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【願かけ】

1 名前:名無しさん 投稿日:05/02/11(金) 16:48:12

「好きなの!私とつき合って、○○くん!」
これはひょっとして、愛の告白というものなんだろうか。目の前の須藤は握り拳を固めて、ずいっと迫ってきた。選択の余地はなかった。

「で、OKしたの?茉麻ちゃんみたいなのって、タイプだったっけ?」
雑誌を読みながら俺の話を聞いていた梅田が、顔も上げずに聞いてくる。
「いや、タイプというか、何て言うか。断ったら殺されそうだったしな……」
「何せファイティングポーズだぞ」と俺は付け加えた。
「茉麻ちゃん大きいもんね。そりゃ迫力あるわ」
実は須藤よりも背の高い梅田は、ページをめくりながら答えた。
「で、どうするつもりなわけ?OKしたんでしょ?」
「いや、どうするもなあ。須藤がつき合いたいって言うならそれでいいかなって。断る理由もないし」
「気のない返事ねぇ……茉麻ちゃんが聞いたら傷つくわよ。あーいう子って、中身は結構ナイーブなんだから」
「そういうものか?全く分からん……」
須藤だったら弾丸が飛んできても跳ね返しそうなイメージがあるが。
「…にしても、茉麻ちゃんもとうとう告白したか……」
ページをめくる手を止めて、梅田はふっとつぶやいた。
「ん?何か知ってるのか?」
「いやあ、何でもない何でもない」
梅田はまた雑誌に目を落とした。

須藤茉麻は「巨人」として知られていた。
小学6年生にして160cmを超える長身、それに見合うだけのがっちりした肉付き(一部の男子はそれに見合うだけの「胸囲」とも言っている)、卓越した運動神経。
ドッジボールで泣かされた男子は数知れず、バスケットボールの最初のトスでは必ずボールを取り、バレーボールでは「選手潰し」の恐怖のアタッカーとなる。
そんな数々の伝説を持つ須藤だったが、「中身」の方はほとんど知られていなかった。

(須藤はどうして、俺に告白したのかな…?)
授業中。俺は、ぼーっと考えながら須藤を見ていた。
須藤は相変わらず、何を考えてるのかよく分からない表情で黙々とノートを取っていた。
(そもそも、須藤と俺の接点って…何かあったっけ?)
須藤は5年生の時、この学校に転校してきた。
さらに、同じクラスになったのは6年生になってからだ。それに、同じクラスと言っても、そんなに仲がいいわけでもなかった。
(分からん……)
俺が考えていると、隣の席の梅田がとんとんと机を叩いてきた。
「随分と熱心に見てるのねぇ、茉麻ちゃんのこと」
梅田は周りに聞こえないように小声で話してきた。
「いや、別に見てたわけじゃ……見てたのか、結局」
俺は自分で言って自分で突っ込んでいた。
「おーおー、自分でも認めているわけ?」
「いや、と言うか、須藤はどうして俺に告白なんてしたのかな…って思って」
「もてる理由が分からないって?にくいねぇ、色男」
「茶化すなって。こっちは真剣に悩んでいるんだから」
何となくOKしてしまったが、須藤が俺に好意を持ってくれているのなら、俺はそれに応えなければならないだろう。そのためには、須藤が俺に好意を持っている理由、それを知るのが重要だと思うのだ。
「茉麻ちゃんに直接聞けば?どこが好きになったのって」
「それができればいいんだがな……あれ以来、あんまり話せなくて」
「照れてるわけ?」
「俺が、というより須藤がな」
俺は再び須藤に目を移した。
須藤はさっきと同じ姿勢だったが、視線に気付いたのかふっとこちらを見た。

(あ……)
須藤はぎこちなく微笑むと、小さく手を振った。
俺も手を振り返すと、須藤はちょっと顔を赤くして、うつむきながら元の姿勢に戻った。
「……これは重症ね」
「だろ?」
「○○がね。顔、赤くなってるわよ」
「な、何っ!」
俺はつい大きな声を出してしまった。途端、教室中の注目が俺に集まる。
「○○、今の説明に驚くところがあったかね?」
先生はゆっくりと、だが鋭い声で詰問してきた。
「え、あ、いや、その……すいません」
俺はただひたすら謝るしかなかった。

休み時間。俺が先生からたっぷり絞られて教室に戻ると、須藤が駆け寄ってきた。
「あ、あの、ごめんね……私のせいで」
須藤はうつむきつつ頭を下げた。
「え、いや、須藤のせいじゃないよ。さっきのは、梅田のせいなんだ」
「えりかちゃんの?」
「ああ。おい、梅田!」
俺は梅田を呼びつけた。村上や矢島と話していた梅田は、にやにやしながらこちらに来た。
「おや、色男のご帰還だね。茉麻ちゃんと2人っきりなのに、私なんか呼んでいいの?」
「そういう問題じゃない。梅田のおかげで、ひどい目にあったぞ」
「何のこと?」梅田はご丁寧にも首を傾げて見せた。
「何のことって、そりゃないだろ!梅田が変なこと言うから……」
「変なことって、○○が茉麻ちゃんに手を振ってもらって赤くなってたこと?」
「えっ………」
梅田の発言に、須藤が驚きの声を上げる。
「わざわざ説明するな、分かってるなら!で、須藤が自分のせいだって気にしてるから、そうじゃないと説明してたんだ。須藤も分かったろ、諸悪の根源は梅田だって」
だが須藤は、うつむきながら「やっぱり私のせい……」とつぶやいていた。
「ち、違う、違うぞ。断じて須藤のせいではない!」
「そうそう、○○が茉麻ちゃんに見とれてて勝手に墓穴掘っただけなんだから」
「梅田は黙ってろ!…いや、まあ、須藤を見てたのは確かなんだ、申し訳ないけど」
須藤はますます顔を赤くしてしまった。
「ほら、須藤と話したことってあんまりなかったろ。だから、もっと須藤のことを知りたいと思って……」
俺は自分で言いながら、何だか恥ずかしくなってきた。
「いいねぇ、その表情。さっきと同じく真っ赤」
「えっ…」「何っ!」
梅田のツッコミに、須藤と俺が同時に声を上げる。須藤は真っ赤になりながら、俺をじっと見つめた。きっと、俺も同じくらい赤くなっているのだろう。
「というわけで、邪魔者は去るから。あとは若い人同士でね〜」
梅田は手を振りながら自分の席に戻っていった。

「あ……」「う……」
梅田がいなくなった途端、会話がなくなる。
いや、これだけ意識し合った状態で会話も何もない気がするが、とにかく何か話さないと。
「……あのさ」「……うん」
「その……今日はいい天気だな……」って何言ってるんだ、俺!
「うん……」須藤は頷くだけだった。
「その……須藤は……」「……うん」
「スポーツ得意だよな……」って、そんなこと誰でも知ってるぞ!
「うん……」やっぱり須藤は頷くだけだった。
「……何で、あんなにできるんだ?」ようやく1個質問できたが、そんなことが聞きたかったんだっけ?だが、須藤の回答は意外なものだった。
「……私、昔は苦手だった。走ってもすぐに転んで、ボールも怖くて取れなくて。背も低かったし」
「へぇ……」今の須藤からは、想像もつかない姿だ。
「だから、お願いしたの。もっと背が高くなりますように、もっと運動ができますように…って。大きくなり過ぎちゃったかもしれないけど」
そう言って須藤は少し笑った。だけど、その笑顔はどこか寂しげでもあった。
「いや……何とも意外だな」
俺は素直な感想を口にした。
「……そうだよね」
須藤はやっぱり寂しげに言った。
「あ、いや、悪い意味じゃないんだ。何て言うか、その……」
「ううん、いいの。自分でも分かってるから」
須藤は憂いを打ち消すようににっこりと笑った。初めて見るその表情は、何て言うか、意外すぎるほど、はかなげで、美しかった。

体育の時間はバレーボールだった。
男女混合で4チームに分かれ、2面のコートで試合をする…はずなのだが、審判の先生が1人しかいないので、2チームが試合をしている間、残りの2チームは練習となっていた。
俺は梅田と同じチームだったが、最初の試合で早々に負けたので、適当に練習をしつつ他の試合を見ていた。ああ、何て楽なポジションなんだろう。

バシーン!と一際大きな音が体育館中に響き渡る。須藤のサーブが炸裂したのだ。相手チームは反応することすらできなかった。
「……やっぱ須藤は凄いな」俺が何となくつぶやくと、
「茉麻ちゃん得意だもんね」
いつの間にか横にいた梅田がそれに応えた。
「このまま須藤のサーブだけで終わるんじゃないの?」
「あり得るかもね〜おや?」
4度目のサーブで、ようやく相手チームが反応した。体勢を崩しながらもボールを受け止めると、何とか味方につないでいく。よく見ると、ボールを受け止めたのは村上だった。
「おお、村上もやるな」
「めぐも好きだからね〜でも、ちょっとね」
「何だ?」
「普段の茉麻ちゃんなら、めぐでも受けられないと思うけど」
梅田いわく、須藤のサーブはボーリングの球が飛んでくるようなものらしい。「身を持って体験した」という梅田は「あの時は次の日まで手が動かせなかったもんね」と付け加えた。
「てことは、今の須藤は本調子ではない?」
「かもね。さっきの後だし」
梅田はそう言いながら横目で俺を見る。
「さっきって……俺は何にもしてないぞ。ちょっと話しただけで、休み時間終わっちゃったし」
「ちょっとってことは、お話しできたんだ」
「…まあな。昔は運動苦手だったって。想像できないよな」
それを聞いた梅田は、「ほぅ」と意外そうに頷くと、じーっと俺の顔を見てきた。

「何だよ?」
「…で、茉麻ちゃんの知られざる秘密を知った感想は?」
梅田はちょっと考えてから、そう聞いてきた。
「え?いや、意外だなって」
「それだけ?」
「それだけって…」他にあるか?と言おうとしたとき、ふとさっきの須藤の表情が頭をよぎった。
「……何か、引け目を感じてる……っていうのかな。上手く言えないんだけど」
「引け目?」
「……よく分からん。俺の気のせいかもしれないし」
須藤のあの表情は、何を言っていたのだろうか。大きな自分になりたくて、それはかなえられて、でも、どこかためらいがあるようだった。
「ふ〜ん」
梅田はそれ以上聞いてこようとはしなかった。俺はまた須藤の方に目を向けた。

両チームは激しい点の取り合いを繰り広げていた。須藤は相変わらず圧倒的な強さを発揮していたが、村上も一瞬の隙を逃さずに反撃していく。白熱する試合に、いつの間にか練習組はみんな見物に回っていた。
(……それにしても、大したもんだ)
しっかりと筋肉のついた腕が、白球を激しく打ちつける。ボールの動きに合わせて、がっちりと迷いなく動く脚。全身のばねを溜めて一気に跳び上がるたびに、はっきりとふくらみのある胸元が揺れる。
その全てが、須藤茉麻という存在を主張しているように見えた。そこには、さっきのはかなげな雰囲気は微塵も感じられなかった。
(やっぱり俺の気のせいか……)
そう思ったとき。須藤と目が合った。
「あ……」「う……」
言葉にならないつぶやきがもれる。そこだけ時間が止まったかのように、須藤は呆然と俺を見つめていた。俺もまた、須藤から目を離すことができなかった。
「茉麻ちゃん、前!」
梅田の声で、俺たちは我に返った。村上のスパイクがうなりを上げる。とっさに飛び出す須藤。
だけど、タイミングを外した腕がむなしく空を切り、ボールは須藤の顔面で弾けた。
「須藤!」「茉麻ちゃん!」
俺と梅田の声が重なる。須藤が倒れるのと同時に、俺は動き出した。

「お、おい、大丈夫か!?」
コートの真ん中で仰向けに横たわる須藤の元に駆け寄る。だが、返事はない。
「す、須藤!何か言ってくれよ!」
首の下に手を入れて、何とか抱き起こす。須藤はわずかに目を開けたが、焦点が合ってないのか、ぼんやりと天井を見ているだけだった。
「こらこら、勝手に起こすな」
審判の先生がやって来て、須藤の状態を見る。クラス中が、須藤の周りに集まっていた。
「ああ、ちょっと頭を打ったんだな。○○、保健室に連れて行ってやれ」
先生は須藤を抱え起こすと、もう片方の肩を俺に預けてきた。俺は須藤の脇の下に首を入れて、何とか支えた。
「私も行くよ。1人じゃ大変でしょ」
梅田が先生の持っていた方の脇に首を入れて、2人で両肩を支える形を作る。須藤には悪いが、これで大分楽になった。
「はーい、じゃ行くよ」
梅田とタイミングを合わせながら歩き出す。体育館を出るところで、村上が駆け寄ってきた。
「ご、ごめんなさい……私……」
村上はぽろぽろと涙をこぼしていた。
「いや……村上のせいじゃないよ」
それは気休めでも慰めでもなく、正直な気持ちだった。須藤がこうなったのは、俺のせいだ。口には出せなかったが、俺はそう思っていた。
「めぐ、茉麻ちゃんは大丈夫だから」
梅田が優しく言う。村上はまだ泣いていたが、こくんと頷いて戻っていった。

「よいしょっと……結構きつかったね」
保健室に先生はいなかった。俺たちは須藤をベッドに寝かせると、「ふぅっ」と息をついた。
「ああ……助かったよ、梅田がいて。俺一人じゃ、正直自信なかった」
須藤の身長は俺より高いし、申し訳ないけど多分、体重も上だろう。おまけに意識を失ってるから、全重量がかかってくることになる。俺一人だったら、どこかで一緒に倒れていたかもしれない。
「茉麻ちゃん大きいもんね」
「梅田の方が大きいけどな」だから助かったんだが。
「ま〜ね」梅田はそう言って笑った。
「梅田は昔からでかいよな。……須藤は違うらしいけど」
「それが、茉麻ちゃんの知られざる秘密2?」
「2っていうか、一緒に聞いた。昔は背も低くて、運動もできなかったって」
俺はベッドで眠る須藤の横顔を見つめた。
(…どっちが本当の須藤なんだろう。試合の時の須藤は本当に凄くて、大きくて、はっきりしていた。でも、あの時の須藤は、ためらってて、小さくて、はかなくて……昔の須藤も、そうだったのだろうか?)
「昔……昔の須藤って、どんな子だったんだろうな……」
考えている内に、俺の口からはそんな言葉がもれた。
「昔?…………知りたい?」
予期しない言葉に、俺は梅田の方を向いた。梅田は真剣な表情で、俺をじっと見ていた。
「……知ってるのか?」
「だったらどうする?」
「そりゃ……」
そこまで言ったところで、「んっ」と須藤の声が聞こえた。俺は慌てて須藤の方を向いた。

「須藤……大丈夫か?」
俺はできる限り優しく言った。身を起こした須藤は何度かまばたきをしてはっきり目を開けると、俺の方を見た。
「あ………」
須藤の目が見開かれる。大きな目の端から、少しずつ涙がこぼれ落ちてきた。
「す、須藤?どこか痛いのか?」
「…違う……違うよ……」
嗚咽をこらえながら、須藤が声を出す。その間も、涙はどんどんとあふれてきた。
「ど、どうしたんだ?」
「違う……違うから……」
須藤は激しく首を振った。
「違うって……」
突然のことに、俺は困惑していた。だけど、須藤を泣かせておくわけにはいかない、それだけははっきりしていた。
「須藤……ごめん。俺のせい……だよな」
「……うぅ……あぁ……」
須藤は首を振るだけだ。流れ出る涙が、ぽたぽたとベッドに落ちていく。俺はいたたまれなくなって、須藤の肩に触れた。
「……あぅ……違うから……」
須藤は激しく身体を振って、俺の手を拒否した。だが俺は構わず、もう一度手を伸ばした。
両手でしっかりと須藤の肩を持って、そのまま抱き寄せる。
須藤の抵抗は激しかったが、俺はその大きな身体をぎゅっと抱きしめた。
「あぅ………う……うわぁーん!」
耐えられなくなったのか、須藤は声を上げて泣き出した。
「ごめん須藤……ごめんな」
胸元に涙が滲んで、冷たくなってくる。少し汗の残った、女の子の髪の匂い。腕に、身体に直に伝わってくる、大きくて柔らかい感触。
「須藤……」
須藤の泣き声は止まらない。これまで堪えていたものを一気にはき出すかのように、須藤は泣き続けた。

「………須藤」
涙が落ち着いてきた頃、俺は須藤に話しかけた。
「………」
涙に濡れた顔で、須藤が俺を見上げる。少しふっくらして、でも少し幼い須藤の顔。こんな近くで見るのは、初めてだった。
「俺、分かったよ。………須藤が好きだって」
「え?」須藤の目が大きく見開かれる。
「告白されてからさ、俺、須藤のことをずっと見てたんだ。何で、須藤は俺に告白したんだろうって。でも、何か、気が付いたら、どんどん須藤が気になっていった。
須藤は大きくて、凄くて、でも、小さくて、はかなくて……もっと知りたいって、もっと話したいって、そう思ったんだ」
俺は自分で言いながら、顔が赤くなっていくのを感じていた。

「………私ね、ずっと、ずぅっと前、小学校に上がる前、この街に住んでいたんだ」
少しの沈黙の後、須藤は話し出した。
「………」
「…その頃の私は、背も低くて、運動もできなかった。運動会の時とか、みんなの足を引っ張っちゃって。すごく、辛かった。……でもね、泣いている私を、ぎゅっとしてくれたの……○○くんが」
今度は、俺が目を見開く番だった。……昔。昔の記憶。俺と、梅田と……もう1人。小さくて、すぐに転んでばかりだった女の子。
「………まあ………まあちゃん」
俺は呆然とつぶやいた。須藤がわずかに微笑む。
「覚えていてくれたんだ………」
「須藤……茉麻。まあちゃん……」確かに、名前は合っている。だが………
「気付かなくて、当たり前だよ。私、こんなに大きくなったから」
穏やかな微笑み。あの時見た、はかなくて、美しい笑顔だった。
「……大きくなりたい。大きくなって、運動がもっとできるようになりたい。だから……大好きな○○くんを、断ちます。そう、お願いしたの……」
「須藤………」俺は何も言えなかった。
「それからすぐ、引っ越しが決まったの。お願いの、力だったのかな……引っ越した先で、私はどんどん大きくなった。帰ってきても、○○くんが気付かないくらいに」
そう言って、少しいたずらっぽく笑う。
それは美しくて、可愛くて、俺は、胸がどんどんと高鳴っていくのを感じた。
「……でも、○○くんにまた会って、このままじゃ駄目って思ったの。……だって、私は、大きくなりたい、それ以上に、○○くんが大好きだって、思ったから……」
須藤の顔が、りんごのように朱みを帯びていく。俺はまた、須藤をぎゅっと抱きしめた。
「須藤………茉麻。ごめん……俺、何も知らなかった……」
「……ううん、いいの。私の、勝手なお願いだったから……」
茉麻もまた、俺の背に手を回す。お互いの身体を直に感じる中で、2人の温度はどんどん高くなっていく。
「茉麻……」「○○くん……」
お互いに真っ赤になりながら、茉麻の目が閉じられる。俺はゆっくりと、その唇に口づけた。

「……梅田は結局、全部知ってたんだな」
次の日。登校中、俺は梅田に話しかけた。
「ま〜ね。茉麻ちゃんが転校してきたとき、すぐに分かったから。○○は気付いてなかったけど」
少し意地悪っぽい目で、梅田が俺を見る。
「うっ、ま、まあな……」
痛いところを突かれて、俺は口ごもった。
「私から言うのも何だって思ったから、黙ってたけどね。でも安心したよ、○○がまた茉麻ちゃんをぎゅってやったときは。気付いてなくても、昔と同じ事するんだもんねぇ」
梅田は大げさな身振りをつけて言った。
「おい……どこまで見てたんだよ」
「若い2人の邪魔しちゃ悪いと思って、一旦出たんだけどね。老婆心というか、温かく見守ろうと思ってね……ちょっとだけドア開けて全部見てた」
「普通、自分で言うか?だから梅田はおばさん臭いって言われるんだよ」
俺はそう言いながら、顔が真っ赤になっていた。
「失礼ねぇ……ま、若い2人には負けるけどね。あ〜んなことや、こ〜んなことまでしちゃって」
昨日のことを思い出して、俺の顔がますます赤くなる。
「…誤解を招くような発言はやめろ」
「え?私はあ〜んなことやこ〜んなことの中身は一言も言ってないよ。○○が、茉麻ちゃんに…」
「わ〜わ〜、やめろ!それ以上言うな!」
「言わないよ。言わないのは私の専門だからね」
そう言って、はっはっはと笑う。俺は、完全に梅田に遊ばれていた。

「……ほら、茉麻ちゃんだよ。またやってきたら?」
梅田に言われて、前を見る。茉麻が、笑顔で手を振っていた。
「茉麻!」
俺は走り出した。ちょっとの距離だけど、すぐに追いつきたかった。
「おはよう、○○くん。どうしたの、顔真っ赤」
「いや、これは梅田が……いや、何でもないよ。おはよう、茉麻」
首を振って、顔の赤さを誤魔化す。茉麻は首を傾げたが、俺の慌てぶりにふふふと笑った。
「行こうか?」俺はそう言って、手を差し出した。
「うん」茉麻がその手を握り返す。大きくて、柔らかい茉麻の手。それだけで、また顔が赤くなりそうだった。
「やれやれ、若い2人にはかなわないねぇ」
後ろから梅田のぼやきが聞こえる。俺は敢えてそれを無視しながら、茉麻と一緒に歩き出した。

おしまい