【王子様と2人のお姫様】
やべえ、次の授業は理科室だった
トイレから教室に急いで戻る
もう教室には誰もいないだろう、と思っていたが、1人いた
石村だ
これは2週間待ちつづけていたチャンスだ
「なあ、石村、ちょっといいか?」
「なーに?」
石村は右手で鼻の下を擦りながらこっちに来た
俺は机の奥から道徳の教科書を取りだし、そこに挟んであった封筒を取り出した
「これを・・・・・・・・・・」
構想と下書き、清書に1週間、封筒選びに1週間、そして渡すチャンスを待って2週間
つまり思い立ってから1ヶ月、やっと日の目を見たラブレターだ
俺の顔と封筒を交互に訝しそうに見つめる石村に封筒を手渡した
「これを・・・・・・嗣永に渡してくれないか?」
石村は封筒を手に取り、上目遣いで俺の顔を見上げると、ニコっと笑い
「うん、いいよ」
と答えた
柔らかそうな頬には笑窪ができ、前歯が顔を出す
嗣永桃子は明るい性格、幼く見える外見と喋り方、そしてときどき見せる大人びた雰囲気
これらの魅力で友達が多く、また男子にも大人気だった
ただ、クールな美人タイプで、これまた男子に大人気の村上とは犬猿の仲だった
石村舞波は嗣永と一番仲がいい、というか嗣永の子分のような存在だった
石村は不思議なことに、村上とも仲がよく、そのおかげでクラスは平和だった
俺は嗣永が石村と楽しそうに話しているのを見るのが大好きだった、が・・・・・・
このままではいけない、と思い、1ヶ月前にラブレターを書くことにした
渡すまで1ヶ月もかかってしまったのはちょっとした誤算だった
手紙を石村に託した後のことはよく覚えていない
いつもなら授業中や休み時間には嗣永の観察を欠かさないのだが、
嗣永が俺の方を見て悲しそうな表情や侮蔑の笑いを投げかけたら・・・・・・・・
そう思うと嗣永の方を見ることはできなかった
気付くと給食の後片付けの時間だった
当番の石村が給食室に戻すため、クラス全員分の食器の入った重い籠を持ち上げ様としていた
俺は石村の元に駈け寄り、「手伝うよ」と声をかけ、籠の片側を持った
周りにクラスの連中がいないのを確認してから話しかける
「手紙、渡してくれた?」
「うん、桃ちゃん喜んでたよ」
俺は平静を装いながら「そ、そう」と答えた
「あんな素敵なお手紙貰ったら誰でも嬉しくなっちゃうよね・・・・・・・いつもあなたの・・・・・・・」
何と石村は、俺が書いた手紙を暗誦し始めた
「ちょっ、バ、バカ、やめろ!お前も読んだのかよ!」
「ふふふっ、桃ちゃんが見せてくれたの・・・・・・
でね、桃ちゃんからの伝言だけど、放課後に音楽室で待ってるって」
石村は、桃ちゃん嬉しそうだったから期待していいよ、と付け加えた
石村の予想を裏付けるように、6時間目に偶々俺と目が合った嗣永は手を振ってくれた
放課後、俺は雲の上を歩いているような気持ちで音楽室に向かった
音楽室に向かう途中、誰かが弾くピアノの音が聞こえてきた
これはショパン、いやモーツァルト?バッハかな?とにかく聞いたことのあるクラシックだ
音楽室の扉を開けると、一番前の席に嗣永が座っていた
「待ってたよ、ここに座って」
嗣永が隣の席を指差すと同時にピアノの音が止んだ
ピアノを弾いていた人が顔を上げる
石村だ
「素敵なお手紙をありがとう」
俺が席に座ると、嗣永が言った
「私と恋人としてお付き合いしたいんだよね?桃ちゃんのお答えは・・・・・・」
嗣永は笑顔で語り掛ける
俺は生唾を飲みこんだ
「お断わりしマース♪」
がーん!!!!!!
ああ、こういう時、本当に頭の仲で「がーん」って鳴るんだな・・・・・・・・
違う、石村がピアノで音を出したのだ
こいつ、俺をからかっているな
口元に笑窪が現れ、前歯が覗いている
「ゴメンね、私ね、キミのことよく知らないからね、いきなり恋人っていうのはちょっと・・・・・・
でね、キミのことをもっともっとよく知って、桃子にふさわしい男か見極めてから考えたいの
まずはお試し期間・・・・ってことで、お友達からってことで、いい?」
なんだ、完全にフラれちゃったわけじゃないんだ
「それって・・・・・・・期待していいの?」
「それはキミの頑張り次第です!ねえ、それでいい?」
桃子は右手を突き出した
俺はその右手を握り締めて言った
「桃子姫に相応しい王子様になれるように頑張るよ」
「キャハハハハ!頑張ってね・・・・・・お・う・じ・さ・ま!舞波もそれでいい?」
石村はコクリと頷くと俺の傍に来て左手を差し出した
「ヨロシクね、王子様・・・・ウフフフフ!
俺は空いてる左手で石村の左手を握った
「よろしくお願いします、舞波姫」
3人で手を握り合ったまま大笑いした
その日から、俺と、嗣永と、石村の、3人の、友情としては深すぎる、でも恋愛感情までは行ってない、
そういう関係が始まった
至近距離で炸裂する桃子スマイルの威力は想像以上だった
ただ、惜しむらくは、この桃子スマイルを俺1人がが独占できないことだった
石村と2人で共有する桃子スマイル・・・・・・・・それでも十分贅沢ではあった
俺と嗣永の他愛もないバカ話、炸裂する桃子スマイル、そんな俺たちを楽しそうに見つめる石村
悪くはない関係だが、桃子姫の理想の王子様に近づいているという手応えが感じられない
幸福感とじれったさ・・・・・・・この状況に変化の兆しが現れたのは1ヶ月ほど後、嗣永の提案からだった
「ねえ、今度の日曜日、遊園地に行こうよ」
デートの誘いだ
「でもね、1対1はまだちょっとイヤだから舞波も一緒に行きたいんだけど・・・・・・・・・・
3人じゃ舞波がカワイソウでしょ?だからね、誰かもう1人男の子を誘って欲しいの」
人選は俺に委ねられた
さて、誰にしようか?
俺が敵わないようなような凄いヤツだと嗣永が心を奪われてしまうかもしれない
かといって、変なヤツを連れて行ったら俺の評価が下がってしまう
さて、誰がいいだろうか?
ピッタリの奴がいた
見た目はヘナチョコリン、勉強も運動も俺の2割引、それでいて性格は真面目でいい奴、まこと
ただ一つ気がかりなのは、奴が金持ちだということだ
奴は金持ちの家の次男坊だが、金持ち特有のイヤミなところがなく、それでいて気前がよい
これが俺にとって吉と出るか凶と出るか、わからないまま奴を誘うと二つ返事でOKした
当日の朝、俺は奴の兄貴の運転する青いスポーツカーに乗せてもらい待ち合わせ場所の駅に行った
待ち合わせ時間の10分前、まだ嗣永と石村は来ていない
待ってる間にまことに念を押す
「俺が狙ってるのは嗣永で、おまえと石村は今日はオマケなんだからな」
「わかってるって!でも、嗣永は当然として、石村も意外とカワイイよな、オマケなんてカワイソウだよ」
俺はドキっとした
あの笑窪と微かにのぞく前歯、あの笑顔は桃子スマイルに匹敵するかも・・・・・・・・・
「おーい!!待ったー!?」
約束の時間の5分前、嗣永と石村が手をつないで歩いてきた
嗣永は白黒の横縞の長いソックス、フリルのついたミニスカート、フリルのついた白っぽいブラウス、
そしてピンクのカーディガン、頭にはリボンと、全体的にかわいい系のコーディネートだ
一方石村は、細い黒のジーンズ、白いTシャツ、黒と濃い緑のジャケット、そして黒い帽子
こんなカッコいい同級生なんて見たことない
「石村、カッコいいな・・・・」
やばい
嗣永より先に石村を誉めてしまった
嗣永が気を悪くしないだろうか・・・・・・?
「そうでしょ?舞波そっごいセンスいいのよ!」
嗣永は嬉しそうに石村の肩を軽く叩いた
別に気は悪くしてないようだ
「そんなことないもん」
下を向いてはにかんだ笑顔を浮かべ、石村は嗣永の肩を叩き返す
笑窪と前歯・・・・・・・・・・・・オマケなんて言っちゃってゴメンね
俺と嗣永が前列、まことと石村が後列
この隊形で電車に乗り、遊園地に入り、いくつかのアトラクションを楽しんだ
石村はまことと仲良くするでもなく、かといって距離を取るでもなく、微妙な距離感でついてくる
そして、いつものように俺と嗣永の会話を楽しそうに聞いている
まことも、嗣永と石村を眺めてそれなりに楽しそうにしている
こんな時に自分を主張して空気をぶち壊すような奴じゃなくて良かった
「おなかすいたねー!何か食べようよ!」
嗣永の提案で昼食にすることにした
まことのオゴリで俺たちはワンランク上のレストランに入ることができた
食後、みんなでジュースを買って、ベンチに腰を下ろして食後の一服を楽しむことにした
「あのね、コレ・・・・・」
石村がブランド物のように見えるカッコいいバッグから、かわいらしい紙袋を取り出した
「わあ、舞波の手作りクッキーだ!これ美味しいんだよ!」
嗣永の言うとオリ、バターと砂糖のバランスが絶妙だった
「おお、すっげーウマイよ!石村、おまえ凄いな!」
「そんなことないよ・・・・・」
石村は下を向いてしまったが・・・・笑窪が見える
「ねえ、あれ乗ろうよ!」
帰りの電車の時間と待ち時間、そして体力を考えると、次のアトラクションが最後
そんな時、石村が初めて自分の意見を主張した
それはあるアニメの20周年を記念したタイアップのアトラクションだった
親父がそのアニメの大ファンで、原作マンガもDVDセットも見せられた俺は1も2も無く大賛成した
俺と石村の2人の気迫に押されて、嗣永もまことも了承してくれた
待ち時間を利用してストーリーを知らない嗣永とまことに俺がストーリーを簡単に説明する
「それでね、それでね、その戦闘でね・・・・・・・・・・・・・・・」
すると、こちらも父親に英才教育を施された石村が食いついてくる
列が進むと、建物の壁に描かれた登場人物のイラストが見えてくる
「この人、敵なんだけどいい人なんだよね〜!死んじゃった時、私泣いちゃったよ〜!」
自然と俺と石村、嗣永とまことのカップルになってしまった
ただ、嗣永とまことの間には会話らしい会話は存在しなかったが
このアトラクションは2人乗りで、自然とこのカップルのまま乗り込むことになった
2人乗りのゴンドラがアニメの名シーンを再現した小部屋を次から次へと通りすぎる
各場面場面で、俺はキャラクターの名セリフをシャウトする
示し合わせたわけではないのに、石村も同時に同じセリフをシャウトする
2人の声がぴったりとハモる
何だか妙に嬉しくて、石村とハイタッチを決める
想像以上に楽しいアトラクションだった
この楽しさの半分以上は石村のおかげだろう
ゴンドラを降りて、出口で次のゴンドラに乗った嗣永とまことを待つ
2人はぴったりと寄り添って出てきた
――――――ああ、とんでもない失敗をやらかしてしまった――――――
しかし、まだ望みはあった
そこから先、電車に乗っても、嗣永とまことは一言も喋らなかった
2人に何があったのか?俺はフラレたのか?
俺の不安が伝わったのか、石村も悲しそうな顔をして黙り込んでしまった
駅にはまことの兄貴が4人を家に送り届けるため青いスポーツカーで待っていた
車の中でまことの兄貴が、俺たち4人の様子に気付き「楽しく無かったのか?」と聞く
「楽しかったよ」とつぶやくまことに俺は「うん」と生返事をする
明日、学校行きたくないな
俺は疲れていたけどなかなか眠れなかった
翌朝
ほとんど寝ていないはずなのに、朝の5時には目が冴えてしまった
家にいてウジウジしていてもしょうがないので朝食後すぐに学校に行く
いつもは遅刻ギリギリの俺だが、今日は一番乗りだった
教室には誰もいなかった
あえて何も考えないようにして窓から空を眺めていた
30分ほどすると、1人、また1人・・・・・・・・ポツポツとクラスメイトが現れる
皆、いつもならこの時間にいるはずの無い俺の姿に驚いていた
クラスの4分の3ほどが集まってきた頃、嗣永がやってきた
まことと手を繋いでいる・・・・・・・・・・・・
引導を渡された
嗣永は俺に気付くといつもの桃子スマイルで「おはよー」と声をかける
あくまでも今まで通り友達として接するつもりだな
完全にフラレるより惨めだ
俺は小さく手をあげ「ああ」とだけ答えた
遅れて入ってきた石村が俺に悲しそうな視線を送る
同情はやめてくれ
嗣永はクラスメイトに冷やかされているが、まんざらでもないようだ
完全に終わったな
だが、不思議と悔しさや悲しさというネガティブな感情は感じなかった
掃除の時間
気持ちの整理はほぼ完全についていた
嗣永を取られたこと、嗣永にフラレたことに対してはもう何とも思っていない
ただ、唯一引っかかっていたのが、何故俺が負けたのか、なぜまことなのか、ということだった
金の力とは思いたくなかったが、納得のできる理由が欲しかった
「なあ、嗣永、ちょっと来てくれる?」
ゴミ箱を焼却炉に持っていくのを口実に、嗣永を呼び出した
「あの時、何があったんだ?」
焼却炉から戻る途中、後者の裏の教室からは死角になる場所で訊ねた
嗣永はちょっと考え込んでから話し始めた
「あの乗り物、ちょっと揺れたでしょ?そしたらね、まこと君、私の手を握って震え始めちゃったの」
そういえばあいつ、怖がりだったな
「でね、降りた後にね、まだ震えが収まらないのにね、『桃子さん、大丈夫?』なんて聞くの
でもその後、恥ずかしくなったのかな?旧に下を向いて黙っちゃって・・・・・・・・・
なんか私が守ってあげなくちゃダマなんだな、って思ったの」
「母性本能をくすぐられる、ってヤツ?」
なるほど、それなら俺に勝ち目は無いし、勝てなくても平気だ
「そうなの、私が舞波と仲いいのもきっと同じ理由」
ソウ言うと、嗣永は俺の頬にキスをした
「ゴメンね、あなたの桃子姫になれなくて」
「おい、ゴミ箱持ってる時にキスする奴がいるかよ!・・・・・俺の方こそ王子様になれなくてゴメン」
「バーカ・・・・・あ、まこと君が震えちゃったことはナイショだよ」
「ああ、アイツいい奴だからさ、悲しませないでやってくれよ
嗣永は「うん」と頷くと、先に1人で走って帰ろうとした
しかし5歩ほど走ったところで振り返った
「そっちも姫様泣かすなよ!」
そう言うと必殺の、最初で最後の俺だけへの桃子スマイルを残して走っていった
そっちも・・・・・・・・・・・?
俺は空のゴミ箱片手にゆっくりと教室へと歩いていった
放課後
みんな帰って教室には朝と同じで俺だけ
嗣永もまことと手を繋いで楽しそうに帰っていった
1人で窓から空を眺めていた
そして嗣永の最後の言葉を思い出していた
「ねえ、大丈夫?」
突然後ろから声がした
石村だった
「うん・・・・・・・・もう全部吹っ切れた」
そう言う俺に石村が封筒を差し出す
「これ、嗣永からか?」「違うよ、私から」「誰かに渡せばいいの?」「キミ宛」
俺は封筒を受け取り、中の便箋を開いた
そこには石村の特徴的な、下手で、かわいく崩したりしていない字が踊っていた
だが、石村なりに精一杯丁寧に書いたことは一目でわかる
「いつもあなたの・・・・・・・・・・・おい、これ、あの時俺が嗣永に渡したのと同じじゃん!」
最後の署名が俺の名前から「石村舞波」に変わっている以外は一字一句違わない
思わず吹き出してしまった
「あー、やっと笑ったね!よかった」
例のごとく笑窪と前歯
「笑った!じゃなくって、これはどういうつもりだ?俺をからかっているのか?」
石村は顔を真っ赤にして、しばらく沈黙していたが、覚悟を決めたのか、大きく息を吸った
「これは舞波の気持ちです!」
そう言うと更に顔を赤くして、下を向いてしまった
俺はあっけにとられて硬直してしまった
石村も固まっている
おかしくなって、また吹き出してしまった
「ぷっ・・・・・・あのさあ、ラブレターくらい自分の言葉で書こうよ」
「「桃ちゃんに見せてもらったときに素敵だなって思って・・・・・・・」
石村は上目遣いでじっと俺の顔を見つめる
笑窪が見える
そういえばあの時、俺は石村にも「舞波姫」って言ったよな・・・・・・・・
嗣永のあの言葉はこういう意味だったのか
「お・と・も・だ・ち・か・ら・で・い・い・で・す・か?」
俺は前前から気になっていた石村の笑窪を右人差し指で突っつきながら言った
「期待しても・・・・・・・・いい?」
「期待に応えられるように頑張るよ」
石村は嬉しそうに右手を差し出した
俺は右手を差し出そうとしたが、左手で石村の右の掌を握った
「さあ、帰りましょう、舞波姫・・・・・・ハハハハハ」
「うん、王子様・・・・・ウフフフフ」
そのまま手を繋いで2人で教室を出た
おしまい