【ロボキッス】
僕の家には僕と父ちゃんしかいない
だから学校から帰ってくるといつも誰もいない
父ちゃんが帰ってくる夜まで独りぼっち
でも寂しくない
ず―っと前から、気付いたときからそうだった
だからへっちゃらだ
家に帰ると誰かが待っている
そんなことが当たり前になったあの日まで
僕は本気でそう思っていた
学校から帰ってくると、家の前に父ちゃんの車が停まってた
鍵の掛かっていない玄関を開けると父ちゃんのでっかくて、臭い靴がある
「父ちゃん、どうしたの?リスウマ?」
「お、マコト、おかえり、こういう時は『ただいま』だろ?」
家に帰ったら「ただいま」、そんな当たり前のことを僕は言われるまで気付かなかった
「と、父ちゃんただいま・・・・・・・・・・・で、どうしたの?」
生まれて初めての「ただいま」・・・・・・・・・・恥ずかしいけど気分がいい
「リスウマじゃなくてリストラって言いたいのか?そんなんじゃないって」
タバコをくわえ、何か本のようなものを読みながら父ちゃんが言う
「父ちゃんな、しばらく家で仕事することになったから」
これからは毎日「ただいま」が言える・・・・・・・・・・・・・
「そんなことより、ちょっとあれ見てごらん」
父ちゃんが指差すソファーには・・・・・・・・・・・僕と同じくらいの年頃の女の子が寝ていた
近寄って観察する
血が通っていないのでは?と疑いたくなるような白く透き通ったきれいな肌
茶色の短くてキラキラ輝く髪
そして、人形のように整った顔立ち
「父ちゃん、ユーカイしたのか?自首しよ?僕も付き添ってやるから」
「バカ、そんな訳ねえだろ!ちょっと触ってみな」
僕は女の子の胸に手を伸ばす
ゴチーンと父ちゃんのゲンコツがヒットする
「手だよ、手」
頭ががズキズキ痛むのを我慢しながら、女の子の手を握る
長くて、細くて、きれいな指は冷たくて、生きているような力強さは感じられない
「し、死んでる!父ちゃん、自首!やっぱり自首!」
「アホ!ロボットだよ、ロボット!父ちゃんの会社で開発したんだよ!」
父ちゃんはさっき殴った僕の頭を撫でながら言った
「ロ、ロボット!?空飛んだり光線出したり怪力だったりするのか?悪と戦うのか!?」
「そんなんじゃねえよ」
興奮気味の僕を父ちゃんがなだめる
「コンピューターに人間のような感情、つまり気持ちだな、これを持たせる実験さ」
父ちゃんは手に持っていた本のようなものの表紙を俺に見せる
「RISACO」と書いてある
「レスポンス、インタラクティブ・・・・・・とかの頭文字を取って、R・I・S・A・C・O、RISACOプログラムだ
このRISACOプログラムの実用実験のために作ったのがこのロボット」
「とか、って何だよ?忘れちゃったのか?自分の会社で作ったんだろ?」
「悪かったな!でも、どーせ言ってもわかんないんだろ?」
確かにそうなんだけどね・・・・・・・でも・・・・・でも・・・・・・・・
なんだか僕すっげーワクワクしてきた
「この子リサコって名前なのか・・・・・・・・・・」
「RISACOはこの子の頭の中のプログラムの名前で本当の名前は・・・・・・・・・・」
父ちゃんは本のようなもののページをめくる
「お、あった・・・・・・PRH-002・・・・・・プロトタイプ・リサコ・ヒューマノイドタイプ2号機」
「ぴーあーるえっち?カッコいいけどカワイクねえな・・・・・・・リサコでいいじゃん」
「そうだな、リサコにしよう・・・・・・今日からこの子はリサコだ」
父ちゃんはニコっと笑った
「でも父ちゃん、なんでリサコはウチに来たの?」
「この実験はな、コンピューター型とか、人型とか、動物型とか、いろんなRISACOをいっぱい作って、
いろんな環境でRISACOの心を成長させようとする実験なんだ
で、『女の子タイプのRISACOを子供のいる家においてみる』って実験項目があった」
「ウチならその条件にピッタリだね」
「ああ、おまえも1人じゃ寂しいだろ?それにこの実験に参加すると家で仕事できるし」
「僕は別に寂しくないよ」
この時は本当にそう思っていた
だけどリサコと一緒に暮らすようになって、今までの僕は寂しかったんだ、ってわかった
「ねえ、父ちゃん、早くスイッチ入れよう!スイッチどこ?」
僕はスイッチを探すフリをしてスカートをめくろうとした
また父ちゃんのゲンコツが飛んできた
「このリモコンだよ」
父ちゃんはリモコンのボタンを押そうとしたが、ちょっと考えて
「おまえがスイッチを入れな」
と言って僕にリモコンを手渡した
黙って受け取る
心臓がドキドキドキドキ高鳴る
「さあ、マコト、このボタンだ」
深呼吸をしてから「えいやっ」と気合を入れてボタンを押す
シャララランという音がして、リサコが目を開けて起きあがる
ドキドキドキドキ
父ちゃんも興奮しているようだ
キョトンと僕らを見つめるリサコ
「こんにちは!」
僕はリサコに声をかけた
「こんにちは、リサコ!」
なおもリサコはキョトンとして僕と父ちゃんを交互に眺める
「なあ父ちゃん、言葉わかんねえのかな?」
「いや、日本語、英語、フランス語、中国語は理解できるって話だぞ」
その時、リサコが呟き始めた
「リサ・・・・コ?コン・・・・ニチ・・・・ハ?」
「そう、キミの名前はリサコ、で、僕はマコトで、こっちのぼーっとしてるのが父ちゃん」
「私・・・・・・リサコ・・・・・・・・・・・・マコト・・・さん・・・・・・・父ちゃんさん・・・・・・・・・」
「そう、リサコと、僕、マコトと、父ちゃん」
「リサコ、マコトさん、父ちゃんさん」
リサコはそう言いながら順に指差した
「そうだよ、リサコ・・・・・・・・挨拶、わかる?こんにちは、リサコ」
「コン・・・ニチハ、マコトさん・・・・・父ちゃんさん・・・・・・・・」
「そう、リサコ、もっと大きな声で、こんにちは!」
「こんにちは、マコトさん!こんにちは、父ちゃんさん!」
こうして我が家に新しい仲間が加わった
「ただいまリサコー!」
「おかえり、マコト」
家に帰るとリサコが「おかえり」って言ってくれる
今までは家に帰ると1日が終わった
でも今は家に帰って、リサコの「おかえり」を聞くと1日が始まる
リサコにいろんなことを教えてやるんだ
僕はまず「マコトさん」という他人行儀な言い方を「マコト」に換えさせた
「父ちゃんさん」は面白いからそのまんま
「おいマコト、父ちゃんには挨拶無しか?この親不孝モノ〜!」
父ちゃんさんがすねる
ああ、リサコがいるということは嬉しいことだ
でも父ちゃんが家にいることは・・・・・・・・・・・・・・4日もするとちょっとうっとおしく感じるようになった
だって毎日たくさんタバコを吸うから家の中がタバコ臭い
そして毎日父ちゃんの手料理を食べなきゃならない
これがものすごくマズイ
でも、父ちゃんが家にいてくれるのは僕のためなんだよね
「ねえ、リサコ、今日は僕が帰ってくるまで何してたの?」
「今日はいっぱい本を読んで父ちゃんさんとお話ししたんだよ」
父ちゃんの仕事は週に一度、リサコを会社に連れていって検査をすること
そして、家でリサコを観察して、1日に何度かデータを会社にパソコンで送ること
僕が学校に行ってる間、リサコの相手をすること
そしてそして・・・・僕がリサコにエッチなことをしようとしたらゲンコツを食らわすこと
リサコは次第に「うれしい」「とか「楽しい」って自分の気持ちを口にするようになった
でも・・・・・・・・お人形のような顔は、いつまでたってもお人形のまま
表情が変わることは一度も無かった
「いいかリサコ、悲しいときは、こう、で、もっと悲しいときは、こんな感じ、で、す―っごく悲しいときは・・・」
僕はリサコの顔に手を当て、表情を作ってやる
リサコは「悲しいときー、もっと悲しいときーすっごくすっごく悲しいときー・・・・・」
って言いながら、さっき僕が作ってやった表情を再現してみる
「そう、上手だ、上手、じゃあ次はうれしい時の顔、やってみようか?」
僕はリサコの顔で笑顔を作った
「・・・・・で、これが一番一番すっごくすっごくサイコーにうれしい時」
自分で作り出したリサコの笑顔にドキっとした
リサコってこんなにかわいかたんだ・・・・・・・・・・・・・
「・・・で、これがすっごくすっごくサイコーにうれしい顔ー!」
無邪気な笑顔が僕のハートを鷲掴み
「あ、マコトもうれしい顔だね」
「そうだよ、リサコ、うれしい顔にはね、周りの人もうれしくする不思議な力があるんだよ」
父ちゃんが僕とリサコの頭をなでる
「父ちゃんさんもリサコのうれしい顔でうれしくなった?」
「もちろんだよリサコ」
リサコの心は着実に成長している
父ちゃんとリサコが会社から帰ってきた
父ちゃんはリサコを充電するため、ソファーに寝かせた
父ちゃんは心なしか悲しそうだ
「リサコの心なんだけどな・・・・・・・・・・・・・・・・・」
父ちゃんがリサコを寂しそうに眺めながら言う
「リサコの気持ちは本当の気持ちじゃない」
「どういうこと?」
意味がわからない
「うーん・・・・おまえはさあ、こんなことを言われたら相手はこんな気持ちになるだろうな、
とか、こういう状況だからこの人はこんな気持ちだろうな、って想像することあるだろ?」
「うん、ある」
「リサコはそれを自分自身に対してやっているんだよ」
「えっ?それって・・・・・」
「マコトにこういわれたからリサコはうれしい、だからうれしい顔をする、こんな感じだ」
「証拠はあるの・・・・・・・?」
「リサコ、泣く時に涙流さないだろ?」
・・・・・ずっと気になっていたことだった
涙を流さないリサコの秘密はこういう意味だったのか・・・・・・・
「涙を流す装置が無いのかもしれないよ?装置があっても壊れてるかも・・・・・・・」
僕は必死に食い下がる
充電が終わったリサコが目を覚ます
「ちょうどいい、ちょっと調べるか」
父ちゃんは台所から包丁とタマネギを持ってきた
「リサコ、これを切ってごらん」
父ちゃんが包丁とタマネギを渡す
ざく、ざく、ざく
「あっ、なに?何で悲しくないのに涙が出てくるの?」
リサコの両目から涙が流れる
「タマネギを切るとね、中の化学物質が出てきて、それに目を刺激されて涙が流れるんだよ」
父ちゃんが言う
「あっ、ホントだ!マコトも涙流してる」
僕の涙はタマネギのせいじゃない
「さ、リサコ、これを台所に持っていって、ついでに顔を洗っておいで」
そう言う父ちゃんにリサコは「はーい」と元気に返事をして台所へ向かった
「このままじゃRISACOプログラムは失敗、実験は打ち切りってことになる」
「そうなったらリサコはどうなっちゃうの?」
「廃棄処分」
「ハイキショブン・・・・・・・ってどうなるの?」
「簡単に言っちゃうと、ゴミだな、粗大ゴミの日に、じゃなくて今はバラバラにして分別?」
「バカなこというな!リサコを捨てるとかバラバラにするとか言うな!」
そこにリサコが戻ってきた
「マコトも顔洗ってらっしゃい、マコトいっぱいいっぱい涙出てるよ」
夜の11時を過ぎても父ちゃんとリサコはまだ帰ってこない
1週間前に父ちゃんに言われた言葉を思い出した
「・・・・・来週の検査でリサコに心が無いって判断されると・・・・・・ダメだろうな・・・・・」
僕はリサコに悲しい涙を流させようと必死に頑張った
「ちょっと、マコト変だよー!リサコ、マコトのことが嫌いになっちゃうよー!」
リサコが悲しい涙を流せるようになるならリサコに嫌われてもいい
でも、でも・・・・・リサコはタマネギ以外では一度も涙を流さなかった
「ヨソのRISACO」に心ができたら・・・・リサコは大丈夫なんじゃないの?」
「それがな、うちのリサコがダントツにいい成績なんだよ・・・・ヨソのRISACOは期待できない」
「そんな・・・・・・・・・・」
「父ちゃんも会社の偉い人に頼んだやるから、な、任せとけ」
12時を過ぎた頃、やっと父ちゃんが帰ってきた・・・・・・・・・1人で
「ゴメンな、会議が長引いちゃって」
「父ちゃん、リサコは?」
「・・・・・・今夜一晩かけてデータのバックアップをとって、明日廃棄」
「そんな・・・・・父ちゃん任せとけって・・・・・」
「父ちゃんな、一生懸命会議で頼んだんだけどな、父ちゃん係長だから・・・・・ゴメン」
「そんなのって・・・・・せめてお別れの挨拶・・・・・・・・・」
今日からまた、誰も「おかえり」を言ってくれない生活
リサコが来る前に戻っただけ
なのに、なのに・・・・・・・・・・・・・あの頃よりも何倍も何倍も何万倍も寂しい
「おかえりー」
家に帰るとなぜか父ちゃんがいた
会社はどうしたんだろう?どーでもいーけど
「おまえにプレゼントがあるよ、早く部屋に行ってみな」
僕が寂しがってると思って気を使ってくれたんだろうな
足は臭いけどいい父ちゃんだ
部屋のドアを開けた
「おかえりマコトー」
リサコがいた
驚いてドアを閉めて父ちゃんの方を見た
「会社のゴミ捨て場で拾ったんだけど、気に入ったか?」
僕は黙って右の拳を突き出し、親指を立てた
もう一度ドアをあける
「おかえりマコトー」
「おかえり、リサコ」
「リサコがおかえりだからマコトはただいまでしょ?」
間違い無い、僕のリサコだ
急いでリサコの元に駈け寄って抱きしめる
「僕がおかえりだからリサコがただいまなの!」
嬉し涙が零れた
「マコト、涙出てる・・・・・悲しいの?リサコがいると悲しいの?リサコ嫌いなの?」
「違うよ、うれしいから、リサコが大好きだから涙が出るんだよ」
「うれしいのに涙?リサコよくわかんないな・・・・・ねえ、リサコが大好きならね・・・・」
「なーに?」
「大好きのシルシをちょうだい」
「大好きのシルシ?」
「そう、大好きのシルシはキス・・・・ロボットだってもしってるよ・・・・キスをください」
ああ、でも父ちゃんにまたゲンコツ食らっちゃう
そう思って振り返ると、父ちゃんは僕のすぐ後ろに立っていた
「後ろ向いていてやるから、さっさと済ましちゃえよ、色男」
日本一のサイコーの父ちゃんだ!サンキュー!
僕はリサコにキスをした
「・・・・・大好きのシルシ、ありがとう、いっぱいいっぱい、とってもとってもありがとう」
リサコは最高にうれしそうな、飛びっきりの笑顔で言った
「じゃあね、今度はリサコの大好きのシルシ・・・・」
僕たちはもう一度キスをした
「あっ!大変大変!リサコ故障しちゃった!」
突然リサコが立ちあがって父ちゃんにすがった
「リサコ、ちょっと変なの・・・・胸の奥の温度が上昇して、メイン回路の電圧が上がってるの・・・」
父ちゃんはこんな非常事態にニコニコしている
「リサコ、それは故障じゃない、それがうれしいって気持ちだぞ」
リサコはうれしそうな表情をして僕に抱きついて来た
僕が教えたことの無い、始めて見る表情だ
「マコト、ありがとう!リサコにうれしい気持ちをくれて、いっぱいいっぱいありがとう!」
リサコと頬をくっつけた
リサコの頬は濡れていた
「リサコ、涙出てるよ・・・・・・・・やったな、リサコ!」
「うん、一番一番すっごくすっごくサイコーにうれしいよりもっともっともーっとうれしと・・・・
本当にうれしいと、涙が出るんだね、リサコわかったよ」
おしまい