【恋のEtude】
昼休み、たわいもない会話で賑わういつもの教室。
塾ではどんな風だとか、着メロなにが良いとか、芸能人の会話とか…
「昨日の歌番組見た?ZYX(ザイクス)超かっこいいよなぁ〜!
梅田と村上のギターの掛け合いなんかさ、マジ最高なワケよ、
俺もあんな風に上手く弾けるようになりてぇ〜!!」
(……)
友人がまくし立てているのを興味なさそうに聞き流している僕。
ZYXというのは今流行りのロックバンド。今日び、中学生の殆どはそういう事に夢中なわけで。
「おい、○○聞いてるのかよ!俺がこんなに一生懸命説明してるのに!」
『バーン!』と平手で机を叩く。かなり興奮しているようだ。
「僕そういうのあまり聴いた事ないし…。それにロックやポップスのコードワークって
練習した事がないから無理だよ…。」
申し訳なさそうに答える。
「残念だなぁ。 おまえピアノ上手いからバンドのキーボードだって
ちょっとやればすぐ慣れると思うんだけど… まぁ、気が変わったら声かけてくれよ。」
そう言って僕のもとを去る彼… 途中、立ち止まって僕の方を見た。
「あっ、そうだ!今度ZYXのCD貸してやるよ。聴き込めばおまえの気も…」
(しつこいなぁ、もう…)
親に言われるまま、ピアノ教室に通い始めてもう五年になる。
始めた頃は興味もなく弾くのが退屈でいやいや通っていたものだ。
もっとも、体を動かすスポーツやダンスならともかく小さい頃から
楽器演奏に興味を示す人なんてそうそういないだろうけど。
まあ、どんな事であろうと長年やっていれば愛着もわくものなのだろう。
僕のやっているピアノも続けている事によって上手くなり、一曲を通して
弾けるようになった時の達成感、続けていてよかったと思える瞬間だ。
ただ… クラシックばかり演奏し続けてきたので、世間を賑わせているような
音楽には興味が沸かなかった。友人と駄弁る時も音楽ばかりは話が合わない。
それを思いやるかのようにバンド活動へ僕を誘う友人。
昔は、『ピアノ弾くなんて女みたいな奴だな。』なんてバカにしてたクセに…
ロックバンドといえばやはりギターが中心になる。
人気のないキーボードのパートに、鍵盤の演奏ができてかつ地味な僕を
あてるのは都合が良いだろう、なんてところが本音なんじゃないだろうか。
いずれにしても、誘いにのるつもりのないのは前にも述べた通り。
日が暮れて、いつものようにピアノ教室へ向かう。歩いて数分で行ける、個人教室だ。
教室は目前という所までさしかかった時、そこの門から同い年位の女の子が出て行った。
(なんかお嬢様っぽい感じ… ピアノ弾くのもさぞ似合うんだろうな。)
そんな事を考えながら玄関へと向かう。
「こんばんは、失礼します。」
教室へ通され、ピアノの前へ腰掛けると先生の指導のもとに練習を始める。
長いことやっているオバチャンなので教えるのはすごく上手い、
こんな事はもちろん先生に言えないけど…。
教本を使って指のトレーニングをしていると時間はあっという間だ。
ただ耐え忍ぶばかりの地味な訓練だけど、これの積み重ねで華麗な演奏ができるようになるって訳。
練習が終わると、帰宅する前に先生としばし閑談。
ピアノの話題なんかはする人もわずかなので、先生と話すのは楽しい。
「今日、ウチの教室に新しい子が入ってきてね、矢島舞美ちゃんて言うんだけど
最近引っ越してきて、あなたと同じ学校で同級だそうよ。」
「さっき、ちらっと見ました、学校じゃまだ見かけてないですけど。」
「ピアノもあなたと同じ位上手なのよ、それに… すごくカワイイと思わない?」
「えっ?えぇ、まぁ…。」
「随分素っ気ない返事ね、あなたもああいう子と仲良くできたら今よりもっと
ピアノが楽しくなるんじゃないかな、なんて思ったんだけどね〜。」
「そんな事言われましてもどんな子か知らないですし、同じ位の腕前なら好敵手としてみた方が…。」
ヤレヤレといった素振りをしてみせる先生。
矢島舞美か… 女の子としてどうかは置いといたとしても
同じピアノ弾きってところは興味をひくな、どんな子なんだろう?
翌日の学校。
「おはよ〜、○○。」
「おはよう。」
まだ眠気が残っている事も手伝って事務的に返答する。
「こんなにかわいい子が愛想よく声をかけているのにそのリアクションはないんじゃな〜い?
少しは私の営業スマイルを見習うなりなんなり…。」
「営業スマイル?」
「いやいや、なんでもない!」
クラスメートの嗣永桃子。僕と同じ頃から一緒のピアノ教室に通っていて
昔から仲良くしている。彼女はピアノが大好きだ。昼休みになると体育館の
ピアノを使って練習している位に。演奏もその想いがのっているのが伝わる。
ああいうのを表現力があるっていうのだろう。ただ、技巧についてはお世辞にも
上手いとはいえなかった。あんなに一生懸命なのに…。センスがないんだろうか。
「なあ、嗣永。ウチらのピアノ教室に新しい子が入ってきたの知ってる?」
「知ってるよ。」
「どんな子?」
「どんな子と言われても、私もまだ顔と名前くらいしか知らないし…
やっぱり、○○もかわいい子が入ってくると気になるんだ?」
「いや、かわいいとかそういう事じゃなくて、同門の生徒だからさあ。」
「も〜、いちいち面白くないな〜。女の子の事、どうにも思わないの?
私にだっていつも『ただの知り合い』みたいな態度とっている事多いし…。
もしかしてホモなんじゃないの、アンタ?」
「そんなわけないだろ!」
ピアノに打ち込んでいる事を大義名分に硬派面しているけど…
本当は甲斐性がないだけなんだ、すまん!桃子。
学校から帰宅して、夕食の後はいつも練習に時間を費やしている。
と同時に一緒のピアノ教室に通っている妹の梨沙子と連弾につきあっている。
「ここんとこは、人差し指を持っていって…。」
梨沙子は僕に似ず、頭が良くなく物覚えが悪い。
「んで、そこは親指と薬指で…。おいおい、
人が説明してるっていうのにどこ掻いてんだ、この馬鹿!」
軽くげんこつを喰らわす。
「ごめんなさぁい。」
しゅんとなる梨沙子。
妹の面倒をみるのは骨だけど、一人で練習する辛さに比べれば
ずっと楽だ。連弾も好きな人と一緒にできたらやっぱり楽しい…のかな?
ピアノ教室に通う日、今日はたまたまいつもより早く到着した。
「あら、今日は早いわね。矢島さんが終わったところだから
ちょうどいいわ、あがってあがって♪」
促す先生。
「こんばんは、はじめまして。矢島舞美です。」
丁寧に会釈する。見た目通り育ちのよさそうな人だ。
「はじめまして、矢島さん。」
彼女の姿勢に改まってしまった。
「舞美でいいわよ、それと先生からかねがねあなたと嗣永さんの事は聞いてます。
あなた達の事もっと知りたくて、今度私の家に招待したいのだけれど…
ちょうどあさってが日曜だし明日の夕方頃なんて、都合どう?」
「ああ、よろこんでいくよ。」
少なからず彼女に関心を抱いていた僕にとっても好都合だ。
こうして、桃子と一緒に彼女の家へおじゃまする事となった。
当日、僕と桃子は車で送迎される事になっていた。
舞美が『足はこっちで用意するから』と。随分手回しがよい事だ。
「こんばんは〜、おまたせ〜。」
車が目の前で止まると舞美が窓から顔をのりだした。
「すっごい車…。」
僕と桃子が合わせたようにこぼす。
車の事はよくわからないけど、えらくお金のかかりそうな物だって
事はなんとなくわかる。
走らせること、20分あまり。純和風の大きな木造建物の前へ車は止まった。
玄関からは浴衣を着た人達が出入りしている。
「へぇ〜、旅館やってるんだ。」と僕。
「ここが私の実家なの。最近になってお父さんの転勤で戻ってくることに
なったんだけどね。」
「……」
押し黙る桃子、彼女は呆けながら建物を見ていた。
「料理も用意してある事だし、さぁ中へどうぞ〜。」
客室へ通されると旬の材料を使った郷土料理が並べられていた。
普段ならなかなか口にする事がないものばかりだ。
「こんな料理が毎日食べられるなんて羨ましいなあ。」
「これはお客さんに出すもので、私達はもっと質素なものよ。
あ、○○君。おかわりどう?」
「いただきます。」
おいしい料理が食べられただけでも来てよかったなんて思っている打算的な僕。
「ウチの旅館、ちょっと変わった部屋があるんだけど見てみる?」
食事が終わった後、舞美が言い出した。
「うん、見てみたい。」と僕。
案内されながらしばらく歩くと、明らかに他の部屋とは異質の
大きな扉があった。何の部屋だろう?
扉を開くと、中はいくつかの座席がある小さなホールになっていた。
片隅にグランドピアノが置いてある。
「時々ね、プロの演奏家が来てピアノリサイタルをやっているの。
あんまり有名な人はこないけどね、変わってるでしょ?ウチの旅館。」
「もしかして、このピアノで練習してるの?」
「そう、普段誰も使わない時はね。」
「何か弾いて欲しいな。」
僕が望んで言うと、彼女は頷いてピアノを弾きだした。
突然、いままで感じた事のない電気が体を走る。
耐え難い衝動だ、彼女の可憐な姿が愛おしくてたまらない…。
「○○君も弾いてみる?」
弾き終えた彼女が僕に声をかけると、ハッと我に返った。
「いや、僕はいいよ…。」
「何か自信なさげね〜。」
(ゴメン、緊張して手が震えてしまいそうだから…)
その時、桃子がしばらくぶりに口を開いた。
「ねぇ、もう時間も時間だし、おひらきにしましょうよ。」
僕と舞美が目を合わせる。
「そうだな、そうしよっか。」
同意する僕。
「あら、せっかく温泉に入って泊まっていってもらおうかと思ってたのに。」
残念そうな舞美。
帰りの車中、桃子は黙ったまま窓から外を眺めている。
舞美の家を訪れてからというもの、殆どしゃべらず
何か面白くなさそうな感じだった。どうしたんだろう?桃子。
「ここでいい、ありがとう。」
家の近くまで来て桃子は車を降りる。
「僕も近くだからここで。」
桃子を気にかけて一緒に降りた。
「どうしたの?何か面白くない事でもあった?
すごいものみせられて舞美に嫉妬しちゃったとか?」
「なんでもない、慣れないもの口にしたからちょっと気分が悪くなっただけ…。」
そう言うと、桃子は一人で歩いて行ってしまった。
舞美にもっと近づくにはどうしたらいいだろう?
単刀直入に告白してみるべきだろうか。いやいや、彼女は
気位が高そうだ。この前、招待された時だって僕は彼女に
好印象を与えるどころかふがいなさを露呈しただけだった。
とてもうまくいくとは思えない。
ここはひとつ、僕がいいところを見せてからの方が賢明だろう。
桃子はというと… 様子がおかしかったのはあの時だけで
それ以来いつもの彼女に戻っていた。やっぱり僕の思い過ごしだったのだろうか。
「はい、これ。桃子ちゃんを誘ってみたらどう?」
以前母が福引で引き当てたホテルのディナーショーの招待券。
母は気を利かせて僕に譲ってくれた。
ピアノ演奏を聴きながらの晩餐、僕らにとってはおあつらえ向きだ。
桃子には悪いけど、この前のお礼も兼ねて舞美を誘ってみよう。
断られるかもと心配ではあったが、舞美はよい返事をくれたので
僕は天にも昇るような気持ちだった。
従兄弟の結婚式へ着ていった一張羅の背広で
『恋焦がれる人』とホテルへと向かう。
大広間の入り口でタキシードを着た人が礼儀正しく僕達を迎え
ウェイターが用意された席へと案内する。
優雅と贅沢に満ちた空間がそこにはあった。
「○○君て、凄い場所知ってるんだね。見直しちゃった♪」
彼女もこういう所は初めてのようだった。
僕を見る目が違ってきているように見える。
ウェイターがメニューを持ってくると、僕が招待券を差し出す。
「この券ですと、オードブルのみとなりますが。」
(なんだって…。全て含まれているんじゃないのかよ。
そんな事は券のどこにも書いてなかったじゃないか、インチキだ!)
僕一人ならどうにでもなる状況だが、舞美を連れ添っている。
ここは彼女が安くあげてくれる事をただ祈るしかない。
「ヒレステーキとオニオンスープ、それと海老ドリアを…。」
僕の気も知らず、遠慮なくオーダーする彼女。
幸福感が焦燥感へと暗転し、料理の味も、ピアノ演奏にも
僕の感覚が働く事はなくなっていた。
楽しい、いやもとい苦しい時間もやっと終わり
伝票を差し出された時、僕は愕然となった。
(家に電話をかけようか…。いや、とりあえず恥を忍んで舞美に頭をさげよう。)
蔑んだ目で僕にクレジットカードを差し出す舞美。
借りたお金は後で返す事となった。この場は凌ぐ事ができたものの、
僕にとって痛手となる結果になってしまった。
窮地に立たされてしまったけれど、まだふられた訳じゃない。
僕にはピアノがある、これを活用しない手はないじゃないか!
僕は自分を奮い立たせた、というよりもむしろ自暴自棄になっていただけかもしれない。
次の日、僕は放課後に舞美を体育館へ来てくれるように言った。
勢いとはいえ、僕が愚か者であったと思い知らされるとも知らずに…。
「好きなんだ、僕と付き合ってください!」
弾くのに自信のある、ショパンの『幻想即興曲』を弾き終えて言った。
舞美はしばらく何かを考えた後、
「ごめんなさい、おつきあいできません。
それと今の曲、私の気を引くために弾いたのだろうけど
選曲をまちがったんじゃない?演奏も凄かったけど
つまらなくて何の印象も残らない感じだったよ。
もういいかな、じゃ私行くね。」
彼女を引きとめようとしたけど、声にならない。
ただ呆然と後姿を目で追う。
燃え盛る炎が一瞬のうちに消えてしまうようだった。
僕の、舞美への恋は幕を閉じる事となる。それと同時に
僕のアイデンティティである『ピアノ』も否定された。
それじゃ一体、僕が今までやってきた事はなんだったんだろう…。
つづく