は1級になれる
僕の名前が審判に呼ばれた
客席から拍手や声援が上がる
マーサちゃんも嬉しそうに手を振っている
こういうのって、すごくいいな
もう残っていないと思っていた力が、体の奥底から湧き上がってくる
最後の4試合目
3人目までは、なんとか勝てた
だけど、もう限界だ
立っているのもしんどい
だけど、審判の「始め」の声がかかると、力が沸いてきて、相手と組むことができた
でも、組むので精いっぱい
技を出せなくて、指導を受けて、時間切れで負けた
僕は結局、茶帯を取れなかった
道場に戻っての反省会で、僕はちょっとしたヒーローだった
だけど、マーサちゃんの卒業試験は不合格だと思うと、喜ぶことはできなかった
「おかえり〜」
家に帰るとマーサちゃんが笑顔で待っていた
「ごめん、僕、1級取れなかった・・・・・・・・・・・・」
「ねえ、今、どんな気持ち?」
「悔しい!・・・でも、前みたいに自分の情けなさじゃなくて、勝てなかったことが悔しい」
「悔しいって気持ちだけ?」
「実は、ちょっと嬉しい・・・・もっと頑張れば、もっと強くなれるような気がする
今度は、あの小川君にも勝てるような気がする・・・・そして、強くなる目標ができて嬉しい」
マーサちゃんは嬉しそうにニコニコしながら僕の話を聞いている
「でも、ごめん・・・・1級取れなかったから、マーサちゃんの卒業試験は・・・・・」
マーサちゃんは嬉しそうに鼻をこすった
ぽん、という音がして煙が上がり、1枚の紙が現れた
紙には『合格』と大きく書かれていた
「1級取れるかどうか、っていうのはオマケでしょ?大事なのはキミが強くなれたかどうか」
「じゃあ、僕は強くなれたの・・・・・?」
「うん、すっごく強くなったよ、特にココがね」
マーサちゃんはそう言いながら、僕の胸を指差して突っついた
「最初に会ったときはね、今にも泣きそうな弱虫の顔だったけど、今はカッコイイ一人前の男の顔だよ」
「ありがとう、マーサちゃん・・・・・・・」
マーサちゃんに認めて貰えたことが、何よりも嬉しかった
そして、お母さんとの約束が、やっと果たせたような気がした
「でね、そろそろ妖精の国に帰らなきゃならないんだけど・・・・・・・」
マーサちゃんがちょっぴり寂しそうに言った
「また会える?」
「キミがね、どうしようもない困難に見舞われて、誰かに助けて欲しい、って強く願えば会えるかも」
マーサちゃんは寂しそうに下を向いたまま言った
「でもね、キミは強くなった・・・・だから前みたいにそんな弱音を吐くキミとは会いたくない」
マーサちゃんは顔を上げて、ちょっぴり寂しそうな笑顔で言った
「わかった・・・・・じゃあ、僕はもうマーサちゃんとは会わない」
悲しいけど、寂しいけど、精いっぱいの笑顔を作って言った・・・・・だけど・・・・・
「ごめん、マーサちゃん、これで最後にするから・・・・・・泣いていい?」
僕はマーサちゃんが「うん、いいよ」と言うよりも一瞬早く泣き出してしまった
声を上げて、大粒の涙を流して泣く僕を、マーサちゃんは優しく抱きしめてくれた
マーサちゃんの体は温かくて、柔らかくて、懐かしい甘い匂いがした
マーサちゃんも泣いているのだろうか、鼻をすする音が聞こえる
10分ほど泣いて、ある程度気持ちの整理をつけた僕は涙を拭って顔を上げた
「あのね、実は僕が守りたい、って思っていた女の子って・・・・・マーサちゃんだったんだ」
「そうだったの?実はね、キミが守りたいってゆう女の子のことがね、ちょっぴり羨ましかったんだ」
マーサちゃんは涙で濡れたままの顔で笑顔を作った
「もっともーっと強い男になってね、サヨナラ」
「ああ、世界最強の男になるよ、バイバイ」
僕とマーサちゃんは笑顔で見つめあった
「最後にとっておきのプレゼントをあげるから、目をつぶってちょうだい」
僕はマーサちゃんに言われるまま、目を閉じた
唇に柔らかくて温かくて、湿ったものが触れた
目を開けると、もうマーサちゃんの姿は無かった
初恋は叶わぬ方がいい、と、本に書いてあった
僕の叶わなかった初恋は、ちょっぴり悲しいけど素敵な思い出になった
2 名前:妖精の奇跡・番外編 マーサの初恋 投稿日:05/02/10(木) 05:59:35
数日前から、人間界には「勝たせたい」「勝って欲しい」「頑張ってくれ」という思いが溢れている
妖精たちは、ああ、またあれが始まったんだな、と感じていた
マーサも人間達の前向きな強い願望を快く感じていた
その時、マーサはちょっぴり懐かしくて嬉しい、「勝ちたい」というひときわ強い気持ちに気付いた
マーサは自分の鼻を指で2回こすり、人間界のテレビを出現させた
『・・・・大阪オリンピック男子柔道78kg級決勝、白い柔道着は日本の・・・・・・・・』
画面にアップになった顔には、だいぶ成長して精悍になっていたが・・・・・・・・・
マーサの初恋の男の子の面影があった
『・・・・・すっかりお馴染みになった勝利のおまじないを済ませ、畳の中央に向かいます・・・・・』
画面の中の選手が、マーサが不思議な力を使うときと同じように、鼻をこすってから畳に向かった
「ムフフフフ! がんばれー!」
マーサはあの時よりも温かくて優しい笑顔で、大きく、大きく育った奇跡に声援を送った
おしまい