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【ミステリー】

1 名前:名無しさん 投稿日:05/01/24(月) 19:05:39

「今朝小学生女児が行方不明になりました。警察は事件と事故両方の・・・」
最近物騒な事件が多く、こんなニュースもよくある話になってきた。
しかし今回は話が違った。さっきの女のアナウンサーの声でなく、ワイドショー風の低い男の声が
「なんとこの女児、人気アイドルグループモーニング娘。の妹分であるハロープロジェクトキッズの
一人であることが分かった。彼女の所属事務所からのコメントは次の通りである・・・」
形式的なコメントが羅列されるが肝心の被害者の名前がない。アイドルなのだから当然かもしれない。
しかし一部の人間はそれが誰だか大体分かっている。今日はコンサートがあった。
そこでは欠席者が一人。学校行事で休んだと伝えられたはずの徳永千奈美。

2ちゃんねるでは書き込みが集中した。あまりの接続数で重くなる。やっと繋がり、出てくるスレの名前は
「おーどんは死ぬの?」「冗談では済まない事件がおきました」「実はなっちだよ」
ヲタの聖地、狼は今までの比でないほど真面目な文章が並び、異様な雰囲気に満ちていた。
UFA事務所のある東麻布ではキッズ以外のメンバーが集合し、会長等にこの様に促された。
「分かっているとは思うがキッズの徳永が誘拐された。こんなメールが事務所に来ている。」

「お宅の娘はもらった 他の子供達も例外ではない」

会長が一言「キッズ達はもう活動させるわけにはいかないな。」
「そんな!」「明日もライブがあるのに!」「穴は誰が埋めるんですか!?」メンバーは困惑した。
「とりあえず今回のツアーは中止。事件が解決するまで様子を見る。」
黙り込む彼女達を尻目にスタッフはキッズ達に連絡を入れ始める。
「菅谷さんですか?UFAです。ご存知でしょうがキッズの一人が事件に巻き込まれました。
安全を考えて梨沙子さんは家から出さないように・・・」
「夏焼さんですか?・・・」
ほとんどが保護者に繋がったが一人キッズ本人に繋がってしまった。
「はい嗣永です。」可愛らしい女の子の声。そう嗣永桃子が電話に出たのだ。スタッフは親に変わるよう促すが
「いまは私しかいません。二人とも仕事なんで」
ではまた後で、という訳にはいかない。彼女はもう中一だし大丈夫だろうとスタッフは話し始める。
「知ってはいると思うけど・・・」

対応に追われるのは事務所だけではない、彼女の通う学校も大混乱を起こしていた。
徳永千奈美はアイドルである。アイドルが行方不明になってしまったのだ。
学校中が騒然とする中、僕は澄ました態度で席に座っていた。

周りの奴等は泣いたり、何故か怒っていたり、オロオロしていたり、とにかく落ち着いていなかった。
さっきこの事件を聞かされたのだから当然かもしれない。
けど僕は違う。昨日千奈美に酷いことを言ってしまい、絶好状態になってしまっていたから。
強情っぱりな僕は今の感情を表に出すことは出来なかった。
このクラス、いやこの学校で一番彼女の事を知っているのは僕なのに。

小さい頃から幼馴染だった僕達は昨日、いつものように学校へ一緒に登校していた。
「昨日のうたばん見てくれた?私変じゃなかった?」
2年程前、ハロープロジェクトキッズのオーディションに受かった彼女は真っ先に僕に報告してくれた。
「オーディション受かったよ!」
その後テレビに出ることも多くなり、噂を聞いた他の生徒達が彼女を茶化す。それを僕はいつも後ろから見ていた。
僕は彼女を特別な目では見ていない。彼女がどんなに有名人になってもそれは変えないつもりでいた。

そのつもりでいたのだが、学校が見えてきた時僕はこんな事を言ってしまったのだ。
「お前って今回の歌で一人で歌ってるところないの?」
さっきまでの彼女の満面の笑顔が少し変わる。
僕はそれがすぐ分かり、自分の言った事がまずかったと気付いた。
「そーなんだよねー…」
口数が減った。気まずいままクラスに着いた頃には無言でお互いの席に着いた。隣同士だ。

一時間目国語 「ごめんそれ…」消しゴムを拾ってもらった時以外話さなかった。
二時間目理科 班が違う。目が合い僕は笑顔で返してみたが彼女の笑顔は見れなかった。
三時間目算数 いつもよりは格段に少ないがそれなりに会話は出来た。
四時間目社会 前の時間で少し安心した僕は思い切って謝ってみた。

「朝変なこと聞いてごめんな」
「うるさいな、別にもういいよ…」
「なんだよ謝ってるんじゃん」
「だからもういいって」
「怒ってるじゃん」
「怒ってないよ!話しかけないで!」
皆が一斉にこっちを見る。泣いている徳永千奈美と僕。
先生はこっぴどく僕を叱った。
教室に戻ると女子は彼女を囲み僕をちらちら見ている。そして男子は僕を囲みあっちを見ている。
どうすることも出来ないまま学校は終わり、皆は帰りだす。彼女は相変わらず囲まれていた。
「もう一回謝っとけよ」
誰かが言った。なにかスイッチが入ったような気がした。
僕にはさっきから彼女に言うべきと決めていたことがある。反射的に叫んだ。

「明日コンサートだろ!がんばれよ!」
彼女は振り返ったがすぐ教室を出て行ってしまった。顔は髪に隠れてよく見えなかった。彼女の笑顔が見たかったのに。
笑ってくれたようには見えなかった。

そんな訳で気まずいまま今日を迎え、今の状況にある。
今朝ニュースは見たのだが名前が出ていなかったので誰の事かは知らなかった。
それが学校にすぐ伝わり、生徒達にも渡ったのだ。
ともかく僕達はすぐ家に帰された。帰るとテーブルに置手紙。
「千奈美ちゃんの家に行ってきます あなたは家に居ること」
言われなくても外に行く気力はなかった。フラフラと自分の部屋に入ると急に頭が混乱してきてベッドに倒れこんでしまった。
「何が起きたんだよ?」「千奈美は大丈夫なのか?」「俺に何か出来るのかな?」そして遂に
「うわぁぁっーーー!!!」張り裂けそうなくらいに叫んだ。
しかし湧き上がってくる涙に僕はすぐ黙り込んでしまう。呼吸が速くなり耳に血の流れる音が大音量で聞こえた…


…ふと目が覚める。日差しが眩しい。どうやら全て夢だったのか。いやな夢を見た後は気分が悪い。
僕はとりあえずテレビをつけた。

テレビをつけるとそこにはワイドショー風の男の声が聞こえた。少し嫌な予感がした。
「なんとこの女児、人気アイドルグループモーニング娘。の妹分であるハロープロジェクトキッズの
一人であることが分かった。彼女の所属事務所からのコメントは次の通りである・・・」
ああ、夢なんかじゃなかった…僕はこの状況で何故眠り呆けていたのか。どうしようもない憤りを感じた。
「チャララ〜ン♪」
僕の携帯の着信メロディがなったような気がした。もちろんBerryz工房の曲だ。急いで携帯を取る。
とりあえず言いたい事は携帯はマナーモードだった。一番重要な事は、新着通知が残されていた事だ。
焦ってしまい中々着信履歴までたどり着けない。そしてパッと記録が表示された。そこには、

着信履歴
01 ○月×日 10時13分
徳永千奈美

かなり時間は経っていた。けど彼女が僕に助けを求めている!僕はすぐさまリダイアルをした。早く出てくれ…
「お掛けになった電話番号は現在電波の届かない場所に…」
ガクリと肩を落とす。しかし同時に一つ思い出した事があった。

「そんな桃子の事好きなら番号教えてあげようか?」
以前彼女とBerryz工房の話をした時、嗣永桃子が可愛いと言った。彼女はメンバーとの話をよくした。
こういう話は人が群がってくるので二人きりの時が多い。あの時は登校中だった。
彼女達はあまり仲が良くなかった様だった。だから、あっさりと番号を教えてくれた。当然掛ける勇気なんてなかったのだが。

しかし今は違う。彼女なら何か知っているかも。無責任な期待を持ち、僕は嗣永桃子の番号を出した。
少しためらった。震える指で通話ボタンを押した。
「プルルル、プルルル…」

「もしもし?」
「あの突然ごめんなさい。実は…」
「君もしかして○○君?」
「えっ知ってるの?」
「うん、だって千奈美いっつも…」
「ともかく、そっちでなんか情報っていうか…分かってる事はないの?」
「事務所から電話が来た。あたし達も危ないから家から出るなってだけ。あ、あとね」
「千奈美から電話がきたんだよ。でも…」
「嘘!あたしにもきたよ。それだったんだけど…」
「出てやれなかった」「出てあげられなかった」同時に言った。さっきから二人とも一方的に話している。お互い動揺しきっていた。
少し沈黙しあう。落ち着こうと必死だった。先に切り出したのは彼女だった。
「他のメンバーには電話はきてないみたいなの。きたのは私達だけ」
「きっと千奈美は何か僕達に伝えたかった」
「うん」

その後僕達は今後どうすべきか話し合った。警察に任せた方が良いに決まってる。けど僕達には使命感があった。
随分と時間が経った。良い意見は全く出ない。こんな事をしていては無駄だ。徐々に苛立ち始めてきた。
「ねえ電話より、実際会わない?」彼女が言った。
「会おう。でも家は出ないで。危ないから」
「分かった。住所教えるから来て」
彼女は最寄の駅、そこからの道順を教えてくれた。

教えられた駅は家から割と近かった。改札を出たのだが、正直よく行き方が分からない。
「早くしなきゃ」また苛立ち始めた時
「○○君?」振り返ると彼女が立っていた。そう嗣永桃子が。

ダッフルコートにミニスカートの彼女は、テレビや千奈美が持ってくる写真よりずっと可愛かった。けどそんな事より
「なんで出てきた?家にいろって言ったじゃないか!」周りを考え、押し殺して言った。
「ごめん…でも道に迷うんじゃないかと思って」
「まあ、とりあえず行こう」図星なので言い返せなかった。

家に向かう間、僕達は特に何も話さなかった。足早に歩いていく彼女を僕は後ろから見ていた。
彼女は千奈美より一回りも小さい。何故千奈美は彼女の事が嫌いなのに電話を掛けたんだろう…
「着いたよ」ボーっとしながら歩いていたので突然止まった彼女にぶつかってしまった。
「あっ」よろける彼女
「ごめん!」反射的に彼女の体を掴み、こっちに引き寄せる。
気が付くと抱きしめてしまっていた。
「あ、ごめん…」謝ってばかりだ。
「いいよ…ほら、着いたよ」
そこにはこじんまりとした一軒家があった。
「入って」とても小さな声だった。

中は小奇麗で人の気配はなかった。
「誰もいないの?」
「うん。仕事」
「こんな時に?」
「ほんとだよね」
さっきから声が弱々しい。怒らせてしまったのだろうか。
2階に上がり、彼女の部屋に入った。女の子らしい可愛い部屋だった。

「正直ね、私と千奈美今ちょっと仲良くないんだ」
ピンクのカーテンを開けながら桃子は言った。
「だから私に電話掛かってきたのびっくりしてる。普通なら熊ちゃんとかに掛けるいるんじゃないのかなって」
「………」僕は何も言えなかった。
「あとさ、なんでさっき私に電話掛けた時君だって分かったと思う?」
「分からないよ、なんで?」
「千奈美はね、メンバーといる時いっつも君の話してるんだよ」
「え?」
「赤くなった」彼女は少しだけどやっと笑ってくれた。

彼女はその後も千奈美が言っていた事をたくさん話してくれた。
千奈美が僕の事をそんな風に見ていてくれているなんて思ってもいなくて、おもわず顔がほころんでしまった。
「○○君がよっぽど好きなんだね」
「そ、そんなことないよ…」
「さっきからずっと真っ赤」今度はにっこり笑ってくれた。

けど僕は気付いた。彼女の笑顔は一筋の涙で濡れている。
彼女はずっと泣きそうだったのかもしれない。きっと我慢をしているんだ。
それを見てこれまでとは比較にならないほどに怖くなってきてしまった。
「ドクン…ドクン…」また血の流れる音が大きくなるのが分かった。

「くそっ…」
僕はガクリと泣き崩れてしまった。千奈美に何もしてあげられない不甲斐なさが重くのしかかる。
「やめてよ、男の子なんだから泣かないでよ。あたしだって…」
返事なんて出来なかった。
僕はずっと顔を下げたまま泣き続けていた。

「大丈夫だから…」「安心して…」彼女はずっと僕をなだめた。
まだ僕は気付いていなかった。やっとの思いで顔を上げた時。
彼女は僕を抱きしめてくれていた。
「もう大丈夫だよ…」
ゆっくりと抱擁を解く。彼女はもう泣いていない。

「ブゥーン、ブゥーン」携帯が突然震えだした。
「まさか!」急いで携帯を開いた。
「もしもし!」
「○○!どこにいるの!?家にいなさいって書いておいたでしょ!?」そうだった。忘れていた。
「ごめんなさい。すぐ帰るよ」
「迎えに行くわ」
「大丈夫。一人で帰るよ。大丈夫…」

電話を切った。ガッカリしたような、安心したような複雑な気持ちだった。
「とりあえず今日は帰りなよ」彼女が促す。
「そっちは大丈夫?」まだ彼女の親は帰ってきていないようだ。
「うん」
彼女は玄関まで見送ってくれた。
「帰り道気を付けてね」
「そっちもね」

家に帰ると、こっぴどく叱られた。まるで耳には入っていなかったけど。
「とにかく心配しないであなたは大人しくしていなさいね」母親は疲れていたようだった。
母親は僕に事件については何も教えてくれなかった。
「バタン…」
部屋に戻ると疲れがどっと出た。僕はベッドに倒れこむ。

…「○○!」とても久しぶりに聞く気がする。千奈美が僕の名前を呼んだ。

僕は教室にいた。隣に千奈美が座っている。
正直、これは夢だと分かっていた。でも現実ではなかったとしても僕には千奈美に言いたかった事があった。
「あの時、お前の気持ち分かってやれなくてごめんな…」
「もう気にして無いよ」にっこりと笑う。この笑顔が見たかった。
「なあ、この前のテレビでさ…」
とにかく千奈美と話がしたかった。夢が覚める前にできるだけと思った。普通の話で良い。
なのに僕は聞いてはいけない事をしてしまったようだった。

「今、大丈夫なのか?」
「…」
千奈美は突然悲しい顔をし、席を立った。
「おい、待ってよ」追おうとする。でも、立つ事は出来なかった。
彼女はドアの前まで歩き、こちらを振り向く。
喧嘩をした日の、僕が最後に見た顔だった。また僕はやらかしてしまったのだ…

目が覚めた。まだ空は薄暗く、時計は5時を指していた。

どんよりと曇った朝だった。
リビングに行くと、一人父親がソファで新聞を読んでいた。
「お母さん、出かけてくるって」
「まだ8時だよ?」
「うん、けどお前は家から出るなよ」
「今から朝ご飯作るから」そう言って父親はキッチンに向かっていった。
ピリピリしていて、静か過ぎた。耐えられなくなった僕はテレビのスイッチを入れる。
「消せ!」突然父親が叫んだ。
「えっ?」ビックリしてリモコンを落としてしまう。そしてすぐにテレビをつけた事を悔やんだ。
「…以上が犯人と思われる人物からのメールの内容です。事件が発生して被害女児の徳永千奈美の…」
「ブチンッ」テレビを消したのは父親だった。
「分かったろ、テレビはつけるな。」
「名前、出ちゃったの」
「そうみたいだな」
ソファに置かれた新聞を見ると、徳永千奈美の名前が大きく載っている。
「…」また、静かになった。

僕はずっと部屋に篭り、アルバムの写真を見ていた。
写真には僕と千奈美がいる。今見るとそんな写真ばかりだ。なにかしら一緒に写っている。
一枚の写真を手に取った。
これは、彼女がオーディションに受かった後すぐにとったものだ。
頭の中にその時の思い出湧き出てきた。

…「やった!」僕はテレビを見ながら歓喜の声を上げた。
ブラウン管の向こうには少し緊張している千奈美が映っていた。
その日はキッズオーディションの合格発表特番があった。そして今、全員合格の発表がされたのである。
千奈美は夕方、家に来た。僕の両親は彼女を褒め称えた後、
「二人で話しなさい」と、リビングに戻っていく。彼女はさっきから下を向いて押し黙っていた。
僕は彼女を部屋に招く。僕は一言も話さない彼女が心配だった。
黙ったままついに彼女は泣き始めてしまった。
「なんで?どうしたの?」一向に答えてくれない。
「何か嫌な事あったの?泣かないでよ」すると彼女は顔を上げ、
「違うよ、嬉しいんだよお!」僕に抱きついてきた。顔は涙でぐしゃぐしゃだった。
「よかったな、ほんとによかった」僕もつられて大泣きしてしまった…

ふと、この間の嗣永桃子の顔が頭をよぎる。
無理をして笑っているけど、涙は抑え切れていない。そんな顔。
現実に引き戻され、また僕は泣きそうになっていた。そんな時

「チャララ〜ン♪」携帯が鳴った。
携帯は開いていて、画面が見えた。
瞳孔が開いた気がした。
徳永千奈美からだった。

「もしもし!おい、千奈美なのか!?」
「私は大丈夫だから落ち着いて聞いて…」
「えっ…」久しぶりに聞く彼女の声は落ち着いていた。
「いい、今から××駅に来て。そこで待ってる」
「待ってるって…お前何処にいるんだよ?ほんとに大丈夫なのかよ?」
「…待ってるからね」
電話は切れた。

僕はパニックに陥りそうなほど混乱した。けど頭の真ん中に千奈美がいるおかげで僕は動けた。
既に家を飛び出そうとしている。自転車に足を掛けた時、後ろから父親の声が聞こえたような…気がした。
やっと落ち着き始めた時には、電車に乗っていた。
僕はまず、この寒い中コートを着ていない。Tシャツ一枚だ。ここまでどうやって来たのか記憶も無い。
右手には手には切符。左手にはあの写真を持ったままだった。
こんな格好だから周りはジロジロ僕を見ているようだった。

「××駅…」ここからは30分ぐらいだろうか。
なんだろうか、千奈美の事を考えるのが怖くなっていた。
彼女の笑顔が見えてこない、あの悲しい顔が拭い去れない。
駅に着くのも怖くなってきた。これから何が待っているのか。
不安でしょうがなかった。

「次は、××〜」
「…!」まだ、5分も乗った気がしない。
改札を降りると、ポツポツと雨が降っていた。人通りはとても少ない。
僕はどうすればいいのか分からず、その場で立ち尽くしていた。僕はTシャツ一枚だ。寒さも襲う。
突然肩を叩かれた。
まさか、

「○○君…?どうしてここに…それにその服…」
僕の後ろに立っていたのは真っ赤な傘を持った嗣永桃子だった。
「そっちこそ…なんで…」
「電話がきたの。千奈美から」
「僕にもきた。ここで待ってるって」
「また私達に…?」

雨は次第に強くなってきた。
「びしょ濡れじゃない。ちょっとこれ持って」彼女は傘を僕に渡し、自分のコートを脱ごうとした。
「いいよ。大丈夫だから」僕は躊躇した。彼女も下は寒そうなシャツ一枚だった。
「いいから」コートを僕に押し付けた。
「うん…」
彼女の小さい手はもう震え出していた。雪になりそうなくらい寒い。
僕は出来るだけ彼女にくっ付き、寒さを防ごうとした。
「それ持つね」彼女がまた傘を持つ。
こんなに女の人の体を感じたのは初めてかもしれない。細くて本当に頼りない感じ。
ぎゅっと抱きしめたいと思った。腕を回そうとした。

「○○君に、嗣永桃子さんですよね?」
現れたのは、いくつ位だろうか、50歳ぐらいのおばさんだった。やさしそうだけど、寂しそうな顔をしている。
「えっ?」僕達は予期しない人物を前に唖然とするしかなかった。
「千奈美ちゃんは私の家にいます。乗って下さい」そういってそばに止めてある古びた外車を指した。
僕達は黙って車に乗り込んだ。おばさんを疑いはしなかった。きっと千奈美の所へ連れてってくれる。
「ねえ僕はもう大丈夫だから、これ着て嗣永さん」隣で彼女はまだ震えている。
「嗣永さんってやめてよ。もっと他で呼んで」外を見ながら言った。
「も、桃子さんこれ着てよ」少し恥ずかしかったがそう呼んだ。
「…分かった」
Tシャツ一枚になった僕をミラー越しに見たおばさんは車のエアコンを入れたようだった。

随分と時間が経った。さっきの電車とは比べ物にならないほど長かった。
「ここだよ」車は止まった。
外を見ると、そこには灰色に汚れた大きめな家が目の前にあった。

「ここに…本当にいるんですか?」聞いたのは桃子だった。
「いるよ。今留守番してもらってる」
「…」僕達は無言で顔を見合わせた。
さっきからよく分からない事ばかりだ。千奈美は誘拐されたんじゃないのか。

外に出ると、雨はみぞれに変わっていた。
「ついて来て」おばさんは僕達の前を歩く。立派な門を開け、庭を抜け、玄関についた。
「どうぞ、入って」
ドアは鍵が掛かっていなかった。
中は、外見と同じように薄暗く、湿った木の匂いがする。
「二階にいるわ」おばさんは桃子のコートをハンガーに掛けながら言った。
僕達は階段に向かった。
ゆっくりと登った。また不安になってきた。もし千奈美に何かあったら…
二階につくと僕は息を呑んだ。そこにはドアが一つだけあった。
この先に、千奈美がいる!

ドアの目の前に僕達は立った。ドアノブに手を触れようとした時
「もしここを開けていなかったら?」なによりもこれが一番の恐怖だ。開けるのが怖い。
「絶対いる。はやく入ろう?」桃子の手が僕の手覆い、ドアノブに触れさせた。
「会いたい!」この一心でドアを僕達は開けた。

そこにあったのは薄暗い、広い部屋。真ん中に椅子がある。そこに真珠色のワンピースを着た少女が座っている。
その子は振り向いた。
遂に見つけた。やっと見つけたその子はにっこり笑った。なんて可愛いんだ…
「千奈美!!!」僕は千奈美の方へ走る。
そして、抱きしめた。もうどこにも行かせない。こうすれば千奈美は逃げれない。
「ごめんなさい…」
「もうどこにも行かないでくれよ…僕には千奈美ががいないと駄目なんだ…」
「もうどこにも行かないよ…」
僕達は昔のように泣きながら抱きしめあった。

はっと僕は桃子の方を見た。彼女だって千奈美の事を本当に心配していた。僕ばかり千奈美を抱きしめていてはいけない。
桃子は泣いてはいなかった。でもすぐに分かった。また我慢してるんだ。
「桃ちゃんも来てくれたんだね…」僕は千奈美から腕を離し、千奈美に「行けよ」と目配せした。
千奈美は桃子の前に立った。ちょっとバツが悪そうだ。僕は黙ってそれを見ていた。
「バシン!」桃子は千奈美を引っ叩いた。僕はビックリした。引っ叩いたからじゃない。
桃子は今まで見たことが無いくらい泣いていた。

「馬鹿!皆どんだけ心配したと思ってんの!もう…」
静かに、だけどたくさん涙を流していた。
彼女達の抱擁はとても長かった。やっと解けると、見計らったようにあのおばさんが入ってきた。

「千奈美ちゃん、今まで本当にごめんね…沢山話せてすごい楽しかったよ」
「おばさん…」千奈美とおばさんは随分と親しそうだった。
「○○君、桃子ちゃん…」
「はいっ」僕達は同時に答えた。
「これからも千奈美ちゃんをよろしくね…あ、おばさんがそんなこと言える権利無いか…」
僕達は何も言えなかった。
「じゃあそろそろかな…」おばさんは携帯を取り出し、電話をかけ始める。僕はなんとなく察した。
「もしもし、警察ですか?大変申上げにくいんですが…」やっぱり。
「おばさん!」千奈美がそれを止めようとした。
「…ダメ」千奈美を抑えたのは桃子だった。

「はい、住所は……」これを今言わせてしまったら、警察がすぐ来てしまうだろう。
そんな訳にはいかせられなかった。
「駄目だ!」僕はおばさんから携帯を取り上げ、床に落とした。
「さっきから勝手すぎるよ」
「え?」
「一体何があったのか、まだ全然話して無いじゃないか。」
「…」

「そうです。すいませんでした…」そう言って桃子は電話を切った。
「まだ繋がったままだったよ。間違いって事にできた…かな?」
「あ、ありがとう…」

「で…」
きっと彼女も同じ気持ちだ。
とにかく何があったのか。何も分からない現状がもどかしく、僕達は苛立っていた。
おばさんに詰め寄る。

「違う!おばさんは悪い人じゃない!」
さっきまで黙っていた千奈美が割って入ってきた。
「じゃあなんで!」
「だからおばさんは…おばさん!?大丈夫!?」
おばさんは突然倒れた。呼吸がすごく乱れている。
「千奈美ちゃん…薬、持ってきて…?」
「うん。待ってて!○○君たちはおばさんをベッドに…一階に!」
「わ、分かったよ。桃子、そっち持って!」
「え…うん…」桃子は一瞬戸惑っていた。やはりおばさんの事が許せないのだろうか。
けど突然の事にただ言われた事をやるしかなかった。

「はぁ…取り合えずこれで…」千奈美が薬を置いた。結局僕達はあまり手伝えなかった。
薬には、「精神安定剤」と書かれている。
おばさんは一階の寝室で眠らせた。僕達は上へは上がらずリビングへと向かった。
リビングにはとても大きな窓があり、アンティーク調の家具が並んでい。
僕と千奈美は大きなソファに腰掛けた。桃子はいすに座った。僕達に背を向ける形になる。
誰も話し出そうとはしない

僕はさっきの出来事を思い出していた。
今まで僕は千奈美の事をがさつで男勝りな奴だと思っていた。だから、あんな彼女を見たのは初めてかもしれない。
必死に看病をする姿はとても女らしかった。僕はそれに見とれてしまっていた…

「ねえ、聞いてるの?」千奈美と桃子が僕を見ている。
「ごめん、聞いてなかった…」
「もう…桃ちゃん、話してあげて?もう私からは言いたくないよ」
桃子は黙って頷く。
「○○君、今ねおばさんの事について話してたの。まずあれ見て」彼女が指を指した。
写真が、並んでいた。それにはとても可愛い女の子がいた。
それは、千奈美に似ていた。
「…千奈美?」
「違う…おばさんの娘だって。」
「この娘は今どこに…?」
「もういないよ」
ドキッとした。千奈美は俯いている。
「死んだ…の?」
「そう。三ヶ月前に」
また黙り込む。

僕はまだ一枚の写真を見ている。可愛らしいドレスを着た彼女とおばさんが写っている写真。
細長い手足が千奈美に似ている。でもやっぱりよく見ると、笑顔は違う。

「まあ、そういう事があって。おばさんは前から千奈美の事をテレビで見てて、興味を持ったっていうか…」
桃子が再度話し出した。
「よく千奈美をさらえたな。おばさん一人でやったのか?」
「クロロホルムだよ。気付いて無いかもしれないけど、ここ病院だったんだって」
言われてみると、この家の雰囲気、古びた病院のようだ。もうやってはいないのだろうか。
「そうだったのか…」僕はため息をついた。

「私も最初はびっくりしたよ。おばさんすごい興奮してて怖くて。
でもゆっくりおばさんの話を聞いてるうちに『一緒にいてあげよう』って思ったの。だからおばさんは警察になんか…」
突然千奈美が話し出した。
「でも、何も無かった事には出来ないよ。千奈美はアイドルなんだよ?」桃子はそう言いながら千奈美の隣に座った。
「…」僕は何も言えなかった。

「ガチャン」門が開く音がした。僕達は一斉に窓から外を見た。数人の男が向かってくる。
あれは、きっと警察だろう。彼等はこっちに気付いたようだ。こんなに大きな窓だ。外からは丸見えだ。
僕はこれでいいと思った。
桃子は動かない。
千奈美もその場を動かず、オロオロしていた。
やはりさっきの電話でおばさんが住所を言ってしまったのがいけなかったのだ。

「バタン!」ドアが荒々しく開いた。バタバタと足音が近づいてくる。
僕達は静かに待った。
そしてついに、この部屋に入ってきた。
ここには僕達だけだ。男の一人が静かな声で無線をつける。
「今、例の家で徳永千波を発見した。至急応援を頼む」
「被疑者と思われる女性を発見しました!」寝室から別の声がした。
どんどん騒がしくなってくる。

これで全てが終わった。

みぞれは止み、空には青空が覗いていた。
おばさんは今、パトカーに向かっていく。
「待ってよ!」千奈美の叫びはおばさんは振り向かない。走っていこうとするが警官に抑えられる。
「あの人は意識が不安定だ。話しかけても無駄だよ」警官が諭す。
それを見ていた僕はある事を思いついた。あれを渡そう…!
「おばさん!」僕は警官をすり抜け、おばさんの所まで行った。そしてポケットからある物を差し出した。
千奈美の写真だ。ここへ向かう時、無意識に持ってきてしまった時の物だ。
「これ…僕の方は破っても良いから…」
「…」おばさんは黙って写真を受け取った。
僕も警官に抑えられ、後ろに下がる。するとおばさんは振り返って僕達を見て、
ゆっくり、大きくお辞儀をした。
結局、おばさんは一言も話さないままパトカーに乗り、去っていった。
僕達は只、その場に立ち尽くしていた。

「おーい!」千奈美が僕の方へ駆け寄る。
「来るの早いなぁ」
「○○だって私より先に着てるじゃない!あ、あと桃ちゃんはちょっと遅れるかもって」
この事件の後、千奈美は復帰し現在も頑張っている。
そして僕達三人は今も関係が続いている。今日も三人で遊ぶつもりだ。
「どんくらい?」
「30分!」
「え!?そんなに!?」
「まあまあ、いいじゃない待ってればさ」
千奈美と桃子は今とても仲が良いそうだ。

「なぁ…」僕には一つ聞きたい事があった。
「なに?」
「なんでさぁ、俺達二人に電話したの?」
「知りたい?」千奈美はニコッと笑い、続けた。
「あの時ね、最初は怖くて、助けを呼ぼうとしたんだ。その時携帯を持ってたから電話をしようとしたの。
で、今思うと警察とか大人にかければいいのにあの時は○○と桃ちゃんしか頼れる人はいないって思ったの。
でも出てくれなかった。辛かったんだよ〜」
「え?」
「だから、この二人なら助けてくれると思ったの。桃ちゃんはなんだかんだ言って私が一番尊敬してる人だし。大人だし」
「じゃあ、俺は?」
千奈美は僕をじっと見た。1分ぐらい見ていたかもしれない。そして小さな声で言った。

「スキだから…かな?」
「え?なに?もう一回言って」こんな事言ってるけど、僕にはしっかり聞こえている。
「もう言わないよ〜!」
「なんでだよ〜」
僕は恥ずかしくなり、急に黙ってしまった。千奈美も静かになった。

「ごめ〜ん!待った〜!」明るい声が聞こえた。
「遅いよ〜!」千奈美は走って桃子の方へ向かっていく。
僕は後ろで二人を見ていた。こっちをチラチラ見ながら何か喋っている。桃子が千奈美の肩を叩いた。
「ほら!早く行こ!」二人が僕を呼んだ。

「今行くよ!」

〜完〜