【なかさき】
俺のクラスでは「イヤクマ」という遊びが女子を中心に流行している
「イヤですね〜く・ま・ざ・さ!」
というように、頭にクマとつく言葉を取り上げ、女子の一人、熊井友理奈をからかう
「ひ、ひどい・・・・・」
熊井は泣き崩れる、という一連の流れの遊びだ
一見、悪質なイジメのようであるが、それは違う
熊井はクラスのアイドル的な存在で、男女ともから絶大な人気がある
そして、熊井が泣き崩れるのは、当然ウソ泣きである
なにより、この遊びを一番楽しんでいるのが熊井本人なのだ
俺には何が楽しいのか理解できないので、いつも少し距離を置いて観察するだけだった
観察していた理由はもう一つあるんだけど、それは内緒だ
6時間目が終わって、みんなが下校の準備をしている時
俺はサッカー部の練習があるので、その準備をしていた
バスケ部の熊井、須藤、嗣永、村上、矢島、パシリの石村が、部活の準備をしながら、
(と言っても準備は石村一人にすべて押しつけられていたが)例の「クマイヤ」をやっていた
村上と矢島が何かたくらみのありそうな不適な笑みを浮かべながら、俺の方に寄って来た
「イヤですね〜」
「イヤですね〜」
2人は俺に話しかけてきた
「?」
「ほら、イヤですね〜」
「ほら、アンタに振ってるのよ!」
「へっ?」
どうやら「クマイヤ」を俺にやらせるのが目的のようだが、何をたくらんでいるのだろうか?
2人の気迫と恐ろしい表情に呑まれた
「え、えっと、イヤですね、クマ、クマ・・・・・・・・・・・・」
頭にクマのつく言葉を必死に思い浮かべる
熊本?熊本に恨みはないぞ、熊谷の次郎直実?石村しか知らねえだろうな
周囲を見まわして、目に付いたもの口にしてしまった
「イヤですね、くまい・・・・・ゆりな・・・・・・・・」
なんとも言えない猛烈な後悔が押し寄せた
ヤバイ!嫌われちゃう!いや、そんなことより熊井を傷つけてしまう!
そんなことを考えながら俺の頭はフル回転した
ん、そう言えば、この前、このネタを徳永も言ってたぞ
その時は別に何も起こらず普通にウソ泣きしていたぞ
気が楽になった俺は、ウソ泣きをする熊井をからかって部活に向かうことにした
しかし、熊井はなかなかウソ泣きをしなかった
立ったまま硬直する熊井の両目には、みるみるうちに大粒の涙が溜まってきた
涙が零れた次の瞬間、熊井は無言で教室から走り出した
「あ、ちょっと、友理奈、待ってよ〜!」
慌てて須藤と嗣永が追いかける
矢島と村上はニヤっと笑って、俺の肩をポンと叩いて、ゆっくりと後を追い教室を出る
クラス委員の清水が近寄ってきた
「あとでちゃんと謝った方がいいよ。私も協力してあげようか?」
俺は答えずに無言で教室を出て部活に向かった
突然過ぎて謝るタイミングがなかっただけだ
言われなくてもちゃんと謝るさ
その日の部活は集中できずにつまらないミスを連発してしまった
部活は学校の規則で6時までだが、俺は5時頃に早退することにした
荷物を取りに教室に戻った
この時間なら誰もいないはずの教室には、熊井がいた
熊井も予想外の俺の姿に驚いたようだったが、すぐ顔を伏せてしまった
無言で帰り支度をする俺と熊井
俺はとりあえず世間話で様子を伺い、それから謝ることにした
「あの、さ・・・・・・バスケ部はもう終わったの?」
「ううん、早退しちゃった。そっちは?」
「・・・・・・・・・・・俺も早退」
再び沈黙
「・・・・・・あの、さ、さっきはゴメ・・」
そこまで言いかけた時、熊井が急に言った
「いいの!悪気がなかったことなんてわかってるの。私の方こそ泣いちゃってゴメンね」
「いや、やっぱり俺が悪かったよ、ゴメン!俺、お前があれで泣いちゃうとは思わなくってさ」
「私もなんで泣いちゃったかよくわかんないんだ。前に千奈美に言われた時は何とも思わなかったし」
熊井に笑顔が戻った
その笑顔はまぶしすぎて、思わず顔を伏せてしまった
「たぶん、ね、キミに言われたから泣いちゃったんだと思うんだよね」
こちらも顔を伏せてしまっている熊井が恥ずかしそうに言った
「えっ?それって・・・・・」
どういう意味?と訊ねようとした時、教室の後ろから、声が聞こえてきた
「お二人さん、青春ですね〜!うフフフッ」
教室の一番後ろ、奥の角の席に誰か座っている
熊井が声を上げた
「な、なかさきちゃん!?いつからそこにいたの!?」
中島だった
目立ちたがり屋で活発な女子が多い俺のクラスで、唯一控え目で目立たない子だ
悪く言えば空気みたいな存在だが、熊井と仲がいいのでいじめられたり無視されたりということはない
と言うか、人気者の熊井だが、彼女にとって唯一親友と呼べるような、深い関係に見えるのが中島だった
まあ、これは俺が毎日欠かさず行ってきた熊井観察で気付いたことで、本人達以外は誰一人気付いていないだろうが
上目遣いで、ニコニコ笑いながら俺たちに話しかける中島は、どことなく子犬やリスのような可愛らしさが感じられた
「最初からぜーんぶ見てたよ。お熱いですねぇ」
「最初からって、もしかして・・・・・・」
「そう、友理奈ちゃんが泣かされちゃうところから」
「そこからかよっ!つーか、お前、何してたの?」
俺のツッコミ&問いかけに、中島は机の下から何かを取り出した
白い布に何かを刺繍している
縫い目は上手だが、刺繍のデザインは・・・・・・・足のようなものが4本、動物のようだが何だかわからない
「か、かわいい牛だね」
「・・・・ネコちゃんだもん・・・・」
すねちゃった中島は意外とかわいいな・・・・じゃない、このままでは1日で2人も女の子を泣かしてしまう
「あ、ネコだね、うん、ネコ、かわいすぎてオーラが出てたからウシだと思っちゃったよ、こういうの欲しいな〜」
うまく誤魔化せたのだろう、中島は笑顔に戻った
「本当?じゃあ、今度何か作ってあげるね」
いやもうこの上目遣い、すげえかわいいな、って何を考えているんだ、俺は!
「ねえ、なかさきちゃん、今日見たことは絶対誰にも言わないでね!」
「ふふふ、友理奈ちゃん、言わないから安心してよ。まあ、私が何か言っても誰も聞いてくれないんだけどね」
「ふふふっ、なかさきちゃん、お願いね。じゃあ、一緒に帰ろう!」
熊井は中島と俺に促した
夢にまで見た熊井と一緒の下校だ!余計なオマケもいるけど
3人でいろいろ話しながら帰った
中島は熊井と一緒だとよく喋るし、実は明るくて楽しい子だということがわかった
その日から俺は熊井から中島に乗り換えた
その日から俺は熊井と中島と3人で帰るようになった
1週間もしないうちにクラスでは俺と熊井の仲が噂になっていた
「そんなんじゃなくてー、アイツはただ一番仲がいい男の子、ってだけだよー!」
熊井は俺と付き合っているのか、と女子に囲まれて問い詰められ、笑顔で否定する
いかにも図星突かれて必死に否定しています、という様子ではない
どうやら俺に対して恋愛感情ちうほど強い気持ちは持っていないようだ
俺も悪友たちに問い詰められる
「熊井とはそういうんじゃないんだよ」
熊井『とは』ねえ・・・・・・・・・・・
なんか熊井をダシにして中島と接近しようとしているようで、自分の狡さがイヤになる
でも、こんな気持ちのままでも熊井を傷つけることはなさそうだとわかってちょっと安心
「ちょっと、私のおかげでしょ?感謝しなさいよ!」
村上だ
「熊井もアンタもお互いに気があるようだったから背中押してあげたのよ」
「でも、俺が熊井を泣かしちゃったとき、嬉しそうだったじゃん」
「だって、面白そうだったんだもん。あんたたちがくっついても、破局しても、面白ければいいのよ」
恐ろしい女だ
「ああ、ちょっとは感謝しているよ、別の意味で、な」
「別の意味?どういうことよ?」
「内緒内緒・・・・・・へへへっ」
村上は訝しそうな顔をして去っていった
あの時の逆襲ができたようでちょっと嬉しい
部活を終えた俺は教室の前で熊井とばったり出くわした
「なかさきー!帰るよー!」
熊井が声をかける
いつものように3人で帰る
熊井は「野球部のピッチャーのまこと君がー」とか言ってる
どうやら俺は熊井にとってあの時は「気になる男の子の1人」で、今では本人の言うように「一番仲のいい男の子」らしい
その方が俺も気が楽だ
熊井は野球部の「まこと君」以外にも中学のたいせー先輩、担任の寺田先生、ジャニーズのナントカ君、
などなどいろんな男が気になるらしい
まったく、こいつと付き合っていたら大変だったろうな、と思った
その時、なぜか今日は今まで無言だった中島が、こっちを向いて
「あ、あの・・・」
と声をかけてきた
「何?どうした?」
という俺の問いかけに、2,3度深呼吸してから
「はい、コレ」
と、何やら白いものをポケットから取り出し、俺に手渡した
「これ・・・・は?」
開いてみると、刺繍の入ったハンカチだった
「あの時、こういうの欲しいって言ってたでしょ?だから・・・・・」
ああ、そういえばあの時今にも泣き出しそうな中島をなだめるために欲しいって言ったような気がする
なんて健気なんだろう!ますます中島が好きになってしまう
「かわいい刺繍だね、この・・・・・・・・・」
足が4本、やっぱり動物だろう
「この・・・・子犬?」
熊井も「馬でしょ?」なんて言ってる
「・・・・・・・・ライオン・・・・・・・に・・・・・見えないかな・・・・?」
中島、泣きそうだ
これでよこの表情!これが最高にかわいいんだよ!って、そうじゃないだろ俺!
「ラ、ライオンか!よく見ると強そうだ!うん、いいよいいよー!」
俺が必死で取り繕おうとしているのに、熊井は手を叩いて
「ライオン!ライオン!アハハハハ!」
とバカ笑いしている
バカヤロウ!泣かす気か!と思ったが、熊井につられて中島も笑顔になる
「サッカーやってるところ見てたらね、ライオンみたいに強くてかっこいいな、って思ったの」
そうか、そんなにも俺のことを想って作ってくれたのか
「ありがとうな、中島」
今まで俺が何度も何度も言った「ありがとう」で、一番の心の底からの「ありがとう」だと思った
「しかし、なかさき、アンタもやるわねー!この時期に」
「この時期って?」
俺は熊井に聞いた
「あさっては2月14日でしょ?バレンタインに手作りプレゼントとは、ヒューヒュー!」
「こ、これは、そういうのじゃないの・・・・」
中島は恥ずかしそうにうつむいて答えた
気まずくなって3人は沈黙してしまった
とりあえず状況を打開すべく、俺は口を開いた
「ねえ、熊井は俺にチョコくれるの?」
「うん、あげるよ!みんなと同じチロルチョコだけど」
「チ、チロルチョコ?なんだよそれ?」
「だって、あんたじゃホワイトデー期待できないもん」
全くだ
「ねえ、なかさきはコイツにチョコあげるの?」
こら、熊井!何てことを聞くんだ!
「ううん、チョコは・・・・・ゴメンね・・・・」
最悪の答えだ
熊井を呪ってやりたい
中島は完全に下を向いてしまった
表情もわからない
最悪の空気のまま帰宅した
2月14日
今日は熊井はいない
バスケの県大会だ
熊井は昨日、「明日はいないから」と言ってみんなにチョコを配っていた
スーパーで300円で売ってる、袋詰のチョコを、1人に1つ、俺だけチロルチョコ
他のバスケ部の連中も、同じように袋詰チョコを配っていた、いやあれは、ばら撒いていた、だな
部活が終わって教室に戻る
今日は熊井がいないし、俺にチョコをくれいない宣言をしちゃったわけだから、中島はいないだろう
しかし中島はいた
状況がよくわからないので、とりあえず冗談めかして
「あれ?中島、ひょっとして俺を待ってたの?」
と聞いた
「うん!」
予想外の返事が、嬉しそうな笑顔と供に帰ってきた
「それじゃ、帰ろっか」
平静を装って教室を出た
案の定と言うか、熊井がいないと全く会話が出てこない
気まずさを打破するには俺から話しかけるしかない
「あのさあ、熊井たち、勝ったかな?」
「うーん・・・・友理奈ちゃんたちいっぱい練習したからたぶん優勝だよ!」
「すいませんねえ、俺たちサッカー部は練習してないから市の大会で予選で負けて」
「あ、そんなつもりじゃないよ・・・・サッカー部も頑張ったよ・・・・・・運が悪かったんだよ・・・」
確かに俺は頑張った。1人で4点取った。だが15-4というサッカーとは思えない点数で負けた
運動できる奴は野球部に集まり、俺以外は殆どのメンバーがヘタクソなのだ
確かに運が悪かった、と言えないこともない
その時、中島のランドセルからピリピリピリという電子音が鳴った
学校の規則で禁止されてる携帯電話だ
「うん、うん、うん、やったぁ!うん、じゃあね」
「その携帯は?」
「今日だけお母さんに借りたんだ。バスケ部優勝したんだって!」
中島は自分のことのように嬉しそうだ
「へえ、たいしたもんだ」
中島は携帯電話をランドセルにしまうと同時に、紙袋を取り出した
「あのね、コレ・・・・・・」
「チョコ・・・・・じゃないんだよね?」
紙袋を受け取りながら訊ねた
「うん・・・・・・・開けてみて」
中からは一目で手編みとわかるマフラーが出てきた
4本足、動物が編み込まれているが、これは一目でわかった
「あ、今度は虎か!」
「うん、気に入ってくれた?」
「おお、カッコいいよ!・・・・・・義理・・じゃ・・・・・ないよね?」
「義理マフラーなんて・・・・聞いたことある?」
中島はそう言うと、俺の首にマフラーを巻いてくれた
「ありがとうな、なか・・・・・・ありがとう、早貴ちゃん」
俺の心の底からのありがとうランキングはまた更新された
中島は顔を真っ赤にして下を向いてしまった
その時、白いものがふわふわと降ってきた
中島は顔を上げて
「あー!雪だー!」
と、嬉しそうに言うと、両手の掌で雪を受け止め始めた
俺はその小さな左手に自分の右手を重ね、そのまま手を握って歩き出した
また会話がなくなってしまったが、今度は気まずい重さはない
俺も中島も下を向いてしまっているが、微かに笑みを浮かべている
顔を上げた中島が言う
「寒いね」
「暖かいよ」
「暖かいけど寒いよ」
「寒いけど暖かいよ」
おしまい